2021年12月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31  

ネヴュラ・プライベートライン

無料ブログはココログ

« Question・Q① 立ち位置 | トップページ | Question・Q③ 6/28計画 »

2009年11月 3日 (火)

Question・Q② 独自性

前回からちょっと時間が空いちゃって、申し訳ありませんでした
ここへ来て例の『宇宙船』企画の応募など、いろいろ立て込んじゃいまして。
やる事を溜め込んじゃう私の悪い癖です。もっと早く始めていれば


さて。三回シリーズで呆れられているネヴュラ・mixi連動企画。
前回お聞きした、ウルトラQという作品の「立ち位置」については
双方ともに、多くのお仲間から
非常に興味深いご意見を頂き、ありがとうございました
予想通り、世代によって作品に触れる環境はさまざまながら
『Q』の立ち位置へのお考えは、皆さん近いものをお持ちのようですね。
共通の思い出にひっくりかえって笑ったり、新たな視点に驚いたり
有意義な時間を過ごさせて頂きました


お一人お一人のコメントの中身があまりに濃いので、
手の遅い私はコメント返しに、実に合計7時間を要しました
いやーもう嬉しい悲鳴。まさに至福の一時でした。軽いトリップ感さえ覚え



さて。予告通り、今回はその二回目です。
例によってこの記事も、ネヴュラ・mixi日記の両方にアップされています。
さっそくお題から行きましょう。



Q2『全ウルトラシリーズ中
      「ウルトラQ」だけが持つ要素って
      何だと思いますか?』
      


要はこういう事です。
皆さんご存知の通り、ウルトラQから始まったウルトラシリーズですが
テレビシリーズに関しては、最新作の「メビウス」まで
作品毎にさまざまなテイスト、別の味わいを持っています。
(最近のお祭り映画まで入れるとややこしくなるので、今回は除きますが
「ウルトラマン」からは、ウルトラヒーローが主人公の作品と
ひとくくりにする事ができますが、それでも作品ごとのカラーは違いますよね。
それは時代性や作品の方向性など、様々な要因が影響していると思います



でも。あえて言わせて頂きますが。
やっぱり「ウルトラマン」から「メビウス」に至るシリーズは
「ウルトラヒーロー対怪獣・宇宙人」というプロット上の骨子
言わば共通フォーマットがあって
そこにさまざまなフレーバーを加える事によって
作品個々のテイストを生み出していたと思うのです。

要はアレですね。ウルトラヒーローという一つのメニューの内の
味の違いと言えばわかりやすいかもしれません。

「ウルトラマン」がしょうゆラーメンとするなら
「ウルトラセブン」は塩ラーメン
「帰ってきたウルトラマン」はみそラーメンとか
ものすごく乱暴に言えばそういう事です
ウルトラマンをラーメンに例えるとは!先に怒られておきます


で、ここからが本題なんですが。
そういう考え方を『ウルトラQ』という作品に当てはめた場合
「ウルトラQ」って、どんな作品なんでしょうか?

巨大ヒーローが登場して侵略者と戦うお話と、何がどう違うんでしょうか?
やっぱり、ラーメンの一つの味なんでしょうか?
それともまったく別物のうどん?かけそば?はたまたスパゲティ?

いや別に、食べ物にこだわらなくてもいいんですが
今回はそれを、皆さんにお聞きしたいんですよ

ちょっと前述のお題とは別の聞き方になっちゃいましたので
ここでお話をまとめてみれば。


要は今回のサブタイ通り『ウルトラQの独自性』という事ですね。
それはとりも直さず、ウルトラシリーズ全作を通じて
『ウルトラQ』だけが持つファクター。
言い換えれば、他のシリーズに無い要素であるわけです。
「ウルトラQをウルトラQたらしめているもの」とでも言いましょうか。



このお題、質問の形は変えながらも、これまで色々な方におたずねしてまして。
今年5月、新宿で開かれた某集会(分かる方にはお分かりでしょうが)でも
参加された業界のビッグネームに、臆面もなくお話を振っちゃって
興味深いご意見をお聞きできたんです。
まーそれはイジワルにも、私の胸だけに秘めておきますが

