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2007年4月 7日 (土)

土曜日の恋人

Photo_664 ここに一枚の案内リーフがあります。
1971年、子供だった私の元に送られてきた一通の茶封筒。
そこに入っていた、夢の案内書。


今日は土曜日ですね。土曜日ってなんとなく浮き浮きしませんか?
昔なら学校はお昼まで。今でも会社勤めをされている方には土日がお休みの方もいらっしゃるでしょう。フリーの私は土日などありませんがそれでもなんとなく気分が高揚してしまいます。
とりわけ今日などはお花見日和。残念ながら私の住む地方は今夜雨に祟られましたが、それでも土曜日には日曜を控えた浮き浮き感があふれているのです。

子供時代の私は、土曜日は日曜前という以外にも大きなお楽しみがありました。
「ネヴュラ」読者の方々ならよくご存知と思います。
1971年、私の土曜日はこの番組を中心に回っていたのです。

言わずと知れた特撮怪獣番組「宇宙猿人ゴリ」。
この番組への思い入れは以前お話した事がありますよね。

「虹色の希望」
http://spectre-nebura.cocolog-nifty.com/cultnight/2007/02/post_28e9.html

毎週土曜日夜7時。子供の頃の私はテレビにかじりついてこの番組を見ていました。
ある時は自宅で。またある時は母親の入院する病院の待合室で。
照明を落とした暗い待合室の中、一人怪獣と戦うスペクトルマンの勇姿は、幼い私に勇気と希望を与えてくれました。

1971年から始まる第二次怪獣ブームはこの「宇宙猿人ゴリ」が火付け役という事は、後年の分析により識者の方々が語られている通りですが、私にとってそれらの分析よりも、この番組の持つ意味はとてつもなく大きい物なのです。

当時、私の周りでもこの番組の人気はすざまじく、番組途中で開催された「怪獣デザイン募集」イベントの折も仲間たちの話題は沸騰、ついには「あの怪獣は自分のデザインだ」などとうそぶく友人まで現れる始末。(第23話、24話に登場した「バロンザウルス」)
この爆弾発言は周りの誰も信じませんでしたが、第二次怪獣ブーム前夜の熱気を伝えるエピソードとして今も心に残っています。
(この友人の一件、事実だったかもしれませんね。今となっては確認手段もありませんが。)

そんな熱気の中、私達は「怪獣」という単語に実に敏感な毎日を過ごしていました。ですから当時、定期購読していた雑誌「冒険王」の一ページに「怪獣友の会」の文字を見つけた時の興奮はもう筆舌に尽くしがたいものがあったのでした(笑)。

「怪獣友の会」。これは当時、「ゴリ」制作会社のピープロ事業部が企画した怪獣ファンクラブで、怪獣ファンの子供達と積極的な交流を図ることを目的としたもの。
「ウルトラマン」をはじめとする第一次怪獣ブームに於いても見られなかった(と推察する)このような活動は第二次ブームで盛況を極め、その頂点があの「少年仮面ライダー隊」である事は皆さんご存知の通りです。


「本物の怪獣が目の前で見られる!」地方に住む私達の興奮は最高潮。
目を皿のようにしてその案内ページを友人たちと熟読、「とにかく案内を取り寄せてみよう」という事になったのでした。

冒頭の案内書はほどなくして私の元に届いたもの。もちろん当時のものです。後年発売されたスペクトルマンDVDにもこればっかりは添付されていなかったはず。
これとDVD特典、怪獣友の会会報「怪獣」創刊号が揃って、初めてコレクションはコンプリートされると(笑)勝手に信じています。

Photo_665 この案内を手にした私達はもうパニック状態。「入会金500円だって!」
「撮影見学ができるんだって!」
「怪獣のアイディアも出せるよ!」
ブラウン管でしか会えなかった怪獣に、スペクトルマンに会える!そう考えただけで高熱にうなされんばかりの感動に打ち震えた事を憶えています。

しばしそんな至福の時を過ごした私達でしたが、一人の友人の言葉にふと我に帰った私。
「スペクトルマンって、東京で撮影してるんだよね?」


東京。当時、地方で生活していた小学生たちにとって、東京という場所はM78星雲以上に遠い都なのでした(笑)。
知り合いさえ居ないそんな場所に子供達だけで行けるわけがない。

「怪獣見たい。」私達は各自、親に伺いを立てました。
ほどなく一人の友人の親御さんがピープロに電話。撮影見学の詳細を確認したのでした。祈るような思いで親御さんの反応を窺った私達でしたが、この計画の無謀さが露呈したのは火を見るより明らかだったのです。
「子供達だけで東京へ行くのは無理。」
この一言で私達の「怪獣友の会入会作戦」は、哀れ水泡と化したのでした(笑)。

Photo_666 今考えてみれば、別に撮影見学は必須条件じゃないんですから会員登録だけしておいても良かったと思うんですが、当時の親の考えは「子供を守りたい一心」だったのかもしれませんね。
確かに私の母親は入院していたし。東京と地方の精神的距離も今よりずっと離れていた時代でしたから。

Photo_667 あれからもう36年。
この「怪獣友の会」については今だに懐かしい思い出となっています。
でも不思議ですね。こんな土曜日に、近年発売された「スペクトルマン」DVD特典、友の会会報「怪獣」創刊号をパラパラと捲っていると、私が叶わなかった「怪獣友の会」の活動の様子がなんとなく分かり、まるで自分が会員であったかのような気分になります。
おバカで子供な私ならではの体験ですね(笑)。


