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2008年4月29日 (火)

昭和の見方

今日は祝日。「昭和の日」だそうで。
この名称、昨年からのものだそうですね。知らなかったーcoldsweats01

一昨年までは「みどりの日」って言ってましたもんね。
昭和の真っ只中に生を受けた私には、やっぱり「天皇誕生日」がしっくり来ますがhappy01

ちょっとウィキで調べてみますと。
祝日法による「昭和の日」の定義は、「激動の日々を経て、復興を遂げた昭和の時代を顧み、国の将来に思いをいたす」だそうです。
「祝日法」なんて久しぶりに聞きましたがcoldsweats01、ともあれ「昭和の時代を顧み」るのが趣旨なら、「ネヴュラ」は毎日「昭和の日」じゃないの、なんて思ったりしてhappy01

でもまあ、今日がそういう趣旨の日なら、毎日が昭和の「ネヴュラ」にとっては特別の日ですしhappy01、今日はちょっと、テレビ屋の私が特に感じる「昭和と現在の差」についてお話しようと思います。

私を含め、映像作品に魅了された方々にとって、劇場やテレビなどで流れる作品を「入手」したいという思いは、昔からかなり強かったと思います。
古くは映画のパンフレットや子ども番組のソノシートで乾きを潤し、一度しか放送されない番組の内容を必死で覚え。その集中力は現在の比ではありませんでした。

水を両手ですくい取るような思いで、作品と向き合った日々。
流れる水のように、作品の全貌は決して手中には出来ないけれど、必ず掌のどこかに「感動」という名のしずくがまばゆい光を放っていたような気がします。


「家にビデオデッキが来た日」を鮮烈に憶えていらっしゃる方は多いんじゃないでしょうか。私もその時の事は忘れられません。
家庭用ビデオデッキが普及し出した1980年代初頭。細々と貯めたお金で、自分専用のビデオデッキを買った日の事は、今でもはっきり憶えています。

ビクターのVHS、セパレートタイプ。当時、25万円という高額商品でした。
元々、ラジカセなどもマイク付きを好んで選び、「聴く」と同時に「録る」ことに重点を置いていた私は、ビデオもチューナーとデッキが別れ、デッキとカメラを担いで外へ飛び出したい欲求が強かったのです。
(結局、予算の都合でカメラは入手できませんでしたがcoldsweats01


三つ子の魂百まで。その性癖は、今もお仕事となって活かされていますねhappy01

その「マイデッキ」で初めて録画した映画は、あのジョン・スタージェス監督の「大脱走」。当然、テレビ録画でした。
たとえエアチェックであっても、「作品」というものを手中に出来た私。
その喜びは大変なものでした。オンエア時にテレビの前に居なければならない、という「時間の呪縛」から解放される事。
その時、大げさでなく私は「次のページ」を開いたのです。

あのクライマックス、マックイーンのバイクジャンプなんて、いったい何百回見たことでしょう。
それはまるで「ブラウン管のタイムマシン」。
あまりの不思議さに、意味もなく朝のワイドショーなどを録画し、「リアルタイムと時報スーパーの差」を喜んでいたものです。また恥ずかしい過去をcoldsweats01


ただその頃でも、まだ私の中に「作品への集中力」は息づいていたような気がします。
なにしろレンタルビデオなんて概念さえなかった時代。高額のソフトを買う資金など皆無だった私は、テレビ録画しか作品入手の方法がありませんでした。
ですから録画した作品はもう宝物。昭和20年代の街頭テレビのように、大勢の友人を部屋に呼んで、固唾をのんで鑑賞に勤しむのが当たり前でした。
セリフ一言、1カットも見逃すまいと、まさにかじりつくように作品を見つめる仲間たち。
作品以外の要素を入れたくないと、CMごとに録画を停める為、CM明け、一瞬の録画開始の遅れにより、セリフがちょっと欠けちゃったへたくそな録画であっても、それは私たちにとってまぎれもなく「映画」だったのですhappy01
まだその頃は、自分の中の『記憶力』が、ビデオの『記録力』を凌駕していたのは間違いありません。まだ掌の「感動のしずく」は、光り輝いていたのです。


そんな宝物のVHSテープが、カラーボックスからあふれ出しそうに増えた頃。
私にとってちょうどその頃が、「記憶力」と「記録力」のパワーバランスが入れ替わる時期だったように記憶しています。
そしてまさにその時期こそ、安価なレンタルビデオが全国的に普及し出した頃。そして今日のお題、「昭和」終焉の時期に重なるのです。



