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2007年12月 9日 (日)

眩い原石

「ネヴュラ」も開設後、今日で記事数が400本目となりまして。
400本って。始めた当初はこんなに続くとは思ってなかったですねー。
まー途中でちょっとお休みもありましたが(笑)。

ちょっと昔の記事を読み返してみましたが、相変わらず記事の内容は変わってませんねー。おバカなお話ばっかりで。
でもそれなりにいい記録にはなっていると思います。
こんなに続けられたのも、皆さんの温かいコメントや応援のおかげです。
これからもこんな調子で細々と続けていきますので、どうぞよろしくお願い致します。


さて。400本目の今日は、どんなお話にしようかとあれこれ考えていました。
で、まあ400本も続いたという事で、今日は「継続」というキーワードで、私が関わった一人の芸能人についてお話しようと思います。
おそらく皆さんの中で、その名前をご存知無い方はいらっしゃらないでしょう。
とはいえ、地方局の一ディレクターに過ぎない私。大したお話などできません。
いつものおバカな昔話ですので、そのおつもりでお聞き下さい。

今も昔も、芸能界で活躍しているタレントはそのほとんどが東京へ進出し、東京で認められてその存在が全国発信されます。その格付けは厳然としたものがあり、吉本で気を吐く大阪地区でもそれは同じ。いかに大阪で人気があっても、やはり東京からの全国区人気には一歩譲るのが現状なのです。
芸能界においてはタレントの地域格差は大きいと言わざるを得ないでしょう。
ですから私が暮らす名古屋などは、その事情がさらに顕著に表れます。地元局で活躍するタレントや局アナはことごとく東京進出を狙い、うまくそのチケットを手にした者は周りの見る目も変わる。言わば「箔が付く」訳です。
ただそういう場合でも、ほとんどはキー局の早朝・深夜のニュース、ワイドショーなどの現場リポーターとして使い捨てにされるのが現状です。悲しい事ですが、要はキー局は自局の局アナを大事にしたい訳ですね。ですから前述のような過酷な現場は地方出のタレントに任せてしまう。
東京に夢を持って旅立った仲間の何人かも同じ体験をしています。

彼女の場合も、最初はそういう線を狙っていました。

初めて彼女に会ったのは十年以上前の春先。地方局のスタッフ控室でした。
その日は、春から始まる新番組の第一回収録日。その年からタレント事務所に所属した彼女は、その番組が初仕事でした。
ピカピカのリクルートスーツにまるで「着られている」ような動きの彼女は、初々しい挨拶をそれもまたぎこちない笑顔に包んで差し出してくれました。


当時、それなりに現場経験も積んでいた私は、その番組にもさほどの難易度を感じなかったのですが、何もかも初めての経験の彼女にとってそれは大変なプレッシャーとなったようでした。
まー何しろ県の広報番組のアシスタント。スタジオに司会者と並んで座り、ゲストを交えて固~いお話をする45分間番組ですから、たとえ台本があっても緊張するのが当たり前だったかもしれません。


局名は伏せますが、その局は何故かタレントに対してあまりコミュニケーションを密に取らない方針だったようです。
その番組も午前と午後の収録間に昼食タイムがあったんですが、キャスト・スタッフ全員で食べに行くのが通例のその昼食、「食事は個々で採って開始時刻に再集合」という扱いで。彼女は局にポツンと一人取り残されたまま、お店を決めかねているようでした。
「テレビ局って、みんなこんな風にバラバラでお昼を採るんですか?」
彼女のそんな問いかけに私は苦笑し、一緒に近くのパスタ屋さんに出かけました。今思えば、それが彼女と親しくなったきっかけだったのかもしれません。


見かけよりもはるかに繊細で小心者の彼女は、常にカメラ目線や発言の内容、割舌や発音に注意を注いでいるようでした。
「私、どうしたらいいんでしょう。」それが彼女の口癖でした。
あれこれ心配しすぎる彼女に、私はテクニック面よりも気の持ち方、番組内容の把握など根本面を教えて行きました。


これは全国どこでも同じですが、放送局のアナウンサーというのは二つの出目があります。一つは純粋に局で採用される「局員」。もう一つは局がタレント事務所などから出向させる「契約」というものです。
「局員」は皆さんもご存知の通り、高学歴の上高い競争率を勝ち抜いて掴み取る言わば「サラブレッド」。お坊ちゃま、お嬢様の世界なのです。
ですからそれ以外の「平民」がアナウンサーの座を勝ち取るには、タレント事務所に所属し「契約」を狙うのが最も確実、かつ近道。
彼女もそんな現状を知り、「契約」を狙って様々な局の試験を受けました。(「契約」でも試験はあるのです。)
ところが彼女はそのどこにも引っかからなかった。今回の番組アシスタントもその番組のみの契約で、月一回だけスタジオ入りが許される「にわかアナウンサー」だったのです。


局アナを目標とする彼女にとって、その一日は大変貴重なものでした。
しかし月に一日だけのお仕事ではとても生活は出来ません。
事務所に頼んで仕事を回してもらうよう頑張る彼女でしたが、仕事が来ない日は自宅近くの雑貨屋さんのアルバイトで生計を立てていました。
「私、結構センス良いって言われて。お店の棚のディスプレイを一つ任されてるんですよ。」そんな風に嬉しそうに話す彼女。
お仕事に対して貪欲になる他のタレントに比べ、彼女はあまりにもピュアで優しすぎました。そんな彼女に対し「この業界には合わないんじゃ」という言葉を飲み込んだ事も一度や二度ではありません。


