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2008年12月 2日 (火)

知識の落とし穴

珍しく一時間、チャンネルを変えずに見られた番組が。
1日夜10時からの『カンブリア宮殿』でした。

この回は、各界で成功した企業のトップが、ヒット商品や経営のアイデアを生み出した発想を語るという内容でした。


器用ではないものの誠実そうな村上龍さんの司会ぶりが本音語りに見え、製作姿勢が好きな私は、この番組を時々見るんですが、今回もなかなか面白い回でした。

その中で、ある企業のトップがこんな内容のお話をされました。
「専門分野に長く居すぎると、その分野の常識に埋没してしまって、新しい発想が出来なくなる。」
まあこれは私も経験済みで、今さら聞くようなお話でもないんですが、企業のトップがこれを語るというのはなかなか説得力があります。
「専門分野の常識を捨てる事」に社運を賭けるという攻めの姿勢が、非常に先鋭的に見えたんですね。


確かにこのトップの言葉は、大変頷けるところがあります。
私もこれまで、お仕事でこの真理はいやというほど経験して来ました。
それはほとんどが私の失敗なんですがcoldsweats01 結局、自分で自らの過去の経験に縛られてしまうんですね。
「前回はこう演出したから、今回も」的発想がマンネリに繋がる。
それは本当は、新機軸を試みるリスクから逃げているたけなんですが、自分としてはそうは思っていない。
「それが経験ゆえのノウハウ」と信じ込んでいるだけなんです。
で、現場の事情を知らない知り合いの言葉が、意外に本質を突いていたりして。
『常識に埋没している』という言葉がまさにピッタリ。反省することしきりですweep

もう一つ思いました。
いわゆるマニア世界にも、この『常識に埋没する』という風潮が浸透していないかな、なんて。


これはいつもの私見なんですが、例えば「怪獣映画はこうじゃなきゃ」「ウルトラはこうじゃなきゃ」「ライダーはこうじゃなきゃ」こたいな作品信仰ですね。
これはもうまぎれもなく「作品世界の常識に縛られている」と思うんですよ。

ただ、誤解の無いように申し上げておきますと、これはファンとして作品を応援する立場としてはまったく正しいと思います。そりゃそうですよね。
ファンはゴジラの「ゴジラらしい部分」、ウルトラ、ライダーそれぞれの「外せないセオリー」に惚れ込んで、応援している訳ですから。


「ゴジラはいくら悪役でも、最後はカッコよく敵怪獣を倒すんだ」
「ウルトラマンは巨大ヒーローで清廉潔白。主人公の負けない心と仲間のサポートが、敵に打ち勝つ力を生み出すんだ」
「等身大のライダーは主人公と敵役が地続きの世界観で、悪の体に燃える正義の心がパワーを増幅させるんだ」
みたいな作品の主軸と言うか、まあ骨子ですね。
それは作品内の設定やデザインの意匠に於いても同じで、一目で「これはゴジラ」「これはウルトラ」「これはライダー」と分かるラインを望む。
いや、外せないんですね。
ファンはいくら新作を望んでいても、これまでと180度転換した設定やデザインを受け付けないからです。
どこかでシリーズのアイデンティティーの継続を願っているわけで。

ですから今度のゴジラは、ウルトラは、ライダーはという言い方をするし、自分の惚れこんだアイデンティティー、シリーズが敷いたレールから外れる事を恐れるんですね。
巨大化しないウルトラマンや光線技を放つライダーが成立しない理由の一つは、この「ファンの無言の圧力から来る世界観の固執」によるもののような気もします。


2001年末に『ゴジラ モスラ キングギトラ 大怪獣総攻撃』が公開された時、ファンの評価が二分された事をご記憶の方は多いと思います。
「白目の悪役ゴジラ」「護国三聖獣として新設定されたバラゴン、モスラ、ギドラ」という新機軸に、ゴジラファンはある種の衝撃を受けました。
「こんなのゴジラじゃない」「ゴジラ映画として認めない」という声も多く聞かれ、ファンの間でも賛否両論がありましたね。


私もその渦中に居ましたから、その論議の凄まじさは身をもって体験したクチですが、これもまさに『常識に埋没する』顕著な例だったと思います。
あの作品はある種、ゴジラ映画に対するファンの『予想』を裏切っていた。
でも『期待』は裏切っていなかったと思うんです。

