2017年11月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30    

ネヴュラ・プライベートライン

無料ブログはココログ

« 「ネヴュラ」トラックバック障害について | トップページ | 雨の夜はヤバイゼ »

2007年5月 5日 (土)

ルパンは心臓に向かう折れた針

今日のお話は上の一行だけで語れてしまうんですが(笑)。

昨日の金曜ロードショー「ルパン三世 ルバンVS複製人間」。
これ、再見したのは随分久しぶりで。1978年12月16日に全国東宝系で公開された、ルパン三世劇場オリジナル作品第一作です。(「念力珍作戦」はともかく(笑)
Photo_755  当時「ルパン欠乏症」に陥っていた私は、この作品を劇場へ観に行きました。
公開当時「ルパンVS~」のサブタイトルはなかったんですが、翌年公開の「カリオストロの城」以降、各作品にサブタイトルが冠されるようになった事から、他の作品との差別化を図るためにも追加されたものと思います。
私の中では今でもこの作品は「ルパン三世」であってサブタイは必要ないんですが(笑)。

Photo_756 さて、この作品を語る前に、私の「ルパン三世」に対するスタンスをお話しておく必要がありますね。この作品が公開された当時、かのルバン三世はテレビで言う第二シリーズ、通称「赤ジャケルパン」が大人気でした。大野雄二のアップテンポのテーマに乗せ、世界各地を軽快に飛び回る「世紀の大泥棒」ルパン一味の活躍は、若者を中心としたアニメファンに喝采を持って迎えられていたのです。
ところが私、この「第二シリーズ」が大の苦手でした。
一部の方々は大きく頷かれている事でしょう。
そうです。私はバリバリの「第一シリーズ」派なのです(笑)。


Photo_764 1971年10月24日、日曜午後7時30分。ブラウン管に颯爽と登場した通称「緑ジャケルパン」は、鮮烈な印象を私達に残しました。
その魅力を「ネヴュラ」で語るには、おそらく3日3晩不眠不休で記事に望まなければなりませんからおいおいお話しするとして。
まあ私もよく居る「旧作ファン」だった訳です。

今でもルパン三世の最高傑作エピソードは第一シリーズ第4話「脱獄のチャンスは一度」と固く信じて疑わない大隅正秋信奉者で(笑)。ダメですねー頭が固くて。

Photo_758 ですから、1977年から始まる第二シリーズにもかなりの期待を持っていたのです。でも蓋を開けてみればご存知の通り。
「これ、別の作品じゃないの。」
例によって第一シリーズが強烈な物差しとなってしまった私は、まるで近親憎悪のようにこの赤ジャケルバンを忌み嫌うようになってしまったのでした。


当時、「宇宙戦艦ヤマト」をはじめとするアニメブームにより、にわかにクローズアップされたアニメ作家達を追いかける楽しみを知った私は、ルパン三世の作家達が第一シリーズと第二シリーズでほぼ入れ替わっている事に気がつきました。
第一シーズンの独特の空気感、カミソリのような緊迫感やアダルトなけだるさを醸し出していたものは、前述の演出家・大隅正秋、作画・大塚康生、日活で鈴木清順と組んだ脚本・大和屋竺らの個性だった訳です。

第一シリーズに固執し、第二シリーズで絶望感を味わっていた私。「欠乏症」の理由がお分かり頂けるでしょう。ですから78年、「ルパン三世」映画化の際の「旧作スタッフが再び結集」という謳い文句に、私は小躍りしました。
「これでやっと!やっとあのハードなルパン世界を堪能できる。それも大画面で!」
で、実際劇場で作品を鑑賞し終わった私の心持ちは・・・
お察しいただけるでしょう(笑)。


Photo_759 そもそもこの「ルパン対複製人間」、旧作のスタッフが結集したとは言うものの、それはシリーズ後半、宮崎駿が手掛けた数作品に関与した人々が多いんじゃないかと。
監督にしてからが第一シリーズ第23話「黄金の大勝負!」で絵コンテを手掛けた吉川惣司、大塚康生は監修に退き、他のスタッフも微妙に違う面々が。