レンタルビデオの普及により、爆発的に増えた私のビデオ・コレクションは、1990年代初頭のレーザーディスクブームによってさらに拍車がかかりました。
この頃から、作品という物を「見る」というより「持つ」という事に重点をシフトし出したような気がします。
「いつか見るから」と、まずエアチェックやソフト購入に力を入れだした時期。
お仕事の忙しさに、鑑賞時間がなかなか取れない事情も手伝って、まるで「積んどくモデラー」のように、ソフトだけが増え続ける状態でした。
見られないのに、手元には作品だけが溢れてゆく。
時間を作って鑑賞の機会を設けても、溜まったソフトを「見る」というより「こなしていく」という感覚なんですね。
「見たくて見る」のではなく「押さえておく」という表現がしっくり来るような。

自分の中で「感動のしずくをすくい取る」為の「記憶力」が、録画機器による「記録力」に負け始めていたのです。
今考えれば、このターニングポイントが「昭和」と「平成」の転換期であったような感触があります。



私にとって夢の機械であったビデオデッキ。今では商売道具とさえ言えます。
それを初めて手に入れた時の感動は決して間違ってはいなかったでしょう。
さらに「映像を録画・再生できる」というスペックは無限の可能性を持っていると思います。
ただ、おバカな私などは、その素晴らしすぎる「記録力」に凌駕されつつある事を認めなければなりません。
事実、録画機器普及以後に鑑賞した作品で、それ以前に感動した作品に匹敵するものを挙げてみようと思っても、数えるほどしかありません。
その理由は確かに、年齢による「感力の枯渇」も大きいでしょうが、その「記録力」に負けている事実も、決して無視できないのです。


「見逃した部分を何度も見られる」という安心感も、記憶力衰退の大きな原因かもしれませんね。
「頭に、網膜に焼き付けなければ、もう二度と見られない」という緊張感、作品との真剣勝負的な対峙の姿勢とは明らかに違ったユルユルの関係が、記憶力を衰えさせてしまう。
これはもう、仕方がない事なのかもしれませんね。今突然、全世界の家庭用録画機器が全て使用不能になってしまったら、著名な映画評論サイトの運営者も大パニック。私だって気が気じゃなくなりますからhappy01



今日は「昭和」のお話ですから、ここでちょっと考えてみたいんですが、例えば皆さんが昭和の時代、ビデオデッキ普及以前にご覧になって感動された映画、テレビ作品のセリフって、今でも結構鮮明に覚えていませんか?
セリフ以外にも音楽、カット割り、ファッション、効果音など、何でも構いません。
私もいくつかありますが、それを後年見返してみて、その記憶が驚くほど正確だった事に感動する事もしばしばあります。

「ルパン三世」第一シリーズのナレーションVer.OPで、ルパンによる次元大介の紹介時「早撃ち、0点3秒の」を「0コンマ3秒」と読むバージョンがある事を本放送時知った私は、再放送でその記憶が間違っていなかった事に驚いたものです。
まったく同じナレーションなのに、一度聴いただけで覚えてしまうものなんですね。件のシリーズは1971年の放送ですから、家にビデオなんてありゃしません。その集中力は恐るべきものでしたhappy01
山田康雄氏のナレーション、山下毅雄氏のBGMのあまりのかっこ良さに、記憶回路が反応してしまったんでしょうね。


今、それをやれと言われても、そんな芸当はとてもじゃないですが出来ません。
確かに子供でしたから、今より記憶能力も確かだったとは思いますが、やはり「一期一会」という作品への真剣度は大きいと思います。
今の子供たちは、その「一期一会」の集中力による記憶を、ビデオの反復視聴で補っているんでしょうね。それもある意味、とても幸福な作品との出会いです。
私も決して否定はしません。気軽に昔の作品を見る事が出来るのも、ビデオ機器の大きなプラス要素と思いますしhappy01


結局、相手はあくまで機械ですから、扱い方次第という事なんでしょうね。
増えすぎたソフトにしたって、見る見ないは自由な訳です。
よく言いますよね。家庭に道具ばっかり増えちゃう人は、その道具を一年使わなかったら必要無いから廃棄してもいいって。それと同じ事かもしれません。

先日、局のスタッフと話したんですが、やはり彼も「録画しただけで、見てない映画ばっかり増えちゃう」なんて嘆いてまして。私も同じなので「見ない作品は持ってないのと同じですよね」なんて笑ってましたが。
結局、ハードやソフトは使うもの。使われてちゃいけないんでしょうね。


その事に関連するんですが、これも最近、肌で感じる事で。
録画機器が当たり前になった現在、視聴者は「集中度」とはまた別の次元で、作品への向き合い方が変わってきているなあと。


