2021年12月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31  

ネヴュラ・プライベートライン

無料ブログはココログ

« 昭和なおやつ | トップページ | 眩い原石 »

2007年12月 9日 (日)

妖蝶舞う秘境

まさに英断!
一泊二日200円という超高価(笑)なレンタル代を投げ打って、数年ぶりに対面したこの作品。久々の東宝怪獣映画に、おバカな胸も高鳴ります。
(どこまで貧乏なんでしょう私。年末は何かと散財も多くて(涙)。

Photo「大怪獣バラン」(1958年東宝)。「ゴジラ」で手腕を揮った東宝名トリオ、本多猪四郎・円谷英二・伊福部昭氏が「空の大怪獣ラドン」(1956年)に続いて製作した怪獣映画です。
この作品、「怪獣造形の素晴らしさとストーリーとの落差が大きい」とか、「背中のトゲトゲの形により、お弁当などに付ける緑の間仕切り「ばらん」の語源となった」など、あまりパッとしない話題でしか取り上げられませんね(笑)。

私がこの作品を初鑑賞したのは25年ほど前。作品自体は50年近く前のものなんですが、なにしろ前述の理由でとにかく露出が少ない。テレビ放送なども行われたと記憶していますが、残念ながら私はそのオンエアには立ち会えませんでした。ですから初見はビデオソフト。その当時、やっと東宝ビデオからリリースされたそれを、今よりはるかに高価なレンタル費を同好の友人と割りカンで支払い、目を皿のようにして見入った記憶があります。

この作品、識者の方々にはかなり酷評を受けているようで。ネットで検索しても、さすがに的を得たごもっともなご意見ばかり。
確かにゴジラやラドンほど語り継がれる魅力に乏しい印象のようです。
ところが私、この「バラン」については、それほど悪い印象は無かったんですよ。

Photo_2自分のブログなので正直に言いますが、25年前に初見を果たした私には、「なんてストレートな怪獣映画。「ゴジラ」の核、「ラドン」の絶滅種に対する悲哀、なんてしかつめらしい裏テーマが無い分、ストーリーは怪獣掃討だけに集中している。テーマに引きずられない分、非常にスマートにまとまったハンサムな作品」という印象だったのです。
その印象は私の若さによるものだったのかもしれません。確かに当時、怪獣映画は絵、迫力第一主義だった私には、芹沢博士の苦悩や阿蘇の火口で燃え尽きる紅蓮の巨鳥の悲しさに共感できる程、作品を深く読み取る事が出来ませんでした。
「バラン」はそんな私に強烈なカウンター・パンチを与えてくれた作品だったのです。「怪獣映画ってこう作ればいいじゃん。」なんて。
当時の私は今にも増しておバカだったんですね(笑)。


昔からよく言われている事ですが、映像作品に限らず文学や音楽、絵画なども、それを鑑賞する年齢によって感じ方が違うものですよね。
よく映画の感想などにある「初見ではこう思ったけど、今見ると・・・」的な印象の違いは万人の感じる所だと思います。
今回、私が「バラン」再見に臨んだのも、そんな「感じ方の違い」を体験したくなったからでした。

Photo_3結論から申し上げましょう。今回の再見は「非常に面白かった」の一言に尽きます。
これには色々な要素が絡んでいるので、とても簡単にはお話できません。
例によっておバカな私見がらみで、ほぼ四半世紀ぶりに鑑賞したこの作品の印象をお話してみたいと思います。

ただ今回もセオリー通り、ストーリーを一切お話しません。
もしお近くのレンタル店にこの作品があったなら、お時間とご予算あればご覧頂けると嬉しいですね(笑)。

まず一つ目は、私の鑑賞体制の違いについてでした。
なにしろ前回の鑑賞は四半世紀前。当時私はこの作品を自宅の14インチテレビで見ました。もう言わんとする事はお分かりと思いますが、今回の再見では「ネヴュラ座46インチ」。そもそも画面の大きさがまるで違うのでした。
しかもDVDの高画質は当時のVHSとは比べ物にならない程細密。
おまけに音声選択で5.1サラウンドまで楽しむ事が出来るのです。


「オタクイーン、まーたそんな46インチ自慢を。大画面テレビの事を話したいからそんな事言ってるんでしょ。」
ご立腹の方にはごめんなさい。決してそんなつもりじゃないんです。