ただ以前、金子修介監督のインタビュー記事でも拝見しましたが。
ストーリー創作の難易度は、ウルトラQよりもウルトラヒーローものの方が
低いんです。
そこまでの展開がどんなに新機軸でも、大風呂敷を広げていても
最後にウルトラヒーローが出て怪獣をやっつけちゃえば
とりあえずは収まりがつくからと。(いろいろご意見はおありでしょうが
要はヒーローの登場がお話のくくり、オチとして機能しているわけです。

見ている側には当たり前ですが、これはものすごく重要な事なんですよ。


ところが、今回のお題『ウルトラQ』には、そのお話のくくりたる
ヒーローが存在しない。
でも『ウルトラQ』という作品は、一本一本がまぎれもなく『ウルトラQ』ですよね。

全28話のどこを切っても、『ウルトラQ』なわけです。
それを成立させているものは、いったい何でしょうか?

ヒーローは出ないけど、主役の三人組が共通して出演するから?
特撮を全面に打ち出しているから?
怪獣や宇宙人が出てくるから?
ナレーターが石坂浩二さん(笑)だから?


うーん。そのどれも、核心を突いていないような気がします。
たぶん、答えなんてないんですよ。私だってわかんないですし
現に金子監督に至っても、ウルトラQの明確な定義は
ついに突き止められなかったようですから

でもひょっとして、万が一にもご意見のコメントが集まったら
それをまとめて拝見することで、何かが見えてくるかもしれないと。

そんなお遊びがあってもいいぢゃない、なんて考えまして。
今回、お知恵を拝借する事にしたわけです。

でもこんなお題、難しすぎますよね
「何をワケのわかんない事を!宇宙船企画の考えすぎだ!」
なーんてご立腹もごもっとも



ですからこうしましょう。

「どんなところに、ウルトラQらしさを感じるか」

「他のウルトラシリーズを先に見たんだけど
  その後、ウルトラQを見た時
  こんなところが違うんだと思った」


みたいなお話で充分です。
それがそのまま、他のウルトラシリーズにない「独自性」に繋がるはずですから。


以前からお話している通り、何しろ私は「Q」→「マン」という放送順鑑賞で
しかもリアルタイム派でしたから、その感覚が分からないんですよ
どうしても「Q」が基本で、「マン」は「Q+α」という足し算感覚になっちゃいます。
これは自慢でも何でもなくて、逆に弊害でもあります
そんな哀れな旧式オタクの頭をハンマーで殴り飛ばすがごとく
斬新にして核心をついた発想が、どこかにあるのでしょうか


そんなわけで今回は、こんなお題でお考え下さい。
このおバカ企画が、少しでも皆さんの「ウルトラQ」再発見のお役に立てば
これほど嬉しい事はありません。

例によって個人の日記なので、お礼も何も出来ませんし
いいかげんなお気楽企画です。

ネットの片田舎で、気長にコメントをお待ちしています

なお、この企画はあと一回、続く予定です。
次のお題も考えてありますので、そちらもお楽しみに。

まー今回が、企画倒れに終わらなければですが

にほんブログ村 テレビブログ 特撮へ

« Question・Q① 立ち位置 | トップページ | Question・Q③ 6/28計画 »

ウルトラマンクラシック」カテゴリの記事

円谷プロ名作」カテゴリの記事

コメント

 おっしゃる通り、この話題にまんまと食いついています。超絶的に忙しかったので、食いつくのが遅かったですが(^^ゞ

 『ウルトラマン』→『Q』という順で体験した私には、
○超人ヒーローがいない
○怪獣を攻撃する体制もない
○エンディングが事件の「解決」ではないことが多い
というのが真っ先に感じられました。昨日のコメントにも書きましたが、私がきちんと『Q』に接したのはずっと後年でしたので、大人の考えの部分は除外しています(^o^)

