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2007年12月11日 (火)

チャンスを呼ぶ才能

冬の寒い夜。お仕事のスタッフと一緒に鍋を囲んだその場所は、私の自宅、オタク部屋。その日の主役は「彼女」でした。
その数日前、彼女から新しいお仕事について聞かされた私は、気の置けない仕事仲間と彼女のお祝いパーティーを開いたのでした。
「すごいですねーこれは。」オタク部屋を初めて見た彼女はしきりに感心していましたが、その彼女が今、これ程までにビッグになろうとは(笑)。

今日のお話は、前回の記事「眩い原石」(12月9日(月)の続篇です。
未見の方は、前回からご覧頂けば内容がよりお分かり頂けます。


お話は、冒頭から少し遡ります。
そのたぐい稀な才能に恵まれながらも、地方在住ゆえお仕事に恵まれなかった彼女は、それまで決して活躍していたとは言えませんでした。
しかし不思議なもので、何故か彼女の所属する事務所側は彼女を見捨てず、僅かながらもお仕事を回し続けていたのです。
事務所所属の別のタレントから聞きました。
「マネージャーに気に入られるタレントっていうのが居るんですよ。
別に何もしてないのに。彼女なんかそういうタイプかな。」

彼女の先輩に当たるその女性タレントは、やや羨ましそうにつぶやきました。


その解析は当たっていたのでしょう。確かに彼女には不思議な魅力がありました。素顔の彼女は非常に人なつっこく、たまに「あの子、何してるかな」などと思い出させる何かがあったのです。私もお仕事の用に限らず、彼女とプライベートでコミュニケーションをとっていました。
「あんたお仕事あるの?バイトは順調?私の番組で使ってあげよか?」「だーいじょうぶですよー。」なんて軽口を叩きあう日々。そんな中、彼女から新しいお仕事の知らせが。その内容は私にとっても意外なものでした。


それは地元局のローカル番組。泉谷しげるとキャイーンを司会とするお笑いスターオーディション番組で、番組に応募してくる地元の素人さんを毎週オーディションでふるい落とし、最終的に残ったメンバーをタレントとして売り出そうという趣旨のものでした。
あろう事か、彼女はタレントとしてではなく、一般人に交じってその番組のオーディションに参加する事となったのでした。


「それ、事務所の指示?」「ええ。タレント事務所からは私一人がピックアップされて。」不思議な事もあるもんだなーとは思いましたが、それでも半ば身内のような彼女の事、「チャンスなんだからお祝いしなくちゃね」と、私は鍋パーティーを思い立ったのでした。

たった四人のパーティーでしたが、その夜は楽しいものとなりました。家庭の事情で、あまりご両親とのコミュニケーションが密でなかった彼女は、最初はそういったアットホームな場での身の置き方に困っていたようでしたが、やがて持ち前の「狂気」から(笑)私たちを異世界に案内してくれたものです。

その夜を境に、彼女と私とはまるで昔から親しかった友人のような仲となりました。「ロボコンのストラップを買ったんですよ。欲しいでしょー」なんて屈託なく話す彼女を、私はまるで妹のように感じたものです。ローカルの深夜番組ではあるものの、彼女の露出は少しずつ増えていきました。
しかし人生、山あり谷あり。オンエアを見ていた私はやや不安な気持ちに捉われていました。
彼女のギャグが全然面白くないのです。


彼女の真骨頂はその不思議な世界観にありました。自由にやらせてやる事が彼女を伸ばす最良の手段だったのです。ところが番組はその真価を封印、あるシチュエーションを彼女に与え、他の素人さんと一緒にコントを演じさせる演出に出ました。これが絶望的に笑えない。
ただ、これは仕方がない事かもしれません。私も演出側の苦悩はよくわかります。自由にやらせるには彼女はキャリアがなさ過ぎました。番組を成立させる上で、その構成はリスクが高すぎるのです。
製作側は安全策を狙う事で、彼女の才能を探っているようでした。

それは非常に真っ当な姿勢。私も彼女を知らなければそうしていたでしょう。
彼女自身も悩んでいました。「昨日のオンエア、私どうでしたか?」事ある毎に相談を受ける私は返事に困った事も数知れず。しかしそこで私は、彼女が自身の目標をお笑いタレントに定めた事を知りました。

「関根勤さんが憧れなんですよね。いつか共演したいです。」
「またまたー。あんたがそこまでビッグになれるとは思わないけど。」
「やりますよー私は。見てて下さい。」
そんな彼女の横顔には、いつもの自信と狂気が満ち溢れていました。
本当は不安なくせに。そんな空元気も、私には可愛く感じましたが。


