2017年6月
        1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30  

私信等はこちらまで

無料ブログはココログ

« 右手の刃が鈍る訳 | トップページ | アクセス障害回復のお知らせ »

2007年7月 9日 (月)

脳内スリラーへの誘い

先回「必殺」についてお話した影響で、昔自分が考えたオリジナルストーリーを思い出しました。
本当にバカみたいな筋書きですが、意外と気に入っています。

凄腕の仕事師として名を馳せる主人公の前に立ち塞がった敵組織の用心棒。その相手は主人公を凌駕する殺しの腕に加え、人間離れした非情さを持っていました。女子供さえ躊躇無く手にかけるその非情ぶりはまさに悪鬼のそれ。
人間らしい優しさ
を捨てきれない主人公は、その対決場面で相手に一歩遅れをとります。
一瞬の間を突いて襲い掛かる相手を見た主人公は驚愕しました。用心棒として敵組織に雇われていた男は、かつて主人公と仕事を共にした仲間だったのです。
相手の男にとって殺しとは仕事ではなく、既に「業」と化していました。言わば殺人ジャンキーとなってしまった彼に、主人公は大きな戦慄を覚えます。

「殺しを楽しむようになっちまったらもう人間じゃねえ。俺は人間になら勝てるかもしれねえが、奴には勝てないような気がする・・・」

物語のクライマックス、主人公は「有り得ないような手段で」(ここは秘密です)相手を倒す事に成功するのですが、このお話のテーマはここから。
主人公は思います。
やっと倒せたこの男と自分のどこに差があるのか。殺しは仕事と割り切っていても、自分もいつかこの男のように殺しを楽しむようになってしまうかもしれない。

いや。もうなってしまっているのかも。

この最後の一行、「もうなってしまっているのかも」という部分に全てが集約されています。
主人公がこの「危ない領域」にハッと気づいてしまう瞬間。
そして彼を包む、どうしようもない絶望感。

ここに私が感じる「必殺」のテーマ、そして人間の業に対する恐れがあるのです。

・・・とまあ、こんな辛気臭いお話なんて誰も見たくないでしょうね(笑)。
このオリジナルストーリーに限らず、私は人間の心の奥底に潜む「理性に裏打ちされた恐怖」みたいなものに大変関心があります。
以前、「自分が感じる恐怖はお化けなどではなく、もっと即物的なもの」とお話した事がありましたが、私はそんな即物的な恐怖の一方でそんな「脳内スリラー」とでも言いたくなるような恐怖を味わう事も好きなのです。
まだお盆までには随分ありますが、今日は普通の怪談とはちょっと趣を異にする「心の闇」についてお話しましょう。
とは言え所詮私のようなおバカのお話ですから、さほどご期待には沿えませんが(笑)。

「脳内スリラー」と聞いて私などがまず思い浮かべるのは、江戸川乱歩の世界ですね。
乱歩の小説はどれも人間の心の闇を描いていて私は非常に好きなんですが、中でも初期の短編に心を惹かれます。

「二銭銅貨」「心理試験」「お勢登場」など、皆さんも一度は目にしたであろう名作の中で、私の心に大きく残っている作品が「鏡地獄」(「大衆文芸」大正15年10月号発表)でしょうか。
未見の方の為にストーリーは伏せますが、これは簡単に言えば「鏡という、物を反射するもの」に興味を持った男のお話です。彼の鏡への興味は日を追うごとに深まり、ついには驚愕のラストを迎えることになるのですが、私はあのラスト、彼が覗いてしまった世界に非常に心惹かれます。
(あー言えないのがもどかしい(笑)

実際あんな世界の中に閉じ込められたら。
人間が見てはいけない物を見てしまうのではないかという恐れ、そしてそれを見ずにはいられない甘美な誘惑。

勿論これは小説ですから、その様子は文章でしか表現されていません。ですがその光景を想像してみること、そのビジュアルショックの恐ろしさ。これは人間が作り出した鏡という道具が映し出す「心の闇」に他ならないような気がするのです。
「鏡地獄」は今でも、乱歩全集のどこかに必ず収録される名作です。文庫本で手軽に手に入れられますから、未読の方はぜひご一読を。

乱歩とは別に、「心の闇」の想像力を掻き立てられる小説を昔読んだ事があります。それも短編のスリラーで、ある団地の高層階、ある部屋のベランダから外を見ると、往来を歩いている人の「心の姿」が見えるというお話だったように記憶しています。
その「心の姿」というのは見られる人間の本質を映し出すらしく、或る者は美しく、又或る者は醜く見えてしまう。しかも見られる本人が「自分は平凡、清廉潔白」と信じていても、その本人の意識外の本質が映し出されるため、実は醜い人間と見える事もある訳です。

ある日の朝、その部屋に住む夫婦のご主人が出勤しました。
ベランダからご主人を見送った奥さんは、彼の姿を見るなり悲鳴を上げてベランダから転落、命を落としてしまったのです。
ストーリーは彼の独白で終わっています。
「彼女は俺のどんな醜い姿を見たのだろうか。俺は彼女の目にどう映ったのだろうか。」

このお話も人間の意識外の本質を映し出すという意味で、私の心に強く残っています。
これも小説ですから、彼がどんな姿に見えたのかは読者の想像に委ねられます。
これがえもいわれぬ余韻となっているんですね。