(このあたり、あくまで後年発売された研究本を元にしている為、多少の誤認もあるかもしれません。実写と同じく、アニメーションもスタッフ間の醸し出す空気が作品に微妙に影響するので、「目安」という意味で)

「ルパン三世」という素材は、作家によって作風が恐ろしく変化する万華鏡のような世界観を持ちます。それがルパンワールドの深さでもあるのですが、その一面、作品ごとに違うルパンが生まれてしまう危険性を孕んでいます。
テレビシリーズ、劇場版、テレビスペシャル、オリジナルビデオのどれを取っても一人として同じルパンが存在しない事が、その事実を裏付けていると言っていいでしょう。

ファンの間でよく交わされる談義に「ルパン三世・カリオストロの城」で登場したルパンは第一シリーズのルパンなのかというものがありますが、公開当時劇場鑑賞した私の感触ではあれはどのルパンでもない。しいて言えば「宮崎ルパン」であって旧作後半のルパンとも微妙に違う空気を持っているのです。
昨日再見した「VS複製人間」版ルパンも、どのルパンとも違う独特の存在感を放っていました。

ご覧になった方にはもう説明の必要も無いでしょうが、この「VS複製人間」は、過去から連綿とクローン再生を繰り返し現在まで生きながらえてきた怪人物「マモー」とルパン一味の戦いを描いています。
「マモー」は自分のDNAデータを複製する事で同じ知識、意識を受け継ぎながら時間を超越して来た存在。自らを「神」と名乗り、過去、歴史を塗り替えた偉人達を影で動かしながら一万年に及ぶ人類の歴史を操作して来たと語ります。

ところが(ここからはネタバレなので未見の方はご注意下さい)、クローン技術は「コピーによって像がぼやけるように」DNAを完全に伝える事が出来ず、マモーは幾多の「不良品」を生み出しながら本体を特殊リンゲル液に保存、新たに生きながらえる術を模索していたのです。

峰不二子を手先に、世界各地に伝わる「不老不死」の伝説にちなんだ品を集めるマモー。
不二子は例によって手練手管でルパンに近づき、それらの品を盗ませますが、マモーの存在に気づいたルパン一味はやがて彼らと対峙する立場に。
神は存在するのか?不老不死など在り得るのか?永遠の命を模索するマモーに敢然と挑むルパンの胸中は?

実は私、昨日の再見まで全く気がつかなかったんですが、このお話ってあるテレビアニメにそっくりですよね。
いやーおバカ。何年オタクをやってるんだか(笑)。


で、ようやくサブタイトルのお話です(笑)。
じらすなって?ごめんなさい。
「装甲騎兵ボトムズ」(1983年~1984年)。


Photo_760 まあこれも、「ネヴュラ」読者には今更説明するような作品ではありませんね。「機動戦士ガンダム」と並び、サンライズ・リアルロボットアニメの双璧をなす名作です。今年、13年間の沈黙を破って新作が製作されることからも、その人気の高さが窺えます。
そのリアルにして魅力的な世界観、「ガンダム」以上に兵器として扱われるロボット兵器「AT」、またAT本体に与えられた数々の新機軸など、「ボトムズ」にはそれまでのロボットアニメに無かった様々な設定が満ち溢れていました。
「ボトムズ」の魅力はそんな設定に負う所も多いのですが、やはり設定だけではここまでコアなファンが付かないのも事実で(笑)、やはりそのストーリーにも特筆すべき所があるのです。「ボトムズ」についても語り出せば百年戦争となるので(笑)、今日はそのごく一部を
紹介しながら私見をお話しましょう。
またネタバレになっちゃうので「自爆、誘爆、ご用心(笑)」。

Photo_761 舞台はアストラギウス銀河と呼ばれる、地球とは無縁の宇宙です。
ここでは「ワイズマン」と呼ばれる存在が神のごとく君臨、銀河の歴史を影で操っていました。「ワイズマン」の正体は過去「異能者」と呼ばれた人々の意識の集合体。

「異能者」のとは一種の新人類で、その抜きん出た戦闘能力、コンピューターとの適合能力により全世界を統治しようと企みます。しかし一般人類の反抗によりその計画は頓挫、以後意識のみを原形質保存装置に記憶させたのでした。
ワイズマンの望みは一つ。この世界を闘争で満たし、自分の後継者となる新たな異能者を生み出す事でした。