何しろ、これまでファンの脳内で渦巻いていた「ゴジラが吠えればビルのガラスくらい割れるだろう」「放射能火炎を吐けば核兵器並みの威力だろう」といった「見たいもの」をちゃんと映像化してくれたわけですから。
ですから「ゴシラ映画とは認めないけど面白かった」なんて感想も生まれるわけでhappy01


ちなみに私、この作品はまさにど真ん中ストライクでした。
ゴジラ映画の最高傑作と謳われる『キングコング対ゴジラ』もかくやと言う程の惚れ込みよう。「これまでのゴジラを超える為には、もはやゴジラの常識に縛られてはならない」派ですのでhappy01
以前にもお話しましたが、翌年の『ゴジラ×メカゴジラ』にひどくガッカリしたのは、従来のゴジラ映画に戻っちゃった落胆があったからです。
たとえ機龍がカッコよくても、思った通りに進むストーリーやお約束のゴジラ造形、あいも変わらぬ破壊シーンに新味は感じませんでした。
私はゴジラに、寅さん映画の安定感を期待しているわけではないからです。


誤解の無いように申し上げておきますと、私だってファンの一人としてゴジラやウルトラ、ライダーは大好きです。でも『変革』は欲しいと。
シリーズの人気にあぐらをかき、これまで試されてなかったからという理由のみで作られる『隙間設定』や『残り物デザイン』は、見ていて辛いんですよ。
作り手の追い詰められ感が透けて見えてweep


前述の通り、確かにファンの間なら、そういう「自分が好きな世界観」を崇拝し、新作に期待する姿勢はまったく間違ってはいないでしょう。
でも、冒頭の企業トップの言葉のように新しい発想を生み出そうとすれば、一度、自分が憧れた作品世界を否定すること、作品内の常識に埋没しないことが必要かもしれません。
そういう意味でファンとクリエイターは、作品という物をまったく逆の方向から見ているのかもしれませんね。


「知識」と「発想」は別のベクトルを持っています。
新発想には知識や経験が邪魔になる事だってありますし。
『装甲騎兵ボトムズ』でスコープドッグをはじめとするミリタリックな各種ATをデザインしたメカデザイナー、大河原邦男さんが「自分がミリタリーマニアではなかったから、兵器の常識に縛られずにATがデザインできた」と語っているのも有名なお話。
やはり新発想には、専門分野の知識が邪魔になるんですね。


で、知識や作品への愛を否定し、ゼロに戻って考えてみる。
その結果が既存の作品に近くなったら「それもアリ」なんですよ。

ゼロという出発点から発想に至る道に、やはり既存の作品が立ちはだかっていたと。それを認めると認めないのでは、発想の深みがまるで違ってきます。
以前にもお話したように、ベタにはベタの理由がある。これを知る事も大事です。その良い所は採り入れ、またゼロから発想すればいいと。
ただ、あからさまなコピーはいただけませんが。


たまたま私はオタクですからhappy01 ついオタクジャンルの例ばかりを引き合いに出してしまいましたが、これは全ての物事に当てはまりますよね。
「なんでこんな道具が無いんだろう」「こんなサービスがあったら便利なのに」と思う立場の人って、総じて受け手側、専門知識の無い素人さんばっかりですもんね。
その「なんで無いの?」という疑問、それこそが新発想の糸口なんですよ。
そこから、送り手側の事情など一切無視して発想していけば、一つのエポックが生まれる。


容器入りのラーメンにお湯を注いで作るとか、サンダルのかかとを切り取るなんて乱暴な発想は、おそらく専門知識を持つ企業側からは生まれないと思います。
素人だからこそ出来る斬新なアイデア。実は企業側も、そういうフレッシュなスタンスを求めているんですね。

ただこの場合、考える側も「発想の無責任さに責任を持つ」必要があります。
「この商品、なんか不便なんだけど、どう変えればいいのか分からない」
「自分なら、既存の作品をこう変えたいけど、漠然としか思いつかない」
レベルではモノにならない。他人の頭の中は覗けないからです。
発想が突飛であればあるほど、商品や企画が一つの形になるまで、人に伝えられるレベルになるまでしつこく考え続けなければなりません。

