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2008年5月の記事

2008年5月31日 (土)

地上と星

昨夜、寝る直前まで見ていたテレビのチャンネルを覚えていなくてhappy01
いきなりのおバカで申し訳ありませんが、意外にこういう方って多いんじゃないかと思ったりして。(あー石を投げないでねcrying
出ていたタレントは覚えているんですよ。品川庄司とグラビアアイドルの誰か。
でも同時間帯、品川庄司は他のチャンネルにも出ていて。
チャンネルを変えている間に、どっちがどっちか分からなくなっちゃったんですね。

ここ数年、こういう事が物凄く多くなりまして。
まー年のせいだろーなー、なんて諦めてもいたんですが。
今日、よく考えてみると、どうやらそうでもない事が分かってきました。
と言うのは。その時間帯の前に見た「探偵!ナイトスクープ」のラストテーマ、「依頼者の家近くの視聴率調査」のネタがあまりにも面白くて、改めて関西テレビマンのバイタリティーに感服した事をよく覚えていたからでした。

昔から「ナイトスクープ」の構成、演出の「爪の先のようなネタを高層ビルほどに膨らます技術」には驚いていましたが、昨夜の物凄さは群を抜いていて。
言葉の足りない私などがここでつまらない解説をしても仕方がありませんね。
ご覧になった方はよくご存知でしょう。
あの依頼をあそこまで面白く料理する手腕は尋常ではありません。
ディレクター、リポーターのたむらけんじに加え、文字通りの突撃取材(本当に突撃でした)に一定レベルのお笑いを提供できる関西の方々の才能あってこそ成立する取材でした。何かと引っ込み思案の名古屋人として、あの素晴らしさはまさに垂涎の一言。
なんて、これは今回の本題ではないんですがcoldsweats01

実は冒頭の「チャンネルが分からない」という現象は、そのまま現在の地上波全体に言える事なのかもしれません。
前述の「ナイトスクープ」のような個性的な番組が、極端に少なくなったと思うのです。
最近、めったに地上波を見なくなった私だけが感じる事なのかもしれませんがcoldsweats01
でも思うんですよね。やっぱり最近の地上波は、かつてのように局ごとの個性を感じなくなってきたなあと。


これも昔話になっちゃいますがcoldsweats01
昔は、そう。1970年代頃までは、日本の地上波をリードしたきた各キー局には、それぞれ特徴を何となく言い表す「局カラー」がありましたよね。
「バラエティーのフジ」「ドラマのTBS」「ドキュメンタリーの日テレ」「報道のテレ朝」みたいな。
これは一例に過ぎません。それらは時代ごとに変わり、また国内各地で捉え方も異なりますから一定していない訳です。
皆さんの地域では言われ方が違ったかもしれませんが、少なくとも私の周りではそんな風に語られていた時期もあったように記憶しています。
確かに各局、どんなジャンルの番組も作っているんですが、何となく番組作りに得手不得手があると言うか。
映画会社でもそうですよね。都会的な東宝、人情作品の松竹、文芸大作の大映、娯楽路線の東映みたいなカラーです。

しかしながらそんな「局カラー」は、今はもうほとんどありませんね。
この印象だけは、私の中にもあります。

前世紀、1990年代から顕著になった「番組の形態よりも、出演タレントにギャラの比重をかける」という制作シフトによって、最近の番組は「その番組でしか見られない出演者」という存在がなくなってしまいました。
その事態と反比例して番組ごとの個性は失われ、どの番組を見ても同じタレント、同じような内容が繰り返される「大衆週刊誌現象」が急速に進んでいます。

冒頭の品川庄司の例などはその顕著なケース。私なんて寝ぼけていたものですから、チャンネルが変わっている事さえしばらく気がつかなかった程で。
なにしろバラエティーでしょ。どんなにシーンが飛び、品川さんが訳わかんない事言ってても、ボケに見えちゃうわけですよ。私がボケてるんですがcoldsweats01


他にもありましたねー。確かこれも昨夜遅く。同じようなビデオ撮りのアイドル探偵ドラマをテレ東とテレ朝で同時間に放送していて、どっちがどっちか分からなくなっちゃって。
出演者もさることながら、演出やカット割りのリズム、照明やエフェクト、音楽のセンスまでがあまりにも似ているので、チャンネルを変えても、お話が途中まで上手く繋がっちゃうという。それもある意味凄い事ですがhappy01

同業者から見ると、これは致し方ない事と思います。
昔、ジョージ・ルーカスが「スター・ウォーズ」制作時に言った言葉がありまして。
「昔は映画会社が監督はじめ俳優、スタッフ、機材などを一抱えしていて、号令一つで作品を作れるシステムが確立していた。
今はそのシステムが崩壊していて、プロデューサーと監督がそのシステムを一から作り上げていかなければならなくなった。」

「スター・ウォーズ」の成功により、後にルーカスは自分の映画会社「ルーカスフィルム」を立ち上げますが、彼はきっとその苦労が骨身に染みていたのでしょう。
映像作品に携わるスペシャリスト一人一人のフリー化により、まずそれらの才能を集める所から始めなければならないという事なんですね。


これは両刃の剣で。
確かにそのマネージメントの腕一つで、物凄く腕の立つスタッフを集める事だってできる訳ですが、その一面、才能あるスタッフが一部の作品に偏ってしまう弊害があります。

これはギャラ等の下世話な問題だけではないんですね。
結局、一流のスタッフが望む「やりがいのあるお仕事」というのは、やはり他のスタッフも一流である事が望まれるという事なんですよね。
「いい企画・シナリオじゃなければ出ない」という俳優と同じ気持ちが、スタッフの中にもある訳です。

するとどういう事が起きるか。


才能や予算に乏しく、一流スタッフが集められない制作チームは、自然と当たった作品の後続作品を狙う。
「才能あるスタッフが作り上げた名作」のおこぼれを狙って、その作品が話題に上っているうちにどんどん類似作品を量産する訳です。
とりあえず商売になる間に。
「崇高な芸術的欲求より、まず明日のパン」の論理ですね。

その結果、「似た作品ばっかり」になっちゃうわけです。
「なんて不順な動機なんだ!柳の下のどじょうを狙うなんて!」と思われる方も多いでしょう。
ただ一つの事実は。映画製作と言えど、それは純然たる「パンの種」であるという事です。儲からなければ破産。どのスタッフも路頭に迷うんです。
ケースは違えど似た現象が、テレビの世界にも起ってるんではないかと。


テレビの場合も、有名クリエイターを「局でお抱え」するケースは少なくなりました。予算の削減により、制作プロダクションへの外注が増えるにつれて(予算が削られれば局内制作になりそうなものですが、局員の給料がペイ出来ないほど制作予算が少ない場合、外注に出さざるを得ないわけです。しかもお仕事が欲しい為に、その少ない予算を受けなければならないプロダクションという悪循環が続いているんですね)局カラーはどんどん薄くなり、各局のカラーは平均化の一途、というわけです。

しかも。今の地上波の番組編成は、昔とは変わってしまいました。
良質の番組がありながらも、今の地上波はバラエティー主体の為、ウケる要素が映画とは違う。

お金のかかったストーリーや特撮とは違い「ほんのちょっとした演出の新しさ」や、「出演タレントが何かの拍子に漏らしたギャグ」がウケる要素なんです。
つまり、元手が映画より圧倒的に安い。
しかも、ウケる時期は二週間あればOK。長くても一ヶ月あれば大成功。
ほんのちょっとした「瞬間風速」のようなもので、充分元が取れちゃうわけです。


さらに視聴者も「この番組だから見る」じゃなくて「このタレントが出ているから見る」という形に、視聴姿勢が変わってしまっている。
そういう意味では「一発ギャグ」は、最もテレビに適した演出形態なんですね。

昔から連綿と続く芸人さんのギャグを紐解いてみると面白いかもしれませんが、おそらく芸人さん全体の番組出演頻度が上がるにつれて、芸人さんが放つギャグ一回あたりの所要秒数は確実に短くなっている筈です。
私など演出サイドからすれば、その方が圧倒的に編集しやすい。
たった5秒の番組告知だって、旬の芸人さんがギャグを放つ一瞬を使えば、充分告知効果がある訳です。


制作側も、そのギャグの瞬間風速を最大限に利用しようとします。
昔から積み上げられてきた芸をじっくりと見せるような余裕など無いんですね。
その瞬間だけウケればいい。視聴率が取れればいい。

ですから瞬間的にウケたタレントは、一定時期のみ番組に出ない日が無いほど人気が出ます。最近はこの現象が、特に顕著になっているような気がします。
当たった瞬間「消えた時の為に、今から別の職業を勉強しています」というギャグを芸人さんが放つ程、シビアな世界なんですね。
どの番組を見ても同じような内容、同じタレントが映り、同じギャグを繰り返しているように見えるのは、そんな地上波界の現況を反映した現象なのです。
そういう意味で、地上波の番組一本あたりの「賞味期限」は、おそらく30年前の十分の一以下に落ちていますね。

その速報性、瞬発力と引き換えに、地上波は「熟成力」を失ったのかもしれません。



で、ここからが本題なんですが(あい変らず長いですねcoldsweats01
私はこの現況を、憂いてはいません。
むしろこれは時代の流れ。地上波の質の変化と捉えます。

要は、同じテレビという言葉を使うからいけないんですね。
以前、岡田斗司夫さんもプラモデルを例に取り、こんな意味の事をお話されていました。
『「鳥は恐竜から進化した生物。だから恐竜は現代も生きている」と言う人は居ないでしょう。』

地上波も同じ。多分、私達が昔見ていた地上波の世界は恐竜。今の地上波は鳥だと思うんですよ。だから違って当然なんですhappy01


もう皆さんお分かりでしょうが、あの懐かしい地上波の世界は、今はCSの旧作専門チャンネルに移植されていますね。
昔、私たちが普通に楽しんだ番組は、今は専門チャンネルで見なければならない程マニアックになっちゃった訳です。
確かにCSにも、前述のような番組内容の平均化は起っていますが、それはあくまでもオリジナル番組の場合で。再放送のドラマが圧倒的なボリュームを占めるCS専門チャンネルは、その影響を受けにくいと言う意味です。
ただそれも、リアルタイムの空気という意味では違いがありますね。
再放送ばかりのチャンネルでは、番組ごとに制作年度も異なりますから。
まー「10年単位の空気」ぐらいに留めておけば、まだ楽しめるという所でしょうか。


同業者として感じる空気ですが。おそらくこの地上波の番組平均化は、2011年の地デジ転換程度では収まらないでしょう。
むしろ加速される雰囲気さえあります。
それにより、地上波とBS・CSの役割分担もはっきりしてくるんじゃ。
「速報力の地上波・熟成力のBS・CS」みたいに。


そういう意味では、より内容に力を入れたドラマなどは、むしろBS・CS世界で生まれる可能性もありますね。
アニメ専門チャンネルでオリジナル作品が生まれるごとく、これからの特撮ヒーローはBS・CSが主な活躍の舞台となるのかもしれません。
「怪奇大作戦セカンド・ファイル」など、既にそれらの息吹は、何作かに表れていますね。

芸人さんの一発ギャグにも、アイドルの顔見せ出演にも影響されない番組。
チャンネルを変えさせないほど惹きつけるドラマは、地球を見つめる「衛星」から届けられるのかもしれませんねhappy01

2008年5月29日 (木)

ウル検突破せよ

Photo出願しました。「ウルトラ検定」。
当然3級。やさしい方coldsweats01
全然自信ありません。
本番は7月27日。
それまで、ちょっとがんばってみようと。
久しぶりに受験勉強など考えてみたりhappy01




Photo_2こんなものも用意してみました。
こういう小道具で気分を盛り上げるのが、このイベントの楽しみ方ですねhappy01
とりあえず、手持ちの怪獣で練習問題など。

Photo_3
 この中で、正式なウルトラ怪獣ソフビじゃないのはどれでしょう?
まーこれくらいは基本。皆さん秒殺でしょうがhappy01

Photo_4 こーなってくるとさすがに。
反則と言うか何と言うかcoldsweats01 まーこんな問題は出ないでしょうねhappy01

Photo_5
この子も混ぜようと思ったんですが・・・
並べてみて大爆笑happy01happy01happy01
ソフビよりもユルいこのフォルム。
自信たっぷりの顔が悲しいweep





スペクトル検定なら自信あるんですが。まー無理せずがんばりますpunch

2008年5月27日 (火)

時代の証人

「待てよ。女の子の足で、あれほどの距離を
どうして私より先に来る事が出来たの?
それに、呼吸一つ乱れてない。靴も綺麗だし。」


午後6時のミステリー。
お仕事も一段落、夕方のスーパーの帰り道。
いつものごとく買い物を済ませ、ミニバイクでお店を出た私。
信号三つ程を一気に直進、停まった赤信号で。
「あれっ?」

目の前の横断歩道を歩くのは、お店で見かけたお客さんの女性。
見覚えのあるヘアスタイル。チュニックにスパッツ。
下げたビニール袋には、先ほど後にしたスーパーのロゴが。
だって私、彼女より先にミニバイクで出たのに。
そんなばかな。徒歩でミニバイクの私を先回りするなんて。

「変だ。」思わず「例の口調」でつぶやく私。

まー夕方ですから。ボケッとしてた私の見間違えでしょうが。
それとも姉妹?あのエピソードのように。
そんな勘違いをしてしまうのも、今日のオタクショッピングのせいでした。


Photo名古屋駅前。
ナナちゃん人形も浴衣に着替えた
梅雨真近の昼下がり。
私は近くの駅ビルに向かいました。
(写真手前の女性は私じゃありませんhappy01
ごめんなさい。言ってみたかったんですcoldsweats01
例によって、賑わうブティックを素通り。
向かったお店はいつもの大型書店。
狙った一冊は。



Photo_2 これでしたhappy01
もう皆さんよくご存知。
今年7月に開催される『ウルトラ検定』の公式テキスト。

ウルトラ本はそれなりに揃っている私。何を今さらって感じですが。
要はちょっと「受験」を考えてまして。

ウルトラ検定公式HP
http://ultra-kentei.jp/

ウルトラファンの間で話題騒然、テレビスポットも気分を煽るこのイベント。
ファン間のブログでも大きく取り上げられていますね。
ウルトラファンを自認しながらも、元々、私は知識という点には重きを置かない姿勢。しかも昔から、暗記物は全く不得意で。
守備範囲が「Q」「マン」という偏りぶりでは勝算もゼロ。
セブン以降を覚える気さえ無いていたらくで。表紙のマスクは何タイプ?coldsweats01
まー読者の皆さんはいつもの記事で、私のおバカぶりをよくご存知でしょうし。
その実力も推して知るべし。今回の検定にも全く興味が無かったのですが。

