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2009年9月13日 (日)

言葉の画素数

「何あれー?半分こ。」
現れた仮面ライダーW
を見て驚く亜樹子。かわいいheart01

白バック、フィリップの周りに現れる地球(ほし)の本棚。
「マトリックス」で見たことあるなー。こんなイメージ。


さあいきなり、たぶん巷に溢れるだろう今朝の「仮面ライダーW」
”感想”で始まりました「ネヴュラ」happy01
どんなに裏切られようとも、新作ライダーの初期話数はそれなりにチェック
耐えられなくなったら撤退、という鑑賞体勢なので、今作もそれなりに見ています。

正直なところ、もはやライダーに関しては何を見ても新鮮味が感じられない中
「新しいものを作ろう」という制作スタッフの熱意には大いに敬意を表しつつ
その乱反射ぶりが眩しく、空回り感もちょっと悲しい今作ではありますがcoldsweats01
今回のお話はそこではなく、冒頭の”感想”についてです。


読者の皆さんにお尋ねしたいんですが、これって”感想”でしょうか?
私にはこれが”反応”としか思えないのです。
画面を見た瞬間、頭に浮かんだ印象をそのまま言葉にする、”反応”。

最近の言い回しなら”ツッこみ”と表現してもいいでしょう。


「地球の本棚」じゃなく自宅の本棚から選んだ国語辞典で
「感想」という言葉の意味を調べてみますと
「ある事柄について感じたことが、発表できる程度にまとまったもの」とあります。
私もこれまで、「感想」をそういう意味と信じてきました。
まあ前半の「感じたこと」という意味は、この”反応”にも当てはまりますよね。
「かわいい」も「マトリックス」も確かに、書き手が感じたことなんですから。
問題は後半の「発表できる程度にまとまったもの」というところです。


私の場合、ここに非常に重点を置いて、これまで「感想」を綴ってきました。
作品の中から自分の琴線に触れた部分を咀嚼、考えをまとめて
たとえ舌足らずでも、自分なりの表現・言葉で語ろうと。

考えがまとまらないという事は、感想を書くレベルまで作品を深く見ていない
わけだから、まだまだ私の咀嚼力が足りないんだなあなんて
自分を戒めていたのです。


ところが最近のネット上にあふれる一部の”感想”はその前の段階
つまり「画面を見た瞬間の反応」を
咀嚼せずそのまま、ぶつ切りの言葉で表現している為に
「だから結局、作品に何を感じたのか」「書き手の結論はどこにあるのか」が
見えてこない。「結論はない」って事でしょうか。
「発表できる程度にまとまってない」ような気がするんですよ。


ただそれはきっと、私の方もズレているのでしょう。
ネット媒体の登場によって、「感想」という言葉の範囲が広がっているんですね。
ちょうど「ヤバい」という言葉が、「命が危ない」という本来の意味から
「美味すぎる」なんてレベルまで、「意味のインフレ」を起こしているように。


パソコンはあまりにも手軽に文章が書けてしまう為に、
発表する、しないという部分のハードルが、異常に低くなっているわけです。

そりゃそうですよね。放送や出版といった大きなマス媒体を使わなければ
主張を発表できなかった昔と違い、今はパソコンさえあれば
「公開」ボタンのワンクリックで、世界中に思いが広がってしまう時代。
ネットの恩恵を受け、私のようなおバカの駄文でも
こんな風に、皆さんのお目汚しにあずかれるわけでcoldsweats01


そのあまりに低いハードルの為、きっと今の”感想”という言葉の意味は
「まとまっていなくてもOK」「瞬間的な反応でもOK」というレベルまで
広がっているのでしょう。意味の変容が起っているわけです。
これは皮肉でもなんでもなくて、事実として受け止める必要はあると思います。



でも「感情を伝える」という意味で、それも両刃の剣じゃないかなと思ったり。
そんな事を感じたのは、今日の早朝に放送された「テレビ寺子屋」
という番組を
見たからでした。