私がこの大画面テレビを買ったのはほぼ一年前ですが、今でも私はこのテレビにアンテナを繋いでいません。完全にDVDのモニターとして使っています。その理由は「このテレビはあくまでスクリーン。劇場として扱いたい」という強い思いがあるからなのです。
そもそも大画面鑑賞を前提として作られている映画と、さほど大画面を必要としないテレビ番組は画面サイズが違って当然。もっと言えば「映画の世界にテレビを侵入させたくない」という主義なんですね。実際テレビ業界に身を置く私としては、そうした厳然たる住み分けがあります。


以前にもお話しましたが、元来映画とテレビではそのカット割り、アップやロングのサイズチョイス、パンやズームのスピードなども違って当たり前なのです。試しに50インチ程度の大画面で1970年代のドラマなどを見てみて下さい。寄りすぎる顔のアップや早すぎるパン、ズームのスピードに驚かれると思います。
ですから本来映画というものは、大画面で観なければその本来の効果や監督の演出意図を正確に把握できないはずなんです。
これは私も、自宅の大画面テレビで作品鑑賞をしてみて初めて分かった事です。これは何万語を尽くしても、一度の体験には叶わないかもしれませんね。
なにしろ小さな画面では「ゆっくり」に見えていたゴジラの歩行が、大画面では皮膚の揺れまではっきり知覚でき、「雄大」に感じるんですから。

これは「迫力」とは別次元のお話です。「印象のレベルが変わる」とでも言うのでしょうか。画面から受ける情報量の差により、テレビ画面とは違う感覚を受けるのです。
よく巨大な芸術作品などで作者が「この作品は見るのじゃなく、作品に近づき包まれる事で感情を刺激して欲しい」と語る感覚に近いのかもしれません。


これは逆に、テレビ番組の場合にも当てはまります。
取材先の打ち合わせもそこそこに、出演者やカメラマンのアドリブに頼るような深夜のバラエティー番組は、そもそも大画面を想定して作っていないんですよ。実際、私の担当番組も同じです。

そんな番組を、かつての名匠の劇場作品と同じ大画面で観ることは、それこそ名監督に対しての冒涜にさえ感じてしまう。それが本音です。
ですから件の46インチも、昨年は結構な苦労の上購入しました。
でもそれは間違ってなかったと思います。
今でもちょっと埃が付くと、こまめに画面を拭いているんですよ。
貧乏な私には大事な大事な「マイシアター」です(笑)。


Photo_4お話がちょっと飛びましたね。「大怪獣バラン」についても、前述の大画面効果が最大限に発揮された作品と言えます。
今でも14インチのテレビで映画を見る時がありますが、そんな時「あーこの映画、大画面で見たらさぞかし迫力あるだろうなー」なんて感じる事があります。で、その作品を実際46インチで見ると、その想像のはるか上を行く場合がほとんどなんですね。
ストーリーの弱さを映像の迫力で押し切ってしまう。そういう作品が世の中には確かにあるのです。


よく監督が言いますよね。「この描写は本当は嘘だしそれによってストーリーも破綻するんだけど、あくまで迫力を選びました。劇場で作品を観ている間だけ騙されてくれればいい。」そういう事なのかもしれません。
テレビの世界に居る以上、私もテレビが大好きでした。でも映画は「テレビじゃない」んです。真っ暗な劇場での鑑賞を前提に、ある意味観客をマインドコントロールする目的で作られている訳です。テレビ画面での鑑賞は二次的なもの。それを肝に銘じないと判断を誤ります。もともと監督が確信犯的に「理詰めで作っていない」作品だってあるんですから。


「バラン」の場合まさに「映像の迫力が全て」です。それ以上でも以下でもありません。実際、バランが山奥の湖から姿を現す時の迫力やその顔の造形、ややローキートーン気味の意識的な逆光表現、バランが動くスピード(高速度カメラの速度設定)、村の破壊シーンなど、特撮の迫力は「ゴジラ」「ラドン」を凌ぐと言っていいでしょう。
「ゴジラ」のスタンダードに対するシネマスコープ(パンスコープとしても)という画面アスペクト比もその迫力を後押ししています。さらに合成画面などでやや難のあった「ラドン」のカラー特撮画面も、モノクロ作品の「バラン」ではほとんど気にならない。モノクロ画面の利点ゆえ、本編と特撮のカットパックも違和感がありません。