その出来はともかく、他人を納得させるレベルまで練りこまなければ、それは「ひらめき」ではなく単なる「思いつき」に過ぎないと思います。
そこまで考えて、初めて他人の評価の対象になるわけで。
それは自分にも、厳しく言い聞かせているんですがcoldsweats01


詳しいから生み出せるんじゃないんです。
知らないから乱暴な発想が出来るんです。

という事は。ウルトラセブン以降、ライダーV3以降の知識を持ち合わせない私なんか、けっこうな爆弾発想が出来そうな気がするんですが・・・
逆に、愛するスペクトルマンなんか知識に縛られすぎてるせいで、なーんにも新アイデアが浮かばないですから。
どんなに頭をヒネっても、出てくるのは安直なリメイク案ばかりでcrying


久しぶりに、成功者から新発想の厳しさを学びました。
愛とアイデアは両立しないのでしょうか。

新ヒーローを真剣に突き詰めていく姿勢ゆえ、これからはイバラの道を踏み分けていく事になりそうです。
そのトゲの痛みは極上でしょうけどhappy01

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「日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

おはようございます。
こちらのページ(http://www.itmedia.co.jp/news/articles/0810/31/news118.html)の記事等もけっこう今回のMIYUKIさんの記事と重なるところがあるかな、と思いました。

自戒を込めて言えば、あるジャンルを好きだから、詳しいからそのジャンルにおいていい作品が作れるとは限らないんですよね・・・。むしろ足かせになりうる。ファンのみが喜ぶ再生産はできても。少なくともそのジャンルしか嗜好してこなかった人間ではそのジャンルにおいて発揮できる力は最初から限界があり、また予測範囲内に収まってしまいますし。
一人の作り手としてはいかに引き出しを多く持ち、冷静にそれを使いこなせるかが大事だし、監督やプロデューサーになればいかに多様な種類の人間を招き入れ統率できるかが大事なのだろうな、と思います。それはかなりしんどい作業なりますが新しいものを作るというのはそういうことだとも思いますし。

以前こちらでも話題になった『王道』をちゃんと認識しつつ、大胆にそこから踏み出す覚悟もいるでしょうね。

最後にちょっとあつかましいお知らせ、お願いがあるのです。下記ページの企画に私も応募しているのですが(絵コンテ部門)、もしよろしければ見ていただ忌憚の無いないご意見等頂けると参考になります。演出が本職でいらっしゃるMIYUKIさんにはお見苦しいは思いますが・・・。

http://www.nhk.or.jp/paphooo/project/gehara.html

遅くなりましたが、お誕生日おめでとうございます~
自分の好きな有名人と同じ誕生日なんで、、、なんかご縁を感じます。。

オタクイーンさんのコタツ模様替え、、、うーんナイスです。。
この環境、自分もほしくなり年末に向け模様替え計画中です。
やはり日本人にはコタツ文化といいますか、座り民族なのか、なぜかほっとしますね。

『ゴジラ モスラ キングギトラ 大怪獣総攻撃』は自分も平成ゴジラでは一番好きです!!
でも巷では賛否両論なんですね~~
あの強い冷酷なゴジラ、、唯一ゴジラに恐怖を覚えました。
内心ゴジラよりも強いと思っていたキングギトラでさえ圧倒する力、、、護国三聖獣という日本神話を感じる設定も好きです。
どの分野でもそうですが、いわゆる定説ってありますよね、、なかば常識としてマニアが知っている知識。
これも案外そうじゃない部分や本質ではない違った評価をしている部分も結構あります。
そういう常識を覆す事実に突き当たるときって専門分野の常識ではなく、世の中の常識で見たときが多いような気がします。
そう言っても、自分も斬新な設定が出てくるわけではないのですが。。。。。(笑)
たとえば、「邦画としてウルトラを企画するとして興行として成立させるには?」なーんて考えてみたいですね~
当然、スリル・恋愛は絡ませないと。。。うーん、脳足らずっす。。。^^::