うまく言えませんが、「枝葉にこだわりすぎる」ような気がするんですね。
要はこういう事です。昔、ビデオが無かった頃、私達視聴者は、「自分が作品に共感した部分」や「制作者が一番主張したかったメッセージ」に反応し、その一点を集中記憶していた感覚があります。
それが印象に残れば残るほど、その作品は名作となると。

そりゃそうですよね。一度見てセリフを一言一句覚えるなんて凡人には不可能ですから。でもビデオには、それが出来てしまう。
つまり視聴者はその気になれば、録画した映像を見ながら、作品の頭からラストまで、文章で採録する事だって出来ちゃう訳です。するとどうなるか。


これはビデオの「影」の部分でもあると思うんですが、そういう事が出来ちゃうと、視聴者の方は「自分が作品のどこに反応したか」が分からなくなっちゃうような気がするんですよ。
で、きっと気になるのはセリフの言い回しとかちょっとしたギャグ、カット割りのタイミングなど、そういうテクニック面ばかりが目に付いちゃうんじゃないかと。

非常に思うのは、最近のブログなどによるリアルタイム作品の「放送当日感想」って、この枝葉の部分へのツッこみが多いなーという事です。
それらはたぶん、エアチェックのビデオを見ながら書いてますよね。
ですから作品の見方に起伏が無い。自分がどこに感動したか、どこに引っかかったかが見えてこないような感想が非常に多いような気がするんです。
ストーリーのレビューのような文章の端々に「○○のセリフ、おかしすぎ」とか「あの表情は無いんじゃないの」的な一口ツッこみが入るものですね。
もうほとんどがこれです。

自分が一番反応した部分を、自分の言葉で掘り下げた「本当の感想記事」は数えるほどしかない。私もよく検索しますから、その現状は分かるつもりです。
それを読む私には、書き手が何を言いたいのか分からない。
枝葉の部分を不備と感じて怒っているのか。
ツッこみどころを見つけた自分に酔っているのか。
で、ツッこみどころの無い作品には、その事に対してツッこむんでしょうね。
これじゃ制作者と視聴者が敵対している。
私には「鑑賞」じゃなくて「間違い探し」みたいに見えちゃって。
それが、作り手と受け手の理想的な関係と言えるのでしょうか?


「木を見て森を見ていない」という言葉がありますが、これはきっとその言葉が当てはまる状態なんでしょうね。
「目の前のテクニック面だけが見えて、その先のテーマ、メッセージが見えない」という意味で。


ただこれも、生まれた時からビデオがあった世代には仕方の無い事と思います。思考がすでにそうなっている。
これはきっと私たちに対し、それ以前の世代が「テレビ世代は文学的感覚が著しく退化している」事を嘆くのと同じなのでしょう。
私だって、ビデオ世代の彼らの事をとやかく言う事はできません。
これも時代の流れなんですね。


幸いにして「ネヴュラ」のお仲間は、この部分に関してはずば抜けた主張をお持ちで嬉しい限りです。皆さんそれぞれ、ご意見が違っている所も素晴らしい。
決してツッこみでは終わらない、一筋縄では行かない所が良いんですよhappy01

同じ作品でも、見る方のパーソナリティーで感じ方が異なるのは当たり前なんです。ですからそれは最も喜ばしい事で。
私も私見のお話し甲斐があるというものですhappy01


ただ思います。今の世代が、初代ウルトラマンなど名作と呼ばれる作品を見た時、その枝葉をどう感じるのか。
先日の「BS熱中夜話」でもありましたよね。
「空の贈り物」でカレーのスプーンを作戦室に置いて出て行ったハヤタが、なぜ外でスプーンを持っていたのか、なんて。面白いこぼれ話でした。
実相寺監督が現場のノリで演出を変更、なんてスタジオでは語られていましたが、「空の贈り物」を
リアルタイムで見た本放送当時の視聴者は、誰もそんな事を気にはしなかったと思うんです。
記憶できないほど細かい部分でもあるし、第一もっと印象的な場面が、あのエピソードには沢山あるからです。


でもきっと今、あのまま「空の贈り物」が新作として放送されたとしたら、その夜のヒーローネット界ではそのツッこみで一杯じゃないかと思うんですよ。
皆さん、鬼の首でも取ったかのように。

これが建設的なファンのあり方なのかなーと、古いオタクの私などは思っちゃうんですよね。その枝葉ひとつで、「空の贈り物」が違う評価をされてしまっては悲しいじゃないのと。もっと深い部分を見て欲しいなと。

