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2009年1月16日 (金)

天使の涙

「何やってるんだ!緊急なんだからこれじゃないよ!」
一刻を争う事態。人が変わったような先生に一喝された彼女は
曇った表情を隠そうともせず、全速で駆け出しました・・・


昨年11月3日に起ったバイク事故から、やがて二ヵ月半。
縮んでいく傷跡を見る毎に、時の流れの早さを感じます。
「毎日の療養が肝心だよ」という担当医の言葉を守り、時間のある限り病院通いを続けたおかげで、回復のスピードもかなり速いようです。
インフルエンザの予防接種や年末の風邪の治療など、余録も沢山ありました。
普段通える病院、馴染みの先生や看護師さんが居る事の安心感を感じられたのも、大きな収穫でした。

50日以上の期間、同じ病院の同じ待合室を訪ねると、その病院の姿、営みが手に取るように分かって来ます。
もはや出勤と言っていいほど、毎日のように顔を合わせる先生や看護師さんですから、私にとっては完全に顔なじみで。
各々のキャラクターから先生のコーヒーカップの柄まで、嫌でも覚えるというわけです。
先日もマスクをつけている看護師さんに「風邪ですか?」と尋ね、どっちが患者か分からないような事もあったりしてhappy01

私は怪我の程度が軽く、回復も順調なため、スタッフも気楽なのでしょう。
しかも、ちょっと治療の方法が特殊で。

診察の前にソファーに座り、患部の左足を熱いお湯に15分間浸す「薬浴」という行程があります。
(以前「薬湯」と書きましたが、薬『浴』が正しいです。失礼しましたcoldsweats01

この「薬浴」を行う場所は、看護師さんたちがカルテや点滴を手配する処置準備室なんですよ。
その為、足をお湯から動かせないこの15分間は、看護師さんたちの準備の様子やカルテ処理、楽屋トークがいやがおうにも見えちゃう、聞こえちゃう。


最近は顔なじみという事もあって、看護師さんたちも暇な時は、ちょくちょく世間話の相手になってくれます。
私のツッこみに大笑いで答えてくれる彼女たちに、癒される場面も数知れずhappy01
医療現場の面白話や素人の知らない知識に、感心する事もしきりです。
新人看護師さんの大失敗も、何度か見てきました。
慌てて走ってきて私の前で豪快にコケ、薬のビンをひっくり返しちゃったりcoldsweats01
まーその程度なら笑い話、真っ赤になる看護師さんが可愛くもあるのですが。
怒る先生の目の奥も、何となく笑っていたりしてhappy01

でも。私が事故で運び込まれた通り、この病院は救急指定。
救急車の到着と共に、一刻を争う命の現場となる事もあるのです。


実は一昨日・14日の事ですが、こんなエピソードが。
朝10時。いつものように薬浴を行う私は、不意の寒さにコートの衿を寄せました。
珍しい事に、こんな時間に救急車が。

救急ベッドの搬送口は私の座るソファーの横にあるので、扉が開けば外気が入り、すぐに分かります。
ものものしい雰囲気に包まれ、救急隊員の手でベッドが運び込まれました。
そこに横たわるのは、一人の老人男性。
意識を失っている様子で、付き添いのご家族が心配そうに見守っています。
一変する診察室の空気。スタッフを包み込む緊張。
動く事の出来ない私は、その一部始終を目撃する立場に。


診察によると、老人はどうやら重度の糖尿病のようで、今朝、突然の低血糖症により意識を失ったようです。事態は一刻を争う状況。
いつもは柔和な面持ちで冗談を飛ばす私の担当医も、人が変わったよう。
テキパキと看護師に指示を飛ばします。
「ここへ寝かせて。点滴用意。すぐに!」
ここで意識が戻らない事は、患者の命に関わります。
とにかく血糖値を正常に戻すべく、緊急処置の点滴を行う様子です。

四方に散る現場スタッフ。走る彼女たちの物音が、事態の深刻さを物語ります。


一人の看護師さんが、私の元へ駆け寄りました。
私のソファーに隣接するテーブルで、大急ぎの点滴スタンバイ。

彼女はかなりのベテランで、私ともいつも余裕のトークなのですが、これまで見た事もない神妙な面持ちで点滴パックを取り出し、チューブを繋いでいます。
かなり焦っている様子。
「点滴まだ?遅いよ遅い!」診察室からは先生の怒号が。
「今できます!」ようやく準備ができたのか、彼女は診察室へ駆け込みました。
その直後です。


