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2007年8月の記事

2007年8月31日 (金)

しばしのお別れ

オタクイーンの「恋するネヴュラ」を可愛がって下さる全ての皆様へ


誠に勝手ながら、本日8月31日を持ちましてしばらく記事の更新をお休みさせて頂きたいと思います。
ちょっと思うところありまして。
急なお知らせで申し訳ありません。

とはいえこの程度の説明では、今までご覧頂いた皆さんにご納得頂けるとも思いませんので、ごく簡単に今の心境をお話しましょう。
その前に、8月いっぱいの限定企画として行った「駄菓子 コタ屋」へのコメントについてお礼の一言を。大変ありがとうございました。皆さんのこの夏の近況などを知る事が出来、有意義な時間を過ごせました。この場をお借りして深く感謝致します。

ここ数日の「ネヴュラ」記事の更新頻度、また記事の内容などをご覧になってお感じになられた方もいらっしゃると思いますが、私は今、気持ちがかなり落ち込んでいます。
その理由は今やあまりに日常的すぎて、読者の皆さんにとっては一つのニュース素材に過ぎない事かもしれません。
しかしながらこの一件は、本来部外者である私自身も驚くほど大きな精神的ダメージとなって、今も心をえぐられるほどの痛みを伴っています。

全国のニュースでも連日報道されたので皆さんの記憶にも新しいと思います。
8月24日、名古屋市千種区の路上で女性が三人組の男に拉致され、現金を奪われた上殺害された事件です。
犯人の男達はお互い面識もなく、携帯の闇サイトで知りあっただけの関係。
マスコミが「闇サイト殺人事件」と報じた一件です。
今は被害者の葬儀とともに一段落付いた感もあり、捜査の重点は犯人側の犯行計画、動機や背景などに移って行く事でしょう。

犯人の一人が自首した事により事件が発覚、その全貌が明らかになるにつれ、私は大変な衝撃を受けました。

事件が私の地元、名古屋で起こった事。
犯人達がおち合い、打ち合わせを行った複合商業施設の駐車場は、私の実家からほんの数分の場所でした。
犯人が被害者の女性を拉致した現場、千種区は、私の局への通勤コース。
犯人グループが犯行現場として物色していた地下鉄沿線は、今の私の家のすぐ近くなのです。
ほぼ毎日通っているような何気ない街角で、これほど恐ろしい犯罪が実行されたという恐怖。

犯人グループが、この犯罪の為にだけ「ネットを通じて」知り合った他人同士という事実も、ネットというツールの暗部を感じさせました。
携帯電話とパソコンの違いこそあれ犯人グループは、ネットの匿名性から来る人間の暴力性を体現したのです。
素性を明かす必要を持たず利害関係だけを一致させた者たちがいかに常軌を逸した行動をとってしまうのか。その匿名性により本来の社会性から解き放たれ、犯行をエスカレートさせていく人間のデーモニッシュな部分に恐ろしさを感じました。

そして、今回最も私の心をえぐったのは、被害者となってしまった女性の家庭環境でした。
母一人子一人。彼女は日頃お母さまを大切にしながら、派遣社員として毎日を懸命に生きるごく普通の女性だったのです。
そんな、たった二人だけの家族の小さな幸せを引き裂く権利が、いったい誰にあるというんでしょうか?
昨年11月に母親を亡くすまで、私も母と二人暮らしのような生活でした。たとえ施設にあずけていても母の健康を心配し、時間を作って母の元へ向かう時の気持ちは、事件の被害者女性と同じだったと思います。
母を失った時の、心に穴の空いたような感覚。精神が崩れ去るまでにならなかったのは、親が先立つという自然のなりゆきゆえ、と自分を納得させられたからです。
でも今回の事件で失われたのは親ではなく娘の命。それもこれ以上無いほどの理不尽な手段で。
自分の血を分けた子供を失う。親にとってそれがどんなに辛い事か。

嫁いだとはいえ、まだ妹が居る私は幸せな方かもしれません。
被害者女性のお母さまのお気持ちは、察するにはあまりに辛いものがあります。
可愛そうすぎると思いませんか?

地元の風景、ブログをはじめとするネット社会、肉親への思い。これら私の身近にある様々な事が、今回の事件をきっかけに一気に「負」の要素となってしまった、とでも言えばお分かりいただけるでしょうか?
街で何気なく通り過ぎるビルの陰に蠢く狂気の影。
肩を寄せ合って暮らすような二人きりの生活など、いとも簡単に崩れ去る現実。
そして、キーボードの先に広がるネット社会の恐ろしさ。

この事件の顛末が報道されていくにつれ、キーボードへ向かう私の気持ちは急速にスポイルされ、言葉を紡ぐ指先の動きも鈍さを増していきました。
「書きたい」と思わない。「ネヴュラ」を続ける気力を失いかけているのです。

ただ、ネットの怖さに怖気づいたという事とはちょっと違うような。
そんな犯罪さえ可能となってしまった世界に対して、やや疲れてしまったのかもしれませんね。
今回の事件に関して私は全くつながりを持ちません。一般市民として報道を受け取る立場でしかありませんから、別に過度な思い入れをする理由は何も無いのですが。
被害者の境遇があまりに自分と重なってしまったゆえの感傷なのでしょう。
本当は、頻発する事件に対していちいち悲しんでいては心がもたない事だって分かっているんですよ。でも今回は、気持ちが言う事を聞かない。
「おバカな上に弱いヤツ」とお笑い下さい。

そんな訳で、この気持ちがどうにか治まりなんとか「ネヴュラ」再開のメドが立つまで、少しお休みをさせて下さい。
今の所、お休みの期間はまだ未定です。「一ヶ月くらいかなー」なんて漠然と考えていますが、それもまったく分かりません。一週間後に突然再開できるかもしれませんし、半年かかるかもしれませんし。ただ「やめちゃう」わけではありませんので、どうか気長にお待ち頂ければ幸いです。

前述のお話にもあるように、今回私はネットというツールに少し疲れてしまいました。ですから今日の記事以降しばらくは、プライベートでのネット利用を避けようと思います。
「ネヴュラ」のページは閉鎖せず再開まで残しておきますが、私自身がページを閲覧しないと思いますので、もし皆さんからコメントを頂いてもご返事がかなり遅れるかもしれません。どうぞその点はご容赦下さい。

いつも以上に勝手な事ばかり言いまして、本当に申し訳ありません。
最後に、これまで「ネヴュラ」をご支持頂き、アクセス、コメント頂いたお仲間の方々、全ての皆様に感謝致します。
ありがとうございました。
ここ数日、朝晩に秋の気配を感じます。皆様も急な気温変化に風邪などひかれませんよう、ご自愛下さいませ。


オタクイーンの「恋するネヴュラ」   
支配人      オタクイーン
支配人代理   コタクイーン
Photo

2007年8月29日 (水)

秋の気配

今日は「ネヴュラ」には珍しく、普通の日記です。
マニアックなお話は一切出てきません(笑)。

雨を避け、今日も公園へウォーキング。
意思の弱い私は、このウォーキングルートについてちょっとしたルールを設けています。
いわゆる「折り返しルート」ですね。

短いルートを何周も回る「周回ルート」にしてしまうと、「今日は疲れているから一週少なめにしちゃおー」と自分に甘えてしまう事が多い為(笑)折り返し点まで行ったら、家に帰り着く為にどうしても同じだけ歩かなければならない物理的拘束を課し、自分を甘やかさない方向に追いつめている訳です。
こう話すと立派ですが、ここ最近は猛暑も手伝い、フラフラで折り返し点に着いた途端「ここが家ならどんなにか幸せなのに」なんて、熱中症ギリギリの頭を朦朧とさせながら自分の愚行を悔やみっぱなしの日々なのでした(涙)。

その「折り返し点」はちょうど公園の中心にあたる場所で、子供会の運動会などにも使われる広場。遊具なども設置されています。
時々写真もアップしている、あの場所です。
この広場には屋根付きの小さな休憩所があります。歩き出しからそこまでの所要時間はちょうど30分。私は唯一の日陰であるその休憩所に駆け込み、フリーズパックのアクエリアスをチャパチュパする事だけを楽しみに猛暑の中を歩き続ける訳です。

今日、私の住む地方は朝からはっきりしないお天気で、結構強めの雨が降ったり止んだりしていました。厚い雲に覆われた空を見ながら、今日はちょっと歩けないかなーなんて思っていたのですが、「いいとも」がエンディングを迎える午後一時ごろにはなんとか雲行きも安定、サウナスーツを引っ張り出す気力も湧いてくるのでした。
午後一時半、いつも通り歩き出した私。暑さに身構えた私でしたが、今日はいつもとの空気の肌触りの差にちょっと拍子抜けしてしまいまして。

雨による気化熱の為でしょうか。お昼の一時半というのにこの涼しさは何でしょうか。
確かに今日も真夏日。今年は40℃を超えるような日もありましたから、30℃程度なら涼しく感じる体になっちゃったのかもしれませんが、それにしたって歩ける歩ける。

私の場合、歩くにつれて頭がボーッとなり体もだるく、次の一歩が踏み出せない時、体が発する熱中症警報を感じます。その原因はサウナスーツをメインとする「着込みすぎ」により、体内の熱が逃げて行かない為と思っていたのですが、今日の調子の良さから推察するとそうでもないようで。

どうやら私の感覚では、強い日差しなどで頭部に熱が溜まり、頭が暑さを感じた時に熱中症の兆候を体感するようなのです。ですから今日のように頭部に涼しい風が当たる時には、たとえサウナスーツの中は汗をかいていても体がエマージェンシーを出さない事に気がついたのでした(笑)。遅いですよね。今頃気がつくというのも。

午後二時。絶好調の状態でたどり着いたいつもの休憩所。ベンチに腰掛けて一息ついた時、隣接するゴルフ練習場のアナウンスが聞こえてきました。
「雷が近づいています。練習中の方はご注意下さい。」
ほどなくポツポツと地面を濡らしだした雨粒に喜んだ私。
今日は傘を持って出なかったので、もしウォーキング中に降り出したら打つ手は無かったのでした。
やがて本降り。雷を伴ってスコールのように降り続く雨の涼しさに、猛暑続きだった夏へのピリオドを感じました。

たとえ天井付きとはいえ、吹きさらしのベンチに座って雷雨を眺めるなんて事、何日ぶりでしょうか。見れば公園内の遊具の中から、嬉しそうな子供の笑い声が聞こえています。
突然の雨の涼しさに、子供も大はしゃぎしているようです。

やがてどしゃぶりの中、小さな子供たちが遊具の外へ飛び出しました。自然のシャワーが楽しくってしょうがないようです。
雨に負けずキャッキャと飛び跳ねる子供たち。

そんな子供たちの姿を見ていて、「自分がいかに自分に縛られているか」という事を思い知らされてしまいまして。

いつから自分は、雨に濡れなくて済んだ事を喜ぶようになったんだろう。
自分はもっと自由な生き方を選んだはずだったのに。
なんてね。

以前、自分の中で「季節は一生、夏気分」なんて思っている事をお話ししました。あれから一年あまり。私の中でも季節は「秋」に動いているのかもしれませんね。
別に気落ちしているとかそういう事でもないんですが、雨を自然のシャワーと感じる心の柔軟さを子供から教えられた事が、ちょっと意外だったのかもしれません。

ほんの数年前の私なら雷雨なんて気にしなかっただろうなー、なんて思ってしまって。
人生、そんな単純じゃない事だってわかっているのに、子供の無邪気な気持ちを羨ましく感じてしまう自分がちょっと可笑しくもあり、悲しくもあって(笑)。
ピュアな心に年齢は関係ないと思いたいです。私が感じた「秋」は年齢的な事ではなく「心の老い」なのかもしれませんね。
安っぽい感傷なのかもしれませんが。

二時半。やがて雷の音も遠のき、30分降り続いた雨も止みました。突然の雨に公園内の緑もいっそうの映えを見せています。雨の気化により熱を奪われ澄み切った空気が、森の美しさをさらに際立たせているようです。
突然の雷雨にクールダウンされ、体調も絶好調。
猛暑だった夏が去りゆく寂しさに加え、自分の心の移り変わりに気がついてしまった一時でもありました。

季節は確実に「秋」へ。
私らしくもないですが、こんなのもたまにはいいですよね(笑)。

2007年8月28日 (火)

月も真っ赤に染まる夜

今夜は皆既月食でしたね。全国的にちょっとお天気が悪かったようで。夏の終わりの天体ショーは皆さんの地域ではお楽しみになれたでしょうか。

私は星に関してはM78星雲とネヴュラ71くらいしか知りませんが(笑)、子供の頃は「月食」なんて聞くと何故か心もウキウキ、特別な事のように楽しみにしていたものです。
当日の夜は友人を集め月食を見ながら、遊びで友人全員がDJとなるラジカセ録音の架空ラジオ番組をでっち上げ、「月食中継」なんてしましたねー。なんておバカ(涙)。

たまたまニュースで以前の月食の資料映像を放送していて、「あー月食って月が赤く見えたりするんだっけ」なんて思い出していました。月が赤く見えるのは何も月食の時だけではありませんが、いつもと違う真紅の月は人の心をかき乱す何かがありますね。

そんな日にこのアイテムを入手出来たのも何かの示し合わせ?なんて思うのも、赤い月の印象が強すぎたのかもしれません。勿体つけすぎですね(笑)。
Photoご覧下さい。
「必殺仕事人THE HISSATSU」。
今だ人気の衰えぬ異色時代劇「必殺シリーズ」に登場した仕事師たちの武器と小道具をイメージベースに配置したフィギュアです。
昨日やっと発売されました。

ネットでこの発売を知った時から狙っていたんです。何しろアクションフィギュアやガレージキット以外で、必殺がこの手の食玩サイズフィギュアになるのは初めてですから。
メーカーの都合で発売日が一ヶ月ずれ込んだ時は、「♪幸せひとつだけえ~ 信じて待っているう~ 私の心も知らないでえ~」と「あかね雲」を熱唱(笑)。
今日無事入手を果たした時は、コタと一緒に大喜びしていました。「赤い月」に「必殺シリーズ」。偶然にしてもちょっと嬉しい夜ですね(笑)。


必殺シリーズと言えば、先日放送された「必殺仕事人2007」にも冠されている通り「仕事人」がもはや看板タイトルとして認知されていますよね。
現在好評を博しているというパチンコ台も「仕事人」ですし。
たぶん「ネヴュラ」読者の皆さんも「必殺」と言えば仕事人、というイメージをお持ちの方が多いと思います。
今回のこの商品も「仕事人」の大看板を掲げ、ラインナップのほとんどは仕事人の皆さんをフューチャー、「仕事屋」の半兵衛さんや「仕置屋」の市松、「仕業人」のやいとや等、シブい面々はまるで眼中にない様子で(涙)。
まーこの辺はいわゆる「仕事人商品」の定番チョイスですから必殺マニアには慣れっこなんですが。