MUGI様 返事が遅れ申し訳ありませんでしたcoldsweats01
さっそく、ご教示のアドレスを拝見させていただきました。
まー富野監督はああいう方ですからhappy01 同じ道を進む者にも激しくオリジナルの追及を叱咤しますよね。
でもそれは、現場の立場で数々の修羅場を経験してきた者にしか言えない言葉とも思います。
「伝説巨神イデオン」TV版放送当時、サンライズで制作進行を担当していた人を知っていまして、彼も当時を振り返って「富野監督の下で地獄を見た」と言っていましたshock

でも難しいのは、リスペクトの対象物に自分があまりにも心酔しすぎていると、その引力から逃れられないという事なんですよね。
何を考えてもオリジナルの影響を受けてしまう。
おっしゃる通り、「むしろ足かせ」なんですよ。
作品を冷静に把握し、客観視できるかという点が、ファンとクリエイターの間に引かれる明確な一線と思います。
厳しいですよね。自分の好きな作品を一度突き放すって。
でもそれが出来なければ、おそらくプロにはなれません。

さて。ご案内頂きました「パフォー」の「ゲハラ絵コンテ」、拝見させて頂きました。
私からの意見という事、また長文になりますので、一応、パフォーHP上には書き込まず、このコメント欄に記させて頂きます。

まず初見での印象ですが、往年の怪獣映画の雰囲気に「ゲハラ」という怪獣の特徴をうまく採り入れたコンテと感じました。
P4~P6・体毛の「火炎瓶攻撃」なんて、非常に斬新かつビジュアル的な映像センスと思います。
カメラ位置や動きのタイミングにやや樋口テイストが感じられるのもご愛嬌ですね。
ゲハラ登場シーンやP4頭の着弾タイミングなど。
凄いのは、動画演出のセオリーからほぼ外れていないところですね。
プロの匂いを感じます。ひょっとしてMUGIさん、ご同業だったりしてhappy01

正直言って、映像で見てみたいシーンのつるべ打ちですが、
唯一、残念な所があるとすれば。
このみうらじゅんさんのオーダーって、「1分程度のシーン」ですよね。
私がこのコンテを演出すると仮定して、コンテを脳内再生しながら所要時間をストップウォッチで計ってみたんですが、私のリズムでざっと、3分57秒。
お分かりでしょうか。1分ではこのシーン、全ては再現できないんです。
ただ、これは打ち合わせの段階でブラッシュアップさせていけば良い事。
さほど大きなマイナス点ではありません。
総じて、怪獣表現の可能性を感じる、見事な絵コンテと思います。

私なんぞの印象など何の参考にもならないと思いますが、採用され、実写化される事を祈っております。
もちろんご要望あれば、パフォーHPにも書き込ませて頂きますよhappy01
こうして新しい創造の場面に立ち会える事って、本当に幸せですね。
これからもよろしくお願い致しますhappy01

 作品世界の常識に縛られない新作=賛否両論→『ULTRAMAN N PROJECT』もそうですよね。
 観たかったなぁ『ULTRAMAN2 REQUIEM』(遠い目)


※僕のブログにコメントいただいていたのにお返事が遅くなってすみません。

大和少年様 ありがとうございますhappy01
返事が遅れ、申し訳ありませんでしたcoldsweats01
いやーでもさすがに、有名怪獣と誕生日が同じというのは縁を感じますね。
女子としては女優さんの方がよかったりもしますが
(うーん私が言っても説得力が無いかcoldsweats01

ここ数日、名古屋は妙に暖かい日が続いていて、日中はこたつが不要な程なんですが、朝晩はやはり、一度入ると抜けられなくなりますねhappy01 
落ち着いちゃうんですよなんとなく。
おっしゃる通り、日本人は基本的に「直座り文化」なので、こたつはしっくり来るのかもしれませんね。
こたつはテーブル機能と暖房機能を同時に手に入れられるので、床暖房やホットカーペットに比べてコストパフォーマンスが高いんですよ。これは意外な発見でした。
大和少年さんも、一度ハマると抜けられなくなりますから、ご用心下さいねhappy01

ファン間で『GMK』と表される『大怪獣総攻撃』ですが、どうも私の感触では、あの作品が受け入れられなかった方々は「これまでのゴジラ映画の常識を否定している所」がお気に召さないようなんですね。

