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2008年9月23日 (火)

花ゆらの午後

不思議と言うか何と言うか。それは秋分の候のいたずらでしょうか。
心地よく乾いた暑さにつられ、いつものウォーキングに出かけました。
その疲れもあって、帰宅後ちょっとウトウトした午後。
珍しく夢を見まして。


いや。夢のお話なんて、他人様が聞いても面白くないかな。
でも今日は、まさに「ネヴュラ」でしか出来ないお話。
なにしろ「スペクトルマン」の夢ですから。

まーテレビも面白くないし。パソコン開いちゃったからヒマつぶしに読んでやるか、
なんて奇特な方は、ちょっとだけおつきあい下さい。

それは今日のような、晴れ渡った秋の昼下がり。
夢の中の私は、見知らぬ日本庭園の一角に居ました。

そこで繰り広げられていたのは、華麗な生け花のパフォーマンス。
凛と緊張した空気の中、華やかな和服に身を包んだ美しい女性が五人。
無言で生ける和花には、日本古来の美意識が息づいていました。


ところが、彼女たちの隣には、これも空気を律するような鋭い気合の声が。
五人ほどの屈強な男性が、空手の演武を繰り広げていたのです。

空手着の上からでも、鍛え上げられた体の美しさが見て取れます。
「平安」「伐採」などなどの型をこなす、一糸乱れぬ彼らの「動」の動きは、傍らで花を生ける女性たちの「静」の動きと奇妙な対比を見せ、ある種のオブジェと化していました。その行為自体が、まるで芸術作品のような趣。


気の早い落ち葉が、空を突く一人の男性の気合に押されハラリと舞います。
その男性こそ、憧れのヒーロー・スペクトルマンこと「蒲生のお兄ちゃん」
成川哲夫さんだったのです。


何だろうこの光景は。
そんな疑問を見透かしたように、隣に座った男性が教えてくれました。
「これは、『花ゆら』というものですよ。」
花ゆら。花鳥風月の趣にのっとり、生け花と空手という日本古来の「緊張の芸術」を、これも緊張の場である日本庭園で行おうという試みなんだそうです。
そこに生まれる凛とした美しさ。ちょっとした緩みで全てが崩れ去ってしまう儚げな人間の『気』に酔うパフォーマンス。


以前刊行された本で、成川氏が国際空手連盟『成道会』師範として活躍されている事を知りました。
きっと頭の片隅にその記憶があって、それが形になったのでしょう。

件の本は1999年の刊行ですから、現在の所は判然としませんが、眼前で演武を繰り広げる成川氏は気力、体力ともまだまだ健在。
宇宙猿人ゴリと勇壮に渡り合ったネヴィラ71の使者・スペクトルマンそのままの雰囲気でした。その男らしい姿が、夢の中の私には眩しく見えました。


落ち葉舞う日本庭園の空気を切り裂くような鋭い気合。
傍らには背筋を伸ばし、美しい花を生ける女性たち。

一言のセリフもありません。あるのは澄みきった空気だけ。
さながら、木村大作カメラマンが切り取る映画のひとコマ。
夢に見たのは、ただその場面だけです。


なぜ私は、そんな場面を見たのでしょうか。
今もってその理由は分かりません。まー夢に理由なんてありませんしね。
きっと午前中、ウォーキングで訪れた公園の風景が、何となく残っていたのでしょう。
それがスペクトルマンや、市川崑監督作品の一場面あたりと結びついたのかもしれません。

夢の中で聞いた『花ゆら』という言葉が、妙に気になって。
こんな言葉があるのかどうか、ちょっと調べてみましたが。
期待に反して、これは私の造語である事が分かりましたhappy01



ただ、調べる途中で『たまゆら』という言葉を見つけまして。
たまゆら。『玉響』と書くこの言葉の意味は、万葉集の一首


「玉響きのふ夕見しものを今日の朝に恋ふべきものか」から来たものらしく、
「玉響」を「たまゆらに」と詠んだところからできた語だそうです。
玉がゆらぎ触れ合うことのかすかなところから、しばし、かすかなどの意味に用いられたとの事。 



