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2007年7月14日 (土)

「タイトロープ・ハイ」に酔う

台風4号もいよいよ上陸し、各地に大きな被害を与えながら北上しています。被害に遭われた方は本当にお気の毒でした。
自然災害は人知が及ばないだけに万全の備えが必要ですね。

私の住む地方には明日、日曜の午前中が最も接近するとの予報なので、外出を避け部屋でじっとしていようと思います。
こんな時、一人暮らしは不安なものです(笑)。

「現場にあるものをそのまま映し撮る」という映像制作のお仕事では、その進行や出来が「天候」というものに非常に左右されます。
私も現場経験が長いですが、かつてお天気事情により作品の内容が大きく変わってしまった事も数限りなくありました。
映画と違い、テレビは企画が決まってからオンエア日までの間がギリギリの日程である事がほとんど。しかも映画のように「出来なかったから上映中止」などという事は考えられません。「番組が間に合わなかったからこの時間は何も放送しません」なんて事は有り得ないのです。ですからたとえ今回のように台風が来ようと大雪になろうと、ロケや収録は中止する訳にはいきません。

とはいえ物理的にどうしようもない事はあるもので。
実は、今私が住んでいるマンションの近くに、以前所属していた会社が持っていた番組用テレビ中継車の車庫を構えていた事があります。

7年前、2000年の9月11日・12日に起こった東海豪雨は名古屋市一帯に甚大な被害をもたらした事で皆さんの記憶にも新しいと思いますが、あの豪雨で、マンションから数キロ南の地域が水没した事があるのです。
その豪雨の真夜中、不意にスタッフから私の家に電話がかかって来ました。
「お前の家の辺り、雨は今どうなってる?」
聞けば翌日朝のワイド番組で生中継があり、件の中継車が出動予定だと言うのです。私の部屋はマンションの上の階でしたから特に被害は予想していなかったのですが、その中継車倉庫についてはちょっと危ない。豪雨による水害のニュースは夜を徹して報道されていたからです。
「何とも言えないけど、報道の様子では危ないかも。」

翌日・9月13日朝に出勤した私は、スタッフルームにたむろする現場スタッフの姿を見て中継の中止を知ったのでした。そりゃそうですよね。大雨で街が水没しているっていうのに呑気に朝の話題を伝えられるわけもなく。実際の所はそれ以外にも、中継車が出動不可能だったという大きな理由があったようですが。

確かに今回の台風や秋口、不意の大雨などは非常に困りますが、それにも増してテレビ屋泣かせなのが「雪」。
こればっかりはどうしようもありません。雪の為道路に規制がかかり、現場へ行けないという時のディレクターの焦りは想像を絶するものがあります。特に生中継の時など、時間の余裕を万全に取ってあっても「雪」だけはどうにもならない。物理的に中継車が現場に着かないんですから話になりません。
これほど胃が痛くなる事もありませんね。先輩ディレクターから聞いた話では泣く泣くキー局へ頼み込んでその日の中継を中止してもらったとか。

これは、その日の為にいろいろ準備をして来たディレクターにとって身を切られるほど辛い事なんですよ。かように、テレビと言うのはお天気一つに左右される、非常に原始的かつ「神頼み」的なメディアなのです。
台風などで翌日の中継が危ない、なんて時、ディレクターがADに「業務命令」でてるてる坊主を作らせる事だってあるんですよ(笑)。
正直、今日も各局が台風中継を屋外で行っていますが、私などは「その現場まで行けたんだからまだ大した事無いな」なんて思っちゃうんですね。本当に大変な状態だったらそもそも現場までたどり着けないんじゃ、なんて。

さて。ちょっとお話を変えましょう。
例えばそれが中継ではなくドラマ班だったとしましょう。豪雨の中何とか現場にも到着し、撮影もできそうな気配です。
ただそんな風にお天気の不調などで当初の予定がガタガタになってしまった時、ディレクターというのは非常にシビアな選択を迫られます。

前日まで撮影してあった画面とのつながり、シナリオの変更、シチュエーションや演技指導の微調整などなど。特にストーリーの進行に合わせて映像を撮影(順撮りと言いますが)することなど、ドキュメンタリーでもない限りまず有り得ませんから、ディレクターは「いかにしてこのお天気の不調をストーリーに響かせないか。どうすれば辻褄が合うか」という事に全力を注ぐ訳です。

ロケ時間は限られている。オンエア日は迫っている。別の日に再撮影している時間も予算も無い。キャスト・スタッフを待たせている時間は無い。それどころか待たせるに従ってキャストもスタッフもモチベーションが下がってきている。一秒でも早く再開しなければ。
(この「モチベーション」という部分はほとんどのノウハウ本には登場しませんが、ここが実は番組制作の要だったりします。ここがしっかりキープされていれば、思いもかけない「火事場の何とか」が生まれる事もあるのです。)