Photo_2「観賞用置物」というふれこみのこのフィギュア、おそらくはキャラクターの肖像権の問題だったのでしょうが、仕事人本人のフィギュアではありません。写真をご覧頂けばお分かりの通り、あくまで「台座」と「小道具」の組み合わせです。
私、この処理は割合好きなんですよ。確かに本人のフィギュアも良いんですが、必殺シリーズというドラマの特質を考えると「武器」や「小道具だけ」というのもなかなか雰囲気があってグッド。各シリーズ毎の「主水スーツバリエーション」なんてのも見たかったですが、それじゃゴジラになっちゃうし(笑)。

先ほど開封したばかりなので全部を組み立て、配置する時間もありませんでした。ラインナップは先ほどの写真でご理解頂くとして、代表的な現物を数点ご紹介しましょう。
Photo_3まずはこれ、シリーズの顔・さらに最大にして最長老(皮肉も込めて)のキャラクター、八丁堀こと中村主水。
さすがに必殺の顔だけあってこの中村主水に関しては二種類のフィギュアがラインナップされています。
その小道具も一つは「ムコ殿」の顔、一つは「昼行灯」の顔をイメージ。
お見せするのは昼行灯バージョンです。

最近の造形レベルの素晴らしさも手伝って、どちらもそれなりにいい雰囲気を醸し出していますね。
でも何といっても必殺の見せ場は『殺し』。その主役となる武器がこのフィギュアの目玉です。主水の場合、やはり奥山新影流の冴えを見せる「お腰の物」が主役ですね。

このフィギュアの発売元、マイスター・ジャパンは、これまでも甲冑や刀など歴史上の武器を数多くフィギュア化しているだけあって、この刀の出来は素晴らしいものがあります。
この一振りが大滝秀治さんや清水紘治(旧字変換ができなくて)さんの血を吸ったのかと思うと・・・(危ない発想(笑)。

やっぱりこのフィギュアは、こんな風に小道具を見ながら仕事師達の活躍に思いを馳せる所に楽しさがあるんでしょうね。

Photo_4そしてその楽しみをさらに倍増させるのが、この「障子」。
ご覧の通り、バックからの照明によって障子に浮かび上がる仕事師達のシルエットが、数々の「名仕事」を思い起こさせる素晴らしいギミックとなっているのでした(笑)。


立体化不可を逆手に取ったかのような粋なはからい。
個人的にはこれで充分のような気がします。
「あんたの思った通りだよ。師岡さん。」の名ゼリフが聞こえてきそうです。


Photo_5さて。中村主水と来れば、この男を紹介しない訳にはいきますまい。
「出し渋ってるな」という声が耳に痛いほどです(笑)。

主水が「最大」ならこの男には「最強」の称号がふさわしいでしょう。
お待たせしました。誰が何と言おうとミスター必殺・『念仏の鉄』です(笑)。

「鉄」については今更何を語ればいいのでしょうか。松田優作の「工藤俊作」同様、既にこのキャラクターについては語りつくされた感さえあります。
パチンコ台に続き、商品名を「仕事人」と謳っているにも関わらず、「仕置人」としての生き様を貫いたこのキャラクターだけがシリーズを越えてラインナップされている事からも、彼のカリスマ的人気が窺えます。(などと書いていながら、これも語りつくされたかと半ば反省気味の私。結局私は彼の掌の上で遊んでるのね(喜)。


フィギュアの作りも他の「後輩」達とは趣を異にするもので。
なにしろ「シルエット」なんてギミックは彼の為に発案されたんじゃないかと思うくらいですもんね(喜喜)。
モデル化されたのは「旧仕置人」バージョン。
(分かる方は分かりますよね。)
彼のお酒好きを端的に表現した小道具も素敵。女性好きを表す絵草紙は置いてないのね。
でも彼は2Dマニアじゃないか(笑)。


Photo_6ところでこのフィギュア、一つだけ解せない所が。問題の「シルエット」(うーんもう「レントゲン」と言ってしまいましょう)の処理なんですが。
鉄のトレードマークとも言える「背骨折り」のシーンじゃないのです。何故か首の骨を折る場面がシルエットになっているんですよ。

これがどういう訳なのかちょっと首を傾げる所で。確かに鉄は仕置でこういう技を使う事もありましたが、あまり仕様頻度は多くなかったように記憶しています。どちらかと言えばレアケース、スペシウム光線に対するウルトラスラッシュのような扱いだった気がするんですが・・・
これには疑問が残ります。いつもの爽快な「背骨折り」じゃなかったのがちょっと残念ですね。ひょっとするとそれがLED・電池付き発光台座のシークレットなのかなと思ったり(笑)。

まー私の鉄さまですから、それくらいの特別扱いは当然よねー。なんて頭カラッポの発言をしてみたくなるのもお許し下さい(汗)。

Photo_7なんだか思い入ればっかり先走っちゃってごめんなさい。他キャラクターのフィギュアには目もくれない所も「鉄」ファンの悲しい性です。
ただ思うのは、この「必殺仕事人 THE HISSATSU」という商品、出荷点数は多くないだろうという事で。
こういうアイテムはあっという間に売り切れるか、逆にマニアックすぎて売れ残るかのどちらかでしょうね。定番商品としてシリーズ化なんてされたら、逆にこっちが驚いちゃいます(笑)。

いずれにしても、数年前には考えもしなかったこういうフィギュアが今現実に手元にある事を素直に喜びたいですね。もし皆さんも身近でこれを見かけたら、一度手に取ってご覧下さい。私の相変わらずのおバカぶりを思い出しながら(笑)。

先日、鉄について書いた過去の記事に、みみさんという方からコメントを頂きました。
鉄の大ファンというみみさんはなんと誕生日が「新・必殺仕置人」最終回の三日前だったそうです。放送データから見ればその日は1977年11月1日。リアルタイムで鉄を知らない世代が再放送やソフト鑑賞でその魅力に惹かれていく事は、古い必殺ファンとしてこの上もない喜びです。今回のフィギュア発売によって、また新たな世代が必殺シリーズに目を向けてくれる事を期待したいです。
この場をお借りしてみみさんに感謝いたします。
またご意見下さいね。


月食にかまけて、また勝手なお話をしてしまいましたね。
そういえば主水役の藤田まことさんも、「月が笑ってらあ」なんて主題歌を歌っていました。

「お前も好きだなー」なんて、私も月に笑われているのかもしれません(笑)。

2007年8月27日 (月)

おやつ攻防戦

Photoコタちゃん、ケージをそうじしてあげたよ。
キレイになったでしょ。

うん。
やっぱりあたらしいぼくそうのにおいはきもちいいわ。



Photo_10で、おやつは小松菜を・・・
あら、食べないのね。

おねえちゃん、これじゃジャングルだよ。
かいていぐんかんのきちじゃないんだから。



Photo_3 じゃーたまにはこんなおやつをあげるよ。
中部から関西にかけての定番おやつ、おにぎりせんべい。
これ、本社が三重県だから、関東地方の人には馴染みのないお菓子だそうだよ

うーん全国区のブログならではの説明(笑)。

Photo_4
例によって入口に置いてみると・・・







Photo_5 やっぱり。いつもの早業で。

そりゃそうよ。めずらしいおかしなんでしょ。
Photo_6

すごい勢いで食べるねー。
これはいけるわ。
こういうのをかくしちゃだめよ。おねえちゃん。

ごめんごめん(笑)。


Photo_7
これはわたしのおやつだから、ここからさきははいっちゃだめだよ。
そうとうお気に入りねー。そこが「絶対あげない領域」ね。
よーし、だったら・・・
Photo_9
フタしちゃお(笑)。
うーん、こんどはくらやみのせかいか?
イデたいいんもビックリだ(驚)。

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2007年8月25日 (土)

恐怖に潜むメカニズム

いつも見慣れた道なのに、今はまるで別の空間。
ほんの3メートル先は闇に溶け、敵意を押し殺した唸り声だけが・・・

まだまだ残暑は厳しいですが、さすがに8月も25日になると、日の落ちる時刻も早くなりますね。夕方、まだまだ明るいからと出かけたウォーキングでしたが、思いのほか日没が早く、思いがけず真っ暗な公園の中を歩いて帰るはめになっちゃいました(笑)。

「ネヴュラ」でも何度かお話しているので読者の方々もご存知と思いますが、私のウォーキングルートは自宅近くの自然公園です。
この公園、朝から昼間にかけては人々が多くとても賑やかなのですが、夜のとばりが落ちた後は照明施設が非常に少なく、場所によってはほぼ真っ暗になってしまうのです。
これはおそらく公園内に住む動物などへの配慮なのでしょうが、ペットの散歩やウォーキングルートなどに利用する私のような人たちが、たまたまこの日没後に公園に取り残されると、昼間とのあまりの雰囲気の違いに少々驚いてしまうようなありさまで。
「この公園、昼間は人間に門を開くけど、夜はその主導権をそこに暮らす動物達に明け渡すんだなー」なんて、小心者の私などは思っちゃったりするんですよ(笑)。
実際、私と共に公園に「取り残された」人たちは、見えない圧迫感に押されたのか足早に家路を急いでいました。

「暗闇」という言葉を実感したのは本当に久しぶりで。例えばいつものルートには森の中をぐるっと回りこむ為、先が見えない道なんかがあるんですが、昼間は何てことないその道も、真っ暗というだけでえもいわれぬ恐怖感がありますね。
回り込んだ先に何があるのか。それを想像するだけで踏みしめる足もこわばりそうな感じが何とも(笑)。

ところが最近はさすがに恐怖に対してスレてしまったのか、私はその時、ある思いに捉われてしまいまして。

こんなシチュエーションを与えられて恐怖ドラマを作るとしたら、どんな演出が怖いと感じるか?
ちょっと時期外れかもしれませんが、皆さん、ちょっと考えてみて下さい。

日没後、照明もなく真っ暗な森林公園の中。かろうじて人が通れる程度の散策ルートをウォーキングする美女(いいじゃないですか想像なんだから(笑)。
闇に沈む道の先に待つ者は!

実は私、そこで面白い事に気がつきました。何を今さらと言われるかもしれませんが。
「なるほど。恐怖演出にもジャンルがあるなー。」

先の見えないこの藪を回り込んだ所に何があれば怖いか。
これ、先に潜む者によっては明らかに恐怖の質が違うような気がするのです。

例えば怪談風演出なら、見た目は普通に見える人、例えば女性とすれ違う。相手はこちらに挨拶かなんかして。私はそこで思います。「あー私みたいに夜歩いてる人が居るんだ。」
ところが翌日ウォーキングに行くと、その女性とすれ違った所に物々しい警察の捜査陣が。「どうしたんですか?」と聞く私に、警察官は「ここで女性が殺害されてね。この人なんだけど周辺の証言を探しているんです。」
写真を見せられた私はビックリ。それは昨夜すれ違った女性。
「き、昨日の夜すれ違いました。」目撃証言する私に、首を傾げる警察官。
「おかしいな。殺害はおとといの夜。遺体は昨日の朝、ここで見つかったんです。家族の証言では、被害者は毎晩、ここをジョギングしていたそうですが・・・」

稚拙なお話で申し訳ありません。おそらくこの手の「幽霊と気がつかずに、後でゾーッ」というのが最近のトレンドっぽい怖がらせ方じゃないかと思うんですよ。
それに対して、私が心底恐怖を感じる演出なら、おそらくこうなります。
藪を回り込んだ瞬間私の目に飛び込んできたのは、闇に浮かぶ巨大な眼!
悲鳴を上げて逃げようとする私の行く手を阻むのは、身の丈程もある手の平!
私はその手の平に掴まれて気を失ってしまいます。

翌朝、朝靄の中気がついた私の周りには、何物かによって踏み荒らされた森が。大木はへし折られ、散策道はがけ崩れのように見る影も無く・・・

まあ、かなり誇張してお話しましたからおわかりと思いますが、これは紛れもなく怪獣の襲撃。私は闇に潜む怪獣の被害者ながら、きっと何らかの理由で助かったんでしょう。
その理由までは考えていませんが(笑)。

さて。この二つを比べ、皆さんどのように感じられたでしょうか?
「そりゃオタクイーンは怪獣好きだからそんな発想するんだよー。普通、そういった場面なら幽霊ネタでしょう」というご意見もごもっとも。確かにそうかもしれません。
ところが私の中では、それだけではちょっと片付けられない思いが残っていたりするのです。

おそらく私が感じる怖さは「人知の及ばない存在」に対するもののような気がするんですよ。畏敬の念と言うか。心理的な恐怖というより生物的な恐怖、生存本能を揺さぶられるような怖さと表現するべきなのかもしれません。
確かに以前、人間の内に潜む恐怖についてお話した事がありましたが、それは「狂気の自分に気がついてしまう」怖さであって、ある意味「理性的な恐怖」と言えます。
ですが今回のお話はそれとは全く異質の物、理性でなく「本能」に訴えかけてくる恐怖なのです。
ジョーズ」(1975年 スティーブン・スピルバーグ監督)で感じた「海が襲ってくる」という感覚。
今回の例で言えば「森自体が怪獣」という印象でしょうか。

個人的に私は、前述の怪談風演出には特に怖さを感じません。
「どんなに怨念が篭っていても幽霊と化していても、相手は人間の発想の範疇」と思ってしまうからです(笑)。
小心者の私ですから、現実にそういう事が起これば恐怖を感じるでしょうが、あくまで演出上で怖いと思った事はありません。可愛くないですねー(笑)。
実際、今日のウォーキングでも「あそこで犬を散歩させている人、あの人がどうなると怖いかなー」なんて一生懸命考えても、どうしても怪談風ストーリーでは怖がれない。
「やっぱりあの犬が突然10倍の大きさになって、鎖を引きちぎり・・・」となっちゃって(笑)。「その巨大化のカットはきっとシルエットの方が怖いよね」とかね。

怪談風演出と怪獣風演出。この二つは明らかに質が違いますから、別に優劣がある訳ではないんですが、最近の怪獣映画には「怖さ」が無いと思うのは私だけでしょうか?
怪獣って、本来「人間の生存を脅かす程の怖さ」を持った存在だったような気がするんですよ。最近のホラーブーム、都市伝説ブームで取り沙汰される「幽霊」の恐怖に対して、「怪獣」という言葉はむしろ笑いを誘う響きにさえなっていますよね。
筋金入りの怪獣オタク、恐怖怪獣派の私としては、この風潮がどうにも納得いかない(笑)。

怪獣映画って本来「恐怖ドラマ」だったはずですよね。
「フランケンシュタインの怪獣サンダ対ガイラ」で食人を行うガイラを可愛いと思う人は居ないでしょうし(最近はそういう人も居るから油断なりませんが(笑)今だに「マタンゴ」が怖かったという人も多いですし。

確かに怪獣に愛嬌やコミカルな面がある事は否定しません。怪獣に何を求めるかも人それぞれ。でも個人的には、やはり怪獣は恐怖の存在であって欲しいと思います。
その為には何が必要なのでしょうか?
どうすれば怪獣に「恐怖」を取り戻す事ができるのでしょうか?

