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2007年11月 9日 (金)

台本こわい

今日の「ネヴュラ」は、きわめて個人的、かつ真面目なお話です。
おタクな内容はまったく出てきません。そちらの方面をご期待の方には申し訳ありません。

とはいえ頭の軽い私の事ですから、別に深刻になる程の事も無いんですが。
まーお時間ありましたら、ちょっとお付き合い下さい。

今日11月9日と明日10日の二日間、幼馴染のro_okuさんが所属する社会人劇団が公演を行う事は、以前ちらりとお話したと思います。
私も彼の劇団には因縁浅からぬ付き合いがありまして、二年前の彼の劇団復帰後は時間ある限り公演を鑑賞しています。「ネヴュラ」でも公演後の下手な感想を何度かアップしていますので、ご記憶の方もおありでしょう。

今回の公演、私はお仕事の都合で明日、10日の鑑賞を予定しています。
今日は公演初日ですから、きっと彼は、初日の舞台を済ませた後もダメ出しや明日に備えての準備に追われている事でしょう。
今もこうして同年輩の仲間が頑張っている姿を見ると、昔好きだったアーティストが現在も活躍している事実に勇気づけられるような嬉しさを覚えてしまいます。

彼は私に先駆けブログを開設、公演の度に芝居に関する様々な思いを綴ってきました。ほぼ毎日彼のブログを訪れる私は、その文面から彼の胸の内を思う事が日課ともなっているのです。
ここ数日、彼のブログには今回の公演について、様々な思いが書かれていました。
彼の劇団は出演者が制作スタッフも兼ねる為、プロの俳優のように与えられた役の事だけを考える事ができません。演技以上に舞台の進行など様々な不安要素が降りかかる訳です。今回、彼は舞台上の役と、スタッフ業務との比重の置き方に戸惑っているようでした。

(ro_okuさん、違ってたらごめんね。文面からはそう読み取れました。)

「ネヴュラ」を読まれている方はご存知の通り、私はテレビ番組の演出というお仕事を生業としています。まー大した番組も手掛けてはいませんが一通り演出について学んでは来ました。そういう意味で、彼の辛さや戸惑い、本番に対する不安などの気持ちは少なからず分かるような気もするのです。

先日の彼のブログも、本番前の不安な気持ちが書かれていました。
どんな舞台でも本番前は不安なものとは思いますが、今回は練習時間の不足や出演者の体調不良など色々な理由により、今までにない程の不安だというのです。

その気持ちはよく分かります。舞台作品はチームプレー、個人の努力ではどうにもならない点は多くあります。自分の演技の仕上がりがいくら良くても、相手役が同じレベルの演技力を持っていなかったらお芝居として成立しない。相手のミスのフォローにも限界がある。それはキャストとスタッフの間にも当てはまる事です。
段取り通りの転換、大道具・小道具の配置。音楽や照明その他、全ての要素がハーモニーを奏でてこそ、舞台は初めて作品としてのメッセージ性を持つものだからです。

こういう事ってどんなお仕事にだって当てはまりますよね。会社運営はチームプレーですから。当然の事ながら、それは私のお仕事、番組作りも同じです。
どんなお仕事だって不安は付きまといます。お仕事の進め方に数学の公式のような「絶対解答」は無いからです。だから人間はあれこれ迷う。

まあ、ここで心の内を話すのもお恥ずかしいですが(笑)、私、番組ロケの前日は寝つきが悪いんです。不安で。
ディレクターとしての私は何が怖いのか。カメラの前に立つ訳でもない私が。これはなかなか理解されない事ですが。


ものすごく単純な事です。
当日、台本とスケジュール通りに進むかどうか。
これだけです。
今までのロケの中で、台本とスケジュールが完璧にコンプリートされた事はありません。正直、ゼロです。


何がそれを邪魔するのか。きっと聞かれたらビックリしますよ。
お天気。これ一つでもスケジュールは大幅に変わります。以前、雪の為にロケ現場へ行けなかった事がありました。
道路が渋滞する。取材場所の移動時間がスケジュール通りにいかない。
当然撮影時間も短くなります。

