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2007年8月22日 (水)

小さな才能

「あー、これ、やってみたかったなー。」
地元のニュースで採り上げられた、ある話題。
小学生の子供達が、夏休みを利用してデジカメで短編映画を作る、という課題に密着したリポートでした。

子供達は5人程度のグループに分かれ、グループ内でシナリオ担当、監督、俳優などを役割分担、最終的に編集まで行い、2分程度の作品を作り上げるという課題内容です。
この課題のミソは、あくまで劇作品にこだわった所。
いわゆる「スナップショットの寄せ集め」ではなく、ちゃんとストーリーとして成立させなければならない。物語を創作していく難しさを子供達に教える意図があったようです。


リポートは子供達のシナリオ会議からロケハン(本当にやるんですよ(笑)、さらにロケ風景、出来上がった作品の上映までを追いかけていました。
実際、一つのグループの作品をオンエアした訳ですから、そのグループの監督さんはこれでテレビデビューした事になる訳ですね。いやー私と同僚(笑)。楽しいリポートでした。

今は一般家庭にもデジタルビデオカメラが普及し、誰でも動画撮影が簡単に出来るようになりましたね。こういう課題が実現できるのは、そういったデジカメの普及率が大きな背景にあるのでしょう。いい時代になったものです。
私が子供の頃には夢のまた夢。私が今の道を目指し、町中を探し回って売れ残りのフジカシングル8を入手、宝物のように大事にしていた頃が懐かしく蘇ります。
なんだかこんなお話は、ものすごく昔のような感じがしますね。でもほんの30年ほど前は世の中こんな状況だったんですよ。ご存知の方も多いでしょうね。

「小学生の頃から、物語を紡ぐ喜びに触れる事。」
これは私達映像業界に生きる者達にとって、ある種の憧れと感慨に通じるものがあります。
「ネヴュラ」読者の皆さんは、小学生くらいの頃に憧れた職業や、「自分はこんな道に進みたい」なんて漠然とした思いをお持ちだったでしょうか?


実は私、正直に言いますと、小学生の頃なんてそんな高尚な思い、まったくありませんでした(笑)。ただ毎日のように友達と怪獣ごっこやヒーローごっこ、ノートの片隅に漫画などを描きまくっていた普通の子供だったのです。ただ後々思い返してみると、その頃の遊びにはなぜか、今の職業に繋がる様々な思いが芽生えていたような気もします。
怪獣ごっこにも必ずストーリーを作り、遊ぶ相手と役割分担をしてみたり。
毎年、年度末に学級毎に行う「お別れ会」には友達同士でグループを組み、その出し物は必ずコント風の寸劇。脚本から演出までを担当したり。
誰に言われるまでもなく、どちらかと言えば演じる方より演じさせる方、物語を作り上げていく役割に興味があったようなのです。


その思いが結局、過去の映画や名作テレビドラマの脚本、演出技法への興味へと繋がり、オタクな趣味へと私を染め上げてくれた訳ですね(笑)。

実際の所、今も私は映像作品や舞台作品を鑑賞する際も、演者より演出に対する興味の方がはるかに大きくなってしまいます。演者は『演出意図を作品内でどこまで具現化しているか』という意味の「表現者」という意味にしか捉えられない。演者の出来・不出来は「演出意図の表現」という部分に集約されてしまうのです。
「ネヴュラ」で映像作品についてお話する時、キャスト・俳優らについてほとんど言及されないのは、そんな私の性癖が関係しているのでしょう。


正直な所、私の中では「作品は脚本、監督で決まる」という絶対的な判定基準があります。演者に対しては「この脚本、演出をどこまで理解しているか。演出の要求をどこまで租借して自分の中に採り込んでいるか」が評価の対象になります。演技の上手い、下手はその次。まず「的を得た演技を見つける才能」を見る訳です。
そのレベルにさえ到達しない演者は評価の対象として見る事ができません。

(読者の中で演者のお立場にいらっしゃる方々、決して皆さんの存在意義を軽く見ている訳ではありませんよ。皆さんが居なければ作品は成立しない。皆さんは言わば作品表現の要と言える訳ですから。)

子供の頃からそういった嗜好、性癖を持つ私が今の職業に就いたのも、今考えれば半ば当然だったのかもしれませんね。ここでお話したいのが冒頭のニュースの事で。
小学校の頃から映像作品を一本作り上げる経験をするという事は、関わった子供達に「自分はどのセクションへの興味があるんだろう」という事を考えさせるいい機会じゃないかと思うんですよ。

