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2007年6月24日 (日)

審獣眼に狂い無し

「ネヴュラ」をご覧の皆さんの中には、私と同じく怪獣や怪人など特定のジャンルに興味をお持ちの方もいらっしゃると思います。そんな方々に、ちょっと質問です。

「なぜ、怪獣が好きなんですか?」
「怪獣のどこに、それほど惹かれるのでしょうか?」


たぶん、この質問に明確な答えを出せる方は少ないと思います。 あまりに根源的な事なので答えようがない。
私も自問自答してみましたが、答えは見つかりませんでした(笑)。


まー別に、人間の思考システムや異形の存在への潜在的な恐れなど、そんな難しいお話をしたい訳じゃないんです。
第一おバカな私にはそんな事分かりませんし。
この質問は、およそすべての「趣味というもの」に対して意味をなさないばかりか、この質問に答えられるという事はそれほどその趣味にのめり込んでいないのでは、なんて邪知をしてしまう程のものなのです。

およそ趣味というものは、何か理由をつけたりメリットを求めて始めるものではないと思っています。以前私も「自分は無趣味な人間だなー」なんて思っていた時期がありました。
読者の皆さんは「オタクイーン何言ってんの?こんなに偏ってるのに」なんて半ばご立腹(笑)でしょうが、あまりにも好きなものが当たり前になりすぎているとまるで空気のように感じてしまい、「それが趣味」という事を本人が認識できない事さえあるのです。(私だけかな?)

まーそんな中、私が所属する「怪獣部」(笑)は、今はかなり世間に認知されるようになってきました。特にテレビ業界には元々そういう嗜好の人たちが集まる傾向があるので、ロケの途中で立ち寄る喫茶店などで怪獣談義に花が咲く、なんて事も多くあったりしたりして。
「趣味は怪獣です」なんてはっきりと言えてしまう社会になったんだなー、なんて感慨深いものもありますね(笑)。

でもそんな時、いわゆる無趣味な人などに聞かれたりするんですよ。冒頭の質問を。
「何故、怪獣が好きなんですか?」
これ、困りますよね。好きなものは好きなんだから。で結局、前述の理屈でお茶を濁したりするんです。
「本当に趣味にのめりこんでいる人は、その質問には答えられないものなのよ。」

私がそう答えるのには理由があります。以前、深夜のトーク番組を制作していた事がありまして、その番組はファッション、グルメ、ホビーなどあらゆるジャンルの専門雑誌編集者をゲストに呼び、専門世界について聞くという内容だったんです。
番組開始当初のコンセプトは、その編集者から「時代のトレンド」的な情報を引き出すというもので、編集者本人のキャラクターは特に掘り下げる予定はありませんでした。
ところが回を重ねるに従って、「専門誌を作るのはその世界を愛するゆえ」という編集者のキャラクターが面白くなって来ちゃったんですよ。雑誌を立ち上げるほど趣味が高じちゃった人たちですからやはり、それなりに個性が強い。
で、番組の最後に、必ず冒頭のような質問をするようになったんです。
「あなたがそのジャンルを好きな理由は?」


2クール26回。合計50人以上が出演したこの番組中、前述の質問に明確な答えを出した人は数えるほどしかいませんでした。
やはり、あまりに自分に身近なことって、その理由を答えられないものなんですね。


さて。お話を戻しましょう。
実は私、今日このお話をするに当たってちょっと考えてみました。
まー300記事越えの記念に自分の足元を見てみるのもいいかなと(笑)。
「怪獣好きの条件」というものです。それは別に資格や性格ではありません。
これはもう「時代の産物」としか言いようがないのではと思います。
その時代もかなり特定されるんじゃないかと。

1966年、言わずと知れた「ウルトラQ」に始まる第一次怪獣ブーム。さらに5年後の1971年、「仮面ライダー」らが世間を席巻した第二次怪獣ブーム(変身ブームとも呼ばれましたね。)
怪獣が日本中を暴れまわった時期は、この66年から76年あたりの10年間に集中しているのです。

