2017年10月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31        

ネヴュラ・プライベートライン

無料ブログはココログ

« 集めとキナ | トップページ | 夜明けの変身 »

2010年7月 9日 (金)

怪獣を信じる目

今日も朝から空一面がグレーに塗りつぶされ、いきなりダウナーな気分sad
でもここ数日の猛暑が一段落する事は予報で分かっていたので
待望の涼しい空気に、ちょっとホッとしました。
朝4時半から待ち続けた朝日のチャンスも、今日は無いかなと諦めた
6時20分の空です。


Photo_2

垂れ込める暗雲に不穏な空気を感じ、怪現象の発生を危惧する
星川航空社長にしてSF作家・我らの万城目淳先生というところでしょうか。

彼が主役を務める『ウルトラQ』はモノクロ作品なので
今日の空は実によく似合っていますね。見上げる顔の角度もピッタリです。
その視線の先にあるのは、空を舞うペギラか飛来するガラダマか。
はたまた太陽を捕食してしまったバルンガか。
ごらんのソフビはリアル造形ではないのに、表情を見ているだけで
演じる佐原健二氏の表情、アンバランス・ゾーンの住民独特の世界観を感じます。


本編と特撮を別撮りする事情から、怪獣等の超常現象に対する
人間側のリアクションを、演じ手の演技力に頼らざるをえない特撮ドラマは
想像の産物にすぎない怪獣という存在への俳優の理解度・真剣度が
作品のリアリティ、完成度のカギを握ります。

どんな素晴らしいデザイン、卓越な造形技術を駆使して作られた怪獣も
その出現に驚く人間側がいいかげんな演技をしていては、作品はリアリズムを失い
その瞬間から視聴者は作品世界に入っていけなくなるのです。

ゴジラを始めとする東宝特撮映画やウルトラシリーズ、その他ヒーロー番組が
日本独自の文化としてすっかり根を下ろした現在。
「怪獣」という名詞には、これまで銀幕やブラウン管に登場した
おびただしい数の面々が連想されますが
それらにはやはり、一定の枠を超えられない共通イメージがあります。

異形の姿・特殊能力・巨大・侵略・町を破壊・ヒーローに倒され爆発などなど。
子どもに怪獣のモノマネをリクエストすれば、やっぱりギャオーと鳴きながら
ビルに見立てた家具をなぎ倒す定番シーンが再現されるわけです。


すでに日本に於ける「怪獣」とは、そういうものになっちゃってるんですね。
「怪しい獣」という言葉本来の意味が形骸化しちゃって
「両手を振り回して都市を破壊する巨大な異形」という意味になっちゃってる。

「芸人」という言葉が、「芸を磨き披露するプロ」という本来の意味を離れ
「テレビで騒ぎ司会者にツッこまれるボケ役」になっているのに近い印象です。

シリーズドラマの1エピソードに登場したに過ぎない、怪獣というゲストキャラが
ここまで長きに渡って愛されるのは、日本の怪獣デザインが優れている証拠であり
キャラクタービジネスの成功度にも関係することなのですが
その一面、ここまで怪獣の定番イメージが定着してしまうと
俳優も「劇中で初めて見た怪獣なのに驚けない」という妙な現象が
起こってしまうんじゃないかと、よけいな心配をしてしまうわけです。


だって新作ウルトラを見たって、どんな怪獣もだいたい50メートルくらいの身長で
ドラマの経緯に関わらず、クライマックスはほぼ都市破壊なわけですよね。

それが悪いと言ってるわけじゃないですよ。私も大好きですからそういうのhappy01
でもその手の「ステレオタイプ怪獣」への感覚は、台風や地震などの自然現象や
大きなクマが山から下りてきたような感覚に近く、「予測できる驚異」なわけですよ。
「今までの人生で見たことがないっ!過去のスキルでは対処法が浮かばないっ!」
なんて、文字通り「未知の驚異」じゃなくなってるんですね。

だから劇中で怪獣に遭遇した一般市民も防衛隊も、なんとなくルーティンワークで
避難や攻撃に向かっている感がある。
怪獣出現の演出が、記号化されちゃってるんですね。

皆さんもなんとなく頭に浮かんじゃうでしょ。そのシーンのカット割りがhappy01


そういう定番演出が「そうそう。怪獣映画ってこうじゃなきゃ」というある種の興奮に
繋がる事は、私もものすごく感じます。
時代を超えて愛されるスタンダード曲のコード進行みたいなもので
いわゆるパターンの美学でしょうから、変えようがない。
でもそれがスクリーンやブラウン管の外、演じる俳優のメンタル面にまで
影響してくると、事はちょっと複雑です。

