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2008年4月16日 (水)

素朴にして深い疑問

多くのお仲間、識者の皆さんに見守られ、最近「ネヴュラ」は濃い意見交換をさせて頂いています。ありがとうございます
これはブログの大きな可能性の一つと喜んでおりまして。
有名スターブロガーの皆さんには遠く及ばないながらも、ブログという、とかく一方通行のツールに於いて意見交換が出来る事は、クリエイターの端くれたる私にとって大きな糧となっているのです。
作品について、非常に多面的な見方が出来るところも利点の一つですね。
同じ作品・同じシーンを見ていても、これだけ違った見方があるのかと目からウロコを落とす事も一度や二度ではなく。
ひとりよがりの恥ずかしさを思い知る日々でもありますが


で、最近、ちょっと思うところがありまして。
最近では『正義の定義』や『マン怪獣ベスト』などで楽しいやりとりをさせて頂きましたが、これらはすべて「自分の意見をまず述べ、それに対してご意見を伺う」という順番となっています。
まー自分のブログなので当たり前なんですが、実はそうする事で、コメントされる方々の思いを若干制限しているような引け目があったんです。
「自分はオタクイーンとは意見が違うから、コメントは控えよっと」とか。

確かに、意見にご賛同頂ける事は何よりも嬉しいのですが、実はその「違う意見」も、大いに歓迎したいところなんですよね。
そうする事で、自分の立ち位置が分かるような気がして。


以前、大先輩に言われた言葉がありまして。
「人間的にバランスが取れていなければ、良い番組は作れない。」というもので。
マニアックな番組を作ろうとしても、それがマニアックである事をディレクターが認識していなければ、面白みは出ないという事なんですね。自分の中に「常識の指針」を持っていないと、「何がマニアックなのか」が分からなくなってきちゃうと言うんですよ。
確かにそうですね。昔、同僚が昭和ガメラ映画のスタッフによる対談番組(湯浅監督をはじめそうそうたるメンバーでした)を作った時、彼に「【ギニョール】って普通の人に分かるかな?」と尋ねられた事がありました。
かなりの特撮マニアだった彼は、自分の中での「常識」を見失いつつあったんですね。
「いやーわかんないんじゃない?」と私。同じ特撮ファンでも、常識の認識度はこれだけ違うと。仲間でも意見交換は必要なんですね。
まー事は簡単、対談中、スタッフが語った「ギニョール」のセリフに説明スーパーを入れた事で解決しましたが

マニア度が増すに従って、常識の一線がオタク側にじりじりと近づいていく昨今
まーその事を実感している内はまだいいかなとも思っていますが。


まー前述のお話とはケースも全く違いますが、色々なご意見によって平衡を保ちたい私は、今回もちょっといたずらを企んでみました。
乗って下さるのも一興、静観されるのもまた一興ですが。
今回は、いつもの私見をお話しするより先に、「お題」をお話します。
要はいつもの順番と逆。私見はもう出来上がっているのですが、先にお題だけ出して、もしコメント頂ければやりとりをさせて頂いた上で、後で私見をお話しようという魂胆です。

「オタクイーン、それなら前からやってるじゃない?【ウルトラ風味】とか、【落ちていた時計】とか。」
確かにそうかもしれませんね。でもそれらは全て「ストーリー」。いつもの「私見」ではありません。今回は「私見」についてのお題です。

非常にシンプルにして深いお題。
しかも特撮ファンなら、必ず一度はお考えになったお題と思います。



「ウルトラマンは何故、変身後すぐにスペシウム光線を出さないのか?
すぐに出せば事件も解決、被害も最小限に抑えられるのに。」

Photo_2


実はこのお題、以前からお話しようと思っていた話題の一つでした。
最近、その私見の裏づけとなりそうな作品を鑑賞する機会がありまして(「マン」とは別の作品ですし、あくまで私見ですから誤解無きよう)ひとりよがりなお話も出来るのですが、そのおバカ話で皆さんの思いを制限する前に、まずご意見を伺うのも面白いかなと思いまして。

