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2007年5月13日 (日)

或る場末の夜に

「そーかー。母の日だもんなー。」
いつものウォーキングルート、夕方4時の公園。

お休みの日は人も多い所ですが、今日は特に家族連れが目立ちます。なるほどね。
この時期テレビや雑誌でよくある「母の日に欲しい一番のプレゼントは?」なんてアンケートの一位は「家族と一緒の時間」だそうですから、今日はみんな揃って公園へ、という訳ですね。何故かミニチュアダックスフントを抱えて走る子供を、笑いながら見ているお母さんの楽しそうな顔が夕景に映えていました。
今夜の食事はご馳走なんでなんでしょーねー。

重いお話で恐縮ですが、私は母を昨年11月に亡くしています。
「ネヴュラ」でもご報告したので憶えていらっしゃる方も多いでしょう。今日のような日は母についてお話しするいい機会でもあるのですが、没後半年足らずではまだ母についての思いはまとめきれず、お話できる心境ではありません。
言葉が見つかった頃、いずれ口を開きますので。
今日は母の日。「母性」という捉えどころのない感情についてお話したいと思います。

例によって、皆さんとちょっと違った性癖を持つ私の、過去の戯言です。不快感をお持ちになられたらお詫び致します。

私が「生物学上男性でありながら、女性として生活している」事は、「ネヴュラ」読者の方々はもうご存知ですよね。女性としての生活ももう数年。気持ちは女性ですから当然の事ながら恋愛対象は男性です。
今までにも何人かの男性とおつき合いさせていただきました。
(皆さん思いっきり引いているかもしれませんね。でも事実ですからしょうがない(笑)
その内、一人の男性にはひどい仕打ちをしてしまいました。


私のような存在の方々が通る常道に漏れず、女性として生活し出した初めの頃は、私も相手の男性に対して正体を明かさず、ひたすら女性で通していました。私のような者でも本気で女性として接して下さる方々がいらっしゃる事に、当時の私はひどい勘違いを覚えたものです。「このまま正体を明かさず、奥さんとして迎えられたらどんなに幸せだろう」なんて。
でも現実は残酷(笑)。相手への思いが強くなる程、理想と現実のギャップは深まるばかりで。
要するに「正体をバラすタイミング」を失ってしまいまして。
信じられないお話ですが、その彼は私の事を本物の女性と思い込んでいる。私はそこで逃げてしまいました。
何の前触れもなく、彼の前から姿を消したのです。

辛い決断でしたが、後で思い返せば、自分が傷つく事を恐れた身勝手な行動だったと思います。
若さゆえ、人を傷つけてしまった苦い記憶でした。

そんな経験をした私は、それ以後おつき合いする男性にはすべて正体を明かす事にしました。前述の彼への申し訳無さも手伝っていたと思います。

数年後お付き合いを始めた新しい彼にも、私は最初に正体を明かしました。「いいの?」と。
でもこういう時、男の人って「いいよ」っていう確率の方が高いですよね。「付き合ってみないと分からない」的な考えもあって。彼もそんな感じだったのではないでしょうか。


彼には奥さんが居ました。そうです。世間で言う「不倫」です。
アンモラルな行為である事はよく分かっています。でもお互いの感情は抑えようが無く。これも若さゆえの暴走とお許し下さい。
男同士がつき合って不倫と言えるかどうかはともかく、彼は私を頻繁にデートに誘ってくれました。それは普通の恋人同士のような、他愛のない日々でしたが。
彼はそれまで私のような存在と知り合った経験が無かったそうで、どう接すればいいのかちょっと悩んだそうです。でも「女性と思ったんだから女性として扱えばいいか」と割り切ったとの事。私は、彼のそういう正直な所が新鮮で、また好きでした。


男性とお付き合いする時、私の中にはいつも一つの疑念がありました。
もし、私のような方々が「ネヴュラ」の読者にいらっしゃったら、きっと同じ思いを持たれる事と思います。
「私は本当に、女性の心を持っているんだろうか?」


