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2007年7月11日 (水)

雨の迷宮

そこは言葉も通じない、見知らぬ街。
通り過ぎる人々の顔はどれも無表情に凍り、私の存在など無視するよう。
迫り来る時間に焦りを隠せない私は、雑踏の中行くあてもなく歩き出しました・・・


・・・降りますねー。台風4号が梅雨前線に影響しているようで、西日本では各地で大きな災害も出ているようです。被害に遭われた方には心中お察しいたします。
私の住む地方も、ここ数日は雨が降ったり止んだりで。空はこの時期ならではの曇天。室内でお仕事をしていても、外を走る車の音で雨の降り出しが分かります。
今年の梅雨は例年にも増して雨が続きますね。
カラ梅雨も困りますが、はっきりしないお天気も予定が立たなくて困ります。
ここ数日、スリラーだのサスペンスだのウェットな話題が「ネヴュラ」に多いのも、このお天気が私の心に影を落としているからなのでしょう。

「ネヴュラ」でも何度かお話していますが、私は結構雨の雰囲気が好きなんです。物憂い感じと言うか、力を入れずに過ごせる心持ちと言うか。
突き抜けた晴天の時とはまた違った回路が頭の中で働くようで、創作されるストーリー(いつものおバカな妄想ですが)も、晴れの時とは明らかに違うテイストがあります。

担当番組の台本も、後で読み返して「これは雨の日に考えたな」と思い出すほどその差が大きい。
でもそれは作品の優劣ではなく「物事に対するアプローチの差」のような気もしますね。
例えば「金属質の輝き」という画面を言葉で表現するとしても、晴れの日なら「太陽の光を集めたような」と発想するところを、雨の日は「その艶は深く冷たい氷層のように」などと発想してしまう。
表現にどこかお天気の印象が出てしまうんですね。

と同時に、私の深層心理には、どこか雨に対する「不安感」があるような気がします。暗い空。人間の視界や行動をやや制限させ、その量によっては大きな災害を引き起こす雨。
不安感のある雨を好き、というのもおかしなお話なんですが、私の悪い癖で「この不安な感触を何とか映像に定着させれば、それなりの作品ができるんじゃないか」なんて「ディレクター脳」が働いてしまうんですよね。

皆さんお考え頂くと分かりやすいんですが、「雨の印象」って映像化しにくいものなんですよ。「雨の画面」じゃなくて「雨」という物が持つジメっとした印象。
例えば晴天の場面ばかりが続くのに、どこか「濡れた雰囲気」を持つ作品ってありますよね。フランス映画などはその典型だと思います。ルイ・マルの「死刑台のエレベーター」(1957年)なんて、雨のシーンは印象に残らないのに画面は「濡れている」。

雨の不安感は、どこか道に迷った時の不安感に似ているような気がします。普段見慣れている街並みが雨によってその色合いを変える。ビルの壁、車のボディー。傘に隠れた人々の面持ちも淀んだ空に沈むようです。
「知っているはずの風景が違って見える」深層心理に訴えかけるこの不安な感覚は、私の場合、ある昔の体験に繋がります。

「ネヴュラ」でもお話しましたが、私は以前、香港を訪れた事がありまして。
その時一度だけ、街の裏路地で道に迷った事があるのです。
冒頭の下手な一文は、その時の感触を思い出したもの。


お恥ずかしいお話ですが私はものすごく方向音痴で(笑)、どんなに行き慣れた場所でも間違えてしまうほど道を覚えられない大馬鹿者なのです。
ですから初めて訪れる土地など地図を持っていても危ないほど。
地方ロケの時など、宿泊したホテルから半径500メートルも離れたらもう戻れない(笑)。「それでよく車が運転できるねー」なんて言われる程、道覚えが悪いんですよ。
そういう大馬鹿者が、言葉も通じない香港の街で一人置き去りにされたら。
これはもう「二度と日本の土は踏めない」なんて絶望感に打ちひしがれてしまうのも無理はないと(笑)。

海外、特にアジア系諸国の雑踏を体験されたご経験のある方はご存知と思いますが、あの雰囲気って一種独特のものがありますよね。「ベクトルの分からないエネルギー」とでも言うか。
生命力には溢れているんだけど、きっと話が通じてもその信念は私たち日本人にはちょっと理解できない、みたいな。日本人同士なら話さなくても目を見れば通じ合える。でも彼らにはそれが通じない、そんな感じ。

私が迷ったのは香港の中心街、今にしてみればさほど入り組んだ所ではなかったんですが、その時はおタクの悲しい性か「海外でしか手に入らないオタクグッズ発掘」に夢中になっていまして(笑)。怪しい雑貨店や路地裏の小さな模型店を探すうちに、どんどん見知らぬ場所へ入り込んでいってしまった訳です。