映像作品はシナリオ、撮影、演技、編集など、様々な行程を経て作り上げられます。例えば自分は台本を書くことが楽しかったとか、カメラアングルを決める事が楽しかったとか。
もちろん演じる楽しさ、小道具などを作る楽しさもあるでしょうし、もっと言えば「自分はこんな事より、運動場でサッカーやってる方が楽しいや」でもいいと思います。自分がこの課題の、どの部分に興味を惹かれたのかを掴む事。それを子供のうちに知っておく、いや、感じておく事は、将来にものすごく影響する事じゃないかと思うのです。


私たちが子供の頃には、まだそこまで映像製作が身近ではなかった。小学館の学習雑誌に付いていたセルロイドフィルムの「幻灯機」なんてものを暗い部屋で壁に映写、感動のため息を漏らす程度が精一杯でした。
夜、床についた時など、必ず「自分だけの超大作映画」を瞼の裏で毎日上映、そのまま「夢のロードショー」までなだれ込む習慣は今も残ってしまっています(笑)。

そういう「自分の夢に気づく」時の年齢は、若ければ若いほどいいんじゃないかと思うのです。うまく言えませんが。

実際痛感しますが、私は決して映画やテレビドラマの紹介や感想、解析などに長けているとは思っていません。むしろ下手な方でしょう。観方が極端に偏っている上かなりの舌足らずですし。(知ってるよって(笑)。
で、どちらかと言えば「物語を創作する」方が好きなんです。
「妄想」とも言いますが(笑)。
以前からお聞き頂いている下らないオリジナルストーリーや、最近多い「コタコント(笑)」などはその思いの表れなのかもしれませんね。
過去の名作や他人の作品についての知識は自作を創作する上での言わば「資料」「出発点」であって、そこを語るのは得意じゃないんです。

映画やドラマの評論を発表される名ブロガー諸氏の記事を拝見していても感じます。「おそらく『作品解析』という分野にも向き不向きがあるんだろうなー」なんて。
他人の作品について書く時、私のスタンスは「この設定は自分には思いつかない」「どうやってこんな細かい演技、役者に指導したんだろう」「自分だったらここは違うカメラワークで」などなど、「解析」というよりも「同業者としての探究心」が先に立ってしまうんですね。
作品というものに近づきすぎるきらいがあります。

「感想」は別として、本来「解析」というものは、作品からある程度の距離を置いた冷静な視点から生まれるものと思っているので、私のこの姿勢は解析には不向き。やはり評論家より現場で走り回るのがお似合いなのでしょう(笑)。

冒頭のニュースで採り上げられた子供達も、きっと自分達の思いもよらない才能に目覚めたのではないでしょうか。
実際、凄いですよ。小学生でも才能がある子は、いっぱしのカメラマンもビックリするような素晴らしいカットを撮ります。演技も同じ。台本製作はいわずもがなです。
「これ、本当に子供が考えたの?」と驚くようなストーリー、名ゼリフに出会った経験だって無い訳じゃありません。才能というのは確かに存在するものなのです。
「99%の努力」を超える驚愕の実力には凡人の私など、ただひれ伏すばかり(笑)。


こんな平凡な私などが作品でございなんて、偉そうに番組を作っていられるテレビ界ではいけないのかもしれませんね。子供の内から才能を開花させ、先人の残した名作をも凌駕する素晴らしい作品をものにする新人の登場に期待したいものです。
ただ、今の映像業界には、映像製作の才能だけではどうしようもない事情が横たわる現実もあります。そんな障害(と、あえて言ってしまいましょう)をも乗り越えられる唯一の術を「若い力」と思ってしまうのは、私が年を重ねた証拠なのかもしれませんね(笑)。


とりとめのないお話で申し訳ありません。
子供達の夏の思い出に、いつもながらおバカな思いを馳せてしまいました。

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コメント

オタクイーンさん、こんばんは。
その後体調はいかがですか?