「何やってるんだ!緊急なんだからこれじゃないよ!」
診察室から聞こえてきたのは、さっきの倍の大きさで飛ぶ先生の怒号。
親族の方でしょうか、必死に老人に呼びかける声が聞こえます。
これじゃないってどういう事?部外者ながら心配してしまう私。
「すいません!」
その言葉と共に、診察室の影からさっきの看護師さんが飛び出しました。
顔が青くなっています。その後ろから、彼女の先輩看護師さんもついてきました。
「落ち着いてね。大丈夫。先生はいつもあんな調子だから気にしなくていいよ。」
冷静に彼女をなだめる先輩。二人の様子から、どうやら彼女が点滴の種類を間違えた事が分かりました。


素人なので認識が違っていたらお詫びしますが、血糖値処理の点滴薬は通常用と緊急用があるようです。
濃度が違うのか全く別の物なのかわかりませんが、彼女は緊急時に、通常処置用の点滴パックを準備してしまったわけですね。

同じ血糖値処置とはいえ、この一瞬の判断ミスが治療に与える影響は大きいのかもしれません。
彼女の名誉の為にお断りしておきますが、これはよく問題となる「別患者用の点滴薬の取り違え」ではありません。
彼女が血糖値処置のパックを準備したのは間違いないんですから。

通常用と緊急用の違い。その判断を誤ったわけです。
緊急用パックをセットし直した彼女は、再び診察室へ駆け出しました。
その間約20秒。一瞬の出来事でしたが、その時間がひどく長く感じられ
ました。

ほどなくして、老人は意識を回復しました。
点滴の効果があったのでしょう。診察室の向こうからも、安心したご家族の声が聞こえてきます。とりあえず、緊急事態は回避したようです。

何度も先生に頭を下げ、移動ベッドに寝たまま診察室を後にする老人とご家族。
危機は去りました。私まで胸を撫で下ろしちゃって。
母を病院で看取った私には、こういう場面が何よりの救いなのです。


緊張も解け、院内は再び平静を取り戻しました。
看護師さんたちの業務もいつものペースに戻りましたが、そんな中、一人だけ抜け殻のような影がありました。
例の彼女でした。
「ごめんなさいね。バタバタして。」彼女は私にそう一言つぶやくと、ペロリと舌を出して業務に戻って行きました。


そのしぐさは彼女の気遣いだったのですが、その時、私は見てしまいました。
笑いかけようとした彼女の目がこわばって、目尻に小さな光の雫が。



その雫を見せまいと、彼女はきびすを返し足早に去っていったんですが、私はその時の彼女の表情が忘れられませんでした。
そうです。彼女は点滴を間違えた自分が許せず、悔し涙を流したのです。
どんな職業であれ、判断ミスによる失敗は悔しいもの。
それは自分の未熟さを思い知らされる事。社会人なら経験しない人は居ません。
それを認める事が、人間の成長に繋がると言ってもいいでしょう。

ましてや彼女は大ベテラン。救急病院で看護業務を行う上で、患者の命に関わるミスはあってはならない事を、誰よりも知っているのですから。
その責任感、プレッシャーは、テレビ屋の私などの比ではないはずです。
彼女の職業意識、仕事へのプライドが、光の雫となって溢れたのでしょう。


彼女が去った後、さっきの先輩看護師さんがテーブルを片付けにきました。
「ごめんねー。バタバタしちゃって。」
またまた謝ってくれる先輩さんに、思いを伝えたかった私。



「これが救急病院なんですね。」
「ああ。そうだよね。恥ずかしい所を見せちゃって。」
「いえ、そんな。勉強になりますよ。」
「そう?そう思ってくれれば。こんな毎日だから、ちょっとやそっとの事があっても負けてられないんだよ。強くならなくっちゃ。
だからナースって性格がキツいって言われるんだよねー。やんなっちゃう」



いつもの笑顔を見せながら、テキパキとテーブルを片付ける先輩さん。
不謹慎ながら私は、ちょっといいドラマを見た気分でした。

彼女に限らずこの先輩さんも、きっと数え切れないほどの悔し涙を流してきたんだろうなと。だからあの時、彼女を慰めにきたんだと。
確かに、こういう場面はどんな職場にもあるでしょう。
でもここは文字通り命の現場。一瞬の判断が人の運命を左右する場所なのです。


