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2007年11月13日 (火)

「退院」3日後

前回の「ネヴュラ」で、幼馴染の舞台公演を鑑賞する予定をお話しました。
その予定通り先週の土曜日、午後7時の千秋楽に合わせて家を出た私。
万が一に備えて車で向かった事が功を奏して、途中のにわか雨も余裕で回避、現場へたどり着いたのが開演の15分前。


いつもの事ですが、私は舞台公演の場合、必ず最前列か近い位置に席を取ります。映像と違い、演劇は登場人物のクローズアップなどカメラが勝手にエモーションをコントロールする事が出来ないので(当たり前ですが(笑)少しでも演者の表情や仕草などが分かる位置に居たいという思いがそうさせるのでしょう。
舞台全体が見渡せる位置に陣取るのも一つの方法、本来はその方が演出家の意図を正確に把握できるのでしょうが、どちらかを取れと言われれば私は接近鑑賞を選びます。
舞台に少しでも近づく事で、作品に参加したような気分を味わいたいからです。

開演真近という事もあり客席は前方がほぼ満席ではあったものの、かろうじて見つけた空席に身を滑り込ませた私。毎度の事ながらこの瞬間は心地よい期待感と軽い緊張感で心も引き締まります。開演ベルが1ベルだけだった理由が鑑賞者だけの共通の秘密なのも、こうした舞台作品の楽しみの一つ(笑)。
劇団名古屋創立50周年記念公演第2弾「ナース・コール」(久保田 明演出)はこうして幕を開けました。

この作品、図らずも私はこの「前方鑑賞」で意外な事を発見しました。
その発見の意味は追ってお話しすることとして、まずこの作品の概要を簡単に。

時は現代。ある地方都市の総合病院内科病棟。
命の現場という過酷な職場で働くナースチームが主人公。彼女達は医師との立場の格差や人手不足による過労、さらに業務の中核をなす患者との関係や病気との闘いなど、医療の現実に悩み苦しみながらも、お互いを思いやりチームワークを駆使してたくましく生き抜いてゆく・・・
大まかに言えばこんな所でしょうか。タイトル「ナース・コール」とは言うまでもなく、彼女たちナースと患者とを結ぶ緊急呼び出しボタンの事です。
彼女たちはこのコール音が鳴るたび、どんな状況下でも患者の元へ駆けつける義務がある訳です。


病院では様々なドラマが起こります。患者を中心に医師やナースたちが生活を共にするその空間はもはや一つの街。患者や同僚とのコミュニケーションは普通の職場とはまた違った様相を呈します。人の生死にさえ立ち会わねばならない心労も常人の比ではないでしょう。過酷な労働状況の中、彼女たちナースを勇気付けるものは何なのでしょうか。
強い職業意識?同僚との絆?息抜きの時間?
ナースにだって当然プライベートはあります。しかしプライベートにまで侵食してくる職業上の軋轢にも彼女たちは立ち向かわねばなりません。
ナース一人一人の辛さや悩み、悲しみを癒す時間を与えてはくれない厳しい現場。皮肉な事に彼女たちナースには、自らを治す「心のナース」は付いてくれないのです。


こんな現場設定でストーリーは進みます。私は予備知識を何一つ仕入れていなかった為、作品全体のキャスト数、全体の時間尺などを全く知らずに鑑賞に臨んだのですが、正直最初の場面、舞台となるナースステーションに現れるキャストの人数には驚きました。ナースだけで7人程、医師や患者なども含めればセリフの整理だけでも大変です。
「こんなに多数のキャストをうまく色分けする事なんて出来るんだろうか?
これをうまく描き分けられる戯曲は相当の力量が無ければ出来ないし、演出する技量、さらに演者一人一人にもかなりの力量が要求されるんじゃないかなー。」
自分の技量も考えず、そんな要らない心配をしてしまった私(笑)。