映像作品に限らすどんな作品も、人間が作るものに「完璧」と呼べるものは非常に少ないです。(ゼロとは言いません。ヒッチコックの「サイコ」など、ツッこみどころの無い作品も確かに存在しますし。)ですから本来、どんな作品にも、そういう「ポカ」はあるはずなんです。
でもテーマや主張がしっかりしていれば、そんな部分は作品の優劣とは全く関係ないと思うんですよ。
そんな事言ったら、私の番組なんてツッこみ所だけで成立しているようなものですしcoldsweats01


昭和の頃は、不可抗力ながら「枝葉にオブラートをかけるシステム」が存在していました。そのオブラートは、ビデオ普及と共に取り去られてしまったのかもしれません。
ただその為、枝葉の部分ばかりに目が行く事によって、作品の本質を見抜く洞察力のようなものは確実に衰退しているような気もします。
制作者の皆さんのご努力には頭が下がりますが、「ツッこませない」為の完璧なCGや、見せ場のインパクトだけに力を注ぎ、テーマやメッセージが伝わらない最近の作品を散見する度に、この「ビデオ視聴の影」を感じるのは私だけでしょうか。そしてその上げ足とりをする視聴者たち。
それは決して「切磋琢磨」ではなく「いたちごっこ」に過ぎないのでは?
それではお互いが浮かばれない。双方が良い作品を求めている筈ですから。


ちょっと過激でごめんなさい。頭の足りないおバカの独り言ですcoldsweats01


私などがおこがましいですが、一度お試しになってみては。
オンエアでもビデオでも何でもいいです。初見の作品を決めて、「一度だけ」しっかり集中して見てみると。
そしてその作品を二度と見ないで、心に残った部分だけを思い出してみる。

どの場面、誰のセリフが心に残ったか。一度だけ見た方が、自分の感力がはっきり分かる事だってあると。きっとそこには、枝葉の部分など無い筈です。
それが『見る』という事だと、私は思います。

舌足らずの上、偉そうな事ばかりお話して申し訳ありません。
私が肌で感じる「昭和と現在の差」は、そんな部分です。
前述のような鑑賞姿勢って、昭和の頃はみんなやってましたよね。
昭和の日にふさわしい見方。私もやってみようと思います。
幸い、未見の作品は山のようにあるし。笑えない状態だったりしてweep


追記
きっきスーパーで入手。なんてタイムリーなhappy01
思わずブーちゃんとcamera
今日はバラサな昭和の日heart04
2s
 

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コメント

 いやぁ…。「昭和の日」らしい記事ですね。
 昭和末期、「快傑ライオン丸」のVHSが1本1万円(2話収録)だったのを懐かしく思い出しました。全6巻だったのですが、2か3は買い逃しました(LDで揃えましたが)。
 
 概ね同意できるのですが、私は逆で、「捏造」していた事がしばしばあります(「ウルトラセブン」とか、「存在しないエピソード」を「覚えて」いました)。
 
>ただ思います。今の世代が、初代ウルトラマンなど名作と呼ばれる作品を見た時、その枝葉をどう感じるのか。
>ただその為、枝葉の部分ばかりに目が行く事によって、作品の本質を見抜く洞察力のようなものは確実に衰退しているような気もします。
 ↑故・佐々木守は、「ソフト化も再放送も要らない」とおっしゃっていました。
 氏の脚本は、「前の時間帯(同じキー局)」と「裏番組」を考慮して書かれたそうですので。
 実際のところ、DVD化、CSなど初めて見る作品の場合、そう言う意味での「時代考証」の必要性を痛感しています。
 今、ファミリー劇場で「ウルトラマンタロウ」が最終話を迎えようとしてしますが(後番組は「レオ」)、「オイルショック」、「日本沈没」と言ったキーワードを「導入」して見ている次第です。
 (当時は「オイルショック」が判らない年齢で、「~沈没(TV)」は未放送)。
 「柔道一直線」を初めて見たのは今世紀になってからですが、(従来、言及されている)「仮面ライダー(1号・2号)」との接点を見るにつけ、「おお!」と頷いていましたし。
 10年以上前に読んだ意見ですが、
「今は、レンタルビデオ店で、「ウルトラマン(初代)」と「ウルトラマン××(平成シリーズ)」を同時に借りられる」
と指摘され、懸念を持ったものでした。
 (「それが時代」と言われれば、それまでですが)
 録画、ソフト化(CS)、と言う時代にあっては、我々の感受性とは違うものが育っているのでしょうね。
 それが良い事であると願います。

ビデオデッキは私も思い入れがありますよ。
確か私が小学校2年生くらいに普及し始めたんですよ。

小学校高学年の頃にはクラスのほぼ全員が持っていたんですが、うちは買ってもらえなくて…分担してテレビ番組を録画しようと言われても参加できず、ビデオテープの貸し借りも涙を呑んで、あまりに悲しくて借りるだけ借りて見たふりをしたこともあります。

