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2008年3月30日 (日)

乗船許可願います

いよいよ明後日ですね。
「ネヴュラ」読者の方には、この一言でピンと来た方も多いと思います。
古の特撮作品をこよなく愛する拙ブログで「明後日4月1日」と言えば、もうあれしかありません。

朝日ソノラマ亡き後、ホビージャパン社から復刊する「ビジュアルSF世代の雑誌」。そう。『宇宙船』の発売日です。

きっとお仲間を含め様々なブログで、このニュースは大きく採り上げられる事でしょう。
何しろ私のように、1980年代に最も多感な時期を過ごした特撮ファンにとって、この『宇宙船』という言葉は特別な意味を持つものですから。

この誌名を聞いて万感の思いを持つ者の一人として、今日は古いオタクの昔話などをお話してみようと思います。
何しろ創刊時に生まれた方が現在は28歳にもなろうという古い雑誌です。
四半世紀以上前のお話ですから、若い方は決してご無理なさらぬようhappy01

「宇宙船」創刊前夜の1970年代後半。怪獣やヒーローなど、イメージの奔流とも呼べる特撮映像に魅入られた私達特撮ファンは、その喉の渇きにあえいでいました。
当時は「仮面ライダー」に代表された第二次ヒーローブームも沈静化し、ゴジラ映画も「メカゴジラの逆襲」を最後に一時の休止期間を迎えるという、特撮冬の時代を迎えていました。
一日に何本もヒーロー番組が放送され、全国どこかで怪獣と防衛チーム、ヒーローの攻防が繰り広げられていた日々を過ごした私たちは、潮の引くように去ったブームの残照に思いを馳せ、祭りの後の寂しさを覚えていたのです。


私の周りでも、当時やっと普及し出した家庭用ビデオのある家に仲間が集まり、テレビ撮りのSF映画などを固唾を呑んで見守っていたものです。
リアルタイムの新作が望めなかった当時は、そんな経験が何よりも贅沢に思えたものでした。
情報入手の遅れで、平日の正午に突然放送された「宇宙水爆戦」のタイマー録画を忘れ、その後一週間は友人から口をきいてもらえなかった事も懐かしい思い出です。
(本当なんですよ。なにしろ当時はその手の作品のビデオソフトなんて国内販売はされていなくて、字幕無し、目が飛び出るほど高い海外ソフトが唯一だったんですから)


ちなみに当時、東宝ビデオから「東宝名作選集」として一般映画と同時に発売された『ゴジラ』(1954年版)のビデオソフトは、なんと5万円もしました。
VHSソフトが5万円ですよ!しかも一部カット版で。

無料で放送される地上波の映画がいかに貴重だったかがお分かりと思います。そんな時代でした。

枯渇する特撮作品、ヒーロー番組の息吹再び。私達ファンはかつての名作を研究・分析し、クリエイターの思いやスピリットを発掘する作業に傾倒しました。
丁度この頃、十代後半の間で吹き荒れた「機動戦士ガンダム」ブーム(ガンプラブームはもう少し後ですが、ファン間では既に本放送時に話題騒然、私も第2話以降、布教活動に回っていましたcoldsweats01)も追い風となり、アニメーション作品の復権と並んで特撮作品にも再びスポットが当たったのです。


後に「第三次特撮ブーム」と呼ばれるこの時期に、「ソノシート」などで昔からアニメ・特撮作品の製作ルートと太いパイプを持つ朝日ソノラマが気勢を吐いたのは、むしろ時代の要求と言えたのかもしれません。

Photo1979年6月。当時、アニメ専門誌「OUT」「アニメック」などで小さく採り上げられる特撮作品の記事で乾きを癒していた私は(こうやって書くと本当にオタクですねcoldsweats01)地元の小さな書店である本を見つけました。
少し前から「月刊 マンガ少年」などを購読していた私は、朝日ソノラマから「その手」の匂いを感じてはいましたがhappy01この本を手にした時の驚きは忘れられません。
後年、かの『宇宙船』の前身としてファンの語り草となる伝説の一冊、『月刊マンガ少年別冊 すばらしき特撮映像の世界』です。
私はこの一冊を、リアルタイムで入手したのでした。