まー私見と言っても私ごときの浅知恵。別に難しいものじゃありません。
誰もが考えつきそうなものです。
でもこのお題、けっこう色々な意見が出るんですよ。昔、仲間とおバカ話で盛り上がった事もありました。
まー、80年代にマニア活動に励んだ人々には定番のお題ですしね。
「懐かしいなー」と思われた方も多いでしょう


いかがですか?これ実は、前回の「マン怪獣ベスト」のように、「その人にとってのウルトラマンの位置づけ」がよく分かるお題なんですよね。
これって、識者の方々のご研究により、「格闘を見せたいから」とか「伝家の宝刀」「空手チョップ扱い」などなど、大人の事情的・ドラマ構造的な解析は沢山なされていますね。確かにその通りだと思います。
でも今回はそういう事じゃなくて、あくまで「『ウルトラマン』というドラマの中で、どう考えればその作劇が成立するか』という部分を考えてみたいんですよ。
ただ、これは以前、お仲間の記事のコメントに書いた私見でもあります。
お心当たりのある方はネタバレさせないで下さいね


前述の通り、今回は「私見」と「コメント」が逆の順番。
別に何のお礼も出来ませんが、もしこの試みに乗ってみようと思われたら、ご意見お待ちしています。

で、最近「締め切りを過ぎちゃった」「考えてたのに」という残念コメントも頂く事が多いので、今回は関連記事をすぐには発表しません。気長にお待ちしています。
次回は全然違う話題。忘れた頃に発表するつもりだったりして
ただ決して強要ではありません。たとえコメントゼロでも、しっかりと私見はお話します。意見交換の意義を知ってしまった私のささやかな楽しみに、お付き合い下されば幸いです

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怪獣私見」カテゴリの記事

コメント

まず、自分なんかが前提とするのは
「子ども番組で、明確な必殺技を持ったヒーローは
ウルトラマンが元祖だった」ってことなんですね。
これ、自分のブログの評論でも書いているんですが
案外見落とされがちなことなんですけど
30分番組において(子ども番組に限らず)
「事件発生・捜査・怪獣登場・防衛戦・ヒーロー登場
怪獣との闘い・必殺技・エピローグ」
このフォーマットを作ったのはウルトラマンなんですね。
(ちなみに「地球を狙う宇宙人が、侵略作戦を展開。
それが防衛隊によって暴かれて、クライマックスに巨大怪獣を呼び寄せる」
これも金城氏が作り上げたフォーマットなんです)

そこで、お題の「スペシウム光線はなぜ初期に撃たないのか」ですが
例えばここで、(昔からなぜか特撮ファンと被る)プロレス好きな人が出てくれば
その様式美のような「なぜならば」は明快に語ってもらえると思います。

ただ自分は、昔からプロレス派ではなくボクシング派なので(笑)
違う角度から応えたいと思います。

結論から言えば、ウルトラマンは怪獣を殺したくないのです。
彼は(自分が『ウルトラ作戦第一号』の評論で述べたように)
異文化への同化を自分に課していたからこそ
地球人の正義や理念、概念を無思慮に受け入れることで
『ダンス・ウィズ・ウィルブス』のダンバーと同じように
そこに同化しようと思ったのでしょう。
けど、そこで自らの価値観や感情の全てを殺せるわけではないです。
ウルトラマンが、自然と人類の調和の為に闘っていたというのは
それは人間のエゴ的身贔屓見地であって
彼はいつだって、怪獣にどんな事情があろうと
人類にとって迷惑でありさえすれば、戦い倒すことを使命としていました。

そんな彼ですから、スペシウムを登場直後に使うことは
きっといつだって出来たでしょうし
事実、凶悪な怪獣の前では、何度か初期にスペシウムを使っています。

しかし、彼は出来ることならスペシウムを使いたくなかった。
殴って、痛みを与えて諌めて、納得して帰って欲しかった。
怪獣達が出てきた、地底や海中へ、戻って欲しかった。
でも、怪獣達は自分達の住処や環境を、人類文化に追われて出てきた身。
怒りに我を忘れて、暴れた子も少なくありません。
ウルトラマンが、自らの身体でコミュニケーションをとって
元居た場所へ戻るように説得を続けても帰らない怪獣に
最後に、断腸の思いでスペシウムを放つ。