さて、私は子供の頃は漫画家が夢でしたね(笑)
又、物語を作ったりというのも好きでした。
中学では劇の脚本を書いたこともありましたし。
そういえば、高校の時は友人達とラジオドラマ的なモノを作ったりもしてましたね。
映像無しの音声とSEとBGMだけの劇ですけど、芋掘ってたら畑からロボットが出てきたとか、銭形平次のパロディーとか、アホな作品が多かったのを思い出します(笑)
あとはやはり音楽ですね。4トラックのマルチで多重録音とかしてました。
とにかく、ゼロから何かを作るというのは大好きなのです。

しかし、今は全く関係の無い仕事についてます。
ただ、形は違いますけど、製造メーカーというところにちょっとだけ「ものづくり」への拘りはあるかもしれません。

自分は大学を卒業してから映像の仕事に就いて
その後はライターをやるようになったわけですけど
その全ての原点は、子どもの頃のソフビ怪獣遊びにあると思ってます。

始める前にウルトラヒーローと怪獣
そして隊員役のミクロマンや戦闘機のアイテムを厳かに揃えw
その日遊ぶ内容に沿ったタイトルテロップをマジックで紙に書いて
時計の針が時刻ちょうどか、半ちょうどになったら物語り開始。
テーマ曲を歌いながら自作のテロップをめくっていき
物語のちょうど半分で(時計を脇で眺めながら15分目に)一分小休止。
後半で怪獣とウルトラマンのバトルが入り
ラストシーンが終わったときに
時計がだいたい27分目を指していれば大団円という
そんな遊びを小学校低学年から繰り返していました。

まさに三つ子の魂百までも。
ここだけの話、今ブログでやってる名場面再現なんてぇもんは
あの頃の遊びごっこを手間隙かけてちょっとだけ豪華にしているだけ。
大人になって思うのは、人と言うのは基本的にどんなに年齢を重ねても
根幹は変わらないのだなぁと思うとき
オタクィーンさんの今回の話に出てきた子ども達が
「物語を作る」という行為の甘美さを忘れないでいてほしいなと
なんとなく思ったりしたのでした。

メルシー伯様 ご心配おかけしました。
今日は少し気温も下がり、涼しい中で静養ができました。
もう大丈夫です。ありがとうございました。

奇遇ながら、私も子供の頃は漫画家が夢でした(笑)。
監督や脚本家など、専門的な知識を持たなかった小学校低学年当時の私にとって、最も身近なヒーローが漫画家だったのです。
専用ノートを用意して、とにかくオリジナルストーリー(名作漫画のパクリばっかりでしたが)を描きまくっていました。
不思議な事にそれはイラスト的な一枚画ではなく、必ず100ページ読みきりとか、数話連載などのストーリー重視のものが多かったですね。その頃のノートは今も手元に残っていますが、さすがに今見ると恥ずかしくて。
穴があったらもっと掘り進みたいぐらいの赤面ものです(笑)。
でも発想の大胆さは、今より数段上だったような気がします。
ラジオドラマ風のストーリーにものめりこみましたねー。情熱だけは人一倍ありました。メルシー伯さんの「畑からロボット」もなかなかそそられます(笑)。

最近の私はテクニックの上達に反比例して、柔軟な発想力が枯渇しているような気がします。私もメルシー伯さんに見習って、ものづくりへの拘りを持ち続けなければいけませんね(笑)。

市川大河様 やはり特撮世界に関わるお仕事に携わる方々は、皆さん原体験も似ていますね。
私も市川さんの幼少期のご経験をほぼそのままトレースするような毎日で(笑)。

市川さんが拘られた「番組の放送尺」に対して、私が再現したかった特撮のテイストは「セットの空間」「画面の切り取り方」でした。
6畳間全体を特撮スタジオとし、持てる全ての家具、ブロック、おもちゃの類を街並み風に配置、ビルに見立てた箱を舐めて前方の風景を眺め、怪獣の巨大感を演出するなど、今考えてみれば「特技監督のカット割り」を実践していたんですね(笑)。
知らず知らずの内に、樋口特撮もかくやのカットワークを行っていたような気がします。ストーリーはメチャクチャでしたが(笑)。

おっしゃる通り「三つ子の魂百まで」と思うのは、今でも私は「越しカット」「舐めカット」が好きという事で。
ロケ現場でも何かとそういう指示をしてしまうので、カメラマンから
「お前は越しカットが好きだなあ」などといつもからかわれています(笑)。

人間の癖って、本当に子供の頃から変わらないものなんですね。
記事で採り上げたニュースの子供達の誰かが将来監督やディレクターの職に就いた時も、きっと、処女作であっただろうこの夏の作品に、自分の演出手法の萌芽を見つける事になるのでしょうね。
彼らが大人になっても「物語を作る」行為の甘美さを失わない限り、その瑞々しい感性は決して枯れ果てないと信じたいものです(笑)。

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