現在、私を含め怪獣や怪人などいわゆる「特撮ジャンル」のマニアとなっている人たちの多くは、感性が一番ビビッドな時期がこの10年間と重なった幸運な方々ですよね。
66年の「Q」が怪獣ブームの火付け役という分析は多くの文献でされていますからそれは皆さん異論がないと思いますが、76年のブーム終焉についてはどうでしょうか。これは私の考えなのですが、この翌年、77年の3月に「秘密戦隊ゴレンジャー」の放送が終了しているんですね。ですから実際の「ゴレンジャー」最盛期は、その前年の76年であろうと。
現在まで連綿と続く「ウルトラ」「ライダー」「戦隊」という三つの長寿シリーズのオリジナルがこの時期に集中している事を考えると、私などにはそう思えてしまいます。


その後、77年以降に特撮ジャンルにハマった方々は、私のような者から見ると怪獣・怪人の見方がちょっと違う。
第一次ブームのウルトラ怪獣や第二次ブームのライダー怪人達は、基本的に「恐怖の存在、畏敬の対象」だったんですよ。しかし77年以降、特に怪人に「笑いをとってナンボ」という顕著な流れがありありと見えてきました。
「ゴレンジャー」の黒十字軍メンバーがターニング・ポイントとなったのは言うまでもないでしょう。

決して良い・悪いという次元のお話ではありません。それも時代の流れなのでしょうね。
現在制作されている特撮番組はその二つの流れをなんとか両立させようと頑張っているようですが、それは非常に難しい試みである事を痛感します。
まーこのあたりのお話はまた別の機会にするとして。


多くのファンを生み出し、現在もあらゆるメディアで多くの識者の方々がその素晴らしさについて語る「怪獣」。前述の66年から76年にその基礎が形作られたと思われるその存在ですが、その10年間に私たちの中で培われた「怪獣的なものに対するセンス」って一体何なんでしょうか?
ここでも小難しいお話をしようと言うんじゃないんです。

「怪獣に対するセンスと今のお笑いのセンスって近いものがあるんじゃ」なんて思っちゃって。


こう思うんですよ。今はかなり沈静化してきましたが、ここ数年「お笑いブーム」って言われてきましたよね。個人的にはこれは「お笑い」じゃなくて「芸人のキャラクターブーム」と思います。
今活躍している芸人さんたちを見ても別にそれ程面白いとは思わない。ファンはとにかくお気に入りの芸人さんがテレビに出ているだけで嬉しいわけで、彼らが口を開けば条件反射的に笑う、という回路が頭の中で出来上がっているのです。
ブームというのはそういうものですから別にそれをとやかく言う気持ちはありません。ある意味私も仕掛けている立場ですし。


で、この今のお笑いブームによって「お笑いファン」になった人がそのギャグをずっと愛していて、30年後に宴会の席でそれを披露したとしましょう。
その時、彼が見事に爆笑を取ることが出来たら、彼のお笑いに関するセンスは見事だったと思うんですよ。つまり、「良いものは時代を越える」という事なんです。


おそらく、皆さんの間で今も語られ続けている特撮番組や怪獣キャラクターってかなり偏っていませんか?やっぱり映画ならゴジラ・ガメラ系、テレビならウルトラ・ライダー系に集中しているし、また語るだけの魅力を持っている事も否定しません。なにより「ネヴュラ」で語る内容のほとんどがそれですから。
ですが今も語り継がれる怪獣達は、おそらく「おやじギャグ」にはなっていないと思うんですよ。やはり時代を越えた魅力を持っていると。

逆に、語るのも恥ずかしいキャラクターも確実に居ます。ただ彼らは「時代の仇花」という語られ方で新たな輝きを獲得しているとは思います。でもそれは決して「彼ら自身の魅力」ではない。時代というバッグボーンが無ければ語られない、少し可愛そうな存在なのかもしれません。
お笑いブーム終焉の今、居ますよね。そんな語られ方をされそうな芸人さん達も。


ブームというのはある意味普通のヒットを超えた異常事態ですから、世の中のあらゆるものがそのムーブメントに乗ろうとします。今も怪獣達の魅力を熱く語れる私たちはあのブームによって、洪水のように溢れていた怪獣達の中から特別のセンス、言わば本物を選び取る「審獣眼」を学んでいたのかもしれませんね。
それほどまでの審獣眼を持つ私たちはある種「プロの怪獣ファン」なのかもしれません。
センスってその人独自のもの。言葉じゃ語れませんよね。
「何で怪獣が好きなのか、その理由が語れない」と胸を張って言えるのはプロの怪獣ファンの証、理屈じゃなくセンスで怪獣を愛している証拠なんですよ。きっと(笑)。
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コメント