だからいつだって、怪獣が倒れて死んだ後には
ウルトラマンが思い深い表情を、見せていたのではないでしょうか。

これが、今回オタクィーンさんから頂いたお題への
自分なりの回答ですです。

オタクィーン様こんにちは。お邪魔いたします。ウルトラマンの素人の私が意見を言うのも恐縮ですが、自由に発言OKとのことですので(いわゆる無礼講!)思うところを言わせてもらいます。
まずドラマにはウルトラマン、侵略者(怪獣)と人間という3つの立場があると思います。ドラマはあくまでも人間の立ち位置から見ていて、強大な力を持つ怪獣とマンのいわば「人間の力の及ばない戦い」なので、なかなか必殺技を出さないマンにじれったさを感じてしまうでしょう。しかし!マンと怪獣の力の差が天と地ほどもあったとしたら!・・・そう人間とゴキブリくらいの力関係だとしたらどうでしょう。ゴキブリを倒すとき、思い出してください!最初はスリッパでたたきます!(これは手始めの格闘シーン)そして思ったよりすばやく、まして飛んで向かってきちゃったときなど手ごわいときには、「ああめんどくせえな」と思い、いよいよ伝家の宝刀殺虫スプレーが登場します。(これがスペシウム光線)
このように必殺技はマンが「ちぇ、めんどくせえな」と最後の手段に使っているものと想像します。

初めて書き込みさせていただきます。

「なぜ、スペシュウム光線をはじめから放たないのか!?」
ウルトラマン最大の命題ですね。
私はこう思います。
ツライのです。
それも、ヒジョーにツライ!
ウルトラマンにとって「スペシュウム光線」を放つことは
身体上たいへんな負荷を伴なっているのです。
考えても見てください。
相手にふれることなく、エネルギーの放出によって相手を
倒すのです。
「真空切り」なんてもんじゃありません。
何万度の熱を持つ光線で相手を粉砕炎上させるようなことが
あなたできますか!?
ゴクウの元気玉だって、ガメラのウルティメットプラズマだって毎週なんて、とてもとても・・・・。
とにかく、命を削るくらいしんどいのです。
最終回にゾフィーか迎えに来て言ったじゃないですか。
「地球での激しい戦いで君は消耗し切ってしまった」
というような事を。(適当ですみません。コアなマニアな方、許してください 笑)
ウルトラマンの年齢は「2万歳」だそうです。
それが、地球において1~2年でその命を終わらせてしまうほ
どの負荷がスペシュウム光線にはあると思われます。
彼のような巨大な宇宙人は、我々地球より遥かに重力の高い
惑星から来たと推測されます。
地球の環境は彼の故郷より、厳しいとは考えずらいですし
地球の時間経過がM78星雲より早いとも思われません。
つまり、地球の環境や時間経過が著しく早く彼を老化消耗させたとは思えません。
「スペシュウム光線」とは、まさに命を削る荒業なのです。
ウルトラマンとて、出来れば使いたくないのです。
自らの命と引き換えに地球を(おもに、日本を)守ってくれた
ウルトラマンは、「ヒーロー」などと軽々しいものではなく
神々しい存在とあらためて思いました。

小学生のような稚拙な文章で失礼しました。
私が思うに、こんなカンジです・・・。

僕が思うに
地球上で活動できる時間3分と
それに伴い点滅するカラータイマーに
関係していると思います。

短時間制限付きのウルトラマンと
時間無制限の怪獣達。
怪獣退治の専門家は地球での戦闘では
常に一撃で相手を倒す事を考えている筈です。
更にウルトラマンが出会う怪獣達は
そのほとんどが初対決。
「もしも、スペシューム光線を弾く技を
持っていたら・・・」
いきなり必殺技を封じられたら、
ウルトラマンには後はありません。

