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2007年11月 1日 (木)

煉獄を駆ける風

「もう映画だねえ。これは。」
レンタル店のパッケージを開けるのももどかしくネヴュラ座の電源を入れた私は、眼前に展開する世界にいつもながらのため息を漏らしました。

この年になって、またあの大吟醸を味わう事ができるとは。
この感覚は、趣味を共有される方ならよくお分かりと思います。
今またこの世界に浸る喜び。
先日リリースされたOVA「装甲騎兵ボトムズ ペールゼン・ファイルズ」。


実は私、今回のお話に関してはあまり自信がありません。お許し下さい。
思い入れが強すぎる作品ってかえって魅力がありすぎて、書いても書いても書き尽くせないジレンマに陥る事ってありませんか?
作品の表層をなぞったレビューやセリフの上げ足とりのようなツッコミならいくらでも出来ますが、それを遊びとして楽しむには私も年をとりすぎました。
本当に語りたい作品だけを舌の上でゆっくり味わいたい。「ボトムズ」はそんな作品なのです。語りつくせないから語りたくなる。そのジレンマが作品世界の深みとなって、えもいわれぬ甘美な味わいをもたらすのかもしれません。
今回も舌足らずながら、この奇跡の新作についてお話しようと思います。

Photo「装甲騎兵ボトムズ」については「ネヴュラ」でもこれまで何度かお話してきました。この6月に放送された「BSアニメ夜話」についての苦言などもご記憶の方がいらっしゃると思います。
「機動戦士ガンダム」と並びロボットアニメの最高峰と評されながらもその知名度は天と地ほどの差。そのマイナーさがまたファンにはたまらない(笑)「玄人好み」の作品です。

ボトムズを知っているか、好きかどうかで、相手のオタクキャリアが読めてしまう程の「リトマス作品」でもあるような気がします。
「往年のロボットアニメの香りを残す最後の砦」と表現した仲間も居ました。


実は私、前述の表現にはちょっと違う感覚を持っています。きっとその言葉の裏には、最近のロボットアニメの「派手な演出、美形、美少女出演」などの作風に対する揶揄があったと思うのですが、実は「ボトムズ」のテレビアニメ版が放送開始された1983年には、既に前述の「派手、美形、美少女」の三拍子の方がアニメ界の主流となっていたのです。
お調べ頂ければお分かりと思います。
私見では最近のロボットアニメはその傾向が極端となり、やや平衡感覚を欠いた「キャラの為の演出」が顕著になっているだけで、基本的にはこの1980年代前半の作風が引きずられているだけのような気がするのです。
ただ支流も太くなれば本流(笑)、それはそれで否定はしません。
ただ「他山の石」感覚は強くなる一方ですが(笑)。

Photo_2お話がちょっと脱線しました。
そんな背景を持つ1983年、「ボトムズ」という作品は、当時にあっても異端の作品、ある種「古い」作風を持っていたのではないでしょうか。
演出は地味、美形、美少女は出てこない、(主人公キリコ・キュービィーは美形と言われますが、性格的にはかなり問題がありますし)
脇を固めるキャラは癖のある連中ばかり。
一言で言えば「ヒーロー然としたキャラが一人も出ない」作品なのです。

「ボトムズ」が玄人好みと言われるのはここに理由があります。要は「ハリウッド作品と言うよりヨーロッパ、それもイギリスやドイツ系のノワール作品」の香りが濃厚なのです。作品中に残る「ATと曇り空」という印象も、そのイメージを後押ししているのでしょう。

Photo_3私はアニメ・特撮作品に一通りの守備範囲を持っていますが、どちらかと言えばアニメ作品への思い入れはさほど強くありません。「ネヴュラ」記事の偏り具合をご覧頂けばお分かりと思います。そんな中この「ボトムズ」だけに突出した魅力を感じる理由は、おそらくそのノワール性ゆえと思います。
ただここで私は不思議な感触を持ちます。
物語には百年戦争という史実が大きなウエイトを占めているのですが、だからといって「ボトムズ」=「戦争映画」という感覚にならない事です。
実際、私は実写作品でも戦争映画が苦手で、その極限状態の描写にはやや目をそむけたくなるきらいがあるのですが、アニメというジャンルの違いを取り除いても「ボトムズ」に戦争映画としての主張を感じない。
「ボトムズ」という作品上、戦争の史実は物語の重要なファクターであり、主人公キリコの運命とも大きく関わる出来事、絶対に外せない設定なのですが、作品のテーマはやや違う所にあるのです。
新作となる「ペールゼン・ファイルズ」に感じたものは、まさにそれでした。