親にねだって4年目。
私が高校1年になったときに「最初のテストで10位以内に入ったら買ってあげる」と言ったんです。
そりゃあがんばりました。
そしたらなんと…「9位」だったんです(笑)
「1位」じゃないところが私らしいというかなんというか…。
そんなわけで無事に買ってもらえたんですが、まだそのデッキを実家では使っています。

うちの両親はそういう機器に全く興味がなくて今でも操作が出来ず、当時の私が書いた「ビデオの取り方、再生の仕方」のメモを頼りに使っているようです。
実家でDVDを見る日はいつになるのでしょうか??

…そういいながらテレビ自体は液晶にこだわってアクオスに買い換えました。
が、地デジには興味がないようで…。
困ったものです。
「拒否したってもうすぐ地デジになるんだよ」と説明してもいまいち分かってないみたいです。

後にも先にも唯一買ったセルビデオは「キャプテンウルトラ」でした。
再放送なんか絶対無いと思ってましたからね。

LD時代になって特撮系は全部買い揃えましたが、まさかLDが無くなってしまうとは!!
DVDが出てきても、しばらく見送っていましたが、今では全部DVDにコピーして売り飛ばしてしまいました。
昭和の国産特撮は、ほぼDVD化完了した感じですね。

記憶という意味で言えば、劇場で1回しか見ていない「ガメラ対宇宙怪獣バイラス」の時のガメラマーチを覚えていたりしたもんです。
多分、その後雑誌やソノシートで覚える機会があったんだと思いますが、映画のワンシーンなんかも良く覚えてます。
ウルトラ系なんか、再放送のたびに見てましたから、次の台詞が頭に浮かんじゃったり(笑)

まあ、子供時代の方が、そういう事を記憶する能力にも長けていたのでしょう。
今となっては昨日の晩飯のメニューすら思い出せない・・・(苦笑)

ゲッターピジョン様 そうですね。昭和末期の時点では、まさかここまでソフトが安くなるとは予想もせず。
「超電磁ロボ コン・バトラーV」の全話LDBOXを衝動買い(8万円台)しても、何の後悔も無かったですしcoldsweats01
怖ろしい時代でした。今はレンタルするのにも迷うのにcoldsweats01

私もゲッターピジョンさんと同じで、捏造は結構していましたね。
ただ本来の放送作品とは切り離して、意識的に「新作」として考えていました。
要は、今記事で書いている類の「勝手に妄想」ですねhappy01
昔から、同じような事をやっていた訳です。
ですから「覚えて」いたという感覚とはちょっと違うのかもしれません。
そう考えてみると、人間の本質って変わらないものですね。

確かに、佐々木守氏が身上とされていた「前の時間帯」「裏番組」意識の制作姿勢はよく分かります。
私も自分のお仕事ではそうしてますからhappy01
放送時間帯が時刻変わりをまたぐ時など、なるべくその部分に見せ場を持ってくるように考えたり。自作の中でさえさじ加減を考えますから、前時間やライバル番組ならなおさら。番組制作者としては当たり前の事なのかもしれません。

そういう意味では、確かにおっしゃる通り、時代性や周辺番組の影響を考慮に入れる事は、作品鑑賞のあり方としては正しいのかもしれませんね。流行や空気感など、作品のテーマと切り離せない時代背景を考える事も重要ですし。
その部分を切り離し、単純に作品だけを見てしまうと、重要な部分が零れ落ちてしまうのかもしれません。

私など、リアルタイム視聴の番組ばかり追いかけているので、その「考慮」部分は見事に欠落しています。
必要がないのかもしれません。
何となく「体で覚えている」んですよ。
「ウルトラQの後はオバQだったなー」とか。
今でも土曜夜7時は、ピープロ枠のフジ系というイメージがありますし。
これがリアルタイム視聴の強みですねhappy01

レンタルやCSの普及により、リアルタイムという概念も薄まってきましたね。そういう概念から介抱された新しいファン層の感受性には、私も期待したいです。
まったく新しいものを生み出す素地が、そこにはあるような気もしますからhappy01

追記
先日の「陣痛する頭」へのTB、ありがとうございました。
こちらからもTBバック、コメントなど差し上げようと思ったのですが、どちらも受付不可という事で不義理を致しました。
申し訳ありませんでした。なにとぞお許し下さい。