中でも特筆すべき画面設計は、バランの身長から来る「山中の移動場面」でした。身長50メートルのゴジラに対し、身長10メートルのバランは自らが潜む山中での移動時、生い茂る木々とほとんど大きさが変わりません。
これがバランのリアリティー作りに大きく貢献しています。

画面上のパースペクティブ、特に奥行きを演出する為、バランの山中移動カットにはほとんどカメラの前に木々が配置され、しかも意識的に木のピントをぼかしている。この画面設計によってバランの巨大感が充分に強調されています。この演出が後年「フランケンシュタイン対地底怪獣」(1965年)や「フランケンシュタインの怪獣サンダ対ガイラ」(1966年)、さらに「ガメラ 大怪獣空中決戦」(1995年)の「吊り橋シーンガメラ登場画面」に繋がったと考えます。


なぜこういうテクニック要素ばかりを語りたくなるのでしょう。それはひとえに作品を支配する「よく出来た画面」という印象ゆえかもしれません。
要は、全盛期の新東宝プログラム・ピクチュアのような感覚なんですね。

確かにストーリーは弱いけど、作品を貫くディテールの見事さがそれを補っていると言うか。皆さん、この作品をもし大画面でご覧になったらきっと特撮画面で「おおー」と声を上げますよ(笑)。「ゴジラ」や「ラドン」よりはるかに露出の少ない作品ですからその新鮮度も抜群の筈です。

ですから、この作品をストーリーやキャスト、テーマの面から語ると「魅力の無い作品」となってしまうのは仕方がない事なのでしょうね。
その印象は、海外でのテレビ放送を前提とした製作事情による予算の問題など、裏事情とも無関係ではないと思います。
今と違って当時は、映画とテレビでは出演者の格もギャラも厳然とした差があったのですから。テレビでは主役を張れても映画では脇役。大画面の「壁」は出演者側にも大きく立ちはだかっていたのです。

Photo_5さて。画面の迫力だけで押し切るタイプの「バラン」なんてひどい言い方をしてしまいました。
私の掘り下げが甘い為です。お許し下さい(笑)。
ただ私はこの「バラン」を再見して、ある楽しい妄想を抱く時間を持てました。これが二つ目の私見にして「大変面白かった」理由なんです。ご立腹はごもっともですがもうちょっとだけお付き合い下さい。特撮ファンなら誰もが考えそうな事ですが。
この「大怪獣バラン」って、ある特撮作品と似ているところがありますね。
キーワードは「山中」「蝶」「野村浩三(笑)」。そして「由利子」。
そう。「えーっ、その話?」と思われた貴方。その通りです。


「ウルトラQ」第22話「変身」。
この「大怪獣バラン」って、そのテーマはともかく人物配置やストーリーの材料は「変身」のプロトタイプに見えてくるんですよ。
これは両作品をご覧の方にしかお分かりいただけないお話です。
「バラン」と「変身」には共通点が非常に多い。


「バラン」では北上川上流、日本のチベットと呼ばれる山中で発見された「アカボシアスバシロチョウ」の一種がストーリーの発端です。
シベリアにしか生息していない蝶が何故この山奥に?これはとりも直さず「変身」に於ける「モルフォ蝶」に繋がる設定です。

「バラン」で主役を演じるのは野村浩三。彼は山中で姿を消した研究所メンバーの消息を掴むべく、この村へと赴きます。さらに消息を絶った所員の妹(園田あゆみ)の名前は「由利子」。しかも東日本新報の敏腕記者という設定です。もう説明の必要も無いでしょう。「Q」のおきゃんな毎日新報記者「江戸川由利子」のプロトタイプがここにありました。
さらに野村浩三は「変身」の主役として「モルフォ蝶」を追い、アンバランス・ゾーンに落ち「怪獣化」するのです。これは単なる偶然でしょうか?


