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2007年11月28日 (水)

ぶらりオタク旅 慕情篇

先日、27日の「ネヴュラ」で、オタクショップ「まんだらけ」の新規オープンについてお話しました。
この日、私はお仕事上でちょっとしたショックを受け(笑)、取り乱したままお店へ赴いた為、やや浮き足立った感覚で店内を回ってしまったのですが、今回ぐんと売り場面積も増え、品揃えも豊富になった店内を散策していると、それなりに思うところもありまして。
「これはもう、オタクショップと言うよりオタクデパートだねえ。」
これが私の偽らざる感覚でした。


お店入口からすぐの『ショーウィンドー』に鎮座するお宝グッズは、私たちの世代が遊び親しんだ仮面ライダーのおもちゃやプラモデル。『エスカレーター』で上った二階に広がる『トイやグッズのフロア』には、ハードディテールの怪獣やキャラクター・美少女フィギュアなどが所狭しと並んでいました。
貧乏オタクの私が求める昔のプラモデルやおもちゃなどのアイテムは格段に減り、それらは売り場の隅に少し残るのみ。
「ここまで冷遇されているという事はひょっとして?」淡い希望を胸に駆け寄ってみても、その値札は相変わらずのプレミア付きという(涙)。


結局、今回の移転・リニューアルは、まんだらけというお店のターゲットの見直し的な意味もあったのでしょう。名古屋のアキバ、大須という地域性も無関係ではない筈です。まー考えてみれば、もともと古書店として出発したまんだらけですから、おもちゃ関係は言わば付随業務。
売れる商品の客層を考えた今回の措置は実に正しいと。ごもっともです。

でも思っちゃうのはその「商品と売り場の威容のミスマッチ」。
ショーウィンドー。エスカレーター。トイグッズのフロアといった、およそオタクグッズには縁遠い数々の新機軸(笑)は、私のような古いオタクにはとても眩しく、またよそよそしく映ってしまいました。
きっとオタクショップのこういう店構えは、東京など首都圏にお住まいの皆さんには当たり前なのでしょうが、独自の文化で有名な名古屋。今でもマニアなお店にはそれなりの頑固な古さを求めてしまう私なのでした。
名古屋市民の私ながら、相変わらずのズレた感覚がお恥ずかしい。
東海地方の読者の方、変な事言ってごめんなさいね(涙)。


また、「古い玩具の必要以上なVIP待遇」という感覚もありました。
昔、私たちが子供の頃に、おもちゃ屋さんや駄菓子屋さんの店先に並んでいた言わば駄玩具的な代物も、立派なショーウィンドーに収まってまるで貴金属扱いなんですね。それらが一階の入口付近にディスプレイされているという事は、言わば客寄せの話題づくり。
宝石店で純金のサンタクロースを飾るのと同じ発想なのでしょう。

かく言う私もそんな戦略に乗せられ、ライダー目当てにフラフラと入口を潜ってしまったクチです。ジャンルは違えど人間の心理をたくみに突いたこの商品配置はお見事。結局このお店は、商品がオタクグッズに変わっただけの「宝石店」なんだなーと痛感した次第です。お値段も宝石並みだし(涙)。


レジでかいがいしく働くコスプレの店員さんを眺めながら、「この、ウィンドーのライダーグッズが現役で売られていた頃、彼らはまだ生まれてなかったんだろうなー」なんて感慨にふける事もしきり。
私とグッズの間に立ち塞がる「ガラスの壁」の厚さも手伝って、つくづく古いオタクである事を思い知りました(複雑な爆笑)。


ネットショッピングという便利なツールを知って以来、私もおそまきながら全国のトイショップやヤフオクでそれなりにお買い物を楽しんでいます。やはりグッズの検索範囲が地元のみから全国に広がった事で、これまで考えられなかったような珍品、奇品も目にする事ができました。
ただ、それらも予算さえ折り合えば手に入ってしまうという信じられない現状を目の当たりにすると、古い私などは嬉しさと同時に、ちょっとした戸惑いも覚えてしまうのです。
前述のまんだらけといいネットショッピングといい、世の中が進むにつれてオタクグッズ流通の形態も変わっていくんだなー、なんて。


またこういうお話をすると「オタクイーン、また昔の事ばっかり書いて。そんな話をされたってわかんないよー」なんて言われそうですが(笑)、私のような古いオタクには、どうしても「足で探したグッズ」の記憶と楽しさを懐かしく思ってしまうもので。
お許し下さい。
それは今でも変わっていません。そんな懐かしい感覚を思い出させてくれたのは、この日「まんだらけ」の後に覗いた、一軒の古書店でした。

新・まんだらけの大須からさほど遠くない場所に、上前津という町があります。このあたりの広域は名古屋の神保町とでも位置づけられる所で、かつては多くの古書店が軒を連ねていました。
最近は時代の流れも手伝って出版業界も斜陽、それらの古書店も次々とお店をたたみ、今は気骨ある「頑固なお店」だけが細々と営業を続けています。

今は映画や昔のテレビ番組、知る人ぞ知る作品までネットで気軽に検索できる世の中ですが、私が若さに任せ、オタクとして知識欲旺盛だった時代には、それらの情報や評価、作品の見方などの知識は、すべて先人の偉業とも言える古い文献に頼らざるを得ませんでした。まだ朝日ソノラマの雑誌「宇宙船」や「ファンタスティック・コレクション」が世に出る前の時代です。自然と足は古書店へ。お休みの日などは時間を惜しんで日参したものでした。