ちょっと考えてみました。
過去に例の無いこの検定、一回目に参加するっていい記念じゃないの。
これってお祭りだよねと。


成績よりも、参加した事実が重要なんじゃないかって。
要は「万博へ行った」とか
「マジンガーZ対暗黒大将軍をリアルタイム劇場鑑賞」とかhappy01
そういった「時代の証人」的意義の方が大きいんじゃないかと。


そう考えてみるとこの検定、結構貴重な機会に思えてきちゃって。
「人生の記念に東大を受ける」的ロマンも感じるしcoldsweats01
地元の名古屋でも行われるんだから、特に遠出する必要もなく。
市内ならどこでも、ミニバイクで気軽に行けるしhappy01

「これ、結構なチャンスじゃん。」
マスコミ主導、こんな分厚いテキスト売りたさの見え見えビジネスとしても、
それに「乗せられた」という経験が大事なのかなと。
ひょっとして企画倒れだったら、第二回は無いかもしれないんですから。


そんな訳で。まだ受験決定とは行きませんが、テキストだけでも買ってみようと思い立ったのでした。高かったですがcoldsweats01
まーこのテキストも、検定終了後は市場から消えちゃうでしょうし。
それなりに貴重な訳です。

例の「宇宙船」企画といい、こういうのって好きなんですよ。私。
その時しか経験出来ないというライブ感がたまりません。
後年、茶飲み話のネタになりますしねー。
「これがその時の受験票だよ」とか。
「思えばあの時の一回目が、記念すべき機会だったなー」とか。
「あの第三問が、最後までわからなくてねー」なんて。いいでしょ何となく。
たとえ受験料はかかっても、この経験は何物にも代えがたいと。


今は迷ってますが、たぶん私は受験するでしょう。もちろん三級が関の山coldsweats01
「時代の証人」となるために。いい年して恥ずかしいですが。
こういうのを「カレンダーに爆弾を仕掛ける」って言うのかもしれませんねhappy01

この経緯は、また逐一ご報告しようと思っています。
なんか増えましたねー。最近の「ネヴュラ」の宿題はhappy01

冒頭のセリフの元ネタがお分かりの貴方。
貴方もこの検定、ちょっと興味がおありでは?
お財布はすごく痛いですがweep

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2008年5月26日 (月)

機械仕掛けの謎

昨日の記事に載せた写真ですが。意味をお分かりの方は、
たぶん昨夜22時、NHK教育テレビをご覧になった事でしょう。

『ETV特集 石ノ森章太郎 サイボーグ009を作った男』。


ここで白状しますと。
私は石ノ森作品には明るくありませんcoldsweats01
ついでに手塚治虫作品も素人同然coldsweats01coldsweats01
私が最もリスペクトする漫画家は永井豪先生なのでhappy01
ですから、番組で採り上げられた「サイボーグ009」も、ほとんど読んでいません。決して石ノ森先生、手塚先生を否定している訳ではありませんよ。あくまで好みの問題。
「仮面ライダー」「サンダーマスク」「ブラック・ジャック」は読みましたし。
ごめんなさいね。最初に言っておかないと、後でツッこまれた時に困っちゃうのでcoldsweats01
そんな私が、何故今回の番組に惹かれたのか。

以前、よく遊んだ飲み屋さんで知り合った飲み友達に尋ねられた事があったんです。
「みゆきちゃん、サイボーグ009の「天使編」の続きって、書かれたんだっけ?」
その頃、お店ではいっぱしのオタクとして知られていた私ですが、その質問だけには答えられませんでした。何しろ知らないんですから。
恨み重なる天使編という訳ですhappy01
そんな事情から、今回の番組は見ないわけにはいかないと。

これでお分かりと思いますが。
昨日の写真は、009事実上の最終回と言われる「地下帝国ヨミ編」(1967年 少年マガジン)最終話の「あの場面」をイメージした一枚でした。

夜空を滑る一条の流星に祈る女性。
「世界に戦争がなくなりますように・・・
世界中の人がなかよく平和にくらせますようにって・・・いのったわ」

私が原作009で唯一知るシーン、美しくも悲しい名場面ですね。
原作では夜のシーンですが、流れ星の光跡イメージをあの飛行機雲に感じたという。まーおバカな感性でweep


で、番組の内容は。
ネットなどで調べるとこの番組って、以前BSで放送されたプログラム「とことん!石ノ森章太郎」の対談部分を編集したという事
ですね。
その事情はともかく、石ノ森ビギナーの私にはこの番組、非常に楽しめました。
前述の「ヨミ編」をはじめ、主要エピソードを簡潔に紹介した上で、そこに潜む石ノ森氏の人格や時代背景、やがて彼が向かった神話・精神世界への軌跡が、精神科医・名越康文氏の目を通して描かれる構成。
要所に登場する識者の意見も興味深いもので。
009という作品を縦軸に展開される「石ノ森論」は、さながら芸術家の生涯を紐解くような気概に溢れていたのです。


なーんて感想は、たぶん石ノ森ビギナーの私程度が感じる底の浅いものでしょう。coldsweats01
事実、ネットで散見する超マニア諸氏の「内容が薄すぎる」というご意見に、ビギナーの私は震え上がるばかりでcoldsweats01 
うーん場違い。自分のブログながら居心地が悪いですweep

さて。今回の番組の主軸、例の未完の問題作『天使編』の解析、現在の新展開についてのご意見は、識者の方々にお任せしましょう。
原作を一読もせずダイジェストを見ただけの私に、語る資格などありません。
いずれ一度時間をとって、じっくり読んでみたいと思います。
このエピソード、腰を据えないと受け止めきれないと思いますし。


そんな勉強不足の私が非常に興味を惹かれたのは、解剖学者・養老孟司氏のご意見でした。
石ノ森氏より一つ年長、1937年生まれの養老氏は、009世界の「機械、技術信仰」を「敗戦」というキーワードで読み解こうとします。
石ノ森氏と同時代に幼少期を過ごした養老氏は、敗戦で全ての価値観が逆転した瞬間が最も感性豊かな、影響を受けやすい時期と重なっています。
「本土決戦一億玉砕」が突然「平和憲法」に180度転換した瞬間を見ていると。
それまで信じていた愛情、人間関係の全てが信用できない。
アテに出来るのは目の前にある「物」「技術」のみ。「物」は嘘をつかない。
この感覚が現在の養老氏を形作っていると。

同時代を生きた石ノ森氏にも、無意識の内にその感覚が刷り込まれているのだろうと。養老氏にはそれがよく理解できるそうです。


番組はそんな石ノ森氏の機械、技術信仰感覚を「エッダ編」(1967年 少女コミック)から引用し、証明しています。
北欧神話をモチーフとしたエピソードに、ロボットの巨神を登場させる。
精緻に構築された神話世界に、あえて無機質な機械を持ち込む。
この発想こそ、前述の「敗戦による価値観の逆転」によるものという解説でした。


もー無知で単純な私などは、この解説に目からウロコ。
人間の深層心理、その心に刷り込まれた信仰心は、こうした部分にさえ影響するものなんだなーと。

養老氏もおっしゃっていましたが、009世界を支配する機械信仰の構造は、石ノ森氏も無意識に行っているものだろうという事でした。


ここでやっと私も理解できるレベルへcoldsweats01
「仮面ライダー」「人造人間キカイダー」はじめ、60~70年代の
石ノ森作品にはある種の「機械への信奉」がありますね。
確かに「黒い幽霊」や「ショッカー」など、敵組織としてアンチテーゼ的に登場する事も多いですが、僅かな例外を除き、石ノ森キャラクターはことごとく「体に埋め込まれた機械、機械的に改造された体を武器に」敵に立ち向かいます。
望むと望まざるに関わらず。
埋め込まれた機械に嫌悪感を覚えながらも、その超人的なパワーを使って平和を目指す訳です。
彼らに対峙する敵も機械。「機械対機械」というイメージがあるんですね。

確かにそんな「機械の世界」が描かれるからこそ、逆説的に生身の人間感情があぶりだされる構造でもあるのですが。
そういう意味で「幻魔大戦」「イナズマン」などは、かえって異質な印象を受けますね。


無知な私はちょっと思います。語れないと言っておきながらすみませんcoldsweats01
その「機械に支配された石ノ森世界」が変化を見せるきっかけとなったのが、件の「天使編」だったとしたら。
幾度となく中断、再開を繰り返し、最終的に未完となった「天使編」。
番組ではその部分を「機械というメタファーで語る事の出来たそれまでの作品世界に、『本物の神』という存在を登場させた事による発想の壁」と解析していますが、稿を重ねるに従って、氏の興味は急速に物質世界を離れ、精神世界や古代文明に傾倒していきます。
それは果たして「発想の壁」だったのでしょうか。
確かに、人々が物質文明に疑問を持ち始めた時代背景があったとしても。
それだけで、人に刷り込まれた概念の根幹が変わるものでしょうか。

そこには、氏が機械信仰を捨て去るだけの大きなきっかけとなる、何かがあったのでは。憶測の域を出ませんがcoldsweats01


本編を読んでもいない私などが語ることなどできませんが、芸術家の意識、興味への貪欲なエネルギーってそういうものかもしれませんね。
ここはまだ考えがまとまっていません。底の浅い思いである事も承知しています。
「天使編」を読む目的は、それを確かめる為でもあるのです。
勝手な思いでごめんなさい。ご立腹されたファンの皆さんにはお詫びしますcoldsweats01


さてさて。いつも以上に歯切れの悪い今日のお話。
まーこれくらいでご勘弁下さいcoldsweats01
最後に。実は前述の「機械信仰」に私が反応した理由は、もう一つあったのです。ただこれは、現時点では言わないでおきましょうcoldsweats01 
カンのいい読者の皆さんなら、きっとおわかりと思います。


今日の夕方6時。いつもの池です。
落日の中、浮かび上がる白鳥の影に、また息を飲む私。
最近、この公園の写真が多いのにも理由があります。
その理由は・・・
石ノ森氏に習って、今回は「未完」にしておきましょうかhappy01

Photo

★補足・訂正とお詫び
拙記事内の「サイボーグ009・エッダ編」発表年度記述、
および石ノ森氏の「神話と機械信仰」の背景を説明する為の「エッダ編」引用について、ゲッターピジョン様からご指摘がありましたので、ここに訂正、お詫び致します。


「エッダ編」発表年度表記について

同編の正確な「少女フレンド」発表年度は
1976年ですが、
拙記事内では
1967年と表記しています。
これは今回の元ネタとなった「ETV特集」に於ける同編発表時の字幕スーパー表記に従ったものです。
しかしながらゲッターピジョン様のご指摘、およびウィキ調べでは、1967年の事実は無いようです。
つまり、これはNHK側の事実誤認、または誤植と思われます。
番組表記をそのまま記事に表記した事を、ここにお詫びいたします。



石ノ森氏の「神話と機械信仰」について「エッダ編」が引用された経緯

石ノ森氏の持つ「神話と機械信仰」の説明に「エッダ編」が引用された事に違和感を持たれたとご指摘がありましたが、これは私の説明不足からでした。
「エッダ編」が引用された理由は、「ETV特集」中、名越氏と養老氏の対談で、養老氏が石ノ森氏の機械信仰の背景について推論を語った時に、名越氏がご自分の009講読体験の中で感じた違和感として「エッダ編」を持ち出したからでした。
(ただ名越氏は「エッダ編」とは言わず、ご自身の記憶の中で「巨人と機械」を思い出されたようですが)
「なんで神話世界の巨人の中が機械なのか。昔から自分はそこをずっと疑問に感じてきた。その謎が解けたような気がする」みたいなお話となった訳です。
「エッダ編」はその流れで、名越氏のお話を補足すべく引用されたものでした。

拙記事ではその経緯を割愛した為、やや唐突に感じられたのかもしれません。
申し訳ありませんでした。お詫び致します。

2008年5月25日 (日)

夕空のシュプール

Photo雨上がりの日曜日。
ちょっと空気に湿り気も残る夕暮れ。
見上げた空には。






Photo_2 夕焼け雲をかきわけ、空に引かれた一条の航跡が。
まー珍しくもない、普通の飛行機雲なんですが。
見ているとなんだか白の輝きが、妙に目立っちゃって。

天駆けるヒーローが描いたシュプールか。
それとも、あの悲しい最終回の・・・
(今夜22時放送のアレです。その内容次第で、次回は感想記事となるかもhappy01

2008年5月22日 (木)

白い2ショット

Photo今朝9時。いつもの池には。
先日初めて見た白鳥と
おなじみのアヒルファミリーが。

これは珍しい。
ここまで接近したのを見るのは。
住民同士、仲良くやってるのねhappy01

Photo_2 朝ならでは。奥の白鳥は羽づくろい。手前の白アヒルはまだ寝てますsleepy
微妙な距離感ですね。
今度見るときは、みんな集まって寝てたりしてsleepysleepysleepy

平和な初夏の光景。森の緑も濃くなってきましたhappy01

2008年5月21日 (水)

カリスマ性に代わるもの

先日レンタルした『仮面ライダー THE NEXT』。もー見まくりで。
本編も充分楽しみましたが、同業ゆえ監督の思いなどに最大の興味を持つ私は、田崎(当て字でゴメンナサイ)竜太監督、主演の黄川田将也さんらのオーディオコメンタリーばっかり聴いてます。

色々な裏話やシーン毎に込められた演出、演技への思いが聞けて、非常に面白いコメンタリーなんですが、中でも印象に残ったのが田崎監督による「本郷猛像」でした。
ちょっと要約、補足しますと。



『本郷猛は、その時代の若者達のある種の代表である。
でもその若者達とまったく同じであっては、主人公足り得ない。
若者達からどれだけ「浮いている」か。どれだけ「変わっている」か。
それが主人公たるゆえんであり、オリジナルの本郷猛にもあったと思う。
70年代の若者が持つちょっと排他的な部分などからかけ離れた、真っ直ぐなところがあったり。
それは「NEXT」の本郷も同じと思う。
まったく屈折していない「真っ直ぐさ」という意味で。』



「なるほどねえ。」監督のこの言葉に私は感心しまして。さすが田崎監督とhappy01

先日から様々な事情で「ヒーロー像」というものを模索していた私は、「ヒーローが変身する前」いわゆる人間体の時のキャラクターを掴むのに苦心していました。
その時無意識に感じていた事が、ここで言語化されたような気がしたのです。
確かに本郷って、藤岡弘、氏演じるオリジナルライダーの頃からいい意味で「浮いて」いましたよね。


その後、田崎監督はこんな事も話されました。
劇場版本郷、黄川田さんのルックス、プロポーションに触れて・・・
『ヒーローやカリスマと呼ばれる存在は、人間が生まれ持った「この人について行けば命が安全」という本能を刺激する雰囲気を持っている。
本郷猛も、そういうものを持った存在であってほしいと思う。』



その後、お話は黄川田さんの「本郷プロポーション」に続いていくんですが、これも非常に興味深いお話でした。

以前から私も、ヒーローの人間体に感じるカリスマ性を、「他のキャラからの浮き加減」に感じていたような気がするのです。
浮いたという表現が適切でなければ「超然ぶり」と言い換える事もできます。
「頼れるお兄さん」的信頼感を覚えさせる雰囲気と言いましょうか。