実は、この「追い詰められた状況」というのは、予想以上に人間の能力を引き出すような気がします。
私は最近、同じような経験をしました。

それはお天気によるスケジュールの狂いなどではなかったのですが、非常に短時間に沢山のカットを撮らなければならないロケを強いられた時の事です。
前日、ロケスケジュールとにらめっこしながら「このカットはここで」「このカットを撮ればこのシーンは成立するな」などとカット割りをしていたのですが、実際にカット数を算出してみるとこんな少ないロケ時間では撮れっこない。頭を抱えた私はあわてて予定カット数を減らしましたが、それでも最低限のカット数は必要。勝算は低い。
ですが私としてもこれ以上カットを減らす事はできない。
クリエイターの意地です。

ロケ当日。朝から私に話しかけてきたのは不安な面持ちのカメラマン。「これ、撮りきれます?台本を見た限りではとてつもなくカット数が多そうですけど。」
来たなー。来ると思ったその質問。

「うーん。でもカット割りはもう終わってるから。エキストラカット(余分なカット)を撮らずに、一心不乱に頑張れば。ねっ。期待してるから。」なんて笑顔で返しましたが、不安は付きまといます。
照明マンも「俺、明かり決めだすと暴走しちゃうから、時間かかりそうだったら監督が止めて下さいね。」なんて笑う始末で。

でもロケが進むと共に、スタッフ全員の不安は見事に現実のものに(笑)。
もう撮っても撮っても追いつかない。当初狙ったスケジュールなどあって無い様なもので。時間はどんどん押してくる。予想以上に消化できないカット数。
スタッフからの「カット割りすぎだよ」「撮れるわけないじゃん」的な視線が、焦る私に突き刺さります。
このまま今日撮りきれなかったら編集が間に合わない。となるとオンエアに穴を空けることになる。フリーの私にとっては致命的な失態。こんな凝ったカット割りしなきゃ良かった。
もう気が気じゃありません。ところが。

皆さん、よく「ナチュラル・ハイ」とか「ランナーズ・ハイ」という言葉を聞かれたことがおありと思います。前者は睡眠不足から、後者はマラソンによる一種のトリップ状態で、身体的には疲弊しているはずなのにどちらもそれを実感せず、かえってやや躁状態が持続して本人の能力以上に結果が出せてしまう不思議な感覚です。
私、追い込まれるとそんな感覚になる事が多いんですよ。

これはクリエイターなら誰もが経験されていると思います。
「ウルトラマンティガ」で傑作とされる第3話「悪魔の預言」のシナリオが約一日で書かれた事はよく知られていますが、これは本来制作されるはずだったシナリオが先送りになり、急遽穴埋めとして書かれた為に時間がなかったという事情があります。
後年、このエピソードはライター小中千昭の深層心理にあったものがストレートに出た結果だという解析を読んだ事がありますが、あれ程の傑作を僅か一日で脱稿できてしまう裏には、そんな「タイトロープ・ハイ」とでも呼ぶような心理作用が働いていたような気もするのです。

深層心理にあったものがストレートに出てしまう。
時間に余裕がなくしかも作品は成立させなければならない。
そんな局面では考えに考えて作ったカット割りよりも、本来自分の中に眠っていたカットワークの資質が表出してくるのかもしれません。事実、ある瞬間から頭の中で何かが弾けて、カット割りが現場でどんどん変わっていきましたから。
これは自分の中では「時間がなかったゆえの妥協」ではなく「まるで始めからこう割ってあったかのような納得度」でした。
恐ろしくカンが働くんですよね。人が変わったように(笑)。

「こう来たら次はこう受ける」「ここはズームじゃなくパンじゃなきゃおかしい」「ここはカットじゃないとリズムが狂っちゃう」「画面サイズを変えないと前のカットと繋がらないよ」なんて。
最初は不安がっていたスタッフも、私の割り切った判断に迷わずついて来てくれました。これは嬉しかった。

実際、翌日になって編集してみたら、これがまた的確なんですよ。あんなにタイトな時間で撮ったとは思えないほど成立している。前日、頭を捻って作り上げたカット割りは何だったのなんて思うくらいで(笑)。
後々考えるに、やはりあの日のロケは時間的に追い詰められたゆえの「タイトロープ・ハイ」が生み出した奇跡だったんだなー。なんて。
まー私の事ですから同業の皆さんにはお見せするのもお恥ずかしい作品ですが。とにかくその日の私はささやかな喜びに満ち溢れていたという。おバカですね。

その日以来、私の「タイトロープ・ハイ」は起こっていません。
という事は、最近はそれだけ毎日を漫然と過ごしている証拠という訳で(笑)。
でも皆さん、どんなお仕事にだってそういう事はありませんか?
最前線でお仕事に励まれている「ネヴュラ」読者の皆さんなら「ここ一番」的なピンチも経験されている筈。でもそんな時不思議と湧いてくる力、困難を楽しんでしまえるような気力は、皆さんが本来持ち合わせている素晴らしい能力が「タイトロープ・ハイ」によって顔を出したものなのかもしれませんね。

「オタクイーン、そんな力に頼るようじゃまだまだだな。」
皆さんのお言葉が聞こえてきました。ごもっとも。
まだまだ甘えの多い私のたわごととお笑い下さい(笑)。

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