実は今日、冒頭のウォーキングで、ちょっとその答えが見えたような気がしたのです。闇の中を歩く私は、藪の向こうに感じた怪獣の何に恐怖したのか?
それは「絶対的な敗北感」。
見据えられただけで観念してしまうような、圧倒的な力の差。
人間に天敵が居るとするならそれを形にしたような存在感。
食物連鎖の頂点と言ってもいいかもしれません。

かつて永井豪が名作「デビルマン」の中で語った、「人間の天敵=デーモン」という図式は、その時私の中で「怪獣」に当てはまったのです。

確かに怪獣は想像の産物ですから、あくまで物語上の設定して発想するものですが、人間が怪獣に恐怖を感じるメカニズムを解析するとしたら、これが最も納得しやすいような気もします。
人間がジャングルで虎やライオンに遭遇した時の恐怖、その何百倍もの恐怖を体現しているのが、私の考える「怪獣」なのです。おそらくその観念をうまく表現できれば、怪獣は再び「恐怖」を取り戻す事が出来るのでしょう。

「デビルマン」的発想をすれば、こんな理屈も成り立ちませんか?
ゴジラの造形担当・利光貞三やウルトラ怪獣のデザイナー・成田亨は、怪獣という言葉になぜあのようなイメージを持ったのか。人間が生み出す怪獣デザインに感じるある種の共通性は、人類が古来から普遍的に持つ「恐怖」というイメージを具現化したものなのでは?
人間が怪獣に恐怖する理由は、それらのデザインが「恐怖」という言葉とともにDNAに組み込まれている為なのでは?
なんてね(笑)。

まー、毎度のおバカな私見です。
例によって笑い飛ばして下さい(笑)。
怪獣の存在意義は色々あると思いますし、私の考えなどコタのおならみたいなものですからお気になさらずに。でもちょっと、そんな恐怖の怪獣映画、観てみたくないですか?

で、今日のお話には、ちょっと仕掛けを施しました。
お気づきと思いますが、今日の記事は怪獣を扱っているにも関わらず写真が一点もありません。何故かお分かりですか?
前述のお話で私が妄想した怪獣のデザインを、皆さんにも空想して頂きたかったからです。こういう場合、写真を一点でも載せてしまうと、イメージが限定されてしまいますから。
さて。恐怖を凝縮したような怪獣のシルエット、皆さんのご意見もお聞きしたいですね。

私ですか?勿論考えてますよ。
その答えは、現在継続考案中の「G×G」でお目にかける事になるでしょう。
あのネタは決して忘れてはいません。
結構しつこいんです、私(笑)。

2007年8月23日 (木)

矢追な夢でいいじゃない

Photoねえねえコタちゃん、
ネットですごいビデオ見つけたよ。
ちょっと見てみて。

んもー。またおねえちゃんの
しゅみのやつでしょー。
しょーがないなー。
すぐおわる?


まーそう言わずに。だまされたと思って。
http://videocast.yahoo.co.jp/player/blog.swf?vid=288230376151836041"

Photo_2ねー、すごいでしょー。
おねえちゃん、
こどもじゃないんだから。
だめだよ。いつまでも
こういうのみてちゃ。

あ、粋じゃないなー。
夢よ夢。いいじゃない夢で。
Photo_3
はいはい。わかりましたよ。
わたしのうしろすがたもツチノコだっていってたもんね。

あっ、この写真のブレ加減!
UMAっぽくていいわー。
(今日はちょっと涼しくて、おバカもちょっとクールダウン(笑)。

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2007年8月22日 (水)

小さな才能

「あー、これ、やってみたかったなー。」
地元のニュースで採り上げられた、ある話題。
小学生の子供達が、夏休みを利用してデジカメで短編映画を作る、という課題に密着したリポートでした。

子供達は5人程度のグループに分かれ、グループ内でシナリオ担当、監督、俳優などを役割分担、最終的に編集まで行い、2分程度の作品を作り上げるという課題内容です。
この課題のミソは、あくまで劇作品にこだわった所。
いわゆる「スナップショットの寄せ集め」ではなく、ちゃんとストーリーとして成立させなければならない。物語を創作していく難しさを子供達に教える意図があったようです。


リポートは子供達のシナリオ会議からロケハン(本当にやるんですよ(笑)、さらにロケ風景、出来上がった作品の上映までを追いかけていました。
実際、一つのグループの作品をオンエアした訳ですから、そのグループの監督さんはこれでテレビデビューした事になる訳ですね。いやー私と同僚(笑)。楽しいリポートでした。

今は一般家庭にもデジタルビデオカメラが普及し、誰でも動画撮影が簡単に出来るようになりましたね。こういう課題が実現できるのは、そういったデジカメの普及率が大きな背景にあるのでしょう。いい時代になったものです。
私が子供の頃には夢のまた夢。私が今の道を目指し、町中を探し回って売れ残りのフジカシングル8を入手、宝物のように大事にしていた頃が懐かしく蘇ります。
なんだかこんなお話は、ものすごく昔のような感じがしますね。でもほんの30年ほど前は世の中こんな状況だったんですよ。ご存知の方も多いでしょうね。

「小学生の頃から、物語を紡ぐ喜びに触れる事。」
これは私達映像業界に生きる者達にとって、ある種の憧れと感慨に通じるものがあります。
「ネヴュラ」読者の皆さんは、小学生くらいの頃に憧れた職業や、「自分はこんな道に進みたい」なんて漠然とした思いをお持ちだったでしょうか?


実は私、正直に言いますと、小学生の頃なんてそんな高尚な思い、まったくありませんでした(笑)。ただ毎日のように友達と怪獣ごっこやヒーローごっこ、ノートの片隅に漫画などを描きまくっていた普通の子供だったのです。ただ後々思い返してみると、その頃の遊びにはなぜか、今の職業に繋がる様々な思いが芽生えていたような気もします。
怪獣ごっこにも必ずストーリーを作り、遊ぶ相手と役割分担をしてみたり。
毎年、年度末に学級毎に行う「お別れ会」には友達同士でグループを組み、その出し物は必ずコント風の寸劇。脚本から演出までを担当したり。
誰に言われるまでもなく、どちらかと言えば演じる方より演じさせる方、物語を作り上げていく役割に興味があったようなのです。


その思いが結局、過去の映画や名作テレビドラマの脚本、演出技法への興味へと繋がり、オタクな趣味へと私を染め上げてくれた訳ですね(笑)。

実際の所、今も私は映像作品や舞台作品を鑑賞する際も、演者より演出に対する興味の方がはるかに大きくなってしまいます。演者は『演出意図を作品内でどこまで具現化しているか』という意味の「表現者」という意味にしか捉えられない。演者の出来・不出来は「演出意図の表現」という部分に集約されてしまうのです。
「ネヴュラ」で映像作品についてお話する時、キャスト・俳優らについてほとんど言及されないのは、そんな私の性癖が関係しているのでしょう。


正直な所、私の中では「作品は脚本、監督で決まる」という絶対的な判定基準があります。演者に対しては「この脚本、演出をどこまで理解しているか。演出の要求をどこまで租借して自分の中に採り込んでいるか」が評価の対象になります。演技の上手い、下手はその次。まず「的を得た演技を見つける才能」を見る訳です。
そのレベルにさえ到達しない演者は評価の対象として見る事ができません。

(読者の中で演者のお立場にいらっしゃる方々、決して皆さんの存在意義を軽く見ている訳ではありませんよ。皆さんが居なければ作品は成立しない。皆さんは言わば作品表現の要と言える訳ですから。)

子供の頃からそういった嗜好、性癖を持つ私が今の職業に就いたのも、今考えれば半ば当然だったのかもしれませんね。ここでお話したいのが冒頭のニュースの事で。
小学校の頃から映像作品を一本作り上げる経験をするという事は、関わった子供達に「自分はどのセクションへの興味があるんだろう」という事を考えさせるいい機会じゃないかと思うんですよ。

映像作品はシナリオ、撮影、演技、編集など、様々な行程を経て作り上げられます。例えば自分は台本を書くことが楽しかったとか、カメラアングルを決める事が楽しかったとか。
もちろん演じる楽しさ、小道具などを作る楽しさもあるでしょうし、もっと言えば「自分はこんな事より、運動場でサッカーやってる方が楽しいや」でもいいと思います。自分がこの課題の、どの部分に興味を惹かれたのかを掴む事。それを子供のうちに知っておく、いや、感じておく事は、将来にものすごく影響する事じゃないかと思うのです。


私たちが子供の頃には、まだそこまで映像製作が身近ではなかった。小学館の学習雑誌に付いていたセルロイドフィルムの「幻灯機」なんてものを暗い部屋で壁に映写、感動のため息を漏らす程度が精一杯でした。
夜、床についた時など、必ず「自分だけの超大作映画」を瞼の裏で毎日上映、そのまま「夢のロードショー」までなだれ込む習慣は今も残ってしまっています(笑)。

そういう「自分の夢に気づく」時の年齢は、若ければ若いほどいいんじゃないかと思うのです。うまく言えませんが。

実際痛感しますが、私は決して映画やテレビドラマの紹介や感想、解析などに長けているとは思っていません。むしろ下手な方でしょう。観方が極端に偏っている上かなりの舌足らずですし。(知ってるよって(笑)。
で、どちらかと言えば「物語を創作する」方が好きなんです。
「妄想」とも言いますが(笑)。
以前からお聞き頂いている下らないオリジナルストーリーや、最近多い「コタコント(笑)」などはその思いの表れなのかもしれませんね。
過去の名作や他人の作品についての知識は自作を創作する上での言わば「資料」「出発点」であって、そこを語るのは得意じゃないんです。

映画やドラマの評論を発表される名ブロガー諸氏の記事を拝見していても感じます。「おそらく『作品解析』という分野にも向き不向きがあるんだろうなー」なんて。
他人の作品について書く時、私のスタンスは「この設定は自分には思いつかない」「どうやってこんな細かい演技、役者に指導したんだろう」「自分だったらここは違うカメラワークで」などなど、「解析」というよりも「同業者としての探究心」が先に立ってしまうんですね。
作品というものに近づきすぎるきらいがあります。

「感想」は別として、本来「解析」というものは、作品からある程度の距離を置いた冷静な視点から生まれるものと思っているので、私のこの姿勢は解析には不向き。やはり評論家より現場で走り回るのがお似合いなのでしょう(笑)。

冒頭のニュースで採り上げられた子供達も、きっと自分達の思いもよらない才能に目覚めたのではないでしょうか。
実際、凄いですよ。小学生でも才能がある子は、いっぱしのカメラマンもビックリするような素晴らしいカットを撮ります。演技も同じ。台本製作はいわずもがなです。
「これ、本当に子供が考えたの?」と驚くようなストーリー、名ゼリフに出会った経験だって無い訳じゃありません。才能というのは確かに存在するものなのです。
「99%の努力」を超える驚愕の実力には凡人の私など、ただひれ伏すばかり(笑)。


こんな平凡な私などが作品でございなんて、偉そうに番組を作っていられるテレビ界ではいけないのかもしれませんね。子供の内から才能を開花させ、先人の残した名作をも凌駕する素晴らしい作品をものにする新人の登場に期待したいものです。
ただ、今の映像業界には、映像製作の才能だけではどうしようもない事情が横たわる現実もあります。そんな障害(と、あえて言ってしまいましょう)をも乗り越えられる唯一の術を「若い力」と思ってしまうのは、私が年を重ねた証拠なのかもしれませんね(笑)。


とりとめのないお話で申し訳ありません。
子供達の夏の思い出に、いつもながらおバカな思いを馳せてしまいました。

2007年8月21日 (火)

デジャブーな午後

Photo 先日、お店のおばさんに勧められて買っちゃったタコ焼。
24個も入って200円。安い!

Photo_2
直径、約3センチ。
ちょっとミニサイズ。
カリッとした表面がギョウザみたい。でも中はトロトロ。
しょうゆ味。
でもこの形、
とっかで見たような。

Photo_4やっぱりね。
おねえちゃん、おしりからとるのはやめてよね。








Photo_2
いま、わたしはだいじなじきなのよ。
チュー学館から写真集の話がきたら、そういうしゃしんはこまるのよ。

いやー私の経験上、
そういう事には・・・



Photo_6
ほんとにもう。
あっそのポーズ。それもどっかで見たような・・・
Photo_7 これだったかな?