深夜としてはそこそこの視聴率を上げながらも、番組はやがて終了しました。半年から一年程度のオンエア期間だったと思います。彼女自身の人気も地元ではさほど盛り上がらず。中途半端な印象は逃れられませんでした。
ところがここで、また彼女の不思議な運と才能が開花するのです。

件の深夜番組が進むにつれ、彼女は何人かの素人さんたちと小さなグループを形成していきました。彼女ら芸人の卵数人に加え、構成作家志望の女性もメンバー内に居たおかげで、そのグループは番組終了後、一つの劇団として独立する流れとなったのです。
まるでストリートミュージシャンのように、彼女たちは小さな劇場でお笑いライブを開きながら、少しずつファンを増やしていきました。

一定区間のごく狭い地域をフォローするラジオ、コミュニティーFMのお仕事なども貰い、彼女たちの劇団の知名度は僅かながら上がっていったようです。
「吉本なんてつまんない。」それが彼女たちの合言葉でした。自分達はどこの事務所にも所属しない。新しいお笑いを目指すんだ。彼女たちのそんな心意気に惹かれた私は、自分なりに彼女を支援する事を誓いました。
ちょうどダウンタウンの人気が安定し、お笑いスターのエアポケットがあった時期。思えば現在のお笑いブーム前夜だったのでしょう。
思えば私も、当時のお笑い界に不満を感じていたのかもしれません。


キャリアだけは長く、曲がりなりにも名古屋中の放送局に出入りが出来た私は、付き合いのあるプロデューサーに片っ端から彼女を売り込みました。企画を練り、ライブのVTRをバッグに忍ばせて局を歩き回る日々。
ですが現実は決して甘いものではなく。当時の彼女たちを面白いと感じるほど、名古屋という土地は先鋭的ではなかったのです。
「こんなのつまんないよ」「視聴者にはウケないねー」「こういう芸風は流行らないよ」
ことごとく浴びせられる冷たい反応に、彼女と深夜のファミレスで苦渋を舐める毎日が続きました。ただそんな不遇の中でも、彼女は決して諦めませんでした。
「こんなの面白いと思うんですけど」「これはウケますよ」嬉しそうに企画を語る彼女。
「うーんでも、名古屋って土地は保守的だからねー。今のあんたを受け入れる素地が無いんだよ。」そんな現実を言わざるを得ない私に、彼女の目はますます鋭さを増すのでした。

彼女が東京行きを知ったのは、それから間もなくの事でした。

お恥ずかしいお話ですが、私は彼女から東京行きの相談を受けませんでした。
きっと、相談すれば私は止めると彼女は思ったのでしょう。
彼女からの一通の手紙により、私はその事実を知ったのでした。

東京でも彼女は、地元と同じようにアルバイトで生計を立てながら、目標に向かって頑張っているようでした。彼女からの手紙や年賀状の文面にはいつもながらの自信や狂気が満ち溢れていましたが、私にはそんな元気な言葉を見れば見るほど、その裏に潜む彼女の不安や絶望感を感じるのでした。
「私、どうしたらいいんでしょう。」こんな言葉が口癖だった彼女。
でも、慣れない土地で、今頑張る彼女を応援していたい。
「疲れたらたまには帰っておいで。」私には、返事の末尾にそんな一言を添えるのが精一杯でした。


そんなやりとりが続く事数年。いつの間にか、彼女からの連絡も途絶えがちになっていました。便りが無いのは元気の印なんて思いながら、私も日々の忙しさに追われていたと思います。
深夜番組で突然彼女の姿を見かけたのは、そんなある日の事でした。

ネプチューン・釈由美子ら、当時の第一線タレントと堂々と渡り合う彼女の姿に私は狂喜しました。「全国ネットで彼女の姿を見られるとは!」
その時期を皮切りに彼女の露出は日増しに拡大、「エンタの神様」でブレイクを果たした後は、一週間の間で彼女の顔を見ない日は無いほどの売れっ子ぶりとなりました。
現在も続くお笑いブーム。今思えば、彼女はそのブームの一翼を担った存在だったのでしょう。深夜のファミレスで彼女が語った熱い思いは、今、全国を舞台に現実のものとなったのです。


ただこの事は、私にとっては痛し痒しの部分もありまして。
地元タレントが全国区となったとき、私達地方局のディレクターは彼らの不遇な頃や素顔を知りすぎているゆえ、タレントとして見られないんですよ。
身内としての感覚がどうしても先に立ってしまう。

