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2009年1月20日 (火)

不器用な男

マイクを手に、私の前に立つのは二人の男。
慣れたトークで観客を自在に操る名アクター
の隣で、やや肩をすぼめた大監督は、それでも独自の存在感を放っていました。

さて。尻切れトンボで終わった前回『鋼鉄の王道』に続き、今回は18日『装甲騎兵ボトムズペールゼン・ファイルズ劇場版』上映後に行われた、舞台挨拶の模様をお話しましょう。
会場は撮影、録音等が禁止だった為、記憶と印象のみを頼りにしている事をご了承下さい。とはいえ実際は、それほど大げさなものでもありませんでしたが。

指定席確保の時にもお話しましたが、シネコンの一室である今劇場のキャパはわずか150席。おまけにスクリーンの前が舞台になっていない為、ゲストは客席最前列の前のスペースに登場するという事情。
私の席確保作戦は成功しました。司会者の紹介で姿を現した高橋良輔監督、郷田ほづみ氏は、最前列中央に陣取った私のわずか2m前に、立ち位置を決めたのです。
同じ床の上、手が届く距離に、あのボトムズのクリエイターが立っている。
「見える。奴の動きが完璧に追える。」そこには不可侵宙域はありませんhappy01

この位置なら、私は胸を張って監督、キリコに「会った」と言えますね。
後の方の席なら「見た」としか表現できませんが、何しろ例の「話す相手の顔を凝視」作戦で、私は少なくとも二度、高橋監督と目が合いましたから。
(うーんアイドルのコンサートで妄想するファン状態ですがcoldsweats01

実際、目のあたりにする高橋監督の印象は、やはりマスコミ等で露出されている通りでした。いわゆる「人の良さそうな中年のおじさま」という感じで。
ちょっとふくよかな体型のせいでしょうか。肩をすくめたような独特のポーズが、まさに生体スコープドッグといった趣です(愛を込めて言わせて頂きますhappy01

その高橋氏の隣で独特のオーラを放つのが、ボトムズ世界の象徴にしてアニメ界屈指の異端キャラ、キリコ・キュービィー役のボイスアクター、郷田ほづみ氏。

カルトお笑いグループ「怪物ランド」メンバーとして人気を誇った昔から、人前に出る事に慣れているのでしょう。主役として堂々と胸を張るその姿は、まるで『野望のルーツ』ラストシーンのキリコを思わせます。口パクではありませんでしたがhappy01


今回の公開に合わせ、東京ではオールナイトのトークショー、大阪でも舞台挨拶が行われたそうで、お二人もここ、名古屋を含めた三都市を巡って、ボトムズの人気を肌で感じたご様子でした。
高橋監督によると、今回の劇場版製作は『ペールゼン・ファイルズ』OVA版の最終巻、11話・12話辺りの製作中に持ち上がったお話だそうです。
意外にも今作は、劇場版を含めたプロジェクトじゃなかったんですね。


今作はボトムズ正統派の新作として、ファンの評価も上々だったようですが、結果的に劇場公開の試金石となった機会は、OVAリリースも軌道に乗った、昨年の3月に遡ります。
その頃行われた映画イベント、「ゆうばり国際ファンタスティック映画祭2008」に、バンダイビジュアルから今作が出展され、会場で上映されたというのです。
大スクリーンに映し出される作品のクォリティーに関係者は手ごたえを感じたそうで、「なんか、一番映画っぽかったねえなんて言われて」と監督も喜ばれたそうで。
その時既に、劇場でも行けるという自信はあったんでしょうね。
で、OVAの人気、実績が買われて、劇場版の実現にこぎつけたと。


そんな経緯を淡々と話される高橋監督ですが、私としては「監督、もうちょっと自信を持って下さいよ」と声をかけたくなるほどの低姿勢、へりくだり様でhappy01
数々のインタビューを見た時も思いましたが、「これは俺の作品」という自負と言うか誇りと言うか、そういうものがまったく感じられないんですよね。
氏の口癖である「なんかそうなって行っちゃいまして」という言い回しがここでも連発、私は苦笑を禁じえなかったのですがhappy01