Photo_668 Photo_677 後年の文献により、友の会の活動は「スペクトルマン」から後番組「快傑ライオン丸」を経て、「鉄人タイガーセブン」の頃解散したとありますが、この「怪獣」という会報を見る限り、友の会の活動は一時的にせよかなり活発であったことが窺えます。
Photo_679 会報の中身は結構マニアックで、子供が最も興味を持つ怪獣イラストも満載。「ゴリ」にはNGとなった怪獣も結構あったのですが、このページにはそれらの怪獣も紹介されていた為、当時の子供達は「これはいつ出たんだろう?」と首をひねった事でしょう。
先日私が組み立てたNG怪獣「ガレロン」もしっかり紹介されていますね(笑)。

スペクトルマン怪獣は、ウルトラ怪獣とはまったく別の魅力を持った愛すべき子達なんですが、その造型担当がウルトラ怪獣と同じ高山良策さんという事は一部のマニア以外あまり知られていません。

Photo_681 会報には高山さんの怪獣工房「アトリエ・メイ」の取材記事が掲載され、怪獣作りの裏話なども楽しく書かれています。
写真はギラギンド(第21・22話)の造型途中でしょうか。非常にインパクトの強いフォルムが印象的なスペクトルマン怪獣ですが、それでもある種の節度を持っているのはやはり高山さんの造型センスによるものだったのでしょうね。

なーんて事、この記事を読んでも当時の子供達は考えもしなかったでしょうが(笑)。

Photo_672 これ!私が最も憧れた「撮影現場見学」の記事です。この写真にはスペクトルマンと一緒に古代怪獣マグラーが映っている(直立不動が可愛い!)事から、おそらく第25・26話撮影時のものでしょう。
あのマグラーに触れたの?と言う事はひょっとしてタッグマッチを組んだサタンキングも居たの!なんてクラクラする妄想も。

(きっとこのくだり、誰も付いて来てないんだろーなー。このマイナー加減がウルトラ怪獣との決定的な違いですねー(涙)。

Photo_673 見学・撮影会に続いては夢の「怪獣子供会議-怪獣テレビ映画はこれでよいのか-」というハードな討論記事が。
「世界ではじめての!」とありますからその意義も大変深いもので(笑)。8月4日、京王百貨店八階で開催と記録も立派なものです。
これに出席できなかった恨みが、今「ネヴュラ」の怪獣関連記事で爆発しているのかも(笑)。

夏休み真っ盛り、怪獣好きの子供達から飛び出した意見は実に興味深いもので。
Photo_675 ここで既にアオシマ・スペクトルマン怪獣プラモについての質問が出ていたのです。
「どうして足と足の間に棒がついているのですか?」
答えるはなんと、当のアオシマ文化教材担当、青島一郎氏。
「ころばないため。補強のためにつけてあります。」
怪獣のプラモデルはどうして小さいものばかりなの?という質問には、
「僕達(子供達)のおこずかいで買えるような値段につくってあるのです」と。

当時一個350円の怪獣キットは、今や数千円で取引される高額商品となってしまいましたが(笑)。

Photo_674 ともあれこの「怪獣」という会報は、「ゴリ」当時の空気を検証する上でまたとない資料である以上に、私の「スペクトルマン」への愛を再確認する、夢のアイテムでもあるのです。

後年ピープロ社長・うしおそうじさんへのインタビュー本で、スペクトルマンに関して氏が語った回顧証言に「スペクトルマンは『サスプロ』だから」というものがありました。
サスプロとは局と番組制作プロダクションの直接契約の事。
番組は通常、広告代理店を通じで番組枠とスポンサーを確保の上、制作に入ります。この流れを飛び越えて制作ゴーをとりつけたうしお氏のバイタリティーは今のテレビマンからは考えられないもの。
この「怪獣友の会」も、怪獣番組に大きな愛と情熱を傾けたうしお氏による大きな「子供へのプレゼント」だったんでしょうね。


Photo_676 漫画家でありながら情熱あふれるプロデューサーであったうしお氏には、技術者出身であった円谷英二とはまた別の怪獣への愛情表現があふれていたのです。
「宇宙猿人ゴリ」はその愛情の結晶。
テレビ怪獣が一番元気だった時代、そんな番組をリアルタイムで見られた事を私は幸せに思います。


私が土曜日にワクワク感を覚えるのは、「ゴリ」にあふれるそんな情熱の記憶からなのかもしれませんね。
忘れられない「土曜日の恋人」ってところでしょうか。
山下達郎の歌が聞こえてきそうですが(笑)。

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コメント

「僕達(子供達)のおこずかいで買えるような値段につくってあるのです」
いい言葉ですねー。
子供達が怪獣のプラモを持って走り回る画が浮かびます。

Nake様 はじめまして。ようこそいらっしゃいました。
こんなマニアックな記事にコメント頂いて感謝致します。

ゲームソフトが一本5,000円以上する現在、子供が自分で気軽に買う事の出来るおもちゃって少なくなりましたよね。
思えばプラモデルをはじめ、記事に書いた70年代当時は子供とおもちゃの距離が今よりずっと近かったような気がします。
粗悪品やまがい物も多かったですが、子供はそんな事にはこだわらずに遊んでいましたよね。
怪獣ソフビの版権マークなんて関係なかったですもんね。

スペクトルマン怪獣は私にとって「隣の大怪獣」。
ある意味ウルトラ怪獣以上に親近感を覚えます。
あー、また一つ組み立てたくなってきました(笑)。

こんなおバカなブログですが、またのお越しをお待ちしております。

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