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2008年9月16日 (火)

ウル検・勝手に第81問

先日もお話した通り、例の「ウルトラ検定・3級」の結果が届きまして。
自己採点で分かってはいましたが、全80問中・75問正解で94点。
無事、3級に認定という事で。

お祭りとしては、それなりに楽しくもありましたが。
でもそれから数日、なんか空しい
何でしょう。この空回りする気持ちは

たぶん、こういう事でしょう。
『私はウルトラに、知識でアプローチしようとしていたんだろうか?
ウルトラ世界や舞台裏の単語を正確に記憶している事が、私のウルトラへの愛だったんだろうか?』


決して、満点を取れなかったことへの負け惜しみとかそういう事じゃないんですが
すでにこの疑問は、受検前から感じていたんです。
「だったら、そもそも受けなきゃいいじゃん。検定ってそういうものでしょ。」
そんなご意見もごもっともですね そりゃそうです

でも受検現場へ行けば、また新しい何かが見えてくるんじゃないかなんて期待があった事も事実なんですね。予想もしなかったアクシデントとか。
「まさかこんな問題が」みたいな、知識だけではどうにもならない「愛」を試すようなトリッキーな仕掛けがあれば、なんて。
でもまー、そんなミラクルはなかなか無いもので。

全国規模のイベントですからそこまでの大仕掛けを仕込むのも大変でしょうし、期待する方が無理ですよね。妄想した私に非があるというものでしょう。

そんな妄想を抱くのは、昔、私が経験した、ある入学試験のせいかもしれません。
コメントなどで何度かお話していますが、私は昔、デザインの専門学校へ通っておりまして。その学校の入学試験に、こういう問題があったんです。



問題用紙に描かれていたのは、ある架空の動物のイラスト。
確か木の枝にぶら下がった足の長い動物で、めがね猿と鼠の合いの子のようなフォルムだったと記憶しています。
うろ覚えですが、こんなような問題文でした。


「この架空の動物が誕生した背景・その生態を想像、推理し、文章にて説明せよ。文字数制限無し。」



それまでの人生の中で、私はこんな問題に出会ったことはありませんでした。まーそりゃー、当時の私は高校生活までしか経験していませんから、ここまで常軌を逸した問題に遭遇する機会がなかったんです。
と同時に、この「人間の想像力を試す」「どこまでオリジナリティーの翼を広げられるか」という出題者の狙いには、大きな刺激を受けました。
「これって知識を試すというより、受験者への挑戦じゃないの。」
当時の私はこの一問に大感激。解答用紙が真っ黒になるまで「怪獣私見」を書き込んで、一人悦に入っていたおバカな思い出があります


今にして思えば、それは大学や企業で実践されている論文問題や、発想力テストに近いものだったんですね。
受験者の発想や物事に対する考え、それを人に伝える文章力を試す狙いがある訳です。どこまで他人と違う発想を持てるか。ユニークなアイデアを出せるかにかかっているんですね。
ですからおそらく、この手の問題に正確な点数はつけられないでしょう。
出題した教授が気に入れば合格、なんてレベルのお話で。


私はこういう問題、と言うより「テーマ」が好きなのかもしれません。
ですから「既に決まっている単語や知識を、いかに正確に覚えているか」というジャンルに愛が向かない。「暗記する事」に興味が湧かないんです。
確かに知識は重要ですが、知りすぎていると発想力の邪魔になる。知識だけで物事を構築しようとする為に、発想しようとする回路が働かなくなっちゃうんです。
兵器マニアが戦車のプラモデルを作る際、時々「資料がないから作れない」病に陥る場合がありますが、ちょっと「発想回路の欠落」に通じるような気もするんですね。

もし、そういう史実や知識に愛を注いでいらっしゃる方が不快に思われたらお詫び致します。
そんな皆さんには本当に敬服いたします。決して誤解なさらぬよう。

これは資質の問題。頭の足りない私には到底出来ない事なので
「まーたオタクイーンがおバカ言ってるわ」なんてお笑い頂ければ幸いです



もうお分かりでしょう。私が「ウルトラ検定」のどこに物足りなさを感じたか。
私は今回、3級の問題を15分くらいで終えたんですが、その後ちょっと空しさを感じてしまって。
「これを全問正解する事に、どんな意味があるんだろうか?」
「単語を知ってるって、それほど重要なことなのかな?」

で、今。届いた3級の認定証を手にして、こうも思いました。
「知識って、試すものじゃなくて
『活かす』ものじゃないのかな。」
「確かに知識は3級だけど、私は決して
『ウルトラ力』は高くないな。」