あっかわいい。こういうのよー。
おねえちゃん。わたし、こういうろせんをねらってるのよー。
Photo_8
いや、こっちだった。
おねえちゃん・・・
でもひぐち監督にとってもらうのもいいかな。いがいに。
どこまでもプラス思考ね。発想はともかく(笑)。

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2007年8月20日 (月)

クリエイターの看板

読者の皆様、ご心配おかけしました。
昨日一日、部屋でおとなしくしていたおかげで、なんとか持ち直したようです。
まだ完全に回復した訳ではありませんし、この残暑で元々体力を奪われる毎日ですから、無理せずゆるゆるとやって行こうと思います。
コメント頂いた方々含め、皆さんに感謝致します。

さて。昨日、閉め切った部屋の中で、やや熱っぽい体を持て余しながら考えていた事がありました。
まー大した事でもありませんが。

体の熱も頭に回り、いつも以上におバカかもしれません。
お許し下さいね(笑)。
先日、お仕事のスタッフと打ち合わせしていた時のお話です。


「鼻を手術する事にしたんですよ。」彼はそう言いました。
「えーっ、どうしてですか?」驚く私。
「この鼻、大きすぎるでしょ。ちょっと小さくしようと思いまして。」彼はそのセリフの後、一際大きく笑いました。「ウソウソ(笑)。」

実は、彼が昔から悩んでいた鼻づまりや鼻炎などを緩和する為の手術だそうで、以前にも一度行った事があるそうです。
今回は二度目の挑戦。

「あの手術を受けるとしばらくは鼻が塞がっちゃって、鼻呼吸が出来なくなるんですよね。
口だけの呼吸になるんですよ。以前なんて食事中はパニックで。だって口では物を食べてるのに呼吸しなくちゃいけないわけでしょ?」
「なるほどねー。想像した事もないなー。風邪とかで鼻が詰まった状態が続くわけですか?」
「そうそう。怖いですよー。空気がなくなったみたいで。」

そんな会話になったのには理由がありました。
以前、お盆進行でお仕事のスケジュールが変わった事をお話した事があったと思います。
その影響が彼の所にも来たと思って下さい。
彼はいわゆる「CGタイトル担当」。番組のタイトル文字をはじめ、番組内で流れるスーパー字幕などを作るエキスパートです。ディレクターは彼にスーパー原稿を渡し、彼は編集作業日までにそのCGスーパーを完成させる。
言わば番組制作の詰めの部分に無くてはならないセクションの担当者、という訳ですね。

通常、私の番組のCG担当は、彼を含む二人のスタッフで回しています。編集日にはいつもどちらかのスタッフがスタンバイし、スーパーを入れる際の不測の事態に備えてくれる事となっている訳です。
「スーパーの字幕なんて事前に原稿を渡して作ってもらうんだから、編集の時には出来上がってるんじゃないの?別にスタッフは居なくてもいいじゃん。」と思うでしょ。
ところがそこがテレビの恐ろしい所。こればっかりは経験者でなくては分かりません。
編集時の様々な都合で、スーパーの文面や出し方、位置が変わるなんて事は当たり前なのです。ですから編集時、CG担当者には絶対居てもらわなきゃ困ると。

その編集日が、彼の鼻の手術日と重なってしまったという訳です。
「三ヶ月も前から予約してあったもので。」すまなそうに話す彼に強くは言えません。
「じゃー、もう一人の彼は?」尋ねる私。その時「もう一人の彼」はその場に居なかったんですが、説明する「鼻の彼」の顔は一際曇りました。

「いやーその・・・言いにくいんですが・・・」


「コミケ?」
久しぶりに聞く懐かしい言葉に、私は意外なほど驚いていました(笑)。
どうやらそのもう一人のスタッフは、私と同類の「オタク」な趣味人だったのです。

「鼻の彼」はそちらの趣味についてはあまり明るくないらしく、「コミケの彼」については非常に興味深そうに話し出しました。
「これ、見てみて下さい。」「鼻の彼」がクリックしたパソコンの画面には、見た事もないコスチュームに身を包んだ「コミケの彼」の姿が。
『ONE PIECE』にちらっと出ただけの、ものすごくマイナーなキャラなんだそうです。奴はこういうコスプレで同人誌を売る事が何よりの楽しみなんですよ。」
「鼻の彼」はその言葉と共に、深いため息をつきました。


「ONE PIECE」には詳しくない私。そのキャラの名前も知らなければ、そのキャラをコスプレする事の「濃度」も分かりませんが、「コミケの彼」の意気込みはその写真から痛いほど伝わってきます。
「今度の編集日、このコミケと重なるそうなんですよ。何ヶ月も前からブースも予約してあるそうです。」「鼻の彼」のため息はますます大きくなるばかり。

「まあしょうがないですね。スーパー直しが無い様、こちらでなんとかします。」
「お盆進行」のしわ寄せとは言え、「鼻の手術」と「コミケ」では仕方がないと。その日を編集日にした私も悪かったんですから。苦笑いと共に、私は謝る彼の申し出を受けました。


実は私、「コミケ」なるイベントに行ったのは二十数年前に一度だけ。それも地方で開催されたごく小規模のものでした。当時はまだコミックス・アニメーション・特撮等の住み分けがなされておらず、私の守備範囲・特撮関係のファンジンなどは、このコミケでなければ手に入らなかったのです。「ワンフェス」「トイフェス」などが盛況を見せる、はるか以前の事でした。
現在、東京などで開催されているコミックマーケットは、当時よりさらにジャンルが先鋭化、細分化され、世代交代もあって、おそらく私の窺い知れないイベントと化している事でしょう。同類とはいえ、そちらの方面には元々さほど興味の無かった私は、今のコミケそのものにはまったく食指が動かないのです。
ただ趣味としては極めて近い事も確か。
その言葉をここで聞くことになろうとは。

まあ、考えてみれば無理もありませんね。
私が生業とするテレビの業界は、元々映像や紙媒体などの創作物に心を惹かれた人々が集まる所。石を投げればオタクに当たる世界です。ましてやCGルームで日夜パソコンに向かうスタッフ達ですから、そんな趣味人の一人や二人居ても何の不思議もありません。
逆に、居ない方がおかしいのです。
その「鼻の彼」のため息交じりの説明を皮切りに、私も堰を切ったように怪獣への熱い思いを語ったのは言うまでもありませんでした(笑)。

「えっ?怪獣のコスプレですか?」心なしかちょっと鼻が膨らんだような彼(笑)。
「いや、この暑い中着ぐるみに入る度胸はありませんが。私の場合、作品の脚本や演出に興味がありまして。」
そんな私の言葉に彼の鼻はいっそう膨らんで(ちょっと可愛そうですね。ごめんなさい。)
「それは全然良いじゃないですか。貴女は今ディレクターなんですから。自分の趣味を仕事に活かしている訳でしょ。」

「でもその「コミケの彼」も、自分の趣味をCG作成に活かしているんじゃ?」
ところが私のその問いかけに、彼は大きく首を振ったのでした。


「いやー私、奴のこの趣味を知ったのはごく最近なんですよ。もう二年の付き合いなのに。」
パソコンのコスプレ写真を見つめ、彼はそうつぶやきました。
「実際の所、こういう才能と情熱があるんなら、もっとそれを仕事に活かせてもいい筈なんですがねえ。それがさっぱりで。やっぱりコスプレとCGって違うジャンルなんでしょうか?」

同類と思われ(笑)逆に聞かれちゃった私はちょっとアタフタ。
「いやー共通するものはあると思うけどなー。逆に、彼がこの趣味を二年間も隠していた事に問題があるのかもしれませんね。話しやすい雰囲気作りと言うか、もっと彼を伸ばす環境を作ってあげるべきかも。」


そんな答えを潮時に打ち合わせは終わりました。「コミケの彼」についてまた相談させて下さいと話す「鼻の彼」。同僚を思いやる彼の人となりが心地よい一時でした。

今まであまり考えた事がなかったんですが、私は初対面の相手にも自分の趣味を話す事が多いです。ディレクターという、コミュニケーションを武器とする商売柄かもしれませんが、とりあえず自分の趣味・嗜好を相手にわかってもらう事が、より良い人間関係の第一歩と思っています。
確かに最近は世代交代もあり、私たちの世代がビジネス上の中核をなす事が多い為、「趣味は怪獣、ヒーロー」と公言してもそれほど引かれる事はなくなりましたね。ただ、以前県庁に勤める学生時代の同級生から言われた「それはお前がテレビ屋だからだよ」という言葉も的を得ている部分はあるでしょう。
何かとお堅い公務員の世界では、鉄腕アトムの柄をあしらったネクタイを締めていただけで変人扱いされるそうで。いやー私なんかそんな世界に居たら、一日で「鼻の彼」のように窒息しちゃうかもしれません(笑)。


いわゆる業界人と呼ばれる人たちは、確かに一般企業に勤める方々と比べ浮世離れしている部分があります。
「常識をどこまでひっくり返せるか」が彼らの命題でもあり、「面白い事」への嗅覚を鋭く持っている事が、この業界で生き抜く術でもあるからです。
そんな業界の末席を汚す私も、他の方々から見ればかなりの変わり者に見える事は間違いないでしょう。
そりゃーそうですよね。「女子な男子」ですから(爆笑)。

私の周りの仕事仲間にも一人として常識人と呼べる人は居ません。どんなに普通に見えるスタッフも、一皮剥けば呆然とするようなエピソードを持っています。
そんな癖の多いスタッフばかりですから、普段でも事件が起きない日はありません。それが必ずしもプラスに働かない事だってあります。前日お酒を飲みすぎて今一つ調子の出ないカメラマンだって居ます。
ただ不思議な事に、そういうアウトサイダー的な存在に限ってミラクルプレーをする事も多いんですよね。要は結果の振り幅が大きいという事です。
ディレクターだって同じ。乗れる企画とそうでない企画で、作品の出来は天と地ほど違うのです。


ですからディレクターはじめスタッフは「自分の売り」を主張する事にやっきになります。
ディレクターなら自分の得意なジャンル、カメラマンなら動体視力の良さ、オーディオマンなら耳の良さ、などなど・・・
「この分野なら誰にも負けない」という強力なアピールが、私達テレビ屋の看板なのです。
確かに、誰がやっても同じお仕事をこなせる最低限の実力は必要。ただそれを越えてなお認められるだけの看板がなければ、この業界では生きてはいけない。

こういう事って映像関係の専門学校などでは絶対教えてくれませんが、実はクリエイターにとって一番大事な事なんじゃないかと思います。
私もこの業界に入る時、局の面接官に聞かれました。
「あなたの売りは?どんな番組を作りたいの?」


ただ与えられたお仕事を漫然とやっているだけでは、この業界に居る意味はないのかもしれません。
「このジャンルだけは誰にも負けない」という強い自負。それを現実に実践できるだけの情熱。テレビが「夢の玉手箱」と言われなくなって久しいですが、作り手たちはそんな現状の中「自分がテレビと関わった証」を残そうとやっきになっているのです。


冒頭の「コミケの彼」は、きっとその事にまだ気づいていないのでしょう。彼がその情熱を自分の業務に向ける気持ちになった時、周りも彼の実力を見直す筈です。
そんな事を考えながらわが身を振り返ると、ちょっと反省してしまう事もありますね。
「私はどこまで、自分の看板を磨いているんだろうか」なんて。


以前ほど企画立案に関して積極的になっていない自分。
怪獣趣味を番組に活かす為の努力を怠っている自分。
これで怪獣好きなんて言えるんだろうか。
自分には「夢を現実化できるかもしれないルート」があるんだから、普通のファンよりは恵まれている筈なのに。それを忘れていたのかもしれません。
「コミケの彼」の事を他人事とは思えませんね。
「ネヴュラ」でお話させて頂けるコメンテーターの皆さんのご意見、特撮作品への熱い思いを、ほんの少しでもブラウン管へ反映させる情熱を持たなきゃ。


ちょっとそんな事を考えてしまいました。つまらないお話でごめんなさい。
今度、「コミケの彼」に聞いてみようかな。
「あなたの売りは?」

2007年8月18日 (土)

高低差16℃の恐怖

・・・無茶しすぎまして。
風邪なのか熱中症なのか。


昨日、局内の編集室に6時間居ました。
編集室は6畳ほどの狭さの上、機材が正常に稼動するように、室内の気温を24℃以上にしないよう設定されています。
その編集室を初めて使った私は、そんな事などつゆ知らず。

Tシャツ一枚で居たんです。6時間。ほぼ一歩も出ず。
そりゃー外は35℃以上なんだもん。
上着なんて発想、ありませんよ。
狭い室内は設定温度以下に体を冷やし、もー寒くて寒くて。
「寝たら死ぬかも。」頬を叩きながらの編集作業。

今日はちょっと頑張っちゃって、朝からいつものサウナスーツでウォーキング。
またまためまいが襲って来るほどの暑さ。
きっとその時の私の体温は、40℃を超えていたでしょう。

ウォーキング後、ぬるめのシャワーでクールダウン。
その後エアコンを切ってちょっと午睡。
目を覚ました時、どうも体が不調で。
軽い悪寒と頭痛が引かなくて。
テレビで見た「屋内熱中症」の言葉が脳裏をよぎります。
頭痛がその前兆って言ってました。

そりゃーそうですよね。昨日と今日の体感温度差、16℃。
いくらおバカの私でも、この温度差は予想以上のダメージかも。
いい年して最悪の体調管理。ちょっと今日は寝かせて下さい。

枕元にはいつも元気なコタのケージが。
今の私には、それだけが励みです(薄幸の女性風微笑)。

2007年8月16日 (木)

夏バテ知らず

Photo_7 おかえりーおねえちゃん。
ただいまー。
コタちゃん、今日あまりに暑くて
部屋で液状化してると思ったのに。

しつれいねー。ワンサくんじゃないよ。
Photo_8 今日はロケだったけど、夏バテで食欲なくてねー。
お昼はこういうあっさりメニューにしちゃった。

あっ、ずるい。おねえちゃんばっかり。

Photo_9
あっ、うらめしや~のポーズだね。
もうお盆もおわりだよ。

おねえちゃん、いいパートナーシップはいい食生活からはじまるのよ。
わたしだって夏バテなんだから。

ごめんごめん。
今度ごちそうしてあげるから。
Photo_11 よーし。それまでにおなかをへらしておかなきゃ。
あんた、全然夏バテしてないじゃないの(笑)。

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2007年8月15日 (水)

飛び立つ蝉のように

それは昨日の夜の事。
部屋の隅でカサコソ大きな音が。

例によってゴ○ブリが遊んでいるのかと放っておいたのですが、それにしても音が大きい。
コタちゃんに被害が及んではと心配し、ターゲットを探しにあちこち覗いてみました。ところがどこにも居ない。
やがて場所は特定できました。
音のするのはベランダに出るガラスサッシの所。間違いないのに、そこには何も居ないのです。
「お盆で両親があの世から帰って来たにしても、カサコソはないでしょう。」なんて思いながら、その夜は寝てしまいました。
意外にそういうところはお気楽な私(笑)。

今朝。空になったお茶のペットボトルを片付けようとベランダに出、置いてあったペットベトル用ゴミ袋を持ち上げた所、そこに昨夜の音の主が。
もうお分かりでしょう。それは大きなアブラゼミだったのです。


「あーこれなら音も大きいはずだよねえ。」
意外にも蝉ちゃんは力尽きた様子もなく、トコトコとベランダの隅まで歩いてうずくまっていました。それなら一応記念写真を、と思ってデジカメを取り出したんですが、その瞬間、蝉ちゃんは大きな羽音とともに夏空へ飛んでいってしまいました。

完全な作戦負け。こんな所まで蝉が来るんですねー。
マンションの高層階なのに。

記録的な猛暑が続く毎日。エアコンなしではとても過ごせない部屋には一切季節感などありませんが、ガラスサッシを隔てたベランダにはまぎれもない「盛夏」がありました。
蝉の飛び去った夏空は暑く、眩しく、私にある種の既視感を抱かせてくれました。


「ネヴュラ」でも何度かお話しましたが、私は渡航経験がほとんどありません。行った所は中国、香港、シンガポール程度。アジアばっかりです。それもお仕事が多く、とても旅行と呼べる代物ではありませんでした。
皆さんもお分かりと思いますが、前述の渡航先はほとんど年中酷暑に見舞われる国々ばかり。一昨年の夏、愛知万博で取材スタッフとして動いた記憶もあいまって、私には「暑さ」と言えば海外、というイメージが付きまとっているのでした。