テレビ屋である私にとって、お笑い番組やトーク番組はその演出手法、いわゆる舞台裏が透けて見えてしまうという大きな弊害があります。
その弊害ゆえ、まず楽しめた事はありません。
タレントの発言が台本によるものなのか、アドリブなのかが判断できてしまう。そうなると今度はそのタレントが「台本どおりで手を抜いている」のか、「アドリブを連発していい仕事をしている」のかが分かってしまう。さらに「その発言により場の空気がどうなったか。そこでカットを割ってあればそのタレントは発言を間違えた、あるいは周りのタレントがフォローしそこなった」まで見えてしまう。そんな因果な見方しか出来なくなってしまうのです。
数十回に一回あるかないかの、爆笑できるファインプレーを楽しみにするしか無いんですよね。


そんな見方が染み付いてしまった身には、番組内の彼女の発言がものすごく気になってしまう。
気弱でピュアな彼女の素顔を知っているだけに、「キレ芸」と言われる強気の発言の中、ちょっとした隙に見せる「しまった」という表情や、進行を気にして言い淀む気持ちの揺れまでが分かってしまうのです。
歌の一節ではありませんが「あの子は嘘をつくとき右の眉が上がる」という感覚に近いものがあります。「本音風にトークを展開する事」がお仕事であるタレントゆえ、決して見抜かれてはならないそんな表情や仕草が、彼女に関しては痛いほど見えてしまうのです。

それは他のタレント以上に心配なもので。彼女を通じてスタジオ内の空気まで感じられるというのも、決して大げさな表現ではありません。


ですから私は、彼女が出演するバラエティー番組を心から楽しめた事はこれまでありません。「今日は何かあったな」「今夜はノってるな」という親心のような気持ちが湧いてしまうのが本音です。発言がウケれば「ナイスショット!」なんて喜ぶ事も。
最近はミラクルショットも増えてきた彼女。腕を上げたなーなんて妙な安心もしたりして。


でも私は彼女の姿を見る度に、彼女をそこまで大きくしたものはいったい何だったのかと考えます。
確かに彼女本人の「狂気に裏打ちされた自信」「自分を信じる力」である事は当然でしょう。でもそれ以上に、成功する人間には何か別の力が働いているような気がするのです。私のような凡人にはない、特別な力。
今日のサブタイにある「チャンスを呼ぶ才能」とでも表現する力を、身近で彼女を見ていた私は強く感じざるをえません。
偶然が偶然を呼び、絶妙のタイミングで成功への道を開く才能。
そればかりは彼女本人にも自覚できないものなのでしょう。

冒頭の先輩タレントの「マネージャーに気に入られるタレント」という一言が、その全てを物語っているのかもしれません。


冒頭の自宅鍋パーティーの席上で、ある面白い事がありました。
場の余興として、以前お話した「特撮テレビ・映画オープニングイントロクイズ」を行った時の事です。VTRで流れるオープニング映像を見て作品を当てる他愛の無いクイズでしたが。
当然の事ながら、かなりのマニアしか分からない高難易度の問題ばかり。
ハンズで買ったクイズ用早押しマシンまで用意して臨んだ本番。ある特撮番組のイントロが映し出された瞬間、彼女の手が早押しボタンにかかりました。


彼女は叫びました。「バビューンマン!」

そうです。お察しの通り、その番組は「光速エスパー」だったのです(笑)。
今思えば贅沢ですよね。わずか30センチ手前で彼女のボケが見られるなんて。しかも私のためだけに(笑)。


光速エスパーのように「バビューン」と時代の先端を駆け抜ける彼女。
私と過ごした不遇の日々はとうに忘れてしまったかもしれませんが、今でも私は地元で貴女を応援しています。いつもちょっと心配しながら。


がんばってね。青木さやかさん。

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コメント

400記事達成、おめでとうございます。
しかも記念に相応しい読み応えのある前後編。

オタクイーンさんの記事には色々と刺激を受けることも多く、且つ、興味深い内容が多いので、いつも更新を楽しみにしております。

今後も、500、600、1000と継続される事を期待しております。
あ、勿論、マイペースで。ソレが一番大事ですから。

メルシー伯様 お祝いコメントありがとうございました。
いやー400記事など、大先輩のメルシー伯さんにはまだまだ追いつきませんね。
お恥ずかしい限りです。
貴ブログにも毎日お邪魔しております。その守備範囲の広さにいつも刺激を受けているんですよ。

まーこれからも細々と、マイペースで続けていけたらいいなと思っております。
考えてみればブログが続けられるって、それだけで結構幸せな環境なのかもしれませんね(笑)。

これからもよろしくお付き合い下さい。いつもコタと二人でお待ちしております(笑)。

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