時々、近作を見ると、その怪獣は二代目でも三代目でもないオリジナルで
劇中で初めて登場しているのに
人々にも防衛軍にも、イマイチ驚きや恐怖が見て取れない。

いや、たぶん台本には「驚く」「怖がる」って書いてあるはずです。
でも演じる俳優に、どこか怪獣に対するリアクションのスキルが出来上がっていて
驚き方や怖がり方が、ルーティンになっている感覚があるんですよ。

俳優側も子どもの頃に怪獣映画を見て育った年代でしょうから
そのスクリーンやブラウン管の記憶もあるでしょう。それが邪魔をするのかも。
「ギャーッて逃げればいいんでしょ」「怪獣ってそういうものだもんね」
なんて、怪獣という存在に対する先入観が、どこか演じる側から感じられる。

コレが怖いんですよ。確かに視聴者は定番演出もそれなりに歓迎ですが
演じる側の「未知の生物に遭遇している」という感覚、心構えが欠如してしまうと
とたんに作品はリアリティを失ってしまう。「怪獣映画ゴッコ」になっちゃうわけです。


さて。いつもながら遠回りしましたがcoldsweats01
ここでお話は、冒頭の佐原健二さんに戻ります。
ウルトラシリーズはもとより、多くの怪獣映画に出演された佐原氏が
劇中の演技についての指導を故・本多猪四郎監督から受けていたのは
有名なお話ですよね。

佐原氏も後年、インタビューなどでよく語られています。
今、『モスラ対ゴジラ』(1964年)のオーディオコメンタリーを聞きながら
キーボードに向かっているんですが、コメンタリーゲストである佐原氏は
ここでも本多監督の演技指導について力説。
その後の佐原氏の演技の礎になったであろう事を、強く思わせます。

怪獣映画のような空想性の高い作品においても
本多監督は俳優の演技にリアリズムを求めたそうで、佐原氏に対しても常に

「日常生活の中で、もし君の目の前にこういうもの(怪獣)が出てきたら
君ならどんな顔をする?」


といった生理的なリアクション、演技を要求していたそうです。
コレ、今の時代に聞けば当たり前かもしれませんがcoldsweats01
なんたって当時はウルトラマン誕生前夜の’50~’60年代前期。
世間に登場した怪獣だって、今とは比べ物のないほど少ない時代です。
国産怪獣映画の始祖『ゴジラ』を手掛けた本多監督とはいえ
怪獣映画の本編演出に関しては、まだまだ手探りの状態だった筈ですが

佐原氏が本多作品でメインを務めた怪獣映画は『空の大怪獣ラドン』(1956年)
が初ですから、おそらくその頃から本多監督は、佐原氏にリアルな演技を
指導していたのでしょう。


前述の通り、当時は生み出された怪獣が少なく、定番演出も無かったですから
「怪獣」という言葉には本来の「怪しい獣」という意味がまだ生きており
逆に演出側も演技側も、怪獣への先入観抜きで向き合えたのかもしれません。

リアクションに慣れを覚えず、素直に「未知の生物」と感じられたんでしょうね。
佐原氏はそんな時代に怪獣と向かい合えた、実に幸運な俳優と言えるわけです。

日常生活の中で、もし皆さんの前に未知の生物が現れたら。
皆さんのよく知る「いわゆる怪獣」じゃなく、見た事もない生物が。


35ミリフィルムという、映画並みのフィルムに定着され
現在も私たちがウルトラQで見ることが出来る万城目淳=佐原氏の演技には
まだ怪獣が「怪しい獣」だった頃の、驚異と恐怖が表れているのです。
そこには慣れも照れもない、「怪獣を信じる目」が光っていたと。
私たちの体から離れ、アンバランス・ゾーンへと導かれた目も
怪獣を信じる万城目淳の両目を通じて、驚異に見開かれていたのでしょう。

私たちがウルトラQに魅了される理由は、そんな所にもあるんでしょうねhappy01


Photo_3
トーテムポールだって、怪獣を信じる目で見れば!

