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2011年3月14日 (月)

それでも陽は昇る

Photo

11日午後2時46分・東日本大震災の初震から、三度目の朝。
二日半という時間をこれほど長く感じたことは、かつてありませんでした。

目を覆わんばかりの惨状が続々と報道されるたび
テレビの前で、それらに慄然とする事しか出来ない自分の無力さに
はがゆい思いをするばかりです。
津波に飲み込まれる街並みの映像からは、流される被災者の声にならない叫びが聞こえ
胸は痛み、心の灯が一つ一つ消えていくような気さえして。

過去に類を見ないこれほどの厄災に
湧き上がる様々な悲しみの感情は、言葉で表現できる範囲を超えてしまっていて
たとえ一万語を尽くしても、うまく言語化できません。
語彙の貧しいおろかな私を、ただお許しいただきたいのみです。

津波で一家が離れ離れになってしまった女性が
避難所でご家族の無事を確認できた瞬間、溢れる涙と共に放った一言が
大きく心を揺さぶります。

「家族が生きているだけでいい。それだけでいいですもう。」

生という事、日々を平穏に暮らせるという事が、いかに奇跡であるか。
彼女の言葉は、命の危機に瀕した人間の魂の叫びであり
同時に日本人すべてが、今回の地震で肌に感じた事だったと思います。
人間の命、肉親の絆というものを意識する、大きな契機と言ってもいいでしょう。

写真は今朝6時30分の朝日。
日々変わらないこの太陽も、それを見続けられる事
見続けられる世界に、身近な人と過ごしていられる事が、本当に奇跡なのです。

被災者の方々には、希望の光として。
彼らを見守る事しかできない私のような者にも、生の象徴として。
震災は不幸以外の何物でもなく
犠牲になられた多くの尊い命には、お悔やみ申し上げる事しか出来ませんが
どうか朝日を元気の糧として、日々を強く生きてゆきましょう。
この太陽は被災者のみならず、日本人全員に向けたエールなのです。

また、未だ安否不明の方々には
一刻も早い捜索、救助の手がさしのべられる事を、ただ祈るのみです。


ごめんなさい。今はこれだけ書くのに精一杯です。
被災者の皆さんには何も出来ず、本当に申し訳ありません。
名古屋より、地震の被害に立ち向かうすべての方々へ。

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コメント

 こんにちは、ガメラ医師です。
11日はビルの一階でお仕事中でした。横揺れがなかなか収まらなかったので、「震源地は遠いけどかなり大きな地震だな」と思っておりましたが、正に想像を絶する大惨事の数々を目の当たりにして言葉も浮かびません。
 沈黙を続ける方、淡々と更新を続ける方、和みの映像をアップし続ける方、怒る方、絶望する方、ちゃかす方…。ネット上では今日も様々な反応が飛び交っております。それらを拝見するにつけ、各々の立場や心情をとやかく言う事よりも、今日私自身ができる事を精一杯やりぬく事、生きている事を大切にすることが自分の成すべき事か、と考えたりしております。
 とりあえず、お変わりなさそうでなによりです。 それではこれにて。

オイラも同様に心がへし折れてます
我が身にふりかかっていなくとも、被災者の方々と同じ悲しみに明け暮れています
明日は良い日であるように願うばかりなのですが、願い届かず・・・
今は良いが、今後を思うと嘆きの想いばかりですよ
自分ひとりで生きてる訳ではない、これが悲しみとなりますです

私は京都ですが、仕事中にゆらゆらと揺れて「地震かな?」と感じたくらいですが、家に帰ってから、TVに映る余りの惨状に言葉もありませんでした……。

ネットでは、自分のブログに、地震の時の近況をとりあえず載せた以外は、あえてネットに書き込むことを控えてました。今は、本当に「無事に日常を暮らせる事」に感謝をしつつ、被災者の方々に対して、様々な意味で祈りたいです。

少しでも早く、「笑顔で迎えられる日常」に回帰する事を願って……。

コメント下さった方々、返事が遅れ申し訳ありませんでした。
皆さんご無事だったようで、安心しています。

震災後一週間を経た現在も、救援物資が現地避難所に届かない現状や
一触即発の危機を孕む福島第一原発の問題など、地震の影響は依然として甚大です。

ただ、私と同じく名古屋在住のガメラ医師さん、珠恵さんをはじめ
京都にお住まいの商売人さんもお感じになられているかもしれませんが
計画停電や給油制限、被災地への物理的距離による原発放射能への危機感から
物資買占めなど風評パニックめいた動きが感じられる首都圏に比べ
私たちの住む中部、近畿地域は物資もいつも通り店頭に並び
給油も滞りなく行われているようです。

今日も市内中心部へ出かけましたが、卒業式後ということもあって
楽しげに笑う学生たちや、何事もなく闊歩する人々の姿が数多く見られました。
そんな平静そのものな街の表情を見るにつけ
報道される悲惨な被災地とのあまりの空気のギャップに愕然とし
いわれ無き焦燥感に襲われます。
今起きている事がスクリーンやブラウン管の中の作り物ではなく、
現実の出来事である事を、私たちはもう少し真摯に受け止める必要があるような
気がしてなりません。

仙台市内のある病院ではガソリン不足で食料が届かず
明日いっぱいで食料が尽き患者・スタッフとも飢餓の危機を迎えてしまうのです。
そんな切羽詰った状況が、被災地のあちこちで起こっている事を考えると
笑顔などとても作れない。ましてや茶化すなんて正気の沙汰とは思えません。
同じ日本で起きていることなのに、手を差し伸べられない自分の無力さを
心から感じます。

自分にできることは何か。たとえ微力でも協力できる事は何か。
とにかく節電、節水に加え、給油もできるだけ控え、食品も自宅貯蓄分だけで過ごす事を
心がけています。
ガソリンの一滴、パン一枚の重要性が、私たちの街と被災地では天と地ほど違う事を
もっともっと理解しなければ。
理解できる想像力を育てなければ。

こうしてキーボードに向かっている間にも、死の瀬戸際に立っている人たちが数多く居る。
そんな方々に何も出来ないいらだちは、もう一週間続いています。

ご無沙汰しております。又、拙ブログへのコメントありがとうございます。

私は仙台市在住ですが、幸い、被害が殆ど無いエリアでしたので、住居も無事でしたし、ライフラインも早目に回復しました。それだけでもかなり恵まれています。
又、岩手の実家や親戚の無事が確認(親戚の家の殆どは津波で流されましたが・・・)でき、今は会社の復旧と社員の救援に泊り込みで尽力しているところです。

幸い、私は命もありますし元気です。これから、どれだけの事がやれるかは判りませんが、少しづつでも、前へ前へです。
暖かく見守ってやって下さい(笑)

メルシー伯様 この度の地震はそのあまりの惨状に、未だ気持ちは晴れません。
お仲間であるメルシー伯さんがご無事だったことが唯一の救いとはいえ
ご実家やご親戚宅が遭われた被害には言葉もなく、ただお見舞い申し上げるばかりです。
避難所にも徐々に支援物資が行き渡り、少しずつ復興のきざしを見せる
被災地の様子が報道される度、胸を撫で下ろすものの
会社や日常生活の復旧をはじめ、山積される課題に
暗澹たる気持ちにもなりますが
被害の無かった私のような者が気落ちしていては、笑われますね。
メルシー伯さんがおっしゃるように、私も「前へ前へ」を心がけ
微力ながら皆さんを応援しようと思います。
頑張って下さいね。何も出来ませんが、メルシー伯さんたちの若い力が
宮城を救うと信じています。

またいつでもお越し下さい。お元気なコメントを楽しみにしています。

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