 「怪獣退治の専門家」の不在によって、より緊迫した状況の描写が可能となっていますネ。パニックに陥った群集の描写は少ないですが、「この怪獣をどうやって倒すんだヨォ~!」という緊張感は、ヒーロー番組にはない味わいです。
 記事にも書かれているような「最後はヒーローが決着させる」という解決策(?)が使えないので、逆に「バルンガ」や「宇宙からの贈り物」のようなエンディングが生まれたのでしょう。ヒーロー不在というのは、ストーリーの着地点の自由度を増しているように思います。

 で、大人になって何を感じたかというと、「夜のシーンが多い」ということです。他の方が「アダルトな雰囲気」と書いていらっしゃいましたが、それは「夜」にも関係すると思います。

 もちろん、『ウルトラマン』にも夜のシーンはあります(私の大好きな「地上破壊工作」や「侵略者を撃て」「恐怖の宇宙線」の他、「遊星から来た兄弟」「オイルSOS」「恐怖のルート87」「悪魔はふたたび」などが印象的です(^o^))が、オタクイーンさんも書かれているように、『ウルトラマン』ではレッドキングやゼットン、ベムラー、ザラガスが暴れた白昼の「青空」のイメージの方が強いです。
 一方、『ウルトラQ』では怪獣が登場するのも事件の発端となるのも、圧倒的に「夜」が多いですよネ。人知れず何かが起こっていそうな、夜のミステリアスな雰囲気が番組全体を覆っているように思います。これがモノクロ映像の深い漆黒との相乗効果で迫ってきます。『ウルトラマン』にも多数流用されていますが、勇壮で迫力のある劇伴よりも、宮内國郎氏による低音フルートやミュージック・ソー、低音弦のエレキギターを使った劇伴が、夜の妖しい・怪しい雰囲気を盛り上げているのも重要です。

Qだけが持つ要素。

モノクロ画面。

「モノクロはカラー以上にモノを言い」

というのは今思いついたネタですが。(笑)

それはさておき、やはりQの要素としては「怪獣特撮番組」に非ず。という部分ではないでしょうか。
巨大怪獣はQの要素のひとつではありますが、骨組みではない。
ではQの持つ最大の要素であり、その骨子となるものは何でしょう?
後年の番組のタイトルにもなりましたが、私は「アンバランス」という言葉だと思います。
Qのコンセプトの多くが「アンバランス」という言葉をモチーフにして構築されています。
バランスを欠いた次元の中での不思議な物語。その、アンバランスさから生まれたのがある時は巨大怪獣であり、また、異次元の世界だと思うわけです。「アンバランスの恐怖」こそがQの骨子なのではないかと思います。

自由人大佐さんも書かれていますが、その恐怖をさらに拡大して演出しているのが夜のシーン。
しかも、冒頭に書いたようにモノクロで描かれた夜のシーンは現実の夜以上に暗く怪しく感じます。
東映作品ですが、「悪魔くん」、「河童の三平」も、モノクロで撮影した事によってその怖さを倍増させているように思えます。
特に悪魔くんは特撮がチープでしたから、カラーだったらダサい作品になっちゃっていたのではないでしょうか。

特撮の凄みも、マン以降のウルトラシリーズより長けていたように思えます。
マンモスフラワーは本当に東京に生えたとしか思えませんでした!!
チープな特撮も、モノクロ撮影によってある程度のごまかしが利くと同時に、CG以上の迫力を生む事が出来たのかもしれません。
薄暗い画面に現れるラゴンの細長いシルエット、不気味に泡を吐き出しながら溶けていくケムール人、北極のペギラの黒い雲、どんどん巨大化するナメゴンの卵と、ラストに怪しく光る眼。いずれもモノクロならではの迫力と言えるのではないでしょうか。

思いつきのネタで書き始めましたが、意外とまとまってしまいましたね。
ウルトラQの真髄はモノクロ画面にあり!