それと、
カラータイマーは活動時間を知らせる以外に、
スペシューム光線を「地球上で」充分発揮出来る
エネルギーの蓄積を知らせる
役割もあるのではないのでしょうか。
カラータイマーの「青」の時放っても「赤」以上の
効果がないというワケです。
カラータイマーの赤い点滅は危険なイメージが
ありますが、逆に一撃必殺のチャンスでもあるのです。

な~んてね。

こりゃまた、懐かしいネタですね。
って言うか、コレはウルトラマンに限らず、ヒーロー物や時代劇の永遠のテーマでしょう。

まぁスペシウム光線は「切り札」であり「必殺技」ですので、相手にある程度ダメージを与えた上で、というのは戦術的に理に叶っているかなと。

更に、実はウルトラマンはアントニオ猪木氏と同じ思想の持ち主でして、「相手の力が7ならば、それを9まで引き上げて、10の力で倒す!」という美学を持っているのです(笑)

それと、スペシウム光線を喰らった相手は爆発飛散してしますので、後片付けが大変だと(笑)

 既出ですが、
「肉弾戦(格闘)で様子を見る」
 ↓
「相手の体力を奪い、回避できなくする」
 (もしくは、弱点を発見する)
 ↓
「スペシウム光線(必殺技)でトドメ」
が、基本だと思います。
 
 ウルトラマンを医者、怪獣を病巣、と考えれば、上記で納得できると思います。
 いくら優秀な医者でも、事前の検査
(問診、触診、レントゲンやMRI等の機器での調査)
が無い状態で、いきなり手術はしないものです。
 
追記
 これも既出ですが、古谷敏氏は腰が引けていますので、「様子を見る」と言う考えに説得力が出ると思います。

子供時代にはあれこれ夢のある考え方をしたもんですが、既に四十路を遥かに越えてしまった今となっては今風な回答と致しましょう。

「エコ」です。

スペシウムは火星の大切な資源です。
無駄遣いしてはいけません。
ウルトラマンがスペシウム光線を使うとMARSDACでウルトラホールディングスの株価が下がります。スペシウムは高騰してるし、ウルトラマンもタダではスペシウムは貰えないので大変なんです。

・・・ってオトナの考えることって、つまらないなあ。

出先からで〜す(^o^)/

「スペシウム光線」については、実はあまり深く考えたことはありません(^^ゞ 「いつもの必殺技」程度の認識です。でも、これが無くてもイイか?と考えると、首投げでテレスドンが撃破されたのが収まりが悪いように私は感じるので、「エピソード終了のお約束」としては必要なものだと思います。

「いつものお約束」であるハズのスペシウム光線が通じないとなると、そこにドラマの緊迫感が生まれ、怪獣の魅力を描くのにも一役買っていたのではないでしょうか。逆に、スペシウム光線で倒されなかったレッドキングが私にはあまり強そうに感じられないのも、この点に理由があります。

作品世界の中での設定としては、スペシウム光線の一撃を確実なものにするために、ウルトラマンはまずは肉弾戦で相手を弱らせてから発射しているように感じます。

また、私の『ウルトラマン』の見方が浮き彫りになってきましたが、登場したからには、ウルトラマンが相手を倒すことを期待しています。今度はどんな強敵だろう、どうやって倒すのだろう、ということを期待して見ていました。だから「故郷は地球」や「まぼろしの雪山」のような「問題作」と評されるエピは苦手です(^^ゞ

 ちょっと話題がずれますが、私が苦手としている「問題作」が、NHKの『熱中夜話』では上位に選ばれていましたネ。ことごとく一般的な好みからズレている私‥‥。まぁ、人それぞれの好みはあるのですが、一般的なファンの認識と私の好みは違うんだということを痛感しました。
 おかしいなぁ~。私は王道的なエピソードが好きなんだと自負していたのに、一般的なファンはよりマニアックだとは‥‥(^^ゞ