それに較べて饒舌なのが、前代未聞の「よく喋るキリコ」郷田氏happy01
それはそれで非常に面白くて。
東京で行われたオールナイトトークショーでは、主題歌「炎のさだめ」を新録したTETSUさんが会場に駆けつけ、また盛り上がったそうなんですが、「さすがに深夜のトークショーだったので、ご本人には生歌を聞かせてもらえず」と残念顔の郷田氏、「自分で歌っちゃおうかと思いましたが」と客席を沸かせます。
キリコ本人が歌う「炎のさだめ」!
実現すれば、ボトムズの歴史に残る一幕だったでしょうね。
古谷徹氏が「翔べ!ガンダム」を歌う以上のレア度でしょうnote


ボイスアクターとしての仕事量がそれほど多くない郷田氏ですが、そんな中でもキリコには格別の思いがあるようで。
ゲーム用の音声収録などで、これまでキリコ役はほぼ途切れる事は無かったそうですが、それらはやはり旧作ベースのお仕事だったので、「もう新作でキリコに会える事は無いんだろうな」と思われていたとの事。
ですから『ペールゼン・ファイルズ』のお話が持ち上がった時は、その感慨深さもひとしおだったそうです。
でも今作の製作終了で、さすがにキリコとはお別れ、と思っていたら・・・
今年、また新しい動きがあるとの事で、郷田氏はまだまだ「キリコと地獄に付き合ってもらう」事に。


ボトムズファンの皆さん、今年も何かあるようですよhappy01
それが新作なのかゲームなのか他の何かなのか、それは明かされませんでしが、サンライズ側も「ボトムズ・フロジェクト」を立ち上げられたそうで、またまたファンはやきもきする事になりそうです。
「ファンの皆さんは一生、ボトムズから離れられませんよ」とニヒルに笑う郷田氏に、観客はロッチナの影を見た事でしょうhappy01


まーそれにしても郷田氏、喋る喋る。
まるで寡黙なキリコ役で溜まったうっぷんを晴らすかのようですhappy01 
私は彼の姿を見ながら、古の名作番組「ウソップランド」を思い出していました。
いやー「予習」しといてよかったーhappy01
どんなに言葉少ないキリコを演じていても、やはり郷田氏は「怪物ランド」の一員。
子泣きシジイ・赤星昇一郎や変幻自在のアクター・平光琢也にツッこみを入れる、生粋のヴォードビリアンなのです。
昔、自分の番組で怪物ランドを使おうとしていた私には、この郷田氏の健在ぶりがひどく嬉しく思えたのでした。

そんな生まれついてのショーマン、郷田氏の隣で、一人居心地悪そうな高橋監督。
その監督からも、今回の劇場版限定の楽しいお話が聞けました。

前回のお話でちょっと触れた新作オープニング、エンディングのお話です。
ここからはややネタバレなので、未見の方はご注意下さいねhappy01

Votomswall


インパクト抜群の新作部分。その作画上の演出はちょっと秘密ですがcoldsweats01 
音楽演出として今回の劇場版は、エンディングにTV版ボトムズ主題歌「炎のさだめ」の新録音バージョンが使われています。

当初、高橋監督は、このエンディング曲に『炎のさだめ』を使う演出を、劇場版ではなくOVA版の最終話ラストで試みたかったそうなのです。
劇場版の製作によって結局、その案は立ち消えになったそうですが、監督がそこまで「炎のさだめ」にこだわった理由も、ボトムズ愛に溢れるものでした。

これは作画演出にも関わる事なのですが、やはり監督にとってボトムズは「キリコとフィアナの二人が織りなすストーリー、そしてATの世界」なんですね。
ですから、たとえフィアナのフィの字も出てこない「ペールゼン・ファイルズ」も、テレビ版第一話にバトンタッチする内容ですから、どこかにその関連性、フィアナの影は持たせたいと。
ですからキリコのフィアナへの思いを歌った「炎のさだめ」は、「ペールゼン・ファイルズ」のラストとして何としても使いたかった。これが監督の願いだったんです。