こういう創作物が描き出す心の闇とは別に、日常生活に潜む恐怖を妄想してしまう事もあります。
これは何かの本で読んだので、皆さんもご存知かもしれませんね。
砂漠で道に迷った人のお話です。彼は一人行く当てもなく砂漠を歩きます。自分の位置を示すような目標はまったくなく、周りは見渡す限りの砂丘。
とにかく真っ直ぐ行けばどこかにたどり着く筈、と彼は歩を進めますが、そこで恐ろしい妄想に捉われます。

人間の足は左右同じ歩幅ではない。一歩ずつの歩幅が微妙に違えば、何キロも歩くうちにその差は大きなものになるだろう。自分では直線を進んでいると思っていても、こんな道しるべもない砂漠の中を歩いていたらいつか歩幅の差が大きくなって、曲線になっているのではないか。とすると、自分はこの砂漠の中を大きな円を描いて永遠に歩いているだけなのでは。
実際にはそんな事はないのかもしれません。しかしそんな妄想に捉えられた瞬間、彼を「心の闇」が支配するのです。絶望感に打ちひしがれた彼を救える者は居るのでしょうか。

「心の闇」は他にもあります。
これも何かで読んだお話ですが、例えば完全犯罪を実行した人物が居たとしましょう。彼は一部の隙も無く証拠も残さず、警察の手も及ばない犯罪を成功させました。その手口は独創的で、かつて無いほど素晴らしいものでした。
捜査の手も振り切り、絶対安全な立場となった彼の心に一つの隙が生まれます。
「かつてここまで完全な犯罪を成功させた人物は居まい。これは一種の芸術だ。」
さあ。自分を「犯罪の天才」「法の超越者」と思い込んだ彼は、次にどんな思いに捉えられるのか。彼はこう思ったのです。

「この、自分の独創的な完全犯罪の手口を白日の下に公表したい。その芸術には賛美の言葉がふさわしい筈だ。」

完全犯罪である事、すなわち自分が犯人とは名乗れない。しかしその天才的ひらめきは何としても公表したい。彼はそこで恐ろしいジレンマにさいなまれる事になるのです。
悶々とした日々が続きます。そしてある日。
彼はついに、都心の真ん中、最も往来の激しい場所に立ちすくみ、大声で自分の犯罪を発表してしまう。
黙っていれば一生安泰で暮らせた彼。しかし彼は、その安泰を自尊心が越えてしまった。その瞬間にこそ、計り知れない人間の「心の闇」が顔を覗かせるような気がするのです。

これらのお話は全て創作物なので、まずこんな事は起こらないでしょう。ですがこういうお話を聞いて「ありえないよ。こんな事」と一笑に伏す事が出来ないのは、どこかにこういう「心の闇」の恐れ、人間の奥底に潜む本質を捉えているからのような気がするのです。

ここ数年、私は映画やテレビのスリラー作品を少しも怖いと思わないのですが、その背景には「これは作り話」的な形で逃げてしまう作風、人間の本質に訴えかけてくる力の弱さがあるような気がします。
実際これらのお話は随分前に読んだものですが、今も私の中で「黒い輝き」を放っているものばかりですから。
こういう怖さを作品内に取り込めば、何もホラー的演出やキャラクターを出さなくたって凄いものが出来るような気がするのですが。

夜も更けてきました。
こんな事を考えながら床に就くと、またうなされそうですね。でも私はそういう夢もラッキーに思うタイプなんですよ。

「極上の脳内スリラーを見ちゃった。ヒッチコックやクルーゾーに勝てたかも」なんて、あらぬ自信に喜んじゃったりしますから。
例によっておバカな、夏の夜です(笑)。

« 右手の刃が鈍る訳 | トップページ | アクセス障害回復のお知らせ »

「日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

MIYUKI様、こんばんは。
今回のお話は、夏の夜にまさにぴったりですね。
私もホラー映画とか好きですが、いつも「13金」とか「死霊のはらわた」とかみんなで騒ぎながら観る様なおばけやしき系ばっかりです。
今回記事の中で紹介してくださったような、じわじわとこみ上げる様なホラー小説とかってあまりなじみが無かったので興味深かったです。特に「鏡地獄」の結末、気になっちゃいました。
あ、そしてMIYUKIさんオリジナル「必殺」のクライマックスの「有り得ない手段」も気になります。いつか教えてくださいね。
 
PS .ブログ画面右側のカウンターの上の「おみくじかしわ」可愛いです。大吉でるまで、ちょっとむきになっちゃいましたよー。(*^.^*)

hikari様 コメントありがとうございました。
私はホラー映画はほとんど見ないんですよ。
たまに見るときも、「これ、おどかす時って大きな音がするから、音でビックリしちゃうんだよね」なんて醒めた見方しかできなくて。
ダメですよね本当に。反省しています(笑)。
どちらかと言えば、記事にある通り「真綿で首を締めるような」怖さが好きなんです。この手の怖さって、映像作品では演出に比重がかかるので、監督の力量が分かるんですね。
こんな見方しか出来なくなっちゃうのも良くないんですが。
「鏡地獄」はこの梅雨の時期にピッタリの作品です。エンディングの余韻もなかなかのもの。機会あればご一読をおすすめします。

「おみくじかしわ」は私も毎日試しています。
かしわのまったりした表情が可愛くて良いですね。
でも結果的に3つ全部開いちゃうから、おみくじの意味があまりないのが難点ですが(笑)。

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/104767/7090430

この記事へのトラックバック一覧です: 脳内スリラーへの誘い:

« 右手の刃が鈍る訳 | トップページ | アクセス障害回復のお知らせ »