薬浴も終わりました。改めて、これだけのドラマがわずか15分の間に起こった事に驚く私。きっとどこの救急病院も、毎日のようにこんな事があるんでしょうね。
彼女たちはみんな、重い責任、職業意識を内に秘めながら、私たちに明るい笑顔を振りまいてくれているんですね。
「強いなー。看護師さんたちは。」
喉まで出かかったその言葉を、私は飲み込みました。
さっきの先輩さんに、「キツいなんて言わないで」と怒られると思ったからですhappy01


まーそんなこんなで。それなりに面倒なものの、病院通いも悪くありません。
懸命に頑張る職業人の生の姿なんて、なかなか拝見できませんから。
どんなベテラン女優さんがナース役を演じても、あの涙は
出せないでしょうね。
あの美しい光の雫は、命を背負った者だけに与えられているのです。

そんな、本物の人間の生きざまに惹かれるのは、やはり年のせいでしょうか。
私も負けちゃいられませんね。ヤフオクで負けたくらいで泣いてちゃcoldsweats01

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コメント

オタクィーンさま、こんばんは。今回もよいお話拝見しました。じつは私の職場も地方のとある大きな大学病院の設備管理をしています。ボイラーや変電所、空調からドアの修理、トイレの詰まりなど医療機械以外はすべて管理対象となってます。病院の裏方として毎日患者さん、看護師さん、医師の先生、職員のみなさんのシビアな要求に24時間対応しています。(--)>ドモ

それはさておき、職場で若いころ(今も時々・・?)よく怒られました。それもこっぴどく。そのときは「なんでそんなひどい言い方を?」と思ったものです。でもそれから何年もたった今しみじみおもいます。ときに気を緩めたり、この辺でいいやという妥協しようと思ったとき、そのときの怒られた苦い記憶がよみがえり、ブレーキをかけるのです。人が一人前になるには必ず経験することなんでしょうね。
ガンダムでアムロがブライトにぶたれて、
「なぐったね!親にもぶたれたことがないのに」
というシーンが中年になった今になって、心にしみます。

のん様 病院の設備管理とはまた大変なお仕事ですね。
人の命に関わるという意味では、のんさんも医療スタッフと同じく重要な、また素晴らしいお仕事をされていると思います。本当にご苦労様です。

期せずして毎日のように病院通いを続け、医療スタッフの激務を目の当たりにする機会を得たことで、改めて彼らが背負う物の大きさを認識しました。
妙な感覚ですが、医療現場の見聞を深められたという意味では、今回のバイク事故も決して無駄ではなかったような気もしますcoldsweats01

実は私、記事中で叱られた彼女が感情を素直に出した時、非常に感銘を受けました。
それこそが医療に関わる者のプライド、自分に対する厳しさと思ったからです。
自分が犯したミスに向き合う事って、なかなか難しいですもんね。
私も自分のお仕事で、何かと理由をつけてミスから目を逸らしたくなる事はありますが、
そこで踏ん張る、素直にミスを認める勇気を持ちたいと思います。
叱られる事も時には大事。むしろ叱られた経験の方が、後年の役に立つのかも。
自分が叱る立場になった時、叱られる事の大切さが分かるんですよね。きっと。happy01

一年前、ほんの一週間入院していた事があるのですが、その時も、病院で働く方々は常に動きまわられていた記憶があります。
学生としては『大変そうだなぁ』と思うと同時に、これが仕事なんだと憧れも感じます。

『宇宙船映像倶楽部』今日からパソコンを使って本格的に作り始めました。しかし、二枚という制限は難しいですね・・・

アラ様 他人の仕事って、見ているとなかなかその辛さが分かりにくいものですよね。
いざ自分が携わる立場になって、初めてその大変さや喜びが分かるのかもしれません。

アラさんも、目指す道には予想もしなかった困難があると思いますが(コレ、大げさじゃなくて本当にあるんですよ。私なんてもうweep)めげずに頑張って下さいねhappy01

それにしてもアラさん、は、早いeye
もう始められたんですね。私なんてまだ頭の中でこねくり回してる状態でcoldsweats01
アラさんを見習って、私もエンジンをかけたいと思いますpunch

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