私が漠然と感じた『ウルトラ力』
それはつまり「ウルトラ世界が42年の歴史と共に陥ってしまった袋小路に、この先どうやって新しい光を注ぐのか」という発想の力とでも言うのでしょうか。


過去、ウルトラQ、初代ウルトラマン以外のウルトラシリーズに『ウルトラ力』を感じた瞬間は一度しかありません。
「ウルトラマンティガ」最終三話のみです。好みもありますのであくまで私だけの思いですが。
こればっかりは「やられた!」と思いましたね。
初代ウルトラマン以来、二度と味わえないだろうと思った新鮮な感動が駆け抜けたあの三部作は、これまでのどのウルトラとも違っていながらまさに「ウルトラでしか味わえないドラマ」でした。
これまで「ネヴュラ」でも何度かお話してきましたが、あの三部作こそ、「過去の遺産に捉われない、新しいウルトラを作ろう」とするスタッフの思いが結晶化した瞬間だったのです。


きっと私は知識ではなく、ティガを生み出したクリエイター達の志を目指しているのでしょう。でもそれは、ティガの知識を得る事ではないわけです。
ティガと同じ事をやっていては、ティガを超える事は絶対出来ないからです。
「スカイタイプが出た回は何話と何話」とかそういう知識じゃなくて


例えば、私の思う『ウルトラ力』が試されるような出題が、今回のウル検・3級で出題されていたとしたら。それがまさに「予想もしなかったアクシデント」。
そりゃーもー私は狂喜乱舞。他の問題は全部放っておいて、その回答だけに全精力を傾けるでしょう。
その結果、もし3級に認定されたとしたら、私は今ほどの空しさは感じなかったと思うんですよ。まー無責任な物言いですから、ウル検関係者の方々が反省される事は全くないんですが


前述のように、この手の論文回答は点数化しにくいですし、採点にも手間がかかるでしょう。子供さんも多く受検されましたから、文章力などに不公平感もありますし。
であれば問題とは別枠で、お遊びとして一問くらいそういう出題があっても良かったかもしれませんね。採点外の自由参加扱いで。
回答の中にユニークなものがあれば、ウル検公式HPで発表するとか。
そんな回答の中に、未来のウルトラ作品のヒントが埋もれているかも知れないじゃありませんか。ウルトラ好きが集まるまたとない機会ですし。

実はそういう部分を期待していたんですよ。


ここまでお話すれば、カンのいい「ネヴュラ」読者の皆さんはもうお察しでしょう。「例えばこんな問題はどう?なんて考えてるんでしょ?」
鋭い まさにその通りです。これがブログの利点。
好き勝手書いちゃいますが、例えばこういうのはどうでしょうか?



ifQ.
もし、ウルトラマンがゼットンに勝ち、地球に残っていたとしたら、その後の『ウルトラマン』というテレビシリーズはどういう展開になっていたと思いますか?
また、ウルトラシリーズはどう続いていたと思いますか?



Photo『ウルトラマン』最終話「さらばウルトラマン」で、ウルトラマンを倒した宇宙恐竜ゼットン。ウルトラマンはゼットンに敗れ、地球を去ります。
もし、ウルトラマンが超能力でゼットンを倒し、地球の危機を回避したとしたら。その後のウルトラの歴史は、今私たちが知るものとは全く違ったものになっていたのではないでしょうか?
セブンは?新マンは?またQに戻る?あるいはウルトラシリーズは「マン」で終わっていたかも?となると、その後の「兄弟」の登場もなかったかも?
あのゼットン戦の結末をちょっといじるだけで、ウルトラ世界の歴史はまったく変わってしまうのです。
言わば「バック・トゥ・ザ・フューチャー」的発想ですね。
後のシリーズにリスペクトしたファンは、そもそもそういう発想からしてあり得ない。自分の好きなウルトラキャラを抹消する事にもなりかねませんから。
とはいえ、決してセブン以降を否定しているわけではありませんよ。
あくまで思考実験ですので、そこは誤解無きよう


知識のみに傾倒していると、こういう発想はなかなか生まれにくいものです。
「だって、ウルトラマンはゼットンに倒されてるじゃん」という所で思考が止まってしまう。

これがオリジナリティーを生み出す上で邪魔になるんです。
少なくとも私の場合は
「知識や歴史を知るから新発想を得られる」というご意見もおありでしょう。
でも「知る」と「縛られる」とは違うんですよね。
私は知識や歴史に縛られたくないと