ここから先は「ボトムズ」の大まかなストーリーをご存知の方にしかお分かりになれないかもしれません。ややネタバレになってしまうきらいもありますが、構えてお話しましょう。
乱暴な言い方をしてしまえば「ボトムズ」のテーマは、「神にも等しい存在の異能者・キリコに翻弄される側の人々の物語」じゃないかと思えるのです。


「何でボトムズという作品は、同じ主人公でここまでストーリーを続けられるんだろう」と疑問を持った事があります。よく比較される「機動戦士ガンダム」は、今やガンダムの名を持つモビルスーツ、また似通った世界観を基にしたパラレルワールドのような展開を見せていますよね。別に初作の主人公、アムロ・レイが新作「00」でも主役を張る訳ではないし。
言わばあのシリーズは、一部を除いて異なった世界を描く別作品の集合体なのです。
(そう考えなければとても「Gガンダム」がシリーズとは・・・。個人的にはあれが一番好きだったりしますが(笑)。

Photo_7 ところがボトムズは「メロウリンク」という外伝を持ちながらも、今だにストーリーの本流はキリコ・キュービィーにある。6月の「BSアニメ夜話」でもその点は語られていました。
「ガンダムの主人公はガンダムというモビルスーツだけど、ボトムズは徹底的に主演、キリコ・キュービィーのドラマ。」
ただそう言われてもその理屈はテレビシリーズぐらいのスパンなら考えられる事で。普通テレビアニメのキャラクターはそこまでの幅を持ちません。最終回を迎えれば主人公の主張は言い尽くされ、物語は大団円を迎えるものなのです。
今回の「ペールゼン・ファイルズ」はテレビシリーズの前日談ですが、ここまで過去を掘り下げられてなお魅力を放つキャラ、言い換えればそれだけファンに「過去を知りたい」と思わせるキャラは、そうそう居ないんじゃないかと思います。
なぜそうなるのか。


Photo_4実は「ボトムズ」という作品、主人公キリコはモノローグや数少ないセリフ(笑)で自己の胸の内を語っているように見えて、受け取り方によってはまだ「もう一つ深いところを考えていそうな」キャラなんですね。
スタッフがそう作ってしまったと言うか。
しかも彼自身、自分の過去や存在理由を捜し求めている。

ですから何をやっても謎が残る。キリコに関わる人間は彼を理解・支配しようとすればする程、彼の中に渦巻く巨大な謎を解き明かさねばならない心理に追い込まれる訳です。
ファンの方はお分かりでしょう。キリコとうまく付き合って行けた劇中キャラは、いずれも彼の『謎』に手を出さなかったとは思いませんか?


Photo_5彼の内に潜む『謎』。その謎の虜となってしまった者たちは、自らその謎に翻弄され滅んでいく。キリコ本人が手を下さなくても、彼は支配者にそんな運命を選ばせてしまう存在なのです。
今回の「ペールゼン・ファイルズ」にしても、既にその彼の「魔力」は充分に描かれています。
好むと好まざるに関わらず、彼を利用しようとする者には滅びの道が用意されているのです。
ですから実はストーリーの中でキリコはさほど動く必要がない。周りが勝手にキリコに関わり、その愚かさに気づく事が「ボトムズ」というドラマの推進力なのではと思います。このドラマの構造なら主人公はずっと同じキャラを通し、新作ごとに脇役が一新すれば良い訳ですね。
「ペールゼン・ファイルズ」に至るボトムズ全篇を通じて唯一の主人公がキリコだけと言うのも頷けます。

(ロッチナは・・・彼はあくまで傍観者ですね。ただ彼も「私が異能者であったなら!」という名ゼリフとともに滅んで以来、キリコにとり憑かれてしまいましたが)

このキャラクター配置を持つ限り、「ボトムズ」の魅力は尽きる事が無いでしょう。
極端な話、キリコが主人公なら、あの魅力的なファクター「AT」の設定が一新されてもファンはついて行くような気さえします。(ちょっと問題発言かな(笑)。

Photo_6ただこれは大変素晴らしい構造である反面、主人公には一生の十字架を課す事になります。
キリコは生物学的、また運命的に死から守られている「異能者」という特別な存在。
彼がモノローグで、向かう場所を「地獄」と語る場面は数多くあります。本当の所、彼の安息の場所はこの世のどこにも無いのでしょう。

「死ねない」という事が自分の運命と悟った時、人はどんな気持ちを持つのでしょうか。
生に閉じ込められた感覚。それは「死を意識する故に生が輝く」という人間の深層を裏返すような悲劇なのかもしれません。