『ウルトラQ』ならではの要素と言われるとまず、思い浮かぶのはモノクロ作品であることですね。
『Q』の魅力である怖さはモノクロであることが効果を発揮していると思います。 他の方のコメントでも書かれているようにナイトシーンは他のウルトラシリーズと比べて格段に怖く、カッコいいシーンばかりです。

もう一つはウルトラシリーズ中一番エピソードがバラエティーに富んでいることだと思います。怪獣の話や宇宙人の話があったり不思議な現象の話があったり、すっかりしないオチの話があったりと長時間観ていて一番飽きが来ないウルトラだと思います。
ウルトラシリーズは一番はじめに『Q』があったおかげで後続のヒーロー番組でもそのノウハウが生かされ、『セブン』で怪獣が出ない話があったり、その他のウルトラでも不思議な余韻を残すエピソードがあったりするのだと思います。 『Q』以外のウルトラにもその匂いが感じられ、影響が見え隠れする。
それも『ウルトラQ』の魅力だと思います。

「ウルトラQ」の独自性……
強いて言うなら、一本一本のエピソードが完全な読み切り作品として
独立している、という「トワイライトゾーン」や「アウター・リミッツ」などの
海外SFアンソロジー・シリーズのやり方を下敷きにしていながら、
そこに敢えてレギュラーとしての登場人物として淳ちゃん・由利ちゃん・一平クンの
お馴染みトリオを配したことによって、一話読み切りのシリーズでありながら
シリーズ全28本のエピソードに「ゆるやかな連続性」をもたせ、
視聴者の感情移入をたやすくするに至った、という、結構ありそうでいて
実はあまり類例のなかった(であろう)コンセプトを導入した点にあると思いますね。

そしてこの「一話読み切りでありながら、ゆるやかな連続性もある」という方向性を
よりシンプル&ストレートに怪獣路線へと特化させ、狭雑物を拝することで
ブラッシュアップさせたのが「ウルトラマン」以降の方向性だと思っておりますが……
SFミステリーあり、ファンタジーあり、怪獣路線ありと、よく言えばバラエティ豊か、
悪く言えばとりとめのない(笑)「Q」の世界観というのは、逆に一話づつが
完全読み切り形式だからこそ許された、濾過されていないストレートな形での
個々の作家性の表出であり、だからこそその濃厚さと、毎回の試行錯誤ぶりが
「ウルトラ」史の中でも突出して美味しい(笑)要素なのではないでしょうか――

例えば作劇・選曲ルーティンの固まりきっていない最初期の「必殺仕掛人」で
却って後にはない印象的な演出や選曲が見られる、みたいな感じで(笑)。

自由人大佐様 食いついて頂きありがとうございました

>ヒーロー不在というのは、ストーリーの着地点の自由度を増しているように思います。

上質のストーリーは「展開が見えない」ところも大きな魅力ですから
着地点の自由度が高いというのは、作品の一つの売りでもあるわけですよね。
ただこれは両刃の剣で、陳腐なエンドは視聴者にとって「裏切り」にも映る訳です。
その意味で「ウルトラQ」は、受け手を裏切らなかった稀有な作品だったと言えるでしょう。
逆に、パターンの面白みも全面に出しながら、バラエティに富んだストーリーを
続出させた「ウルトラマン」にも、驚愕と畏敬の念を禁じえないのですが

>「夜のシーンが多い」

これは・・・いやー目からウロコで
さすが大佐さん、どんな小さなコメントにも、光るご解析をお持ちですねー
確かにそうですねえ。初めて気づく私もおバカですが
子どもの頃、夜のお勝手口が妙に怖かったのは
「ラゴンが潜んでいそうな闇」だった為ですし、
団地に住んでいたゆえ、ちょっと離れた場所にあった共同物置への道も
夜、荷物を仕舞いに行く時は、ケムール人や半透明の子どもが飛び出してきそうな恐怖と
いつも戦っていたような気がします
確かに「Q」世界の住人には、夜が似合います。
それがモノクロ画面の効果によって、より強調されていたのでしょうね
いやーありがとうございました。
あのお勝手口の恐怖を思い出したのは、もう何十年ぶりでしょうか