確かに「大怪獣バラン」のテーマは「秘境に生きる現代の神秘」いわゆる川口探検隊的なものでしょう。(信仰や神的なテーマも皆無ではありませんが、それはあくまで物語の味付けの域は出ていないような気も)そして何よりも「変身」のテーマは「バラン」とは別の所にあります。
ですからこの二つのストーリーを同一とするには無理があります。ですが、ここまで共通のキーワードが浮かび上がると、なにやら楽しい遊びができそうで(笑)。

要は金城哲夫原作・北沢杏子脚本「変身」って、黒沼健原作・関沢新一脚本「バラン」の「Q」流翻訳・発展形だったんじゃないかと。
(飛躍しまくってますねー。これが妄想の楽しい所で(笑)。

円谷プロ文芸部で辣腕を揮う金城氏は、師匠である関沢氏の「バラン」を知らないはずはなかったでしょう。「自分もあのアイデアを活かせないか」と考えていたのかもしれません。しかしそのままではできない。もう一つテーマを深めたい。そこで「バラン」を導入部とし、「愛する人が変身してしまったら」というアイデアを盛り込んだのでは?なんてね。
あるいは師匠、関沢氏への「自分ならこのアイデアをこう使う」という「返歌」だったのかもしれませんね。師匠と弟子の間に交わされた(かもしれない)「理念の応酬」、そしてそれが許された(んじゃないかなー)当時の特撮界の息吹を妄想して、一人喜んでいる私なのでした。


まーいつも通り何の根拠もないお遊び、おバカな私見です。
関係者、識者の方々、どうぞご立腹なさらぬよう(笑)。


いずれにしてもこの二作品、「蝶」がストーリーの発端。いずれも私たちを人知の及ばぬ世界へ誘う案内人となっている印象が強いですね。
いずれの蝶も、その土地には生息しない謎の蝶。
いったい何処から飛んできたのでしょうか。
その蝶たちが生息する場所。
其処こそが「アンバランス・ゾーン」なのでしょう。

昔「夜の蝶」の真似事などした私。私にはその世界が魑魅魍魎の伏魔殿、アンバランス・ゾーンに見えましたが(笑)。

*追記
本文中、「バランは、お弁当などの緑の間仕切り「ばらん」の語源となった」とい記述について、お仲間の雀坊。様からご指摘がありました。
この「ばらん」の語源はお寿司などの仕切りに使う「葉蘭(はらん・ばらん)」との事です。ご指摘頂いた雀坊。様には感謝致します。
読者の皆様には大変申し訳ありませんでした。お詫びの上訂正いたします。
いやーいい加減な知識でものを語ってはいけませんね。
いい勉強になりました(笑)。

にほんブログ村 その他趣味ブログ 特撮へ

« 昭和なおやつ | トップページ | 眩い原石 »

怪獣私見」カテゴリの記事

円谷プロ名作」カテゴリの記事

東宝特撮クラシック」カテゴリの記事

コメント

 こらこら、『バラン』が見たくなってしまったじゃあないですか!(笑)

 私はこの作品は未見です。東宝怪獣ものはあまり見ていないもので(^^ゞ
 私は最近、テーマ性を持った作品をあまり見なくなっています(^^ゞ それに怪獣映画は、いかに怪獣が魅力的に描かれ、想像を超えた出来事が展開するか、そして迫力ある映像に酔いしれるか、という点が重要だと考えているので、『バラン』にはそそられます(^o^)/ (『G2』と『機龍』が大好きです。)


 撮影技法や編集のお話は興味が尽きません。もっといろいろと教えてくださいませm(_ _)m

 身長40mの巨体の迫力もおもしろいのですが、10~20mくらいの身長の怪獣の方が「リアルさ」が感じられるように思います。ばかデカイ怪獣なら、物陰に隠れていれば見過ごしてもらえそうですが、それくらいの怪獣だと見つかってしまうような恐怖が感じられます。『ULTRAMAN』のアンファンスが建物の中でザ・ワンと闘っていたシーンに、怪獣の怖さがより強く感じられました。

 「変身」との対比も興味深いですネ。野村浩三さんの起用や「由利子」という役名は偶然なのかもしれませんが、「蝶のモチーフ」や脚本の構造の相似となると、これは金城哲夫氏に何らかの意図があったと勘繰ってしまいます。