なにしろ『特撮』という単語をタイトルにした書籍など当時は皆無。今でこそその単語は一般の方々にも知られていますが、70年代後半の時期はファン間での一種の隠語、最近の例で言えば「SFX」「VFX」などの単語の流行り始めのような雰囲気だったのです。その『特撮』という単語を堂々と、しかもタイトルに。
もうその気概だけで私の目はlovely
「クロックアップ」以上の早さでレジへ向かったのは言うまでもありませんhappy01

中身もタイトルに恥じない、素晴らしいものでした。
当時、ファンタスティックコレクションなどで特撮作品研究本の口火を切ったソノラマだけあって、その内容も、単なる作品レビューなどに留まらない「癖のある」記事ばかり。

確かにかつての作品の名場面など、いわゆる客寄せ的なカラー記事もあるにはあるのですが、それよりも編集陣が目指したものはむしろ、「かつての作品をどう思ったのか」「なぜ我々は魅了されたのか」という「魅入られた立場からの主張」だったのではないかと思います。
写真は「怪獣マリンコング」(これを共通の話題とするのも無理があるかもcoldsweats01)のシナリオ採録ですが、これだって「テレビ怪獣演出の萌芽」的な研究姿勢から出てきたものではないかと思うのです。


ほとんどの作品がDVD化され、苦労なくそれらを再見出来てしまう現在、この試みは非常に徒労のようにも見えます。
しかし
クリエイターにとって作品の設計図であるシナリオを読んでみる事、このシナリオ表現をどう映像化したのかを考えてみる事は非常に重要。
クリエイターの辿った道を追体験する事で「創造」の「想像」を喚起させるような意味合いを感じるのです。

よくある「セリフの言い回しが」「このシーンは予算の関係で」的な重箱隅突きではない、「伏線」「人物配置」「見せ場の作り方」などなど、「面白い作品はどう生まれるのか」という部分への探求姿勢。
当時の私は、この姿勢に非常に共感を覚えました。


実際この方式は、今も時々購読する研究誌「シナリオ」「ドラマ」と同じですもんね。これを特撮作品でやってしまう所に、非常な新しさを感じたのです。
同時期に発売された『円谷英二の映像世界』(実業之日本社刊)で実相寺昭雄監督が行った、「ゴジラ」(1954年版)に於ける【ゴジラ上陸シーン、本編と特撮カットのカット割り採録】に通じるものがあるような気がします。


さらに私は、この本で「作品へのアプローチの仕方」「視点」というものを学んだような気がします。
「そうか。ウルトラマンは夢をくれたんだ。」という視点。「良かった、悪かった」じゃなくて、「どう良かったのか」「どこに魅力を感じたのか」という視点を、その一文は私に与えてくれたのでした。


まーおバカな私ですからそういう一言にも感動しちゃったんですが、実際のところこの一冊は、そこかしこに「同じ作品でも、切り口によって様々な顔を見せる」「切り口の見つけ方にライターの個性が出る」という事を教えてくれたような気がします。
要は、それまで映画業界で連綿と行われてきた「映画評論」の手法を特撮作品に導入したという事なんですね。
子供向けと言われてきたそれらの作品には、これまでその視点は無かったんです。特撮評論業界に於ける双葉十三郎氏や植草甚一氏の発掘。
この本が果たした役割はそんな所にあるのでしょう。

さて。前段が随分と長くなっちゃいましたが、この『すばらしき特撮映像』のヒットが『宇宙船』創刊の原動力となった事は、後年様々な文献でも語られていますね。
事実、翌年の1980年1月に発売された創刊号には、その編集方針が色濃く移植されていました。
この創刊号、私はまたしてもリアルタイムで入手しているんですが、この表紙を書店で見かけた時、正直「熱さ」を禁じえませんでした。

描かれているロボットのフォルム。イラストのタッチ。色使い。
このイラストは今をときめく開田裕治氏によるものですが、当時名も売れていなかったであろう開田氏はまさに一怪獣ファン。さらに思い切り趣味に走ったその構成も気持ちよく、あらゆる意味で、この本はライターや編集者も含め、私たちの一つ上の怪獣世代による総力戦だった訳です。


で、これも後年、編集者やライターの間で語られる事ですが、結局この創刊号って「商業誌的ファンジン」のスタンスですよね。
確かに未開拓分野ゆえノウハウもなく、読者との間合いも掴めない創刊号ですから、掲載記事も試行錯誤、手探り状態のまま進む訳です。
そこでソノラマは大博打を打ったと。