>宮内國郎氏による低音フルートやミュージック・ソー
低音弦のエレキギターを使った劇伴

それもおっしゃる通りですね
そーかー。ウォーキング中、MP3プレーヤーで「ウルトラQ」BGMを聴く時に
ペースが落ちる理由が、やっと分かりました
そりゃそうですよね。勇壮な「科特隊のテーマ」と、おどろおどろしい「ケムール人のテーマ」を較べれば、そのテイストの差は歴然。うーむおバカでした
まさに闇の住民にふさわしいナンバー。
「ウルトラQ」はそんな風に、「恐怖」を主軸としたシリーズだったんでしょうね

雀坊。様 またまた返事が遅れ申し訳ありません
もう皆さんの圧倒的なコメント量には、ただただ恐れ入るばかりで

>「モノクロはカラー以上にモノを言い」

実はコレ、かのアルフレッド・ヒッチコック監督もおっしゃっていたんですよ
ちょっと言い回しは異なりますが、ヒッチは「カラーよりモノクロの方がずっと美しい」と
いう言葉を残しています。
他にも映画監督には、モノクロ画面の美を賞賛される方がけっこう多いんですよね。
人間の肌だって、モノクロで描かれるそれは
「グレー」ではなく「シルバー」だと。モノクロ作品の人間は、銀の彫像というわけです

>モノクロで描かれた夜のシーンは現実の夜以上に暗く怪しく

mixiへのコメントにも近い事を書いたんですが、モノクロというのは
画面で起きている現象の認識度が、カラーに比べ低くなります。
そりゃそうですよね。私たちの生きている世界はカラーなんですから。
ですからモノクロ表現はある意味、作られた世界。具象性より抽象性が増すんです。
「ウルトラQ」の画面に魔力を感じる理由は、そんな所にもあるような気がします。
おっしゃる通り、「現実より暗く怪しい」んです。「Q」の夜は
ルイ・マル監督の「死刑台のエレベーター」に於けるナイトシーンが
現実よりも深みを増して感じるのと、同じ理由かもしれません。

>チープな特撮も、モノクロ撮影によってある程度のごまかしが利くと同時に
CG以上の迫力を生む事が出来たのかもしれません。

それもまさにおっしゃる通りで
それともう一つ、円谷プロ作品特有の照明設計も、その魅力の秘密かもしれません。
東宝特撮映画の流れを汲む円谷式照明は人物、怪獣とも
本当のところけっこうな「ベタ明かり」なんですよ。
さほどコントラストをつけていない。
仮面ライダー等、東映作品と較べると分かりやすいですが
事ある毎に人物の顔に影を作る東映式に比べ
円谷作品に清潔感が漂うのはその為です。

で、ドラマのほとんどをそういうベタ明かりで占めている中に
突然、ハイコントラストの凝った照明が出てくるから、怖いわけです。
「一点集中カット照明」なんですね
ここぞという時に凝る照明。これももう一つの「円谷特撮」かもしれません。
そういうミラクルカットはナイトシーンに多い為、私たちの記憶に強く残るんでしょうね。

>ウルトラQの真髄はモノクロ画面にあり!

コレ、おもしろいですね。
たとえアナクロと言われようと、一度、新作ウルトラマンをモノクロで作ってみたら
どうでしょうね。
意外に、怖いウルトラが再現できるかも。
いや、CGの闇は明るいから、昔の怖さは再現できないかも。
ケムールやゴーガの住める闇が、最近は少なくなりました

龍鈍(ロンドン)様 また濃いコメントをありがとうございました
上のコメントにも書きましたが、やっぱり皆さん「ウルトラQ」のモノクロ画面に
魅力を感じられる方が多いですね。
ただあの美しいモノクロ画面は、当時劇場用作品に使われた
35mmフィルムの高解像度ゆえに実現できたという事も、決して無視できません。