出演者が台本を把握していない。「そんなの考えられないよ」とおっしゃるかもしれません。でも現実にはよくあります。「把握している」とはセリフを覚えているという事じゃないんです。「アクシデントが起きても台本に書かれたキャラクターを維持できるか」という事です。
思った絵が撮れない。「混雑する駅前」という絵を撮ることがいかに至難の業か。一日の間で駅が混雑するタイミングは、実はほんの一瞬しかないんですよ。
出演者が道を歩くシーン。「名カット」と思った瞬間、カメラの前を車が遮る。
街頭インタビューで相手が逃げる。これ、皆さんお笑いになるでしょうが、取材側としては藁にもすがる気持ちで声をかけているんです。
待ち人来たらず。取材先の出演者がドタキャンした。もしくは著しく遅れる。

その他撮影許可が下りない、カメラの前に群がるピースサインの子供、日照時間の短さによる冬のオープン撮影のタイトさ・・・挙げていけばキリがありません。
ロケというのはこんな風に、不確定要素が極めて強いものなのです。


ディレクターとしてはこういう不測の事態も充分に考慮しているんですが、どんなに準備万端と思っても予想できないのがアクシデント、起こる事は起こるんです。
で、これらすべてのアクシデントは「原因の如何に問わず、すべてディレクターの責任」。

たとえば雨が降ったなら「屋外で撮影するシーンを屋内に変更してもシーンは繋がるか。」「もし屋外にこだわるなら撮影スケジュールを調整できるか。もちろんタレント、スタッフ全て含めて」という判断を瞬時に行わなければならない。
現場で出演者の演技があまりにもまずかったらその出演者の出番を削るか、極端な場合はその役そのものを無くすかしなければならない。その場合、極端な台本の修正が必要となります。ストーリーの進行や役の相関関係も考慮に入れなければなりません。

この重要な判断がディレクターに任される訳です。どうします?半年先までスケジュールが詰まっているタレントの、貴重な一日を調整するなんて。
その責任の重さ。
何故責任がディレクターにのしかかるのか。これは全て「作品は監督の心づもりひとつで何とでもなる」という、映像作品の特長によるものです。
要は「手抜きして中途半端なカットや演技でOKを出せば現場は早く終わるけど、いい作品はできない」という事です。
ですからディレクターはその「手抜きの誘惑」と闘わなければならない。


ロケ当日にはこんな事が山のように起こります。
「お前が悪い訳じゃない。でもお前が悪いんだ」なんて禅問答みたいな事を言われ続けてはや数年(笑)。そんな事態になったらカット割りだってメチャクチャ。台本通り撮れる訳がありません。正直、ロケ当日が来るのが怖いですよ。出来れば逃げ出したいくらいです。
誰も助けてくれない。不安です。
寝つきが悪くなるのも当然かもしれませんね。


皆さんの夢を壊すようで申し訳ありませんが、番組制作というのはこういう事態への対処がほとんど。カメラの前でタレントがはしゃいでいる場面は本当に楽しいんじゃなくて「人工的に楽しそうにしている」場面なのです。
カメラの後ろにはいつも、不安げに台本とスケジュールを見つめるディレクターが居ると思って頂ければ間違いありません。
でもそれがディレクターのお仕事なんです。テレビに夢を感じて業界入りした新人たちも、まずそんな現実とのギャップにショックを受けます。いったい何人、何十人が志を挫いた事でしょう。
三ヶ月続けばましな方、大体は一週間で辞めていきます。私の机に置かれたギブアップの置き手紙も一通や二通じゃありません。

立場は違えど、私だって冒頭のro_okuさんのように台本が、スケジュールがこわい。ロケは不安です。
出来ればカット割りを終えたら後はスタッフに任せたい。
正直、理不尽ですよね。お天気の責任まで取らなければならないなんて。