出演者全員が並んだ場面で、何も言われなくても「この人がヒーロー」と確信させる何かを持った存在。カリスマ性とはそういう事を言う
のでしょう。

特撮の派手さゆえ、変身後の姿がピックアップされやすい変身ヒーロー。
それも大きな魅力ではありますが、考えてみれば変身前の姿って非常に重要ですよね。本郷猛をはじめ彼ら人間体こそが、ドラマを引っ張る訳ですから。


いつものようにここでお尋ねしたいんですが、皆さんは「変身前のヒーロー像」についてどんな印象をお持ちですか?
私も今回、例の企画書を考えながら、その事がいつも頭にありました。
「ヒーローは普通の人間じゃないんだから、その心理状態もどこか普通と違うんじゃないかなー」なんて。
でも私は普通の人間ですから(異論はおありでしょうが、あえてここは普通と言わせて下さいcoldsweats01)そういう心理状態は想像つかない。


ただこの発想にはもう一つの切り口があって。
「元々、本郷猛にはヒーローとなるべき「超然性」「カリスマ性」があって、改造後の能力とは関係ない。その精神性があったからこそ、彼はショッカーに反旗を翻す気になった筈」というもので。
「カリスマ性が先か、ヒーロー能力が先か」みたいなお話ですね。
ヒーロー能力が性格に影響するのかどうか。それはヒーローの出目によってまったく異なりますが、ことライダーに関して言えば、やはり本郷猛のカリスマ性は生来のものだったと思います。


で、ここからは非常に難しいお話なんですが、田崎監督がおっしゃるようなヒーローの「市井の人々からの浮き加減」って、今も昔も不変の物なんでしょうか。

星の数ほど生まれたヒーローの中で、人間体にカリスマ性を感じる作品は多いですね。前述の「仮面ライダー」をはじめ、「ネヴュラ」でも話題に上る「ウルトラマン」も同じ。
ただヒーローを考える上で、ここに実は大きな世代間の違いがあるような気がするのです。
最近のヒーロー番組を応援する子ども達や若者って、ヒーローの人間体に「カリスマ性」を求めているんだろうか、という事ですね。
田崎監督がおっしゃった「本郷猛の真っ直ぐな性格」や、ウルトラマン=ハヤタ隊員に感じる「ゆるぎない正義感」のようなものを。

思えば名作と言われるヒーロードラマは、人間体ヒーローのカリスマ性も大きかったような気がします。


いつもの私見で申し訳ありませんが、最近のヒーロー番組はかなりこの「カリスマ性」が失われているような気がするのです。
ヒーロー番組とはいえ、作品は時代と切り離して考えられないですから、これが今の若者の望むヒーローのあり方なのでしょう。
「カリスマ性を持ったヒーロー」「一点の曇りも無く正義感に満ちた人間体」という存在が、リアリティーを持ちにくくなっているという事なのかもしれません。


田崎監督はこうもおっしゃいました。
『今回のTHE NEXTでも、本郷の真っ直ぐな性格は受け継がれている。』

確かに画面から受ける印象では、本郷の性格は「藤岡本郷」を受け継いでいると思います。
ところがその真っ直ぐな性格が、現代では「笑いのネタ」にされてしまう。
時代のリアリティーを求めると、そういう演出にならざるをえないんですよね。
ですから「THE NEXT」では、本郷のその真っ直ぐな部分を「カリスマ性」として描かずに、ライダー変身後の姿に説得力を持たせている。

劇中、高校教師の設定の本郷は、変身前は徹底的に生徒にバカにされています。重要な役割を持つ生徒・琴美(石田未来)も、本郷が変身するまで彼にカリスマ性を感じないのです。


これは田崎監督の意図とはちょっと違う部分ですね。
監督は人間体の本郷にもカリスマ性を与えたかったようですが、私はそうは感じなかった。これは監督の意図が外れたというよりも、どうしようもない「時代の空気」じゃないかと思います。
ただそのドラマ構造、2号・V3をはじめとするキャラクターの描き方があまりにも素晴らしいので、「NEXT」は絶妙なバランスを保ったまま、大傑作となりえたわけですが。
しかしながらこのドラマに、オリジナルTVシリーズの持つヒーローの魅力はないと思います。

おそらくヒーロードラマは、アクションやキャラクター心理造型のリアリティーと引き換えに、人間体のカリスマ性を失いつつあるのでしょう。
それを
一概に悪い事とは言えません。
人それぞれ受け取り方は違いますし、「NEXT」のように、そのバランス感覚が素晴らしい作品に結実する場合もある訳で。
ただそれはひょっとすると、この作品のみに許された「一回限りの離れ技」だったのかもしれないなー、なんて考えたりして。


「NEXT」の成功要因は、TVシリーズのライダーが本来持っていたヒーロー性の代わりに「リアルなライダーアクション」「ホラー要素」を持ってきた事と思います。
リアルなアクションは、おそらく昔のファンが記憶の中で極限まで美化したライダーアクションを現実化したものでしょう。あれくらい完璧なアクションを見せなければ、ファンの脳内で熟成されたライダーの勇姿には対抗できないのですhappy01
「NEXT」のホラー要素は、仮面ライダーという作品が本来持つそれとは異質のものですが、あれを取り去ってしまったら、ただのアクションドラマになってしまう。
「もっとあのライダーアクションを堪能したかったのに。あんなアイドルの悲劇なんて要らないんじゃないの?」というご意見もおありでしょうが、あれはライダーのカリスマ性だけで作品を引っ張っていけない事情が絡んでいるため、どうしても必要なものじゃないかと。


個人的には、ライダーアクションは「ここぞ」という時に少し出すのが効果的なのであって、のべつまくなしに見せるものではないと思います。
オリジナルTVシリーズだってまず戦闘員との「前座」があったからこそ「ライダー変身!」の瞬間にカタルシスを覚える訳ですし。
その場面まで視聴者をドラマを釘付けにするもの。
昔はそれが「変身前のヒーローの魅力」であり、カリスマ性だったのかもしれません。ただこれは、個人個人でヒーローに求めるものの違いにより変わってきますね。私の場合、それがカリスマ性だったという事です。


「キャラクター性」とはまた別ですよ。ハヤタ隊員なんか非常にキャラクター性は薄いですが、カリスマ性はあったと思います。そういう事なんですね。
残念ながら、現在のヒーローはそれが禁じ手となっている。
と言うより、時代に受け入れられないんですね。

「仮面ライダーカプト」の天道総司なんていい線いってたんですが、そのカリスマ性がお笑いネタ化していく過程に、製作陣の苦悩を非常に感じます。


現在、ヒーロードラマの作り手は、おそらくこの「人間体のカリスマ性」に代ってドラマを引っ張る要素を、必死に探しているのではないかと思います。
それがおそらく視聴者に不評の「謎解きの無い謎」であり「笑いの要素」であり「必要以上に複雑な設定」だったりするのではないかと。
「未完成のヒーローが成長していく過程」というドラマ構造も、その一つと言えるのかもしれません。ただ私には、そのどれもが正解ではないような気もします。
ドラマとしては成立していても、カタルシスを感じないからです。


そういう意味では、現在はまさに「ヒーロー不在の時代」なのかもしれません。
いくら変身ヒーローの形をしていても、そこにカリスマ性は無いですから。

個人的には、作品にカタルシスやパワー、勢いを生むものは、ヒーローそのものの魅力と思います。
まーこれも、古いオタクの戯言なのかもしれませんね。
もはや、ヒーローにカリスマ性を感じてはいけないのかもしれませんcoldsweats01


ただ、月光仮面に始まり、ウルトラマン、仮面ライダーと、人間体にカリスマ性を感じるヒーローを見て育った私などは、この現状に大変な閉塞感を感じます。
非常に思うんですが。今のヒーローファンって、たぶん自分とヒーローを同じ目線で見てますよね。「友達感覚」と言うか。
ですから戦う意味そのものも変質せざるをえない。「人類の平和」よりも「ごく仲間内の危機」の為に戦うヒーローの方が、リアリティーを持つ訳です。
ここが私などとは決定的に違う所ですね。
私の時代、ヒーローは文字通り「英雄」。見上げる存在でしたから。

見知らぬ人を被害者にしない為に戦う、オリジナルTVシリーズの本郷。
自分の生徒や知人を被害者にしない為に戦う、「NEXT」の本郷。
この差なのかもしれません。

たぶん「藤岡本郷」なら、「NEXT」で被害者となったChiharuファンクラブ会長、岡村を助けられたのかも。
自分の目の前で怪人に襲われる人間を、助けられない訳はない。
そう思わせる何かを、昔のヒーローは持っていたのです。


そういう意味では「NEXT」も前述の要素に近いですが、あれは観客の心理が「友達感覚」に行く前に、アクションとホラーの「絵」で押し切ってしまう。
失われたカリスマ性に代わり、それらの要素が奇跡的にうまく機能しているんですよ。穴を埋めていると言うか。
「キャラクターのパワー」より「作品のスタイリングの良さ」なのかもしれません。
それが逆に、ライダー世界のリアリティー構築に繋がるあたりは見事ですが。
テロ組織としてのショッカーのスケール感は、今作が一番リアルと思います。
あるいはそれが、ドラマ作りの一つの突破口だったのかもしれませんが、おそらくそれだけでは「人間体のカリスマ性」に取って代わる事は出来ないでしょう。
前述の「一回限りの離れ技」というのはそういう意味。
劇場作品だからこそ出来た事なのかもしれません。
それはそのまま、「NEXT」への賛美でもあるのですがhappy01


いつもながら、とりとめのないお話でごめんなさいcoldsweats01
ただ、私はいつも考えています。
もしよろしければ、お時間ある時にでもお考え下さい。


最近のヒーロードラマのどの部分に、魅力を感じますか?

人間体のカリスマ性に代わる、ヒーロードラマの魅力がもしあるなら。
それは「解けない謎」や「ギャグ」や「未完成ヒーローの成長
」なのでしょうか?

また、それらを魅力と感じる方のご意見も、ぜひお聞きしたいです。
頭の固い哀れな私に、なにとぞご教授をcoldsweats01

Photo

これは決して、最近のヒーロードラマの批判ではありません。
きっと作り手も、そこを必死に模索しているのです。
私もそこを追及したいと。無い頭を絞ってsweat01
ファン一人一人がそこを真剣に考える事に、きっと意義があるんですよ。
「つまらない」「見たいヒーローじゃない」って言ってるだけより、その方が建設的ですもんねhappy01

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2008年5月19日 (月)

極上の三本立

500記事・10万アクセスと、最近節目づいている「ネヴュラ」ですが、
また一つ大きな節目が。

「ネヴュラ」は二年前の今日、2006年5月19日に開設しました。
よって今日は、開設二周年の記念日。

よく続けてこれたものです。
開設当初は、まさか二年も続くとは思ってもいませんでした。
これも読者の皆さん、お仲間の方々のおかげです。
本当にありがとうございます。


開設当初の記事を思い出してみたんですが、ほとんど今と変わらないテイスト。
下らない独り言をつらつらと書いているあたりが、ここまで続けられた理由なのかもしれません。
これからもあい変らずのおバカを、好き勝手にお話して行こうと思っております。



とはいえ。別に今日は特別な行事を行った訳でもなく。
普段どおりの一日となりました。
ところが、記念日には何となくそれらしい事が起こるもので。
たまたま寄ったレンタル店で、今までずっと貸し出し中だった人気の新作と、つい数日前にレンタルが開始された最新作が、何と一枚ずつ残っているのを発見。
速攻レンタル、充実の鑑賞会となりました。


Photo

『仮面ライダー THE NEXT』
『装甲騎兵ボトムズ ペールゼン・ファイルズ 7話・8話』
『ALWAYS 続・三丁目の夕日』


『NEXT』『ボトムズ』はレンタル開始後、幾分日が経ちますが、いつ行っても貸し出し中で。また『続・三丁目』はレンタル開始ホヤホヤ。
すべてお店に残った最後の一枚ですcd
この三枚が揃うなんてめったにない事。やっと私のところへ回って来ました。
昨年劇場鑑賞、絶賛した作品が、もう自宅で見られるなんて。
もちろんOVAの『ボトムズ』は初見ですし。
今日の「ネヴュラ座」は特に楽しませていただきましたhappy01


漆黒の逃亡者、トリプルライダーのアクションに魅了され。
甘さを一切拒否する、激辛のハードロボットロマンに酔い。
遠い昔、どこにもない町に暮らす「顔なじみ」の人情話に涙腺をやられ。


三本目『続・三丁目』なんて、ストーリーはわかっているのに、やっぱり劇場で観た時と同じところで涙がグショグショ。なんでこんなに泣けるんでしょう。
大げさじゃなく、目の中のダムが決壊しちゃったような勢いcrying


「ネヴュラ」守備範囲を代表するような三本立。
なぜか開設二周年にふさわしいラインナップとなりました。
あまりの泣きに、まだ目元がむくんでいますweep
まーそんなこんなで。何だかよくわからなくなってきましたが、
これからも「ネヴュラ」をよろしくお願い致しますcoldsweats01

2008年5月18日 (日)

スペクトルかるた劇場

先日のお話で、ちょっとご紹介しましたが。

5月15日(木)「癒しの絵札」

http://spectre-nebura.cocolog-nifty.com/cultnight/2008/05/post_5304.html

お話の通り、お見せした写真は、少し前にヤフオクで落札したお宝の一部でした。
これです。もったいぶるような物でもないので。

Photoいいでしょーこれ。
こいでのかるた
「宇宙猿人ゴリ対スペクトルマン」

1971年、本放送当時のものです。

スペクトルマン関連のグッズでは比較的ポピュラーなこのかるた。いつも高額で出品されていて、欲しくても指を咥えて見ているだけだったのですが。
今回はかなり安く出品されていたので、即落札。
貧乏な私には、天の恵みのような出物でした。


Photo_2対スペクトルマン時期。しかもまだ怪獣Gメン登場前。かるたに登場するのは、公害Gメンのみです。
怪獣のラインナップなどなど、番組初期のキャラクターが多いですが、それが本放送当時の雰囲気を感じさせて私には嬉しい限り。

個人的にはこの時期のドラマやキャラクターが最も「ゴリ」らしいような気がします。
全45組。カラフルな絵札も楽しいですね。


Photo_3子供向けかるたという商品の性格上、絵札以上に味わい深い文が並ぶ文字札も、この手のかるたの大きな魅力。
あまりに素晴らしい一文にツッこみなど入れようと探してみたんですが・・・
これが意外にも、ほとんど無理や破綻がないんですよ。ちょっとビックリ。
当時のこいでスタッフはすごいですね。
それともピープロのチェックが厳しかったのか。