ゴジラファンの嗜好も多種多様ですから、そういうご意見もあってしかるべきなんでしょうが、私としてはあのゴジラこそ、初代ゴジラの恐怖感を最も再現できたゴジラに見えました。
ゴシラの本質を表現するには、もはやゴジラであってはならないのかもしれませんね。昭和のメカゴジラやGMKゴジラのように、別物であるべきなのでしょう。
これもあくまで私見ですがhappy01

作品に心酔する為に、私も含め、ファンはえてして「世間一般の評価基準とのズレ」を認識出来ません。
クリエイターはそういう「ファンである自分」を客観視し、視点を一般基準に置く事が必要です。
でなければ永遠に、ファンの間のみで評価される『閉じた作品』になってしまう。
それは、一般基準との溝をますます深くしてしまうような気もします。
閉じた作品の閉塞感に風穴を開けるためには、やはり一般基準からの見方が必要なのでしょうねhappy01

「邦画としてウルトラを企画するとして興行として成立させるには?」は面白いテーマですね。
確かに今、ウルトラは「子供と大きなお友達」の世界のみを狙った「閉じた作品」ですから、邦画として成立させるには新しい視点が必要になりますね。
またいろいろ、考えてみたいと思います。
斬新なテーマを、ありがとうございましたhappy01

喬鬼様 そうですねー。
確かに劇場版ULTRAMANやネクサスなどは、意欲作にも関わらずウルトラのセオリーを外していた為に、ファン間に物議をかもしだしました。
これが日本のオタク文化の現状なんですよね。「仮面ライダーJ」しかり。
やっぱり出る杭は打たれるんでしょうかcoldsweats01

ベタの良さを守りつつも斬新な発想を成立させる事。
喬鬼さんも私も、この相反するオーダーのバランスを取りながら、新ヒーローの創出に挑んでいるわけです。
難しいのは当たり前なんですよねcoldsweats01

まあでも、難しいほどやり甲斐もあるもの。
お互い、頭を柔らかくして行きましょうhappy01

先ほど、貴ブログを拝見しました。
素晴らしいご提案、ありがとうございます。
私などには勿体無いですが、せっかく喬鬼さんの新デザインに関われるのですから、これは千載一遇のチャンス。
興奮しながらリクエストを考えておりますので、返事はもう少しお待ち下さいhappy01

 私なんかは、まさに「閉じた世界」の住人なので、新しい発想ができません(^^ゞ いにしえの作品に新しい発見をして喜んでいるのが関の山、というスタンスなもので‥‥。

 クリエイターは大変ですネ。その苦労はわかります。で、その苦労の根本は「シリーズをつくる」というところにあるのだと思います。

 『ウルトラセブン』は、「宇宙から来た巨大ヒーロー」「宇宙人・怪獣の脅威に対抗する組織」という設定に、非常に『ウルトラマン』に似たものが感じられます。しかし『ウルトラマン』の世界観とは離れていたことで、かろうじて別シリーズとしての独自性を保てていたように思います。「カプセル怪獣」に『ウルトラQ』や『ウルトラマン』での人気怪獣を登場させる案があったり、怪獣や宇宙人が大挙して攻めて来る未映像化エピソードの脚本には、やはり旧作の怪獣の再登場させるものがあったりしたようですが、それをしなかったことで『セブン』の独自性が保てたと思うのです。
 ウルトラがシリーズの方向に進んでいったのは、『帰ってきたウルトラマン』という企画で、ウルトラマンを復活させようとしたことで既に決まってしまったのでしょう。「過去の作品に頼った新作」がスタートし、どんな世界観だろうが「ウルトラ兄弟」が登場することになっていくのです。そこには「同シリーズ
としての類似性」を保ちながら、同時に「他作品との差別化」を図るというムリが生じることは当然です。

 ライダーのシリーズでは、世界観が続いた『V3』はシリーズとして成立するのでしょうが、それ以降は同様なムリに苦しんでいるようです。特に平成ライダーは、オタクイーンさんがおっしゃる「隙間設定」「残り物デザイン」で凌いでいる、という感が強いです。