そこで生まれたのが、このドラマの主人公にして生まれながらの異能者「キリコ・キュービィー」。

Photo_762 ワイズマンは考えます。自分は本当の神ではない。この生まれながらの異能者を世界に泳がせておき、自分の存在を匂わせて、もし彼が自分を倒そうと迫ってきた時にヒョイと退ける事ができれば、自分は本当の神になれるだろうと。
まあ、そう考えた段階で神とは言えないんですが(笑)。
今日のサブタイはこのお話から来ているんですね。


これは「ボトムズ」総監督の高橋良輔氏がこれまでにもよく語っているお話なんです。
「昔、折れた針が自分の静脈なんかに入っちゃって、血管を通って心臓に向かうなんて怖い話を聞いて、心臓の手前で折れた針をつまみ出せるほどの能力を持っていれば、それすなわち神だろうと。そこから来ています。」
ボトムズ本編、第25話(26話用)の予告篇にも使われた言葉です。

ワイズマンはキリコを泳がせます。キリコは抜群の戦闘能力と異常な生存確率で、ほとんど不死身の男として世界を生き抜いていきます。
ワイズマンとの邂逅。その意思を知ったキリコが後継者として「神」となる瞬間、彼は・・・

「ルパンVS複製人間」と「装甲騎兵ボトムズ」。この二つのストーリーに共通するのは、
「神ではない存在が神を名乗る事」
「歴史が生んだ偶然に過ぎない主人公が、その「神ならざるもの」に導かれる事」
「主人公がその存在と対峙し、それが「神」では無い事を証明する」という事です。

昨日「ルパン」を見た時、「ボトムズ」によってこの図式を刷り込まれていた私は、その事実に新鮮な驚きを覚えました。観終わった私は瞬時に本棚へ(笑)。
「二作品の脚本って、確か・・・」


予想は的中。「ルパン」の脚本を手掛けた吉川惣司(大和屋竺と共同脚本)は、「ボトムズ」でもメインライターとして健筆を揮っていました。
彼は「ボトムズ」のテーマが集約された最終4話の脚本を担当、キリコの巡礼を終結させたばかりか、続篇のオリジナルビデオ「赫やくたる異端」(「やく」は変換不可で。ごめんなさい)でも脚本を手掛けています。
この作品は「神なき後」の世界を描いたストーリーですが、やはり彼のテーマであろう「権力を握り、神の座を狙う人間」の愚かさを採り上げていました。


「ルパン」と「ボトムズ」。テイストは全く違えど、神と称して貪欲なまでに世界の統治を渇望する人間、しかし人間はその段階で神とは程遠い存在である事を、吉川氏は描き続けていたのでした。「ルパンVS複製人間」でも、世界を泳がせていたであろうルパンという取るに足らない存在によって、マモーは滅び去った訳ですし。(劇中の「キリコの絵」は偶然でしょうが(笑)
「ボトムズ」では総監督である高橋良輔氏が繰り返し語る「親を超える子供」というテーマが、吉川氏の主張と幸福に結びついた例と言えるのでしょう。
作品は決して一面では語れませんが、こんな風に脚本家の作風からテーマを推し量る事も一つの楽しみですね。
「こじつけだ!」なんて怒らないで下さいね。あくまで一つの見方という事で(笑)。


Photo_763 ・・・なーんて事を考えながら、この「THEルパン三世FILES」を読んでいたら、なんと中島紳介氏が今日のお話の糸口となるような評論を書いておられました。
いやーやっぱり私なんかダメですねー。この本は1996年の刊行ですから、私は中島さんより11年も遅れていた事に。

今年はルパン三世生誕40周年だそうで。最近のテレビシリーズはちょっと・・・ですが、これからも新進クリエーターによる新しいルパンが作られ続けていくんでしょうね。
でもきっと、ルパンという存在に正解などないのでしょう。
「吉川ルパン」も一つの解答。
クリエーターの数だけルパンがあると。


銀河万丈氏もこうおっしゃっています。
「何故にと問う。故にと答える。
だが、人が言葉を得てより以来、
問いに見合う答えなど無いのだ。」

« 「ネヴュラ」トラックバック障害について | トップページ | 雨の夜はヤバイゼ »

