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2010年2月 1日 (月)

私が最近のヒーローを語らない理由

文字にすると、ものすごく大仰なサブタイに見えちゃいますねcoldsweats01
でも私ごときのお話ですから、別に大したことはなくhappy01

昔から、’90年代から今世紀にかけてのヒーロードラマを
あまり語らない私ですが
どーも最近は、その沈黙ぶりに拍車がかかってしまいましてcoldsweats01

確かに興味が湧かないとか、一回飛ばすとわかんなくなっちゃうくらい
ストーリーが複雑で、私のおバカな頭ではついていけない内容だからとか
そんな情けない理由は、以前からありました。
うーむこう書くと、私はホントにオタクなのかと疑いたくもなりますがweep

でもここ最近、そうした「語らない理由」に、もう一つ新しい要因が
加わったような感が強いんです。

これは別に外的要因があったとか、ネットで拝見する皆さんの濃いファンぶりに
少々物怖じしちゃったからとか、そういう類のお話じゃないんですねhappy01


まー今、例の『宇宙船』のヒーロー企画応募の追い込み時期という
心理状態も、確かに影響しているとは思います。
ひょっとして、部員の皆さんはお分かりかもしれませんが
この『新ヒーロー』『オリジナルヒーロー』という代物は
例えばウルトラやライダーをはじめ
それこそ星の数ほどすでに存在するヒーロードラマが
誕生する、ずーっと以前に遡らなければ、発想できないものなんですよ。

例えば「仮面ライダーみたいな感じ」と発想した段階で
すでに「仮面ライダー」というヒーローの呪縛に捉われているわけですから
その時点で出発点が遅い。ダウトなんですcoldsweats01

映像化や文章化などどんな状態であれ、発想の時点で
ヒーロードラマ史に残っている作品がイメージされた段階で
もう『古い』『カバーヒーロー』なんですよね。


ですから、新ヒーローを生み出そうとすれば
「○○みたいな」という発想を捨てることから始まって
既に存在するヒーローも、徹底的に知り尽くさなければならない。


まー私も、そんな偉そうなことを言いながら
以前「コレは新しい!」と提出した企画が
雨宮部長の「既にあるよ」という講評と共に次点掲載の憂い目にあい
全国的に恥をかいた苦い思い出がありますから
勉強不足は否めませんがcoldsweats01
逆の発想として、あえて古い皮袋に新しい酒的な
「平成ガメラ式発想」もありますよね。
でもあれは作風が新しかったのであって、企画が新しいわけじゃないですし。


かように『新』『オリジナル』を生み出すことは難しく
部員やチャレンジャーの皆さんは、きっと今も
その苦しみに耐えていらっしゃるんじゃないかと思いますhappy01


その前提に立ってお聞き頂くと、分かりやすいんですが。
我が家では昨年秋から、ケーブルテレビの契約プランを変更した為
CSチャンネルで放送される国内、海外映画の鑑賞頻度が
飛躍的に増えたんです。

その気になれば一日中、名作から初鑑賞の珍作までを通じて
映画世界の深い脈流に触れることが出来るわけですね。
この環境が、『ヒーロー誕生以前』の映画等を鑑賞するチャンスを
ものすごく増やしてくれたわけです。


当初はさほど気にしていなかったんですが
実はこの環境、私には本当に勉強になるんですよ。

この際ぶっちゃけちゃいますが
「ネットや雑誌などで名作という評価は定まっていても、実は未見の作品」って
けっこう多くありませんか?
雑誌やネットなどで高評価を得ていても、何となくストーリーを読んだ程度で
見たような気になっている、過去の名作。
さらに、見たくても見られなかった「未ソフト化」作品も。
これらの片鱗が、日々少しずつでも体験できるわけです。

で、そういう機会を通じて
私には一つの、確信めいた思いが湧いてきました。
要はですね。
「どんなヒーロードラマも、その誕生前に作られた邦画やテレビドラマの
子供向けアレンジなんじゃないか」という事なんです。

