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2010年11月23日 (火)

続・発掘の日々

先日のお話から10日。今もTSUTAYA通いは続いておりまして。
その後、例の
発掘良品にこだわらず、未見だった名作をレンタルしたり
CSチャンネルの放送作品を見たりして、それなりに鑑賞本数も増えております。


その後の鑑賞作品は、以下の通り。

●ウエストワールド(1973年 マイケル・クライトン監督)
●アンドロメダ・・・(1971年 ロバート・ワイズ監督)
●グロリア(1980年 ジョン・カサヴェテス監督)
●コーマ(1978年 マイケル・クライトン監督)
●赤い影(1973年 ニコラス・ローグ監督)
●華麗なる賭け(1968年 ノーマン・ジュイソン監督)

◎女が階段を上る時(1960年 成瀬巳喜男監督)
◎追いつめる(1972年 舛田利雄監督)


●水準作
◎噂にたがわぬ名作


いろいろ事情もあったので、鑑賞本数もやや少ないですねsweat01

その他の大きな収穫は、日本映画専門チャンネルで月替わり放送中の特別番組

仲代達矢の日本映画遺産
でした。


名優・仲代達矢氏に直接インタビュー、日本映画史に残る名監督論や俳優論
当時の撮影裏話等、貴重な証言が聞かれる6回連続の特番なんですが
コレがまた面白い!


今月は『第二部・名匠 奇才 名女優たちとの現場』と題して
邦画全盛期の各社の空気や、時代を彩った名女優との関わりを語られたんですが
まさに一見の価値あり。
凡百の映画紹介番組など問題にならないほど、濃密な内容でした。
この番組については、一言感想ではもったいなさすぎるので
いずれ機会を改めてお話したいと思います。
こういう番組をご覧になれば、前回お話した舌足らずな映像理論なども
少しはご理解頂けそうな気がするのですがcoldsweats01


いやーでもいずれにしても、こういう過去の名作や埋もれた傑作
名優の目を通した映像作品論などを見ていると
オタクジャンルに属する特撮映画、特撮ドラマが
あくまで子ども向きの分かりやすい画面構成、ストーリー仕立てであり
誤解を恐れずに言えば、それ以上でも以下でもなかったということが
痛いほど分かりますねーcoldsweats01


私も若い頃は確かに
「怪獣映画やヒーロー番組こそ至上の作品。
このジャンルに一生を捧げても悔いなしっpunch

なんて鼻息荒く、気概に溢れてもいましたが
ある程度齢を重ねてくれば、作品に深みやクリエイターの個性
映像表現の可能性などを求めたくなるのは、しごく当たり前のお話で。
その末
、かつて興味の中心だった特撮作品=子ども番組を見ても
やっぱり浅い。物足りないわけですよ。子ども番組は子ども番組なんですから。


逆に怪獣に病こうこうの方々にとっては、黒澤、溝口、成瀬、小津ら
邦画の教科書的作品は、「怪獣やヒーローが出てこない」という理由だけで
敬遠される要因となってしまうのかもしれませんね。

私もオタクの端くれですが、コレは本当に勿体無いことだなあと思います。

●怪獣映画を凌駕するドラマのダイナミズムと、ストレートなヒューマニズムの黒澤
●豪華絢爛な日本の様式美と、女優の使い方に抜群の冴えを見せる溝口
●市井の人々の哀愁、人生のやるせなさを描かせたら、黒澤をもしのぐ成瀬
●窮屈なまでの画面構成にこだわり、淡々にして壮絶な世界観を現出させる小津


いずれ劣らぬビッグネームばかりですが
私も別に、後年の評価だけですごいすごいと騒いでいるわけではなく
失礼ながらお試し感覚で見てみれば、ホントにスゴイhappy02happy02happy02
やっぱり巨匠、名匠の呼び声はダテじゃないなと。

これら巨匠の作品世界に触れれば触れるほど
「巨大な怪獣が出ていれば、作品のスケールが大きいという訳じゃないんだなあ」
「これらの作品世界の深みに較べたら、怪獣やヒーローのドラマは紙芝居だなあ」
なんてことを、いやと言うほど思い知ります。
怪獣映画やヒーロードラマはやっぱり
いい齢をした大人が、口門泡を飛ばして語るレベルのものではないと。
鑑賞当時の思い出を肴に、笑顔で懐かしく語るたぐいのジャンルですよ。

ましてやファン同士でいさかいを起こすほど、真剣に見るものでもないような気が。

紙芝居がいけないと言ってるわけじゃないんです。私だって大好きですし。
でもやっぱり、人生の大半を費やして
映像作品を見続けてくれば
それだけじゃ満足できなくなってくる。
駄菓子テイストの特撮ドラマより
時には、豪華フルコース料理の黒澤作品や、和風会席料理の溝口作品
質素ながら深い味の成瀬作品、特上の吟醸酒のごとき小津作品などを
味わってみたくなるじゃありませんかhappy01

これらの味を知らずして、「駄菓子が一番」なんて言うことは
まさに食わず嫌い、自らの世間知らずを公言しているようなものじゃないかと。
なぜなら。映像作品を勉強する上で、これら巨匠の作品を見る事は
「信号は青になったら渡る」「物を買う時はお金を払う」
というレベルくらい、基本中の基本だからです。


もちろん邦画のみならず、海外には名匠、巨匠の手による傑作が
それこそ星の数ほどありますし。私などそのほとんどが未見です。
そんな勉強不足を棚に上げて
「ゴジラがガメラが、ウルトラがライダーが」なんて偉そうに語っていたことが
今にして思えば、本当に恥ずかしい。