 私は野村浩三さんと伊藤久哉さんをよく間違えてしまうのですが、この映画にもお2人ともご出演されているんですネ。混乱しないように見なければ(^^ゞ

 ネヴュラ座は絶好調じゃないですか(^o^) 我が家のTVはワイドTVの出始めの頃に買ったものなので、そろそろ買い換えようかとも思っています。地デジにも対応していないし‥‥。どこまでの大画面のTVが許してもらえるのかなぁ‥‥。奥さんはあまりそういうことに関心がないので‥‥。
(一応、ドルビー・サラウンド用のリア・スピーカーも持っているのですが、「邪魔」という理由で設置させてもらえませんでしたし‥‥)

 というわけで、宅配レンタルにこの作品があったので、私も見てみます。

バランは東北出身。北上川の上流、つまり、岩手県産なワケです。
もうそれだけで、バランは私にとっては大切な怪獣なのです(笑)

それにしても、バランってカッコイイ顔してますよね。
子供には描き難い顔なのですが、クールな二枚目という感じが良いです(笑)

尚、金子監督の「大怪獣総攻撃」は、元々はバランも登場する予定だったと聞いた時は、歯軋りして悔しがったものです・・・。

自由人大佐様 「大怪獣バラン」は怪獣ファンには割合メジャーな作品なんですが、一般の方の認知度は低いようですね。これはやはりその地味なストーリーによる露出の低さが原因でしょう。でもこのバランという怪獣、造形の素晴らしさは特筆もので、「ゲゾラ・ガニメ・カメーバ決戦!南海の大怪獣」(1970年東宝)のカメーバと並び称される「名獣」です。

「ゴジラ」や「空の大怪獣ラドン」などの強いメッセージ性はありませんが、その分「怪獣と人類の戦い」がストレートに描かれた「バラン」はまさに直球勝負の怪獣映画。ご覧になればある種の爽快感を覚えられる事うけあいです(笑)。

ただバランという存在はあまりにも土着的、山村の登場にはハマりすぎているので映像的にはかなりリアルです。そういう意味で「想像を超えた出来事」は期待できないかもしれませんね。しかしある種の「怖さ」はありますよ。おっしゃる通り、ゴジラに比べ小サイズならではのリアリティーが光っています。平成ガメラのギャオス的怖さに繋がるような気もします。

「ULTRAMAN」のアンファンスは画期的な演出でしたね。あのサイズ設定がこれからの怪獣映画の課題でしょうね。エイリアンクイーンのサイズでは小さいし、身長100メートルの平成ゴジラは大きすぎるし。難しい所です。

「バラン」と「変身」の関連については、まあいつもながらのお遊びの域を出ません。両作をご覧頂けばおわかりと思いますが、おっしゃる通り出演者や役名の一致はよくある事ですし。きっと私が感じたのは「画面から受ける香り」的な物なのでしょう。「山村」に現れる「謎の蝶」。これだけで何やら「Q」っぽいじゃありませんか(笑)。

ネヴュラ座は記事の作成にも一役買ってくれています。今回のように映画について語る時、私はその作品を46インチで流しながら記事作成に臨む事が多いのです。
考えてみれば贅沢なお話ですよね。地デジ・ハイビジョン対応の機種も出揃った現在、後は各社、価格競争になると思います。この時期が実は買い時なのかもしれませんね。
でも奥様のご理解も大事。自由人大佐さんのご健闘をお祈りしております(笑)。

メルシー伯様 バランとは「同郷のよしみ」というわけですね。羨ましいです(笑)。
私の住む名古屋を出身地とする有名怪獣って意外と少ないんですよね。ちょっと思い当たらないですから。でも多くの怪獣映画がシリーズ化により通る道、「三作目の破壊都市」としていつも被害に遭ってはおります(笑)。それを狙い、地元の仕事仲間は「ゴジラVSモスラ」(1992年)で遂にエキストラ出演を果たしました(笑)。

確かにバランは「クールな二枚目顔」ですよね。あのスレンダーなシルエットもあいまって、東宝怪獣には珍しい雰囲気があります。「怪獣総進撃」の二代目バランが初見だった私は、後に見たオリジナルのカッコよさに驚いた記憶があります。
アンギラス、ラドンに限らず、初代と二代目であまりデザインが違いすぎるのも考えものですね(笑)。

そんなバランの三代目が登場するかもしれなかった「大怪獣総攻撃」の当初案には、私も大変惹かれた一人です。高熱バラゴンと低温アンギラスの温度差から起きる気流の間を滑空するバラン。実に見たかった場面です。