今年のお盆は特に予定も無かったので、ここ数日はコタと遊んだり、近くのBOOK OFFで買い込んだ安い文庫本を読み漁る生活を続けていました。溜め込んだDVDを一挙鑑賞なんて事もなく、コタを横に置いてひたすら読書の毎日でした。
夏の暑さがそうさせたのでしょう。お店で本を物色する私の食指はやはり旅物へと動いてしまいました。
Photoこれがここ数日読んだ本。たとえ少しでもアジアを真近に見た経験から、選ぶ本もどうしてもアジア諸国物に偏ってしまいます。
でもいいですよね。全部税込み105円。
まー「100円の旅」という訳です。

お金のない私には海外旅行もおいそれとは出来ません。
わずか3冊315円で、気分は遠いアジアの空へ飛んで行けるのです。この本と熱帯夜のおかげで寝る時間は朝方ばかり。
「時差ボケ」まで味わっています(笑)。


別にこれらの内容をお話しする必要もないでしょう。随分前に書かれたものですし、それぞれの国の印象や風習、現地の人々との出会いを綴った等身大の旅行記です。違う所と言えば著者の年齢くらいでしょうか。同じ国を旅するにしても、旅人の年齢や目的、手段によって国は様々な顔を見せます。完全なスケジューリングの元、ガイド同行、一等客車ばかりの列車の旅と、目的の無いバックパッカーとは全く見えるものが違ってくるのです。
今回の3冊は、その違いを楽しむものとも言えました。

皆さんは「海外旅行」という言葉からどんなイメージを受けられるでしょうか。これも本当に人それぞれ。おそらく一人として同じ答えは無いでしょう。
「リゾート」「異国情緒」「グルメ」「ショッピング」などなど、国内では決して味わえない様々な感動がありますよね。

これはブログという特殊な媒体ならではの事ですが、「ネヴュラ」を海外でご覧になっている方だっていらっしゃるかもしれませんから、私の毎日を珍しく感じられる方だって居ないとは限らない訳ですし。
かように「海外」の響きには大きな誘惑があります。


Photo_2私の場合、渡航地域が偏っている事もあって、どうしても海外と言えば「暑い」「青空」「喧騒」「生命力」そして「危険」というイメージが付きまといます。それはアジア諸国を旅行された方なら頷かれるのではないでしょうか。まーそれぞれの国の表面をちょっと覗き見した私程度の戯言ですから底も浅いですが(笑)。
ただいつも感じるのは、どうも私はアメリカやヨーロッパに比べ、アジアに惹かれる傾向があるという事なのです。
私が夏好きという事もあるのでしょうが、「アジアの夏の夜は、冷房の効いたフィレンツェのホテルで迎える静かな夜とは完全に別物」なんて一文に妙に心躍る所があります。
中国の地方都市、長さ10センチのヒルが廊下にうごめくホテルは確かにそうでした。


なぜヨーロッパじゃないのか。なぜアジアなのか。
それはきっと、私のディレクターとしての性癖が関わっているのでしょう。


いつかお話した事がありました。
「ディレクターの原動力は感動。」
映画やテレビに限らず物を作ろうとする人間は、自分が感じた心の動きを形にしたいという欲求に突き動かされて創作活動を行います。そもそも感動が無ければ創作しようという気にならない訳です。
この「モチベーションの源」が他の業種との違いです。
同じ題材をモチーフにしても、作り手がどこに感動したかによって出来上がるものが全く違ってくる。そういう意味でこの業種は極めて私的なものであると言えましょう。

また、その私的な部分を形にする上での冷徹な判断力も要求されます。
ですからディレクターと呼ばれる人種は極度に感情的であり、またそれを客観的に見つめるもう一つの目も持っています。
でなければ「感動という形のない物を形にする」事は出来ないからです。


その物事のどこが琴線に触れたのか。クリエイティブな刺激があったのか。それはクリエイター一人一人によって違うでしょう。正解などありません。逆に正解が無い事がとてつもなく魅力的であるとも言えます。
「ネヴュラ」読者の方々はもうお分かりの通り、私の琴線に触れるものは怪獣、ヒーロー、ハムスターなどなど(なんて節操のないラインナップ(笑)そしてその中に「アジア」も含まれるのでしょうね。


香港、マカオ、インド、台湾、韓国、タイ、マレーシア等々・・・。こんな国々から受けるとめど無いイメージは、私の創作意欲を大きく掻き立てます。
おそらくそれは「アジア諸国が持つ生命のパワー」から来るものでしょう。

以前、ウルトラ関係のスタッフ対談番組で語られた興味深いお話があります。
「ヒーローというのは、混沌として整備されていない世界に生まれやすい。」
例えば1960・70年代の高度成長期に「ウルトラマン」や「仮面ライダー」が生まれたように。
時代が落ち着きだした1980年代、大ヒットした「北斗の拳」は、核戦争により一度リセットされた世界を舞台としたように。
最近のヒーロードラマの不振の背景は、その舞台となる世界が整備されすぎているからという分析も語られているのです。
乱暴な印象ですが、私には今のアジアは「ウルトラ」「ライダー」前夜に見えてくるんですよ。


Photo_3確かにそのパワーは、訪れた私にはとても新鮮に映りました。
香港。空港からホテルへ向かうタクシー内。指示したホテルの場所が分からず、ガイドの胸元をつかんで逆ギレする熱いタクシードライバー。
「荷物を運んでやる」と言い寄ってきた現地の男性。料金交渉は終わったのに、いざ払う段になって「荷物が重かったから割り増し料金」とふっかけてきました。ここで負けてはと交渉料金で頑張ったらつかみかかってきたので、お金を投げつけて逃げた事も。
こんな事は日常茶飯事。彼らにとって、それらは生きる上で当たり前の事なのでしょう。
アジアはこんな風に人々の息吹が満ち溢れていました。
こういう出来事に会うと、「指示に従う」「定価を払う」という、今まで当たり前に感じていた生活のルールがあやふやになって来るのです。


私はこういう「生きる上でのありあまるパワー」が嫌いではありません。「世の中は隙を作る方が悪い」と言わんばかりの彼らのエネルギーに、やや感動めいたものを感じるのです。
「舗装された道路を走れば快適だけど、デコボコ道のお尻の痛さも忘れてはいけない」といった所でしょうか。いつも心に緊張感は持っているべきかもしれないと。


ちょっど去年の今頃の記事で、中国を訪れた時の模様をお話した事がありました。その時にも少しだけ言いましたが、このアジアの雰囲気は、昔私も味わった1960年代の空気そのままではないかと思うのです。
これまでに読んだ数少ない旅行記、特に世界的バックパッカーの方々の著書にも同様の感想が多く見られました。「日本が経てきた道」「でも日本の人々が忘れてしまった表情」を求めて旅をする彼ら。私は彼らに深い共感を覚えます。

別に郷愁に浸りたい訳じゃないと思います。もっと根源的な事、「自分の力で生きるという事」について考え直せる環境がそこにあるのかもしれません。
あまりにも進みすぎたテクノロジー、生きるシステムがブラックボックス化しすぎた世の中に疲れているのかもしれませんね。
エアコンの効いた部屋で、そんな言葉をパソコンに綴る矛盾もよく分かっているのですが(笑)。


Photo_5 いずれにせよ、十数年前に訪れたアジアの片隅の印象が季節と共に鮮明に思い出せるのは、やはりその時受けた強い刺激のせいでしょう。ただそれだけ時間が経つと、自分の中に残る印象のふるい分けが自然とできて来ますね。
年のせいもありますが(笑)。
今、私の記憶に強く残るのはその土地土地の人々の表情。特に下町でこちらの気持ちが通じた時の笑顔。
ブランドや高級品にまったく興味がない私は、下町商店街のおもちゃ屋さんや模型店、駄菓子屋さんや本屋さんばっかり歩き回っていましたから。

そういう所には自然と子供が集まる。子供の方が表情をはっきり出しますからね。言葉は分からなくても言ってる意味は分かるんですよ。
市場で野菜を売ってるおばさんや、道端で将棋らしき遊びに興じるおじさん達の正直な表情にちょっと安心したりね。
「あー、人間ってこんな風に生きればいいじゃん」的な感動が。


私が見たものは決してその国の本来の姿ではないのかもしれません。アジア諸国が一見の観光客には見せないしたたかさを持っている事もよく分かっています。またきっとアメリカ、ヨーロッパの国々にもそういう場面はあるでしょう。
偏った見方しかできないのはひとえに私の経験不足。これからも見聞を深めていきたいものです。

でも私にとってなぜか、夏は遠いアジアの国々に思いを馳せる季節。こんな暑い日は香港の露店で食べたコッテリ味のあんかけチャーハンが思い出されて来るのでした。

そう考えてみると、どうやら私がしたいのはパックされた「旅行」ではなく、当てのない「旅」なのかもしれませんね。
お金も暇も度胸もない私の、せめてもの心の贅沢。コートダジュールのビーチより、カルカッタの安宿の屋上で星空を眺めてみたいです。ちょっと本に影響されすぎたのかもしれませんね。
相変わらずの単純バカですみません(笑)。


私もベランダの蝉のようにひとっとび、気ままな旅に出たいですねー。今度は食わず嫌いせず、コタの故郷、シリアにでも行ってみましょうか。
そんな無責任な妄想も楽しい、うだるような熱帯夜なのでした。

2007年8月13日 (月)

食いしん坊コタクイズ解答篇

さてやってまいりました。食いしん坊コタクイズ解答篇です。
今回はその模様を写真でご覧頂きましょう。

実況は山田次郎アナウンサー。
解説はオタクイーンでお送りします(笑)。
Photo
さあ勢いよく飛び出しましたコタ選手。
目の前のごちそうを眺めながら作戦を練っております。

Photo_5
ところがコタ選手、ごちそうを避けフレームアウト。
彼女一流の作戦なんでしょうか?
Photo_12テーブルの端からごちそうを狙うコタ選手。
この位置からすると最初の獲物は・・・

Photo_14 おっと!最初に口をつけたのは
冷やしうどんです。
やはりこの猛暑、ハムスターも涼を求めるのでしょうかっ!
Photo_5 続いて間髪を入れず、
ひまわりの種に向かうコタ選手。
彼女の食欲には驚嘆すべきものがありますっ!
Photo_6
しかしここで急展開!
隣の
小松菜には口をつけません!




オタクイーンさん、この展開をどうご覧になりますか?

いやー、何にも考えてないんじゃないですか?
私と同じでおバカですから。
きっとお腹いっぱいなんですよ。
Photo_7

と、そんな事言ってる間にコタ選手、テーブルから消えてしまいましたっ!




オタクイーンさん、これはどういう事なんですか?
あーいつもの癖で。ダイビングしたのかもしれませんねー。
おーっと、コタ選手試合放棄、リングアウトかっ?
Photo_8

場外です場外。コタ選手場外乱闘!
彼女怪獣好きなんですよ。
さすが私の妹分ですねー(笑)。



Photo_9 すかさずコタ選手、怪獣の群れに単身戦いを挑んでいます。
素晴らしいファイター魂です!どうですかオタさん?

ネロンガを踏み台にしてますねー。
奥にはガボラのヒレも見えます。
マグマとファイヤードラゴンを避ける所がオタクとしては今ひとつですね。

あそこは高英男を攻めるべきでしょう。後でよく言っておきます。
Photo_11 いやーオタさん、今回の試合、いかがでしたでしょうか?

そうですねー。彼女にしてみれば、相手はうどんやひまわりでは物足りなかったのかもしれませんね。ありあまる体力をアピールする為の、一種のパフォーマンスだったんじゃないでしょうか。でも場外はちょっとどうかと思いますねー。
場外よりもむしろ、最後に歌の一曲も歌えば盛り上がったんですがねー。


・・・おねーちゃん、それはムリだよ(怒)。

さてそんな訳で(どんな訳なんだか)
今回は
「最初に食べたのは冷やしうどん」が正解でした!
コメンテーターの皆さんは全員正解。さすがです。
でも私もその後の場外乱闘は予想できませんでしたねー。
またまたおバカな企画にお付き合い頂き、ありがとうございました(笑)。
(ちなみに撮影時、コタの動きには一切手を加えていません。)

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2007年8月11日 (土)

盆休み食いしん坊コタクイズ

Photo_3 おねーちゃん、お盆なんだからさー。
ちょっとはおいしいものたべたいよ。。

そんな事言ったって。おねーちゃん貧乏なんだから(涙)。
でもコタちゃん可愛そうだから、ちょっと考えてみるわ。

Photo_4
でも贅沢はできないよ。
この冷やしうどんと・・・



Photo_8 いつものひまわりの種
今日は大盛りね。それから・・・





Photo_6最近コタちゃんお気に入りの
小松菜
これ全部あげる。
豪華フルコースだよ。

すごいじゃんおねーちゃん。
破産しない?


Photo_7
さて皆さん、ここで問題です。
コタちゃんが喜ぶごちそうをこんな風に並べてみました。
はたして彼女はどれを最初に食べたでしょうか?
そしてその後の展開は?

