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2008年5月31日 (土)

地上と星

昨夜、寝る直前まで見ていたテレビのチャンネルを覚えていなくてhappy01
いきなりのおバカで申し訳ありませんが、意外にこういう方って多いんじゃないかと思ったりして。(あー石を投げないでねcrying
出ていたタレントは覚えているんですよ。品川庄司とグラビアアイドルの誰か。
でも同時間帯、品川庄司は他のチャンネルにも出ていて。
チャンネルを変えている間に、どっちがどっちか分からなくなっちゃったんですね。

ここ数年、こういう事が物凄く多くなりまして。
まー年のせいだろーなー、なんて諦めてもいたんですが。
今日、よく考えてみると、どうやらそうでもない事が分かってきました。
と言うのは。その時間帯の前に見た「探偵!ナイトスクープ」のラストテーマ、「依頼者の家近くの視聴率調査」のネタがあまりにも面白くて、改めて関西テレビマンのバイタリティーに感服した事をよく覚えていたからでした。

昔から「ナイトスクープ」の構成、演出の「爪の先のようなネタを高層ビルほどに膨らます技術」には驚いていましたが、昨夜の物凄さは群を抜いていて。
言葉の足りない私などがここでつまらない解説をしても仕方がありませんね。
ご覧になった方はよくご存知でしょう。
あの依頼をあそこまで面白く料理する手腕は尋常ではありません。
ディレクター、リポーターのたむらけんじに加え、文字通りの突撃取材(本当に突撃でした)に一定レベルのお笑いを提供できる関西の方々の才能あってこそ成立する取材でした。何かと引っ込み思案の名古屋人として、あの素晴らしさはまさに垂涎の一言。
なんて、これは今回の本題ではないんですがcoldsweats01

実は冒頭の「チャンネルが分からない」という現象は、そのまま現在の地上波全体に言える事なのかもしれません。
前述の「ナイトスクープ」のような個性的な番組が、極端に少なくなったと思うのです。
最近、めったに地上波を見なくなった私だけが感じる事なのかもしれませんがcoldsweats01
でも思うんですよね。やっぱり最近の地上波は、かつてのように局ごとの個性を感じなくなってきたなあと。


これも昔話になっちゃいますがcoldsweats01
昔は、そう。1970年代頃までは、日本の地上波をリードしたきた各キー局には、それぞれ特徴を何となく言い表す「局カラー」がありましたよね。
「バラエティーのフジ」「ドラマのTBS」「ドキュメンタリーの日テレ」「報道のテレ朝」みたいな。
これは一例に過ぎません。それらは時代ごとに変わり、また国内各地で捉え方も異なりますから一定していない訳です。
皆さんの地域では言われ方が違ったかもしれませんが、少なくとも私の周りではそんな風に語られていた時期もあったように記憶しています。
確かに各局、どんなジャンルの番組も作っているんですが、何となく番組作りに得手不得手があると言うか。
映画会社でもそうですよね。都会的な東宝、人情作品の松竹、文芸大作の大映、娯楽路線の東映みたいなカラーです。

しかしながらそんな「局カラー」は、今はもうほとんどありませんね。
この印象だけは、私の中にもあります。

前世紀、1990年代から顕著になった「番組の形態よりも、出演タレントにギャラの比重をかける」という制作シフトによって、最近の番組は「その番組でしか見られない出演者」という存在がなくなってしまいました。
その事態と反比例して番組ごとの個性は失われ、どの番組を見ても同じタレント、同じような内容が繰り返される「大衆週刊誌現象」が急速に進んでいます。

冒頭の品川庄司の例などはその顕著なケース。私なんて寝ぼけていたものですから、チャンネルが変わっている事さえしばらく気がつかなかった程で。
なにしろバラエティーでしょ。どんなにシーンが飛び、品川さんが訳わかんない事言ってても、ボケに見えちゃうわけですよ。私がボケてるんですがcoldsweats01


他にもありましたねー。確かこれも昨夜遅く。同じようなビデオ撮りのアイドル探偵ドラマをテレ東とテレ朝で同時間に放送していて、どっちがどっちか分からなくなっちゃって。
出演者もさることながら、演出やカット割りのリズム、照明やエフェクト、音楽のセンスまでがあまりにも似ているので、チャンネルを変えても、お話が途中まで上手く繋がっちゃうという。それもある意味凄い事ですがhappy01

