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2007年5月28日 (月)

空想特撮シリーズ「科学特捜隊」

この写真をごらん下さい。
Photo_854 これは1967年9月15日、東芝レコードから発売された「ウルトラマン」関係のEPレコードなんですが、なんと商品タイトルが「科学特捜隊」という珍品。
「こんなレコード出てたんだ。」私も後年資料本を見て初めて知りました。
これ、ウルトラマンのレコード商品としてはかなり珍しい物だそうで。
私も現物を見たことはありません。
でもかっこいいですよね。「科学特捜隊」という言葉の響きが良いんでしょうか。
「すべて漢字ばっかり」という字面の良さも手伝って、なにか非常にプロフェッショナルな香りが漂います。
「特別機動捜査隊」風味とでも言えばいいのかと(笑)。

事件発生の報を受け、いち早く現場に駆けつけて超兵器を使いこなす「怪獣退治の専門家」科学特捜隊。正式名称を科学特別捜査隊と呼ぶこの組織は、パリに本部を置く国際科学警察機構の日本支部内に設置されたプロ集団です。
「マン」第一話冒頭で「怪事件や異変を専門に捜査し、宇宙から地球を防衛する重大な任務を持っていた」と語られる通り、彼らは言わば「科学刑事」とでも呼べそうなスーパーエリート集団。劇中での活躍は皆さんもよくご存知ですよね。

「ウルトラマン」企画時、前作「ウルトラQ」での反省点をふまえ、最も大きく反映させたのがこの科学特捜隊の設定であった事は有名なお話です。
「ウルトラQでは、民間人である主人公トリオが毎週何故か怪獣に出会ってしまう(笑)。
これがドラマのリアリティーを欠く。」「マン」では怪獣出現と同時にすぐ飛び出していくチームを設定する事でその不自然さを補おうとしたと。

まー「Q」での万城目君たちは全然不自然に見えなかったですが(笑)。とにかく金城哲夫以下企画室メンバーはそう思ったわけです。

そんな試行錯誤の中生まれた「科学特捜隊」は、毎回登場する怪獣に立ち向かう存在として実に秀逸な設定だった訳ですが、それだけでは今私たちが魅了されるウルトラマンの世界観とは大きな違いがありますよね。
「ヒーローを入れてみたら。」企画陣にそんな助言を与えたのがご存知「特撮の神様」円谷英二監督。
その一言が、今も語り継がれるウルトラマン誕生のきっかけになった事も有名なお話です。


ここまで聞かれてお気づきでしょう。実は「ウルトラマン」の企画時、先に決まっていたのは科学特捜隊の方だったのです。言ってみればウルトラマンは「後付け」の設定だったんですね。
これは今考えれば大変な事ですねー。「ウルトラQ」の後番組は「科学特捜隊」だったかもしれないと思うと(笑)。その後現在まで連綿と続くウルトラシリーズの歴史は無かったかもしれないんですよ。

ウルトラマン自体の設定も二転三転しましたね。
Photo_855 これも今更語るまでも無いですが、当初ウルトラマンに相当する存在は「ベムラー」なる怪獣で、渡辺明氏が手掛けたそのデザインはカラス天狗か大巨獣ガッパのごとき「いかにも怪獣」。写真はその「ベムラー」ですが、私も最初見た時はちょっと違和感がありました。
「いやーこれが初代ウルトラマンの位置づけだったら、絶対「セブン」には繋がらなかっただろーなー。だってこれ怪獣だもん。」


まさに怪獣。ウルトラマンは「怪獣」という設定からスタートしたのです。確かにこれは劇中では「どこからともなく現れて、相手を一瞬にして倒し去ってゆく」というウルトラマンそのものの役どころだったのですが、「でも怪獣」と思っちゃいますよねー(笑)。
Photo_856 その後デザインされたのが、先日「唇に微笑 心にスペシウム」でお話した「レッドマン」。さらにブラッシュアップされ、ようやくウルトラマン登場となる訳ですが、ここで注目したいのは「ベムラー」「レッドマン」ともに、企画案のタイトルに必ず「科学特捜隊」の文字が冠されていたという事です。