たぶん「ティガ」を生み出したスタッフは「ウルトラマンはM78星雲の宇宙人」という先入観を打破したからこそ、あの世界観に至る事が出来た筈なんです。私はその部分を賞賛したいですね。
だからこそ「歴史のif」に抵抗がありません。


でも、「翌週にクール星人が攻めてきて」あたりのあるあるネタは今ひとつですね。ましてや「いやいやバンデル星人が」というのも何だか
「ウル検・勝手に第81問」としてお考え下さい。
こればっかりは、知識だけではどうにもならない。
この問題、貴方ならどう料理しますか?
「39話で現場がギブアップしたから」とか「新マンでは初代マンの登場が予定されていた」などの史実はこの際、忘れてみて下さい。
逆に、知識に逃げ込まないことで、純粋に「自分はどういうウルトラが見たいのか」が分かるかもしれませんね。


例によって私が書いちゃうと、また皆さんの発想を妨げる事になりますので、あえて私見はお話しません。
ご自由にお考え下さい。賞品は何も出ませんが


残暑厳しい日中ですが、夜は涼しくなってきました。
ちょっとifの世界に思いを馳せる秋の夜長も、なかなか良いものですよ。
これがホントの「ウルトラQ」だったりして

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コメント

 知識に偏る私にとっては、これは難問‥‥(^^ゞ

 やはり知識からの発想となってしまいますが、「撃つな!アラシ」や「小さな英雄」などのエピソードが後期に登場したのを見ても、人間ドラマに重点を置いたエピソードがより多く生まれたのでしょうネ。
ホシノくんの怪我が癒えて撮影に復帰し、正式に新人青年隊員として成長する物語なんかが生まれたのではないでしょうか。手柄を立てようと勇み足をしたり、怪獣の本当の怖さを知ってスランプに陥ったり‥‥。

 その後の『ウルトラセブン』の「宇宙人+用心棒怪獣」という図式が「さらばウルトラマン」で登場しているのを見ると、こちらも「宇宙人侵略ストーリー」が続出し、「宇宙怪獣」が登場したのではないかと思われます。特撮が駆使され、ブルトンのような奇想天外な攻撃方法を繰り出す宇宙怪獣。今度はシュールなコメディではなく、正攻法のミステリアスなドラマとなっていたのだと思います。
 逆に「宇宙船救助命令」のように、科特隊が宇宙に飛び出して活躍するエピソードもさらに作られたでしょう。『宇宙大作戦』のような「宇宙フロンティア」シリーズが制作されることもあったかも。「『Q』的世界に科特隊とウルトラマンを登場させる」という発想から、「科特隊とウルトラマンのいる世界観にさまざまな事件が起こる」という発想へ番組のテイストが変化していったように、次の波というか、「宇宙人たちのいる世界に科特隊とウルトラマンが登場する」という流れもあったかもしれませんよネ。

 また、「撃つな!アラシ」「宇宙船救助命令」では一時的にウルトラマンが視力を失ったり、「さらばウルトラマン」では全ての攻撃が通じないウルトラマンのピンチが描かれましたが、「ウルトラマンのピンチ」がより多く描写されるようになったかもしれません。

 凝縮された完全無欠の39話ですが、本音としてはあのメンバー(キャスト、スタッフ)、あの世界観でもっとたくさんのエピソードが見てみたいです。


 『ウルトラマン』で思う存分、考えられることはやり尽くされていたら、『帰ってきたウルトラマン』という発想は無かったのかもしれません。全く別のヒーローとして新番組が企画されたとしたら、やっぱり兄弟設定は無かったのでしょう。(現在上映中の『超8兄弟』は見に行きたいですが、基本的に擬人化された「ウルトラ兄弟」という設定には批判的なもので‥‥(^^ゞ)

はじめまして、オタクイーンさん。

京都在住のミステリー・SF(特撮も)・時代劇(特に必殺!)ファンー都の商売人です。

こちらのブログは、以前からしばしば覗かせて頂いていて、オタクイーンさんの余りの密度の濃い文章に圧倒されっぱなしだったんですが、今回の「『さらばウルトラマン』で、ウルトラマンがゼットンに勝っていたら、その後の『世界』はどうなっていたか?」と言う問題提起に非常に惹かれましたので、初めて書き込みをさせて頂きました。

ちなみに、私は「ウルトラQ」以来のリアルタイム者(~「A」の中盤まで)で、いわゆる「20世紀少年」世代の特撮マニアです(……ほとんど「第1期オタク世代」(笑)ですが!)。