気がつけば自分が来た道さえ分からない。そりゃそうですよね。店先のおもちゃばっかり目を皿のようにして見ていたんですから、そこに至る道なんて覚えている訳がない。
慌てましたねー。もともと国内でも道に迷っちゃうおバカですから。ましてや広東語が飛び交う香港の真ん中、それもアーケード街の路地裏ですよ。
その不安感、恐ろしさは筆舌に尽くしがたいものでした。この時は団体でのバス移動、バスの集合時刻も決まっていましたからそれこそ気が気じゃない。携帯電話などまだ普及していない頃ですから連絡手段もない。打つ手が無いんですよ。


脳裏に浮かぶのはお仕事の仲間から聞かされた脅し文句。
「香港は危ない街だよ。全島で香港ドルと英語が通じると思って路地裏へ歩いていったら、どんどんドルも英語も通じない場所になっていくんだ。いわゆる地元の人たちの生活圏に踏み込んだ訳さ。そこでは今でも「元」と広東語しか通じない。警察も踏み込めない一種の治外法権なんだよ。香港を歩く時は気をつけたほうがいいぜ。」
私が彼の地を訪れたのは1989年、丁度昭和と平成の境目でした。まだ中国返還前の香港はこんな脅し文句がリアリティーを持つまさに「魔都」。「九龍城砦」の悪名もまだ耳に新しい頃だったのです。
その前夜雑踏を歩いていた時、持っていたビニールバッグをカッターナイフで切り裂かれ、戦慄した記憶がフラッシュバックのように頭をよぎります。


「とにかくアーケードを出ないと。」歩き出した私の目の前に、心配して探しに出た現地のガイドさんの姿を認めなければ、私は今こうして「ネヴュラ」を開設など出来なかっただろうと。バスで待っていた仲間の顔は不安と怒りに震えていましたが(笑)。
そんな訳で、結果的にその顛末は大した事なかったんですが、それでもその時味わった「海外一人置き去り状態」の不安感は、今でも私の中で「恐怖の引き出し」として息づいています。しかしながらこの時感じた不安や恐怖感は、実はある映像作家の諸作に非常に近いものがありました。

アルフレッド・ヒッチコック。「ネヴュラ」にも何度も登場している名監督です。
私はこの香港行き以前にも彼の諸作の鑑賞経験があるのですが、この「置き去り」経験以後彼の作品を観る度に、その思いを強くします。
ヒッチ作品の大きな特徴である「主人公の主張を周囲の人間が理解しない」「もがいてももがいても真相にたどり着けない」感覚の基となる「悪夢感」。それが私の経験に大きく同調しているのかもしれません。

いざ思い出してみると、その香港経験は結構貴重だったような気も。国内では絶対出来ない経験ですもんね。何より情報量の少なさが違う。いかに漢字圏とは言え「何丁目何番地」なんて整備もされていない路地裏、真っ直ぐ歩けば看板に激突しそうな狭い道です。日本なら言葉も通じるし標識だってある。
不安の度合いが違うんですね。
これがきっとヒッチの諸作品に流れる「悪夢感」に繋がっているんだろうなー、なんて考えちゃったりします。
私は「北北西に進路を取れ」(1959年)を集大成とする、いわゆる「巻き込まれ型サスペンス」に特に魅了されますが、それはカット割りやカメラワークなどヒッチの目が切り取った「甘美な悪夢」に強く惹かれるからなのかもしれません。
彼のフィルムにはいつも「この世の出来事を超えた怖さ」が定着されている。それはストーリーや採り上げる題材を問わず、テクニックに裏打ちされた「怖い夢の再現力」とでも言うべき才能ゆえなのでしょう。


皆さんも思い出して頂けばお分かりと思います。「今まで一番怖かった夢」という物を覚えていらっしゃると思いますが、その夢は必ずしも理にかなっていませんよね。
私は高所恐怖症なので(今日は弱点ばかりお話しますが(笑)高いところで崖っぷちに立つ夢を見る事がありますが、それにしたって別に具体的な場所じゃない。「どこかの崖」だったりするんです。
そういう「場所やシチュエーションにはリアリティーが無いけど、怖さだけが突出している」という恐ろしさが、ヒッチ作品にはあるんですよ。

そういう意味でヒッチ作品には、現実に縛られているようで縛られていない「夢的なリアリティー」が定着されているのでしょう。


いくつかの文献に書かれていますが、ヒッチコック本人は大変小心者だったという事です。それは同じ小心者である私にはよく分かります。
気の強い人間にはああいう恐怖は描けない。「悪夢に怯えている側」だからこそ、ああいうまさに夢に出そうな恐怖が描けるのではと。


実は、昨日からつらつらとヒッチの諸作品を再見しています。
今回は巻き込まれ型を中心に鑑賞したい気分です。
数作品鑑賞してまた新しい発見がありましたら「ネヴュラ」でもつまらない感想などをしたためるつもりです。

こんな気分になったのも、ここ数日の雨のせいかもしれません。
ヒッチが誘う「雨の迷宮」にちょっと心を委ねたい、梅雨の夜ですね(笑)。

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