『「ウルトラマン」は東宝怪獣映画+刑事ドラマ+スーパーマン』
『「仮面ライダー」は空手アクション+東映時代劇』のような
「ヒーローの源流」は
両者以外の、古今東西のほとんどの和製ヒーロードラマに当てはまると。

そんな思いを強くしたんですよ。


例えば「ゼロ・ファイター大空戦」「青島要塞爆撃命令」「独立愚連隊」など
東宝娯楽系戦争アクション。
「国際秘密警察」「100発100中」「豹は走った」などのスパイ・犯罪アクション。
「緋牡丹博徒」「女囚さそり」「修羅雪姫」「野良猫ロック」シリーズなどの
ダーティヒロインアクション。
最近見た作品をちょっと挙げるだけでも、これら諸作には
歴代のヒーロードラマに繋がる設定やドラマ構造が、随所に散見されます。

駅前シリーズや社長シリーズのような喜劇さえ、その発想の自由度は
歴代の特撮コメディ作品を、軽く凌駕しているのです。

まー確信犯的にそれを行っている
『快傑ズバット=日活アクション』
『アイアンキング=隠密剣士=東映忍者物』みたいな例もありますよね。


つまり、なんとなく掴めてきたこの図式を眺めるにつけ
①『先人が斬新な発想で挑んだ映画』というお手本がまずあって
②『そのアイデアやプロットを、子供向けに分かりやすく翻訳したもの』
もしくは『予算など諸条件により、大きくスケールダウンしたもの』が
ヒーロードラマなんじゃないかと、そんな感があるわけです。


ただ、それは企画の体裁、入れ物の部分であって
最近はプロット上はヒーロードラマでも、中身はかなり変容していて
それが恋愛ドラマだったりコメディだったりするから
私みたいな古いファンはついていけないわけでcoldsweats01
まーそれはまた別のお話、今回の趣旨とは外れちゃうので
別の機会に語ってみたいものですがhappy01


ちょっと遠回りしたので、冒頭のお話に戻りましょう。
何故私が、最近のヒーロードラマを語らないのか。
コレが、前述の「図式」と大きく関係することなんですよ。

この私の感触を、もうちょっと噛み砕いてご説明しますと。
最近のヒーロードラマ放送後に、ネット等で
「今週の第○話の展開はすごい!次回も目が離せない!」
「コレは斬新。さすが○○だ!」という感想をいくら目にしても
それらはやっぱり
先人が作り続けた過去の作品の上書きに過ぎないんじゃないか。
過去作品の縮小形の域を出ないんじゃないかと、感じてしまうわけです。


ヒーローを見た新鮮な驚きを、子どもが語るんなら良いんですよ。
もちろん、作品のメインターゲットですもんねhappy01

きっと彼ら子ども達も私と同じように、幼少期にそれらヒーローに触れて
おいおい大人になるに従って、それが先人の諸作を模したものだという
構造が、分かってくるはずですから。


でもある程度年齢を重ねた上でも、そういう根底構造に気づかないというのは
私にはちょっと辛く見えます。
だから私は、そういう風になりたくない。

今回の○○みたいな展開は、きっと以前に誰かが行っているんだろうと考える。
そこを推測せず、ヒーロー世界だけで感力を閉じてしまうもったいなさと言うか
感性の狭量さが、ちょっと息苦しいんですね。

お話がまたそれますが
私がいわゆる「ヒーロー仲良しコミュ」での活動が苦手なのも
そういう事情からでしょう。
私がヒーロードラマを見る理由は、『ヒーローが出るかどうか』ではなく
『ドラマが面白いかどうか』だからです。

キャラクターじゃなく、ドラマ重視なんですね。


たぶん今日放送の○○で試された演出を
もっと上手くこなしている作品がある。
同じシチュエーションでも、もっとドラマの濃度が濃い作品がある。

ここ最近、過去の作品を浴びるように見ちゃうと
どうしても、そういう気持ちになっちゃうわけです。
実際、前述した作品でも、随所にそういう「ヒーロー原形」が見られましたし。