私のような者は、女装者や女性を前にした時よりも、男性を前にした時の方が「自分の男性性」が浮き彫りになりやすいような気がします。会話、仕草、物の感じ方。
女性としての扱いが徹底されればされるほど、「ああ自分は男だな」と自覚してしまう場面が頻出するのです。

重い物を持ってもらう時に顔を覗かせる「これくらい自分で持てるのに」という思い。私の歩幅を案じて歩く早さを加減してもらえば「もっと早く歩けるよ」と意地を張る心。
彼の男性性に自分の中の「男」が対抗意識を持ってしまう事に、ひどくとまどいを感じていたのです。それは決して表面には出さないものでしたが、私の中ではしこりのような存在となっていたのでした。

私達はお互い、不倫という事実に目を背けるように毎日を楽しんでいました。後で考えれば彼の心の中にはどこか「女と付き合ってるんじゃないんだから不倫じゃないだろう」というエクスキューズがあったのではと思います。奥さんとの倦怠期を乗り越える為の息抜きだったのかもしれません。
私はそれでも満足でした。彼の奥さんへの後ろめたさ、そして自分の中で肥大する「女性性への疑問」を除けば。


彼とのデートはいつも、私の行きつけのお店での乾杯がエンディングでした。
どんな街にもある、場末の小さなスナック。
ただ彼のデートコースはいつもドライブだったので当然、お酒はNGです。彼に気を使って私も彼と同じウーロン茶を頼む始末で。可愛い乾杯でした。
酸いも甘いも嗅ぎ分けたお店のママも私達の関係を禁句とし、楽しい時間を演出してくれたものです。どこにでも転がっている不倫カップル。たとえ目の前のグラスがウーロン茶でも、私はそんなシチュエーションに充分酔う事ができました。
そんなある日。私の「女性性」を揺さぶる出来事が起こりました。

その日、いつものように午後からドライブに出かけた私達は、いつものようにそのお店で楽しい時間を過ごしていました。その日の彼は少し無口でしたが、私はさほど気にとめていなかったのです。ですから彼がお手洗いに立った時も、ママからの「みゆきちゃんが渡しなさい」という言葉とともに受け取ったおしぼりを覚ます余裕がありました。

5分。10分。彼は出てきません。15分を過ぎた頃、さすがに心配したママが「ちょっと、大丈夫?」と言葉を漏らした時です。
静かに開いたお手洗いのドアの向こうには、顔面蒼白の彼が立っていたのでした。


冷たい汗を顔中に流しながら、彼はソファーに倒れこみました。
目の焦点も定まっていません。
尋常でない彼の様子にママをはじめ他のお客さんも色めき立ちます。


その時私は、反射的に彼の手を握り締めていました。汗で湿っていても、彼の手はまるで氷のような冷たさ。荒い息を立てながら彼は私の手を握り返します。
ソファーに横になった彼に寄り添う事30分。いつの間にか私は、いつも彼が好きだった膝枕をしていました。息も絶え絶えだった彼でしたが、30分もすると呼吸も正常となり、やがて話ができるまでに回復したのでした。


彼に問いただしたところ、その日彼は私との約束の為に朝4時から出勤、午前中でお仕事をすべて片付けてきたと言うのです。その後のドライブ。お店での乾杯。
お店で気を許した彼に、一日の疲れが一気に襲って来たのでした。
「そんな無理するから。」とすねる私の心は、しかし女性としての嬉しさに満ち溢れていました。彼がそんなオーバーワークをおくびにも出さず、私との時間を作ってくれた事が嬉しかったんですね。(お恥ずかしいお話ですが)


「今日はみゆきちゃんに膝枕してもらって、得しちゃったな」悪戯っぽく笑う彼を、私は心底可愛いと思いました。私より15歳も年上の彼を「可愛い」と。
そんな、男の人の少年性に反応する私に、私自身が戸惑っていたのです。
と同時に、こんな思いも頭もよぎりました。
「これが母性本能なの?」