高橋監督にとって、それほどまでに「炎のさだめ」という曲への思い入れは強い。
その事を再認識させられました。いやーいいお話を聞かせてもらっちゃったhappy01


確かに観客の立場からすれば、今作のエンディングを見れば「そうか。テレビ版に繋がるという事なんだねえ」と単純に納得もできるのですが、そうなるとさらにダメ押しに流れるエンドクレジットの「あの曲」(これも秘密happy01)が、少々しつこくも感じられます。
「あの曲」は、ペールゼン・ファイルズとはまったく関係ないですもんね。
でもこうやって直接監督から「ボトムズはキリコだけじゃなく、フィアナの物語でもある」という製作意図を聞かされると、それも充分、納得ができます。
作り手の思いは見る者以上に強いという事を、再認識した次第です。
いやーこのあたりのお話、ボトムズファンはもとより、劇場版を未見の方にはまったく分かりませんねー。今回はいつも以上に読者置き去りで。本当にごめんなさいcoldsweats01



でも。私がそのお話以上に、高橋監督の人となりに感銘を受けたのは。
もはやトレードマークともなった、その語り口だったんです。

何しろ監督、前述の「炎のさだめ」への思い入れのお話の最後に
「このエンディングはそんな思いで作ったんですが、それが分かって頂けなければ失敗かな、なんて思ってます」とまあ、またまた自信のない、弱々しいお言葉でhappy01
なんでそんなに謙遜されるのか。この監督のどこに、あれだけ骨太の諸作を創り続けるパワーがあるのか、かねがね疑問にも思っていたんですが。


名古屋は高橋監督の初演出作品『太陽の牙ダグラム』放送時、全国で初めてファンクラブが出来た土地だそうで、監督にも特別な思い入れがあるそうです。
また『勇者王ガオガイガー』放送時は、完成作品を納品する為、毎週、東京のサンライズから
名古屋テレビへ通われていたそうですから、勝手知ったる街でもあるのでしょう。
でもプロデューサーとはいえ、自らが完成テープを局へ納品するというのは珍しいような気がします。

例えば富野由悠季監督がプロデューサーとして『機動戦士ガンダム』シリーズの最新作を名古屋テレビで製作したとして(初作のキー局だったので)自らが納品するかと言うと、これはちょっと想像しにくいとhappy01
「ガオガイガー」は’97年の作品ですからすでに一昔前。でもボトムズをはじめ『蒼き流星SPTレイズナー』『機甲界ガリアン』などで名を馳せていた高橋監督ですから、まあ富野氏並みのポジションではある訳ですし。
このお二人の印象は対照的ですね。


「毎週、名古屋へ通わせていただいて」笑みを浮かべてそう語る高橋監督を見ながら、この人の偉業の秘密は、きっとこの部分にあるんだろうなと思いました。
『ガンダム』『ボトムズ』共、初作をリアルタイム鑑賞できた私は、昔から富野、高橋両監督の資質について『才気の富野、人望の高橋』と感じていたのですが、その片鱗を垣間見たような気もするのです。


自分の才能、主義と言い換えてもいいでしょう。それに絶対の自信を持ち、その主義を作品スタッフにも強要する製作スタイルの富野作品は、頑ななまでのワンマン主義に裏打ちされた強力な個性に彩られています。
セリフ一つ取っても「富野節」と言われる程、他者には真似の出来ない世界。


それに対して高橋作品には、どこか作り手知らずの空気が漂います。
作品そのものは、突き詰めていけば非常にシンプルな展開、真っ当な演出で、特に個性的でもありませんし、いわゆる名ゼリフめいた物も劇中では目立ちません。

でもシリーズ全話を鳥瞰してみると、そこにはやはり高橋監督以外には出せない空気感、独特の味わいが息づいているのです。
それはやはり、高橋監督独自の演出スタイルによるものなのでしょう。


多くのスタッフの証言にもある通り、高橋監督は作品立ち上げの際、作品の大まかな流れ、いくつかのアイデアをスタッフに提示して、スタッフ各々の意見を統合しながら一つの世界観を形作っていきます。
スタッフ自身も高橋監督に「うまく乗せられて」自分のスキルを極限まで発揮、結果的に監督の掌の上で走らされているわけです。

監督が語る「直線走行にしか考えていなかったATのローラーダッシュを勝手にスラロームさせたのはスタッフだけど、見てみたらカッコ良かったんで採用しちゃった」なんて発言は、その最たるものですよね。
ターンピックを主軸にした回転射撃だって、高橋氏の発想外だったそうです。
一定の許容範囲の中でなら、スタッフの発想をどんどん取り込む。これが高橋監督の武器であり、他者が真似できない才能なのかもしれません。