ヒーローのイメージは固まっていないけど、科学特捜隊だけは外せない。
スタッフは次回作にどうしてもあの「科学刑事」達を登場させたかったのです。


1_11 実際、科学特捜隊の設定はウルトラマン以上に緻密ですね。日本支部の建物に始まり、ジェットビートル以下の多目的専用機、スーパーガン・スパイダーショットなどバラエティー豊かな武器。
そしてなんと言っても素晴らしいのは、ムラマツキャップ以下絶妙のキャラクター配分を見せる5人の隊員たちでしたね。
個人的には現在までの地球防衛チーム中、その設定スケールや隊員の魅力に於いて科学特捜隊の完成度は群を抜いているような気がするのです。
(これも好みですねー。私はどうしてもあのアットホームな雰囲気が好きで。ウルトラ警備隊やMATのクールな魅力も捨てがたいのですが)

8  ところがこの科学特捜隊に比べ、番組タイトルであり主役であるはずの「ウルトラマン」というキャラクターは、番組開始時もスタッフやマスコミの間にかなりの認識のブレがあったようです。
写真は放送当時の雑誌「少年ブック」の番組宣伝ページですが、ページ右上の「ビッグXより大きく、8マンのように空をとぶ」というコピーに見られるように、出版社としてもウルトラマンの売り方に若干困惑していた事が分かります。

Photo_858 こちらは当時の学習雑誌「小学三年生」の特集ページ。右下の三行にご注目下さい。
ウルトラマンは当時なんと「せいぎのかい人」と呼ばれていたのです。

「かい人。」受け手の混乱ぶりが伺えますね。考えてみれば、ウルトラマン登場までこの手の人間型巨大ヒーローは皆無でしたから、送り手、受け手ともに手探り状態だった事は想像にかたくありません。
「仮面ライダー」の新番組発表時、会見会場に現れたライダー以下怪人達に対し、取材に詰め掛けた記者達は「これが怪獣ですね」と言ったそうです。この時もそれと同じ空気があったのではないでしょうか。
ですからその後のウルトラマンのあり方・設定は、ドラマを追う視聴者の思いと、その動向を敏感に捉えたスタッフの共作という事もできるのです。あの時代、あの空気でなければ「ウルトラマン」はあそこまでの成功を収めてはいなかったでしょう。

ちょっと脇道にそれましたね(笑)。それほどのエポックだったウルトラマンの存在に比べ、科学特捜隊の活躍は大変地に足のついたものでした。おそらくテレビドラマ創世記から作られ続けてきた「刑事物」のフォーマットをうまく転用した好例でしょう。
メインライター金城哲夫も、師匠・関沢新一が得意とした軽妙なアクションドラマのテイストをうまく取り込んで、科学特捜隊の活躍をテンポ良く盛り上げる事に成功していました。

今考えると、あの科学特捜隊のイメージは当時の刑事ドラマの移植だったような気さえするのです。その素地に円谷スタッフ一流のSFフレーバーをまぶした事が「古い皮袋に新しいお酒」効果を生んだような気も。

そんな香り漂う初代ウルトラマンの世界観が、「セブン」以下のシリーズと大きく趣きを異にするのもむべなるかな、と思います。
「セブン」以降のウルトラヒーローは「人間体の感情がヒーローへの変身後も持続する」という感覚があり、ヒーローは変身前でもドラマに参加している雰囲気がありますが、初代ウルトラマンだけは、ハヤタがベーターカプセルを掲げる瞬間まで、ドラマ中ウルトラマンの存在が感じられないですもんね。


私がそんな感覚を覚える理由は、どうやら「科学特捜隊」が前面に出たドラマ進行、そして当初「怪獣」という存在であったウルトラマンの設定が生み出したのではと思います。
変身前、人間体のヒーローに「ヒーロー性」があまり感じられない。確かにハヤタ隊員は全てが万能のエリート隊員ですが、それはあくまで人間としての能力であって、モロボシ・ダンのような透視能力や、郷秀樹のような怪獣出現の予知能力は無かったですから。
人間体とヒーローの間にちょっと距離があるんですよ。


2_16 それがきっと、スタッフ間にあった科学特捜隊とウルトラマンの認識度の差なんでしょうね。手馴れた設定を転用した科学特捜隊。そして全てが手探りだったウルトラマン。
ヒーロー登場シリーズ第一弾ゆえのこんな試行錯誤が以降の作品で結実し、ウルトラヒーローは徐々にキャラクター性を増していった事は皆さんもご存知ですよね。

でも私は思います。あの朴訥人のような、最後に突然現れて美味しい所を持っていく「せいぎのかい人」だからこそウルトラマンなんじゃないかと。
そういう意味で、ウルトラマンはドラマの縦軸じゃなくて「幕引き役」なんですよ。

