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2007年8月25日 (土)

恐怖に潜むメカニズム

いつも見慣れた道なのに、今はまるで別の空間。
ほんの3メートル先は闇に溶け、敵意を押し殺した唸り声だけが・・・

まだまだ残暑は厳しいですが、さすがに8月も25日になると、日の落ちる時刻も早くなりますね。夕方、まだまだ明るいからと出かけたウォーキングでしたが、思いのほか日没が早く、思いがけず真っ暗な公園の中を歩いて帰るはめになっちゃいました(笑)。

「ネヴュラ」でも何度かお話しているので読者の方々もご存知と思いますが、私のウォーキングルートは自宅近くの自然公園です。
この公園、朝から昼間にかけては人々が多くとても賑やかなのですが、夜のとばりが落ちた後は照明施設が非常に少なく、場所によってはほぼ真っ暗になってしまうのです。
これはおそらく公園内に住む動物などへの配慮なのでしょうが、ペットの散歩やウォーキングルートなどに利用する私のような人たちが、たまたまこの日没後に公園に取り残されると、昼間とのあまりの雰囲気の違いに少々驚いてしまうようなありさまで。
「この公園、昼間は人間に門を開くけど、夜はその主導権をそこに暮らす動物達に明け渡すんだなー」なんて、小心者の私などは思っちゃったりするんですよ(笑)。
実際、私と共に公園に「取り残された」人たちは、見えない圧迫感に押されたのか足早に家路を急いでいました。

「暗闇」という言葉を実感したのは本当に久しぶりで。例えばいつものルートには森の中をぐるっと回りこむ為、先が見えない道なんかがあるんですが、昼間は何てことないその道も、真っ暗というだけでえもいわれぬ恐怖感がありますね。
回り込んだ先に何があるのか。それを想像するだけで踏みしめる足もこわばりそうな感じが何とも(笑)。

ところが最近はさすがに恐怖に対してスレてしまったのか、私はその時、ある思いに捉われてしまいまして。

こんなシチュエーションを与えられて恐怖ドラマを作るとしたら、どんな演出が怖いと感じるか?
ちょっと時期外れかもしれませんが、皆さん、ちょっと考えてみて下さい。

日没後、照明もなく真っ暗な森林公園の中。かろうじて人が通れる程度の散策ルートをウォーキングする美女(いいじゃないですか想像なんだから(笑)。
闇に沈む道の先に待つ者は!

実は私、そこで面白い事に気がつきました。何を今さらと言われるかもしれませんが。
「なるほど。恐怖演出にもジャンルがあるなー。」

先の見えないこの藪を回り込んだ所に何があれば怖いか。
これ、先に潜む者によっては明らかに恐怖の質が違うような気がするのです。

例えば怪談風演出なら、見た目は普通に見える人、例えば女性とすれ違う。相手はこちらに挨拶かなんかして。私はそこで思います。「あー私みたいに夜歩いてる人が居るんだ。」
ところが翌日ウォーキングに行くと、その女性とすれ違った所に物々しい警察の捜査陣が。「どうしたんですか?」と聞く私に、警察官は「ここで女性が殺害されてね。この人なんだけど周辺の証言を探しているんです。」
写真を見せられた私はビックリ。それは昨夜すれ違った女性。
「き、昨日の夜すれ違いました。」目撃証言する私に、首を傾げる警察官。
「おかしいな。殺害はおとといの夜。遺体は昨日の朝、ここで見つかったんです。家族の証言では、被害者は毎晩、ここをジョギングしていたそうですが・・・」

稚拙なお話で申し訳ありません。おそらくこの手の「幽霊と気がつかずに、後でゾーッ」というのが最近のトレンドっぽい怖がらせ方じゃないかと思うんですよ。
それに対して、私が心底恐怖を感じる演出なら、おそらくこうなります。
藪を回り込んだ瞬間私の目に飛び込んできたのは、闇に浮かぶ巨大な眼!
悲鳴を上げて逃げようとする私の行く手を阻むのは、身の丈程もある手の平!
私はその手の平に掴まれて気を失ってしまいます。

翌朝、朝靄の中気がついた私の周りには、何物かによって踏み荒らされた森が。大木はへし折られ、散策道はがけ崩れのように見る影も無く・・・

まあ、かなり誇張してお話しましたからおわかりと思いますが、これは紛れもなく怪獣の襲撃。私は闇に潜む怪獣の被害者ながら、きっと何らかの理由で助かったんでしょう。
その理由までは考えていませんが(笑)。

さて。この二つを比べ、皆さんどのように感じられたでしょうか?
「そりゃオタクイーンは怪獣好きだからそんな発想するんだよー。普通、そういった場面なら幽霊ネタでしょう」というご意見もごもっとも。確かにそうかもしれません。
ところが私の中では、それだけではちょっと片付けられない思いが残っていたりするのです。