結局ナース役だけで総勢9名。これは凄い。と言うのは、ナースさんって当然の事ながら全員職場ではナース服ですよね。事前に演者の顔を知らない公演初鑑賞の観客から見れば、全員の見分けがつかなくなっちゃう訳ですよ。前述の通り、映像と違い顔のクローズアップなどできない舞台作品では、演者一人一人の区別をつけやすくするため体型や衣裳などで色分けする事が多いのですが、この作品ではそれを禁じ手としている。しかしナース服の着こなしには一人一人のキャラクターを生かした小技が効いていて、そこに各々の性格を匂わせる辺り、演出側の苦労がしのばれます。
実際、その部分はなかなか成功していたと思いました。なにしろ重要なつかみどころですから、ここで混乱を招くと後が続きませんよね。
まーこんな感じで、この後の感想も勝手な思い込みで書いてみます。
今回も例によって、ストーリーの詳細より全体の印象や気になった点を挙げていきますので、未見の方には分かりにくいかもしれません。
関係者の方々、見当違いな意見でしたらどうぞお許しを。


結局、一切の舞台転換を行わず、ストーリーはナースステーションと、中階にしつらえられた病室を舞台に進行していく訳ですが、私にはこれも好印象に映りました。これは戯曲の設定や演出・会場の制約など様々な事情から来たものかもしれまぜんが、舞台上の転換を行わない事で、ここがナース達の「生活空間」という印象を観客に強く与えているからです。
勤務中はもとより勤務開けでも帰らない事情、また勤務時と勤務前の緊張感の違いなどで彼女たちの性格を浮き彫りにでき、さらに一種の「たまり場感」まで漂わせ(笑)。
舞台ゆえの不自由さを逆手に取り、ナースも人間という感覚を鑑賞者に与えるこの空間設計は見事でした。


さらに唸ったのは、「ドラマは必ずナース・コールで区切られる」という手法でした。
これは素晴らしい発想ですね。全てを映像作品に置き換えて考える私には、この暗転のタイミングは実に新鮮に映りました。ストーリーはほぼナースステーションを中心に進む為、当然ナース同士や患者、医師等との会話がメインとなる訳ですが、セット転換が無い為暗転のきっかけが作りにくい。しかし、会話がどんなにエキサイトしていても、そこにナース・コールが入る事で場面がストレスなく強制中断できる訳です。部屋の中でどんなに相手と喋っていても、電話が鳴ると会話が中断するのと同じ理屈。かねがね舞台作品の暗転タイミングは難しいと感じていた私はこの手法に大満足。
戯曲、演出の勝利と言えましょう。


2時間20分という公演時間もこれくらいが限界でしょう。途中、10分の休憩時間がありましたが、私はこの休憩よりもストーリーを続けて欲しいという感覚がありました。「えっ、もう1時間以上経っちゃったの?」なんて印象でしたから。ただ、私の斜め後ろに座っていた女性二人組が「舞台って長いんだねー」と話していたのが気にはなりましたが。それだけ印象は人それぞれという事ですね(笑)。
後半も特にストレスを感じず、流れに身を委ねる事ができました。


さて。唸らされた部分や好印象の場面をお話してきましたが、この作品、実は私の中では消化不良の部分も多くあります。無知ゆえの感想である事も分かっているんですが、これも偽らざる事実ですのでお話したいと思います。なーに、コタのおならとでも思って(笑)。
大まかには三点ありました。

まず一つ目。これが前述の「接近鑑賞」で発見した事なんですが。
実はこの作品、見ていてものすごく「カット割り」がやり易かったんですよ。

一人がセリフを言った時、受ける人間のリアクションが想像しやすい。つまり映像作品ならセリフの途中から次のカメラをどこに向けるか、どのサイズにするか容易に判断できる訳です。
それはつまり、テレビ的という事なんです。