結果は既に撮影済み。お時間ある方はお考え下さい。
今回は特にヒントはありませんが、ハムスターの習性とかはあまり関係ないですね。コタの食い意地の問題です。
けっこう楽しかったですよ(笑)。

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2007年8月10日 (金)

「Q」以前を求める理由

いやー本当に暑いですね。
今朝8時半に出かけたウォーキングでも「今回ばかりは本当に熱中症」と観念するくらいの強烈な目まいに襲われました。

部屋に帰り着き、倒れ伏している間に報じられた「この夏一番の暑さ」なんてニュースに、余計目まいも悪化、思わず氷アイスを二個もたいらげた私。意味無いじゃん(笑)。

先日から、ちょっとお仕事のスケジュールがバタバタしていまして。
いわゆる「お盆進行」という物
です。明日辺りから世間はお盆休み。私のスポンサーもお休みに入る為、その前に台本チェックなどお仕事が重なっちゃうという訳です。
それもようやく昨日でメドが立ちました。後は私もお盆休み。ただフリーにはお休みという概念はありません。「お仕事があるかないか」だけですので、「お盆明けまでヒマ」というのが正しいですね。
ともあれこれは毎年の事なので、私も世間並みに羽根を伸ばさせて頂こうと。
(いつも遊んでるんだろうって?私だって色々あるんですよ(笑)。


Photo先日のお話でもちらりと触れましたが、最近私はこの手のDVDに凝っています。これは言わずと知れた「月光仮面」。まあ知らない方はいらっしゃらないでしょう。
日本で最初のスーパーヒーローとして今も人々の話題に上る番組です。

でも、「ネヴュラ」読者の皆さんの中で、この「月光仮面」についてお詳しい方って、意外に少ないんじゃないでしょうか。
かくいう私も、この頃の番組についてはまったくと言っていい程不勉強です。

なにしろこの「月光仮面」、本放送は1958年。もちろん私もまだこの世に居ません。随分昔に再放送で見たことはありますが、その頃の記憶さえ不確かなほど過去の事です。
おそらくこの頃の番組は、私たち第一次怪獣ブーム世代以前に子供時代を過ごされた方々にとっての「思い出の番組」なのだと思います。「月光仮面」から「ウルトラQ」まで8年。子供にとってこの8年の差は非常に大きなものなのです。

時は移り1990年代。レーザーディスクによる過去作品のソフト化に伴って、これら1950年代のテレビ冒険活劇は続々と商品化されました。しかしながらこの頃の作品は話数が非常に多く、全話コンプリートで商品化すれば恐ろしく高額になってしまう為どこのメーカーも手を出しづらく、勢い「傑作選」と称する数話リリースとされてしまいました。放送当時の大人気がここへ来て仇となってしまった訳ですね。

さらに時は過ぎ21世紀。現在の映像ソフトの主流、DVDは、生産コストも安く手軽にリリースできるとあって、この手の商品に再び脚光をもたらしました。
版権の事情などは窺い知れませんが(まだ50年経っていませんしね)一枚500円という低価格でこういう貴重な作品を手軽に所有できる事は本当に嬉しいものです。
現在、この「月光仮面」の他にも「快傑ハリマオ」他の作品がほぼ全話コンプリートの勢いでソフト化され、LD時代には想像も付かなかった低価格で揃えられる訳ですから、これに感動するなと言う方が無理というものです(笑)。

ここで読者の皆さんは大きな疑問を持たれるのではないかと思います。
「なんでそこまでして自分が生まれる前の作品を見たいの?
それは子供時代に見た「思い出の作品」でもなければ、歴史に残るほどの超名作でもないんじゃないの?」


えー、実はその通りです(笑)。確かに今のヒーロードラマを見慣れた目でこれらを見れば、それはもう時代劇にも等しいくらいの超レトロテイスト。ドラマの進行も遅ければ、目を見張るような特撮も使われていない。カット割りも平板で、ストーリーを成立させる最低限の演出手法しか駆使されていません。
そんな退屈な作品をなぜ追いかけるのか。
これはひょっとすると、私達のようなマニアが辿った道が関係しているのかもしれません。


1980年。実写マニアが渇望していた雑誌「宇宙船」創刊時、私たちは古今東西のSF・ヒーロー作品について、体系だった資料を何一つ持っていませんでした。今のように各家庭にネット環境が整備されている訳でもありません。古本屋を漁り、マニア同士の記憶を辿って、不完全ながら資料らしきものを作り上げていったのです。当時「宇宙船」に寄稿するマニアの多くは、独力でそれらの資料収集や作品解析に臨んだファンジン経験者だった事が、その事実を証明しています。

当時はまだ今のように「ジャンルの細分化」などがされていませんでした。
H.Gウェルズの「宇宙戦争」について語る人が、次の瞬間「ナショナル・キッド」について一家言述べるなんて事は当たり前だったのです(ついてきてますよね(笑)。

私達マニアは、とにかくその手のジャンルについて語れる場がある事が嬉しくってしょうがなかった訳です。しかも上の世代との交流があった。
そりゃそうですよね。今のように資料など整備されていませんから、昔の事は年長者に聞くしかない。自然と「ジャンル作品を歴史的観点で紐解く」という癖がついてしまっているんです。


こういう試みは、映画では既に確立されていますよね。
私が拝見する幾多の名ブロガーさん達のブログでも、映画の起源まで遡ったプロデュース・ディレクションの研究が盛んになされ、私も勉強させていただく事が多いです。

実は最近は、こういった研究はテレビ作品でもされるようになってきました。ただ本当に残念な事なんですが、テレビについては作品数があまりに膨大な為(作っていて分かります)研究対象になる作品はちょっと偏っているような気がするんですよ。
それは仕方がない事ですよね。つまり「作品そのものを見ることが出来なければ研究も何もあったものじゃない」という事です。


1980年代、ファンジンや「宇宙船」を読み漁っていた私が当たった壁がこれでした。年長のマニアが評論文中「あれは云々」「これはどうの」と語る作品を見る事が出来ない。なにしろこの手の冒険活劇は生まれる前の作品である上、モノクロ作品ゆえ再放送もままならない。さらに悪い事には「見る事が出来ない作品って余計見たくなる」訳です。
「作品は体系立てて見なければならない」と教えられるゆえ「マニアとしては見ておかなければいけない作品」が山ほどあった訳ですね。当時の私には。


全ての方ではないでしょうが、最近のファンの方々は、こういう体系だった考え方をあまりされないと言われます。
たとえゴジラシリーズでも昭和のゴジラは関係なくて、平成ゴジラやミレニアム以降を愛好されている方も多いと聞きますし。「自分達の世代の作品ではないから」という理由で鑑賞作品から外されるようですね。

私などにはこれが出来ない。例えば「ウルトラQ」について語るのなら、「WOO」の顛末は勿論、最低限「アゴン」は見ておかなければとか。「大海獣ゲボラ」を調べないと、とか。「S.Fモンスター作戦」「STOP・シリーズ」は・・・そういう風に考えてしまうんですよ。作品単体で語る事が出来ないと言うか。
これは一種の弊害と言えるかもしれませんね。別にこんな事をする必要は無いですし。


ただそうする事で、作品という物が企画され、作られていく過程を鳥瞰することはできるのかもしれません。
「月光仮面」を見てなんとなく思ったのですが、日本のスーパーヒーローの歴史はまずおそらく探偵小説と時代劇から始まっているなー、とか、そういう事が分かってくるんですよ。そういう事が分かると、歴史を追っていく事が楽しくなってくるんですよね。

「ウルトラマン」が新しかったのは、探偵物や刑事物の香りを残した科特隊の設定にスーパーマン的存在が加わったからだとか、「仮面ライダー」はそのまんま東映時代劇のフォーマットだなーとか。「ルパン三世」第一シリーズは「スパイ大作戦」の影響下にあるなーとか。これは作品内だけを楽しむ方にはご興味ない事かもしれませんが、私などはそんな背景を思いついては喜んでいるおバカなので(笑)。

Photo_2ですから過去の作品は、見る度に新たな発見があるんですよ。決して古い作品ではない。先人が教えたかった「作品を体系立てて見る」というのはこういう事なんだなーと、今になって思います。
実はこうした過去の作品の中にだって、最近の作品には表れない「新しいアイデア」が山ほど盛り込まれているんです。
そのアイデアが埋もれているのは、それを最近の作品にうまく取り込む事が出来なかったからと思うのです。

Photo_3実際、凄いですよ。この「まぼろし探偵」(1959年)なんて。
この番組、原作が桑田次郎であるとか、主人公が乗るメカが成田亨デザインとか、吉永小百合が出演しているとかそういう事ばかりが話題に上りますが、私はそんな事には目もくれず(笑)。


Photo_8 このドラマの主人公「まぼろし探偵」は、敵を短時間痺れさせるだけの「電波ピストル」という武器を使います。決して敵に傷をつけない。彼はその事を誇りにしているんです。


「相手を叩きのめして勝っても、それは相手にとってプラスにはならない。」殺傷力の強い武器を持つ事も出来るのに、あえてそれをしない。

これは先輩格の「月光仮面」でも、「憎むな。殺すな。許しましょう。」というキャッチフレーズとして表れていますね。
「ウルトラマンが格闘戦ですぐにスペシウム光線を発射しないのは、怪獣を殺したくないから」という、私の願いにも似た解析は、「まぼろし探偵」で既に実践されているのです。


Photo_2「少年ジェット」(1959年)に於ける「シリーズを通しての好敵手」の設定は、最近の作品ではあまり活かされていないのではないでしょうか。
なにしろそれらの好敵手達は主人公、少年ジェット以上にキャラクター性が強い。「ウルトラマン」の主役は怪獣であるように、「少年ジェット」の主役は敵役(悪役ではなく)なのです。

Photo_7こういう作品群が手軽に見られるのは私にとって本当に有難い事です。最近一番ハマっているのは前述の「まぼろし探偵」ですが、これはおそらく全58話がソフト化されているもよう。DVDは全12巻ですから、ゆっくり見ていけば結構楽しめると思います。
また冒頭の「月光仮面」など、現在新たに「マンモスコング篇」がリリース。これは日本のテレビ特撮番組史上、初の怪獣登場篇です。ぜひ見ておかなければ(笑)。


現在では、私のようなオタクは少なくなったような気がします。ネットで検索しても「まぼろし探偵」や「少年ジェット」の設定、作劇について語る記事はほぼ皆無ですから。
寂しい限りです(涙)。

でもこういうおバカが一人ぐらい居てもいいんじゃないかと思うんですよ。ウルトラやライダー、70年代の作品群に比べて、この50年代作品は語る人が少なすぎる。
今回のDVDリリースはそんな私の強い味方です。

いずれ、「まぼろし」や「ジェット」について熱く語る日もあるでしょう。
そんな時は皆さん、時代遅れのオタクの独り言とでも思って、大目に見てやって下さいね(笑)。

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2007年8月 7日 (火)

2007真夏の小ネタ

Photo とりあえず、まずはこのネタで。45年ほど遅いですが(笑)。

ご覧の通り、これは1962年公開「キングコング対ゴジラ」の宣材、暑中見舞いハガキです。写真は当時の物の復刻。

この映画、封切日が8月11日だったこともあり、こうした夏向きの宣材が数多く作られたようですね。
私はこのネタを11日の記事に使おうと思っていました。でも今日のニュースを見てビックリ。このハガキ、今日までしか使えないじゃありませんか。


明日、8月8日は二十四節気の「立秋」
明日からは時候の挨拶が「暑中」から「残暑」に変わるそうなんですねー。知らなかった。
ですからこの「暑中見舞いハガキ」も今日までしか使えないと。
いやーまだこんなに暑いのに。もう秋の声なんて。


昼間、お仕事の合間に覗いた駅ビル。レディースウェアのブティックが軒を連ねるそのビルをウロウロしていると、不意に館内放送が。

「先ほど●階、ブティック●●で『タンク・パーカー・ロンT』をお買い上げのお客様。
お伝えしたい事がありますのでレジまでお越し下さい。」


『タンク・パーカー・ロンT』。意味は分かるけど、三つ並んだそのリズムが

妙な語呂の良さ・アナウンス女性の上品すぎる「デパート口調」も手伝って、まるで新しい商品のように聞こえました(笑)。



夕方、何気なく点けていたテレビで。
ローカルニュース・夏の涼を求めてみたいな特集で、三重県の赤目四十八滝を取材。

そこでは名物「へこきまんじゅう」をリポート。
忍者を模った一個100円のおまんじゅう。
「へこき」の由来は、生地そのものにサイコロ大に切ったサツマイモを入れている事から。まあそれは別に何て事もなかったんですが、笑ったのは次の商品。


リポーターが示した指の先には手書きで
『忍法へこきあいすの巻き 250円』の値札。
サツマイモを練りこんだ生地によるシューアイス風の新製品。
夏にピッタリ。

それにしても「へこきあいす」という商品名に、「忍法」と「の巻き」を付けるこのセンス。素晴らしすぎる。
まさにツボ(笑)。こういうの大好きなんです。
子供の頃、駄菓子屋のおばあちゃんによく言われた
「はい、おつり十万両」を思い出しました。
これが観光地テイストですよね。

さすが忍者の里・伊賀。
なぜ「忍法」で「巻き」なのかを尋ねてはいけません(笑)。



Photo_4 ちょっとした時間で読めちゃう文庫本が好きで。
今日もこんなのを買っちゃいました。
阿刀田高は「サミング・アップ」の昔から好きなんですが、最近は選者に回る事が多くてちょっと残念。
これも応募作をまとめた物。


この手のショート・ショートは、一篇が2~3分で読めちゃう所がお気に入り。
洒落たオチを見せられるとちょっと得した気分もあって。

でも今日読んだこれは、何故かオチが消化不良ぎみで。
「~らしい」「~と思う」なんて歯切れが悪い。

「なんでー?」と思い選評を見たら、これは「実体験を元にしたお話」との事。よく見れば帯にも書いてあるじゃないの(笑)。
道理でオチに反してディテールが細かいと思った。
実話が元だったのね。


そう思って読み直してみるとまた新たな読み解きができそうで。
「なるほどー。実話ってこういうもんだよねー。いくら怖くても理由ははっきりしないもんだよね。」
帯ひとつでコロリと変わる単純な私。
騙されてあげるのも大人の遊びです(笑)。


Photo_5 件の文庫本と一緒に見つけたのが、オタク魂爆発のコレ。
いつかお話した「月光仮面」「少年ジェット」もそうでしたが、私はこの手の子供活劇も大好き。

ただ決して本放送で見ていた年ではありません。誤解なきよう(笑)。

この作品の感想はまたいずれお話しましょう。
面白かったですよ(笑)。


さて。今日はこんな感じで小ネタをお話しました。さすがに夏バテで(笑)。
ちょっとお仕事の都合もあり、ここ数日は更新が滞るかもしれません。数少ない読者の皆さん、どうぞご容赦を。

(頂くコメントには毎日ご返事差し上げます。
どうぞバテ気味のオタクイーンに励ましのコメントを(涙)

2007年8月 6日 (月)

コタクイズ解答編

皆さま、昨日のコタクイズにご協力いただきありがとうございました。おわかりになりましたでしょうか?
さすがにコメント頂いた方々は皆さんご名答でしたね。
今日はその解答と説明です。大した解説もできませんが(笑)。


正解はみなさんお察しの通り「耳」でした。
朝・晩を問わず、ハムスターは寝起きの時は耳が寝ています。
起きてから動き出すと少しずつ耳が立っていき、完全に起きると耳はピーンと張りを持ち、元気になります。
私は毎日この耳でコタのコンディションを知るんですよ。

ちなみに下の写真は、起きぬけにう~んと伸びをするコタ。
まだ耳は少し寝ていますね。このポーズも見慣れました(笑)。
Photo また、体調が悪い時でも耳が寝ているそうですが、コタは今の所そういう気配はないようです。寝起きから元気に動き回るコタを見ていると、こっちまで元気になりますね(笑)。