ある日、こんな事がありました。
その日は彼女をリポーターとして使った取材ロケ。地方のある村へ出向き、そこである偉い方(現在、ある大臣さん)に密着するというものでした。
スタジオトークだけでは彼女の真価が発揮できない。
そう判断した私の提案が通ったのでした。
取材は二泊三日の泊りがけだったのですが、何日目かの朝、その村で行われる村祭りを取材に、名古屋の有名女子アナが村へやってきたのです。
取り巻きも多く豪華な彼ら取材陣に比べ、
私たちの取材チームは少人数の上、肝心のリポーターは彼女一人のみ。
そんな中、間の悪い事に、彼女とその女子アナが二人きりではち合わせしてしまう事態に。

件の女子アナには決して悪気は無かったと思います。二人はほんの一言挨拶を交わしただけでしたが、彼女の目には羨望の色が浮かんでいました。
と同時に「ここでは終わらない」という闘志の色も。


取材中、定宿としていた村のひなびた旅館での夕食時、彼女はよく笑い、また語ってくれました。行き帰りの移動車の中でも彼女の舌は冴え渡り、家族の事、今の生活の事、未来の夢の事などよく語り合ったものです。
知り合った当時は心を閉ざしていた彼女の新たな一面を垣間見たような気がして、妙に嬉しかった事を覚えています。

そんな他愛も無い会話の中で、私は彼女のある才能に気づきました。
彼女には天性の「狂気」があるのです。
本人は普通に話しているだけなんですがどこか可笑しい。ちょっと常人と外れた部分が顔を覗かせる。

例えばこうです。「私、詩を書いてるんですけど。浮かぶとこのノートに書き付けてるんですよ。ちょっと読んでもらえませんか?」とノートを差し出す彼女。
どれどれと覗き込んでみると、そこにはもう文章として成立していない意味不明の言葉の羅列が(爆笑)。
「これ、どういう事を言ってるの?」
尋ねる私に怪訝な顔で彼女は一言。
「分かりませんか?いやー私、天才だと思うんですよねー。」


こんな事もありました。それはあるビルの中、彼女が窓から外を眺めているカットを撮ろうとした時の事です。彼女に「そこに立って、なんとなく外を見ていて」と指示した私。彼女も指示通りに窓から外を見ています。
カメラはそんな彼女のバックショットから横へ回り込み、バストショットまでドリーして行くんですが、その動きの撮影途中、カメラマンがこらえ切れなくなって突然ゲラゲラ笑い出したのです。実は横でモニターを見ていた私も、こみ上げる笑いを必死にこらえていました。
何故でしょう。窓から外を見ているだけなのに妙に可笑しい。彼女は可笑しい事を何もしていません。でも「空気が可笑しい」んですよ。
事情が分からない彼女は、自分のミスじゃないかとオドオドするばかり。


「これはすごい才能じゃないかなー。」
なにしろ私がそれまでお仕事を共にしたタレントの中で、こんな空気を持つ存在は居ませんでした。私は彼女から「新しい何か」を感じたのです。


そんな日々の中、彼女の心境も少しずつ変化していったようです。きっと私の他にも、彼女の奇異な才能に気づいたテレビ関係者は多かった筈ですから。彼女は周りからそれを指摘され、自分の知らなかった一面を自覚したのだと思います。
彼女が、多くの地方タレントが抱える一つの壁に直面したのは、それから間もなくの事でした。

テレビ業界の現状に詳しい方はご存知と思いますが、地方在住のタレントにはある「越えられない壁」があります。
「東京ほど市場が広くない地方では、個性的なタレントは使いづらい。」

これは流通業界でも同じ事が言えますね。市場の広い東京のような場所なら、ある程度マニアックなお店でも来客・購買層が見込めるから商売として成立するけど、地方ではそれだけのお客さんが居ないから、個性的なお店が成立しないという理屈です。
今はネットショップの普及などでその壁も少しずつ崩れ、あえて地方での開業を売りとするマニアショップも成立しているようですが、10年以上前の当時は事情が違いました。
タレントの場合、個性が強ければ強いほどその個性に合ったお仕事が少ないという事になる訳です。言い方は悪いですが、どんなお仕事もそつなくこなす「なんでも屋」が珍重される市場なんですね。


彼女の個性はその壁の前に、もろくも崩れ去ろうとしていました。
彼女はそのたぐい稀な才能を押し隠しながら、ひたすら「普通のタレント」としてお仕事をこなしていたようです。もちろん東京進出を狙いながら。
しかし根本的に、地元でお仕事が無ければ東京など夢のまた夢。

「私、どうしたらいいんでしょう?」そこには自らにそんな問いかけを繰り返す彼女の姿がありました。相談を受ける私にも答えは出せず。
でも何故、彼女はそこまでしてお仕事を「継続」していたのでしょうか?
当時の私にはそれはよく分かりませんでした。
局アナへの憧れ?お仕事への興味?それとも・・・


彼女に転機が訪れたのは、それから間もなくの事でした。



お話はまだまだ続きますが、ちょっと長くなりそうです。
やっぱり一人の人間の歴史ですから、簡単には語れませんね。
続きは次回にしましょうか。
400回記念のお話が前後篇になっちゃうとは。まったく予定外でした(笑)。

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