同業者から見ると、これは致し方ない事と思います。
昔、ジョージ・ルーカスが「スター・ウォーズ」制作時に言った言葉がありまして。
「昔は映画会社が監督はじめ俳優、スタッフ、機材などを一抱えしていて、号令一つで作品を作れるシステムが確立していた。
今はそのシステムが崩壊していて、プロデューサーと監督がそのシステムを一から作り上げていかなければならなくなった。」

「スター・ウォーズ」の成功により、後にルーカスは自分の映画会社「ルーカスフィルム」を立ち上げますが、彼はきっとその苦労が骨身に染みていたのでしょう。
映像作品に携わるスペシャリスト一人一人のフリー化により、まずそれらの才能を集める所から始めなければならないという事なんですね。


これは両刃の剣で。
確かにそのマネージメントの腕一つで、物凄く腕の立つスタッフを集める事だってできる訳ですが、その一面、才能あるスタッフが一部の作品に偏ってしまう弊害があります。

これはギャラ等の下世話な問題だけではないんですね。
結局、一流のスタッフが望む「やりがいのあるお仕事」というのは、やはり他のスタッフも一流である事が望まれるという事なんですよね。
「いい企画・シナリオじゃなければ出ない」という俳優と同じ気持ちが、スタッフの中にもある訳です。

するとどういう事が起きるか。


才能や予算に乏しく、一流スタッフが集められない制作チームは、自然と当たった作品の後続作品を狙う。
「才能あるスタッフが作り上げた名作」のおこぼれを狙って、その作品が話題に上っているうちにどんどん類似作品を量産する訳です。
とりあえず商売になる間に。
「崇高な芸術的欲求より、まず明日のパン」の論理ですね。

その結果、「似た作品ばっかり」になっちゃうわけです。
「なんて不順な動機なんだ!柳の下のどじょうを狙うなんて!」と思われる方も多いでしょう。
ただ一つの事実は。映画製作と言えど、それは純然たる「パンの種」であるという事です。儲からなければ破産。どのスタッフも路頭に迷うんです。
ケースは違えど似た現象が、テレビの世界にも起ってるんではないかと。


テレビの場合も、有名クリエイターを「局でお抱え」するケースは少なくなりました。予算の削減により、制作プロダクションへの外注が増えるにつれて(予算が削られれば局内制作になりそうなものですが、局員の給料がペイ出来ないほど制作予算が少ない場合、外注に出さざるを得ないわけです。しかもお仕事が欲しい為に、その少ない予算を受けなければならないプロダクションという悪循環が続いているんですね)局カラーはどんどん薄くなり、各局のカラーは平均化の一途、というわけです。

しかも。今の地上波の番組編成は、昔とは変わってしまいました。
良質の番組がありながらも、今の地上波はバラエティー主体の為、ウケる要素が映画とは違う。

お金のかかったストーリーや特撮とは違い「ほんのちょっとした演出の新しさ」や、「出演タレントが何かの拍子に漏らしたギャグ」がウケる要素なんです。
つまり、元手が映画より圧倒的に安い。
しかも、ウケる時期は二週間あればOK。長くても一ヶ月あれば大成功。
ほんのちょっとした「瞬間風速」のようなもので、充分元が取れちゃうわけです。


さらに視聴者も「この番組だから見る」じゃなくて「このタレントが出ているから見る」という形に、視聴姿勢が変わってしまっている。
そういう意味では「一発ギャグ」は、最もテレビに適した演出形態なんですね。

昔から連綿と続く芸人さんのギャグを紐解いてみると面白いかもしれませんが、おそらく芸人さん全体の番組出演頻度が上がるにつれて、芸人さんが放つギャグ一回あたりの所要秒数は確実に短くなっている筈です。
私など演出サイドからすれば、その方が圧倒的に編集しやすい。
たった5秒の番組告知だって、旬の芸人さんがギャグを放つ一瞬を使えば、充分告知効果がある訳です。


制作側も、そのギャグの瞬間風速を最大限に利用しようとします。
昔から積み上げられてきた芸をじっくりと見せるような余裕など無いんですね。
その瞬間だけウケればいい。視聴率が取れればいい。

ですから瞬間的にウケたタレントは、一定時期のみ番組に出ない日が無いほど人気が出ます。最近はこの現象が、特に顕著になっているような気がします。
当たった瞬間「消えた時の為に、今から別の職業を勉強しています」というギャグを芸人さんが放つ程、シビアな世界なんですね。
どの番組を見ても同じような内容、同じタレントが映り、同じギャグを繰り返しているように見えるのは、そんな地上波界の現況を反映した現象なのです。
そういう意味で、地上波の番組一本あたりの「賞味期限」は、おそらく30年前の十分の一以下に落ちていますね。