市川大河様 返事が遅れまして申し訳ありませんでした

いやーでも、今回の市川さんのコメントで、私の言いたい事は全て語られてしまいましたねー
まるでこの記事への私の私見を要約されたかのような、簡潔にして的を得たご意見。
素晴らしいです。
私の意見も、市川さんのご意見とほぼ同じ。毛ほどのズレもありません。
これほど意見が一致した事も珍しいと

実は昔から、スペシウム光線についての私見は市川さんと同じだったのですが、見事なまでに周りには賛同者が存在しなくて。
私は異端児扱いされていたのです。
「ウルトラマンはもっと好戦的。だからスペシウム光線の件についてはもっとシステマチック、マンの体構造的な事情」という論調がほとんどで。
ですから今回のご意見には嬉しい限り。握手したいくらいです

以前、まったく同じ私見を他のブロガーさんへのコメントに寄せた事があります。
その時も考えは揺るぎもせず、今さらながらに自分のマンへの思いが変わらないことに驚いたものです。
私にとってウルトラマンの登場理由は「戦うこと」ではなく「諭す事」なんでしょうね。

今回のお題はやはり、「その方にとってのウルトラマンの立ち位置」を浮き彫りにするようです。
そういう意味で、市川さんと私は極めて近い位置でマンを捉えているのでしょうね。

昔から頭にあったこの私見を、なぜ今さらお話しようという気になったかと言いますと。
記事にも書いた通り、最近、この私見の源になったような作品をたまたま鑑賞する機会があったためでした。
「作品の中にそういう理念を見つけた」というべきかもしれません。
いずれお話する機会もあると思いますので、またいつものこじつけぶりに呆れてやって下さい

重ね重ね、遅れまして申し訳ありませんでした。

のん様 返事が遅れまして申し訳ありませんでした

なるほど。「ゴキブリ退治」論ですね
それも確かに一理ありますねー。確かに、ゴキブリに対して最初からスプレーをかける奥さんは居ませんし
でも凄いんですよ。私の母は昔、逃げ回るゴキブリを手掴みした事があります。
その現場を目撃した私と妹は狂喜乱舞しましたが、その日の夕食を見て「これってあの、ゴキブリを掴んだ手で料理したんだろーなー」と複雑な気分になった事も。
強いのも良し悪しという訳で

随分脱線してしまいました
でもウルトラマンは、相手に対してそれだけ冷静に振舞っていたという訳ですよね。
その余裕は、まるでイプシロンを前にしたキリコのよう。
「奴の動きが完璧に追える!」その境地に至った時、彼はスペシウムを放つのでしょうね

重ね重ね、遅れまして申し訳ありませんでした。

(=^・^=)様 はじめまして。
いきなり返事が遅れまして、大変申し訳ありませんでした
これに懲りず、またお気軽にご意見下さいね

さて。頂いたご意見、興味深く拝見しました。
これはウルトラセブンの「ワイドショット」をはじめ、1970年代以降のヒーローに見られる「一変身につき一回のみ使用可能なジョーカーショット」的発想ですね。
ピープロ好きの私などは真っ先に、「スペクトルマン」のスペクトルフラッシュを連想しました
一峰大二氏によるコミカライズ版では、フラッシュを放つ事によってエネルギーが底をつき、消えていくスペクトルマンという描写が強く印象に残っています。

確かに、生体を四散させるほどの破壊光線を手から放つ訳ですから、マン自身のダメージも相当なものでしょう。
体力の消耗も納得できます。そんな重要な荒業を外すことは出来ないと。
格闘で相手を弱らせ、確実にヒットさせる状況に持っていくこと。
これもウルトラマンの戦術なのかもしれませんね。

そういう意味で、(=^・^=)さんがおっしゃる「地球の為に自分の命を削る」というウルトラマンの姿勢は、それまでのヒーローには無かった自己犠牲の精神ゆえなのかもしれませんね