スタッフのアイデア、ポテンシャルを最大限に活用するという演出スタイルは、自分の主張を貫き通す富野スタイルとは対極にあるものです。
どちらが良い、悪いというお話じゃなくて、各々の資質の問題なんですよね。


その「スタッフをその気にさせる」手腕こそ、高橋氏の最も優れた部分と思うんですよ。
作品を海に浮かぶ船に例えるなら、設定という船をスタッフに与えて「これは君たちの船だ」とモチベーションを高め、航路図を渡し、好きに進めさせておいて、時々、針路を間違えそうな時に出てきてチョチョイと舵を戻し、結果的に自分の目指す港にたどり着く。そんな感じなんですね。
あくまで船はスタッフに任せるけど、船長は見ているよと。
絶対の統率の元、船長が一時も操舵室から離れない富野式とは、やはり作品との向き合い方が違うような気がします。
そのスタッフの持ち上げ方、「この人の下なら自分が出せそう」と思わせる雰囲気を作り上げる才能。これこそが高橋氏の真骨頂なのかもしれません。

だから監督は、作品の功績を独り占めにしない。スタッフに華を持たせようとする。
「そういう風にスタッフが作っちゃいまして」という言わば「高橋節」は、そんな彼のスタンスから来ているような気がするのです。

「だから、こうした」という発言に見られる通り、あくまで自作である事を強調する富野監督とは、やはり対照的。
前述の「通わせていただいて」という謙った表現も、そんな高橋監督の姿勢の片鱗と思うのですが、いかがでしょうか。


しかしながら、望むと望まざるに関わらずそういうスタイルに帰結するあたり、やっぱり高橋氏は自分本来の個性を前面に出す事が苦手なのかもしれませんね。
クリエイターというものは普通、才能の有無に関わらず自分の内面を形にしたい欲求が強いものなのに。そこを殺してまでスタッフに任せようとする。
ご自身の作家性にゆるぎがない事は、唯一スタッフの絡まない「予告篇」の文章センスにも表れていますしね。
そういう意味で高橋良輔という人物は、「他人の才能を鏡にして個性を発揮できる」タイプのクリエイターなのかもしれません。
あくまで私の感覚ですが、アニメーションと実写の違いはあれ、同じ演出を生業とする私は、
高橋監督のその姿勢に大いなるシンパシーを感じるのですhappy01


舞台挨拶のラスト、挨拶をするお二人に、客席からリクエストが飛びました。
『キリコの声をやって下さい!』
それに応えた郷田氏。「何にしようかな」と考えた後、この一言を。

『俺は、不器用な男だ。』
ご存知、キリコの名ゼリフ。すかさず客席からもれる「おお~っ」の声happy01


その時すでに、高橋監督は舞台の袖に消える直前でしたが、その前かがみの背中を見ながら、私はこう思いました。
やっぱり、監督も不器用な人なんだろうなと。
他人の才能を鏡にして、個性を発揮するクリエイター、高橋良輔。

なんだ。キリコ・キュービィーって、監督の分身だったんだって。


『俺は、不器用な男だ。』そのキリコのセリフは、そのまま監督のモノローグにも聞こえました。ボトムズの魅力の一端が、また分かったような気も。
でもファンには、その不器用さ、作品の無骨さがたまらないんですよね。
いやー郷田氏の言葉通り、私も一生、ボトムズから離れられないようです。


Photo帰宅後、一息ついて、劇場で求めたマグカップでコーヒーブレイク。
お分かりでしょうか。このカップ、「ファンタム・クラブ」のロゴ入りなんですよ。


考えてみれば不思議ですね。
あんな有名な予告フレーズがありながら、これまでカップが作られていなかったというのも。
もちろん、このカップに注がれるのは『コーヒー』。
確かに『苦い』ですが、その苦さにはコクがあります。


