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2010年1月24日 (日)

緩急の芸術

久しぶりに、本当に数年ぶりに、リアルタイムで地上波ドラマを見ました。
23日18時55分から放送された
TBS系『ブラッディ・マンデイ シーズン2 第1話』。
前シリーズ共に、今回もコミックス原作のドラマという事で
「これは漫画なんだから」と強く自分に言い聞かせ、最初から許容範囲全開
期待値も限りなくゼロで見たのですが。


このドラマ、10代から20代の視聴者ならきっと惹きつけられ
ひょっとしたらこの作品に魅了されて、テレビ業界を目指す若者が出たって
おかしくないほど、狙ったキャスティングと演出である事は分かります。
また、テレビ制作の現状を知る者から見ても驚嘆すべき程に
バジェット面で今作は、今期TBSの総力戦であり
初回も劇場映画並みに力の入った、超大作感満載の作品と感じました。
前作のヒットによる安全パイ的戦略として、企画も通りやすかったのでしょうが
ともあれ、初回をここまで豪華に彩れるドラマは、そうそう無いでしょう。


でも、見終わって感じたのは
自分が年を重ねてしまったことの、限りない寂しさでした。

何でしょうか。見終わった後のこの空虚感は。

決して、ドラマの作りが悪いわけではありません。
スタッフ、キャストとも、作品には非常に真摯に臨み
その姿勢にはもはや、頭が下がるばかりです。

おそらく今の若者世代にはリアルであろう、人間関係を描いた作劇術。
現代日本で撮影許可が下りるラインギリギリを狙う、アクロバティックな演出。
ややファンタジックなCGIの使い方も、きっと意図されたものでしょう。
そういう意味でも、現時点での地上波の総力戦であるはずなのです。


でも、私の心には全然響いてこない。
登場人物の感情の高揚も、タイムサスペンスのワクワク感も
謎また謎の展開も、まさかまさかのドンデン返しも
「はいはい。よかったねよかったね」のレベルで終わってしまうのです。

これは決して、作品の質が悪いという事ではないんですよ。
あきらかに原因は私の感力の枯渇。
ドラマに入っていけない私の側にあるのです。


まーいつもみたいにお話を長引かせるのも申し訳ありませんから
単刀直入に言いましょう。
私は最近まで、この感力枯渇の原因が分からなかったんですが
ここ一、二ヶ月の経験を通じて、何となく思い当たる点が見えてきました。

要はですね。やっぱり最近のこの手のサスペンス系フィクションは
昔の作品に比べ、明らかにパワーダウンしていると思わざるをえないと。


そう感じる、大まかな原因は二つあります。
その一つは、決して作り手側の責任じゃなく
前述した予算面や撮影条件、放送コードなどの制約によるものなんです。

ですから一概に、作り手を責めるわけにはいきません。

なぜ私が、こんな気分になったかと言いますと。
それはやっぱりここ最近、CSで放送中の
日テレプラス『大都会PARTⅡ』(’77~’78)
『大都会PARTⅢ』(’78~’79)
チャンネル銀河HV『必殺必中仕事屋稼業』(’75)など、’70年代ドラマを

毎日、浴びるように見ているからなんですね。


『仕事屋』はともかく、『大都会』シリーズは
現在、放送コードに引っかかるらしく、地上波での再放送は難しいそうですが
一日1エピソードという高密度で作品に触れていれば、理由もよく分かります。

確かにこれらの作品は、モラルや人道的見地から考えて問題が多く
現代の放送コードからすれば、クレーム発生なども容易に想像できます。
ですから私としても、これをそのまま地上波へなどと考えることはありません。
もう展開など、良い意味でメチャクチャですからね。
『ブラッディ・マンデイ』のテイストを、端正で切れ味鋭いナイフとするなら
『大都会Ⅱ・Ⅲ』なんて、無骨ながら大ナタでぶったぎる感じの野性味でhappy01
そりゃ放送できませんよ。開巻2秒後から銃撃戦が始まるドラマなんてcoldsweats01

またカーチェイスや大規模爆発の無い回の方が珍しいほど
テレビアクションの限界を追求したドラマでした。


ですから、こんなお化けドラマを見て育ってしまった人間が
最近のドラマをパワー不足と感じるのも、仕方ないという事なんですよ。


誤解されがちなのは、それじゃ『西部警察』じゃないのと思われちゃう点で。
コレは声を大にして言いたいんですが。
『西部警察』は『大都会』からドラマ性を排除して
全国各地のタイアップによりアクションをイベント化した
『石原軍団キャラクターショー』なんです。
まるで前期必殺と後期必殺の違いみたいですが、そこを間違えちゃうと
「オタクイーンは、車の爆発シーンだけ見て喜んでるお子ちゃまなのね」
という誤解に繋がると。
まー私がお子ちゃまなのは当たってるので否定はしませんがcoldsweats01
でも作品の方向性、ドラマの描き方において
『大都会Ⅱ.Ⅲ』と『西部警察』はまったくの別物と考えています。