人生論や子育てについて、各界の著名人が思いを語るシンプルな番組。
テレビ静岡の制作なんですが、近年にない良質な内容の長寿番組として
私の仕事仲間のカメラマンからも、高評価を受けているのです。
名古屋での放送ローテーションはずいぶん遅れているようですから
今朝の回は、キー局では8月8日に放送されたらしいですがcoldsweats01


『1647回 言葉が豊かな子に育てる』と題された、今回のお話。
杏林大学外国学部教授も勤める日本語学者、金田一秀穂さんが
言葉というツールの持つ意味について語る、という内容でした。

その中で面白かったのが、二つのお話です。

一つ目は、『言葉は、デジタルカメラの画素数と同じ』というお話。
デジカメの画素数は増えれば増えるほど、撮影対象物の色の再現度が上がる。
よりきめ細かく忠実に、色が表現できますよね。
言葉も同じで、一つの事柄を表現する言葉を知っていればいるほど、
その事柄をより正確に伝えることができる、という事です。


例えば、お子さんをお持ちの方はお分かりと思いますが。
愛するお子さんが、皆さんの元へわーっと走り寄ってくる。
皆さんはお子さんを抱き抱え、思いきり頭を撫でてあげる。
そんなご経験が、よくおありと思います。
その時、皆さんの心の中には、どんな思いが広がるでしょうか?
もちろん愛しいお子さんですから、「かわいい」と思われるのは当然でしょう。

でも、皆さんの心に広がる思いは、果たして「かわいい」だけでしょうか?
「しょうがないなあ」「自分と同じ癖だな」「ちょっと大きくなった」「髪が伸びたな」
なんて、瞬時に色々な思いが広がると思います。

ですからそれを「かわいい」という一言でまとめるには、ちょっと抵抗がある。
その時の感情を表す言葉をどれほど知っているか。言い表せるか。
これが「デジカメの画素数」に相当する、と言うんですよ。


実は前述の「感想」っていうのは、作品を咀嚼していく上で心に抱いた思いを
『どこまで「言葉の画素数」を上げ、きめ細やかに表現できるか』という事
なんじゃないかと。

自分の感情、主張を表現する時、言葉をどれだけ知っているかで
相手に伝わる力は、まるで違ってきます。
それは私も身に染みて感じる事ですし、言葉を知らない私なんかは
毎度、感情を伝えるのに苦労しているわけですがcrying


で、お話は最初に戻るわけです。
冒頭のように、画面を見た瞬間の”反応”だけを”感想”として書き綴っていると
書き手の「言葉の画素数」が、だんだん減っていくんじゃないか
なんて思ったんですよ。

画面を見た瞬間、テレビの前で発した独り言のような言葉を
そのまま文章として綴っている為に、
自身が感じた感情のひだ・あやのようなものを、こまかく説明しようとする努力を
まるで放棄したような感じに見えてしまうんです。

「亜樹子ちゃんかわいい」だけだったのか?
「地球の本棚はマトリックスに似ている」だけだったのか?
それ以外の思いだって、画面から受け取れたのではないかと。

確かにこれは、ネット上に於ける一つの文章形態として確立しています。
ネットの”感想”を見ると、これが実に多いですから。
ですから冒頭のような”感想”だって、伝われば何も問題はありません。
そういう文章を好まれる方々に意見しているわけではありませんので
なにとぞ、誤解なさらぬよう。
でもそういう風に、「画面を一言で斬る」ということに慣れてしまうと
心のひだを説明する細かい表現、豊かな言葉が、次第に退化していくような
危惧も感じるんですよ。

本来、人間の複雑な感情なんて、一言で表せるものではありませんよね。
それを一言で片付けようとするところに、そもそも無理があるわけです。
相手と向かい合っていれば別ですよ。
空気や表情などから相手の感情を推し量れるし。
でも「文章だけ」のネットは、舌足らずが誤解を生む場合だってあるわけで。


「テレビ寺子屋」内でも、その危惧は語られていました。
番組内ではパソコンではなく、携帯電話メールの普及が大きいと
解説されていましたが、きっとその影響もあるでしょうね。
「物事を短い言葉で語る」という慣習が、作品の「一言感想」に繋がっていると。