感激しながら絵札を見ていて、この全45枚を繋ぐ事で一つのストーリーを作れる事がわかりました。
まーちゃんとしたドラマには遠く及びませんが、とりあえずスペクトルマンのサンプルストーリーとして成立しているのです。

そんな訳で、今日はちょっとしたお遊び。
絵札を写真で紹介しながら、「スペクトルマンかるた劇場」をお送りしましょう。
ちなみに。文字札は写真にすると煩雑になるのでブログ本文に採録しますが、
ストーリーフォロー文を除いて、文字札には一文字の変更も加えていません。
(写真は、クリックすると大きくなります。)

お手持ちの駄菓子など召し上がりながら、ご覧下さいhappy01



Photo_4  宇宙のあくま 猿人ゴリ

オープニング、毎回繰り広げられるゴリの憎憎しい姿から、ドラマはスタートします。
絵札のゴリは、何故か本編に登場しない杖を持っていますね。
これはひょっとしてドラマの初期設定、磁気嵐に見舞われたゴリが下半身不随となるというイメージを具体化したものかも。
その場合、やっぱり杖は必要ですもんね。



Photo_5ち  ちきゅうをねらう ゴリとラー
よ  
よぞらにうかぶ ぶきみなえんばん
え  
えんばん基地は うみのそこ
め  
めいれいをする 宇宙猿人ゴリ
む  
むねをたたいて いばってる
ら  
ラーがうごかす リモコンそうち
り 
   りようされてる はかせがいるぞ


ゴリとラーが海底円盤基地で画策する、地球侵略計画。
円盤はまだ番組前期のアダムスキー”ゴケミドロ”タイプです。

「我々の力の程を見せてやれ!」「ウォーッ!」なんて会話が目に浮かびますhappy01
ラーがリモコンで動かすのはサンダーゲイですね。
サンダーゲイとはまたマニアックなhappy01
確かに強い怪獣でしたが、フォルムが鯨そのままなので、ちょっと子供には人気がなかったように記憶しています。

「りようされてるはかせ」!これはコミカライズのみで映像化が叶わなかった『化石怪獣ガレロン』の下河原博士が印象的。
きっと鷺巣富雄さんは、このエピソードに思い入れが強かったんでしょうね。



Photo_6ぬ  ぬまも かわも ミドロでいっぱい
る  ルートはちかみち やまの なか
こ  公害Gメン 出動せよ
し   しごとは こうがいたいじだぞ
て  テレビでみはる かんし室
に  にこにこめがねの 倉田隊長
た  たったひとりの 女子隊員


ここからは1971年当時の地球の様子が描かれます。
公害が社会問題として大きくシローズアップされた当時。その公害が「ゴリ」というドラマの最大のキーワードとなった事を考えると、ヒーロードラマが時代の要求によって作られる事実を改めて感じますね。
ゴリと戦うチームもここでは「公害Gメン」。今の子ども達がこの設定を聞いても、ちょっとピンと来ないんじゃないでしょうか。


ここでちょっと不思議なのが公害Gメンの本部。
確か「やまのなか」じゃなくて、ビルの一室だと思ったんですが・・・
いいんです。かるただからhappy01 倉田「隊長」が大平透さんに似てなくてもhappy01
「たったひとりの女子隊員」は、きっと二代目女性Gメン、立花みね子さんですね。
17話からの登場ですし、そのロングヘアー、優しそうなお顔が何よりの証拠。
「オンドリャー血ぃ見るど」の谷岡まち子さんには見えませんhappy01


Photo_7も  もりの なかの 大きな足あと
れ  
れんらくをする Gメン隊員
ま  
まっくらやみに ひかる 目


「大きな足あと」!
海外版「GODZILLA」のエメリッヒ監督は、この絵札を見ていたんでしょうかhappy01
あまりにも「あの」映像にそっくり。
うーんスペクトルマン恐るべし。ハリウッドに先駆ける事37年happy01happy01

Gメン隊員の連絡に続き、地下では怪獣達が暗躍を始めます。


Photo_8  ロボット怪獣 ぞくぞくあらわる

このあたりのラインナップが面白いところで。
実はこの絵札の怪獣はすべて「ゴリ」時期のものなんです。
つまりこのかるたは「ゴリ」時期に絵札が作られ、発売直前に番組タイトルが変更されたため、あわてて商品名を変更したという推理が成り立つんですね。でなきゃここまで「ゴリ」怪獣が占める訳がなく。
(お話してて不安になってきました。私、暴走してます?)



Photo_9お  おの ちからで 高速道路をはかいする
く    くうこうをおそう ネオヘドロン
や  やまを くだく ゼロンのちから
の  のみこむエキスで 大きくなるガレロン
な    なまずともぐらの あいのこだ
ふ  ふんだり けったり こわしたり
ね   ネズバードンは あたまがふたつ
き    きけんだ バクラーがしのびよる 


このあたりは、ゴリ怪獣の破壊絵巻が繰り広げられる一幕ですね。
各怪獣の特徴を活かした破壊の様子が、迫力のイラストで描かれています。
ゴリ怪獣最高の美形、ゼロンの力技。
地震を起こすモグネチュードンの「ふんだり けったり こわしたり」。
「バクラーがしのびよる」は怖いですね。「1/8計画」の一場面みたいですhappy01
で、ここでもやっぱり未映像化の「ガレロン」が。
当時、この化石怪獣の映像化は技術的に難しかったそうで、きっと泣く泣く見送られたのでしょう。プラモデル化もされていた名獣なので、もし映像化されていたら、人気も出ていたでしょうね。



Photo_10   せきゆタンクが だいばくはつ
     ひをふいてしずむ マンモスタンカー
     ほのおもあかく もえるビル
   けがはかるいぞ 蒲生くん



怪獣の破壊により、被害を受ける大都市。
「せきゆタンク」の絵の端に見える、怪獣ダストマンの後姿が哀れです。
破壊を止めようと奔走する蒲生譲二ですが、不幸にも怪我を負ってしまいます。
「けがはかるいぞ 蒲生くん」。倉田隊長(本当は所長なんですが)、加賀先輩の介抱に支えられ、譲二はいよいよネヴィラに変身を求めますhappy01



Photo_11  そらに ひかる ネヴィラ71遊星
  へんしんをする 蒲生隊員
  いくぞわれらの スペクトルマン


「スペクトルマン タダチニヘンシンセヨ」
ネヴィラの許可により、「超能力のサイボーグ」スペクトルマンに変身する譲二。


Photo_12さ  さあこいとてきにむかう スペクトルマン

スペクトルマン、ファイティングポーズです。
この絵札が素晴らしいのは、スペクトルマンの絵柄が着ぐるみバージョンとなっていることですね。
一峰大二先生の絵柄とはまた違った魅力が、この絵札にはあります。

一峰画も大好きなんですが、やっぱりスペクトルマンと言えばこの雰囲気ですねー。
どんなヒーローにも似ていないマスクデザインも、ピープロ作品ならではのオリジナリティーを感じさせます。



Photo_13  ミドロンとだいかくとう
  わきにおさえて しめあげる
  あたまの大きな ギラギンド
  すっぱりきった ネヴィラスライス
  おなかをばっさり スペクトルカッター


スペクトルマンと怪獣軍団の大激闘。
ミドロン、ダストマン、ギラギンド、バクラーなど強敵を相手に一歩もひけをとりません。
うーん強い。スペクトルマン、無敵ですhappy01

ここで面白いのは、タイトルが「対スペクトルマン」に変更後の怪獣、ギラギンドが登場していることですね。ただギラギンドはタイトル変更直後、第21話の登場なので、ギリギリ間に合ったという裏事情でしょう。
ギラギンドをスライス、バクラーにはカッターと、切断技を連発するスペクトルマンの勇姿。この切れ味には、ゴリも舌を巻いた事でしょうねhappy01
そしてついに、スペクトルマン最大の必殺技が炸裂しますpunch


Photo_14  ゆびのさきから ネヴィラ光線
   とんでにげだす サンダー・ゲイ
  からてチョップで ノック・アウト
  ついに でた スペクトル・サンダー
  はねをとられて まっさかさま


スペクトルマンの決め技となる「ネヴィラ光線」、スペクトルフラッシュは、全話を通じ様々なポーズ、作画形態が確認できます。
まー決まってなかったというのが実情でしょうがcoldsweats01


でもそれはそれ。フラッシュはフラッシュでいいんです。無理にこじつけませんhappy01
この絵札のパターンもその一つ。これはこれでカッコイイじゃありませんか。

でもちょっと不満なのは、サンダーゲイに逃げられちゃったことでしょうね。
(自分でこの二枚を並べておきながらcoldsweats01 でもフラッシュがらみってこの繋ぎしかできなかったんですよcrying


その不満を解消するのが、ネオヘドロンに炸裂するスペクトルサンダー。
実際の映像ではこの技、怪獣X(シルバーロボ)の弱点、「かかと」を凍結させる目的で放っているんですが、ファンの間では当時も今も「なぜ凍結技が『サンダー』?」という疑問が絶えません。
かくいう私も同じなんですが、「サンダー」という名称のように、本来の技はこの絵札に近い、放電光線だったのかもしれませんね。
一峰氏のコミカライズでもこの技は放たれていますが、絵札ともまた違うし。
このあたりは永遠の謎として、ファン間で想像の遊びを楽しむこととしましょう。

ラスト、「まっさかさま」のゴキノザウルスは、サンダーの余力で羽根を焼かれたとでもしておきましょうか。
かくしてゴリの放った怪獣はすべて、スペクトルマンの活躍で退治されたのでありました。
以上、これで全45枚すべてを消化。

やっぱり無理もありましたね。お粗末さまでしたcoldsweats01

Photo_16かるたなんて久しぶりに手に取りましたが、意外にストーリー仕立てで見られるものなんですね。
本放送当時、私はこのかるたで遊んだ記憶はありませんが、今見ると、また違った発見があって楽しいものです。
実はこのかるた、札がビニールで包まれていたんですが、開封してよかったと思います。
でなきゃ絵札も文字札も、こんなに楽しめなかったと。


やっぱりおもちゃは遊んでナンボですね。
これまでの未開封アイテムも、今後、続々と開封の予感。
購入数年後にして、新発見の連続となりそうですhappy01

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2008年5月17日 (土)

とっておきの一着

「『履きだおれ』って知ってます?」いたずらっぽく私に尋ねる彼女。
不安と希望がないまぜになった彼女の目は、私には眩しく見えました。

いやーおととい15日のロケは、本当に大変でした。
ロケ直後から編集準備、昨日の早朝から夕方まで怒涛の編集作業。
さすがに昨夜は、帰宅直後にバタンキュー(あえて昭和の言いまわしで)でした。
おかげで今朝は爽やかな寝覚め。朝日も気持ちいいです。

おとといは市内の中心部に位置する高級ブティックの撮影だったんですが、このお店、とにかく撮影条件が厳しいんですね。
今回はおすすめのウェアをマネキンに着せて紹介する構成だったんですが、営業時間内での撮影なので、当然お客さんも入店してきます。
お店との約束で、お客さんが一人でも入店してきたら私たちは撮影を中断、機材を全て撤収しなければならないんです。撮影再開はお客さんが帰った後というcoldsweats01
確かにお店は利益が第一。
しかもTシャツ一枚が3万円台の超高級店(手袋をはめてTシャツを扱うというeye)ですから、お客さん一人のコストパフォーマンスは絶大。
撮影の為に商売が邪魔されたら、それこそ本末転倒です。

で、おとといはとにかくお客さんが多かった上、お買い上げまでの時間が長くてsweat01
ロケ二時間押しは、その度に撤収を繰り返した結果だったんです。

当然、待ち時間は予想もしていたんですが、おとといの場合は予想をはるかに超えた来客数で。
私たちに「ごめんねー。お待たせしちゃって」と謝っていながら、店長さんは笑いが止まらないというcoldsweats01
撮影はスムーズに行いたいし。でも売り上げは邪魔できないし。
お店取材につきまとうジレンマに、今回も陥ってしまったのでした。

女性の皆さんはよくご存知でしょうが、ブティックというのはとにかくお買い上げまでの時間が長い。何着も試着して、お気に入りのアイテムを決めます。
高額商品ばかりのブランド店なら、お客さんも一層気合が入るというもの。
お一人様一時間待ちなんて事も、ざらにあります。
その間、私達撮影スタッフはお店の近くで待ち時間となるんですが、お客さんがいつ帰るかわからないので遠くへ離れる事はできない。
まるで刑事の張り込みのように、お客さんの動向をじっと見つめるわけです。

そんな待ち時間。釈由美子並みに鋭い目つきでお店を見つめる私のそばに、一人のスタッフが近づいてきました。
以前お話したこともある、新人の女性カメラアシスタントでした。

彼女の雰囲気をお知りになりたい方はこちらまで。
2008年1月10日(木)「経験とも違う何か」

http://spectre-nebura.cocolog-nifty.com/cultnight/2008/01/post_3d6f.html

カメラマンや照明マンなど技術スタッフは別の所に待たせてあるので、アシスタントも同じ場所に居ていいんですが、何故か彼女は私の隣に腰を下ろしました。
何となく事情が読めた私。おとといの男性カメラマンは結構厳しい人だったんですhappy01
悪い人じゃないんですが、とにかく後輩に対しては語気が強い。
人前でもかなりはっきり指導する人で。職人気質なんですね。
徒弟制度が確立している世界ですから、これもある意味当然です。
その風当たりがキツくて、きっと彼女は私のところに避難してきたんでしょう。
まー私の先輩ディレクターも同じようなものでしたから、修行とはいえ気持ちもよくわかります。
彼女も悪い子じゃないしそれなりに頑張っていますから、受ける印象も悪くありません。
何となく、雑談となっちゃって。
撮影中のブティックに絡んで、お話は自然とファッションの方面に。
まー女性同士coldsweats01ですから、どうしてもそういう会話になりますね。


彼女は関西生まれ。名古屋へ来て半年だそうです。何でも、大学時代の仲間に名古屋出身者が居たらしくて、その関係で以前からこちらへは来ていたそうで。
「名古屋、なんとなく好きなんですよ。いい人が多くて。」
どうやらその印象が、彼女に名古屋就職を決めさせたようです。
でも面白いことに、彼女の好みは神戸ファッション。
冒頭のセリフは、そこで出たものです。
「名古屋はまだ半年なので、お店もあまり知らないんです。
着るものは地元へ帰った時にまとめて買っちゃうんですよ。
昔から神戸で買ってたんで、知ってるお店も多くて。」

「やっぱり神戸と名古屋では、ファッションの傾向も違うの?」
「そうですね。で、何よりも神戸の方が種類が多いんです。
神戸は『履きだおれの街』って言われるくらい靴の種類が多い。
色々選べるからいいんですよ。」

「そうだねー。名古屋はそういうとこ、まだ遅れてるからねー。」
「名古屋でも、探せばあるのかもしれないけど。」


テレビのお仕事を目指すようなキャラの人は、どこか他人とは違う感性を持っています。ご他聞に漏れず、彼女も同じようで。
「全国的な知名度で言えば、神戸って三宮が有名なんですけど、地元民からするともっとディープなところが色々あるんです。
そういう所で売ってる物の方が面白いんですよ。」