「マイ・フェイバリット・アニメーション」カテゴリの記事

コメント

「問いが剣か、答えが盾か。果てしない撃ち合いに散る火花。その瞬間に刻まれる影にこそ、真実が潜む。」(ボトムズ予告編)

こんにちは、ネビュラさん。「心臓に向かう折れた針」の題名を見て、おもわずキタッ!と言ってしまいました。それにしても、ルパンとからめるとは・・、おもしろくて読み応えありました。なるほど、当時小学生でしたが、リメイクものがはやっていて、(主に日テレ)たとえば巨人の星、明日のジョー、鉄人28号、天才バカボンとこのルパン三世は、絵が皆とても線の細いところが似ている気がします。そして、1作目(再放送観てました)のなんというか「湿っぽい?」ところがなくなって、軽くなったような感じがします。ルパン赤ジャケでは、五右衛門の声が剣豪風からハンサム風に変わってるのも象徴してるのではないかと思います。すいません、長くなったのでボトムズの件は改めまして、失礼します。

のん様 コメントありがとうございました。
実は私、のん様にお詫びしなければならないんです。
本当は「ボトムズ」をこういう形で紹介したくなかったという(笑)。
もっとも~っと思い入れの強い作品なので、タメてタメて超大作記事として発表したかったんですよ。
正直、読んでいただいてちょっと拍子抜けしませんでした?
私の「ボトムズ」に対する入れ込み方はこんなものじゃありません。
ですから今回の記事は予告篇とでも考えて下さい。

でもあまりにも思い入れが強い作品って書き方に困っちゃいますよね。書きたい事が多すぎてかえって何も書けなくなっちゃいます。
それはまるで知識を持つ自分と対峙しているようで。

「己の放った銃弾が、鏡の中の己を打ち砕く。飛び散る破片とともに見えなくなる自分。」

ルパンについて何も答えてませんでしたね(笑)。
おっしゃる通り、1977年当時の日テレアニメは描線の細さが特徴的でした。リメイク・続編ブームだった為、前作とのあまりの絵柄の違いに驚きっぱなしで(笑)。前作ファンには違和感の塊のような作品群でした。でもあの赤ジャケルパンが人気を博したおかげで現在のルパン人気があるのも事実。そういう意味では評価できる作品と思います。でもあの第一シリーズも捨てがたく・・・
ルパンには悪徳の香りが欲しい、私のそんな思いはわがままでしょうか(笑)。そんなファンの問いかけに、第一シリーズ前半監督の大隅氏は皮肉な笑いで答えてくれるのでしょうね。

「飢えたる者は常に問い、答えの中にはいつも罠。」


こんにちは、ネビュラさん。ご返事ありがとうございます。
ふっふっふっ♪(ニヤリッ)予告編ですね、わかっておりますヨ。ボトムズは後でこってりよろしくお願いします。

「心に地獄を持つ者同士の、不可思議なる合意が、壮絶なる対決を生む。」
「死が互いを分かつまで。」
と余韻を残して失礼します・・・・・・

のん様 ふたたびのコメントありがとうございました。
やっぱり「ボトムズ」は、この程度の記事で済ませられる程浅い作品ではないですもんね。まさに「歴史の裂け目に打ち込まれた楔」でしょう(笑)。
私の筆力でどこまで「肉迫」できるかは分かりませんが、時期を見ておいおいアップしますので気長にお待ち下さい。

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/104767/6316690

この記事へのトラックバック一覧です: ルパンは心臓に向かう折れた針:

» Lupin the 3rd [Screen saver☆]
ふつうに昔から好きですヽ(´ー`)ノ 最近、観てませんでしたが昨日たまたまTVで見ちゃいました なにげに、めちゃ好いです スカパラ [ルパン三世'78] バップ LUPIN THE THIRD first tv. DVD-BOX オムニバス, 池田正典, 松浦俊夫, ESCALATOR TEAM, ファ... [続きを読む]

» 装甲騎兵ボトムズ といえば [装甲騎兵ボトムズ?]
こんなのもありますね。 [続きを読む]

« 「ネヴュラ」トラックバック障害について | トップページ | 雨の夜はヤバイゼ »