こんにちは。私もバラン大好きです。
奇しくも先週、レンタルで借りてきたばかり!
DVDのオマケの「高校特撮講座:バランのトゲを作る(最終回)」が妙にツボにはまりました。(笑)

で、「変身」との共通点、興味深く読みました。なるほどー。
こういう思い込みは思い込むほど面白いもんですね。

私もバランの初見は「怪獣総進撃」ですが、あの時のバランの着ぐるみは劣化していて使い物にならず、飛行シーンのみを小さく写すしかなかったそうです。
殆ど存在感の無いバランという怪獣が不思議でした。
地球怪獣軍団ではラドンと並んで飛行できる怪獣なので、もっとキングギドラとの空中戦とかがあったら良かったんですけどねえ!!

それと、、
「背中のトゲトゲの形により、お弁当などに付ける緑の間仕切り「ばらん」の語源となった」

これ、逆ですよ。(笑)
寿司などの仕切りに使う「葉蘭(はらん・ばらん)」が語源です。笹の葉で作ることが多いですが、元々は葉蘭で作ったらしいです。葉蘭にも抗菌作用と防腐作用があるそうです。今は殆どビニール製になっちゃってますよね。
怖い怪獣の名前がユリ科の植物の名前から来ているなんて、ちょっとロマンチックな話ですね。

本当にバランは話題豊富なのに、なんでこんなに地味なんでしょうね!!(残念)

雀坊。様 「バラン」ご覧になりましたか。この作品、何故か思い出した頃に見たくなる不思議な魅力がありますね。
決して「二度と見たくない!」と悲観にくれる作品ではないと思います。
私はDVD中の「受験生のための高校造形Ⅱ」はちょっと見てスルーしてしまいましたが(ディレクター一人が面白がっているようで、出演者はそれほど乗り気じゃないような空気を感じたので)はまりましたか。いやー見ればよかったです(笑)。

まー「変身」との繋がりについてはあくまで仮説のまた仮説。お遊びの範疇を出ないものなので笑ってやって下さい。やっぱり見すぎてしまった作品は(笑)こうした思い込みで新たな視点を見つける楽しみが欲しいもので(笑)。
古いファンの悪い癖ですね(涙)。

「語源」についてのご指摘、ありがとうございました(笑)。
そーですよねー。きっと私の記憶違いでしょう。本当におバカ。ちょっと考えれば分かりそうなものなのに。私はこういう所が抜けてるんですよ。確かにおっしゃるような語源を聞いた事もあります。すっかり忘れていました。
これも偏った怪獣愛ゆえとお笑い下さい。

でもおっしゃる通り、こんな勘違いも起こるほどバランは話題豊富な怪獣なのに、なぜこれほど地味なんでしょうね。つくづく「GMK」での出演中止が悔やまれます。
あまりに無視され続けて、バラダギ様の怒りに触れなければいいのですが(笑)。

 こんばんは!TBおよびコメントを頂きましてありがとうございます。
 バランが劇中の新聞に掲載されている時の写真がまるで、子供が喜んでピースサインをしている時のような屈託のないポーズをとっているのはなんともいじらしいですね。
 『怪獣総進撃』でもほんのチョイ役で肩身が狭そうにしているのは不憫でした。バランって、キングギドラでも成し得なかった「単体物」特撮映画の主役なのに、どうしてこう陰日向の存在になってしまったのでしょうかね?
 ではまた!

用心棒様 TB&コメント、こちらこそありがとうございました。
バランの存在感の薄さは、やはり初作の露出度の低さに原因があるような気がします。もともとテレビ放送用に製作されたという特殊な事情から、舞台設定やキャスティングなどが中途半端なものとなってしまった事は否めない事実でしょう。
怪獣の人気は初作の印象で決まってしまう為、バランにとっては不幸なスタートだったと思います。カメーバを引き合いに出すまでもなく、その造形や演出には光るものがあっただけに、つくづく惜しいキャラクターではありますね。