 もう、こういうシリーズで制作すること自体がムリであることは、ファンも制作側も気付いているのでしょう。最近は「仮面ライダー」という冠はついていますが、全く別物のようなデザインになってきました。それぞれはそれなりに面白い番組企画だと思います。ただ、「仮面ライダー」という冠に縛られているために、「ライダーらしさ」を求める人が残っているのでしょう。
『ネクサス』も、たとえば『ミラーマン』のような全くの別シリーズとしてスタートしていれば、よくできた作品であるだけに、人気作になっていたかもしれません。(歴史に「もしも」はありえませんが‥‥。)あれが「ウルトラマン」というくくりにされたことで、違和感を持つ人がいたのでしょう。全ては大人の事情による「ヒットが約束された冠」の呪縛のためだと思います。
全くの新しい特撮ヒーロー作品として制作された『セイザーX』や『リュウケンドー』が高評価なのは、それが「新しい作品」であったからではないでしょうか。

 私は『GMK』は未見なので、突っ込んだ意見が言えませんが、『×メカゴジラ』は「よくできた怪獣映画」として楽しめました。
 シリーズが残っていくには、シリーズとして新キャラクターを生み出し続けるのではなく、設定を活用した「新エピソード」として続けるという可能性は残っていますネ。このあたりの発想が「閉じた世界の住人」の限界です‥‥(^^ゞ

いつもながら丁寧なお返事ありがとうございます。

>『閉じた世界』
いわゆるジャンルものは強固なレッテルと先入観を持って世間に受け止められますね。所詮は子どもとマニアのためのものだとして。これはずっと閉じた世界で再生産を繰り返してきたツケでしょうか。これを打破するのは並大抵ではないでしょうし、ジャンルものはジャンルものとして今後もその世界を維持していけば良いという方向性もあるかとは思います。でも新しい境地に達し、今後も生産ではなく創作となっていくには考えざるを得ない問題だとも思うのです。
その一方で『大人の鑑賞にも耐えうる』とか『一般の客の鑑賞にも耐える』と謳った作品が魅力に乏しいものになってしまうのは一般客(この概念も甚だ抽象的ですが)の視線を気にするあまりジャンルものならではの魅力や長所がスポイルされてしまうからかもしれません。あたらしい要素を加えたり、へんに味付けをアレンジしたりセーブするのではなく本来そのジャンルが持っている魅力をちゃんと多角的に理解し、それを徹底的に表現(作劇としても技術的にも)する努力を払うしかないのかなぁ、と思います。
本質の再確認しそのポテンシャルを引き出すというのはどんな創作でも本質的なアプローチですが至難なことも事実ですけど。
『俺は強さの究極を極めたわけではない。単に俺自身の限界を極めたにすぎん』という某マンガのキャラクターの台詞が実は私の座右の銘のひとつです(笑)

>絵コンテ
ご意見ほんとうにありがとうございます。勉強になります。まともな絵コンテは初めて描いたので、色々苦労はしました。
尺のことは自覚はしていましたが、とにかく思いついたことを詰め込みたいという思いに勝てませんでした。プロの仕事とはいえないと思うのですが、素人参加企画
ということでそういう勢いを重視してしまいました・・・。
あともしよろしければ簡単にでいいのですが『動画演出のセオリー』をお教え願えないでしょうか?

また長くなってしまい申し訳ないです。

自由人大佐様 いえいえ、大佐さんは別に「閉じた世界」の方とは思いませんよhappy01
別に、閉じた世界が悪いわけではありませんが、大佐さんの守備範囲はむしろ音楽方面、特撮番組への考察も、一般基準とのバランスが取れているように感じますし。
むしろ映像ジャンルを生業とする私の方が、閉じた世界に引き込まれる危惧をいつも感じているくらいでcoldsweats01

お仲間とのやりとり中でよく話題になるんですが、ウルトラマンとウルトラセブンって、実はまったく違う発想から生まれたものなんですよね。おっしゃる通り、帰りマンから無理矢理シリーズ化された為に、本来別作品であった初代マンとセブンが一つのシリーズに組み込まれてしまった。
ウルトラ兄弟の設定が確立した後にシリーズを目にした後年のファンはこの経緯を理解できない為に、当時の円谷プロが特撮作品の可能性を広げるべく果敢に挑戦した足跡を感じられないわけです。
言わばこれは両刃の剣で、ウルトラシリーズという「閉じた世界」に対してコアなファンを生むと共に、逆に「ウルトラ=子ども番組」という評価を一般視聴者に与えてしまった訳です。
私の周りにも、新作ウルトラの内容を確認もせずに「ウルトラだから見ない」という人々も非常に多いです。
この現象は特に「ガンダム」などにも顕著ですね。
水戸黄門の印籠にも匹敵する「だって子ども番組でしょ」という絶対的なブランドイメージは、かくも強固なものなのですhappy01