当時の他のモノクロ作品、特に東映の「悪魔くん」等16mmフィルム作品と較べると
分かりますが、16mmの画面はやはり、照明の感度も低いです。
それはモノクロ作品と言えど、35mmとの如実な差となって表れます。
「ウルトラQ」の作中に流れる硬質感、どんなモンスターも妖怪変化の類に見えない
都会性は、エッジのしっかり効いた35mmフィルムゆえ実現しているのです。
ただ逆に「悪魔くん」などは、その解像度の悪さを逆手に取った
「暗い画面の魅力」に溢れていましたが

>ウルトラシリーズ中一番エピソードがバラエティーに富んでいる

これはおっしゃる通りですね。
自由人大佐さんもおっしゃっていましたが、ヒーローの不在がストーリー着地点の自由度を増している事が、バラエティーに富んだお話を作りやすかった原因かもしれません。
ただ不思議な事に、今「ウルトラQ」を作ろうとしても、ああいうお話のバラエティーは生まれないんですよね。実に不思議です。
まーそんな事を言っているから、私たちは受け身の立場を抜け出せないんですが
猛反省したいと思います

>ウルトラシリーズは一番はじめに『Q』があったおかげで後続のヒーロー番組でもそのノウハウが生かされ

たぶんそうなんでしょうね。
シリーズ初作が「Q」だったからこそ、制作側も次回作「ウルトラマン」に向け
様々な実験を行うことが出来たわけだし、実際それは活かされたと思います。
そういう意味でも、「Q」はウルトラシリーズ全体のパイロット作として
役割を全うしたのかもしれませんね

さいとうひとし様 確かにそうですね。

>一話読み切りのシリーズでありながら
シリーズ全28本のエピソードに「ゆるやかな連続性」をもたせ、
視聴者の感情移入をたやすくするに至った、という、結構ありそうでいて
実はあまり類例のなかった(であろう)コンセプト

ひょっとしてこのたぐいのキャラクターフォーメーションって
1950~60年代のアメリカ製テレビシリーズ、特に「ハワイアン・アイ」あたりの探偵物に
その源流があるのかもしれませんね。当てずっぽうに言ってますが
ただ「ウルトラQ」が違うのは、おっしゃる通りメインキャラより、怪獣他ゲストキャラの個性が勝っちゃってるところでしょうね。
要はメインの三人組は、「ウルトラQ」という番組の「司会者」「ホスト役」に徹していて
ゲストの個性を最大限に引き出す役割を担っていたわけです。
だから必要以上に前にも出ないし、かといってストーリーに埋没もしない。
実に微妙なバランスを保って存在していたと言えます。
まーアンバランス・ゾーンでバランスを保つわけですから、ただ者じゃないと

ただこれは、複数の作家によって描かれるアンソロジーという点では
やや足を引っ張る要因にもなりますね。
その為三人のキャラは、作家の捉え方の違いにより微妙に異なっています。
一番違和感を覚えたのが「あけてくれ!」のオープニングでした
チャキチャキの職業婦人である由利ちゃんが、淳ちゃんにあんな一面を見せるとは。
わかるわかる。彼女も女だったのねと
まー今になってみれば、各々のキャラの咀嚼ぶりがわかって
それも面白いんですが

>「一話読み切りでありながら、ゆるやかな連続性もある」という方向性を
よりシンプル&ストレートに怪獣路線へと特化させ、狭雑物を拝することで
ブラッシュアップさせたのが「ウルトラマン」以降の方向性だと思っておりますが……

そこが現在のウルトラの、一番の問題点でしょうね。
当時はそれができる自由度があったんですが、今はもう
作品単体では考えられず、どうしても「ウルトラ歴史」の重みを見据えてしまう為
それを破綻させないだけで、精一杯になっちゃうわけです。
○代目○星人なんて登場させようものなら
その背後には数万人の、○星人ファンの目が光っているという
思えば作品の自由度を阻害しなかったという点では
「Q」~「マン」あたりのゆるやかな世界観が、理想的だったのかもしれません。
そういう「過去の設定に縛られなかったシリーズ」という意味で
私は「ウルトラマンマックス」なんか、けっこう楽しめたんですが。
「マックス」の自由な空気こそ、「Q」~「マン」のそれに通じるものと思っているのです