キリコは自分の居場所を「地獄」と語ります。しかし私はボトムズのストーリーを通じて、それを少し違う言葉に置き換えました。
「地獄」とは宗教上、罪を償う場所と定義されるそうですが(無宗教の私はウィキで調べました)キリコは別に罪を背負っているわけではない。
「吸血部隊」レッド・ショルダーの過去は断罪されるべきなのか。それはキリコ本人の罪と言えるのでしょうか?
またこの世から逃れられないという意味で、「天国」へ行ける訳でもない。

「煉獄」。こんな言葉が浮かびました。天国にも地獄にもそぐわない魂が向かうその世界は、永遠に生き続けなければならないキリコの運命を象徴しているかのようです。
ただ、煉獄には「魂は後の世で赦される」という意味の記述もありました。
キリコにとって「後の世」とは、あのテレビ版最終回「流星」のラストだったのでしょう。しかしそれも後日談では・・・


閉ざされた世界、この世にしつらえられた煉獄で、それでも自分の居場所を探そうともがくキリコの姿に、私もとり憑かれてしまったようです。
彼の切れ長の目が放つ一陣の涼風が、危険な「謎」へ私を招きます。
「ペールゼン・ファイルズ」が進むにつれ体に回る猛毒を、一杯の美酒のように舌で転がす愉悦。
滅びを誘う、極上の辛口と知りながら(笑)。

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コメント

びっくりした~!帰ってらしたのですね!
うれしいです(涙 (;>_<;) エーン

ボトムズの記事も書いていただいて、ありがたく拝見しました。(涙 (;>_<;) エーン

んん~さっすが、深いですね♪私もボトムズはアストラギュ-ス銀河のキリコという人間の自叙伝或いは神話のようなものだと思います。ただ、テレビシリーズが一番の私としては、フィアナとの愛の物語、イプシロンとの宿命の対決に当時しびれてましたので、・・・んん~?
赫奕たる異端を除く続編は、とくに異能生存体というワードが出てきて、最初から最後まで殺伐としたストーリーになりがちで、TVシリーズの損バカトリオやフィアナが存在したことによる物語の奥行きが狭くなってしまったことが残念です。オタクィーン様が、以前ボトムズについて考察されていたように、この作品の凄いところは戦後をリアルに描いていることで、ウドの退廃ぶり、その中で生き抜くゴウト、バニラ、ココナ。彼らとのつながりで変わっていくキリコ。フィアナとの愛。イプシロンとの対決。などいろいろな肉付けがあったのですが、・・・・
ペールゼンファイルズは、確かに画像やストーリーもいいものだと思いますが、TVシリーズでもっていたいい所がなくなっているのは残念です。
でもファンはあきらめず、応援し続けます。
長々と失礼しました。コタちゃん元気そうでうれしいです。またよろしくおねがいします。

PS:締めは一番好きな予告で失礼します

敢えて問うなら答えもしよう。望むことはささやかなりし。この腕にかき抱けるだけの夢でいい。この胸に収まるだけの真実でいい。たとえて言うなら、その名はフィアナ。フィアナこそ我が命、フィアナこそ我が宿命。
 『装甲騎兵ボトムズ 赫奕たる異端』、最終回「触れ得ざる者」。あぁ、まさにその名の如くに。

のん様 ご無沙汰しました。再開のご挨拶もせず申し訳ありませんでした。
相変わらずの地味な記事ばかりですが(笑)、これからもよろしくお願い致します。

「ペールゼン・ファイルズ」、今、私はこの作品を、最低でも二日に一度の割合でリピート鑑賞しています。第一話、初鑑賞の印象があまりに鮮烈だったからです。
なにしろ主題歌は柳ジョージ。予備知識の全く無かった私は驚きとこの上ない喜びを感じました。ボトムズの世界観、特にこの新シリーズのイメージを体現するのにこれ以上考えられない人選だったからです(笑)。
「分かってるな。このスタッフ」なんてほくそ笑んだのは言うまでもありません。

そして冒頭、タイバス渡河作戦のリアリティ。AT上陸用杭を装備した上陸支援機が撃墜され、墜落する時の迫力。CGの精密描写も相まって、46インチのモニターで見るあのシーンはもう「映画」なんですよ。

確かにのんさんがおっしゃる通り、ボトムズは百年戦争終了後の物語であり、テレビ版本編で見られたキリコの出会い、そして自分探しの旅の魅力は、このストーリーでは幾分狭まっている感があります。まさに「野望のルーツ」の正当続編ですね。
あの「パレード」のシーンも出ますし。
TV本編の空気を期待されるのんさんにはいささか方向が違うかもしれませんね。