お話がちょっとそれました。
私が現在のドラマにパワー不足を感じる、二つ目の原因ですが。
それは予算や製作体制の差とは別の次元、脚本や演出レベルの問題でした。


余計な説明や、前後のシーンを見ていれば予測できるような展開を
現在のドラマは、懇切丁寧に描きすぎるという点です。

ドラマ側が手取り足取り、視聴者が何も考えなくてもいいように
展開を全て説明してくれちゃうから、見る側に緊張感が生まれない。

「もうわかったからそこは省略して、もっともっと先へ進めばいいのに」と
イライラするシーンが山ほどあるので、私などはダレちゃうんですね。


最初は興味を持つんですよ。「よーし。このドラマに二時間付き合おう」って。
でも途中くらいから
「見る側は次を予想できるんだから、省略して次へ行こうよ」感が強まり
ドラマと見る側のペースが合わなくなってくる。
コッチはF1グランプリ並みの疾走感を期待しているのに
ドラマ側は小学校の運動会レベルのスピードに感じちゃうんですね。
だから、見る側の意識がドラマ側よりはるかに先行しちゃって
足踏みしながら、ドラマの展開が追いついて来るのを
待っているような状況なんですよ。この「足踏み」がまた、疲れるんですよね。
その間にダレちゃって、ゴールなんてどうでもいいかなんて気分になってくる。


『ブラッディ・マンデイ』23日の初回エピソードで、少し例を挙げれば
主人公宅で妹の帰りを待つ朝田あおい(藤井美菜)が、男に捕まるシーン。

あそこは、インターホンのモニターに男の顔が映ったところで
その後の展開なんて、充分に予想できるでしょう?
視聴者はあの男が、すでに敵だと知っているわけですから。
その為、次の玄関の攻防などは「不必要」「時間の無駄」に見えてしまう。

そこまで予想できないほど、視聴者はおバカじゃないよと。

逆にクライマックス、困難なパスワード解析のくだりは
CM明けでいきなり解決、もう判明している。
私はそこをじっくりと見せて欲しかったのに。
要は見せ所を見せず、余計な説明シーンばかりが多いんですね。

その他、あからさまにバレバレの謎展開や(中盤、吉○さんの狙撃死とか)
ラスト近くの逆転劇とか
(「最初からソッチに気づくでしょう!」とツッこんだ方がほとんどかとhappy01)
いろいろありましたが、やっぱり演出的には、丁寧すぎる点が気になりました。
「このドラマ、そういう無駄なシーンをカットしたら、一時間で充分じゃないの?」
二時間スペシャルと銘打っただけに、それだけの内容を期待したんですがcoldsweats01

ただおそらく私も、ここ最近の『大都会』『仕事屋』集中鑑賞がなければ
そこまでこの丁寧すぎる演出に、辛さを感じなかったと思うんですよ。

でも見ちゃったものは仕方がないとhappy01

この『ブラッディ・マンデイ』に限らず、最近のドラマに比べ
’70年代のアクション・サスペンスドラマは、はるかに展開が速いです。
例えば前述の拉致展開などは、余計な説明など一切無く
それを予想させるカットをほんの少し見せるだけで
次のシーンではもう、被害者は敵のアジトに監禁されているhappy01
拉致の瞬間を、視聴者の想像にゆだねている訳です。

これが「ドラマ」じゃないかと思うんですよね。この視聴者との呼吸と言うか
「こんなシーン、ダラダラ見せなくてもわかるでしょ」という
作り手の目配せと言うか。
そういう展開の飛躍もできれば、作り手が見せたい、本当に訴えたいシーンは
コッテリと、視聴者とのガマン比べのごとき濃厚な展開となる。

例えば、爆弾阻止の息詰まる攻防戦というモチーフで言えば
『ブラッデイ・マンデイ』とは比べ物にならないほどのアナログ展開ながら
ドラマの切れ味、緩急の鋭さの点で
『大都会PARTⅡ』第27話『爆破予告』(長谷部安春監督)などは
かなり成功していたと思います。
もしご覧になる機会があれば、タイムサスペンスの秀作とは
こういう作品という事を、感じられるのではないでしょうか。


そういう緩急がドラマの面白さであり、それが視聴者に感銘を与えるという事
じゃないかとも思うわけです。

同時に、この「シーンの呼吸」や「カットのリズム」は文章では伝えられません。
それだけ純粋な「映像のみに与えられた表現」であり、そこへの追求が
脚本の、ひいては演出の真髄とも言えるのです。