>「必殺仕掛人」

そうですね。「仕事人2009」あたりのファンに、「地獄花」とかを見せたら
どんな感想を漏らすのでしょうか。
「で、田村高廣の殺しのBGMは?」なんておっしゃるんでしょうか

オタクイーンさん、、ご無沙汰しております、大和少年ですーーー
もう覚えてらっしゃらないかもしれませんが。。。。いつもひっそりとオタクイーンさんのオタク道指南を楽しんでいまーす。

Q2『全ウルトラシリーズ中「ウルトラQ」だけが持つ要素って何だと思いますか?』になんとなく投稿したくなりまして・・・勝手な読者ですね~
自分もリアルタイムは「帰ってきたウルトラマン」で、その後、「ウルトラマン」「ウルトラQ」とさかのぼったファンです。
しかも「ウルトラQ」はオタクイーンさんのお勧めで2年ほど前が初見でした。
みなさんがおっしゃるようにモノクロが一番の特色だと思います。
が、自分的に「ウルトラQ」は特別視してまして、その理由を考えたんです、、何が違うと特別視してるのか??
そこで感じたのが、「恐怖」なんじゃないかと・・・

恐怖なんて、「ウルトラマン」の怪獣も怖いじゃないか。と言われると返す言葉もないですが。
その恐怖というのがリアリティのある恐怖を感じるんです。
確かに「ウルトラマン」もリアリティのある設定・特撮なんですが、なんというか怪獣・宇宙人がいてもウルトラマンに守られている安心感なのでしょうか?
頭で考えると確かに怖いですが、リアルな恐怖ではないんです。それに比べて「ウルトラQ」はすぐそこにある危機、身近でいかにも起こりそうな恐怖を感じるんです。
例えていうなら、「親と行く遊園地アトラクション」VS「一人で行く夜中の学校」のような感じです。
自分など幼き頃、海辺で育ちましたので一人の時、ラゴンに会ったら恐ろしいと思ってしまうし、家に帰ったら家族がカネゴンなんて考えただけでも、ぞっとします(笑)

子供の頃なんて未成熟な上、世の中の事は分からない事だらけなのに、あんな身近な出来事を題材に未知の恐怖を知ったら、想像以上のインパクトだったのではないかと思います。

他の識者の方々のように専門的な分析でなくてすみません。。。

いやー大和少年様 お久しぶりです
ずっとご覧頂いていただけでも、ありがたい事です
あい変らずのおバカ日記ですからねー。そりゃーもう申し訳ないくらいで
そのおバカが高じて、今回も皆さんのお知恵を拝借する事になったわけです。
コメント頂いて本当にありがとうございます。お礼など何も出来ませんので
せめて誠心誠意、お返事させて頂きます

私のような者の勧めながら、『ウルトラQ』をご覧頂いたんですね
テレビ創世記の傑作SFシリーズとして、大きく訴えるものがあったと思うのですが
いかがでしたでしょうか?

でもさすが大和少年さん、ご感想も実に的確ですね。
>「親と行く遊園地アトラクション」VS「一人で行く夜中の学校」

まさにウルトラQの本質を、ズバリ言い当てていると思います
ヒーローの不在、モノクロ画面の感覚は、そのまま「頼るもののない不安感」に繋がり
町中にまだ暗がりが存在していた、昭和40年代の記憶へと導かれていきます。
思えばあの頃、夜は今よりずっと暗かったですよね。
名古屋の片田舎で過ごした私でも、夜の一人歩きは怖かったですから
海辺で育たれた大和少年さんなどは、ラゴンの恐怖が余計に
身近だったのではないでしょうか

>あんな身近な出来事を題材に未知の恐怖を知ったら
想像以上のインパクトだったのでは

そうなんですよ
「Q」をはじめ、当時のドラマはモノクロ画面ばっかりでしたから
普通のドラマだって怖かったわけで
おまけに裏路地の角には、怪獣映画や怪談映画のおどろおどろしいポスターが貼られ
さらには野良犬がうろつくうす暗がりがあちこちに・・・
そういう環境で育った子どもには、今の恐怖ドラマなんて
遊園地のアトラク程度のレベルなんですよね
つぐつく、怖ろしい時代を経験したモノだと思います