記事の蓄積が無い分、それまでファンジンなど個人で書かれてきた特撮作品への熱い思いをそのまま載せてしまうという英断。
あまつさえ、それらファンジン代表者の座談会まで企画してしまう。この試みは、当時のアニメ誌にもなかったんじゃないかと思うんですが。

(「OUT」誌での「ガンダムSF是非討論」などはちょっとそれっぽかったですが、なにしろ相手がプロの高千穂遥じゃ・・・)


つまりこの「ファンジン全面展開」は「深夜番組がゴールデン枠に進出した」ような物なんですねhappy01
それら識者の息吹に大変な刺激を受けました。
普段、自分の仲間内で語り合っているような私見、解析、思いがどんどん飛び出すわけですから。
「そうそう。そうなのよねー。やっぱりみんな、あの場面ではそう思ってたんだ。」
そこで語られた作品への共通認識、同じ思いに、感慨深かった方も多かったのでは?

さらに参加者全員から当たり前のように語られる意見、さらに独自の視点で展開する作品論に、私は目からウロコが落ちっぱなし。

今で言う「一人ロフト・プラスワン状態」crying


実際「ネヴュラ」での私の語り口や視点は、この『宇宙船』から学んだものが多いんですよ。まーあの才気溢れる評論の数々には、私など足元も及びませんがsweat01

実はこれが、私の感じる『宇宙船』の真骨頂だったんです。
しかし、創刊初期にあったこの「意見を交わす」というスタンスも、号を重ねるごとに段々薄まっていきましたね。

それは仕方がない事なのかもしれません。
丁度この頃から爆発的に普及したホームビデオ、さらに需要によって生まれた低価格のレンタルビデオ店。『宇宙船』の歴史は、日本の映像ソフト普及の歴史でもあるからです。

その津波のようなソフトリリースに追われ、ジャンル作品を幅広く扱う誌面は自然と新作ソフト情報に割かれ、やがてはビデオ・フィギュアカタログかと揶揄される程となってしまいました。


「あの、思いを語り合う場を提供する気骨はどこに?」
そんな思いを抱いてしまうのは、決して私だけではなかったと思います。

「『宇宙船』の役割は終わった。」特撮作品、キャラクターフィギュアなどに特化した雑誌が次々と創刊される中、そんな声も多く聞かれました。
一応、全号はコンプリートしたものの、今世紀に入ってからの刊行時は、私も「読む」と言うより「買ってすぐ本棚行き」なんて事が多かったような気がします。
誌面に魅力を感じなくなっていたんですね。
別にカタログなんて見たくないと。


2005年7月号での休刊時。「惜しまれつつ」と世間では言われますが、果たして実際はどうだったんでしょうか?
時代の要求とはいえ急速に進んだカタログ化の末、ネット情報のフットワークに足をすくわれてしまった。
こんなイメージが、私にはどうしても付きまとってしまうのです。
ただ、ネット普及以前に宇宙船が果たした情報発信の役割、これも否定できません。新作ソフトリリースの報に小躍りした事だって十回や二十回じゃないですから(多いですねhappy01


私にとって『宇宙船』は、時代という磁気嵐に飲み込まれた果敢な映像宇宙の開拓者なのかもしれません。
ただ私は思います。
ドック入りし、再度の出航に挑む意義はどこにあるんでしょうか?


ネット社会の一般化によって、今や出版業界は非常に厳しい状況と言われます。情報フットワークでネットに負けたソノラマ版『宇宙船』に対し、HJ版『宇宙船』にはどんな武器が搭載されているのか。私にはそこが非常に気になります。
その創刊時、大きな武器となっていた「意見を交わす場」というスタンスも、今はネットが担っています。正直、このブログのように、誰もが自分で雑誌を刊行しているような状況が当たり前。いや、そのレスポンスの速さ、動画までアップできる環境は、むしろ放送局と言っても良いでしょう。
もうあの頃の技は通じないような気がします。


この現況に雑誌という媒体で勝負を挑むとすれば、そこにはかなり周到な、また思い切った戦略が必要な筈なのです。
その『秘密兵器』とは何か?編集部の勝算は?