それから一時間。彼の容態を気遣ってくれたママにお礼を言い、お店を後にした私達。
「もうダメですよ。今日みたいな無理しちゃ。」こんな言葉と裏腹に、その夜の私は嬉しさで満ち溢れていました。
でも不倫の現実は甘い時間を許してはくれません。その後ほどなく彼とは破局。奥さんにバレちゃいました。よくあるお話ですね。きっと彼との時間を独り占めしたかった私に、バチが当たったのでしょう。
もうこんな辛い恋愛、コリゴリ(笑)。
でも私の中でその夜は、自分に潜む新しい一面を発見できた記念すべき夜として永遠に忘れる事はないと思います。

あの時の感情が「女性性」なのか、はたまた「母性」なのかは今も判然としません。単なる同情心だったのかも。
子供を生めない私には、そういう感情の区別がつかないのです。読者諸兄で同じ立場の方々、私にご教授下さい。
ただ、それまで自分が意識しなかった感情だった事は確かです。感情とは、そんな風に周りの状況から導き出されるものなのかもしれませんね。


母の日の話題にはちょっとそぐわないお話でしたね。「母」というキーワードに、そんな余計な事を思い出してしまいました。
どんな女性も持ち合わせている「女性性」「母性」。
私のような存在の人生は、自分の中にそんな感情が息づいているかどうかを探す旅でもあるのです。
いまだ「ひとり旅」なのが寂しいところですが(笑)。

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コメント

はじめまして。
時々ブログ拝見しております。
素敵な思い出は一生の宝物ですね。
彼をいとおしく感じた感情は「母性」で同情心では無かったと思います。みゆきさんの女性としての心のなかには常に母性は存在してたのではないでしょうか。
ごめんなさい。なまいきなことをかいてしまいまして。

実は私も男性として生まれましたが、心は女性です。
でもずっと男としての自分を演じ続けています。
女性としての生活に踏み出したいのですが勇気がありません。
私の場合、恋愛対象は常に女性で、自分の中の女性性に疑念を持つこともあり、中途半端な生き方をしているんです。
ですからみゆきさんは私の憧れなんですよ。
そして、特撮や映画が大好きで(もちろんみゆきさんにはかないませんが)、ブログの特撮話題はとても勉強になります。
これからもたびたびのぞかせてください。いつも応援しています。

hikari様 はじめまして。ようこそいらっしゃぃました。
時々いらっしゃっていたとは。
こんな偏ったブログで申し訳ありません(笑)。

実は、hikari様のような方からのご意見をお待ちしていたのです。
以前より度々今回のような記事を書いていたのですが、いつものオタク記事とのあまりの内容の違いに、きっと読者の皆さんは引いているだろうなーとちょっと辛い気持ちになる時もありまして。
でもこういう部分も確実に私の人格を形作っているので、隠しておく事は出来ないんですよ。
応援ありがとうございます。hikari様のようなコメントは本当に救いになります。こういうお話をしてもいいんだという事が分かっただけでも、私には大きな喜びです。

「女性性」「母性」というのは、当の女性にとってもなかなか自覚できないものだそうです。他人から指摘されて初めて気づくなんて意見も聞きました。そういう意味では私も彼女達と同じ経験を経た訳ですが、hikari様や私など生物学上男性の場合、脳や体に心が引っ張られて、純粋な女性よりも自覚しにくいものなんですよね。
私ならずも、きっとhikari様だって母性や女性性は潜んでいる筈なのです。ただそれが表に出るきっかけが少ないだけかもしれません。
私だってhikari様以上に中途半端な生き方ですよ。あちらこちらへぶつかって傷を沢山作りながら過ごしています。
まーそれもいいかなって(笑)。お互い頑張りましょう。

これからも気軽にお越し下さい。これまでの記事の通り、私は基本的には大変なおバカです。特撮、映画などについても、つたない記憶と勝手な私見を皆さんにからかって頂けるのが何よりの楽しみです。
hikari様のような方のご訪問なら大歓迎ですよ。
また色々ご意見をお聞かせ下さい。

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