ここでお話しするのもなんですが、私にはロケ前日に必ず心に浮かべる言葉があります。おまじないと言うか、自分への暗示と言うか。

「勝負は怖いと思った時、すでに負けている。」

これ、実は「必殺必中仕事屋稼業」(1975年)の劇中、岡本信人扮する利助というキャラクターが言ったセリフなんです。セリフの重さに反して、意外に劇中ではサラリと言われているのであまり印象には残らないんですが、私はこの言葉が妙に好きなんですよ。
決してこんな風に達観している訳じゃないんです。こんな風に自分を奮い立たせなければとてもロケには臨めない、という意味での暗示なんです。


怖がった結果が負けなんじゃなくて、怖いと思った事そのものが負けなんだという考え。だから私はロケ前日には構えて「怖い。不安だ。」というセリフを言わないようにしています。極端な話、明日の天気予報が雨でも「明日は私が晴れさせてみせる!」と豪語して、天気予報が間違っているとまで思い込みます。怖いと思った瞬間、負けですから。

きっと誰だって本番は怖いものなんですよ。準備が完全でなかったり、納得行く練習ができていなければなおさら。私だってそうなんですよ。
だから自分を騙してでも奮い立たせる。なんて言うか「ちょっとでも隙を見せれば、「負け」はその隙から忍び込んでくる」みたいな感覚があるんです。

もちろん、私だってそんな偉そうな事言ったって不安は拭い去れないし、ロケはいつも失敗の連続です。後悔しない日の方が少ないでしょう。
でも人間、どこかでそんな風に、不安に折り合いをつけていかなければならないんでしょうね。


お話の趣旨が見えなくなってきました(笑)。
彼のブログの「不安」という言葉に反応してしまったのかもしれません。
いつもながらの勝手な思い込みです。笑ってやって下さい。
きっと彼は、そこまで深刻な意味でこの言葉を使ったわけじゃない。そう信じたいです。
本番初日。彼の不安は少しは解消されたのでしょうか。
その結果は、明日の舞台が証明してくれるでしょう。
商業劇団ではないにせよ、そこは鑑賞料金を取って見せる有料公演。お仕事とは違うスタンスとはいえ、ある種の緊張感は必要と思います。
ただ、たとえそんな緊張感や不安を抱えながらも、彼にはいつまでも頑張って欲しい。そんな願いも持っているのです。


今日はこんな私的なお話にお付き合い頂いて申し訳ありませんでした。
ある意味「悪ガキの悪あがき」的な同志観を感じる幼馴染の事だったので。
でもro_okuさん、こんな年になっても、お互いチャレンジャーだねえ。(笑)。

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コメント

実はつい先日
『コメットさん』『チャコちゃん』
『帰ってきたウルトラマン』『ウルトラマンタロウ』
『俺はあばれはっちゃく』など
70年代の子ども番組を撮り続けていた
山際永三監督にインタビューする機会がありました。
もちろん自分のブログ用にお話を聞くためであり
そこでは監督の映画やテレビにかけた想いや人生を
いろんな言葉で窺い知ることが出来ました。
そのインタビューの中で山際監督は
こんなことを仰っていました。

「確かに監督っていうのは自分の作りたいものがあったとき
周りにあれこれ言われるとごちゃごちゃになってきて
難しいことは難しいんだけど。
やっぱりそこは、僕はかろうじてなんとか
綱渡り的に上手くやってきたんだけれども
プロデューサーも納得せざるをえない常識的な理屈と
自分のそれこそ狂気を描くなんていうような狭い世界とを
なんとか誤魔化して融合させるということを
自分の中で中でやらなきゃいけないわけだよ」

「あえて言えば、映画というのは時代の産物であって
もちろん映画の中身については監督が全責任を持つんですけど
映画というのはいろんな人が絡んでいて
監督というのはその中で妥協したりしながら作っているわけで
そういう意味では時代の産物なんです。
だから決して僕一人の功績だとは思っていないんです」

インタビューの全貌は、自分のブログにて
12月初頭から2週に分けてUPしますけど
かつての日本テレビドラマにて多大な功績を残した監督だけに
この言葉をかみ締めていた矢先の
オタクィーンさんの今回の日記でした。