このウルトラQネタは、あと一回だけ続きます。
おヒマでしたらご覧頂き、ご興味あればまたコメント下さい。
大和少年さんのようなピュアな視点が、実は専門知識と並んで重要なんですから

 またまた、こんばんは!
みなさん白熱してますね。大人がこれだけ盛り上がれる特撮は数少ないと思います。

Qならではということですが、Qはゴジラや怪奇人間物の単体物の延長のような感じがします。

ヒーローが最後には怪獣や異星人を倒すという単純なお話ではなくて、なんか割り切れない感覚を見るものに与える異色の作品群が多いですね。また小さいときに見たらトラウマになるようなものも結構あり、昔自分が見て怖かった『あけてくれ!』『クモ男爵』『鳥を見た』、そしてQではないのですが、

『怪奇大作戦』の24話を弟の子ども(3歳から7歳までの3人及び17歳のもう一人)に我が家で見せたところ、17歳は興味を持ったらしく見入っていましたが、残りの三人のチビたちは怖がって、部屋から逃げていきました。

モノクロ自体がもう駄目なようですよ。実験が出来て楽しかったのですが、子どもたちは本当に怖かったようでした。その話を職場でしたら、その人もQとセブンで子どもに試したようでしたが、同じような結果だったそうです。

ほかにやってみた人がいれば、どうだったか聞いてみたいですね。

Qの魅力は怖いもの見たさというのもあるでしょうね。

ではまた!

用心棒様 私もこれほど盛り上がるとは思っていませんでした
てっきり企画倒れに終わると思っていたのですが、さすがウルトラQ。
未だに、目が体から離れたままの方が多いようで

>ゴジラや怪奇人間物の単体物の延長

このご意見は他のお仲間からも頂きました。
やっぱりキャスト、スタッフとも東宝作品からのスライドが多いので
そういう感触もあるんでしょうね。
ただ微妙なのが、おっしゃったご意見の最後の「延長」という部分で
東宝特撮映画「そのもの」じゃないところ、実に絶妙のさじ加減が効いているところが
「ウルトラQ」の魅力を形作っているような気もします。
それは解決しきらない事件であり、怪獣不在の回であり
他にもあらゆる所に覗く、SFアンソロジーの味わいなのでしょうね。
だからこそ私たちは、ウルトラQから投げかけられた「クエスチョン」の部分に
割り切れない気分を覚え、トラウマにもなるのでしょう

>『怪奇大作戦』の24話を弟の子ども(3歳から7歳までの3人及び
17歳のもう一人)に我が家で見せたところ

また過激なことを
でもまあ私たちだって、「怪奇」を子どもの頃に平気で見ていたわけですから
あながち過激とも言えませんが。
とはいえ、今の去勢された番組に慣れた子どもには
「怪奇」は異色の世界に見えたでしょうね。逃げちゃった気持ちも分かります

>モノクロ自体がもう駄目

これも最近、戸田奈津子さんら映画関係者の出演番組で知りました。
やっぱり現実のカラー社会に生きる子どもたちにとって、モノクロは異世界なんでしょうか。
かつての名画を鑑賞する心の扉を自ら閉ざしてしまうようで、やや悲しい気もしますが

モノクロ画面って本来怖いものなので、ウルトラQなどの恐怖譚とは相性も良いんですよ。
そのモノクロ世界の良さを、子ども達にも再発見してもらいたいものです

なお、別記事に頂いたエピソード6へのご返事は
諸事情により、後日差し上げます。
大変勝手で申し訳ありません。もうしばらくお待ち下さい

この記事へのコメントは終了しました。

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: Question・Q② 独自性:

« Question・Q① 立ち位置 | トップページ | Question・Q③ 6/28計画 »