星の環境差による能力の違いは、かの「スーパーマン」でも語られていますよね。
確かにウルトラマンの出身地、M78星雲の元ネタ(真相は「78」が誤植らしいですが)となったM87星雲は実在のもので、灼熱の世界との記述を読んだ事があります。
そんな世界をイメージして生まれたウルトラマンは、強靭な体力と精神力を兼ね備えた存在として描かれていたのでしょう。その彼が地球に留まる程度で体力を消耗したとも思えません。
やはりスペシウム光線は、彼の寿命を縮めるほどの必殺技だったのでしょうね。

新鮮な視点をありがとうございました。
ご覧の通り拙ブログは、毎度おバカな独り言ばかりです。
無知ゆえ、ご意見をお伺いする機会もあると思いますので、またお知恵をお貸し下さい

重ね重ね、遅れまして申し訳ありませんでした。

ジャリゴン様 返事が遅れまして申し訳ありませんでした。

そうですよね。おっしゃる通り、確かに「スペシウム光線を外される、弾かれる」という局面でのウルトラマンの狼狽ぶりは、尋常ではありませんでした。
そういう意味では「相手を弱らせ決め技に持って行く」というマンの戦術は、実に理にかなったものと言えましょう

「赤」がスペシウムエネルギーのチャージアップという発想は無かったですねー
実は私も、カラータイマーの存在意義に関しては前々から気になっていたんですが(自分のピンチを、何であんなに敵に分かりやすく知らせる必要が、とか)でもそれが「スペシウム準備OK」のサインなら納得できますね。
元々、マンは「赤い球」に乗って地球に飛来した訳だし。
カラータイマーの赤とスペシウム光線の関係は、案外深いのかもしれません。

カラータイマーは、サナギマンのベルトと同じ役割を果たしていたのかも。
うーんマンは奥が深い

こんな事を語ろうという気力になるのも、ウルトラマンという作品の魔力ですね。まだまだ謎は多いです。
また新鮮なご意見、お待ちしています。

重ね重ね、遅れまして申し訳ありませんでした。

メルシー伯様 返事が遅れまして申し訳ありませんでした。
懐かしいネタでしょー
私の中でも「なんで今さら」なんて言いながらも、「いや、今だから新鮮」なんて自分が戦っていました

他の方のご返事にも書きましたが、確かに初代マンは以降のウルトラヒーローとは違い、まず間合いを持って敵を観察、格闘に持ち込むという冷静なファイト・スタイルですよね。「いっぱいいっぱい」ではない。どこかに余裕がある訳です。
ですから必殺技は最後に持ってくる。これも理には叶っているのかもしれませんね。

「猪木美学」は私も知りませんでした
『虎は弱い相手にも全力を尽くす』的真理の上を行く美学ですねー 
勉強になりました。ウルトラマンも猪木のファンだったんでしょうか。
「イーチ、ニー、サーン、シュワッチ!」と叫んで飛んでいくマンの姿が目に浮かぶようです

怪獣の始末ってどうしてたんでしょうか。
この辺りは「研究序説」的範疇なので、私のおバカな頭では及びもつきません

重ね重ね、遅れまして申し訳ありませんでした。

ゲッターピジョン様 返事が遅れまして申し訳ありませんでした。

そうですね。おっしゃる通り、結構この「様子見」→「弱点発見」→「決め技」という解析は、頂くご意見には多いですね。
私もなんとなく、この説には納得出来るような気もします。

ただ一つ思うのは、「怪獣」や「宇宙人」の立ち位置ですね。
それを「敵」と見るのか「諭すべき相手」と見るのかで、マンの動きの意味はまるで違ってしまう。
表情の無い、まさに能面のようなマスクゆえ、マンには様々な解析が可能なのでしょう。

私には、スペシウム光線で怪獣を四散させるマンの顔が、ひどく残念そうに見えます。
あの鏡面のようなウルトラマンの顔は、私達ファンの心を映す鏡なのかもしれませんね

重ね重ね、遅れまして申し訳ありませんでした。

雀坊。様 返事が遅れまして申し訳ありませんでした。

これはまた斬新な発想を
まさかスペシウムが「資源」だったとは

って事は、ウルトラマンはスペシウムを「買っている」という事なんですね。
まさにガソリンみたいに。
もしかして今月、火星の暫定税率が期限切れになっている間に、値崩れしているスペシウムを買い貯めしているなんて事は・・・