その速報性、瞬発力と引き換えに、地上波は「熟成力」を失ったのかもしれません。



で、ここからが本題なんですが(あい変らず長いですねcoldsweats01
私はこの現況を、憂いてはいません。
むしろこれは時代の流れ。地上波の質の変化と捉えます。

要は、同じテレビという言葉を使うからいけないんですね。
以前、岡田斗司夫さんもプラモデルを例に取り、こんな意味の事をお話されていました。
『「鳥は恐竜から進化した生物。だから恐竜は現代も生きている」と言う人は居ないでしょう。』

地上波も同じ。多分、私達が昔見ていた地上波の世界は恐竜。今の地上波は鳥だと思うんですよ。だから違って当然なんですhappy01


もう皆さんお分かりでしょうが、あの懐かしい地上波の世界は、今はCSの旧作専門チャンネルに移植されていますね。
昔、私たちが普通に楽しんだ番組は、今は専門チャンネルで見なければならない程マニアックになっちゃった訳です。
確かにCSにも、前述のような番組内容の平均化は起っていますが、それはあくまでもオリジナル番組の場合で。再放送のドラマが圧倒的なボリュームを占めるCS専門チャンネルは、その影響を受けにくいと言う意味です。
ただそれも、リアルタイムの空気という意味では違いがありますね。
再放送ばかりのチャンネルでは、番組ごとに制作年度も異なりますから。
まー「10年単位の空気」ぐらいに留めておけば、まだ楽しめるという所でしょうか。


同業者として感じる空気ですが。おそらくこの地上波の番組平均化は、2011年の地デジ転換程度では収まらないでしょう。
むしろ加速される雰囲気さえあります。
それにより、地上波とBS・CSの役割分担もはっきりしてくるんじゃ。
「速報力の地上波・熟成力のBS・CS」みたいに。


そういう意味では、より内容に力を入れたドラマなどは、むしろBS・CS世界で生まれる可能性もありますね。
アニメ専門チャンネルでオリジナル作品が生まれるごとく、これからの特撮ヒーローはBS・CSが主な活躍の舞台となるのかもしれません。
「怪奇大作戦セカンド・ファイル」など、既にそれらの息吹は、何作かに表れていますね。

芸人さんの一発ギャグにも、アイドルの顔見せ出演にも影響されない番組。
チャンネルを変えさせないほど惹きつけるドラマは、地球を見つめる「衛星」から届けられるのかもしれませんねhappy01

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コメント

今回も、いろいろ長くなりそうなので
むしろリンクだけ貼っておきます。
福岡県民新聞のサイトで報じられた問題ですが
http://www.fk-shinbun.co.jp/004/post_128.html
ここを読むと、民法放送事業は
絶対抜け出せない袋小路に入り込んでしまったような気もしますね。
テレビも映画も外注プロに発注するシステムが確立し
それぞれのカラー、独自性を失ってから30年。
しかもいまや映画会社は、テレビ局製作ドラマ劇場版の配給会社と
堕ちてしまった感は否めません。
自分としての着眼点は
そんな時代に何を成すのか、だと思っておりますよ。

 「テレビは軽薄短小の時代」と言う事ですか。
(私は、CSで、主に70年代ものの日本のTVと、現代の海外ドラマばっかり見ています)
 日本のTVも、海外に輸出して外貨を稼ぐ事が出来れば、今の状況も変わるかもしれませんが…「パワーレンジャー」に変換しないと売れないようではムリですね。
 (「科学忍者隊ガッチャマン」や「宇宙戦艦ヤマト」の改悪ぶりもヒドいですが)
 
 小説も、軽薄短小な気がします。
(「難病もの」とか、「死ぬ話」とかがウケると、ドジョウ狙いが次々と…)

市川大河様 リンク記事、拝見させて頂きました。
民放放送事業を取り巻く環境や、今回の地デジに関する打撃は、拝見した記事以上に大きなものがありますね。
視聴率という考え方さえ、大きな転換を迫られる事でしょう。
それにより、代理店の存在意義そのものも問われる事態になりかねません。
お話は少しそれますが、地デジに加えて大きな転換期となっているハイビジョン化など、制作機材の対応だけでも、地方局にとってその予算捻出は死活問題に近いものがあるのです。