なるほどー。こんな風流な意味だったとは。
という事は、あながち私の「花ゆら」という造語も、間違ってはいないなあなんて一人喜んじゃってhappy01 
まー頭の片隅に、学生時代に聞きかじった万葉集の一節が残っていた程度の事でしょうが。


空手の気合によって生け花がかすかに揺れ、触れ合うような様子、なんてhappy01
緊張と美しさが両立するような、日本ならではの感性かもしれませんね。
歌舞伎の様式美に通じるようなところがあります。
うーむちょっと気に入っちゃいました。花ゆら。
今度、台本に使ってみようかとhappy01


何のヒネリもない夢のお話で失礼しました。
こんなもんですよ。貧乏オタクの祝日の午後なんて。
ただ今日のお話に、一つだけオチがあるとすれば。
実は、夢の中で『花ゆら』という言葉を教えてくれた男性。
この人、なんと「ネヴュラ」でおつき合い頂いている、お仲間だったんです。


いやービックリ。まさかお仲間が夢に出てくるなんて。
いろいろ差し障りもありますから、どなたかは秘密にしておきましょう。
妄想もここまで来ると、さすがに怖いですね。
最近何かとご迷惑をおかけしているお方ですから、夢でちょっと催促されたのかもしれません。
現実の世界では、花ゆらなんてまったりしていられないようですcoldsweats01

夢とはいえ成川さんが出たから、一応にほんブログ村 テレビブログ 特撮へにしておこうかとcoldsweats01

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コメント

前回、「五十音の旅」のラストが、

>眠りの直前。まどろみの時間に、何気なく開く「恋愛パラドックス」のページ。
>そんな世界に浸かったら、夢の中にも花びらが舞うのでしょうか。
>いや。女性の世界は意外にドロドロ。経験済みですから夢は見ません

……とあったのが、
今回の「花ゆら」の話では、
見事に、夢の中で「花びら」が舞ってましたね。

前回と今回で、一つの「物語」のようでした。

かのThe Beatlesの「Yesterday」も、夢の中で出来た曲だそうです(Paul談)。
勿論、潜在意識の発露だった可能性が大ですが、夢の中(睡眠中)って、覚醒中よりも想像力の枠が外れているのかもしれませんね。
余計な常識に制限されない自由な発想が出来るのかもしれません。
それと、「花ゆら」って良い言葉ですね。
雅っぽくて、艶っぽくて、それでいて清涼感と儚さが感じられます。

都の商売人様 言われてみればその通りで。
まったく気がつきませんでしたcoldsweats01
さすがですね。創作方面に強い商売人さんならではの着眼点でhappy01

「恋愛パラドックス」は少し読んだのですが、思った以上に生々しい女性著者の恋愛話でcoldsweats01
そんな世界から、ちょっと逃避したかったのかもしれませんね。
その潜在意識が夢となって現れたと。

勝手に解釈してみましたが、自分の事となると客観的に見られませんね。
まーそれを探求していくのが人生の命題なんて、ちょっと哲学してみますhappy01happy01happy01

メルシー伯様 そうなんですか。「Yesterday」が夢の産物だったとは。
クリエイティブな作品には、そういう物も多いのかもしれませんね。
私のはおバカな妄想ですがcoldsweats01
きっと夢を見ながら、お気楽に鼻ちょうちんでも膨らませていたのかもしれません。
それが風に揺れて「鼻ゆら」なんてcoldsweats01
夢を壊しちゃってごめんなさい。こんなもんですよ私はhappy01

「花ゆら」の語感は気に入っているんですよ。
でも感じていただいた雅・艶・清涼感・儚さなんて、私が持っていないものばっかりですねーcrying
人は自分に無いものを求めますから、その願望がこの言葉になったのでしょう。
醒めてもしっかり覚えているあたり、願望の強さは尋常じゃないようですhappy01

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