ですから近作は何を見ても、手放しでは語れないのです。
何を見ても「コレが最高」「コレが一番」とは言えない。
その手本となる作品が、たぶんどこかにあるはずだからです。
それを知れば知るほど、新作を単純に語れなくなってしまう。
よく言う「○○を語るには、まず●●を見てからでなければ」状態ですね。
その言葉の重要性が、今になって非常に分かります。
もう私は、そういう事を感じなければならない年齢になってしまったと。
ヒーローの活躍を単純に楽しめないという意味で
これも悲しい事かもしれませんが。

まーでも人間、年齢を重ねてくれば
そういう部分に興味が行くのも、自然な事じゃないかと思うんですよ。

作品の楽しみ方は人それぞれ。単純に楽しむスタンスだって全然OKです。
ですから、私がとやかく言える資格も無いんですが
やっぱり、過去の名作映画を子供向けに分かりやすくリメイクした
ヒーロードラマの1エピソードを、何も知らずに最高扱いして
「凡百の映画を超えるオリジナリティー」なんて持ち上げすぎるのは
「私って勉強不足でーす」って言ってるようなものでしょ。


いや別に、具体的にどの作品がどうのというわけじゃないんですよ。
別にどなたかが、そんな事をおっしゃってるわけでもありませんし。
ただ私は、そんな轍を踏みたくないなと。
それだけなんですよね。まーいつものおバカなこだわりですがcoldsweats01

なんかまた、下らないお話におつきあい頂いて申し訳ありませんでした。
いやー応募締め切りも近く、追い詰められているせいでしょうね。
あー全然浮かびませんweep
今夜もちょっと、夜更かしになりそうですnight

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コメント

やはり先人の作品ありきですよね。先人の影響のない作品なんてありえるのでしょうか?
かなり古いお話にさかのぼって恐縮ですが、中国から入ってきた漢字のおかげで、今私たちは平仮名やカタカナなどを使って文字を書いてます。
(よく簡単な文字に「アレンジ」してくれたものです。「誤字ラ」なる人々、祖先に感謝。)
また、漢詩の表現手法が日本の秀逸な和歌や韻文に大きな影響を与えたように、偉大なる先行文化が偉大なる新しい文化を生んできたたのでしょうね。「古きをたずねて新しきを知る」とはよく言ったものですねえ。先人、偉いです!
新しい作品を創ろうと思う者は、先人の作品にふれ、まずは敬意を表さねばなりませんね。

いつも思うことですが、作品(ヒーローものでも何でも)というものはやはりその「時代」というものと深くかかわっています。私などは古きよきものにそれを強く感じ、楽しんでおります。その時代の思潮、価値観、風俗などが色濃く反映されますから、その時代に輝いたものが生き生きしています。懐かしいだけでなく、その時代にしかないものだから面白いんです。

ある現代詩作家が、「その時代に欠乏しているものの逆襲にどう応酬していくか」とおっしゃたのを覚えていますが、それが作り手の課題なんでしょうか。新たなものを生み出すヒントはそこにあるのでしょうか。

かたつむり様 そうなんですよね。
どんな文化も、先人の影響なしには語れません。
以前両親の法事の際、お世話になっているお寺の和尚さんと
『西遊記』についての話題で盛り上がったことがあります。
あの物語の構造や教えが近年のヒーロドラマに与えた影響は非常に大きく
すでに70歳を越えた和尚さんも、中国古典の素晴らしさ、
先人の先進性に、いたく感心されておりました。
『西遊記』という作品名を出すだけで、世代の壁が一気に無くなるんですね。

ただそれも、かたつむりさんのおっしゃる「時代の影響」というものが深く関わっていて
古典物語の骨子に時代という衣を着せたものが
新しさとして、人々に受け入れられるのかもしれません。

>「その時代に欠乏しているものの逆襲にどう応酬していくか」

難しいお話ですね。
その「時代に欠乏しているものの逆襲」が明確に見えてくれば
応酬の手段も見つかるかもしれませんが
そこがはっきりしないところが、一番の難しさと思ったりもします。

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昭和50年代でしたか、尾崎巌という慶応の教授がいました。同期でした。 [続きを読む]

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