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2009年1月 7日 (水)

新春神経衰弱

年も明けてもう七日。早いものです。
年々、時の過ぎゆくスピードに追いつけなくなってくるのは、心の体力の衰えとは考えたくないのですがcoldsweats01

それでも毎年、そろそろ出揃うのが、友人や知り合いから届く年賀状。
いつも変わらないメンバー、住む所も遠く離れ、まさしく賀状だけのおつき合いになった仲間でも、元気で過ごしている事が確認できるのはやはり嬉しいものです。


携帯やパソコンによるメールの普及により、年賀状廃止主義も市民権を得つつある現在ですが、私のような古い者にとって、この15cm×10cmのキャンバスに描かれる縁者たちの安否は、無味乾燥な活字とは比べ物にならない程の喜びです。
何と言うか、書き手、送り手の体温を感じるんですね。
年明けの挨拶なんて単なるきっかけに過ぎなくても、その時「ああアイツ元気かなあ」とか「あの時、会う機会を逃しちゃったなあ」なんて事を思い出し、50円と数分間を私の為に割いてくれる事。その心持ちと言うか気遣いと言うか。そういう事が嬉しいんですよ。

受け取る側にしてみれば、郵便受けで賀状を手にする瞬間、「ああこの一枚はあの悪友の手に触れたんだ」「しばらく連絡なかったけど、日本に帰ってたんだ」なんて、本文とは関係ない部分に温もりを感じたりするわけで。
正直なところ、書いてあるのが新年の挨拶である事は全国統一なんですから、内容よりはそれ以外の部分が気になるわけですよね。
例えば、挨拶の他に一筆でも加えられていたら。
いつもの文体で憎まれ口でも書かれていようものなら、自然と口元もほころんでくるというものです。これは皆さん同じですよね。

私もこの点には気をつけていて、毎年、パソコン印刷率が増えている自分の賀状にも、必ずどこかに自筆メッセージを添えます。
たとえ一行でも、相手の顔を思い出す瞬間を大事にしたいんですね。
大した内容でもないですが、その瞬間、賀状には魂が宿るような気がします。
ダルマさんに目を入れるようなもの、なんて感覚が近いでしょうかhappy01


で、今年も、寄せられた賀状をつらつらと眺めていて、思う事がありました。
「宛名書きが印刷だから、表面だけでは相手を推測しにくくなったなあ」なんて。
これはお分かりでしょう。最近はパソコンに宛先の住所録を作っておいて、賀状のデザインも宛先も全て印刷に任せてしまうケースが増えているんですね。


私のマンションは一階に郵便受けがあるので、届いた郵便物は部屋に上るまでのエレベーター中で選別、年賀状もチラリと眺めるんですが、たまたま宛名書きが表になっていると、印刷された文字の場合は差出人が誰だかすぐにはわからない。
そりゃそうですよね。たとえ読みやすくてもフォント文字ですから。
差出人欄に名前が印刷されていればまだ分かるんですが、そこが空欄だともう見当もつきません。
首をヒネりながら部屋に着き、謎の一枚を裏返してみて、初めて「ああ、あの人か」なんて分かるという例が、ここ数年、特に顕著になっているんです。


表も裏も印刷で、肉筆が添えられていない年賀状。
最近、そういうケースって多いですよね。
これって、年賀状の「メール化」じゃないかと思ったりして。

別に肉筆を使わないなら、何もわざわざハガキにしなくたって。
メールで充分じゃんなんて思ったりするんですよ。
これも古い人間の、ずれた考えなんでしょうがcoldsweats01


「手書きの良さ」って、今でも生きていますよね。
私は自分から出す年賀状の宛名書きは、必ず手書きにします。
相手から届いた年賀状は、宛名書きの文字の癖さえ愛おしいからです。
私にも相手に、その愛おしさを感じて欲しいと。(まー下手な字ですがcoldsweats01
手書きなら裏返さなくても、差出人欄に名前が書かれていなくても、宛名文字の癖が相手を特定してくれるという。
私の名前を書く時の「彼意外考えられない右肩上がり」「いつもの長すぎるハネ」「漢字の略し方」などなど、子供の頃から見慣れた、何百回と見た文字がそこにあるだけで、懐かしい顔が浮かびます。

不思議なものですね。「文字」って年をとらないんですよhappy01


ですから手書きの年賀状が表向きで届いた瞬間、郵便受けから部屋までのエレベーターの中は、私にとって楽しい「神経衰弱」の時間。
あえて裏返さず宛名書きだけをじっと見つめ、頭のインデックスをめくる数秒。
何年も便りのなかった相手から届いたハガキなのに、思い当たるまでに時間はかかりません。
「うっわー、久しぶりだなー。彼、全然字が変わってないわー。」
で、裏返せばそこに踊るのは、懐かしい悪友の名前。