ライダーの例しかり、シリーズ化はその路線自体、「先鋭化するファンと反発する一般客」という二極化を生みます。
これは仕方がない事なんですね。で、送り手側もシリーズの中で新機軸に挑戦しようと思っても、ブランドイメージを期待するファンの予想を裏切れない。
それは私も実感していて、自分の担当する番組でも「内容やテイストを変えてしまったら、これまでのファンを裏切る事になる」という強迫観念にいつも悩まされていますcoldsweats01

とはいえ、その安定した路線にあぐらをかく事は、送り手がクリエイティブな発想を放棄した事に他なりません。
安定と攻めの姿勢。その相反する欲求にいつもさいなまれながら、送り手は日夜作品に挑んでいる訳ですhappy01

おっしゃる通り、『ネクサス』がウルトラシリーズとして製作されていなかったら、意欲作として受け入れられていたかもしれませんね。ただそこに『ウルトラという冠をつけなければ企画が通らない、予算が出ない』という大人の事情が存在するのも確かで・・・
こうなるとむしろ、送り手の思いと言うより「商売上の理由」ですね。でもクリエイターは、それさえも避けて通る事はできません。
作品は子供向けでも、そこには確かに「お金が動く大人の世界」が存在するわけですから。

大佐さんのおっしゃる「新エピソード」という発想は、閉塞状況を打破する一つの突破口のような気がします。
ただこれも至難の技で、以前話題にした「ウルトラマンがゼットンに倒されていなかったら」みたいなIFの世界は、エピソードのテイストも変容していかざるを得ない。
同じ設定で新エピソードを作り続けるのは、サザエさん並みに難しい事なのです。作品は生き物ですから。
かように様々な事情を加味しながらも、作品作りは送り手を魅了してやまない魅力に溢れています。
だからやめられないんですね。きっとhappy01

決して無理にではありませんが、もしよろしければ、お時間ある時にでも一度『ゴジラ モスラ キングギドラ 大怪獣総攻撃』をご覧頂ければ幸いです。
またご感想などお聞かせ頂ければ、これに勝る喜びはありませんhappy01

MUGI様 そうですね。ジャンル作品には一般作品にはない、独特の魅力がある事も事実です。

実は記事内の『閉じた作品』という表現は、平成ガメラに対する評価文から採ったものです。
金子修介監督はその演出姿勢に於いてそれを非常に意識していたようで、「これ以上踏み込むと怪獣映画ではなくなる」というラインを語るコメントが散見されます。。
確かにこの姿勢が平成ガメラを怪獣映画として成功させた事は間違いありませんが、同時にそれは「怪獣映画が好きな人」と「嫌いな人」の二極化を生んでしまう。
例えば「インディ・ジョーンズ」や「パイレーツ・オブ・カリビアン」シリーズなどの冒険アドベンチャーは、マニアックかつ先鋭的でありながらも、老若男女全てを楽しませる魅力に溢れていますよね。レンタルDVDの回転率がそれを証明しています。
「ジュラシック・パーク」シリーズなんて、モンスターを扱っていながら、ガメラとの差がさらに顕著ですよね。

それらの作品と「ガメラ」の差はそこにあります。
「インディ」「ジュラシック・パーク」は、決して薄くはないのに一般客に受け入れられる。それに対して「ガメラ」は濃いのに受け入れられにくい。

平成ガメラをして「閉じた作品」と言わしめる理由は、そんな所にもあるのでしょう。
誤解無きよう申し上げますが、私はそれら全ての作品を分け隔てなく愛しています。
どれも素晴らしいエンターティメント作品と思いますしhappy01
ただこの差は決して、予算や市場の差だけでは無いような気がするのです。
もっと根本的な、作品に対する姿勢の違いのような。