「へーっ。どんな物が好きなの?」
「うーん。私は古着みたいなのが好きなんですけど、そういうディープスポットにはやっぱり面白いのがたくさんあって。結構買い込んじゃいます。」
古着!今の仕事着からは考えられない嗜好。
やっぱりこの業界、普通の人は来ないなとhappy01
彼女がカメラマンじゃなく音声スタッフ志望という事を初めて聞き、私は瞬時に「ひょっとして、バンドかなんかやってる?」と尋ねました。
おバカ発想ながら、音声+古着=バンドという短絡思考が働いたんです。
「はい。やってました。まだやる気はあります。」と彼女。


やっぱりこの業界は、自分が追い求めている夢の具現化なんですね。
私も名作映画やドラマに惹かれ、テレビの世界を目指した訳ですから。
彼女の場合、音楽への興味がもともとあって、何となく音声のお仕事に携わりたいという願望を持っていたそうです。
で、ネットで名古屋の求人を知って、はるばる大阪から応募した訳ですね。



「でも、手放しで喜べる現状でもなく。」
珍しく弱気な言葉をつぶやく彼女。ちょっと私は意外でした。
やっぱり、理想と現実のギャップは大きいんですね。
「ネヴュラ」でもさんざんお話してきましたが、一見華やかに見えるテレビ業界も、その実やはり商業原理やプロ意識が火花を散らす厳しい「職場」なのです。
甘い夢など、三日で打ち砕かれてしまう。後はどこまで、本人が砕かれた夢を拾い集められるか。保ち続けられるかにかかっている訳です。
その夢が本物かどうか、それを試される業界なのかもしれません。
夢の大きさが、モチベーションの持続期間に比例すると。


まー彼女の場合、先輩の厳しい指導に根を上げつつあるようでした。
私もそうですが、やっぱり男性原理に基づく言葉の厳しさって、女性にはちょっと辛いものがあるんですよね。

男性同士なら何となく理解できる「言葉の裏の優しさ」が、女性は理解できない場合もある。言葉を額面どおり、そのまま受け取ってしまう事もあるんです。
女性にはそこが難しいところですね。指導する先輩も、勝手が違う所です。

ですから彼女は私のところに来たと。世間話で気持ちを和らげたかったんでしょう。私が人畜無害っぽく見えたのかもしれませんがhappy01
他にも、現場で起こる数々のアクシデントに、ノウハウを持たない彼女は苦労の連続のようでした。
「今の仕事が向いているのかどうか、ちょっと悩んでいるんです。」
弱気な本音を漏らす彼女。よくありますよね。女性同士の会話には。
(妙に「同士」を強調しますがcoldsweats01 他意はありませんhappy01


「そうかー。」私はちょっと先輩面しちゃって。
「でも、名古屋を離れるつもりはないんでしょ。」

「はい。全然ないです。」
「それなら大丈夫じゃない?たった一人で名古屋へ来て、まだ帰りたいと思わないって事は、そこまで追い詰められてないって事じゃないの?
本当に辛い時は、もう何もかも捨てて地元へ帰りたくなっちゃうと思うよ。
まだ半年だし、もうちょっと頑張ってからでも遅くはないよ。」

「あー・・・そう言われればそうですねー。」
目の前の悩みに捉われると、その向こうの大きな夢が見えなくなっちゃう事もあるんですよね。まー何のヒネリもないなぐさめで。こんなもんですよ私はcoldsweats01


と同時に、そんな彼女が羨ましくもありました。
私も昔は、何度も彼女と同じ悩みを持ちました。若者が一度は通る道と言ってもいいでしょう。
でも悩みと可能性は裏腹ですよね。悩むという事は「諦めていない」という事ですから。そこから現状を打破する道が開けるかもしれないと。
きっと私も、悩みながら傷をいっぱい作って、何とかやってこれたんでしょう。


でもさすがにこの年になると、仕事上の悩みって無くなりますね。
場数を踏んでくると、自分の中で「心づもりのスキル」みたいなものが出来てしまう。どんな場面にぶつかっても、状況処理の引き出しがあるんですね。

とりあえずパニクる事はなくなりました。たとえ今回のようなスケジュール押しでも絶体絶命とはならないですから。
体力はともかく、どこかに精神的余裕があります。
それを「慣れ」や「経験値」と言うのは簡単ですが、瑞々しい感性のひらめきは無いのではと。悩まない分、可能性が頭打ちになっちゃった感も否めないですね。

他愛も無い、可愛い悩みとはいえ、彼女はまだ可能性を秘めている。
彼女のそんなところが、私には眩しく見えたのかもしれません。



若さゆえの悩みを抱える彼女に、ちょっと教えられた一幕でした。
やっぱり年をとっても、感性だけは瑞々しくありたいものです。
ちょっと彼女に聞いてみました。
「いざという時に着る、とっておきの一着って持ってるの?」

「はい。ありますよ。」と彼女。
その「いざという時」とは、果たしてバンド活動のコンサートの時か。
それとも、意中の彼氏とのデートの時でしょうか。
さすがにそれは聞けませんでしたが、私はそんな気持ちを
忘れていました。
女性読者の皆さん、貴女は「とっておきの一着」をお持ちですか?
いや、「いざという時」の事を考える、気持ちの若さをお持ちでしょうか?



さて。高額のウェアをお買い上げのお客さんがお店を出ました。
ようやく撮影再開です。
ほんの一時の会話ですが、彼女に大事な事を教えられたような気がします。
悩む事。そして自ら「いざという時」を作ること。
それこそが、感性を衰えさせない事なんでしょうね。

きっとそんな気持ちで、いざという時に着る「とっておきの一着」は、どんな高額なウェアよりも眩い輝きを放つ事でしょう。
3万円のTシャツには負けますがhappy01

2008年5月15日 (木)

癒しの絵札

今日は悪夢の一日。
まさかの番狂わせ。ロケ二時間押し。おかげでスケジュールはズタズタ。

絵にこだわりすぎ。ミラクルカットを期待したおバカな私。
こんな失策、めったにありません。

Photoこの味を楽しんだお昼の休憩も
もう遠い昔。
番組始まって以来、最大のピンチ。
迫るナレーション収録時刻。
アナウンサーもタイムリミット限界。

全セクションに平謝りしつつ、ロケ敢行。
もう精神的限界。失意のズンドコ。

クタクタで帰宅した先ほど。自宅の郵便受けには。
先日オークションで落札した、ささやかなオタクグッズが。

今日唯一の喜び。あわてて開封。
その中には。

Photo_2 今日の心痛を癒してくれる、一組の絵札が。
そーよね。こんな失敗、軽い軽いsweat01

Photo_5 そうでした。空にはいつもネヴュラが光ってるshine
うーむ。まさかこんなルビ付きの一言に励まされるとはcoldsweats01

この絵札の詳細はいずれまた。
ちなみに、本放送当時のグッズですfuji

2008年5月14日 (水)

四川大地震・救援への願い

12日、中国・四川省で発生した大地震の被災状況が、続々と伝えられていますね。
読者の方々の中に被災者の関係者等がいらっしゃいましたら、そのご心痛、本当にお察しいたします。
当初ははっきりと把握できなかった地震の規模、被災者の数も、その全貌が明らかになるにつれ、未曾有の大災害であったことが分かってきました。

13日夜の情報で、死者一万二千人以上、生き埋めとなった人が二万三千人以上。
負傷者に関しては約三万人に上っているそうです。
まさに、先日ミャンマーで起きたサイクロンに続く、大きな自然災害。
救助や報道活動が進むにつれ、徐々に拡大する被災状況に慄然とします。
おざなりで申し訳ありませんが、この状況を知った私は、あまりの被災規模に驚きと悲しみを隠せませんでした。少々、気分も悪くなりました。

新聞からの受け売りで恐縮ですが、今回の地震のエネルギーはあの阪神大震災の約30倍だそうです。正直、ちょっと想像できません。
しかも震源地であり、最も被害が大きかった地区は、内陸、山間、チベット民族地区という典型的な貧困地区との事。また建物倒壊の被害が多発した原因は、鉄筋が足りない建築構造ゆえと、耐震工学の専門家は解析しています。

これは記事にはふさわしくないと思い、今までお話しませんでしたが。
以前、件の阪神大震災が起った数日後、パニックも覚めやらない現地へ、被災取材で向かった経験があります。
その時感じた事は、「道路地図がまったく役に立たない」という事でした。
車が地図どおりに走れない。巨大な建築物が倒壊した為、ほとんどの道路が瓦礫などで分断され、通行不能となっていたからです。
しかも情報伝達機能がダウンした現地では、道路情報入手など不可能。
実際に道路へ入ってみなければ、通れるかどうか分からない状況が続きました。
余震の続く街中を、コンパスを頼りに目的地の「方角」のみを確認、通れる道路を探して回り道の連続、ガソリンの残量を気にしながら不安な取材を続けました。

普段暮らしている街が様変わりしてしまう。
二次災害により、見慣れた建物さえ凶器と化してしまう。
自分が立っている場所の下に、生き埋めになっている人が居るかもしれない。
地の底から湧き上がる様な悲しみの波長がいわれも無い冷気となって、終始私は震えていました。被災者に何の手も差し伸べられない無力な自分に、腹も立ちました。
他にも現場では、今ここでお話できないような数々の出来事がありました。
あの取材以来、私の人生観は確実に変わったように思います。
いずれ気持ちの折り合いがついた頃、お話する機会もあるかもしれませんが。

この不安感、絶望感。私など取材に訪れた者にさえこの恐怖は襲ってきました。
ましてや現地にお住まいの方々、救助の手を待つ人々の不安はその比ではなかったでしょう。

取材した程度で被災者のご心痛を慮る事など恐れ多いですが、その不安の一端は暗い記憶となって、今も私の中でくすぶっています。
阪神大震災でさえその状況だったのです。大きくスケールも上回る今回の地震の被害は、推して余りある事と思います。

近くて遠い国、中国の事情ゆえ、いたずらに現況を比べる事はできませんが、命の重さに差はないはず。学校が倒壊し、多くの子供たちが生き埋めになっている現況などを見るにつけ、悲しみと共に何もしてあげられない自分がもどかしくなります。
また、こんな言い方しか出来ない自分が情けなくもあります。

テレビで続々と報道される各地の被災映像にも、驚愕と共に大きな悲しみを覚えます。
人間は、ほんの数キロに満たない地球の薄皮の上で生涯を過ごしている。
その足元にちょっと自然の営みが起っただけで、私たちはいとも簡単に命を脅かされるのですね。

こういう時こそ、政治的思惑や国家間の確執を越えた、全世界挙げての早急な支援活動を期待したいものです。
暴論かもしれませんが、この災害への対策によって、大げさながら人類のモラルが試されようとしているのでしょう。日本政府の迅速な対応を、切に願います。

あの神戸で感じた悲しみを、出来ればもう味わいたくない。
一刻も早く、被災者の安堵の表情を見たいものです。

2008年5月13日 (火)

ろくろ首事件

2_11 コタちゃん、巣箱が合成のマスクみたいだね。
んもー。なんかよう?
ねようとおもってたのに。

そうそう。ちょっとビックリ映像よhappy02



2_2

今日ウォーキングで、いつもの公園へ行ったのよ。
そしたら!
池のほとりに何かいたのよ。変なのが。

へんなのって?
2_3 これこれ。何だと思う?
きゃーっshockなにこれ?くびがないじゃない。かおはうしろをむいてるしbearing

そーなのよ。で、この後・・・
2_4
ゆっくり首が伸びたんだけどcoldsweats01

なーんだ。きれいなはくちょうさんじゃない。
いや、でもさー。
この池ではめったに見ないよ。白鳥なんて。



2_5ここで白い鳥って言ったら、
このアヒルさんしか見たことなかったもの。

ふーん。どっかからきたんだねえ。
まーいいじゃないの。にぎやかになって。

2_7 やっぱりきれいだよね。はくちょうさんは。くびのせんなんか。

そーだねえ。なんか優雅だよね。一羽じゃかわいそうだけど。
まー仲良くやってもらいたいよね。池の仲間と。

2_10

ま、
わたしのほうがゆうがだけどね。
どう?くびのせん。
その前に。
とりあえず教えてくれない?
首と思ってる範囲をgawk


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2008年5月11日 (日)

造花のカーネーション

母の日ですね。
特に外出もしなかった私ですが、テレビなどでタレントさんが自分の母親について語る一幕を見る度に、今日がその日である事を知らされます。
いつもの習慣で見てしまう「ちびまる子ちゃん」「サザエさん」も、こんなおいしいネタを放っておくはずはなく。いずれも温かな母の日が描かれていました。
いい齢して何ですが、正直、ちょっと居心地の悪い私。

古くからの「ネヴュラ」読者の皆さんはご存知かもしれませんが、私は一昨年前の11月に母を亡くしています。記事にもしたため、皆さんから温かい励ましを頂きました。
まー病気の末の大往生でしたから、これはこれで仕方が無いと諦めています。
あれから約一年半。月日の移り変わりは早く、日々の喧騒につい昔の事を忘れがちにもなりますが、母の記憶については、年を経るごとに鮮明になってくるのが不思議ですね。私も、母の年齢に近づいたという事でしょうか。

そんな母の思い出を最も反芻せざるを得ない日が、今日なのかもしれません。
ショップのウィンドーを彩るカーネーションの赤。プレゼント用に購買意欲を煽るレディースグッズの折込チラシ。前述のテレビなどもその一つです。
祝おうにも祝う人が居ない。この時期だけは、まるで自分が世間と別の世界で生きているような寂しさを感じます。

皆さんも同じかもしれませんが、母親へのプレゼントって、本人の誕生日より「母の日」の方に重点を置きませんか?
やはり母親と言っても女性。年齢を重ねる誕生日より、母として感謝する母の日の方が、祝ってもらうのも嬉しいんじゃないか。昔からそう感じていた私は、誕生日より母の日のお祝い、プレゼントにこだわっていました。
今日は母の日にかこつけて、ちょっと思い出した「プレゼント」がらみのお話をお聞き下さい。身内の恥をさらすようで恥ずかしくもありますが。


昔から花が好きだった母は、いつも家のどこかに花を置いていました。
別に高級な花じゃなく、家の近くで摘んでくる名もない花ばかり。
それも一輪、二輪程度でしたが、小さな花を愛おしそうに花瓶に生け、鼻歌などを歌いながら洗濯物を干す母親の姿が、何故か今も脳裏に残っています。
花が好きなんだなー。母のそんな姿から、母の日のプレゼントを花と決めていた幼い日の私と妹は、少ないお小遣いをはたいて精一杯の花束を差し出した事がありました。
もちろん母は喜んでくれましたが、ちょっと悩み顔も見せていて。
「こんなにあったら、枯れた時かわいそうだねえ。」
母にとって、花はいつも新しいもの、瑞々しいものが好みだったようなのです。
今はドライフラワーなど、色々別の楽しみ方もあるんですが、当時はまだ「花は枯れたら捨てるもの」という概念が強かったんですね。