余談ですが私、携帯メールはものすごく苦手なんですよ。
感情のひだを分かってもらおうとする為に、文章がものすごく長くなっちゃう。
もう打ち込むだけで大変。一言ずつのやりとりなんて出来なくてcoldsweats01

他にもいろいろ語られていましたが、あまり言うとまた怒られちゃうので
ここでは口をつぐむ事にします
coldsweats01



さて二つ目は、そんな危惧に対して、番組内で金田一秀穂教授が語られたお話。
『言葉の画素数を増やすトレーニング法』です。

私が理解できるくらいですから、決して難しいことじゃありませんhappy01

「がんばる」という言葉がありますよね。
実は最近、学生間で交わされる手紙など挨拶文の中で、締めの一文に
この「がんばる」という言葉が使われることが、非常に多いんだそうです。
「受験がんばってね」とか、「婚活がんばって下さい」とか。
要はこの「がんばる」という言葉、非常に便利なんですね。
冒頭の「かわいい」も含め、こういう言葉は一種の紋切り型ですから。

金田一教授はこう言っています。
『この「がんばる」という言葉を使わずに、
同じ意味の言葉を捜して、挨拶文を締めるよう努力する訓練。』

まー言い換えですね。語彙を広める訓練です。


似たようなお話は以前、私も何かの本で読んだことがあります。
『「美しい」という言葉ほど陳腐なものはない。
この言葉を使った瞬間、対象物の本当の魅力は文からこぼれ落ちてしまう』

なんて。
ですから著者は主張するわけです。
『「美しい」という言葉を禁句にして、対象物の魅力を表現する必要がある。』



例えば「美しい夕景」なんて表現は、もう禁句なわけです。
「美しい」という言葉を使わずして、どう読み手に「美しさ」を伝えるか。
そう考えると、海援隊の名曲『贈る言葉』冒頭
「暮れなずむ町の 光と影の中」なんて、夕景の美しさを見事に言い表した
名文ですよねーhappy01
「美しい夕景」という言葉の何倍も、あの寂しげな、でも暖かな
黄昏時の雰囲気が、表現されていますもんね。

「言葉の画素数の多さ」ってたぶん、こういう事を言うんでしょうね。


文章を生業の一部とする身にとって、こういう教えは何より貴重。
今朝は「テレビ寺子屋」「仮面ライダーW」なんて正反対の番組に
そんな事を、感じてしまいました。いつもながらのおバカな思いでhappy01
教授のお話もわかりますが、なかなか思ったようにはいきませんね。
本当の意味での「感想」を心がける私ですが
この年にしてまだまだ、勉強が足りないようです。
キナを前にして、「かわいい」の連発を我慢できませんcoldsweats01
最近は「まるいねえ」「おもしろいわあ」も言いますがhappy01happy01happy01

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コメント

 送り手の表現としての「言葉の画素数」のお話、興味深く読ませていただきました。

 もうひとつ、受け手側のボキャブラリーというのも、私は非常に心配しています。仕事柄、若者相手に説明したり、諭したりしていますが、こちらの言葉を理解できなくて、想いがウマく伝わらないこともあります。
もっとも厄介なのがギャル系女子‥‥。ここ何年かでもっとも言葉が変化し、異なる世代とは意思の疎通ができないようで‥‥。小学生の我が息子からも奇異に見えるようです。また、つい最近、現在20歳代の卒業生に「中高生の言っていることがわからないし、こっちの言うことを理解してくれない」と嘆かれたばかりです。

 同級生同士でも言葉のすれ違いで、無くても良いようなトラブルが頻発します。「○○がこう言った! アタマにくる!」と怒っているので聞いてみると、言葉の意味を勘違いしているだけで、全く「アタマにくる」ような内容ではなかったり‥‥^^;
もっと単純な例だと、「昨日、6時半に部活が終わって帰る時、A美にDVDを借りる約束をしたんです。そうしたらA美は『8時から塾があるから、その前に晩ご飯を食べて、着替えるから‥‥』と言うんで、8時にAの家に行ったら、お母さんが『もう塾に行ったわよ』って‥‥。A美は約束を破った!」とB子が怒っていたり。‥‥ん? 「8時から塾がある」のなら、8時にA美の家に行ってもいないだろうに。A美の言った内容をきちんと聞いていないB子もヘンですが、B子に「7時半までに来て」とかきちんと伝えないA美のセリフも中途半端‥‥。こんな調子のトラブルが、週に2~3個あります‥‥^^;