Photo_2 ちなみに、クイズのモデルのお礼として、さっき寝起きのコタに小松菜をあげたんですが・・・
見てください。食べた跡がきれいに巣箱の出口の形に。
なんてモノグサ。眠いのに食欲だけあるという。
最近、おねえちゃんはあんたの芸風が好きになってきたよ(笑)。

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2007年8月 5日 (日)

夏休みなるほどコタクイズ

夏休み、空いた時間を使ってハムハムのお勉強をしましょう!
モデルはコタちゃんです。

Photo これは朝、寝起きのコタ。ちょっと眠そう。

Photo_2 こっちは夜、超元気のコタ。絶好調。

さて問題です。 
ハムスターは
寝起きの時元気な時で、体の一部に違いがあります。さて、その違いはどこでしょう?
二枚の写真を見比べてお考え下さい。

(ヒント・・・「ゴジラ対メカゴジラ」(1974年)に出演の・・・)

正解しても賞品は出ませんが、暑さしのぎにでもなればと。

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2007年8月 4日 (土)

月刊ネヴュラ増刊号・付録付き

8月上旬。お盆を前に、夏休みもいよいよ本番という感じですねー。「大きいおともだち」の皆さんも、この時期の土日などはなぜか心もウキウキ、子供の頃の記憶が蘇ってきませんか?
毎度おバカな私などは一年中子供気分ですが(笑)特に夏休み、冬休みの時期などは余計テンションも上がりまくり。
お仕事の合間のウォーキング、この時期いつもの公園でも、子供達と遊ぶお父さんの姿が増えるんです。そんな姿を見かけるともう、気分は幼き日々に一足飛びに。


皆さんもご記憶がおありと思いますが、子供の頃の大きなお楽しみの一つに「まんが雑誌」がありませんでしたか?
まあだいたい、子供の成長に合わせて親が買い与える雑誌は決まっていましたね。「めばえ」「たのしい幼稚園」あたりからやがて小学館の学習雑誌「小学一年生」へ。順調に行けばそれが毎年「進級」し、やがて中学生用の雑誌へと続いていく訳です。
ご他聞に漏れず、私も子供の頃は親から買ってもらった学習雑誌を講読していましたが、やがて興味の対象は「月刊漫画雑誌」に。

まあ考えてみれば、半分教科書のような学習雑誌に比べて一冊全部漫画だった月刊誌に興味が移るのも自然な事でした。

私の子供時代はちょうど月刊漫画雑誌最後の時期に当たります。「少年画報」「まんが王」「冒険王」等、毎月一冊刊行される子供用月刊漫画雑誌がその座を週刊漫画雑誌に譲る瞬間を体験した訳です。
ですから私はこの時期、少ないお小遣いをやりくりして月刊誌、週刊誌を買い漁っていた事になります。おかげで現在も名作の誉れ高い「あしたのジョー」「巨人の星」「デビルマン」「天才バカボン」(例の奴ね)などの最終回をリアルタイムで読めるという幸運に恵まれました。
こう書くと「少年マガジン」ばっかりですね。友人と取り替えっこして全部の週刊誌を網羅していた筈なんですが、結局自分の担当だった「マガジン」の印象が一番強かったのでしょう。
「ジャンプ」創刊時もリアルタイムだったクチで、「マジンガーZ」は毎週夢中になった記憶があります。


「やっぱりオタクイーン、男じゃん」と思われた方、まだ続きがあります(笑)。
私には4歳下の妹が居まして。その妹の影響で、「りぼん」「なかよし」「週刊マーガレット」他少女雑誌も読む事が出来たんです。その為、当時の名作「ベルサイユのばら」「エースをねらえ!」「キャンディ・キャンディ」「ガラスの仮面」「つる姫じゃ~っ!」「パタリロ!」等は読破できました。(「ガラス」は未完じゃんというツッこみは覚悟の上(笑)。
そんな諸作が私の人格形成に影響を与えている訳ですねー(ちょっと怖い)。


さて。ここに挙げた数々の作品は、確かに時代を越えて語り継がれる作品ばかりですが、私の中にはそれらに匹敵する名作たちが存在しています。
前述の「月刊漫画雑誌」に連載されていた諸作です。


前述の月刊誌の内、私が定期購読できたのは、秋田書店「冒険王」だけでした。他の雑誌も時々は入手できたのですが、それはお小遣いに余裕があった時の事。1970年代初頭、これらの月刊誌は一冊200円程度、週刊誌は40円程度でしたから、子供のお小遣いでおいそれと集められるものではなかったのです。(ウチは特に貧乏でしたからねー(笑)。

Photo_2私が「冒険王」派となった理由は、やはりマイ・フェイバリット・ヒーローである「スペクトルマン」連載誌という強力なアピールに惹かれたところが大きかったですね。
何しろこの時、「スペクトルマン」掲載誌は冒険王のみ。後に同じ秋田書店の「週刊少年チャンピオン」でも連載が始まりましたが、とにかく表紙、グラビア、さらに一峰大二による漫画までが毎月見られる雑誌は後にも先にも「冒険王」だけだったのです。
当然私はこの「冒険王」でテレビ放送とのメディア・ミックスを楽しみました。ですから私のスペクトルマンに関する印象は、テレビと「冒険王」が一体になったものと言えます。

テレビのスペクトルマン・スーツがどんなにひどくても、私の中では一峰大二の漫画版スペクトルマンが「補正」してくれているのです(笑)。

当時の「冒険王」連載作品はかなりマイナーな為(「マスクマンO」とか好きだったんですが)、ご興味無い方に配慮してここではお話は控えます。ただこの「冒険王」の「スペクトルマン」、それに続く「仮面ライダー」掲載によって70年代テレビヒーローと雑誌のコラボに新たな鉱脈が生まれ、あの講談社「テレビマガジン」創刊の一因となった事は間違いないでしょう。「テレビマガジン」は「仮面ライダー」放送時の創刊ですから、他の月刊誌に比べ歴史は比較的浅いんですよね。
当時、私も創刊号を手にした記憶があります。


Photo_7さて。この「月刊漫画雑誌」。掲載される漫画や巻頭グラビア(水着のアイドルなんて考えられない時代でした(笑)にも大きな魅力があったんですが、それにも増して心を躍らせたのが「組み立て付録」の数々。
こればかりは当時を体験した方にしかお分かりにならないでしょう。あの怒涛のような第二次怪獣ブーム、毎月発売される月刊誌にはヒーロー、怪獣関係の付録が溢れんばかりに付いていたのです。
しかもそれは「一ヶ月限定発売!(笑)」。

Photo_9 写真は手元にあった「冒険王」付録の現物です。さすがに組み立て付録は製作後廃棄してしまいましたが(涙)、これ以外にも「スペクトルマン射的ゲーム」とか「仮面ライダー立体模型」など、子供の心を鷲掴みにするような付録が毎月付いていたのです。
それだけの組み立て付録、別冊付録を本誌にはさみ、当時の月刊誌の姿はまるでビッグマックのようでした(笑)。


Photo_3後年の様々な文献で、この頃以前の「ぼくら」「ミュージック・グラフ」など初代ウルトラマン掲載誌にも同様の組み立て付録が付いていた事が分かりましたが、やはり私はその時代には間に合わなかった世代。
どうしても思い入れは「冒険王」に向いてしまいます。

70年代初頭、実は「冒険王」以外の月刊誌も怪獣関係の付録は多数付いていたのですが、学習雑誌や他の月刊誌はオリジナル漫画の別冊付録の割合が強く、冒険王ほど「付録のヒーロー率」は高くなかったような記憶があります。この付録に匹敵できたのは前述の「テレビマガジン」くらいのものでしょう。

さて。今日の「ネヴュラ」は特別増刊号。手持ちの資料から、当時の組み立て付録や紙玩具の数々を採録してみました。
あえて完成品ではなく組み立て前の状態ばかり(笑)。

最初はこれ。「冒険王」1973年1月号付録「新サイクロン号」。
私、これ、リアルタイムで作りました。
(写真が悪くて申し訳ありません(涙)。

Photo_4
このサイクロンには思い出があります。実はこの時、子供だった私は盲腸で近所の外科病院に入院していました。まあ盲腸ですから別にどうという事は無かったんですが、私にとっては生まれてはじめての手術。それなりに恐怖感もあったんです。
術後も患部が結構痛んで暴れたそうで。

その病院は個人経営の小さな病院だったので病室も少なく、術後退院まで過ごした病室は大部屋、20歳台の女性患者さんと同室でした。
子供の私にとって、当然この女性はずっと年上のお姉さん。
このお姉さんが面白い人で、私のお見舞いに同級生たちが来ると決まって同じ話をするのです。
「みんなー。この子、手術が怖くて、手術室に入る時『先生助けて!ヘンシーン!』って言ったんだよー。」なんて(笑)。

みんな大笑いするんですが、私だけ盲腸の傷が痛んで笑えなかったという(笑)。
このサイクロン号はその入院中、ベッドの上で組み立てたものです。

「先生助けて!ヘンシーン!」の言葉に、当時の変身ブームの社会現象ぶりが表れていますね(笑)。

この「くみたて人形」は1950年代くらいのものでしょうか。
その色合いと全体のバランスに惹かれ、載せてみました。

Photo_11 

















「着せ替え人形」じゃないところがいいでしょ。当時の少女達はこういう紙玩具で遊んだんでしょうね。私の時代には、少女月刊誌にはなんとビニール製のバッグなどが付いていました。
「なんてハイブリッドな」なんて感動した記憶があります。

少女雑誌は組み立て付録が少なかった分、そういう完成品が多かったのかもしれませんね。

さて。最後はこちら。「ワンダフル・モンスター」。
これはご存知の方も多いでしょう。1962年公開の「キングコング対ゴジラ」用に作られた宣材、組み立て式対決玩具です。
Photo_6
非常に簡単な作りですね。まあ鉛筆立てみたいな他愛の無いものですが、こういうのが当時の子供達には最高の宝物だったんですよ。私は62年公開には間に合わなかったのでこれで遊んだ事は無いですが、あったら作っていたでしょうねー。
こういう物を見る度に作りたくなるのは、やはり「冒険王」付録の記憶が残っているからなのかもしれません。


最近の「テレビマガジン」などを見ると、これらの組み立て付録の子孫とも言える紙玩具が沢山付いていますね。ただ残念な事に、それらは作画が全てCGなんです。あのツルっとした質感は私たちの頃とかなり違う。これは仕方がない事でしょうね。
でも高額なおもちゃには目もくれず、ひたすら組み立て付録で遊ぶ子供達の目の輝きはあの頃の私たちとまったく同じ。
子供の想像力はチープな紙玩具も本物に見せる素晴らしさを持っているんでしょうね。


今は楽しい夏休み。
皆さんも久しぶりに、これらの付録を組み立ててみませんか?
記事上の付録写真を拡大、印刷しようとされた貴方。
完成後のコメントお待ちしています(笑)。

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2007年8月 3日 (金)

骨太の方針

先日コタの脳内を覗いて、の文字に心配した私は。
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←コレ




カルシウム不足を懸念。
ショップへと走りました。
Photo_8 で。これを。イヌネコ用ですが。
まー人間の食べ物も平気なハムスターですから。
Photo_9
とりあえずお試し一本。
コタちゃんどーぞ。

気のないそぶりの彼女ですが・・・



その直後!
Photo_10
おおっ!
すごい勢い。ジョーズっぽいポーズ。Photo_11

あっという間に頬袋へ収納。
う~ん野生の王国。


コタ談
「やるときゃやるわよ。」

Photo_13
でもその後、複雑な表情。

コタちゃん好き嫌いはダメだよ。ちゃんと食べなきゃ。
ま、気が向いたらたべるよ。

・・・やっぱりイヌネコ用は味が濃いのかなー。
骨太の方針、失敗(涙)。

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秘密の閃光

こんな事実をご存知でしょうか?
Photo「ウルトラマン」第14話「真珠貝防衛指令」(実相寺昭雄監督)でのお話。
真珠を食べる怪獣ガマクジラと科特隊の息詰まる戦いが見もののこのエピソード、放送された作品ではガマクジラに対してウルトラマンが挑むシーンは一回。それも随分あっさりと空中衝突でケリがついていますよね。

昔このお話を見た私は「今回はウルトラマン、随分登場シーンが少ないなー」と思ったものです。このエピソードに科特隊の活躍する印象が強いのは、ウルトラマンの登場時間が異常に短いせいと思えるのです。


ところがですね。
ある文献によると、このエピソードには特撮シーンが撮影されながらも、完成作品からまるまるカットされた部分があるそうなのです。

それは科特隊メンバーによる「電磁網作戦」の失敗で、ハヤタ隊員操縦による小型ビートルが海岸に墜落した直後のシーン。
なんとここでハヤタはウルトラマンに変身、ガマクジラと第一回戦を繰り広げるというストーリーだったそうなのです。

実際、マンとガマクジラの格闘シーンは撮影されていたそうで、そのスチール写真も残っています。その時のマンのスーツはなんとAタイプ。完成作品に登場したマンのスーツはBタイプですから、この格闘シーン撮影後、マンのスーツは変更された事になります。
いやーピックリ。マニアの皆さんならよくご存知と思いますが、なにしろ私なんて中途半端なオタクですからまだまだ勉強不足で(涙)。


完成作品を再見してみると、確かにビートル墜落直後、岩肌でハヤタ隊員がうずくまるカットはブラックアウトしていますね。
その後ガマクジラが海で遊ぶ女性客の真珠を襲うシーンへと続きますが、そう思って見てみるとこの女性客が逃げるシーンが異様に長い。ここまで丁寧にカットを割る必要もないんじゃないの?と思うほど、このシーンは作品全体のリズムを壊しています。
なぜ、こんな事が起こったのでしょうか?


その文献にはこんな付記がありました。
この「幻の一回戦」で、ウルトラマンは体質強化後のガマクジラに腕を噛まれて流血(!)する流れだったのです。流血により一敗地にまみれたマンはハヤタの姿に。
ハヤタはフジ隊員に見つけられ、完成作品通り「僕の事はいいんだよ」というセリフになるんですが、ハヤタが腕を負傷している事をフジ隊員から聞いたムラマツは、マンが腕を噛まれた所を目撃していた為「マンはハヤタ?」という疑念を抱くというストーリーだったそうなのです。
お分かりでしょうか?この一連のシークエンスは、視聴者しか知りえないウルトラマンの正体を、科特隊メンバーにかなり匂わせる展開になっていたのです。


「マン」放送当時、この展開はかなりリスキーだったのではないでしょうか。いかに毎回「マン」の世界観を揺さぶり続けた佐々木・実相寺コンビであっても、さすがにこの展開だけは金城氏から待ったがかかったと。これも推察の域は出ませんが。
ともあれこのシークエンス全面カットの措置が採られた事で、ストーリーのあちこちに弊害が生じた事は間違いありません。

前述の長すぎる女性客避難シーン、岩肌でずっとうずくまるハヤタ、彼をそっちのけで作戦を展開する科特隊。
中でも一番仰天したのはアラシ隊員の発案「真珠爆弾」のくだりですね。アラシが「真珠爆弾というのはどうです?」と言った直後にムラマツは「よし。イデ、私と一緒にビートルだ」と一言。次のシーンでは既にビートルに件の爆弾が搭載されているという(笑)。
あの流れで行けば科特隊のメンバーは一度も基地に帰還していない筈。アラシの思いつきだった真珠爆弾がすでに搭載されている訳がないですし。その後の小型ジェット弾についても、負傷したハヤタを置いて取りに行くでしょうか?