しすけ様 いやー時代を感じさせるお話ですねー。
小学校2年ですか。もうその頃、私は家電会社全社のビデオデッキカタログを集めて、毎日にらめっこしてましたhappy01
ベータとVHSのどちらにするかで、夜も寝られないほど悩んでましたねー。
でも結局、VHSにして正解でしたが。
私は一度も、ベータのオーナーになった事がないんですよ。

「借りるだけ借りて見たふり」は、さぞかしお辛かったでしょうねweep
私は友人たちに先駆けてデッキを入手しましたから、逆によく部屋に呼んで、みんなで鑑賞会を開いていました。
まだまだデッキの普及率は低かったですから持ってないのが当たり前。
しすけさんのような辛い思い出は無かったですが、見せろ見せろとつつかれて大変ではありましたcoldsweats01

でも考えてみると、あの頃の方が作品への集中度は高かったですね。
テープも高かったですし。
たとえデッキを持っていても、おいそれとはコレクションは増えないと。
文字通り「テープが擦り切れるまで」見ていましたhappy01

「10位以内」って凄いじゃないですかhappy01
そういう目標を達成して手に入れた物って、また格別の喜びがありますよね。
それがビデオなんて贅沢品ならなおさら。
まだ使えるなんて、しすけさんのご実家ではビデオを大事になさってるんですね。

ウチの両親もビデオは持っていましたが、まるで操作法が分からず、ほとんど使っていない様子でした。
私が使い方を教えても、全く意に介さない様子で。
もったいない、使わないならちょうだいよといつもねだっていたんですが、「いや使う」と頑強な抵抗に会いhappy01
どこの家でも同じですね。

地デジって、モノクロからカラー放送みたいに、劇的に画面の印象が変わるものじゃないですから、なかなか理解しにくいですよね。
本業の私だって、いまいち分かりませんからcoldsweats01
私がおバカなだけですがweep

雀坊。様 また「キャプテンウルトラ」とはマニアックなhappy01
生まれて初めて買ってもらったソフビが、バンデル星人でしたhappy01

私もLDはかなり精力的に集めたんですが、DVDの出現には驚きましたね。
これ程までに普及するとは思いもせず。ソフト買い直しの重圧も大変なものでした。
既にLDで持っているソフトをまた買うって、とんでもない敗北感を伴うんですよねweep
ですから私は、今もLDは手元に置いてあります。
きっといつか雀坊。さんのように、DVDコピーしちゃうんでしょうが。
あい変らず動きが鈍くてcoldsweats01

不思議なんですが、作品の一部、何でもない事を、妙に覚えている事ってありますよね。
ガメラ映画なら、「対ジャイガー」の「悪魔の笛」の音が頭から離れなくて、当時実家の近くにあった工場のサイレンを聴くたびに思い出したりしたものですhappy01
劇中少年達が使った、白い通信機のデザインとかもよく覚えていますね。
まさに万博っぽい曲線でhappy01

なんとなく思うんですが、私は以前、広告代理店でデザイン業務に携わっていた時期がありまして。
遡れば子供の頃の、そういった「物の形」に反応する性癖が、後のお仕事に繋がっていたんだなあと感慨深かったりします。
才能は全然無いんですが、人それぞれ、生まれ持った素養ってそういう部分に表れるのでしょうかhappy01

私も夕飯のメニューは思い出せません。
それどころか、夕飯を食べたかどうかさえ・・・
もう老化どころの話じゃないですねcoldsweats01

オタクィーン様こんにちは。いつもおもしろい記事拝見してます。お忙しそうですね。(汗っ‥)

>枝葉の部分ばかりに目が行く事によって、作品の本質を見抜く洞察力のようなものは確実に衰退しているような気もします。

ほんとにテレビの製作側からみると、夢を与える作品を作ってもフィクションであるだけに、なにかしら現実的ではないものがあるはずですよね。でも全部現実にするとドキュメンタリーになっちゃうし。(ご愁傷様です( -.-)ノ)
テレビの前の世代のラジオ、映画はたまた文学、テレビ自体も白黒があったりとハード面で足りないものは人間の想像力で補い、またそれがあるからこそ感動があったのかもしれません。でも悲しいかな人間は一度いいものを見てしまうと後戻りできません・・。これからのデジタル放送開始をむかえてオタクィーンさま製作者サイドの苦労もたいへんですね。
(ご愁傷様です( -.-)ノ)
ま、なにをやっても重箱の隅をつつく人がいるのも事実・・
開き直っていい仕事しましょう
(ご愁傷様です( -.-)ノ)
ご活躍願っております!
(ご愁傷様です( -.-)ノ)


のん様 いやーつくづく、自分の才能の無さを思い知っています。
考えれば考えるほど、企画の穴が目立っちゃってweep
まーこの時期しか時間が取れませんし、せっかくのチャンスですから、この状態を楽しもうと思っていますhappy01