にほんブログ村 テレビブログ 特撮へ

« 集めとキナ | トップページ | 夜明けの変身 »

「怪獣おもちゃ」カテゴリの記事

コメント

「宇宙船倶楽部」作品御入選おめでとうございます。
出張で出かけている間にいろいろ記事がアップされていたので、遅くなってしまいました。

佐原健二さん、怪獣映画にはかかせない役者さんでしたね。
本多監督からそのような指導を受けておられたんですね。
「怪獣を信じる目」でしたか。そうですよね。
視聴者を神秘の世界に引き込むのもそういう演技なんでしょうね。

怪獣映画の恐さは何と言っても、突然目の前に現れる恐さだと思います。
6歳のとき3つ上の兄と映画館で観たガイラの恐さは、
それ以前に観たバルゴンの比ではありませんでした。
羽田のシーンはもとより、暗い海を泳いで逃げる人を追いかけてつかむシーン、
海の中から漁民を見上げるシーン、ビアガーデンに突如現れるシーン、
ハイキングの途中でいきなり現れるシーン、恐かったですね。

あの映画を見た直後、ビルの間からいきなりガイラが出てきたら、と想像しましたね。
当時「三浦半島」という漢字は読めませんでしたが、
ガイラがいそうなころは三浦半島だ、東京の近くの海だから、と
兄に言われて安心するおバカでした。
「ガイラは不死身、どこかで生きている。」と信じてましたから。

ガイラに驚く人々の顔を今になって冷静に見ますと、大きく目を見開いて
結構こっけいに見えてしまうのは私だけでしょうか。

写真のトーテムポールを見ると「ガメラ対ジャイガー」を思い出します。
なんか無気味な封印の臭いがしますね。
大阪万博の建物はジャイガーにやられたんですよ~(笑)

かたつむり様 出張、お疲れ様でしたhappy01
更新は多いものの、あい変らず大した内容でもないので
どうぞお気になさらず、お気軽にコメント頂ければ充分ですhappy01

宇宙船映像倶楽部は「自らの手で新ヒーローを創出する」という
私の昔からの憧れを具現化したような企画で、募集のたびに毎回挑戦していますが
今回は予想外の入選で、おバカな私も部の役に立てたかと喜んでおりますcoldsweats01

特撮ファンにとって佐原健二氏は、作品に欠かせない俳優として
今も抜群の人気を誇っていますが
氏の怪獣に対するリアクションの正確さ、特撮画面とのタイミングのズレのなさには
定評がありまして、氏もいろいろなインタビューで
その心構えを本多監督に指導されたことを語っています。
氏の演技に説得力があるのは、やはり本多監督の確実な演技指導の賜物だったんですね。

おっしゃる通り、「サンダ対ガイラ」の恐ろしさは
物陰から突然現れる巨大な異形の恐怖感に加え
巨大な手で体をつかまれ、身動きも出来ないまま餌食にされるなど
怪獣と人間の距離感が異常に近く演出されているところでしょうね。
ビアガーデンのシーンも、画面の端に一瞬、ガイラがフレームインしたところで
あえてカットを切り替える編集の妙が光ります。
画面を見ている観客は、ガイラを確認できるか出来ないかの微妙な秒数で
カットが切り替わるため、映画内のビアガーデン客と同じく
非常に不安な心理状態に置かれるわけです。
この作品にはそういう演出が散見され、意識的に観客を恐怖に陥れる
効果に貢献しています。
あきらかに大人向け、ホラーテイスト抜群の作品です。
かたつむりさんのトラウマになるのも、無理はないでしょうねhappy01

>「ガイラは不死身、どこかで生きている。」と信じてましたから。
子どもにそう思わせるだけの怖さが、サンダ対ガイラには確かにありました。

>ガイラに驚く人々の顔を今になって冷静に見ますと、大きく目を見開いて
結構こっけいに見えてしまうのは私だけでしょうか。

まーきっと私たちも本当に怪獣を見たら、あまりにあり得ない出来事に現実感を失って
けっこうこっけいな顔つきになるのかもしれませんよhappy01

>トーテムポールを見ると「ガメラ対ジャイガー」を思い出します。

いやーお詳しいですねーhappy01
「ガメラ対ジャイガー」は私が生まれて初めて見た映画なので
今もよく覚えています。もちろんあのウェスター島の「悪魔の笛」も。
そうですね。このトーテムポールも見ようによっては、あの笛を連想しますね。
かたつむりさんにとっては、地元の万博会場で大暴れしたにっくき怪獣ですねhappy01

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/104767/35692641

この記事へのトラックバック一覧です: 怪獣を信じる目:

« 集めとキナ | トップページ | 夜明けの変身 »