高橋良輔という銘柄ならではの、深いコクがcafe



【追記】
ネットで検索していたら、『ペールゼン・ファイルズ』公開に寄せた、高橋監督と主題歌を歌うTETSUさんの対談記事を見つけました。
ご興味がおありの方はこちらまでhappy01


http://www.zakzak.co.jp./anime/actor/0901/090116-001.html

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コメント

またまたお邪魔します( _ _) ドウモ

ところで、私も劇場版今週の月曜日新宿の映画館で観てきました。感動です!たとえていえばイスラム教徒ならメッカ巡礼、江戸時代なら伊勢詣で、アストラギュース銀河ならアレギウム巡礼といったところでしょうか。お祭りに参加できてよかったです(⌒O⌒)b
後日私のブログにもアップしますが、感想は・・・やはりDVDの編集でしたが(汗、・・でも不思議と集中できました。特に最後コチャックやゴダンが死ぬあたりでは、不覚にもぐっと来てしまいました。やはり編集がよかったので、ストーリーがすっと入ってきたのでしょうか。サウンドも大迫力で家で観るのとはぜんぜん違いました。そして、「炎のさだめ」・・・「いつもあなたが」が・・・・劇場で聞くなんて感無量でした。なにやらうわさでは、また新しいシリーズが始動するかも・・と聞いております。しかももしかしたらフィアナも!(映画の最後チラッとは伏線?)
今回映画行ってよかったです。高橋監督の舞台挨拶の方は行けなくて残念ですが、その様子を此方のブログで教えていただきありがとうございます。今回の記事もとても面白く拝見させていただきました。
最後にフィアナ再登場の期待をこめて大好きな予告をひとつ・・

赫奕たる異端第4話予告より

 敢えて問うなら答えもしよう。望むことはささやかなりし。この腕にかき抱けるだけの夢でいい。この胸に収まるだけの真実でいい。たとえて言うなら、その名はフィアナ。フィアナこそ我が命、フィアナこそ我が宿命。
 『装甲騎兵ボトムズ 赫奕たる異端』、最終回「触れ得ざる者」。あぁ、まさにその名の如くに。


追記:この映画はボトムズを知らない人が見たら何のことかわからないでしょう。その意味で敷居の高い映画とおもいます。午前中でしたがかなり客席は空いてました。しかし、インターネットで検索するとたくさんの記事があります。全国には熱烈な多くの最低野郎が確実に存在するのも事実でしょう。近ごろそんな人たちに仲間のような気持ちを感じています。


のん様 『ペールゼン・ファイルズ劇場版』私も充分楽しめました。
テレビ鑑賞とは違い、劇場は画面しか見えませんから、集中度もケタ違いですよね。
のんさんがのめり込めた理由はその大画面、大音響の迫力に加え
おそらく記事中でもお話したBGMの差し替えによるものでしょう。
そのクライマックス、バーコフをはじめ、分隊の各々が異能生存体である可能性にすがったあの段階で、すでに観客は狂気に向かって疾走するエンディングを見逃せなくなっているのです。
その直後、分隊全員の突撃をあおるかのように鳴り渡る『鉄のララバイ』。
この音楽設計によって、その後の悲壮感はさらに高まります。
で、コチャックの悲劇を引き金に、彼らの命は儚く、しかも陰惨に散っていく。
それを見守る事しか出来ないキリコの孤独感。
『散りゆく友に未練など 無いさ俺達はダニー・ボーイ』という歌詞の一節が
キリコの上に無情に響き渡ります。

そして、キリコを試しているように見えて、実はキリコに試されている男、ペールゼン。
ウォッカムはペールゼンを『毒蛇』と評しましたが、その毒蛇さえ翻弄する恐るべき運命を、キリコは背負わされていたのですね。

「炎のさだめ」という曲は、期せずしてそんなキリコの運命を歌い上げた名曲と思います。
その名曲がこの劇場版のラストに配された事で、『ペールゼン・ファイルズ』という物語はやっと着地した、と言ってもいいのかもしれません。
フィアナが最後の場面に登場するのも、いわば当然の成りゆきなんしょうね。

「死ねない事」に絶望した男が「死なない価値」を見出す理由、それこそが『フィアナ』なのですからhappy01

でも個人的には、今回の劇場版が『ペールゼン・ファイルズ』初鑑賞という方のご意見も
うかがってみたいですね。
OVAを未見の方が、あの衝撃作をどう見るのか。
まだまだ、ボトムズへの興味は尽きませんhappy01

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