自分も現場に戻りたいなぁと思う今日この頃です(笑)

市川大河様 山際監督の貴重なインタビュー内容を貴ブログに先駆けてご紹介頂き、大変ありがとうございました。
私もこれまで数えきれないほどの演出家、映画監督とお会いしてきましたが、なにしろ一地方局のこと、キー局でお仕事をされる著名監督とはなかなか意見を交わす機会がありません。

ただ市川さんのブログや今回頂いたコメントを拝見しその発言を反芻する毎に、制作現場の心境が深く偲ばれ、どんな監督も同じ苦労を重ねて来たのだなあと感慨に浸っております(笑)。

現場経験がおありの市川さんには、山際監督のお言葉がリアルに響く事と思います。私もそうでした。規模は比べ物にならなくても拙記事との共通点があった事に、今更ながら偶然の恐ろしさを感じる次第です。

「プロデューサーも納得せざるを得ない常識的な理屈と
自分のそれこそ狂気を描くなんていうような狭い世界とを
なんとか誤魔化して融合させるという事を
自分の中でやらなきゃいけないわけだよ。」
業界人特有のこういう言い回しは、経験者以外には禅問答のように聞こえる事でしょうね。プロデューサーも若干経験のある私にはそれこそ痛いほど分かります。
敵同士ですもんね。PとDって(笑)。

「映画というのはいろんな人が絡んでいて
監督というのはその中で妥協したりしながら作っているわけで」
ただ「妥協」と同時に「好プレーへの賛美」もあるんですよね。自分の予測のはるか上を行くカットが現出した時など、震えるような感動が体を駆け抜けます。
実は後世に残る作品というのは、こういう偶発的な「好プレー」の産物であることもある意味否定できないんですが、やはり監督というのは「苦き妥協」の方が心に残るものなんですね。私も同じです(笑)。

「映画というのは時代の産物」と言いきる山際監督ですが、その中にはどこか「でも俺は時代に楔を打ち込んだ」という自負が見え隠れするような気もします。文面でしか判断できない私の思い入れゆえかもしれませんが。制作者とは作品に対してそれほどの愛着を持つもの、持つべきものと信じています。

ディレクターにとってはどんな作品も「勝負」の結果です。勝っても負けても悔いのない勝負を目指す私にとって、この山際監督の言葉は大きな励みとなりました。
クリエイターとはいつも自分の中のカオスと戦っているものなんですね。

12月の記事、期待しております。
またお伺いしますので、その節はよろしくお願い致します。

オタクイーン様

観に来ていただき、ありがとうございました。
いやー、ようやく、ようやく終わりました。長かったー。何とか無事に、盛況のうちに終えることができました。

でも実は、初日に途中で思い切りセリフがすっ飛んでしまい、その後は何とかこなしたものの、パニクったまま終わってしまいました。

小道具、どうだったでしょうか。またご意見をお聞かせ下さい。

まず引っかかったことのないセリフの時に限って、本番で真っ白になってしまうものです。
舞台には魔物が住んでますよ。

そういえば、小道具はどうでしたか。また感想などお聞かせ下さいね。

ro_okuさん、お疲れさまでした。
今回の作品は常に舞台上で動く演者の数が多く、おそらく全員揃っての練習が困難を極めたであろう事が窺えました。
小道具も大変だったでしょう。専門道具の手配は想像以上に大変ですもんね。
でもそういう一つ一つの経験がスキルの確立や精神的な自信となって、今後の活動に活かされる事と思います。

舞台に限らず現場という空間には、いつも魔物が潜んでいますよね。私も先日、慣れているはずのロケ現場で魔物に襲われ(笑)ミスすれすれで回避しました。ケースは違えどお互いクリエイティブな場では小さな油断に気をつけたいものです。

公演も終わり、きっと精神的にも余裕を取り戻した頃と思います。皆さんにもよろしくお伝え下さいね。
私も鑑賞者としてつたない感想など綴ろうと思っています。時間あるときにでも覗いてやって下さい。

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