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2010年1月 3日 (日)

孤悲するネヴュラ

http://dailynews.yahoo.co.jp/fc/domestic/obituary/?1262452230



私はいつも、このブログに
著名人や特撮分野で活躍された方々の訃報や
お悔やみ記事を書く事を、意識的に避けています。
それには理由があります。


一つ目は。
その方々が亡くなられた事を知った時、はたして自分は
訃報やお悔やみを述べるほど、亡くなられた方に
思い入れがあったかどうか。それを自問自答するからです。

訃報のニュースを聞いた時だけ、本当にその時だけ
さも普段から愛していましたと
忘れる暇もありませんでしたと
自分は心から貴方のファンでしたと言わんばかりに
紋切り型の言い回しで悲しみを表明する白々しさ、いやらしさ。
そのにわかファンぶりは何よりも醜く、見るに耐えません。
そんな醜い轍だけは、踏みたくないのです。


二つ目は。
厳しい表現で恐縮ですが、私が生業とするテレビ業界において
キャストやスタッフは、言わば使い捨ての存在だからです。
いかに傑作をものにした名監督でも
新作の出来が悪ければ、また不幸にして作品が作れなければ
過去の人というレッテルを貼られ、寂しい晩年を過ごすのみです。
俳優にしたって同じ。
生涯現役で、過去作品を凌駕する演技力を発揮し続ける方だけが
評価と名声を保つ事が出来るのです。

常に新たな血を求め続けるテレビ業界には
過去の栄光など、まったく通用しないのです。
ですから時々、懐かしのヒーロー特番などで姿を見せる
ヒーロー俳優の現在の姿は、私にはまったく興味がありません。
新作ウルトラ映画で顔見せする、過去ウルトラヒーローの人間体俳優に
私が辛さを感じこそすれ、愛着などかけらも湧かない理由は
そんなところにもあるのでしょう。
ファンはその俳優の今の姿に、彼らが最も輝いていた頃の
幻影を見ているだけだからです。
醜く太り、セリフ回しもおぼつかなくなった今の姿は、その抜け殻にすぎません。

大御所の名の下に祭り上げられ
新作映画やドラマのクライマックスに一瞬、顔を見せる「通称名優」だって
本当はもう過去の人である事は、誰もが分かっているはずです。
誰も口にしないだけで。

テレビの現場で、そうした芸能界、俳優世界の裏側を知る私には
いかに過去の栄光があろうと、最期まで第一線で活躍された方でなければ
訃報に悲しみを表明する気持ちが、一切湧きません。
その存在が忘れ去られるのは、俳優本人の努力不足。
世の中はそこまで、甘くないという事です。

たとえ俳優業に見切りをつけ、他の世界に転身を果たした方でさえ
元○○役という過去のレッテルは、一生ついて回ります。
それは本人のその後の人生を生かしも殺しもする、重い十字架。
本人が望むと望まざるに関わらず、背負わされるものなのです。



訃報を知った時、私はいつもこの二つのふるいを
頭に思い浮かべます。
ですから、著名人が亡くなられる度に
社交辞令のように訃報記事を書く気になど、どうしてもなれないのです。

でも時として、こんなふるいなど全く役に立たないほど
身をよじるような悲しみに暮れる存在がある事を知りました。


孤悲。「こひ」と読みます。
これは万葉仮名と言い、万葉集に使われた日本古来のもじり言葉。
お察しの通り、この言葉の意味は
現代で言う『恋』を示します。
『恋』を「孤独な悲しみ」と表現した万葉人の表現力は
「恋」という文字以上に、言葉の本質を見事に表していると思います。

恋はまさに、孤独で悲しい『孤悲』。
奇しくも拙ブログがタイトルに冠した『恋』という言葉は
今回の訃報に暮れる私に、そのまま当てはまります。

この方の死を知った私は、孤独で悲しい。
なぜなら私は本当に、心から彼に『恋』していたからでしょう。
さようなら蒲生譲二。スペクトルマン。
たとえ作品がどんな評価を受けようと
彼を人生最高のヒーローと慕う私にとって
この訃報は、心を切られるような辛さです。

貴方が帰還したネヴュラを見つめ、これからも生きていきます。

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コメント

 彼女は、夜空に向かって問いかける。
 だが、「彼」から答えは返ってこない。
 そう……「彼」は、故郷へ、夜空の彼方へと旅立ったのだ。
 もはや、二度と届かぬ「彼」への想い。
 だが、それでも彼女は、夜空に向かって問いかける。
 「彼」の声を、今再び、心の内に呼び起こす為に……。
 今夜も、彼女は、銀河の彼方へ問いかける。