『ゴジラを語る上で必要なのは、オリジナルのキングコングを見ておくこと。』
そういうことじゃないということも、徐々に分かってきました。

特撮作品同士の比較なんて、しょせんカルビーとコイケヤのポテトチップを
食べ較べるようなものだからです。

それじゃ評価はポテトチップという限られたジャンルから、一歩も出られない。
「一般作品との比較」という視点が、抜け落ちているんですね。


この視点が無い限り、特撮ドラマはいつまでたっても「閉じたジャンル」です。
ですから、いくら怪獣オタクが傑作と持ち上げる作品も
一般人から見れば、「でも怪獣映画でしょ」で終わってしまうわけで。
特撮作品に於ける「暗黙の了解」「疑問を持っちゃいけない事」も
普通の人々には通じませんよ。
そのジャンルに興味の無い人たちに「戦隊ヒーローが5色である理由」を
納得できるように説明できますか?
「そういうものなんだから」なんて説明では、「はいはい」なんてあしらわれた上
嘲笑の的になるだけですよ。

で、一般人に分かってもらえない事を理由に同好の士だけで集まり
お互いひたすら、作品の賛美だけを繰り返す。
こうして特撮ジャンルはファン自らの手によって、「閉じて」行くわけです。

「一般作と特撮作品を較べるのがおかしい」「特撮には特撮の良さが」
なんて異論もおありでしょう。
でもそれは、前述の巨匠らの作品を鑑賞した上でのご意見でしょうか?
一般作も特撮作品も、つまるところは人間がおりなす「ドラマ」ですから
その視点で見れば、両者の差は歴然。
いかに関沢新一脚本であろうとも、決して神格化は出来ないと思うのです。


私もオタクですが、好きなジャンルだけをひいきするのは嫌です。
作品のクォリティーをきちんと判断できる、平衡感覚を持ちたい。
口を開けば怪獣やヒーローの話題、立ち寄るお店はフィギュアショップなんて
偏った一生を送るつもりも、さらさらありません。
もちろん時にはドップリ浸りますし、その楽しさも充分わかっていますが。

そういう意味で今、「自分には一般作の知識=常識が無い」ということに
ものすごい焦りがあります。

作品の評価に対する平衡感覚が、完全に失われている。
自分は今まで、何を勉強してきたんだろうと。
要は、宇多田ヒカルの活動休止理由と同じですよ。
自分の家賃も知らない。16、17歳ならかわいいけれども、イタイ大人になってきてる
と、彼女は言いましたが
「自分の家賃」「ドラマを語る上で、最低限見ておく必要のある作品」
「大人」「オタク」言い換えれば、私の言いたいことはお分かりいただけると
思います。


「ドラマを語る上で、最低限見ておく必要のある作品も知らない。
16、17歳ならかわいいけれども、イタイオタクになってきてる。」

まさに言いえて妙。私の思いはこの一文に集約されています。


「『ゴジラ(’54)』に於けるドラマ部分の緊張感は、まるで黒澤映画のようだ」

昔、何かの本で読んで、そんなものかと鵜呑みにした評論文も
黒澤作品を丹念に見続けた上、本多監督が’55年に監督した『おえんさん』を
見れば、黒澤・本多両監督の資質の差は一目瞭然。

前述の「黒澤映画のような緊張感」が、本多監督に作りえないことは
火を見るより明らかでした。
前述の評論文が、特撮ジャンルに偏った人物の手によるものということが
今にしてみれば、よく分かります。
やっぱり偏ったジャンルだけ見ていると、評価も間違ってしまうわけですね。
結局、特撮関連本の作品評論文は、ファンを喜ばす為の「ちょうちん記事」であり
著しく公平性を欠くという事がわかって以来、今はほとんど読まないし
読んでも信用していません。あくまで自分で作品を見て、判断しています。
ま、鵜呑みにしていた私がおバカだったんですねcoldsweats01


特撮作品は私も大好きですが、今の私にとっては
「ときどき口にして、懐かしさに浸りたい駄菓子」であり
あくまで、おやつ程度に留めておいた方がいいと思えるようになりました。
むしろ、忘れた頃に口にするから美味しいと。

それよりも。まだ間に合う今の内に、「ドラマの基本」たる名作の数々に触れ
自らの鑑賞眼のベースを整備しておくことの方が、はるかに急務かも。
ウ●トラの新作や実写版ヤ●トの前に、勉強すべき作品が山ほどあるだろうと。

そうしなければ一生、子ども番組をドラマの全てと思ってしまう。
ですから貪欲に、過去作品を発掘するんです。


鑑賞済み映画のタイトルも、8ヶ月で160本近くなりました。
ちなみにこの中には、特撮作品は一作も入っていません。
それでもジャンルは偏るんですよねえ。どうしても好きな方面に行ってしまう。
オタク嗜好の引力の強さを、つくづく感じます。
でも、食わず嫌いは子どもの証拠ですからね。
今度はちょっと、川島雄三あたりを攻めてみようかと。

なじみの無い名前ばかりで、食いつきようが無いでしょ?
でも、歴史に残る巨匠の監督作くらいは見ておかなければ

新作はおろか特撮作品のレビューにさえ、説得力が生まれないと思うんですよ。
ゴジラのすばらしさを一般人に語って
「でもアナタ、それを『東京物語』や『浮雲』と較べて言ってるの?」なんて
邦画の常識作品について尋ねられても、胸を張りたいですからね。
それともあなたはやっぱり「分かってくれない人とは話をしない」と
自分を「閉じ」るのでしょうか?

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