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2007年4月 3日 (火)

消えゆく学校

「まさか、こんなことが!」
目をつぶっていてもたどり着けるほどに通いなれた、見慣れた場所。でも目の前にあるたたずまいは、私の記憶からかけはなれたものでした・・・


また大仰な滑り出しで(笑)。でも寂しいのは事実なので。
ここ数日昔のプラモブログと化した「ネヴュラ」。昨日のお話を読まれた方は、数年ぶりに私が手掛けたスペクトルマン怪獣「ガレロン」のお粗末な製作ふりをご覧いただけたと思います。
まーあらためて完成品を見る度に、ブログにアップした恥知らずぶりに赤面してしまいますが(汗)。

それにしても、子供の頃は毎日のようにいそしんでいたプラモ作り(やっぱりこの呼び名がしっくりきますね)も、数年のブランクを経るといろいろ不都合が出てくるものですね。
感力、持久力の衰えからどうでもいいこだわりの弊害まで挙げていけばきりがありませんが、中でも今回特に感じた事は「プラモを取り巻く環境の変化」でした。
読者諸兄の中にはモデラーの方もいらっしゃるでしょうから「何を今更」と思われるかもしれませんが、プラモ製作に関してまるで浦島太郎(花子かな?)状態だった私にとって、この変化は実に興味深い事だったのです。


食材であるキットを目の前にして、数年ぶりに製作に臨むことを決めたとき、まず一番に考えたのは「この食材を生かす調理法」でした。
素材の味を最大限に引き出す為にはいろいろな調味料や道具が必要なのです。
まあ道具などは昔のものがあるからなんとかなるんですが、問題は「調味料」。
そう、色です。


「あーやっぱりねー。」
Photo_651 数年ぶりにプラカラーの瓶を開け、嘆く私。
そりゃそうですよね。本来、プラカラーだって定期的に点検してあげないとシンナーが抜けちゃって固まってしまいます。おまけに瓶のへりで色を拭いていたぞんざいぶりが祟って、蓋が閉まったまま開かなくなっちゃったものも。
「もーいーや。きっと中身も固まっちゃったねー、これは。」なんて負け惜しみを残し、必要な色をピックアップしてかつてのように補充に走ったんです。「いつもの模型屋さん」に。
冒頭のセリフはその時のもの。

お分かりでしょう。お店がなくなっていたのでした。

ここ数年、町を走るたびに「行きつけのお店」がどんどん無くなっていく事に寂しさを覚えていた私でしたが、プラモに関してしばらく離れていただけにちょっとショックでした。
アイテムそのものよりもそれに出会ったときの記憶を重視する私。その無くなったお店は「困った時の一軒」として大変重宝していたのです。
数年前にアメリカ「オーロラ社」のキットを復刻したポーラライツ社の怪獣キットに出会ったのもそのお店でした。決して商売は派手ではないけれど、話題のキットを堅実にラインナップするその経営姿勢に惹かれていたのです。

その日、私は数色のアクリルカラーに加えキットの墨流し用にエナメルカラーのシンナーを求めていたのですが、このお店が無くなっていた事でちょっと途方に暮れてしまいまして。
頭のカーナビを起動して「ここから一番近い模型店」を探す訳ですが、これがまた大変で。「あのお店はもう無いし、あそこも潰れちゃったしなー」みたいな感覚なんですよね。
「あのお店は残ってるとは思うけど、エナメルカラーって置いてたっけ?」なんて不安まであったりして(笑)。
Photo_652 頭をひねって思い出した結果ようやく一軒のお店を思い出した私。二十年以上前、「重戦機エルガイム」のヘビーメタル「ヌーベルディザード」(バンダイ1/144)の作例を持ち込んだ記憶があります。
十数年ぶりに覗いたそのお店。ショーウィンドーには私の作例がまだあったりして(笑)。あー恥ずかしい。
ほどなくエナメルシンナーは入手でき、一安心の午後でした。

まあその後、製作は順調に進み、先日の発表に至った訳です。

それにしても、ここ最近の模型屋さんの衰退は今までにないものがありますね。
皆さんもご記憶がおありでしょうが、子供の頃って自分の町のおもちゃ屋さんや模型屋さんの位置、アイテムの傾向、割引率、在庫の状況などをすべて把握していませんでしたか?
「ブルマァクのゼンマイゴモラはあのお店にまだ一つ残ってたけど、あそこは定価だから今のお小遣いじゃ買えないや」なんて解析を毎日行っていたのでは?(笑)。
ですからこの年になってもその記憶は残っていて、頭の地図には瞬時に各お店の位置が点滅するようになっているのです。
でもここ数年、点滅ポイントは分かっても赤ランプが消えたままの事が特に顕著で。これも時代の流れなんでしょうね。


Photo_653 私が子供だった昭和40年代、プラモデルはおもちゃの世界で新しい商材として脚光を浴びていた花形アイテム(古い表現ですが)。折からの怪獣ブームも手伝い、ソフトビニール怪獣と共に爆発的な人気を誇ったものでした。
マルサン怪獣に代表された当時のキットも時代に合わせて様変わりし、イマイのサンダーバード、タミヤのAFV、そして現在まで連綿と続くバンダイのガンダムなど、それぞれの時代を彩った名キット達が子供達に作る喜びを提供してきたのです。