そして、そんな曖昧な存在がラストに登場するまでドラマを引っ張る役割を担った「科学特捜隊」こそ、「ウルトラマン」の真の主役なのかもしれません。
冒頭のレコードジャケットは正しかったと(笑)。


これは、お仲間の大和少年さんに頂いたコメントにあったお考えです。私も漠然とそんな思いを持っていましたが、こうして言語化する事で考えが整理でき、改めてそんな思いを強くしました。大和少年さん、大変ありがとうございました。
こうして頂けるコメントからお話が出来るのも、ブログの素晴らしい所ですね。


例えばこれから新ヒーローを生み出したとしましょう。
取材に詰め掛けた雑誌記者たちが理解できないほど新しいヒーローが、今後生まれる素地はあるのでしょうか。

「刑事物」+「SF」+「ヒーロー」がウルトラマンだったとしたら、これを上回る方程式を持つとんでもない作品も創作の余地は残されているのかもしれませんね。

二次関数も苦手な私。
そんな高度な方程式、とても発想できませんが(笑)。にほんブログ村 その他趣味ブログ 特撮へ

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コメント

 私はイデ隊員の大ファンです。そして小林昭二になりたかった男。科特隊、サイコー!

 どこかで以前書いたことですが、私は「科特隊」という略称があることに、「道交法」と同じように名称が一般に浸透しているというリアルさを感じます。
 そして「科特隊」という響き。カ行とタ行が多く硬い響きが、頼れる組織という雰囲気を醸していると思います。
 さらに、オタクイーンさんも触れられているように、漢字ばかりが並ぶ名称にノスタルジックなイメージもあります。あの当時「PC」とも「パソコン」とも呼ばれず、「電子計算機」や「電子頭脳」と呼ばれていたような郷愁に繋がるのでしょうか。もちろん「特別機動捜査隊」風味も(^o^)

 『ウルトラマン』の成功は、科特隊がきちんとストーリーを動かす役割を担っていたからのものだったと、私も思います。そして隊員の個性、怪獣の個性がドラマを牽引していました。実は、ウルトラマン自身にはそれほどの大きな役割と魅力は無いのかも^^;

 私は、ウルトラ警備隊の雰囲気まではギリギリOKです。MATの殺伐とした雰囲気は好きではありませんでした。TAC以降のことは知りませんが(^^ゞ 「北へ還れ!」が大好きなエピソードです。

 ハヤタ隊員とウルトラマンが別人格に感じられるのは、オタクイーンさんが書かれている通りだと思います。ハヤタの超能力の描写はありませんでした。
 そして怪現象を怪しむダンや郷のようなモノローグが、ハヤタにはありませんでした。ハヤタは目の前に起こっている事件に全力で対処する、科特隊の一隊員としての活躍を全うしているに過ぎませんでした。

 それにしても、冒頭のレコードのタイトルは不思議です。面白いことを教えていただきましたm(_ _)m

 ん~、たくさん書いてしまいました。お気付きかと思いますが、私は『ウルトラマン』の話題だと止まらなくなってしまうのです(^^ゞ

自由人大佐様 コメントありがとうございました。
科特隊キャップにしてフリーマン大佐の声、小林昭二氏は、以降の防衛チーム隊長の礎として、今も輝きを放っていますよね。
「発明家」としてのキャラクターを定着させたイデ隊員もまた、「なんでも作っちゃう面白いお兄ちゃん」という、得がたい魅力を持っていました。イデ隊員の明るさがなかったら、科特隊のアットホームな雰囲気はかなり削がれていたと思います。

おっしゃる通り、この「科特隊」なる略称が定着している世界観が、「ウルトラマン」にリアルな肌合いを感じさせる要因でしょうね。
「ウルトラ警備隊」は略称がなかったですもんね。

またその世界観は、「電子頭脳」など漢字表記の単語とともに、あの独特の「カタカナ表記」によるところも大きいと思います。
「VTOLの燃料は大丈夫だろうな」「スペクトルガンマー線、発射」
など、セリフの端々に覗くスマートなカタカナ語は、子供心に「意味はわからないけどカッコイイなー」と感じさせ、以降のシリーズにも影響を与えました。