 言葉の数が少ないと、たとえば、自分の悩みや怒り、悲しみもウマく表現できず、それに対するアドバイスを聞いても理解できず、不安な心理状態になるようです。まるで目をつぶったまま歩いているようなものです。

 英語のヒアリング(最近は「リスニング」と呼びます)というのはオタクイーンさんも経験があるでしょうが、ここ2年ほど大阪や沖縄が下位で、秋田が常に上位だと世間を騒がせている「全国統一テスト」には、国語のリスニング・テストがあります。「日本語を聞き取って内容を把握する」というのを、わざわざテストしなければならないほど、事態は切迫しているようです。

 「伝える」ということをお仕事にされているオタクイーンさんにとっては、これからは「やりにくい時代」になるかもしれませんネ。私も危機感を感じていて、日々生徒を揺さぶっています。

「言葉の画素数」とはちょっと話がずれますが、よくあちこちのブログにお邪魔して物足りなく感じるのは、記事の対象の作品のあらすじだけが書いてあったりとか、「良かった」とか「面白かった」とか「つまらなかった」とあるだけで、何がどう「良かった」のかという事が省かれているのが多いなという事です。
まぁそれが「感想」と言ってしまえばそれまでなのですが、「感想の奥にある物」こそが最も大事なんじゃないかと。
ただ、拙ブログでもそういう事は意識しているのですが、なかなか上手く行きません(笑)
そこで大事なのが「言葉の画素数」という事なのでしょうね。
今回のオタクイーンさんの記事で、その事の重要さを改めて考えさせられました。

お久しぶりです、オタクイーンさん。

私の場合、映画やドラマの感想も、「文章」と「推敲」から成り立ってますね。
簡単なものでしたら、ON書きでも済みますが、
それなりのものを書こうとすると、

先ず下書きから始めて、とりあえず頭に閃いた事を書き綴る。
それから、語句・文章の入れ替え、続いて思い浮かんだ事の追加。
それを系統立てて、より印象的となる言い回し・語句に変換し、
納得のいくようにまとめてから、一気に読み通す事で、感じを掴みます。

……でも、これでOK!-と思っても、後からまた頭に浮かんだ事や
忘れていたこと、更に追加したいフレーズなんかが思い浮かび、
(訂正・修正できる場合は)一部書き直したりすることは、しょっちゅうです!

また創作を書く時は、特に「言葉の言い回し」に悩みますね~~!
ありきたりの、どこかで目にしたものではなく、そのストーリー、その光景、そのシチュエーション、登場人物の心理にも、この場で最も相応しい「言葉」は、何なのか?

それが納得したものになると、書いていて「充実感」が味わえます。

……まあ、実際は、えらそうな事を言えるほどの文章力(笑)はありませんが!

自由人大佐様 職場の違いはあるにせよ、お互い、世代間の言葉のズレや
コミュニケーションには苦労しますよね。
世代によって言葉の意味の取り違えと言うか、新しい意味のようなものが
どんどん付加されているので、
同じ言葉を使っていても、世代間でまったく別の内容になっている事も多いです。
テレビの現場に居ると、言葉の意味を吟味してそれが正確に伝わる事を
目指す義務があるので
世代間で言葉の意味の取り違えがあるのは、非常に深刻な問題です。
もちろん例外もありますが、多くのテレビ番組は「中学二年生が理解できる内容」
という、一つの基準があります。
しかしながら前述の「意味の変容」により、言葉を正しい意味で使っていても
それが中学生に理解されないという現象さえ起こってしまうわけで。