古書店通いに慣れた方々はご存知でしょうが、古書店ってご主人の趣味が商品の傾向にダイレクトに反映されますよね。それはどんな個人商店にも当てはまる事ですが、言わば趣味の延長でお店を開いてしまったような古書店には(笑)特にそんな傾向が強いような気がします。何か他人様の書庫を訪れているような感覚も、その印象に拍車をかけているのでしょう。
お好きな方はそんな商品の傾向を見比べ、掘り出し物を狙う訳です。
馴染みのお店も一、二軒はおありかもしれません。

そういうお店の引き戸(ちょっと立て付けが悪いともっと良いんですが)を開け、独特の香りが充満する店内へ一歩踏み込んだ瞬間のピンと張り詰めた空気。私はあの瞬間が好きなんです。二つの思いが交錯するあの瞬間が。
一つは「今日は掘り出し物がありそうだな」という期待。
もう一つは「縁あれば訪れるであろう、ご主人との古本談義」の楽しみ。


この一帯には、かつて映画の研究本やムック本を専門に扱うお店も何軒かありましたが、今は二軒だけになってしまいました。その貴重な二軒の内、昔から通う一軒には、これも「いかにも古本屋のご主人」という強面の御仁が奥にしっかりと鎮座。買い取った本の処理のかたわら、お客の動向から選ぶ書棚の一冊までを目の隅でじっと観察しているのです。(「度の強い黒縁メガネを鼻にかけ」なんて言えば絵になるんですが、件のご主人はメガネをかけていなくて(笑)。
考えてみれば古書店の店主は売るだけでなく買い取りもお仕事。元来「人を見る」という性癖を持ち合わせているんですね。
そこが一般書店の店員さんとの大きな違いです。

お客としては、この「お店に入った瞬間から始まる、店主との勝負」がそれなりに楽しいんですよ。
書棚に並ぶ専門書の数々は、ご主人にしてみれば「お主、この本の価値が分かるか?この本に書かれている高尚な内容が理解できるか?」というお客への挑戦である訳です。

そんな挑戦に対し、私達お客もそれなりに応戦します。
手に取る一冊が「講談社ムック」であってはならないと(笑)。「そんなものは新刊でとっくに手に入れてますよ」なんて体を保ちながら、涼しい顔でワイズ出版の限定研究本なんかを愛でるといった余裕が欲しいところです。
そんな姿に店主の目もキラリ、瞳の奥で「やるな、この客」なんてね。
店内では、そんな無言の勝負が繰り広げられている訳です。


でも結局、ご主人だってこういう「分かっているお客さん」を待っているんですよ。確かに商売ですからお客さんの選り好みは出来ませんが、いわゆる「稼ぎの為の一般古書」よりも、「通好みの一冊」を理解するお客へは、一種の仲間意識が湧く訳なんですよね。
以前私がお財布をはたいて、新東宝作品のポスター本を二冊購入した時です。普段はめったに笑わないご主人が「あっ、この大きさじゃ普通の袋には入らないね」なんて笑顔一杯に、件の本を大事に抱え、大きな袋に入れてくれた事を思い出します。
当時、発行点数も少なかった新東宝関係の書籍はきっと貴重な物だったのでしょう。ご主人だって、こういう希少本は大事にしてくれるお客の元へ嫁入りさせたい筈。そういう意味で、私はこの二冊に限り、ご主人のお眼鏡に叶ったような気がして妙に嬉しかった記憶があります。
ただ後にも先にも、ご主人の笑顔を見たのはその時だけですが(笑)。


例によってお話が脱線してしまいましたね。
で、まあ、「まんだらけ」の帰りに寄ったこのお店で私が求めた研究本「ジェームズ・ボンドへの招待」ですが、これはまだご主人にとっては「甘い」一冊だったのか、差し出してもニコリともされませんでした。
「今日は私の負けか。うーんまだ修行不足。」
心で泣いて代金を差し出す一瞬。これも一般書店にはない古書店のみの楽しみ、大きな付加価値なんですよね。


古書店に限らず「物を買う」という行為には、昔はまだ人と人の感情のやりとりがあったような気がします。別に今、それが無くなってしまった訳ではありませんが、ショーウィンドーに大事そうに収まった貴金属のようなおもちゃが並ぶまんだらけでのやりとりは、昔の「駄菓子屋のおばさんとの攻防」などとはまた質の違ったものとならざるを得ませんよね。
駄菓子屋さんを知らない世代がスタッフである現在では仕方のない事かもしれません。でもやっぱり私は、オタクグッズの購入をただのお金のやりとりだけで終わらせたくない、という願望がどこかにあります。
私が古書店にやすらぎを求める理由は、その品揃えだけではないのかもしれません。

それは決してお互いニコニコ明朗会計、オリエンタル・スマイルの応酬という意味ではないんですね。
駄菓子屋のおばさんからは「子供に対する厳しさや愛情」を、古書店のご主人からは「同好の士の心の交流」を、どこかに感じたかったのでしょう。

あの眼光鋭い古書店主の眼差しは、決してブックオフでは体験できないものだからです。


いやーそれにしても、つくづく私のオタクスタイルは古いですよねー。
マニア諸氏のブログを拝見する度にそんな思いを強くしてしまいます。
ただ、こうやってお話していてふと思ったんですが、ひょっとして私はこういうスタイルの古さを楽しんでいるのかもしれませんね。
「古い手段で古い物を求める」という粋な遊びに、喜びを感じているのかも。
人と触れ合いながら逸品を探す旅。
それはそれで奥深く、また楽しいものです。
もうすぐ12月。先日一つ年を取り、やがて新しい年を迎えようとする今、また私は時代に乗り遅れているようですね。


でもそう言いながらも、またヤフオクの海へ飛び込んじゃうんだろーなー。
目の飛び出そうな高額商品に指を咥えながら。
その矛盾も承知しているんですが(笑)。

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