また情報誌になっちゃうのかなー。新作ソフトのカタログなのかなー。
創刊時からのお付き合いだからこそ、今回の再出航は気になる事ばかりです。


でも、私はちょっと期待もしています。
80年、送り手と読者の関係を変えた『宇宙船』の名を冠するからには、きっと凄い、掟破りの新機軸を用意しているであろう事を。

そんな期待を胸に、私は再度『宇宙船』に乗船しようと思います。
クルーは新しくなっていても、きっとフロンティアスピリットだけは受け継がれている。そう信じたいですから。

明後日。興奮と共に誌面記事をアップできる事を楽しみにしていますhappy01

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コメント

ライター時代、宇宙船には何度か書かせてもらったことがあります。
一番思い出深いのは、故・松田優作氏が主演・監督した
『ア・ホーマンス』のレビュー記事を書かせてもらったことです。
あのおかげで、『ア・ホーマンス』の試写にもぐりこめました(笑)
当時のソノラマの編集部は銀座にあって
いつも乗り込んでは、木の棚に閉まってあるお宝のスチル写真を
「今日はこれとこれ焼いてよ!」と頼んだことでしょうか(笑)
「宇宙船」の最初の強敵は、初期のB-CLUBだったと記憶しています。
よき時代だったけど、それがまた蘇ってくれることを祈っています。

 沖田艦長(朝日ソノラマ)から古代進(ホビージャパン)へと変わって、『宇宙船』はどこへ向かおうとしているのでしょうか。新たな敵、白色彗星帝国とは? 波動砲は通じるのでしょうか?

 特撮愛好家として覚醒するのが遅かった私は、'90年代後半に『宇宙船』誌に出会いました。それも立ち読み程度でしか見ていません‥‥(^^ゞ しかし、オタクイーンさんのおっしゃるような「ネットでの即時性のある意見交歓、だれもが発信者となれる環境」に対抗する誌面とは、どんなものになるのか興味深いです。
 業界に深く入り込めるような方々が、一介のファンでは手の届かない調査ができることは、出版社の強みでしょうネ。そういう武器を効果的に使って、いまだ真相が不明なことをレポートしてくれることに期待したいです。

 少なくとも、志半ばにしての『戦え!HJ』のような規模縮小・路線変更だけは避けてもらいたいです(^o^) 本誌『ホビージャパン』との差別化が課題でしょうか。

市川大河様 そうですか。当時のソノラマは銀座にあったんですね。
宇宙船が最も気を吐いた80年代前半、地方に住む私にとって、その編集部はまさに特撮研究の梁山泊、憧れの場所でした。
そんな所に出入りされていた市川さんが大変羨ましいですhappy01

私もB-CLUBは、宇宙船と並行して購読していました。バンダイが出版していた事もあり、ややHOBBY方面に特化した内容が良かったですね。宇宙船とはライバル的位置に居ましたが、両誌ともお互いを意識し、切磋琢磨していた印象があります。
読者としても、両誌のせめぎ合いを楽しんでいたような気がします。
「今号はこう来たか」みたいなhappy01

HJ版「宇宙船」は、ソノラマ版とはまた違った切り口で楽しませてくれそうですね。
でも「宇宙船」の名を冠する以上、その創刊時に溢れていたスピリットだけは受け継いでもらいたいと思います。
「HJEX」のタイトル変えだけにはなって欲しくない。
ファンとしては、それが大きな願いですhappy01

自由人大佐様 「宇宙船」に限らず、最近の情報系雑誌の立ち位置は本当に難しいですよね。
映画会社・テレビ局・玩具メーカーがホームページを立ち上げ、分刻みで製品リリース情報を更新している現在、雑誌による新作情報の意味合いに疑問を感じるのは私だけではない筈です。
また評論や関連エッセイに於いても、ブログ界で次々と才能ある識者の方々が記事を発表されている現状では、クォリティーのハードルもかなり上がっていると思います。
ライター諸氏にとってはまさにプロの意地の見せ所ですね。

そんな現況の中、読者を唸らせる武器は、やはり大佐さんがおっしゃる「取材力」でしょうね。キャストやスタッフとのパイプ。取材相手を和ませる技術(ここはもうライター個人の「人柄」でしょうが)こういう「ライターの資質」が記事に反映されると思います。

読者としてはやはりそういう「プロのお仕事」に期待したいところですね。
そこがHJ版『宇宙船』の勝敗の分かれ目でしょう。
確かに『戦え!HJ』にはなってもらいたくないですが、サブタイだけは真似てもらいたいですね。『希望の空へ飛んで行け!』とhappy01

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