私はこの劇団の作品鑑賞経験は決して多くありません。たかだか数本の作品を見せて頂いただけなので安易な判断は出来ないんですが、少なくともそれまで鑑賞した数本の作品は「舞台ならではの間、仕掛け、演出」があったような気がするんですね。会話一つ取っても、絶対に映像作品ではありえない濃厚な「間」や独特のタイミングがあった。でも今回の作品は、さしてドラマ演出経験の無い私でも容易にカットが割れてしまった。
鑑賞直後、私はこの感覚にちょっと戸惑ってしまいまして。

ただ、数日を経て思い直してみれば、これも当然の事なんて結論に。
これ、きっと確信犯的に行っていますよね。要は「群像劇と言える今回の作品は、会話中心に物語を進めていかなければ全員を描ききれない」という事なんでしょうね。
確かにそうです。2時間20分の中にあれだけのドラマを入れたら、とても人物の心情をセリフ以外でじっくり描く、なんて事はできないと思いますから。


ただそれは私には、また以前書いた不満を思い出すきっかけとなってしまいまして。
「観客の不在」です。

たまたま見ていたテレビで、「舞台に於いては観客さえも演出の一部」という言葉を聞きました。つまり「舞台作品は、観客の心の動きを舞台上の演者が意識し、それを踏まえて演技するからライブで行う意義がある」という事なんです。これは私も随分前から考えていました。私が舞台作品を鑑賞に赴くのはその「舞台との一体感」を味わう為でもあるのです。しかしそれは今回も叶わなかった。
「カットが割れてしまう。」それは同時に、舞台の上の出来事がまるでブラウン管の中のドラマのように見えているという事なんです。
前述の通り、これをもし確信犯的に行っているのなら、おそらく「舞台との一体感」はこの劇団には望めないのでしょう。
ただそれは私との方向性が違うというだけの事で、決して間違っているという事ではありません。
関係者の方々、誤解なさらないよう。私が勉強不足なんですよね(笑)。

二つ目。これは全体から受ける印象だったんですが。
「ドラマの牽引力の弱さ」を感じてしまいまして。

実は途中の休憩、開始から1時間強が過ぎた段階で休憩の案内が出たとき、私がすぐ続きが観たいと思った理由は、「えっ?前半の最後の『引き』があの新ウィルスだけなの?ナース達のドラマやキャラの描き分けは意外に淡白なのね。もっと仕掛けがあると思ったのに」という思いだったのです。
あそこで休憩に入るのは実にサプライズ。もうちょっと引きが欲しかったなと。
鑑賞後、その思いの要因について色々考えてみました。ただ私の軽い頭では大した事も思いつかず(笑)。

結局、たどり着いたのはこんな事でした。
「前半、ナース達が抱える問題の描き方が足りなかった、もしくは魅力的なキャラクターが創出できなかったからかなー。」

今回の作品は「ナース達」という言葉で語らなければならない程、一人一人の個性は突出して描かれていません。確かに描き分けはなされていました。ただ「個性」と言うにはちょっと弱かったような。わずかに一人、やや印象的な描かれ方をされたキャラクター「桐原うらら」が居ましたが、彼女は私の目には非常に惜しく映りました。

こういう群像劇の場合、観客に感情移入させやすいキャラクターを配置しストーリーの交通整理と牽引役を任せる事で、ドラマを分かりやすく進める事が出来るのですが、彼女の場合、少しパワー不足の印象があったかなと。その元気と愛らしさは非常に好感が持てるのですが、それプラス「何か」が欲しかった。「何か」とは何なのか?「彼女の元気の裏付け」とでも言うべきものでしょうか。私にも分かりません。それが分からない私に偉そうな事を言う資格など無いんですが(涙)。本当にごめんなさい。

決して彼女を演じた小林みかさんに原因がある訳ではありません。
むしろ健闘したと言えましょう。小林氏の名誉の為に申し上げます。 戯曲から来る要求、演出意図、演者の練習量や演技のスキル、さらには劇団のカラーなど様々な事情が絡みます。一概に原因は指摘出来ません。
また突出したキャラを創出しない事で群像劇としての側面を強調しようとしたのであれば、私の読みは見当違いだったことになります。
(きっとそれが真相でしょう(また涙)。
もともと彼女は、そういう意図で演出されていなかったのかもしれませんね。このあたりは演出・久保田明氏にお尋ねしたい所です。