そんな母の、嬉しくも悩む顔を見た私。翌年の母の日は少し学習しました。
その日のプレゼントは両手いっぱいのカーネーション。でもちょっと仕掛けが。
「このカーネーションは全部造花。でもこの中に、一本だけ本物が混じってまーす。」
そうです。花が枯れるのを悲しむ母へ、「枯れない花」と「本物の花」を渡したいと思った私の、精一杯の折衷案でした。
まだ学生でしたから、お財布も結構痛かったですが(笑)。
幸いにもこのプレゼントは好評で。母は親戚一同にこのエピソードを触れ回り、事あるごとに叔父や叔母から顛末を尋ねられました。

その後も母の日と言えば花、というわけで、私は毎年、鉢植えやフラワーバスケットなどなど、母の喜ぶ顔見たさにせっせと花を贈りつけていました。
ところが、それもままならない状態に。
私が一人暮らしを初めて数年後から母の持病が悪化、入退院を繰り返すようになったのです。もともと、あまり体の強くない母でしたが、入院により家を空けることが多くなると、母の日と言えど花を贈ることは難しくなってしまったのです。
当然ながら、入院中の患者に鉢植えは禁物。仕方なく母は、昔、私が贈った造花などで寂しさを紛らわしていたようです。
私もお仕事などで忙しく、家や病院にもなかなか顔を出せない日々が続きました。

そんな頃からでしょうか。自然と私は、花以外の物を母の日のプレゼントに選ぶようになっていました。まー母の好みは分かりませんが、何となく見立てたハンドバッグや傘、スカーフや小物などなど。
家で、病院で、その年ごとに渡す場所も違いましたが、母はやはり喜んでくれました。
「あーこれはいいわ。ちょうど古くなってたんだよ。これくらいのバッグ。」
見え見えの喜び方に「ちょっと外したかな」なんて反省も覚えましたが、まだまだこんなバッグを持って、元気に街へ出て欲しいなんて思いも込めてのプレゼントでした。
妹はと言えば、これはもう実用主義一本やりで。
毎年「低反発まくら」とか「座イス」などなど、見事に色気のないものばかりでしたが。
まーこの辺は、性格の違いですね(笑)。

ただそんな中、一度だけ母がつぶやいた言葉が、妙に心に残っていまして。
「この造花。枯れなくていいねー。」
母は、昔私が贈った例の「造花カーネーション」をまだ後生大事にしていたようなのです。確かに本数も多かったですから、一本ずつバラバラにして部屋のあちこちに飾っていたのはよく覚えていますが。
それほどまでに、母は「花」の美しさに魅入られていたのでしょうね。

その後も母の病状は、さほど良くなる事はありませんでした。
ただそれでもまだ、母はそれなりに外出もし、家事もなんとかこなせていたのです。
実家を離れて数年。
見る度に老いが目立つ父母の顔に、私も時の流れを感じてはいました。
「あのプレゼントのバッグ、使ってる?」
時々、意地悪に問いかける私に、母はいつも「使ってるよ」と笑うのみ。
「まだまだ元気なんだから。若い格好で頑張ってよ。」
何となく母の健康を繋ぎとめておけるような気がして、そんな会話ばかりしていたような記憶があります。
その裏にはやはり、いつ倒れるかもしれない母への心配があったのでしょう。

父が最期を迎え、失意と病状の悪化が重なって、再度母が病床に伏すまでさほど年数はかかりませんでした。
今にして思えは、親不孝な子供だったと思います。
父亡き後の母を一人にしておけず、かといってお仕事を抱える一人暮らしの身では24時間の介護もままならない。
あちこち駆け回り、老人保健施設に母を入所させた時も、やはりどこかに罪悪感がありました。
どんなに苦労しても、職替えしてても母と一緒に居るべきではなかったかと、自分を追い詰めた事もありました。

一昨年前、11月。眠るように母は逝きました。
葬儀や手続きに追われ、ゆっくり母の思い出を紡ぐ暇もありませんでしたが、そんな喧騒も収まった翌年一月。私は母が暮らしていた実家を引き払う事にしました。
子供の頃を過ごした実家が無くなるのは辛くもありましたが、それも時の流れと割り切ったのです。
ほとんどの家具は処分してしまう為、妹一家や親戚一同を呼び、形見分けとして母の思い出の品を持っていってもらった後、私も残った家財道具の始末にかかりました。
懐かしい品を前に記憶と遊ぶ一時が過ぎた頃、押入れの隅に見慣れないものが。
それは一つの大きなダンボール箱。
見慣れない箱に首をかしげながらおもむろにふたを開けた私は、そこに意外なものを見つけたのです。


そこにあったのは、昔から何年にも渡って私が贈り続けてきた、母の日のプレゼント。
渡した形のままのバッグや傘などが、丁寧に詰められていたのでした。
全部ではありませんでしたが、ほとんどが未使用のままだったのです。


実は私、それを見た瞬間、ちょっと母に申し訳ない気持ちになりました。
やっぱり気に入らなかったんだろうか。
それで、こんな風に仕舞いこんでいたんだろう。なんて。
使ってくれないプレゼントを毎年贈っていたなんて。私は母の事を何にも分かっていなかったんだなーと、またしても自分を責め立てていたんです。
で、他の家具と一緒に処分してしまいました。
その品々を見る事が、私には辛かったんです。


母が亡くなってから、母の日にはいつもその事を思い出します。
あれはどういう意味だったんだろうと。
確かにあれを見た瞬間は、せっかくのプレゼントを使ってくれない母に詫びたい気持ちもありました。
少し腹が立ったのも事実です。
要らない物なら、翌年には違う物を打診してくれればいいのにと。


でも最近になって、ちょっと考えが変わりました。
あれはひょっとすると、昔私が贈った「造花のカーネーション」だったんじゃないかと。
花はいつか枯れてしまう。バッグや小物も使えばいつか捨てる時が来る。
母は私のプレゼントを大事に思ってくれ、使わない事で、あの造花のように永遠のものにしたかったんじゃないか、なんて。
都合のいいひとりよがり。恥ずかしい甘えに過ぎない事は分かっているんですが。
今日みたいな母の日には、思い出も美化したいじゃないですか(笑)。

母はもう居ません。真偽のほどは確かめようもないですが、そんな風に思う事で自分を納得させています。
まー実際のところ、好みには合わない、かと言って捨てるわけにもいかず、なんて事情でしょう。
でも私はこの事に、優しく花が好きだった母への思いを投影したいのです。
そんな風に思えるほど、母とも程よい距離になったんでしょうね。
こんな心持ちになるまでに、一年半の時間が必要でした。
おバカですね。自分でもそう思います。


母の日の今日は、読者の皆さんのお宅でもお母さんを囲んで、楽しい一日を過ごされたと思います。
プレゼントもたくさん渡されたのでは?
渡す人、受け取る人、感謝の心が交錯するこの一時を大事にして下さい。
私のような親不孝者にならない為にも。
きっと私は今日のお話の疑問を、一生持ち続ける事でしょう。
でも、それが母を思い出すきっかけとなるなら、それもいいかなと思っています。
ひょっとするとそれが、母の一番の望みかもしれないからです。

とりとめのないお話で、申し訳ありませんでした。
でもさすが私の母。いたずら心も並外れてますね。
私も母に負けないようにと、思いを新たにした次第です(笑)。

2008年5月10日 (土)

我が闘想

「朝から降るなー。」
今日の名古屋は一日雨。予報どおりとはいえ、これだけ暗い空に閉じ込められると、なんとなく気も滅入るというもので。

しかも結構寒くて。部屋着もちょっと季節が逆戻り。
巣箱へ牧草を引っ張り込んで、コタもすやすやと眠っています。
まー平和と言えば平和ですがhappy01

実はここ数日、「ネヴュラ」更新をお休みしていたのには理由がありまして。
一つはゴールデンウィーク明けで、溜まっていたお仕事を片付けていた為。
でも、それよりも大きかったのは、例の「宇宙船映像倶楽部」の余波なのでした。
例の「新・特撮ヒーロー構想」の企画書送付から、はや5日。
「またその話?聞き飽きたよ」なんて声も聞こえてきそうですがcoldsweats01

顛末を未見の方は、まずこちらからご覧下さい。
4月1日(火)『奇跡の復活』

http://spectre-nebura.cocolog-nifty.com/cultnight/2008/04/post_94fd.html

5月7日(水)「昭和から宇宙へ」
http://spectre-nebura.cocolog-nifty.com/cultnight/2008/05/post_2ba3.html

書き貯めなどせず、毎日の気持ちをライブ更新coldsweats01している「ネヴュラ」ゆえ、どうしてもその時の集中度の高さが記事に反映してしまうのでした。
変わり映えしない話題でごめんなさい。興味ない方はどうぞスルーをcoldsweats01

結果はどうあれ。どんな事に対しても、それなりにベストを心がける一本気な性格に加え、企画実現化という、またとないチャンスに気合も入りまくった私は、今回の企画に力を入れすぎたきらいがありまして。
今、ちょっと虚脱状態なんですsad
要は、疲れちゃって何も手に付かない状況なんですねcoldsweats01

もちろん日々の糧であるお仕事には、当然ながら気合も入れますが、それ以外のことはもうヘロヘロ。ボーッとしちゃって、今日なんかまる一日寝てました。
雨で暗い部屋、ひんやりした空気も幸いして、睡眠には絶好のシチュエーション。
寝覚めのアリシア・キーズも気持ちよくhappy01

で、よくよく考えてみれば。
この虚脱状態の原因は、企画作成のモチベーションとは別の部分にもあったんです。
今回の企画は、以前から漠然と思い描いていたヒーロー像の具体案である以上に、普段「ネヴュラ」でさんざんお話している私見を、すべて出し切っちゃったようなものなんですね。ですから今はもう、頭の中は本当にカラッポ。要は「ネタ切れ」なんですよcoldsweats01
加えて、何かいつもの私見をヒネリ出そうとすれば、どこか今回の企画のネタバレっぽいお話になってしまう。それだけ、私の芯の部分を凝縮した企画だったんです。
「さあ困った。これじゃ何にも書けないよーweep
こんな事もあるんですねー。面白いと言えば面白い現象ですがhappy01

確かにこういう経験は、以前から何度かあります。
いずれも「出し切った」という充実感を覚えた企画立案、番組制作の後に感じるものですね。心地よい疲れと言うか。
企画立案の場合、その思いは特に顕著です。
番組制作はある意味ルーティンワークなので、覚える感動もそれなりに留まるんですが、その時々の自分の全てが露となった企画を発表する、という体験は、ある意味、日頃のストレス発散にも似た快感を伴うものなのです。
ご同業の方ならよくお分かりでしょう。お仕着せの企画ではなく、温めていた「入魂の一作」をプレゼンする高揚感をfuji
特に今回は「特撮ヒーロー作品」という、まさに私の命題とも言えるオーダーでしたから、これ以上思いのタケをぶつけるネタもないわけでhappy01

そんな訳で。今日はちょっと「思いを伝える苦労」について、とりとめもなくお話してみようと思います。まーせっかくの機会ですから、おバカな苦労話をしたためておくのも記念になるかと。いつも以上にショボいお話ですcoldsweats01

でも皆さん。「こういうヒーローが見たい!」「こんなヒーローは今まで無かった!」なんて思いは、皆さんの胸の中にも絶対ありますよね。
特撮映像に魅せられ、スクリーンやプラウン管のヒーローに熱い声援を送ったご経験をお持ちの方々なら、そんな思いを持たないわけがありません。
でも実際、それを何らかの形で、他人に伝えようと思ったら。
これはもう、想像を絶する作業なんですよ。特に凡人以下の私にとってはcrying


雑誌「宇宙船」復活号(4月1日発売号)をお持ちの方は、ちょっと件の企画募集ページをご覧下さい。
そこにはプロット案の例文として、雨宮慶太監督作「牙狼 白夜の魔獣」のプロット説明が採録されています。
これを見ればある程度「プロット」というものの概念は把握できるでしょう。
シナリオとの違いもよく分かると思います。
しかしながら、「新ヒーローの構築」というオーダーからすると、ちょっとこの文例では足りない部分があるんですよ。この点は雨宮監督も説明されていますね。
「プロットには書式などない」「参考にしてちょうだい」と。

というのは。実は私、「牙狼」を見たことが無いんですが、未見の人間が、あのプロットだけを見て「牙狼」の世界を把握するのは不可能なんですよね。
これはあくまで参考資料。プラスアルファが必要なんです。
雨宮監督もそこを期待して、あえて大事な部分を伏せたのかもしれませんが。


「新ヒーロー」って、文字通り「誰も見たことのない、新しいヒーロー」って意味ですよね。という事はつまり、プロット案の前に「ヒーローそのものの説明」が絶対必要なんですよ。
このヒーローはどういう存在で、何に対して戦い、何を守るのか。
で、そのドラマを通じて、いったい何を主張したいのか。


「テーマ」を描く目的で「ストーリー」がある訳です。
それは私も、駆け出しの頃に先輩からこっぴどく叩き込まれました。
「この番組のテーマは何だ?」
「お前はこの番組を通じて、いったい何が言いたいんだ?」と。
テーマやメッセージは作品の骨組み。
ドラマ制作とは、テーマという骨にストーリーという肉を加えていく作業なんですから。どんなドラマだって、その部分は絶対に外せない訳なんです。

逆に、テーマなしでドラマを作れる脚本家が居たら、その人は天才かもしれませんがhappy01


ですからすべての世界観、設定、ストーリーは、テーマから逆算される必要があるんですね。
本来、プロット案と言えど「私はこれを言いたいから、このヒーロー、ストーリーを考えた」という説明が、まずあるべきなんです。

現在皆さんがご存知の、既存のヒーローを使う場合は別ですよ。
それらは既に世界観やテーマが、ある程度構築されていますから。
「ウルトラマン」と言えば「あー大体ああいうお話だな」と分かる。
これは、作品のテーマがもう出来上がっている事の証明です。
古今東西、これは不変ですね。


でも今回のオーダーは「新ヒーロー」。
時代設定から世界観、ストーリーまで、想像すら出来ない案を「他人に伝える」訳ですよね。これはもうあらゆる知力、文章力を駆使して、自分のビジョンに近い表現を模索する以外に方法がないんですよ。

なにしろそのヒーローは、まだ世の中に存在しないわけですから。
「○○風の」「○○に似た」という表現を使えば簡単ですが、それは受け手の想像力を限定してしまう弊害がありますし、何より、自分に対して負けを認める事になります。
既存のヒーローと共通点を持つという事は、その時点で「新しい」というオーダーに反していますし。
何より、オリジナルと同じ事をやっていては、絶対にオリジナルを超えられないですしね。
既存のヒーローから考えていては既に遅いんです。
そのヒーローが生まれる前から考えなければ、オリジナルとなる事は出来ません。これは間違いないと思います。