おそらく私が感じる怖さは「人知の及ばない存在」に対するもののような気がするんですよ。畏敬の念と言うか。心理的な恐怖というより生物的な恐怖、生存本能を揺さぶられるような怖さと表現するべきなのかもしれません。
確かに以前、人間の内に潜む恐怖についてお話した事がありましたが、それは「狂気の自分に気がついてしまう」怖さであって、ある意味「理性的な恐怖」と言えます。
ですが今回のお話はそれとは全く異質の物、理性でなく「本能」に訴えかけてくる恐怖なのです。
ジョーズ」(1975年 スティーブン・スピルバーグ監督)で感じた「海が襲ってくる」という感覚。
今回の例で言えば「森自体が怪獣」という印象でしょうか。

個人的に私は、前述の怪談風演出には特に怖さを感じません。
「どんなに怨念が篭っていても幽霊と化していても、相手は人間の発想の範疇」と思ってしまうからです(笑)。
小心者の私ですから、現実にそういう事が起これば恐怖を感じるでしょうが、あくまで演出上で怖いと思った事はありません。可愛くないですねー(笑)。
実際、今日のウォーキングでも「あそこで犬を散歩させている人、あの人がどうなると怖いかなー」なんて一生懸命考えても、どうしても怪談風ストーリーでは怖がれない。
「やっぱりあの犬が突然10倍の大きさになって、鎖を引きちぎり・・・」となっちゃって(笑)。「その巨大化のカットはきっとシルエットの方が怖いよね」とかね。

怪談風演出と怪獣風演出。この二つは明らかに質が違いますから、別に優劣がある訳ではないんですが、最近の怪獣映画には「怖さ」が無いと思うのは私だけでしょうか?
怪獣って、本来「人間の生存を脅かす程の怖さ」を持った存在だったような気がするんですよ。最近のホラーブーム、都市伝説ブームで取り沙汰される「幽霊」の恐怖に対して、「怪獣」という言葉はむしろ笑いを誘う響きにさえなっていますよね。
筋金入りの怪獣オタク、恐怖怪獣派の私としては、この風潮がどうにも納得いかない(笑)。

怪獣映画って本来「恐怖ドラマ」だったはずですよね。
「フランケンシュタインの怪獣サンダ対ガイラ」で食人を行うガイラを可愛いと思う人は居ないでしょうし(最近はそういう人も居るから油断なりませんが(笑)今だに「マタンゴ」が怖かったという人も多いですし。

確かに怪獣に愛嬌やコミカルな面がある事は否定しません。怪獣に何を求めるかも人それぞれ。でも個人的には、やはり怪獣は恐怖の存在であって欲しいと思います。
その為には何が必要なのでしょうか?
どうすれば怪獣に「恐怖」を取り戻す事ができるのでしょうか?

実は今日、冒頭のウォーキングで、ちょっとその答えが見えたような気がしたのです。闇の中を歩く私は、藪の向こうに感じた怪獣の何に恐怖したのか?
それは「絶対的な敗北感」。
見据えられただけで観念してしまうような、圧倒的な力の差。
人間に天敵が居るとするならそれを形にしたような存在感。
食物連鎖の頂点と言ってもいいかもしれません。

かつて永井豪が名作「デビルマン」の中で語った、「人間の天敵=デーモン」という図式は、その時私の中で「怪獣」に当てはまったのです。

確かに怪獣は想像の産物ですから、あくまで物語上の設定して発想するものですが、人間が怪獣に恐怖を感じるメカニズムを解析するとしたら、これが最も納得しやすいような気もします。
人間がジャングルで虎やライオンに遭遇した時の恐怖、その何百倍もの恐怖を体現しているのが、私の考える「怪獣」なのです。おそらくその観念をうまく表現できれば、怪獣は再び「恐怖」を取り戻す事が出来るのでしょう。

「デビルマン」的発想をすれば、こんな理屈も成り立ちませんか?
ゴジラの造形担当・利光貞三やウルトラ怪獣のデザイナー・成田亨は、怪獣という言葉になぜあのようなイメージを持ったのか。人間が生み出す怪獣デザインに感じるある種の共通性は、人類が古来から普遍的に持つ「恐怖」というイメージを具現化したものなのでは?
人間が怪獣に恐怖する理由は、それらのデザインが「恐怖」という言葉とともにDNAに組み込まれている為なのでは?
なんてね(笑)。

まー、毎度のおバカな私見です。
例によって笑い飛ばして下さい(笑)。
怪獣の存在意義は色々あると思いますし、私の考えなどコタのおならみたいなものですからお気になさらずに。でもちょっと、そんな恐怖の怪獣映画、観てみたくないですか?

で、今日のお話には、ちょっと仕掛けを施しました。
お気づきと思いますが、今日の記事は怪獣を扱っているにも関わらず写真が一点もありません。何故かお分かりですか?
前述のお話で私が妄想した怪獣のデザインを、皆さんにも空想して頂きたかったからです。こういう場合、写真を一点でも載せてしまうと、イメージが限定されてしまいますから。
さて。恐怖を凝縮したような怪獣のシルエット、皆さんのご意見もお聞きしたいですね。

私ですか?勿論考えてますよ。
その答えは、現在継続考案中の「G×G」でお目にかける事になるでしょう。
あのネタは決して忘れてはいません。
結構しつこいんです、私(笑)。

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