 「……ネヴュラ、応答願います」


 蒲生譲二さんのご冥福をお祈りいたします。

この訃報を知った時、真っ先にオタクィーンさんが思い浮かびました。本当に哀しまれていたのだと察します。

 書くまいか悩みましたが、今までのモヤモヤが晴れたので書かせてもらいます。

 人様のブログで『有名人の訃報』の記事を読んだ時たまに不快に感じる事があったんですが、それがナニか?オタクィーンさんの記事を読んでよく判りました。
不快な記事には書き手の『想い』がないんですよね。
『人の死』を記事にするのだから、せめて書き手が、その人にどんな想いがあったのかぐらいは書いてもらわないと記事として書く意味あるのかな?と思うんですよ。

ヤフーの記事丸写しで合掌だけ言われると「アンタ、人の死を喰いモンにしてるのか?」なんて疑っちゃうんですよね(まぁ、考えすぎですけど)。

今回の記事を観て「あぁ…本当の訃報記事ってオタクィーンさんみたいなモノなんだよな。」と、思い、自分ももし訃報記事を書くことがあれば(哀しくなるので書かずに済ませたいんですが)、これぐらいの思いで書かないと亡くなった方に失礼だなと…ホント痛感しました。

 都の商売人様 今回の訃報は本当に突然だったので
 心の準備が出来ず、書きなぐりのような記事に なってしまいました。
 お心持ち等悪くされましたら、お詫び致します。

 でも成川氏は、あの蒲生譲二の姿のまま
 私の中で生き続けています。
 晩年、人前に出なかった事が、逆にファンの心に
 若き日の姿のまま、定着したのでしょう。
 たとえそれが不可抗力とはいえ
 それこそが私のヒーロー、私のスペクトルマン。

 今も心の夜空を見上げれば、遠く輝くネヴュラに
 あの優しく強い笑顔がオーバーラップしているのです。

 「ネヴュラ、返信願います。」
 その私の要請に、きっと彼は笑って答えてくれるでしょう。
 「ヘンシン違いだよ。オタクイーン。」

 ヘルライダー様 ご心配をおかけしました。
 人間、あまりに意外な、そして衝撃的なニュースを目にすると
 瞬時には信じられないものですね。
 自分が慕い続けた人の不幸なら、それはなおさらです。

 私が訃報ニュースを記事にしない理由は
 以前からどうしても書きたかった事でした。
 誰もが知る有名人の不幸なのに、何故お悔やみを口にしないのか
 周りの疑問に答えたかったのです。
 
 この記事アップ直後は、あまりに感情的で舌足らずな内容に
 真意が伝わるかどうか、やや不安だったのですが
 ヘルライダーさんをはじめ皆さん、私の心の内をご理解
 頂けたようで、安心しています。
 
 どんなに美辞麗句で取り繕っても
 心の底からにじみ出る「想い」だけは
 相手を本当に愛した者にしか伝えられません。
 それだけを、ただそれだけを分かって頂ければ
 もう充分です。
 
 今はただ彼の優しい笑顔を、天を仰ぐ強い眼差しを
 何度も何度も、心で反芻するのみです。
 コメント頂き、本当にありがとうございました。
 

 昨年、やっとDVDを入手して、蒲生譲二に再会できたばかりだったのですが‥‥。あまりに突然の悲報に驚くばかりでした。
 来年は放映40周年なんですよネ‥‥。あまりに早いご逝去が悔やまれます。

 私はいくつかの訃報記事をブログに書いていますが、それはどうしても書きたかったんです。自分の中で、その方を「過去の人」にしたくないという想いで、どうしても記しておきたかったんです‥‥。

 成川さんのご近影は、講談社の「特撮ヒーローマガジン」誌での大平透さんとの対談記事のスナップで拝見しました。まだまだ若々しい印象でしたのに‥‥。

 今日の記事のアップで、オタクイーンさんがお元気そうなので安心しましたヨ。

自由人大佐様 今回の訃報は
私にとって避けられない、非常に大きなものでした。
基本的に演出至上主義で、俳優の存在は二の次の私にとっても
このケースは別だったのです。
おそらく私が今回のように追悼記事(内容からすれば、追悼記事に対する考え方みたいになっちゃってますが)を書かせて頂く方は、今後も非常に少ないでしょう。

ただそれはあくまで私の主義であり
人様の記事内容をとやかく言えるほど、私は立派な存在でもありません。
もちろん今記事も、大佐さんの姿勢について申し上げたものではないので
もしその点を誤解されたなら、それは私の文章力が足りなかったせいです。
申し訳ありませんでした。謹んでお詫び致します。

ともあれ、コメント中の
「その方を「過去の人」にしたくないという想いで、どうしても記しておきたかったんです‥‥。」
という大佐さんの真摯な姿勢、飾らないお言葉は
私の胸に、本当に響きました。ありがとうございました。
大佐さんのようにピュアな想いを記事に綴るブロガーが一人でも増えれば
きっと故人も、幸せに旅立っていけますよね。

成川氏の葬儀は今日の正午だったんですが
私はその時刻、いつもの公園で彼を偲んでいました。
澄みきった空気の中、晴れ渡った冬空に浮かぶ雲の隙間から
チラリと、ネヴュラが見えたような気がしましたhappy01

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