もし、ウルトラマンが、最終話でゼットンに勝ったとしたら……(製作的には困難かもしれませんが)アメリカでの「スーパーマン」の如く、ウルトラマン「一人」がその後も活躍し続けて、ウルトラ兄弟が存在しない世界観になっていたんじゃないでしょうか?(「スーパーマン リターンズ」にヒントを得た「ウルトラマン リターンズ」と言う創作も、自分の趣味のサイト「空想の匣」に書いてます)。

私自身は「ウルトラセブン」が一番好きなんですが……「もし、こうだったら~~?」と言う、本編では見られなかったストーリーを考えるのは、かなり好きな方なので、「史上最大の侵略」に「解散無用」をくっつけてみたり……「ガメラ2」の悪役(レギオン)にウルトラマンを設定してみたり、といろんな創作を考えては楽しんでます。

何だか、問題提起された内容の趣旨からは、かなり外れてしまったような気もするんですが(笑)、どうか宜しくお願いいたします。

P.S.私は「生身のウルトラマン」よりも「特撮ドラマ」により惹かれてしまうので、最近のウルトラマン映画は、興味はあるものの、映画館まで足を運ぶには至ってません……。

自由人大佐様 今回もなかなか鋭いご意見、ありがとうございました

確かに「ゼットン勝利後」のマン世界に繋がる要素は、それまでの作品にパズルのピースのようにちりばめられていますね。
事件とキャラクターの心情を絡めた作劇、ホシノ少年の占める立ち位置、宇宙人+怪獣。宇宙に進出する人類と、その先に待つであろう新たな脅威・・・
おっしゃる通り、ひょっとすると幻の「ゼットン以降」こそ、ある意味「Q」の呪縛から逃れた「マン」独自の世界だったのかもしれません。
そう考えるとワクワクしますねー
「Q」と「マン」の空気は地続きという印象も、「もしも」の世界では変わっていたかもしれません。
宇宙人+怪獣なんて、まるっきり「セブン」ですもんね。人類の宇宙進出もしかり。
でもそんな設定も、マンでは違う展開となるのでしょうね。
セブン以降の設定を内包しながらも、セブンとは別の道を進んだであろう「ウルトラマン」という作品は、未知の可能性に満ちていたと思います。ピンチに陥ったマンを助ける者も「兄弟」ではなく、ひょっとしたら人類だったのかもしれません。
人類と超人の共闘。さらには侵略者との和解。
それまでになかったそんな展開さえ考えられるほど、「ウルトラマン」という物語は懐の深い世界なのかもしれませんね

今回の新作ウルトラ映画は鑑賞予定には入っていませんが、昭和ウルトラと平成ウルトラがどんな形でリンクしていくかは楽しみです。
個人的には、それより新しい「何か」を見たい気もしますが

都の商売人様 はじめまして。ようこそいらっしゃいました。
もーこんな場末まで、遠路はるばる京都にお住まいなんですね。
こちらは独自の文化でおなじみの 名古屋でございます

私も特撮をはじめSF・ミステリー他、必殺シリーズも大好きなおバカです。
ただ「仕掛人」から「新・仕置人」までを好むコテコテの前期ファンですが
(ちなみに愛唱歌は『夜空の慕情』です
ウルトラに関しても、思い入れは「Q」「マン」「ティガ」のみという偏った嗜好で。セブンになるともう無知の嵐。この偏食ぶりに、皆さんには呆れられております

今回のおバカな設問にお答え頂きまして、誠にありがとうございました。簡単にコメントできるような内容ではないだけに少なからず後悔もしておりましたが、こうしてわざわざ長文のお答えを頂けて、ほっと胸を撫で下ろしております。

確かに、ウルトラマンがゼットンに勝利した場合、その後の地球の護りはマン一人の手に委ねられたでしょうね。後発ヒーローの登場する必要がない訳ですから。
でもここがミソなんですが、ウルトラマンは戦うだけの存在ではないので、おそらく回が進むに連れて、侵略者や怪獣など異端の存在との間にある種の関係が生まれるでしょう。
その関係がどんな未来に繋がるのか。それはおそらく、この21世紀に於いても私たちが見たことのない程のヒーロー世界になるような気がします。
「兄弟」の名の下に人類と肩を並べてしまったウルトラヒーローとは別の、神秘性に彩られた本来の「超人世界」を、もう一度考えてみたいものです

ちなみに、私も最近のウルトラ「兄弟」映画は劇場鑑賞を控えております。後日、DVDレンタルで見る事が多いのですが、いずれも思いとは別の方向へ向かっており
「ウルトラは遠くになりにけり」ですね