よく言われる事ですが、局がプロダクションに制作を委託する理由の一つに、「機材対応の小回りが利く」というものがあります。
要は、巨大な局が機材全てをハイビジョン化するのには予算、時間の点で小回りが利かないという事なんですね。
そのタイムラグをプロダクションが埋めるという訳です。

そんな背景も含め、これからのテレビの製作体制、局とプロダクションとのパワーバランスは、従来の形とは全く違うものとなって行くでしょう。
ただ思うのは、それも時代の流れという事です。

映画会社がテレビ番組劇場版の配給会社となる背景にも、「オリジナル企画より収益が見込めるから」という絶対的な商業原理がある訳です。
その是非を問われれば答えは明白。
結局、映画会社も「営利企業」という事実には変わりはありません。
おっしゃる通り、そんな時代に何を成すべきか、成す事が出来るかが、市川さんも含め私達クリエイターに課せられた課題なのかもしれませんね。

ゲッターピジョン様 個人的には、現在の地上波が置かれている状況は、さほど悪いとは思っていません。
簡単に言えば、「住み分けが顕著になってきた」という感触でしょうか。
要は昔の地上波って、雑誌に例えれば「総合誌」だったような気がするんですよ。ニュースありドラマありコラムあり漫画あり。読者交流ページも含め。
ところが現在の地上波は、基本となるニュース誌という柱を除けば、総合誌の体裁はありつつもその実、お笑いタレントが虚構の世界を仕切る「バラエティー誌」化しつつあるような気がします。
これは明らかに時代の要求によるもの。
底流にある「笑いへの欲求」は一種の強迫観念めいていて、そこを敏感に感じ取った制作側が作り上げた空気です。
ですからこれも時代の流れですね。一過性のブームとは思えません。地上波の役割は、総合誌から変化しつつあるのです。
そう考えれば、CSチャンネルの台頭も自明の理ですね。
それらは言うまでもなく「専門誌」。価値観の多様化が生み出した放送形態でしょう。
これもあくまで私見ですが。
このあたりのお話は、いずれ記事にも上げようと思っています。

外貨獲得の是非についても、現在のドラマの制作環境からすると難しいかもしれませんね。日本のドラマをリメイクする国がアジア地域に集中している事が、その現実を物語っています。
結局、日本のドラマツルギーって、海外からはかなり異質に見えるんでしょうね。
かなりの変更を加えないと、海外では受け入れられにくいのかもしれません。
ジャパニメーションブームが、単なるキャラクターブームに終わらない事を祈るばかりです。

「ドジョウ狙い」については仕方がない事とも思います。
類似作品を作り出す事だって、才能を必要とするわけです。
ブームやムーブメントって、決して一つの作品だけでは生まれないものですしね。

ただ、むしろそんな時代だからこそ、オリジナル性を保ち続けたいのも事実ですが。
常に一番乗りでありたい。それを願わないクリエイターは居ませんhappy01

 バラエティー番組を見ていると、本当にどのチャンネルだかわからなくなることが多いです。ただ、司会のアシスタントとして女子アナが出演している場合は、何とか判別できますが‥‥(^^ゞ

 最近はプロモーションが上手なためか、フジテレビのドラマがヒットしていますネ。私自身は続けて見られることがわからないので、ほとんどドラマは見ませんが。最近では『CHANGE』は見ています。これってフジテレビですよネ。

 私たちが愛好している特撮番組って、TV局が制作には関わっていますが、基本的に外部のピープロ、円谷プロ、東映、宣弘社などが制作していました。時代劇なども外注が多いですよネ。一般ドラマでも、大映テレビの作品はコアなファンがいるほど。ドラマというジャンルでは、ずいぶん以前から外部制作が行われてきたのでしょう。

 「恐竜と鳥」の喩え、非常によくわかります。世の中、つまり視聴者の好みの変化に、TVが敏感に対応してきたわけですよネ。だから、(TV関係者に向かっては大変失礼ながら)つまらなければ見なければイイわけですし、それによって再びTVが変わってくる可能性もあります。野球中継の低迷化が例でしょうか。世の中が「一発芸のお笑い」を要求しているのですから、そこに抵抗してもしかたありません。