住所変更をいっこうに教えてくれない為に、疎遠になっていたのでした。
手書きとは、それほどまでに多くを語るのです。


以前にも関連してお話しましたが。
年賀状って非常に不思議な存在で、慶弔時のご挨拶などを除けば、個人から多くの相手へ同時に送る唯一の「私信」ですよね。
だからどうしても手間を省く為、印刷や活字に頼るようになります。
要は「個人発信のDM」みたいになっちゃうんですね。
皆さんそれぞれの事情がおありでしょうから、その現状を決して否定するものではありません。「時間がないから仕方ない」「枚数が多すぎて手書き対応が出来ない」というご意見もおありでしょうし。


ですから、おバカな考えとお笑い頂ければ結構ですが、私なんぞはどうしても、手書き文字が一文字でもある年賀状とフル印刷のそれを較べると、「年賀状温度の差」を感じてしまいます。
どんなに素晴らしいデザイン、美しい写真が印刷されている年賀状よりも、いつもの癖文字が憎まれ口を綴る一枚の方がはるかに温かみを覚えます。
第一、その憎まれ口の前に、『お前は宛名文字でバレている』ってところがもう、何とも嬉しいじゃありませんかhappy01 
書き間違いを直した跡さえ愛しいのは、きっとそこに「人の営み」を感じられるからでしょうね。判で押したような癖はあるものの、印刷のように同じ文字は二度と書けない人間のアドリブ性と言うか。


例えば、もし心を込めた手紙が、パソコン文字だったら。
相手にその心は、伝わるでしょうか?

年賀状とはケースが違うかもしれませんが、私が手書きに感じる「温かみ」というのは、きっとそんな思いから来ているのかもしれません。
『手書きで来るのは元気の印』ってところでしょうかpencil


参考と言うか何と言うか。
ここ数日、必殺ネタが続いたのでお話しますと。
私の一生の宝物である『念仏の鉄サマ』山崎努さんからの手紙は、見事な手書きでした。でも、便箋二枚にビッシリと書かれた文面は、所々真っ黒に消してあったんです。
注釈や書き足しがされた箇所も、数多くありました。
正直、古の文豪の生原稿みたいな、ものすごい体裁だったのです。
それは山崎氏ご本人が、ご自分の思いを言語化しようと悩み、訂正に訂正を繰り返した軌跡であるわけです。

そこですよ。ここで悩んだ。ここで言い回しを考えた。そういう思いのブレが表れるところが手書きの良さなんです。「行間が読める」とはこういう事なんでしょうか。
私にはその山崎氏の「生の思い」こそが宝物。乱雑に消された部分まで。
だって私の為にですよ。私だけの為に山崎氏は時間を割いてくれ、あの「背骨折り」の右手が、神経質で硬質なあの文字を綴ってくれたんですから。
それほどまでに手書きは饒舌。やっぱりあの指は「ヤバくていけねえ」happy01


もし、あの手紙が活字だったら。事務所が適当に作った礼文だったら。
ひょっとして私は、山崎氏への思いを今まで保てなかったかもしれません。
以前一緒にお仕事をしていた、青木さやかからの年賀状も同じ。
彼女、本当はものすごく繊細で綺麗な字を書くんですよ。
しかも毛筆も達者で。

毎年、必ず朱筆の大きな文字をバックに、こまやかな挨拶文をしたためてくれました。考えてみると彼女からの年賀状に、印刷されたものは皆無でしたね。
彼女のそんな心遣いを、私も見習いたいと思ったものです。


ちょっとお話がそれましたね。いつもながらごめんなさいcoldsweats01
年々配られるカードは減るものの、エレベーターの中で一人楽しむ「新春神経衰弱」。それは私の、お正月のひそかな楽しみです。
次のお楽しみはまた来年。自分も手書きに精を出さないとsweat01


最後に。毎年、この神経衰弱に反則技を仕掛けてくる友人がいるんです。
彼の賀状は全部手書き。何しろ表面の下半分を使って、小さな手書き文字で近況をビッシリと書いてくるつわもので。もちろん、自分の名前はデカデカと。

で、裏面はと言うと・・・
なんとハガキに、昨年撮った写真が一枚、ドーンと貼り付けてあるという。
しかも水糊、手貼りなので糊の厚さが不均一で、ハガキが波打っちゃってるしhappy02
だからハガキが異常に分厚くなっちゃって。

こんなに厚くても、ちゃんと50円で届くのねー。この度胸の良さも彼の個性。
まー神経衰弱で言えば、ジョーカーってところでしょうかhappy01
毎年、二枚分の厚さにドキドキしながらも、目尻は下がりっぱなしですhappy01

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