私は実は「野望のルーツ」をボトムズストーリーの最高傑作と思っているクチなので(ごめんなさい)「ペールゼン・ファイルズ」の導入部には大変満足し、また期待もしています。あのファンの甘い期待を拒否するような硬質感も、ボトムズの大きな魅力と感じていますので。

ただ思うのは、「それでもこれはボトムズ」という事なんですね。あのキリコ・キュービィーがクールな巡礼を続ける限り、そこにはボトムズでしか味わえない大人の味わい、独特の世界が展開するのです。
ボトムズの新作はいつもこうして始まり、決してファンの期待を裏切らない。
それはのんさんもよくご存知ですよね(笑)。

多面的な魅力を放つボトムズ世界ですから、全てのファンが納得するストーリーを作るのは至難の業なのかもしれません。高橋監督以下スタッフのご苦労は大変でしょう。でもこうしてのんさんと楽しいお話が出来る事自体、ボトムズの恩恵と思いたいです。これからの展開に期待しましょう。

コタも元気にやっています。これからもお気軽にお越し下さい。私もお邪魔させていただきます。

「遠く弾ける鉄のドラム それが俺たちのララバイ。 吹き飛ばせこの地獄を。」

またお邪魔します。ペールゼンファイルズおもしろいですね。確実におもしろいです。でも、自動車でいえば、この作品はフルモデルチェンジしてます。たとえば柳ジョージなんて「飛び道具」です。初見でしびれてしまって、もう何十回も繰り返し歌を聴いて歌詞を暗記しました。今も毎日聞いてます。でも、私のイメージするボトムズとは乾裕樹氏の音楽なのです。一方でそう思うのですが・・・。
ファンには2種類いると思います。愛するが故に拒絶するもの、愛するが故に盲目となるもの。だからこそであります、それが作品を愛するということとおもいます。この新しい「ボトムズ」を私は簡単には認めません・・。しかし、次回第3話の予告をみて、銀河万丈さんのナレーションにもうノックアウトです。結論はPFを最後まで見てからと思うのですが、・・・ああ第3話すごい楽しみ・・・・。

…嘘を言うな! 猜疑にゆがんだ暗い瞳がせせら笑う。
無能、怯懦、虚偽、杜撰、どれ一つ取っても戦場では命取りとなる。
それらをまとめて“無謀”でくくる。
誰が仕組んだ地獄やら。兄弟家族が笑わせる。
おまえも! おまえも! おまえも!! だからこそ、俺のために死ね!!

シビレタ・・・

のん様 またまた熱いコメントありがとうございます(笑)。
なるほど。確かに柳ジョージは飛び道具ですね。ボトムズファンには小細工はできませんから。製作側も本気という事なんでしょう。
おそらくこの人選は後世に語り継がれるものと(笑)。

ボトムズ言えば乾裕樹氏のBGMは外せませんが、個人的には今回の前嶋康明氏も健闘していると思います。思ったより乾BGMとの違和感が無いのには驚きました。
もうサントラが待ち遠しくて(笑)。

確かにおっしゃる通り、ボトムズはその骨太のドラマ展開が魅力。愛するが故に拒絶する、またその逆もしかりでしょう。私はのんさんとは逆に、この新作世界に既に魅了されてしまいました。そこにはフィアナと出会う前のキリコが生き生きと描かれていたからです。あの生まれながらに巡礼を運命づけられた男、キリコが。

その運命は、きっとこのモノローグに集約されているのでしょう。
「また生き延びた。だが苦痛は消えない。
明日になれば、次の苦痛の淵に立つ事になる。
そして、俺は孤独になる事も出来ない。観察者は、決して目を逸らさないからだ。
俺という実験動物から。」

第3話「分隊」、楽しみですね。
「こいつらは何のために集められた」のでしょうか。
ハードな展開から目が離せません。

地獄煉獄言葉は違えどそこにいる、奴の名はキリコ・キュービィ。待つのは赤い雨と集中砲火のオーケストラ、そして鉄のドラム。ただひたすら戦い、ただひたすら生き残る、終わりのない悪夢、それが彼にとっての唯一の現実。

アナベル・加トー少佐様 はじめまして。
コメントありがとうございました。
「ペールゼン・ファイルズ」も盛り上がってきましたね。
#09「ダウン・バースト」大変楽しみです。
鉄の血液に命運を賭けた「奴ら」の行く末や如何に。

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