三つ目は前述の事とも関係があるのですが。
「ラストの不安定な着地感」。

実は私、あのラストシーンでちょっと「あれっ?」と思ってしまいました。
一応、「数々の問題は解決に向かい、それぞれ悩みは抱えながらも彼女たちは強く生きてゆく」というエンドである事は納得できるんですが、何となく不安定感が残る。

これは「ストーリーに対して演技が突っ込み不足」という事なんでしょうか?
要は演者が、戯曲の要求するキャラの深みに達していないという事なのかもしれません。
「出し切っていない」感が付きまとう。
「もうちょっとあるでしょう」と感じてしまう。

そんな中残念ながら、私が今回の作品で一番印象に残ったキャラは「椿弥太郎医師」でした。ラストシーン、あの場面に登場していない椿先生の容態が一番気になってしまったのです。
タイトルは「ナース・コール」なのに、その印象はすべて椿先生に集約されてしまうという事実。あくまで私の印象ですが。
女優陣総力戦で挑んだナース達の演技は椿先生の前に霞んでしまったという事なのか?
それは私にも分かりません。ただそれは、決して彼が美味しい役どころだったという理由だけではないと思います。私には天性の素質と確実な実力を備えた演者、谷川伸彦氏の魅力の勝利と映りました。


色々勝手な事ばかり言ってしまい、大変申し訳ありませんでした。
頭もなく、演劇にも大した知識を持ち合わせていない私の事、舌足らずや見当違いの箇所があれば何なりとご指摘下さい。

ともあれ、2時間20分の長尺を飽きさせず、軽快なテンポで描ききった演出陣、練習時間の無い中その演出を具現化した出演者の皆さん、さらに医療器具など入手困難な小道具手配に奔走されたスタッフや、陰で作品を支えた製作陣の方々には大変敬服致しました。
いい作品を観せて頂き、感謝しています。


公演後、ロビーで出迎えてくれたro_okuさん、しすけさんのテンションの高さが、私は大変嬉しかった。やっぱり演じるほうも観る方も楽しくなきゃ嘘ですよ。鑑賞後、あれこれ考える事が出来るのも、作品に魅了されたからなんでしょうね。
私のこんな「創造好き」の病は、どんなナースも治せないようです(笑)。

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コメント

お元気そうで何よりです。
僕もお芝居は好きで、
年に最低でも4、5本は観てます。
見方もオタクイ-ンさんと似てるかな。
出来ることなら最前列で見たい口なんで。
終演後に俳優さんに「おつかれさま」を
言うもの楽しみの一つです。
毎回行く劇団もあったりします。
石ノ森章太郎先生のご子息、
小野寺丈さん演出のお芝居は僕的に
「当たり」が多いです。
まぁ、そんな事はともかく
これからも宜しくお願いします。

オタクイーンさま、こんにちは。
劇団名古屋のhemecoです。
このたびは観劇いただきまして、ありがとうございました。
丁寧な感想も述べていただき、感謝です。
私は今回、裏方専任でしたが、オタクイーンさまの御指摘は納得できるところばかりです。

ここから先は出演者でなかったおかげで、比較的第三者的に舞台を観た、私個人の感想ですが。

もとの物語はもっと、うらら・桃子・椿の3人を中心に展開していたと思います。
でも今回の演出の意図はそれをもっと広げて、9人のナースをそれぞれ魅力あるキャラクターとして描きたかったのではないかと。そのためにセリフを削ったり増やしたりして、それぞれの性格や背景が伝わる工夫をしたようでした。でも稽古量が不足したせいか、役者がそれを十分飲み込んで一つの人物像を作るまでに至らなかった、という感がしています。
うららも(これは私個人の意見ですが)本来はもっとチャーミングで、荒っぽく見えるがむしろ実は細やかな優しさがにじみ出るような役どころ。今回はそれより元気で雑な部分が前面に出されてしまったようです。小林本人は仕事が大変忙しく稽古時間も本読みはほとんど参加できず、役を掘り下げる時間が大幅に足りなかったのだろうと残念に思うばかりです。