‥‥しかし、ある価値を啓蒙する力も、TVにはあると思うんですヨ。「一億総白痴化」などと言われたりもしましたが、逆の作用もあり得ることを信じたいです。それには、視聴率の低下を覚悟しないとならないかもしれません。
 視聴者の理解のレベルのちょっと上をいく、質の高い情報やバラエティの番組は、つまらないと感じられればそっぽを向かれてしまうでしょう。それでも、そんな番組ばかりになれば仕方なく見る人が現れ、本当の面白さに気付けば視聴者が増えるかもしれません。夢物語ですが、そんなTVの役割があってもイイのかなと思います。それには、視聴率が低くても良質な番組をつくっているという、スポンサーの自負と理解が必要なのですが‥‥。

 もう20年以上も前ですが、「楽しくなければテレビじゃない」というキャッチフレーズを打ち出した某局。視聴率競争(今「狂騒」と誤変換してしまいましたが、これもなかなかイイ感じ)に負けて、どの局も同じ路線に流れてしまった結果が現在でしょう。『すばらしい世界旅行』『知られざる世界』といった良質のドキュメンタリーが消えてしまって久しいです。ゴールデンやプライムで、細々とこんな番組が復活してくれることにも期待したいです。

自由人大佐様 いやー年を感じますねーcoldsweats01
以前は同じタレントが出ていても、照明の加減やスタジオセットのセンスで局を当てられたものなのに。最近は全然ダメですcrying
おっしゃる通り、最近は局アナのタレント化も顕著なので、女子アナで局を確認する場合が多いですね。
女子アナの皆さんも大変。同情を禁じえませんcoldsweats01

私はおかしな癖があって、リアルタイムで放送しているドラマはまず見ないんですよ。
デイリーの再放送でまとめて見る事が多いんです。ですから完全に流行遅れでcoldsweats01
今日も局内の廊下に張られていた『CHANGE』の番宣ポスターを見て「これが大佐さんの言ってたヤツね」なんて確認した次第でcoldsweats01
テレビ屋失格ですねweep

特撮番組の外注化の理由は、文字通り特殊な撮影を必要とするからでしょうね。私も昔、ちょっと立ち会ったことがありましたが、まず爆発など火薬の調合からして素人では出来ない。狙った効果が出ないんです。
あれは演出意図を把握した熟練の職人技なんですよ。それら技の集合体たる特撮番組は、局員には手の出せない聖域なのでしょうね。
CG技術の普及により、その現状も変化してきましたが。
時代劇や大映テレビなども同じ。予算の問題以上に、ドラマなど個性を売り物にする番組は、局側でも外注に回す例が多かったようです。

テレビは視聴者の要望、すなわち時代を映す鏡ですね。
特に地上波はその役割が大きいと思います。
ですから番組の傾向が一方向に偏るのも仕方がない事で。
作り手の側からすると、時流に乗れない=お仕事が無くなるという怖ろしい事態になる訳ですがcoldsweats01
私はまだまだ「恐竜」ですしcrying

でも確かにおっしゃる通り、テレビは大衆に訴える力も強いので、価値を啓蒙する意義も否定できませんね。
ただ難しいのは「視聴率の低下」の部分でcoldsweats01
今も昔も、テレビ業界は完全に「視聴率前提」で回転しています。
かのウルトラもライダーも、間違いなく「高視聴率を狙うが故に」企画され、局もそれに乗る訳です。
たとえ崇高な啓蒙が主目的であっても、低視聴率が分かっていてGOをかける局は、まず皆無と言っていいでしょう。
これは難しい問題ですね。番組の優劣を決める指針が視聴率だけしかない現状を反映した、巨大な壁です。
要は「いい商品でも、売れなきゃ商売にならないよ」という事ですね。これが現実です。

実際私も、この地上波の現状には閉塞感を覚えているんですよ。
でもこの商業原理を変えようと思ったら、スポンサー→代理店→局→プロダクションというお金の流れそのものを変えなければならない。
テレビ誕生以来、この原理を変えた人物は居ません。

ですから私は思うんですよね。「啓蒙意識と視聴率が両立すれば」と。
昔から名番組と呼ばれる作品を作ってきたクリエイター達は、この意識を強く持っていました。
テレビの構造が変わらないなら、作品で変えてやると。
そんな先人の高い意識が、これからのテレビマンにも必要なんでしょうね。

以前にもお話しましたが、以前『すばらしい世界旅行』を担当した年配のディレクターとお仕事を共にした経験があります。
常日頃、彼は言い続けていました。
「現状に問題意識を持ち、戦う事。それが無くなったらテレビ屋じゃない」とhappy01

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