おそらく今回の企画募集、デザイン・プロット・イメージボードの三本立ては、一般の方々に分かりやすく、イメージを形にしてもらう為の措置だったと思います。
確かに業界関係者でなければ、企画の説明手法や「読み手を乗せる」言い回しなどは難しいですし。おそらくまずビジュアルやストーリーなどの「パーツ」を集めて、それを叩き台にテーマを決めて行こうという「逆発想」ですね。
それはそれで面白い試みとは思いますが。

でも私はまず、そこでつまづいてしまいました。
「いや。テーマが先でしょう」と。

ここが古いオタクの性。
「なんでもいいじゃんカッコよければ」が許せない性格なんです。私。
第一、その発想では「キカイダー」なんて絶対に生まれない筈ですからhappy01

ですから今回私は、企画意図(テーマ説明ですね)や世界観、ヒーローの設定説明に、企画書の三分の二を費やしました。
枚数にして、A4約10ページ。ビッシリとhappy01
プロットそのものはその後。5ページ程度に過ぎなかったんです。
実に懇切丁寧。テーマから始まり「このテーマだからこの設定、このストーリー」という説明に、徹底的にこだわりました。
あまりにガチガチな設定も面白みがないですが、とにかく「言いたい事は分かった」と思わせる事に全力を注いだのです。
とりあえずそこをクリアしなければ、相手には伝わらない。


新しい作品には、必ず新しいテーマや世界観の説明が必要となる。
そうでなければそれは「思いつき」。「企画」ではありません。

過去、思いつきと企画の狭間でさんざん悩んできた、私の結論です。
まー今回の募集は、あくまで雑誌の読者企画。「思いつき」でいいのかもしれませんね。そこまで本気になる必要もないのかも。
でもやるからには、後悔したくないですしね。


とはいえ私の企画も、世界中を探し回ればどこかにある物かもしれません。
まー私なんぞの考えですから。オリジナルと言えど、たかが知れてますしねweep
でも、その苦労の跡は、やはりそこかしこに表れているとは思います。
「まだ無い物を説明する」って、本当に至難の業なんですね。

1963年。「WOO」をフジテレビにプレゼンした金城哲夫氏は、きっとこの現実が骨身に染みた事でしょう。
当時、「不定形生物」というヒーローの設定を他人に理解させる難しさは、想像を絶するものがあったに違いありません。
でも先人はそれを越えてきた。私はそこに強いシンパシーを感じます。
今回の企画は、そんな先人たちの思いを追体験できるという意味でも、非常に深い意義を感じますね。本当に貴重な体験でした。

本当は、編集部で直接プレゼンなんて機会が与えられれば、もっと良いんですが。実は得意なんです。そういうハッタリもhappy01



愚にもつかない独り言にお付き合い下さり、ありがとうございました。
でももう一つ。これも偽らざる本音ですが。
私のような古い者の下らない企画より、本当は、斬新で突飛な発想を掲げた、若い人たちの登場に期待しているんです。
「えーっ!この手があったの!いやーやっぱり、今の人は凄いなー」とビックリするような新企画を、私自身も待ち望んでいるんですね。
募集に踏み切った初代部長、雨宮監督も、きっと同じお気持ちと思います。
「テレビは若い人の活躍の場だ」とおっしゃった故・円谷英二監督の言葉が、強く心に響きますね。
当時のウルトラマン制作スタッフの平均年齢は20代だったと聞きます。
やはり想像の翼は若者の方が強く、たおやかにしなるのです。


いつまでもウルトラ・ライダー・戦隊・美少女・パロディーじゃないでしょう。
オールドファンのドギモを抜くような斬新な案が、若い人から生まれて欲しい。

その人こそ、新時代の特撮界を率いる「ヒーロー」なのかもしれませんねhappy01

2008年5月 7日 (水)

演出力VS存在感

Photo_3「いやーこの時期、こんな二本が並ぶとはheart04
ゴールデンウィークも明けた今日、お仕事の帰り。
行きつけの劇場へ向かった私は、お目当ての前売り券を求めて上機嫌。

皆さんもよくご存知と思います。
「ランボー 最後の戦場」(5月24日公開)
「インディ・ジョーンズ クリスタル・スカルの王国」(6月21日公開)。
いつもの癖で、チラシも鬼のようにもらっちゃいましたcoldsweats01

1980年代初頭。同時期に産声を上げたこの2シリーズ。
ご他聞に漏れず、私も両シリーズに夢中になりました。
シルベスター・スタローン、ハリソン・フォードという世界の大スターが主役を張るこの両シリーズは、当時の若者の心を鷲掴みにする魅力に溢れていたのです。
ちょうど今で言う「パイレーツ・オブ・カリビアン」や「ハリー・ポッター」、「ボーン」シリーズのようなものでしょうか。
いや、その人気の程は、それらをはるかに凌駕していたのかも。

Photo_4インディシリーズ第一作目「レイダース 失われたアーク」(1981年)公開時。
「『スター・ウォーズ』のルーカスと『未知との遭遇』のスピルバーグが組んだアドベンチャー超大作」「まるで地上に降りたスター・ウォーズ」なんて触れ込みに心を震わせた、懐かしい思い出も。

なにしろ当時の私にとって、ルーカス・スピルバーグは世界のエンターティメントをリードする二大巨頭。「この二人が組んだら、世界中の監督が束になっても叶わないだろうなー」と期待は膨らむばかりで。
事実、公開された「レイダース」は物凄く面白かったですね。
この作品から「ジェットコースター・ムービー」という言葉が生まれるのも無理はないほど、完璧な作品でした。
鑑賞直後、「これを超える作品は、あと20年は生まれないだろう」なんて思ったりもしましたし。個人的には「スター・ウォーズ」よりも好きなシリーズなんですhappy01

Photo_5「ランボー」は一作目の雰囲気をがらりと変えたアクション大作「ランボー 怒りの脱出」(1985年)に大変な衝撃を受けました。
あれほど『ベトナム帰りのワンマン・アーミー』という設定が(エンターティメント性という意味で)うまく活かされた作品は、私にとって初めてだったのです。

男性の肉体美をこれでもかと強調する作風も、この作品が火付け役だったような気がしますね。ウブな私は鍛え抜かれたスタローンのお姿にドキドキしていました。
(白状しましょう。自宅の部屋には「怒りの脱出」のポスターを貼ってました。しかもポスターは二枚入手。今だに新品を一枚持ってますcoldsweats01

いずれも初作から約四半世紀の時を経ての新作ですが、主役俳優の交代もなく、今だにオリジナルキャストが守られている辺り、ちょっと驚きを隠せませんね。
なにしろ、今20歳の方々なんて、両シリーズの初作公開時はこの世に居なかった訳ですから、その歴史も尋常じゃありません。
007シリーズだってあれほど主役が交代しているというのに。
しかも「ランボー」「インディ」共に、アクションの激しさから言えば007以上。
スタローン・ハリソン共によくこんなお仕事を請けたなーなんて余計な心配さえしてしまいます。失礼ながらご老体にムチ打って頑張るお姿は、私達オールドファン(と書いてビックリしましたがcoldsweats01)の希望の星かもしれませんshine

さて。折りに触れ、スーパーシリーズ奇跡の復活なんて騒がれるであろうこの二作ですが、チラシや資料を見る限り、その世界観・テイストが忠実に守られているところは嬉しい限りですね。
例によって、ストーリーの中身やクォリティーを邪知するのは避けましょう。
こういう期待感を持続して公開日を待つのが、映画との正しい向き合い方と思いますし。宝くじの抽選日を待つ感覚に近いものがありますね。
当たりかはずれか。
そうか。だから作品が面白かった時、あれほど至福の感覚があるんですねhappy01


Photo_6ちょっと両シリーズの過去作品を思い出して、テイストや面白さを考えてみますと。
まず、一年の差ながら先輩作品である「インディ」シリーズは、何と言ってもルーカス・スピルバーグの映像センス、サービス精神、アミューズメント感覚に支えられた「観る遊園地」感が面白さの原動力でしょうね。
そういう意味では確かに「スター・ウォーズ」的空気は「インディ」にも移植されていると思います。
ただ「スター・ウォーズ」にあって「インディ」に無い物。
それはやはり「SFマインド」でしょう。
そりゃそうですよね。スペースオペラと冒険活劇、宇宙の彼方と今世紀の地球では、もともと世界観もまったく違います。
ところがその差が、「好み」を生むんですね。


余談ながら。私は古いウルトラファンなものでcoldsweats01「宇宙人は侵略者」「シリアスで怖い存在でなきゃ」主義なんですよ。これは好みなのでお許し下さいcoldsweats01
ですからどうにも「スター・ウォーズ」の登場キャラには感情移入が出来ないんですよ。
「宇宙人がバーでバンド演奏しちゃー」なんて思っちゃったり。
ですから海外の宇宙人像では、むしろ「スター・トレック」の方が好みです。
あい変らずのおバカで申し訳ありません。怒らないでねcoldsweats01
あくまで好みですから。作品の出来は素晴らしいと思いますが。
まーもともと、歴史ミステリーやオーパーツ、世界の不思議が好きなものですから、そんなインディの世界に心酔してしまったのでしょう。
こんなもんですよ私はcoldsweats01

Photo_7ちょっとお話が逸れましたね。
私にとって「インディ」の面白さはその世界観に加え「ありそうで絶対無いリアル感」なんですよ。
うまく言えませんがcoldsweats01
「あれじゃ主人公は絶対助からないでしょう」と言わせない世界観と言うか。

その冒険感覚を創出する為に、ルーカス・スピルバーグはドラマの時代を1930年代に設定したというお話も有名ですよね。
「冒険活劇がリアリティーを持ち、宝物やオカルトが信じられていた時代」という意味で。


で、もう一つ、「インディ」はスピルバーグ特有の映像感覚に支配されているところも好みなんです。
最も顕著なのは「クレーン・広角レンズの多用」でしょうか。
技術的なお話ですが、人物の感情を表現する為、カメラが顔へのズームインを行う時、スピルバーグは普通の監督以上に「寄る」んですよね。
しかもズームのスピードに独特のセンスがある。

あの効果は、画面のパースを強調する広角レンズ特有のものじゃないかと思います。しかもクレーンにより、その効果はさらに高められる。
確かにスピルバーグは全ての作品で広角を多用しますが、効果が最も出ていたのがこの「インディ」シリーズだったような気もするんですよ。
あのカメラワークが、アクションのつるべ打ちに一層のリズム感を与えている気がします。


まるで人物がスクリーンから飛び出しそうな感覚。これは「スター・ウォーズ」では、ILM操る特撮シーンのみに顕著だったような気がします。
人物同士のシーンは意外に普通に撮っている。ちょっと平板的なんですね。
顔の寄りにしても、カットを割る場合が多かったような印象があります。
おそらく合成など後処理の都合もあったのでしょうが、これはルーカスとスピルバーグの資質の差でもあると思います。監督の生理って、こういうところに出るんですよ。

そういう意味で、「アクション」「スペクタクル」というプロットの要求をより具現化できたのは、スピルバーグだったような気がするんですね。
ただSW、インディいずれのシリーズも、やはりその源泉は、ルーカスの卓越したプロデュース能力にあった事は否定できません。要は適材適所という事ですね。


そんな差がありながらも、やはりSW、インディ両シリーズとも、その面白さはずば抜けています。ストーリー構造も共通する部分が多いので、パッケージングの違いによる兄弟シリーズと言えるかもしれません。
両シリーズに共通するのは、とにかく「アイデア命」という事ですね。
大まかなストーリーはあるにせよ、一つのシーン、一つのカットに、どれだけギミック・アイデアを詰め込めるか。これが作品の生命線でしょう。


Photo_8ですから極端に言えばキャストよりストーリー・プロット重視。
007的作劇法と言えるのかもしれません。
俳優じゃなく、劇中の役に重点が置かれている。

あくまでも主役は「インディ・ジョーンズ」というキャラクターであって、ハリソン・フォードじゃない。
例えば今回の新作、インディ役がハリソンじゃなくても、ストーリーのテイストはそれほど変わらないんじゃないかと思います。
ファンの皆さんだって、たぶん「ハリソンの顔じゃなくて、スピルバーグの演出を観に行く」という感覚じゃないでしょうか。

ただこれは決して、ハリソンの存在感が薄いとか、俳優の演技に意味がないという事ではありません。これは作品の一つのタイプなんですね。
あれほど面白い作品を「主役が変わったら作品もつまらない」なんて、絶対言えませんからhappy01



Photo_9さて。その「インディ」に対して「ランボー」は。
もうお話の趣旨はお分かりと思いますがhappy01「ランボー」シリーズって、完全にスタローンありきの作品ですよね。
スタローンの存在から、企画がスタートしている。

あのちょっと寂しそうな、口下手な大男じゃなければ考えられない。
例えば、よく比較されるアーノルド・シュワルツェネッガーが「ランボー」を演じたら、なんてとても想像できないですもんね。
スタローン主演の「ターミネーター」が成立しないのと同じ理由です。


これは明らかに、主演俳優の存在感がストーリー・プロットを凌駕している好例と思います。完全にスタローンの魅力が観客動員を促進している。
で、案の定、作品の作りもそういうシフトになっているんですね。


Photo_10「ランボー」という物語は、基本的に日本の任侠映画に通じるドラマ構造です。
「耐えて耐えて、その末に爆発する感情のカタルシス」が命なんですね。

要はスタローンは、高倉健さんなんですよhappy01
ですから、そのカタルシスを効果的に見せる為の作劇が徹底されている。

いつもランボーは上半身裸で大勢の敵から攻撃を受け、体中に傷を負います。
彼が敵に拉致されたり、拷問を受けたりする事によって、観客は「この仕打ち、百倍にして返すぜ」的なカタルシスへの期待・欲求が高まっていくわけです。

そこには別に、シーンごとのギミックやアイデアはありません。
感情を一方向へ誘導して行く方向のみに、ストーリーのベクトルが傾いている訳ですね。
「怒りの脱出」の開幕一時間後。
拉致されたランボーが敵の通信機から、自分を裏切った上官に向かって叫ぶ「マードック、命を貰いに行くぜ」というセリフに大変な爽快感を覚えるのは、そこまで周到に高められた観客の期待ゆえなのです。


Photo_11ランボーシリーズのドラマ構造は、第一作を除き、ほぼこういう流れです。
「世界観」じゃなくて「スタローンのアクションを最大限に魅力的に見せる作劇」がメインなんですね。
ですから極端なお話、見終わった後には、スタローンの顔しか頭に浮かばない。
それほど、俳優の存在感が突出したシリーズなんです。
ケイト・キャプショーの踊りや桂文珍happy01「ハエ」などhappy01happy01が次々と浮かぶ「インディ」とは対照的ですね。
この作りは当然、主演俳優の好みによって、観客動員が大きく左右されます。
ですから一種の賭けと言えますね。よほどネームバリューが高い俳優でなければ成立しない作劇ではあります。
でも人気不動の俳優ならヒットは確実。固定ファンが居る訳ですから。