創作ストーリーがお好きとのこと。「史上最大の侵略」と「解散無用」って・・・
山崎努氏にファンレターを送った身としては、非常に気になるコラボですね
また貴サイトにもお邪魔して、作品を拝見しようと思っております。
これからもよろしくお願い致します

あれから思ったんですが……。

「一人の主役」(=ウルトラマン)が、ずっと活躍し続けると言うのは、ある意味で「必殺シリーズ」の中村主水ですね。

主役は変わらない。
脇役(糸井や市松・赤井剣之介、等)や周囲の環境が変わる。
(→科学特捜隊のメンバーが交代したり、チームそのものが変化する)
魅力ある怪獣や宇宙人が、手を変え品を変えて登場する。
(個性的な悪役のゲスト出演)
深みのあるドラマが繰り広げられる。

ある意味で、ずっと見ていたくなる展開です!(現実では、「主役のアイドル化」と「アクション優先、ドラマ軽視」で、質の低下を招いてしまいましたが……ウルトラも必殺も)

……で以って、お休みの間の何ヶ月間は、「キャプテンウルトラ」(=からくり人)や、「怪奇大作戦」(=うらごろし)に、場つなぎ……ヲイヲイ!……をして貰うという事で!(笑)

都の商売人様 確かにマンがウルトラ世界のメインヒーローとなった場合、中村主水的なポジションに近づいていくのかもしれませんね。
ただウルトラにしろ必殺にしろ、難しいのは、シリーズが進むにつれて主人公の内面に視聴者の興味が向いていってしまうという所かもしれません。

中村主水の場合、最初からその人間臭さが魅力だった為、その後もさほど極端なキャラクターの変化は無かったと思いますが、(作風そのものの変化はあったにせよ)ウルトラマンの場合、その人知を超えた超人性、神秘性がウリなので(笑)シリーズを追うにつれて展開が難しくなってくるでしょうね。
その分、おっしゃる通り、必殺のように主人公中心で周りのキャラクターが入れ替わる展開にせざるを得なかったかもしれません。
敵キャラにも工夫が必要でしょうね。ウルトラヒーローの対極に立つ存在が宇宙に組織されていたり・・・
ウル『トラの会』なんかもあったりして

主水と鉄のような最強のタッグがウルトラで組まれたとしたら?
それも面白そうですね
本郷・一文字のダブルライダーを超えるか?
興味は尽きません

はじめまして。メガたぬきと申します。特撮大好きな18歳です。

なるほど、発想の転換一つでこのような問題ができるのですね。私はウルトラを知ってから、このような設問は一つも浮かんできませんでした。そうですね。私の考える答えは…

ゼットンに勝ったとしても、いずれウルトラマンの最終回はやってくるのだから、次のシリーズにバトンタッチをして、現在まで続くと思います。但し、ゾフィーの存在は消えてしまい、初代ウルトラマンが長男になるんじゃないかな笑。タロウがウルトラ№5になってしまうわけですが。

いやいや、想像力が欠如してますね。気をつけないと。

メガたぬき様 ようこそいらっしゃいました。
18歳でいらっしゃるんですね。そのお年でウルトラを語れる特撮ファンとは。
こういう方がいらっしゃれば、特撮界の未来は明るいです

今回の設問は、おそらく初代マンをリアルタイム経験した世代独特のものでしょう。マン最終回当時、ファンの誰もが、まさかウルトラマンに兄弟が出来るとは誰も予想していませんでしたから

メガたぬきさんのおっしゃる通り、確かにマンの最終回はやってくるわけなので その後は何らかの新展開があったでしょうね。ただそこで「兄弟にバトンタッチ」という事になるかどうかは未知の領域かもしれません。
私のような初代リアルタイム派は、「ウルトラマンが他のウルトラヒーローに地球を任せる」という発想がまず無いんですよ だから「次のウルトラヒーロー」という発展性が想像できない。例えば「キャプテンウルトラ」的な、人類自らの手で地球を守る設定とか、そっちの方へ発想が行っちゃうんですね。

でも「兄弟ありき」「兄弟という設定にリスペクトした」ファンの方々は、きっとバトンタッチの展開を期待されているんでしょうね。それもよく理解できます。「メビウス」の成功が、何よりもそれを証明しているわけですし

ウルトラは、何世代にも渡って語り継ぐ事の出来る奥の深い世界です。貴重なご意見ありがとうございました。
またお気軽にお越し下さいね

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