これもおっしゃる通りですが、「ウルトラマン」は、科特隊メンバーがドラマを引っ張っていかないと成立しないストーリー構造なんですよね。
ウルトラマン自体は「謎の人の上、予算上二分程度しか出演できないVIPキャラ(笑)」なので、あまり出ずっぱりにする訳にもいかないですし。
ところがそのさじ加減がウルトラマン自体の神秘性を強調する効果になったところに、制作スタッフのある種神かがり的な運を感じたりするのです。
多分、金城哲夫氏は最初からああいうテイストを目指していなかったと思うんですよ。ハヤタ隊員とウルトラマンの別人格性も含めて。
特撮の予算や撮影スケジュールの都合が生み出した、独特の世界観と思います。現場の条件は想像以上に厳しかったそうですし。

きっとあのバランス感覚は初代独自のものでしょうね。プロデューサーの主張、メインライターの個性も含め、以降のシリーズはまた別の世界観を模索していきましたから。
でもそんな中「北へ還れ!」は、ハードなセブンには珍しいハートウォームなお話でしたね。このエピソードがお好きという自由人大佐さんは、きっと優しい方なんでしょうね(笑)。

また語りこんでしまいました。私も自由人大佐さんと同じく、ウルトラの話題には目がないのです。
いや、「目が身体から離れて41年目」と言うべきでしょうか(笑)。

ってことは、ウルトラマンは“おまけ”だったのか~? 知らなかった~(笑)。
でも、子供にとって“おまけ”ほど魅力的なものはありませんからね~。
ぁ、もちろん大人にとっても・・・(*^^*)

オタクイーンさん、こんにちは。
週末にかけて怒涛の記事ラッシュご苦労様です。。。コタちゃんと同棲後、活発な記事アップされているところをみると、オタ先輩としての意地でしょうか?(笑)
ウルトラマンは今見ても「科学特捜隊」という題名でも問題ない感じがしますね。いまでもDVDをほぼ毎日見てます。。。
それにしても自分の取るに足らないコメントをこのように記事として取り上げて頂けるなんて感無量です・・・・ありがとうございます。
「当時の刑事ドラマの移植」は思っても見ませんでした。なるほどキャップが刑事課長、アラシがベテラン主任でしょうか?
後半はヒーロー性が出てきますけど、特に初期においては視聴者は徹底的に第3者的にウルトラマンを見つめる視線に置かれていることが「セブン」以降をもっとも違う部分だなーとしみじみ考えました。
それゆえ、現代ウルトラマンは違和感があります。ましてや苦悩するだけでなく戦闘中におしゃべりなんて。。。ファンの方すみません^^;
初代の素晴らしいと思う点はそれだけではなく、基本シルエット、武器、地球人との同化などウルトラマンのフォーマットは全て40年間変わってない所だと気付きました。
オタクイーンさんもおっしゃっているように「ベムラー」だったら繋がらなかったかもしれませんね。
特撮、アニメも従来の方程式ばかり。。。そろそろオタクイーンさんの新方程式による特撮を期待してますよ。!!例のあれです、アレ。
あぁ~レコードプレーヤーで「科特隊の歌」聞いてみたいです~ウルトラマンってテーマ曲も素晴らしいものばかりですね。うちの2歳児もお出かけ時にはウルトラマン同伴で、中途半端に歌ってます(笑)
自分はビールのつまみもベビースターラーメンですよ。子供の頃、ベビースターにお湯をかけたら本物のラーメンになる伝説が流行ったことを思い出しました~

ポン太様 コメントありがとうございました。
そーなんですよ。あのスーパーヒーローは当初「科学特捜隊」の後に生まれたそうなんです。
ビックリですよねー。企画の順番が逆じゃないのと(笑)。
でもその後の大ロンクヒットを考えると、何もかもが仕組まれていたかのような偶然の悪戯を感じます。

円谷スタッフも、きっとウルトラの奇跡に導かれたんでしょうね(笑)。

大和少年様 コメントありがとうございました。
今回は本当に感謝しています。以前から漠然と考えていた事だったのですが、ウルトラマンについて大和少年さんから頂いたコメントが疑念を晴らすいいきっかけになりました。
実は、こんな風に皆さんのご意見やお考えを記事やお仕事に活かす事も多いんですよ。そういう意味で「ネヴュラ」は私一人ではなく、大和少年さんはじめお仲間の皆さんで運営していると言えます。
私だけじゃとても一年以上も続けられなかったですから(笑)。

ウルトラマンの世界観は記事にも書いた通り、多分偶然の積み重なりによって出来上がっていったものと考えています。
後のスタッフの証言を聞く度に、その思いも強くなるようです。