で、思うのですが、その「作品に対する姿勢」の根源にあるものって、おそらく送り手の原体験なんでしょうね。
ですからその「原体験」が理解できない観客は、それほど作品に没入できない。
怪獣映画が一般作品だった頃に原体験を過ごした年代にしか分からない一種の同時代的連帯意識が、ガメラを「閉じた作品」化しているのでしょう。
ただそういう意味では、私など年代的にはまさに「閉じた世代」。
双方の作品が楽しめる理由はそんな所にもあるのでしょうねhappy01

さて。絵コンテについてですが、これがMUGIさんの初コンテなんですね。
何かを参考にされたのでしょうか?非常に基本が出来ているように感じました。
決してお世辞ではありません。採用されるといいですねhappy01

『動画演出のセオリー』を簡単に・・・
うーん、難しいですねcoldsweats01 これは専門分野のノウハウのようなものなので、抽象的には語れないんですよ。
MUGIさんに、作画基本の簡単な説明を求めるようなもので。
ましてや動画は動きや音、エフェクトなどを伴うものなので、静止画よりさらに説明が複雑なのです。
決して静止画と動画の労力差を言っているわけではありませんよ。
かつてデザインを学んだ私の印象です。誤解なきようcoldsweats01

おそらく非常に乱暴に言えば、「画角の選び方やカットの繋ぎ、画面を構成する要素の方向や大きさ」が、基本中の基本なのでしょう。
ただこれもほんの一部。しかもケースバイケースですから基本は無限にあります。
要は「こういう作品ならこれが基本かな」くらいの感覚、それも何年かの現場経験から導き出される「感触」に過ぎないとご理解下さい。

舌足らずな解説で失礼しましたcoldsweats01
以前も他の方と、カット割りのイロハについてやりとりをさせて頂きましたが、こういう事って本当に意義がありますね。
改めて、お仲間の存在に感謝したい気持ちです。
これからも、なにとぞよろしくお願い致しますhappy01

コメント、ご教授へのお礼が遅くなり申し訳ありませんでした。
セオリーについてはご無理を言ったようで恐縮です。充分に勉強になるお言葉です。ありがとうございます。

コンテ制作に関してはあえて絵コンテそのものはあまり見ないようにして、色々映像作品を見たり頭の中でシミュレート(妄想ともいいますが、笑)したものを描いていきました。心がけたのはつねに画面のフレームの外の部分(映らない部分)を意識し、次々と動きやカメラをそこに向けることで世界の広がりや動きのスケールを出せないかということでした。今見ると少々せわしなくグルングルン、カメラをぶん回し過ぎなきもしますが。
ちなみに普段のイラストではいかに限られた画面で広い世界や空気を感じさせるかを意識します。

こういう濃いお話をできる場はなかなか無いのでこちらこそうれしく思っています。今後もよろしくおねがいします。
それはそうと今年中の部活はなんとなく来年に持ち越されそうな気配も感じますがどうなりますことやら・・・

MUGI様 返事が遅れ申し訳ありませんでしたcoldsweats01 
私などが偉そうに意見など申し上げ、恐縮しておりますcoldsweats01
セオリーという物はなかなか一言で伝える事ができません。
現場ではみんな、先輩の持つセオリーを「盗んで」いますhappy01

実際に映像作品を見て学ぶという姿勢は、実際の映像クリエイターも実践している事です。
絵コンテを描く技術が上手くても、肝心のカット割りが良くなければお話になりません。映像クリエイターは浴びるように作品を見る事で、カットワークのリズムや意味を体で覚えていくのです。
画面のフレーム外を意識するというMUGIさんのお考えは、故円谷英二氏のポリシーでもありました。突き詰めた所、映像とはカットの繋がりやフレーミングによって、物語の広がりを受け手に想像させるメディアであるからです。
ですから最初は上手く行かなくて当たり前。カメラだって振り回したくなりますよね。
素人ビデオがやたらズームやパンを繰り返すのと同じです。
そこをじっと我慢できるようになれば一歩上達、というわけでhappy01

たぶんこれから、部員の皆さんともこういうやりとりが増える事でしょう。
私もまだまだ発展途上ですから、共に学んで行ければいいですね。
でもホントに、部活の連絡が来ませんねcoldsweats01
いよいよ師走ですからねー。皆さんも忙しいことだし。
おっしゃる通り、部活は来年に持ち越しかも。
ひょっとしていきなり新年そうそう、招集がかかったりしてcoldsweats01

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