ただ思うのは、ひょっとするとこれが怪獣本来のあり方なのかもしれないという事で。今や怪獣って「個人」の見方をされてますよね。「存在して当たり前」という印象が強い。
でもバランだけは幸か不幸か「謎の存在」というスタンスを守っている訳です。
あの霧に包まれた湖には第二、第三のバランが居るかもしれないという楽しい夢想の余地を、彼は私達ファンに残してくれたんですね。
バラダギ山神の名の下に生きる現代の神秘バラン。今や名詞化してしまった「カイジュウ」とは別の次元に生きる、本当の意味での「怪獣」なのかもしれません(笑)。

 『バラン』、見ましたヨ。

 最初に登場して山村を壊滅するシーンでは、シネスコのアスペクト比が存分に計算された画面で、四足歩行のバランがギリギリ入るほどにアップになっていて迫力がありました。次男が「尻尾はどうやって動いてるの?」と不思議がるほどに、躍動的な操演も見事でした。
 造形も演技も素晴らしいです。「トカゲの化け物」が実感できます。スーツアクター(中島春雄さん? クレジットにはありました)の首の振り方なんて、トカゲにしか見えません!

 オタクイーンさんのおっしゃる通り、モノクロなのでロケとセット、本編と特撮が違和感なく繋がっています。照明の色が気にならないからでしょうか。
 本物の火器の発射シーンの映像だけが、荒い画質だったので浮いているように感じました。しかし、これだけ本物の映像が挿入されている怪獣映画も珍しいですネ。攻撃の描写が丁寧過ぎるほど丁寧なので、ちょっと冗長な感もありますが、人間対バランの戦いに徹したこの映画には不可欠な要素でしょう。

 たしかにストーリー的にはあっさりしていますが、私が子どもだったら間違いなく大歓迎する映画です。劇場映画の長尺で、怪獣が出て来ないシーンを延々と見せられるのが辛かった方なので‥‥(^^ゞ 冒頭は声と地鳴りだけで姿を見せないバランへの期待が高まり、一旦姿を見せたらほとんど出ずっぱりですから! こんなにツボをついてくれる怪獣映画は他にはありませんネ。

 音楽は『ラドン』のテーマのメロディが流用されていますネ。この辺りは、かなり厳しい予算だったことが垣間見えてしまいますが‥‥。

 いや~、怪獣映画って、ホントーに面白いものですネ!

自由人大佐様 さすがに早いですね。最近は手軽に過去の作品を再見できるゆえ、こうした埋もれた傑作が多くの方の目に触れるのは大変嬉しい事です。
関係者みたいな口ぶりですが(笑)。

この「大怪獣バラン」は、当初アメリカからの発注でテレビ番組として企画されました。劇中の山中という舞台、東洋的な神様という設定は、おそらくエキゾチックな雰囲気、伝奇的な土俗性を前面に押し出そうとした東宝側の戦略だったのでしょう。
テレビ企画ゆえの予算組みにより、キャスティングや音楽面でやや力不足の部分はあるものの、その内容は東宝特撮映画黄金期ならではの輝きに満ち溢れていますね。
おっしゃる通り、スーツアクター中島春雄さんの生物感あふれるアクションに加え、モスラなど名獣を手掛けたツェニーの村瀬氏による背中の造形表現も見事。モノクロ画面を計算したスモークの加減などにも実験性が垣間見られ、バランの神秘性に一役買っています。身長10メートルという画期的な設定が活かしきれていたかは意見が分かれますが、ともあれそういう新設定に果敢に挑戦した東宝の意欲を買おうと思います。
その発想が後のフランケンシュタインやバラゴン、サンダやガイラに繋がった事を考えると、この作品の位置づけは決して小さなものではなかったのでは。

この作品がそれなりの興行成績、知名度を上げていたら、その後の東宝怪獣映画も違うものになっていたかもしれませんね。そんな楽しい想像さえさせてくれるバランは、私にとって永遠の「東宝の神秘」です(笑)。

この記事へのコメントは終了しました。

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 妖蝶舞う秘境:

» 『大怪獣 バラン』(1958)ゴジラのスタッフが三流俳優を主役に使って製作したパロディー? [良い映画を褒める会。]
 おそらくほとんどの方が見たことも聞いたこともないような特撮怪獣映画、それがこの『大怪獣 バラン』です。何故忘れ去られてしまったのか。東宝からも見捨てられたような存在になっている哀れな怪獣がバランなのです。... [続きを読む]

« 昭和なおやつ | トップページ | 眩い原石 »