 私は第1次ブームには遅い世代(昭和40年生まれ)ですが、それでも常に5円引きのブロマイドなどで身近に感じ、再放送がひっきりなしにあったので、私も第1次ブームの影響をもろに受けていたと感じています。
 第2次ブームの勃興はよく「『ウルトラファイト』が引き金になった」と言われますが、第1次ブームが私のような少し遅れた世代を新しいファンとして獲得しながら、脈々と続いていたのではないかと実感していました。だから、私にとっては「ブームの波が2回あった」とは思えません。

 ちょうど私の幼稚園年長~小学校低学年の時期が昭和46~49('71~'74)年、まさに低年齢層向けの特撮ヒーロー番組のメイン・ターゲットの年齢層でした。そんな時代の空気の中で、一通りの番組は何度かは視聴しています。そして、見るのをやめてしまった番組がたくさんありました。あの当時、毎日ゴールデンにどこかのチャンネルで特撮ヒーロー番組が放映されている中で、子ども心にも「子ども向け」をナメているような番組を感じ取り、見なくなっていった番組が多かったのかも。

 私は、時々自分が「怪獣好き」なのかわからなくなる時があります。ゴジラ映画をあまり見ていなくて、ゴジラの造型ごとの特徴もよくわかりませんし、高価なフィギュアは持っていませんし、ウルトラは『エース』以降、ライダーは『X』以降は見ていませんし‥‥。'74年を境に特撮ヒーロー番組をぷっつりと見なくなりましたし、それ以前の番組もあまり記憶に残っていません(^^ゞ 
 ただ、『ウルトラマン』『ジャイアントロボ』『アイアンキング』への思い入れはものすごく強いです。

 自分の傾向は、「子どもの頃に特撮ヒーロー番組が好きだった」ことと、「懐かしいものを探す」ということがリンクしている、ということを自己分析しました。
 「怪獣のどこが好きか」という質問には答えられませんネ。個々の好きな怪獣の好きなところはいくらでも語れるのに!

 こんな私も「怪獣好き」なのでしょうかネ?(本人はそのつもりなのですが)

オタクイーンさん、遅くなりましたが、記事300本達成おめでとうございます。
本当、色々と楽しいお話ばかりで大変感謝しております。
初めてネヴュラを知った時、さかのぼって全ての記事を仕事サボって読んだことを思いだしますよ~夢中で、夢中で(笑)
「お仕事のお話」は普段はみれないテレビの裏側が知れて楽しいですし、男性、女性の両方の思考によって生み出されるレポートは新鮮且つマニアックです。。。
オタクイーンさんの考察は楽しくて読んでいると自分も一緒になって考えているんですね~ですから仕事が忙しい時は「禁断のネヴュラ」です。だって仕事が手につかなくなりますので・・・
これからも500、1000本目指してがんばってください!!
怪獣って自分にとっては神的なんですね~神といいましてもゴッドではなく、日本人が昔から畏敬の念を持って親しんできた山神、海神などの自然神みたいな存在で。
昔なら山姥、河童、雪女などに託していただろうメッセージが怪獣にこめられていると感じます。そうなるとウルトラマンって味方ですが、自然神にとっては敵、まるで文明が存続していくにはある程度、自然破壊をしてしまうジレンマの象徴のように感じてきました。
毎度の事ながら思いつきで変なこと書いてしまいました~ご勘弁を・・・
コタのこと、実は自分も同じ事を考えていまして。。。。でもきっと今が何物にも変えられない最高の時間ですよね。。

自由人大佐様 コメントありがとうございました。
おっしゃる通り、確かに「怪獣ブーム」は第一次から第二次の間にも再放送などで繋がっていましたね。私もこの二つのブームが別々にあったという感覚はありませんでした。「ウルトラファイト」にしても、いつの間にか始まっていたという印象でしたし(笑)。