おそらくこういう事でしょう。当初のストーリー通りマンがガマクジラとの一回戦を演じていたら、その後現場での真珠爆弾発案シーンを経て科特隊メンバーはハヤタを連れ一時退却、負傷したハヤタは基地に残ったのかもしれません。
爆弾製造の様子がナレーションなどで語られ、再度出撃した科特隊による爆弾作戦・さらに「基地に残った」ハヤタの発案で配備された小型ジェット弾へと繋がったのではないかと。
さらにハヤタは基地で変身、あの空中衝突による鮮やかな幕切れと続けば、マンの登場バランスも含め、その方がなんとなく収まりがいい。


とするとフジ隊員がハヤタを見つけた時、ハヤタが小型ジェット弾配備を指示するくだりがおかしいですが、あそこはハヤタ・フジの二人のシーンですし、ハヤタも腕を負傷していませんから、おそらく後からの撮り直しと思われます。ビートル上でのムラマツのセリフ「なるほどハヤタの奴~」は、基地でハヤタが指示したとしても成り立ちますし。

ただフジ隊員がムラマツに「ハヤタ隊員が腕にひどい怪我を」と報告するシーンは、当初のストーリーの名残りなのかもしれませんね。(あそこはカット割り、ムラマツのテンションも若干変わっています)その他微妙な後撮り、シーン毎の前後編集処理も散見されます。

これはあくまで、いつもの私の勝手な私見です。おそらく撮影までされていたという事は「ウルトラマン流血」バージョンのシナリオも存在していた筈です。今もどこかに現存しているかもしれませんね。
識者の方の鋭い解析をお待ちしています(笑)。


それにしてもこのNGストーリーはショッキングですね。ウルトラマンの流血。マンとハヤタの関係に気づくムラマツ。掟破りの連続です(笑)。考えてみるとウルトラマンの血液って何色なんでしょうか?第一血液があるのか無いのか。
ただ私などはそれよりも「ウルトラマンは何故、地球上での姿をそこまでひた隠しにするのか」という事の方に大きな疑問を感じます。

Photo_2「ネヴュラ」読者の皆さんの中にはお子さんのいらっしゃる方も多いと思いますが、例えばお子さんに「ウルトラマンってなんで変身する所を見られちゃいけないの?」と尋ねられたら、どんな風にお答えになりますか?
いやー、もし私がお母さんで(笑)子供にその質問をされたら、困っちゃうと思うんですよ。
「ウチの子はこの答えで納得した!」という見事な解答がありましたら、頭の足りない私にぜひご教授下さい(笑)。


Photo_3今日、このガマクジラの一件を考えていた時、「マン」以外の色々なヒーローの事を思い出してもみたんですが、これは答えが出ませんねー。
(この暑い中、何をおバカな事をというツッこみはともかく(笑)。
「ウルトラマン」の前身である「レッドマン」企画書の資料を見てみると、この部分の設定は「劇中人物はハヤタ隊員がレッドマンである事を知らない。しかし視聴者には毎回変身するシーンをみせる。だが、第三者がいる限り変身は出来ない(レッドマンの秘密がばれる)ので、いつ、どうやって変身のキッカケをつかむかに興味が集中する。」
と書かれています。

「秘密がばれるから第三者の前で変身できない。」
何故、秘密がばれちゃいけないんでしょうか?
ウルトラマンほどの無敵のヒーローが。


Photo_4確かに、他のヒーロー番組でもこれに準じた設定は多いと思います。
例えば私の大好きな「スペクトルマン」。(偏りすぎですか?(笑)
ネヴュラ71遊星から派遣された宇宙サイボーグ・スペクトルマンは、人間体・蒲生譲二の姿からスペクトルマンに変身する時、ネヴュラに変身許可を求めなければなりません。
しかもその様子を第三者に見られたらスペクトルマンは解体されてしまうのです。

この理由、私にはなんとなく分かるんですよ。
元々スペクトルマンは、地球侵略に訪れた宇宙猿人・ゴリに対抗してネヴュラが地球に送り込んだ存在です。相手はゴリだけなんですね。

ゴリはIQ300の天才科学者ですから、スペクトルマンの正体を知ったらすぐに譲二が所属する一般人・公害Gメンのメンバーに魔の手を伸ばすでしょう。つまり譲二が正体を明かせないのは、ゴリの手から仲間の人間、さらには人類を守るためではないかと思うのです。(いい年して何を考えてるんだか(笑)。


Photo_5ウルトラマン・スペクトルマンと並ぶ変身ヒーローの代表、「仮面ライダー」はちょっと事情が違いますね。(引っかかりはあるでしょうが流して下さい(笑)。
ライダーが撲滅を願うショッカーは元々ライダー本人を改造した組織です。しかもショッカーはライダーである本郷猛・一文字隼人が立花藤兵衛の元で暮らす事を知っている。
もうバレバレな訳です(笑)。

でもライダーってなんとなく人前で変身しない雰囲気がありますよね。あれはやっぱり、極秘作戦で動いているショッカーをさらに探索するライダー達という図式があるからでしょう。
元々闇に紛れて暗躍しているショッカー怪人は大都市にはさほど姿を現さなかった印象があります。現れるのは人里離れた洋館とか、三栄土木の造成地とか(笑)。自然とライダー達もあまり人前には出ないという事ですね。


さて。そんな事情をふまえて「マン」に戻りましょう(笑)。
ウルトラマンには前述の2つのヒーローのような事情があまり関係しない。なにしろハヤタ隊員が所属する科学特捜隊は怪獣退治の専門家。たとえ知的宇宙人がマンの正体を知りハヤタを襲ってこようとも、「特殊な合金が含まれた鉄筋コンクリート」で囲まれた電子の要塞・科特隊基地には、アラシ隊員はじめ歴戦の勇士が手ぐすね引いて待っているわけですから。(ケロニアはハヤタを狙った訳ではないですからちょっと事情が違いますね。)第一、テレスドンを率いる地底人なんて、ハヤタがいくら隠してもその正体を見抜いていた訳で。
じゃあウルトラマンが変身を見られてはいけない理由は?

これ、いつもながらの私見なんですが、ハヤタがマンである事を隠したいのは「人類を成長させる為」じゃないかと思うんですよ。
まあこれも思い入れが強すぎるゆえの事実誤認なんでしょうが、第37話「小さな英雄」(満田かずほ監督)で語られたように、結局、初代ウルトラマンのスタンスは「人間が精一杯努力した時に手を差し伸べる、謎の存在」ですよね。ですからもし彼が科特隊のメンバーである事が知られちゃったらそれこそ本末転倒、人類はウルトラマンを科特隊の武器として頼りきっちゃう事になりませんか?それでは人類は成長しないと。彼はそう思ったんじゃないかと考える訳です。
確かに最終回でマンはハヤタへの友情を語りますが、それは別に「変身を隠す理由」には繋がらない。


まー、前述の企画書にある通り「変身のキッカケづくりのサスペンス」というあたりが正解なんでしょうが、それではあまりに味気ないと思いませんか?
「レッドマンという原題の通り、ウルトラマンは人類を導く存在。自分を謎の存在とし、「最後の切り札」というスタンスにしておく事で、人類の最大の努力を期待する」という風に考えたいと。

さて。そんな風に初代ウルトラマンは語れるんですが、実はこれ、初代のみの印象なんですよね。他のウルトラヒーローについて語ると何日かかっても終わらないので(笑)私がひどく感銘を受けたもう一人のウルトラヒーローについて、ちょっと語らせて下さい。
Photo_6「ウルトラマンティガ」。このキャラクター造型、世界観、ストーリーの素晴らしさについては「ネヴュラ」でもよく語っていますね。
この「ティガ」には「変身を隠す理由」が無いんです。いや、ドラマ上はなんとなく「隠れて変身」という演出がなされていました。でも「ティガ」そのものは別に宇宙人でもない。なにしろ地球人・ダイゴ隊員の意識のまま変身する訳ですから。ではなぜ隠れるのか。


これは私の年齢にも関係する事なんですが、「ティガ」放送当時の1996年、私はもう大人だった訳です(笑)。
つまり、作り手側と同じ年齢に達していたと。
見ていてよく分かったんです。カラータイマーの設定も含め、この「隠れて変身」という設定は、スタッフが今だに解決できない「初代からの宿題」なんだなと。

「ティガは隠れて変身する必要は無いんだけど、ウルトラマンだから」という理由でそうなっていると思うんですよ。確かに劇中、ダイゴは「一人で戦う」と発言していますが、何故一人で戦うのかその理由は明言していない。
「自分だけがウルトラマンになれるから?じゃあマサキ・ケイゴは?GUTSの仲間と共闘すればいいじゃない。」
私などはそう思ってしまう。「地球人ウルトラマン」なら、そういう展開があってもいいんじゃないかと。


Photo_7で、あの最終三部作ですよ。もう泣けて泣けて。
「あー。これがスタッフの出した答えだったんだな」。その時私は、同世代としてティガスタッフの素晴らしさに拍手しました。
「ティガ」全話は、ウルトラマンの呪縛からスタッフがとき放たれるまでの歩みの歴史でもあるのです。
そういう意味で「ティガ」は素晴らしい。

ウルトラマンと共に歩んだ者として、同朋意識にも似た感銘を受けたのです。ですからこれは私の感傷、ちょっと作品の出来とは違う部分かもしれませんね。

例によって、ガマクジラからとんでもない所までお話が広がっちゃいましたね(笑)。まあいつもの事ですからお許し下さい。
人知れず放たれる「秘密の閃光」。
まばゆい光に包まれ現れるヒーロー。
そんな彼らの胸の内に思いを馳せるのも楽しいものです。

真夏の太陽が眩しい季節ですが、そんな日差しにヒーロー達が託した願いを感じるのは、私がオタクゆえでしょうか(笑)。

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2007年8月 1日 (水)

限定オープン「駄菓子 コタ屋」

いらっしゃいませ~。ようこそ「コタ屋」へ。
この度、期間限定企画として「ネヴュラ」内に「駄菓子 コタ屋」をオープンしました。
オープン中、この記事はいつもトップページに表示します。

「オタクイーン、暑さでいつものおバカに拍車がかかったな」なんて思われた貴方。その通りかも(笑)。まあお聞き下さい。

実は以前から思っていたのです。私の書く記事は毎回極端に偏っているので、たぶんコメントしづらいものが多いんじゃないかと。
しかも変なこだわりで、記事タイトルが採り上げる映像作品タイトルではない為、過去の記事へのコメントを書こうにもブログ内検索が大変なんじゃないか、なんて。
ひょっとして、記事に関係ない事をコメントしたくてもその記事にそぐわないんじゃ、なんて二の足を踏まれている方がいらっしゃったら申し訳ないなーと。
コメント中の「記事とは関係ないけど」という一文を拝見する度に、私の胸は痛むのです。


皆さんにご迷惑をおかけしている事は充分わかっているのですが、これが私のスタイルなので仕方がない。
でもそれじゃーいつも応援して下さる皆さんに悪いですしね。

そういう不便さが少しでもなんとか出来ればと私も無い頭を絞りました。そこで思いついたのがこの「コタ屋」という訳です。

「コタ屋」は言わばフリースペース。毎日の記事へのコメントも大歓迎ですが、それ以外に私、オタクイーンに伝えたい事をコメント頂くスペースです。

皆さんのちょっとした近況
こういうテーマを採り上げて欲しい、なんてリクエスト
「こんなマイナーな作品知らない?」なんて質問
自分はこの作品を見てこう思ったけど、オタクイーンはどう思う?なんて問いかけ
今までコメントしたことないけど、ちょっとオタクイーンに話しかけてみたい   などなど・・・

その他「記事へのコメントにはそぐわないけど、ちょっと聞きたい・伝えたい」そんな事があればこの「コタ屋」のコメント欄をご利用下さい。毎日チェックしてご返事差し上げます。


もちろん無知な私ですからご要望やリクエストにはお答えできない事も多いかもしれません。ただ思うのは、記事に頂いた皆さんからのコメントに勉強させてもらったり、そのコメントが新しい発想を生み、別の記事に活かされるといったように「ネヴュラ」は皆さんのご意見が次の一歩につながる事が多いんですよね。そういう皆さんとのコミュニケーションをもっと大事にしたいんです。「コタ屋」はその実験的試みという訳です。

書き手と読者の風通しをもっと良くしたいと言うか。
一方通行は好きじゃないんですよ。私。


とはいえ、「コタ屋」はそんな片意地張ったスペースではありません。何でも好きな事をお書き下さい。「駄菓子」としたのはその気持ちの表れです。
遠い昔。子供の頃、夏休みに通ったプール帰りのお楽しみ、近所の駄菓子屋にでも寄った気分で。仲の良いお友達と他愛ないおしゃべりをする気持ちでコメント頂けば充分です。

Photo_3「コタ屋」の名前の通り、このお店の看板娘は私の妹分、コタクイーン。
そんな、楽しい気分でお書き下さい。
このおバカな顔が目印です(笑)。




ただ、なにしろこんな事は私にとっても初めての試み。
今回はお試し期間として、夏休みをイメージして8月いっぱいの限定企画とさせていただきます。8月中は何を書いてもOK。
皆さんのコメントでこの「コタ屋」がどんな方向性を見せるのか。それも楽しみですねー。
当初の趣旨と違っちゃってもそれはそれ。そういう実験が出来るのがブログのいい所です。
(企画倒れに終わったらお許し下さいね。まー何もやらないよりはいいかと(笑)。

また、趣旨の関係上「場の荒れ」を懸念し、雰囲気にそぐわない誹謗、中傷等のコメントは削除させて頂く場合があります。
ご了承下さい。
「ネヴュラ」読者の皆さんならそんな心配も無いんですが(笑)。


という訳で「駄菓子 コタ屋」期間限定オープンです。
もちろん、いつもの記事も更新しますのでご心配なく。
皆さんからの楽しいコメント、コタと一緒にお待ちしています(笑)。

Photo_2

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