おっしゃる通り、人間は新しいテクノロジーに触れてしまうと、もう後戻りは出来ません。
ですからきっと人間自身の考え方や発想も、技術革新によって変わっていくんでしょうね。
ただ現場に居て思うのは、まだまだ人間は新技術に振り回されているなーという事で。

ラジオ、テレビの発明から、音声多重、BS・CS、デジタル化などの新技術、さらに溢れるようなソフトリリース。
これを踏まえた新しい感性、見た事も無いような作品の形態の誕生も近いのかも。
現時点ではまだ、そんな驚きはまだ味わっていませんがcoldsweats01

例えば「見る度にストーリーが変わるドラマ」とか。
RPGゲームの技術をうまく移植すれば、そんな作品も夢ではないのかもしれませんね。
「ワイズマンの意思を受け継いだキリコ」というifの世界さえ、可能なのかもしれません。
「私が異能者であったなら!」のロッチナさんが支配するアストラギウス銀河、というのも見たかったりしてhappy01

本当はそんな驚きを望んでいる私。
ただ枝葉にツッこむだけではなく、自分達の感性を活かした若いスタッフに期待したいものです。
(うわっshock ものすごい年寄りみたいweep

 「そうだよなぁ‥‥」と思って、自分のブログの記事を反省しました(^^ゞ
 ただ、ちょっと言い訳をすると、私は「こんなところにも配慮がされているんですヨ」とか、「このセリフに感心しました」というような情報を入れていこう、と思って記事を書いているんですヨ。それが行き過ぎると、細かいところにツッコミを入れている場合もあるのは事実ですが‥‥。

 私は深いテーマを読み解くのは苦手で、面白くてカッコよくて不思議で怖くて楽しければOKなんです。そんなおバカな私は『ウルトラセブン』がちょっと苦手‥‥(^^ゞ さらに、上っ面しか撫でていないので、佐々木守氏には申し訳ない思いで一杯です(^^ゞ
 『アイアンキング』の弦太郎と五郎の掛け合いの愉快さ、『赤影』の奇想天外・荒唐無稽さ、『怪奇大作戦』の恐怖、『仮面ライダー』のヒーロー然としたカッコよさ‥‥。そして先駆にして完成形の『ウルトラマン』! 自分の感性にピッタリ合ったものは理屈抜きで大好きなんです。でも、それをどうにかして記事にしようと思うと、どのシーンでどんなことを感じたのかを書くしかなくて‥‥。作品を見た私の感性のドキュメンタリーを綴っているようなものですかネ(^^ゞ

 さて、我が家にビデオデッキが来た日ですが、それは私が給料を貰うようになってから。昭和61年のことです。父と私で折半して買いました。当時はあまりTVは見なかったので、専らレンタルビデオを見るのに使いました。TV番組を録画したものは見たら消去し、保存することはほとんどありませんでした。初めて保存したのは、桑田圭祐さんとユーミンの『メリー・クリスマス・ショウ』でした。
 その後、泉麻人さんの『ウルトラ倶楽部』を録画し、これは保存して、何度も見ました。

 業界の方には失礼だとは思いますが、最近は録画してまで見たいと思う番組が少ないですネ。息子たちが土曜日午前中のアニメを録画するくらいにしか、ビデオデッキは役に立っていません‥‥。(土曜日午前中は、長男は学校、次男は水泳の練習があって見られないので)

自由人大佐様 返事が遅くなり申し訳ありませんでした。
いやー今回の記事で誤解されたらお詫びしますが、記事作成時、私は大佐さんの事をまったく意識していなかったんですよ。ご立腹されたら本当に申し訳ありません。
私の文章力の無さゆえです。すみませんでしたcoldsweats01

私がお話したかったのは、「感想」と言っていながらその実「レビュー」になっちゃってる記事の事だったんですよ。
しかも「本放送当日」の事で。

よく思うんですが、作品へのセンスあるツッこみや解析って、実はそうとうその作品を見込んでいないと書けない物なんですよね。当然、関連作品の知識も必要ですし。
ですから私は、見たばかりの作品について「感想」は書けても「ツッこみ」「解析」は書けないんです。
私の実力ではそれはとても無理。
中途半端なツッこみは書き手の無知を晒しているようなものですから。