これは監督の選定にも表れていますね。この「ランボー」シリーズは、監督のネームバリューや手腕で見せるシリーズではない為、全作、別の監督が担当しています。
今回の「最後の戦場」はスタローン自身がメガホンを取ったようですが、意外にもこれはシリーズ初なんですね。まー基本ラインは同じですから、安心と言えば安心ですがhappy01

実はこの作劇術は、最近は反主流になりつつあります。
どちらかと言えば、プロットやギミックで見せる作品の方が増えている。
カリスマ性を持ったスター不在の現状が反映されているのでしょう。

ですからある意味、こういう作品は貴重かもしれません。
私などもやはり「スタローンを観に行く」という感覚が強いです。
ロッキーでもランボーでもなく、スタローンを。
基本的には演出重視の私でも、例外的にこういうケースはあります。
前述の通り、これも作品の一つの創り方なんですね。
少ないながら「スクリーンいっぱいにスターが映っていれば、それで満足」という作品も、確かにあるのですから。


「スピルバーグ監督の」インディ、「スタローン主演の」ランボー。
あり方もテイストも異なる二つのシリーズですが、いずれも最新作が公開される事は嬉しい限りです。
いやー楽しみ。こういうおバカが夢想できるのも、映画ファンに与えられた素晴らしい特権ですね。
あい変らず、劇場グッズ用の予算は微々たるものですがcrying

昭和から宇宙へ

いやーずいぶんご無沙汰しちゃいまして。ごめんなさいcoldsweats01
こんなに充実したゴールデンウィークは、ホントに久しぶりです。

ここ数日、さんざん触れ回っていた「宇宙船映像倶楽部」の企画書ですが。
やっと完成。昨日6日、編集部へ発送しました。締め切り四日前でした。

今回も大苦戦。元々才能が無い所へ持ってきて、
思いつきの勢い企画だったものですからもう、穴だらけでweep


でも、出来上がっちゃえばこっちのもの。
この充実感は、何物にも代え難いものがありますhappy01

Photo
これ、何だか分かりますか?
スペクトルマンとゼロンの下に重なるA4PPC用紙。
実はこれ、今回の企画書のNG原稿。失敗作の束なんですよweep
ざっと150枚以上。書いては印刷、推敲してまた印刷の繰り返しで。
提出した企画書は全17ページですから、十稿近くを重ねた事になります。
昔の作家の先生が、書き損じの原稿用紙を丸めて放るようなものですね。
レベルは月とスッポンですがcrying


まー大変でした。

「パソコンで打った文章は、活字があまりにも整然と並んでいる為、画面上では欠陥が見つけにくい。チェックは印刷して見るのが一番。」
ある本に書いてあったそんな教えを守って、今回はとにかく「提出状態でチェック」に徹しました。するともう出るわ出るわ欠陥がcoldsweats01


今回はプロット案一本に絞り込んだので、設定やストーリーの穴は致命的。
印刷したものを読むことで、新しいアイデアが浮かんだりするんですよね。
時間を置いて再読しても、また違う切り口が見えてきたりして。
この5日間、寝ても醒めてもウォーキング中も、入浴中に至るまで、頭にあるのは100%企画の事だけでした。
ここまで集中できたのはある意味、本当に運が良かったですね。
ちょうどお仕事の合間でしたしhappy01


「新しいヒーロードラマ」って、考えてみると非常に難しいものなんですね。
自分の中にある過去のヒーロー像を、一度否定しなきゃならない訳ですから。

そこを突き詰めていく事によって、名作と呼ばれたヒーロードラマがいかに精緻な設定、優れた発想の下に生まれたかがよく分かりました。
こうして、過去の作品と真剣に向き合う事が出来たのも、今回の企画考案の大きな収穫だったと思います。

本当に真剣に、夢に出るほどヒーローを突き詰めた経験って、これまであまり無かったように思います。良い経験でした。
過去の名作を企画したクリエイター達の気持ちが、ほんの少し分かったような気がします。
きっと金城哲夫さんもあの「金城ノート」を礎に、こうして悩みながらウルトラマンを作り上げて行ったんだろーなー、なんて。
天才・金城氏と凡人の私では、アイデアも天地以上の差ですがcryingcryingcrying

ともあれ、やっぱり出来上がった企画は、子供のように可愛いものです。
厳重なチェックの上、意気揚々と郵便局へ。
ポストじゃなく直接、局員さん(今は社員さんか)に頼みたかったんです。
もちろん昨日は祝日でしたから、受付できる窓口を事前確認して。
こういうのはお仕事で日常茶飯事。妙な所に慣れが出ますねcoldsweats01


Photo_2 地元の昭和郵便局から無事発送。
「昭和」ってところがお気に入り。出すならここって決めてました。

なんかいいじゃないですか。「昭和から宇宙船編集部へ」って。

さあ。これで私も「宇宙船映像倶楽部」へアプローチ出来ました。
まー昭和のオタクのヒーローアイデアですから、鼻で笑われるでしょうが。

でも採用の有無はともかく、チャレンジする姿勢が大切(負け惜しみweep
いや。宝くじ以上の低確率でも、チャンスはゼロじゃない筈と(儚い希望crying

ともあれ、熱い時間を与えてくれた「宇宙船」に感謝したいですね。
どんな駄作でも、まず出さなきゃ始まらないと。
いつまでも受け身じゃいられませんからhappy01

7月1日発売、次号の結果発表が楽しみです。
こうして全国から集まる熱い思いの結晶が、新時代のヒーロー誕生に繋がることを期待したいですねhappy01

2008年5月 3日 (土)

助けて中村博士

Photo
もー頭カラッポ。考えすぎて。
「宇宙船映像倶楽部」用企画書の作成で、頭絞りすぎ。
もともと旧式CPUの頭。
ようやく企画意図が出来上がった所なのに、もう煙を吹いてます。
気分直しのウォーキングも、気温30度越えの瞬間にぶつかっちゃって。
よりによって今年一番の暑さとはsun
全身から立ち上る水蒸気。これじゃ逆効果ですね
weep

Photo_2
ビスコを食べてもうひとガンバリ。創製者、中村静博士の力を借りて。
ヒーロードラマに博士は付きモノですから。
予定キャストに加えちゃおかなhappy01

でも不思議ですね。
こんなに疲れていても、ブログを書くことが気分転換になるというのも。
応募締め切りまで、あと6日とちょっとclock
この疾走感がたまりませんpunch

2008年5月 1日 (木)

キレるしヘコむし

5月に入ったばかり、ゴールデンウィーク真っ最中なのに。
キレました。


Photoこんな小ネタでは三行ももたないので。
早々にタネを明かしますと。
キレたのは私の愛車、ミニバイクのヘッドライトに使われていた電球。
実は、二日ほど前から怪しかったんですが。
昨日は近くのサービスショップがお休みだったので、取り替えに行けなかったのでした。


Ff 以前から「ネヴュラ」でもお話の端々に上っている、私のミニバイク。
SUZUKIのヴェルデです。写真は初お目見えですね。
これが私の頼もしい相棒。
通勤はもとより、あらゆる移動に大活躍してくれます。


このヴェルデ、私は三年前・2005年の夏に購入しました。
ちょうど当時は、愛知万博の開催時期。
万博会場でお仕事をしていた私は、毎日、ミニバイクで通勤していました。
当時、私はHONDAのジュリオに乗っていたんですが、それ以前からあまりに酷使しすぎた為、この万博を期にお役ご免、新車購入に走ったのです。

ここで、ミニバイクにお詳しい読者の方は、ちょっと不思議に思われたのでは?
「2005年の夏って言ったら、ヴェルデは既に生産終了、型遅れの旧式だったんじゃ?」
その通り。実は私、このデザインに惚れ込んで、名古屋中のバイクショップを探し回りました。もちろん雑誌やネットも駆使して。

車もミラ・ジーノを選ぶ私は、元々レトロ風デザインが大好きで。
ミニバイクもHONDAのジョルノやスーパーカブのカスタムタイプなどを乗り継ぎ、ジュリオに至る遍歴を持ちます。

今回の乗り換えも本当はVespaが欲しかったんですが、メンテの難しさに国産へシフト。
「ジュリオに匹敵するデザインはヴェルデ以外にはあり得ない!
色も黒以外ダメ!」
思い込んだら妥協を知らない私は、それこそ血眼になって捜し求めました。


当時は、ミニバイクのエンジンが2サイクルから4サイクルに移行する時期でした。
次々と発表される4サイクルのニューモデルに押され、2サイクルモデルは淘汰される運命にあったのです。そんな時期でしたから、「最後の2サイクル」と言われたヴェルデの存在は、まさに風前の灯。
そんな事とはつゆ知らず。惚れ込んだ私がおバカでしたweep

ショップで尋ねても「カタログに載ってるのに在庫が無い」と断られる事十数軒。
新車をやっと見つけた時には、それこそ運命を感じたものです。

2005年8月現在、名古屋に残った最後のNEW黒ボディーhappy01
別にハカイダーの「黒いカラス」じゃありませんがhappy01
むしろ意識したのはバットサイクル。
なんたって私は男女の中間、「バット・ガール」ですからhappy01

旧式なんて関係なく、私にとって最高の一台となったヴェルデ。
ここ三年、労わりながら大事に乗ってきました。
金属部分に浮き出した錆なども、何故か愛おしい今日この頃。
バックミラーを盗まれた事はあっても、そりゃー中身は三年も無傷だったんですから、電球くらい切れますよねー。無理もありません。
「よしよし。新しいのに変えてあげようねー。」
ザラガスにやられたウルトラマンの目のように光が消えたヴェルデに乗って、私はいそいそとサービスショップへ走りました。ところが。

「あらっ?」後のタイヤに軽い違和感が。
いつもの乗り心地と違います。

私もミニバイク歴ウン十年ですから、この違和感の理由はすぐ分かりました。
そう。アレです。
あわてて降りてタイヤを押さえれば。もう面白いようにヘコんじゃってcoldsweats01
「来るときは来るもんだよねー。」


電球切れに加えてパンク。
昔の私なら、ここですかさずパニくっていた事でしょう。
でも慣れと言うかなんと言うか。こういう場数だけは踏んでいる私。

「このエアーの減り加減なら、あと何分走れるか」なんて事が読めちゃうんですよね。まーこんな事、ミニバイクオーナーの皆さんなら体で覚えているでしょうから、私がイバる理由は全くないんですがcoldsweats01


Photo_2そんなこんなで、だましだましSUZUKIのサービスショップへ到着した私は、すかさずパンクの具合を調べてもらいました。
電球は事前に電話で在庫確認していたので、無事入手。最後の一個だったらしいですが。
もー事あるごとにドラマを盛り上げますよねー。
事の真偽は確かめない事にしていますがhappy01


Photo_3「あーこれですねー。
お客さん、路肩近くを走ってませんでした?」
サービスマンの彼が見せてくれたのは、タイヤに深く突き刺さっていた金属片。

クネクネの釘のような形をしています。
「タイヤが薄くなっているので、こういうのが刺さるとすぐにパンクするんですよ。」
前々から分かっていたんですが、私は車よりヴェルデの方が、
圧倒的に使用頻度が高いのです。その為、もうタイヤもツルツル。
言われるまでもなく、漠然とタイヤの交換時期かなーなんて思っていたのです。

偶然とは言えまさに今日の一件が、私の背中を押してくれました。
すかさず発注happy01
しかし物事はうまくいかないもので。ましてや幸薄い私の事ですからweep


「ごめんなさい。タイヤの在庫が無いんですよ。」
すまなそうに話すサービスマン。何となく予感はしていましたが。

そりゃそうですよね。三年前に生産終了したモデルのタイヤなんて、そうそう在庫してあるものでもありませんし。
うーむ困った。この状態じゃ途中でエアーが空。帰れないよーshock
でもここでお金を払って、替え時のタイヤをバンク修理してもらうのも勿体無いしなー。そんなんじゃ、いつまたパンクするか分からないし。


「こんなのどうですか?」
さすがプロのサービスマン。代案も堂に入ったもので。
今日は無料で応急処置。数日は走れるようにして、その間にタイヤを調達。
後日、再度タイヤ交換という手筈です。

素晴らしい。一部の隙もないスーパーアイディア。
「でも、タイヤはいつ来るんですか?」
ゴールデンウィーク真っ最中。問屋さんもお休みかも。
タイヤの入荷が伸びて、応急処置のタイヤの空気が抜けちゃったら。

小心者の私は、そんな事が本当に気になっちゃうのでしたweep
私の勢いに、しぶしぶ問屋へ問い合わせる彼。ごめんなさいsmile


「ギリキリセーフですね。タイヤは明日入荷します。」
問屋さんはカレンダー通りの営業なので、連休は明後日からの四日間。
もし明日入らなかったら、入荷は7日になっていたとの事。


Photo_4ここまでお話を引っ張りながら、円満解決でごめんなさい。
いつも不幸が続く私なので、たまにはこういう展開もいいじゃないですかcoldsweats01
これがその「応急処置」。
「100台に1台くらい、すぐに空気が抜けちゃう事もあるんですよ」なんて脅されましたがcoldsweats01


Photo_5帰宅後、電球の取り付けも無事成功。
機械音痴の私にしてはうまく行きました。

夕景に映えるヘッドライト。
ヴェルデも喜んでいるようです。
明日はタイヤ交換。新しい靴に履き替え、彼の走りも冴えを見せる事でしょうhappy01



さて。ここでちょっとお知らせです。

折りに触れお話している「宇宙船映像倶楽部」の応募締め切りまで、あと9日。
私の企画立案も、いよいよ大詰めに入りました。
その作業に集中する為、「ネヴュラ」は明日から数日、記事更新をお休みするかもしれません。
頂いたコメントへのお返しも、やや遅れ気味になる事をお許し下さい。


企画書の進行次第によっては、早めに再開できるかもしれませんが。
こればっかりはやってみなければ分かりません。
下らないお話ながらいつもご覧頂いている皆さんには、少しだけご迷惑をおかけしますが、「またおバカをやってるわ」なんてお許し頂ければ幸いです。


Nexご覧のとおり今夜からは、PEPSI-NEXを大量に買い込んで臨戦態勢。
(あまり意味はありませんがcoldsweats01

早めの再開を目指しますので、どうぞ温かい目で見てやって下さい。
腹案では、かなり壮大なヒーロードラマになる予定。たとえ鼻も引っかけられなくても、
考える事に意義を見出して、無い頭を絞っています。

Photo_6おまけ。今日のコタちゃん。
頭を絞る私に付き合って、彼女は回し車の下で体を絞っています。
まったく、お互い何をやってるんだかgawk

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