それにしてもあの60年代後半から70年代後半は、チャンネルをひねらなくても毎日ブラウン管の中で怪獣、怪人が暴れまわっていましたよね。まるで私たち子供を待ち構えているように、お茶の間では日替わりで街が破壊され、必殺技が繰り出されていました。
そんな、洪水のように溢れる特撮番組を見せられていた私たちは、ある意味取捨選択の自由があった訳です。ビデオの無い当時、番組が同じ時間帯に重なってしまった時は、どちらかを選ぶしかなかった訳ですしね。そこで「審獣眼」が養われたのかも。

自由人大佐さんの目もかなり確かだったのではと思います。
言わずもがなの「ウルトラマン」をはじめ、あの最終回が今だに話題に上る「ジャイアントロボ」、そして「アイアンキング」!主人公同士の掛け合いがあれ程スタイリッシュな番組は21世紀の今となっても生まれていませんよね。あの独特の世界観を受け継ぐ番組はもう生まれないのではと思うほどに私も大好きな作品です。やはり、時代のエポックとなる番組は人々の心の中に残るものなんですよね。ガンガーやカラミティ、バキュミラーやジャイロゲスの素晴らしさについてのお話なら、いつでもお相手いたしますよ(笑)。

私もウルトラは「マックス」までは一応全シリーズ押さえてはいるものの、「ダイナ」以降は言わばお仕事がらみの鑑賞であって、楽しんでいたとはとても言えません。ライダーはシリーズによって「乗れる・乗れない」の差が激しく、第一話を見て「ダメだ」と諦めた作品も数知れず(笑)。
いかに特撮好きとはいえ無理に見るのは体に悪いですから。

私も「怪獣のどこが好きか」については答えられませんねー。
おっしゃる通り、個々の怪獣についてはいくらでも語れるのに。不思議なものです。
一頭一頭について全てを語りつくした時、その答えが見えてくるのでしょうか。いやーその日はまだまだ遠い。きっと一生たどり着けない事でしょう。その過程を楽しむのが、自由人大佐さんや私など怪獣好きに与えられた素晴らしい特権なのでしょうね(笑)。

大和少年様 お祝いコメントありがとうございました。
ここまで来られたのも、大和少年さんはじめ皆さんの応援あればこそです。大和少年さんが「ネヴュラ」の過去記事をご覧いただいたように、私もお仕事で辛い時などは過去に頂いたコメントを読み返し、モチベーションを上げる事も多いんですよ。ですから今や「ネヴュラ」は私一人のものではなく、読者の皆さんの世界でもあると思います。
実際、皆さんに教えられる事も多いですしねー(笑)。

これは記事の中にも、またどなたのコメントにも書いた事はないのですが、実は私、「ネヴュラ」を始める時「自分の引き出しの数を数えてみたい」という目的も持っていたんです。いつか自分が擦り切れちゃってネタ切れとなった状態を見てみたいと(笑)。
でも実際始めてみると、ネタって意外に尽きないものだなーという事が分かってきました。それが「ジャンルの増加」に繋がっているのだと思いますが、結局「ブログを書く」という行為そのものが、ネタを作り出す大きな原動力となっているんでしょうね。
頂くコメントが記事の発想に繋がったり。(いつぞやはありがとうございました。)

怪獣を「古来からの神」と位置づける発想は、きっと日本人の中には多いでしょうね。現に私にもその発想はあります。私の場合、それはすべての怪獣に当てはまる訳ではありませんが、自然神に対する畏敬の念と怪獣に対するそれは同じものと感じる瞬間は確かにありますね。
「ジレンマの象徴」という部分の問題は「セブン」以降の番組中に形を変えて噴出してきますね。それはきっと、ウルトラヒーローの根幹を揺さぶり続ける永遠の課題なのかもしれません。

コタについての露出が増えている理由は、大和少年さんが感じられている事が全てなのかもしれません。
コタと一緒に居られる幸せな時間を、「ネヴュラ」で皆さんと共有したい気持ちが強くあります。ですからコタはウチの同居人であると同時に、皆さんのお仲間でもあるのです。
どうか「ネヴュラ」同様、このおバカなチビちゃんを可愛がってやってください。彼女も最近、ちょっとカメラを意識し出してきました(笑)。

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