でも、以前コメント頂いた通り、大佐さんの記事は「紹介」ですよね。
しかも過去の作品の。
それは私ごときには恐れ多い、大変意義ある作品へのアプローチと思います。
実際、私も勉強させて頂いていますしhappy01
皆さん作品にもそれぞれ好みはありますから、記事が得意な分野に偏るのも当たり前ですしね。
「作品を見た感性のドキュメンタリー」という側面も、貴記事からはよく感じられ、参考になります。要は、書き手がアプローチの切り口を自覚しているかどうかなんですよね。
それがしっかり出来ていれば、読み手もそれほど違和感を持つ事はないと思います。
文章のテクニックじゃないんですね。「心がけ」の問題なのかもしれません。
私などが偉そうに言うべき事でもないんですがcoldsweats01
重ね重ね失礼しました。お許し下さい。

映像作品に思い入れの強い方にとって、やはりビデオデッキの来た日は特別な思いがありますよねhappy01

私も『ウルトラ倶楽部』の事は雑誌「宇宙船」などで知っていました。
しかしながら、実は中部地区でも『ウルトラ倶楽部』放送時期と前後して、凄い深夜番組が放送されていたんです。
(ちょっと私のお仕事仲間が絡んでいますhappy01
何しろ深夜に「マイティジャック」「恐怖劇場アンバランス」など円谷カルト作品のつるべ打ちという驚愕のラインナップでhappy01

この分野に於いては、中部地区は先見の明があったと考えています。
実際、東京のディレクターに「名古屋っていいなー」なんて言われたこともありましたから。単に特撮好きなプロデューサーが居ただけですがcoldsweats01

おっしゃる通り、最近は録画してまで見たい作品は少ないですね。私もよく感じます。
最近は「中身」よりも「映像としてのクォリティー」に重きを置いた作品を録画する事が多いですね。
ちょっと「新日曜美術館」なんかにハマったりしてます。
見たり見なかったりですが、単に環境ビデオのように美術品が映し出されるテレビ画面に、安らぎを感じる事も多いです。
やっぱり齢のせいでしょうかcoldsweats01

 何だか余計な気遣いをさせてしまったようで‥‥。私も文章力の不足を反省しています(^^ゞ

 全然怒ってなんかいませんヨ(^o^) ちょっと自信を失いかけたのはありましたが‥‥(^^ゞ

 まぁ、私のブログを書くスタンスとしては、「書きたいことを書ける時に書きたいように書く」というものなので、読者を置き去りにしているかもしれないことは重々承知しています。そもそもエンターテインメントを狙っているわけではないので、人を楽しませるような記事ではないでしょうし‥‥。
それでも、TV番組や音楽、映画の感想の記事については、もし共感してくれる人がいたり、何かを感じたりしてくれる人がいたりしたら、それは素直に嬉しいです。そして、そんな少数派かもしれない人たちに向けて、「私はこんな風に感じたんです」「ここはこういう仕掛けになっています」「こんな方々が参加しています」という情報は記事に盛り込んでいこうと考えています。

 「感性のドキュメンタリー」はちょっと言い過ぎたかも(^^ゞ そんな大それたことはやっていませんでした‥‥。

 『マイティジャック』『アンバランス』が昭和の終わりにTVで再放送されたなんて、驚きです! 深夜枠とはいえ、電波を私物化?(^o^) なかなか粋な編成ですネ。そういうフットワークの軽さはローカルならではでしょう。東京にもMXテレビという、今どき『タッチ』や『シティハンター』、『巨人の星』を再放送しているローカル局がありますヨ。(1年半くらい前には、本放映時と同じ日曜夜8時から『西遊記』を再放送していました。)

自由人大佐様 ご返事まで頂いて恐縮ですcoldsweats01

いやー大佐さんの記事に共感される方は多いと思いますよ。私だって、大佐さんの記憶力やリサーチ力には感服していますから。
大佐さんが手掛けられているジャンルは、ブログ界では貴重なものと思いますから、どうぞこれからも自信を持って、楽しい記事をお続け下さい。
私も勉強させて頂きますhappy01

こんな風に、お互いのスタンスで作品を語ることにより、その素晴らしさや新しい視点、未来の作品へのヒントが見えてくるといいですね。

「マイティジャック」「アンバランス」をはじめ、このプログラムは7月から8月に日替わりで、劇場用特撮映画なども数多くラインナップされた「夏休み深夜劇場」だったんですよ。暑さとこの番組で、もう毎晩寝不足でしたhappy01
後に件の局でお仕事をした際、このプログラムの仕掛け人に会って、そのマニアックぶりに舌を巻きましたがhappy01

こういうプログラムって、やっぱりどこのローカル局にもあるんですね。
MXテレビの噂もよく聞きますし。
その手の編成がCS化する今、地上波で行う役目は終わりつつありますが、地上波に於いても、レトロ番組の灯だけは絶やさずにいて欲しいものですねhappy01

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