ただそこまで分かっていながら、なぜ私が冒頭のような
「自分が年を重ねてしまったことの、限りない寂しさ」を感じたのかと言うと。
結局、昔のドラマの良さをいくら知っていても
現代の視聴者が『ブラッディ・マンデイ』のような懇切丁寧な
手取り足取り演出を「ドラマ」と感じるなら
それに自分の感性が合わない事の方が、逆に不幸なんじゃないかと
思い始めたからなのです。


変に「緩急」や「説明の省略」を知ってしまっているゆえ
せっかくの新作地上波ドラマに、興味をそそられない。
むりやり見ても、やはり今回の記事のような感想になってしまう。
これがテレビの楽しみ方と、果たして言えるでしょうか?
たまたま見たドラマ一本が、ここまで楽しめなかったら
自分はこの先、何をもってドラマの未来を追及していけばいいのかと。
自分が面白いと思うドラマ演出が、現在の視聴者のニーズとずれている。

この恐れを、非常に感じるわけです。


この恐れは根深く、払拭する事は難しいでしょう。
果たしてドラマは、緩急や省略の芸術ではないのか。
それともドラマは時代と共に、加速度的に視聴者から
「考える力、想像の喜び」を奪い去って行く方向性なのか。
皆さん、どう思われますか?

(と珍しく、オチは省略して終わりますhappy01)

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コメント

ドラマは未見ですが、問題はそもそも「ブラッディ・マンデイ」自体がそこまで面白いものではない、と思いますよ。(魅力的な要素は多々ありますが)

と、言いながらコミックは揃えてるんですが・・・


すごく久々にコメントしました。

?様 コメントありがとうございました。
(お名前が無かったので分かりませんが、お久しぶりなんですよね。きっとcoldsweats01)
そうですか。私は原作をまったく知らないので
純粋に映像セオリーの範疇で感想を書いてみたんですが
やっぱり原作の出来は、ドラマにも影響するんでしょうね。
一度読んでもみたいのですが、私は絵の好みが激しいのでcoldsweats01
そのハードルを越えられるかどうかが心配です。
まー食わず嫌いはいけませんね。貴重なご意見、ありがとうございましたhappy01

オタクイーン様
ドラマのニーズが、オタクイーンさんが危惧される方向性に行くということは、若い人たちの読解力や想像力を後退させかねないゆゆしきことだと思います。
テレビドラマも映画も含め、「考える力、想像力」の楽しみを奪われたら、少なくとも私などは視聴者としてたまったもんじゃありません。
小説なんかでもそうです。書くべきところは書き、読者のイメージの補完に任せるべきところは任せる、それがなければただの説明文です。
BGMをバックに時間をためる場面もあれば、省略や早送りで生かされる場面もある、それが「ドラマ」であってほしいと私は思います。説明過多シーンは興ざめします。

それからせっかくいい脚本なのに、俳優さん、女優さんの中に許せないほど演技が下手な方がいらっしゃったら、その時点でそのドラマは強制終了することにしています(笑)視聴者なんてこんな風にわがままですから。
時代の流れやニーズを無視できない業界だとは存じますが、わがままな視聴者や理解力の乏しい視聴者にふりまわされず、作り手として、なんかこう、いぶし銀の職人ワザみたいに頑固に守っていくものがあってもいいのではないでしょうか。

かたつむり様 難しいテーマにわざわざコメント頂いて、ありがとうございますhappy01
お話の趣旨をよくご理解下さったようで、ありがたい限りですhappy01happy01
かたつむりさんのおっしゃる通りで、私のような
(かたつむりさんも同世代とお見受けしますが)
’60~’70年代のドラマに心酔し、今もCS等で再見できる立場の者からすると
今のドラマはいかにも進行が遅すぎる、と言うより
余計な説明が多すぎるんですね。
ここまで見せれば後はもう分かるでしょうという部分を
わざわざ説明するのは、時間の無駄以上にドラマのリズムを狂わせてしまう。
せっかくのタイトなサスペンスが、台無しになっちゃうんですね。
まさに小説も同じですね。余韻や考えさせる部分があるから
小説には「味わい」が生まれるわけで。

>せっかくいい脚本なのに、俳優さん、女優さんの中に許せないほど演技が下手な方がいらっしゃったら
その時点でそのドラマは強制終了することにしています

happy01happy01happy01私も同じですよ。
ドラマはシーンの順番通りに撮影が進むことは珍しく、バラバラに撮っていきますから
撮影中に俳優が風邪をひいた場合、シーンによって鼻声だったりなかったりすることもありますよね。
そういう時は俳優の自己管理がなっていなかったと判断して
見るのをやめることもありますhappy01
かように視聴者というものは、画面の前では神にも等しい選択権を持っていますので
なかなか、ニーズを無視する事は難しいですがcoldsweats01
ヒットするドラマというのは、視聴者の予想を良い意味で裏切る所から生まれるので
私たちも日夜、「どう裏切るか」を模索しています。
まーおいおいにして、裏切り方が下手な場合が多いですが
おっしゃる所の「いぶし銀」も守りつつ、苦労しているのが実情ですhappy01