そーか。先月末、スペシウム光線の発射率が低かったのは、今月の値下げを狙って使い惜しみをしてたんですね。とか言っちゃってみたり。
1マーズでも安いスペシウムスタンドを求めて火星を飛ぶウルトラマンの姿が哀れに見えるのは、私だけでしょうか

うーん。私もだいぶ、浮世に汚されてますね

重ね重ね、遅れまして申し訳ありませんでした。

自由人大佐様 返事が遅れまして申し訳ありませんでした。
ここ数日更新されていなかったので、ちょっと心配していました。
お忙しいのは何よりです

私を含め、日本人って、非常にパターンの美学にこだわりますよね。
ヒーロードラマには必殺技が不可欠、まさに水戸黄門の黄金率が求められる。
私は「超電磁ロボ コン・バトラーV」が大好きなんですが、あれにしても「超電磁竜巻き」や「超電磁スピン」のカットはバンクで済むほどのパターンぶりで。
またあれが気持ち良いんですよね。あれがなければ始まらないという。
そういう意味で、確かに大佐さんの「お約束」論も納得できます。
スペシウム光線が、ウルトラマンの無敵ぶりを最大限にアピールできるアイコン的役割を果たしている訳ですし

ただいつも、「ウルトラマンって、格闘戦で相手を弱らせれば、それで使命は事足りるんじゃないかなー」なんて思うんですよ。
その後、彼をスペシウムによる完全破壊に駆り立てるものは何か。
その胸に去来するものは何かを考えちゃうんですよね

「怪獣だから、また暴れるかもしれないから」という判断が大方の見方でしょう。
でもひょっとして私は、ウルトラマンにその上のレベルを求めているのかも。
神格化しすぎちゃってるんでしょうね。いつもながらおバカです

そこが「番組テーマ」と「カタルシス」の微妙なバランスなんでしょう。
実はその部分が、今構想を練っている「宇宙船映像倶楽部」用企画のネックでもあります。「カタルシスを作り出す必要性」に頭を悩ませているところで。
大変楽しい時間でもありますが

大佐さんと同じで、実は私も「問題作」は苦手です。
「故郷は地球」「まぼろしの雪山」などは、私のフェイバリット・エピソードにはかすりもしません。カタルシスが無いからです。
やっぱりあれはドラマとしてのエネルギー、物語を引っ張るパワーのベクトルが違う方向を向いている。
明らかに「料理に於ける隠し味」的エピソードですね。
やっぱりウルトラマンは格闘によるドラマの終結が王道と思います。
確かにそれら問題作は名作揃いですが、「良い悪い」と「好き嫌い」は別ですよね

「熱中夜話・第3夜」のエピソードランキングを見ていて思ったのは、「これは良くも悪くもNHKの番組だなー」という事で。
これは業界を知る人間ゆえの穿った見方で申し訳ありませんが、あのランキング、TBSで投票を行ったら違う結果になったんじゃないかと思います。
明らかに操(以下自粛)

何故そう思ったのか。それは番組後半、「ウルトラマン授業」の紹介部分に表れているような気が。
「故郷は地球」が上位にあり、件のエピソードの内容が番組上説明されていなければ、あの先生の主張は視聴者が理解できないからです。
つまり番組として成立しない。
NHKはあそこに結論を落とし込みたかったと。
決して、先生の教育理念は間違っていないと思いますが、番組の構成というのはそういうものなのです。
(その先は申し上げません。大人の事情すぎて。これ、言っちゃいけなかったかな

業界ズレしたおバカの戯言とお笑い下さい。
浮世にまみれた私にはそう見えてしまいました。思い過ごしである事を祈りたいです。
難しいですね。ピュアな心を持ち続けるって。決してご立腹なさらぬよう

重ね重ね、返事が遅れ申し訳ありませんでした。

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