ま、作っている方がいまいちだな~と思ってる部分をズバッと指摘されたようで、あいたたた・・・
(笑)
今後もどうぞ厳しく温かい御意見をいただけますよう。

ジャリゴン様 ご無沙汰しておりました。
再開のご挨拶もせず申し訳ありませんでした。
記事にある劇団とは私も浅からぬ縁があり、今も仲良くさせて頂いています。
社会人劇団ゆえの様々な制約の中での関係者諸氏の努力に、毎回頭が下がる思いです。

舞台作品は、映像作品とはまた違った魅力に溢れた分野ですよね。私も時間ある限り鑑賞したいのですが、最近はそういう機会も減ってしまい(笑)。
当然の事ながら舞台作品はそのライブ感が魅力。本番終了後、まだ興奮冷めやらぬ演者たちの姿に作品の余韻を感じるのもファンに与えられた大きな楽しみと言えます。

今回のように、久しぶりに舞台の面白さを再確認してしまうと、立て続けに観たくなってしまうのも私の悪い癖で。小野寺丈氏の作品は今もって未見ですが、機会を見つけて是非鑑賞したいと思います。

ともあれ、再度のご訪問ありがとうございました。これからも細々とやっていきますので、どうぞ宜しくお願い致します。

hemeco様 初めまして。ようこそいらっしゃいました。実はro_okuさんの繋がりで貴ブログは結構頻繁にお邪魔しておりました。ただ私のような者がコメントなどしてはと思い、物陰からそっと覗くスタンスだったのです。申し訳ありませんでした(笑)。

まずは本番終了、ご苦労様でした。予想以上のキャスト数、細かい会話と段取りの連続にさぞや皆さんご苦労された事でしょう。
心中お察し致します。

ご覧の通り、私の感想は無責任に印象を綴るのみのお恥ずかしい内容で思慮も解析も浅く、関係者の皆さんのご苦労などまるで顧みないものです。
「なーにを言ってんだか」と軽く受け流してやって下さい。
ただもし、当たらずとも遠からずの部分があったとすれば、それはきっと他のお客さんも感じられている事かもしれませんね。

今回の作品、うらら・桃子・椿を主軸に据えたストーリー展開が原案だったとすれば、私の受けた印象も納得が行きます。だとすれば、その原案を膨らませあのスケールにまで広げた演出・久保田氏の手腕は高く評価されるべきでしょう。氏をサポートされた演出スタッフのご苦労もお察しします。こういう裏の苦労が表に出せない所が創作活動の辛い部分ですね。逆に喜びとも言えますが。

うららを演じられた小林さんは、少ない練習期間でかなり頑張ったと思います。
ただ、きっとうららの役って難しいんでしょうね。エキセントリックな表面と繊細な内面のバランスの取り方と言いましょうか。
私は以前「時の物置」鑑賞後、小林さんの演技に妙に惹かれた一人でした。彼女の演技には何か「思い切り」のようなものが感じられ、観ていてワクワク感を覚えるんです。「やってくれそうだな」みたいな期待感があるんですね。今回はそれが最高にはじけそうな気がしたので余計残念な印象となったのでしょう。
小林さんの今後に期待したいと思います。

商業劇団には無い様々な要因が作品に影響する社会人劇団ゆえ、私も鑑賞する上でそれを考慮に入れるべきかどうか、いつもスタンスの取り方に悩んでいます。
ただそれを劇団のカラーと捉えれば、皆さんの作品は個性溢れる素晴らしいものと思います。
諸事情おありでしょうが、どうかその独自の立ち位置を貫き、頑張って下さい。
皆さんの今後の活動に期待しています。

重ね重ね、勝手な意見ばかり申し上げ、大変失礼致しました。

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