どんなドラマでもそうですが、スタッフはシリーズが進むにつれて内容に変化を求めるものなんですよ。「作っている方が飽きちゃう」というか。逆に言えば内容を変えずに作る事に苦痛を感じてくるんですね。ですからきっと、あの初代ウルトラマンも40話以降まで作り続けられたら、ウルトラマンやハヤタの設定に手が加えられたかもしれません。「心の内を話すウルトラマン」なんて場面も出現したかも。

そういう意味では、あのウルトラマンの39話という話数はウルトラマンがウルトラマン足りえたギリギリのリミットだったのかもしれません。スタッフの気持ちの中では、既にカラータイマーは赤に変わっていたのです。
「奇跡のような設定」「奇跡のような話数」こんな数々の偶然が重なって現れた初代ウルトラマン。
以降の作品がそれを越えられない理由も分かるような気がします。

例のアレですか?いやーアレは方程式と言うより黒板を真っ二つにするような荒業ですから。「特撮世界の冒涜」なんて言われるかもしれませんね。発表は慎重に行います(笑)。

お子さんが歌われるウルトラマンの歌、きっと可愛いでしょうね。
私も聞いてみたいです(笑)。もし実現したら、その時は両手一杯のベビースターをプレゼントしますよ。
全員でカリポリしたら楽しいでしょうねー。でもお湯だけはかけないルールも必要かな?(笑)

自分が色々調べたところによると
どうやら、初期ウルトラマンメインの監督・飯島敏宏氏は
「科学特捜隊」というチームや、そのドラマの描き方について
当時飯島氏がメインで担当していた探偵犯罪ドラマ
『月曜日の男』をイメージソースにして作っていた様子が伺えますね。

例えば飯島監督はこの作品から、脚本家の山田正弘氏や
若槻文三氏などを、ウルトラに招いたみたいです。

市川大河様 コメントありがとうございました。
なるほど。「月曜日の男」。確かに満田監督・飯島監督などのインタビューにはこの番組名が散見されますね。それが科特隊のルーツという見方もしっくりきます。
やはりあれだけの完成度を持つ組織の構想には、それなりのプロトタイプがあるんですねー。
貴重な情報ありがとうございました。

それにしても、市川さんってその方面に大変お詳しいご様子ですが、なにか物凄い情報網をお持ちなのでは?
相変わらずファンコレをひっくり返している私など、市川さんの足元にも及びません(笑)。

 そういえば、「ウルトラマンの歌」は
「♪胸につけてるマークは流星
  自慢のジェットで敵を討つ」
という部分は、科特隊のことが歌い込まれているという指摘がありますネ。
このことを考えると、『科学特捜隊』という番組の主題歌をつくろうとしていた名残のような気がしてきました。

 最近のTV特撮番組は1年間の放映が前提でつくられていますネ。何とかして1年分(約50話)の話数を埋めるために、無理につくられたようなエピソードも散見できます。1話ずつを積み重ね、放映日と制作スケジュールがタイトになってしまったために大人気のうちに結果的に全39話で打ち切られた『ウルトラマン』は、それら最近の特撮番組とは、制作に臨む姿勢が全く異なっていたでしょう。そんな制作姿勢だったからこそ、みなさんのおっしゃるような魔法(偶然のものも、予測できなかっただけの必然的な結果も含めて)が宿ったのかもしれません。

自由人大佐様 コメントありがとうございました。
おっしゃる通り、「Q」「マン」「セブン」と以降の作品の差は、その制作体制による所が大きかったのは間違いないでしょう。
他にも色々な偶然がこれらの作品を傑作たらしめたと思うのですが、そんな中後年、スタッフが語った非常に興味深い証言があります。

以前にも他の記事で書いた事なのですが、以前脚本家の上原正三さんがこんな事を語っていました。
「初代ウルトラマンは、マーチャンダイジングなんて事をスタッフの誰一人として考えていなかった。どうやらこれは商売になるぞと考え出したのは、おそらく「帰りマン」の時からと思う。」
今では当たり前となっているスポンサーの番組への介入が無かったからこそ、ウルトラマンはクリエイター達の生の思いを伝えられたのかもしれません。

「機動戦士ガンダム」などと同じく、商品化を念頭に入れていなかったキャラクターほど高い人気を獲得する理由は、やはり作り手の思いが受け手に強くアピールしたからだと信じたいものです(笑)。

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