お久しぶりです!現代のドラマについて若者側からの意見ですが、大人の方々だけでなく若者の中にもドラマに対してオタクイーンさんと同じ感覚を持つ人がある程度はいるのでは、と思います。
僕を含めクラスの三分の一程度は殆どドラマを見ない派です。具体的に理由を聞いたことはありませんが、『面白くない』『やすっぽい』という意見をよく聞きます。
若者の中でも感覚の分離が見られるのではないでしょうか。少し話から外れるようですが、例えば、僕もいわゆるギャルになった昔の友人の話はあまり理解できません。
ドラマにせよ、漫画にせよ、小説にせよまた音楽にしてもですが、今、若者を中心にして流行りの物は鑑賞側に極力考える事を要求せず、リラックスしながら鑑賞できる物が多いのではないか、と思います。そして、それは恐らく彼女達のような人達をターゲットにしているのではないでしょうか。
『石原軍団ショー』の現代版、おそらくはさらにドラマ性を排除したものが今のドラマではないでしょうか。実際、俳優の活躍が見たい彼女達にとっては難解なストーリーや精神描写などは邪魔なだけなのかもしれません。
僕が『刑事貴族』や『探偵物語』を見て衝撃的だったのは、こういう時代の中で育ったからなのかも知れません。
ただ、やはり、若者として言わせて頂きたいのは今のドラマをはじめとして小説、音楽などに満足していない人もたくさんいるということです。僕が忌野清志郎に憧れるように、先日の紅白を見て矢沢永吉ファンになった友人も何人かいます。僕は微かにですが、今の流行に対する若者の反発のような物が少しずつ起こっているような気がします。おそらく僕達の代の内に回帰的な革命が起こるのでは、と思います。
その時は何らかの形で関われたらいいなと思っています。

私事ですが、センターは一応目標には届き、志望校に出願出来そうです。
後、約一ヶ月頑張ります!おやすみなさい。

アラ様 お久しぶりですhappy01
まずはセンター試験突破、おめでとうございますscissors
次はいよいよ志望校ですね。頑張ってください。
色よい結果を祈っていますhappy01

さて。頂いたコメントですが
確かに若年層の中にも、最近のドラマのテイストについて
私のような印象を抱く方がいらっしゃるのは事実でしょうねhappy01

これはドラマに対する興味や視聴の真剣度、見る角度の問題で
ドラマをテーマの具現化、作者の主張と見るか
出演俳優のプロモーションビデオと見るかで
評価はまったく変わってきちゃうんですよね。
脚本や演出に重きを置けば、余計なシーンが目に付くし
俳優の顔を見るだけで満足なら、出演場面が一秒でも長いことを望みますしね。
ドラマはこの相反する要求を両方満足させなければならない為
どうしても、その折衷案に陥りやすいんです。
アラさんのおっしゃる『面白くない』『やすっぽい』と言う方々は言わば「演出派」で
『彼女達のような人達』は「プロモ派」と言えるのでしょうねhappy01
そういう意味でアラさんの解析は、私も非常に納得できますよhappy01

かようにドラマ作りという物は難しいものですが
クリエイターを目指すなら
やはり興味は、脚本や演出の充実度に向かって欲しいなとは思います。
プロモ的な見方は、あくまでキャスティングの産物なので
時代に流されやすく、捉えどころが無いという点もありますしねcoldsweats01

>僕が『刑事貴族』や『探偵物語』を見て衝撃的だったのは、こういう時代の中で育ったからなのかも知れません。

お若いのに、これらの作品に興味をお持ちとはhappy01
「探偵物語」は私もリアルタイム派ですが、あれはどちらかと言うと
『松田優作やりたい放題オンステージ』なので
ドラマと言うより、当時の松田優作の生き様がフィルムに定着されたという点で
貴重な作品と言えるでしょうね。
本放送当時、あまりのアドリブ性の凄まじさに
見ていてハラハラしたのを覚えています。
「ドラマって、ここまでハメを外していいの?」なんてhappy01

>今の流行に対する若者の反発のような物が少しずつ起こっているような気がします。おそらく僕達の代の内に回帰的な革命が起こるのでは、と思います。

時代の先端を走る作品は、回帰性と先進性がうまくブレンドされたものなので
アラさんの世代の感性が、そのブレンドをいかに上手くこなすか
そこが一つの鍵でしょうね。
私たち古い世代は、すでに昔の作品の引力圏から逃れなれないような
諦めも感じているので
アラさんたちの世代の瑞々しい感性には期待大です。
頑張って下さいねhappy01happy01happy01

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