またおっしゃる通り、同世代で言葉による意思の疎通が難しくなっているのも
大きな問題ですね。
一概には言えませんが、最近の若年層は言葉の枝葉にばかり注意が行き
言い間違いの上げ足取りは得意なのに、その言葉の先にある
「それはいったいどういう事なのか」という部分の理解度が
著しく欠けているような気がします。
大佐さんのお話で行けば「8時に塾」という相手の言葉から
「そう言われたなら何時まで家に居るだろう」と、言われた方が憶測する
能力ですよね。言葉の咀嚼力と言うか。
それが発達しない原因は、言葉を尽くして互いの思いを
とことん話し合う経験が、不足しているところにあると思います。
ですから「こう言われたらこういう意味」という判断が出来ない。
すれ違いが生まれるのは、そういう事かもしれませんね。
コミュニケーションが取れていれば、笑顔一つだって分かり合える筈ですし。
その「なんとかして思いを伝えたい」という強い欲求が
言葉の画素数を育てる大きなモチベーションとなるのですが・・・

>日本語を聞き取って内容を把握する」というのを、わざわざテストしなければならないほど、事態は切迫しているようです

これも初めて知りました。という事は、若年層のブログなどに見られる
「短文形式」は一つのスタイルではなく
若年層の語彙枯渇の帰結として生まれているものなんですね。ちょっと驚きです。
そうなってくると読書感想文とかも、筋書き→一言感想の繰り返しに
なっているんでしょうか。
きっと私たちも先輩世代から嘆かれてきたのでしょうが
言葉の意味の変容、語彙の不足は、これからも加速していくのでしょうか。
言葉を操る楽しさは、後年まで伝えたいものですがcoldsweats01

メルシー伯様 コメントされたお話、私もよく思います。
ブログ等で文章表現を行いたいと思う欲求を持つ方なら
当然、言葉を操ることに苦痛を感じないような気もするのですが
その割に、作品の感想などは非常に簡素なものが多くてcoldsweats01
でも例えば、映画の感想などをまことに流暢に、的確な表現で綴るブログなどに
「自分の感情が言語化されて嬉しかった」なんてコメントが寄せられているのを見ると
ネットユーザー全てが言葉を操れるというわけでもないか、なんて思いもあります。
まー私も、そんな不器用な一人ですがcoldsweats01
でも「分かってもらいたい」という欲求がある限り、ブログは「言葉の画素数」を増やす
またとないツールとなると思います。
記事中にある「一言感想」も一つのスタイルですが、メルシー伯さんや他のお仲間のように、行間から思いが伝わってくる文章は、やはり魅力的ですからhappy01

都の商売人様 お久しぶりですhappy01
名古屋でも先日「新必殺仕置人」の再放送がありまして
久しぶりに、全話を通し鑑賞できました。やっぱり名作ですねあれはhappy01

なるほど。商売人さんの簡潔にして魅力的な創作文は
そんな風に作られるんですかhappy01
やっぱり推敲は大事でしょうね。私も一度書いた文章を鳥瞰し
しつこい部分は削り舌足らずなところは補って、何とか形にしていきます。
でもおっしゃるところの「言い回し」=「表現」って、なかなか書いている時に
思い浮かばないことってありませんか?
私なんか全部書き終えて床についた後、「あそこの言い回しはこの表現の方が
いいかな」なんてムックリ起き出して、あわてて推敲する事もしょっちゅうです。
でもその一部を変えると、他のところと整合性を持たせたくなるので
また時間がかかっちャうという悪循環で。文をいじくり回すのが好きなんでしょうね
発想のスイッチが執筆時とは別の時に入るのが、私の昔からの悪い癖ですcoldsweats01
おかげで何をしていても、書いた文章が頭から離れません。
まーそれも物書きのさだめ。その悪癖が愛おしくもありますがhappy01

>それが納得したものになると、書いていて「充実感」が味わえます。

そこですよね。私も充実感を味わいたいが為に、キーボードと格闘しているような
ところはあります。
たまにねじ伏せられてギブアップする事もあっても
相棒のキナに癒されることでピンチ脱出、何とか完成にこぎつけます。
まーキナへのお礼は、決まってキャベツかチンゲン菜というショボさですがcoldsweats01

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