しかしながらここ数年、プラモデルが子供の遊びからマニアの趣味に変化した事を痛切に感じます。
盛況を誇り、子供の憧れを一身に集めた模型店が次々と店をたたみ、おもちゃ屋さんの店先からもプラモデルのコーナーはほぼ姿を消しつつあるようです。
岡田斗司夫さんの「かつてのプラモデルは絶滅した」という言葉を肌で感じる今日この頃。

まあよく言われているように、これは子供の興味がテレビゲームに移っていった事が大きいでしょうね。今やプラモデルを作らない子供は居てもゲームをやった事の無い子供は居ませんから。
私の甥っ子からしてそうです。小学6年生までプラモデルを触ったことが無いなんて、昔は考えられなかったですもんね(笑)。

でもそれは子供達に責任があるわけじゃありません。ゲームのやりすぎで目や姿勢が悪くなるのも、いわゆる「ゲーム脳」になるのも、それはシステム・ソフトを開発した大人に責任があると思うのです。
ゲーム時間を管理する親にも重責はありますよね。
ましてやプラモデルに手を出さない事などを誰が責められましょう。
これだって昔は「塗料のシンナーが有害」なんて散々やり玉に挙げられたりしましたし。一緒ですよね。

Photo_654 子供時代にプラモに親しみ大きくなった私のようなオタクの皆さん。でもこんな人々が全てプラモ趣味に走る訳でもありませんよね。
これも時代の流れ。ここ数年驚異の進化を見せるフィギュアブーム・食玩ブームの影響は見逃せません。
シンナーとパテ屑にまみれて何日間も苦労するより遥かに簡単に高クオリティーの立体物が手に入ってしまう事実は、大人さえプラモの世界から遠ざけてしまう魅力を放っています。
実際私もそうですし。(先日入手したタカラ1/18スコープドッグのクオリティーにはビックリしました!)


こういう時代、キット、色、工具にお金をかけ(実際ばかにならない額ですしね)、貴重な時間を費やして完成を目指すプラモデルという遊びは、もはや船旅にも似た贅沢な趣味になってしまったのかもしれませんね。私のガレロン製作もクイーンエリザベス号並みの豪華な道楽という訳で(あ、その振り上げたこぶしは下げて下さい(笑)。

今残っている模型屋さんも大きく二極化されましたね。
これも肌で感じることですが、最近の大きな模型店チェーンって私にとってはちょっと敷居が高かったりするんですよ。
お店の中が明るすぎると言うか清潔すぎると言うか。
私が所属していた「昔のプラモ部(笑)」のイメージはあんな風じゃなかった。今でもその面影を残すお店はありますよね。
なぜか決まって店先は暗く、商品棚に積み上げられた膨大な数のプラモデルは学校帰りの子供に毎日蓋を開けられ一度として整然とはならず(笑)。

店員さんだって今のショップのようにバイトのお兄さん、お姉さんじゃなくて「この道で食ってるんだ!」という迫力を漲らせたまさに「経営者」でしたし。この「経営者」のキャラクターがお店の印象を大きく左右していましたよね。
お店のガラス棚に飾られる作品も、すべてご本人の力作で。


「君ぐらいの年なら、これくらいのものが作れると思うよ」と、キットをひとつひとつ大事に勧めてくれたお店のおじさん。おじさんの「本当にプラモデルが好きなんだ」という気持ちは子供にも伝わってくるんですよ。
店先で箱を開け「この部分は組むのが難しいから出来なかったら持ってきな。」なんてアドバイスもしてくれたり。

でも子供の気持ちって複雑ですよね。そういうやさしい言葉をかけられてしまうと、かえって「一人で完成させなきゃ」なんて変に気負っちゃったりして。
で、結局失敗しちゃうのが可愛いんですが(笑)。
後日お店で、「こないだのやつ出来た?」なんて声をかけてくれたおじさんに「まだ」なんてウソついちゃったりして。

おじさんは分かっているんですよ。「失敗したな」なんて。でもニコニコ笑っている。かつての自分の子供時代を振り返っていたのかもしれません。
手先が不器用だった子供時代の私は、こんな風におじさんとの不思議な距離感を楽しんでいたような気がします。
これが「昔の模型屋」なんですよ。


Photo_655 昔がすべて良かったとは言いません。昔に比べプラモデルの精度は段違いに上がっていますし売られている専用工具もバリエーション豊か。(電動ハブラシみたいなペーパーがけ機まであるんですね(笑)。
こういう工具を駆使すれば見事な仕上げができるでしょう。
でも昔の模型屋さんにはそういう部分を補って余りある「教え」めいたものがありました。それは「店主による模型作りの指南」などの意味ではなく、「出来なくてもいいじゃん」的な温かい教えだったのかもしれません。
「とにかく君は頑張ったんだよね」という。


「結果ではなく努力する過程を評価する」という姿勢があったのかもしれませんね。
完成品と違い、プラモデルには失敗のリスクが常に付きまといます。リセットが効かない分ゲームよりシビアな遊びなんですよ。そこにはゲームでは得られない何かがあるような気がします。まぎれもなく昔の模型屋さんは、語らずしてそういう部分を教えてくれた「学校」だったのです。

時代遅れのオタクの大甘な戯言ですが(笑)。

2_12 そういうお店がどんどん無くなっていく事に寂しさを覚えるのは私だけでしょうか。
私が自分の部屋をおもちゃ屋風にしたがるのは、そんな寂しさ故なのかもしれませんね。
ウチのおもちゃは売り物ではありませんが(笑)。

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