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2007年4月の記事

2007年4月30日 (月)

撮ってはいけない!

アニメーションは五度目の新作だそうですね。
今、実写版も劇場公開されている「ゲゲゲの鬼太郎」。
昨日何気なく点けたテレビで、たまたま長谷川圭一脚本の最新シリーズを見ました。
4月1日からスタートした今シリーズも回を重ねる事五話目。
「呪われた映画」というサブタイトルに映画好きの私は反応してしまい(笑)。そのストーリーは・・・


井戸にまつわる悲しい史実を元に、今まで何回もリメイク制作を試みられた映画。
しかしいつのリメイクも、撮影が始まるとスタッフが忽然と姿を消してしまう不可思議な現象が起こる為、ある種「禁断の作品」とされていました。

しかし人間は愚か。そういう話題に便乗し、また新たにリメイクを手掛けようとする制作者達が現れたのです。
撮影が始まろうとしたまさにその時。一人の男がスタジオに飛び込んできました。
「撮影してはいけない!」
彼は二十年前のリメイク時のカメラマンでした。

以前のリメイクで彼がカメラを回そうとした瞬間、彼の眼前では恐ろしい事が起こったのです。スタジオセットであるはずの井戸の中から一人の女性が姿を現したのでした。
映画に関わる人々を闇に葬ろうと牙を研ぐ妖怪・沼御前。
彼女の足元から伸びる蛇に巻きつかれ、彼はまさに沼御前の餌食に。
絶対絶命の彼を救ったのは、沼御前に敢然と挑むチャンチャンコ姿の少年でした・・・


とまあ、こんなお話でした。
今回の鬼太郎は、水木しげるの原作が持つ「鬼太郎の内なる怖さ」をやや匂わせている点が新しいですね。
モノクロ第一シリーズから見ていた私としては、鬼太郎というお話が本来持つ「人間世界の裏側で確実に生きている妖怪」の恐ろしさ、そして彼らのバイリンガルとして存在する鬼太郎の危ういスタンスを復活させた所が嬉しかったりします。

20年前、カメラマンの彼を救ってくれた少年は、再会を果たした今も当時のまま年をとっていない。そんなちょっとした所がいいんですよ。
沼御前から何度も人間を救った鬼太郎は警告してきたのです。「この映画を撮ってはいけない」と。しかし映画は作られる。
ラストシーン、正義の味方ではない鬼太郎のちょっと怖い一面が覗く所に、この作品が持つ深みがあるような気がします。
やりますね。長谷川圭一さんも(笑)。


さて。昨日の鬼太郎を見ていて、私も昔の体験を思い出しました。
テレビ業界で働く私にとって、今回のお話は大変身近に感じられるもので。アニメが身近というのもどうかと思いますが(笑)。

テレビというのはそもそも「撮影する」という所から素材作りが始まります。その場で起こっている事をカメラに収める。
こんな事は説明するまでもありませんね。

ですが、期せずしてその「収める」という事が大きな意味を持ってしまう事もありまして。取材、撮影対象によっては、今回の沼御前のエピソードにも似たような事が起こってしまうのです。
さすがに妖怪に襲われたことはありませんが、私もこれまで何度か奇妙な経験をしました。
もう随分前の事ですからお話してもいいでしょう。

私がまだADだった頃、親分であるドキュメンタリー番組の重鎮が、史実に関する特番を制作した事がありました。
江戸幕府三代将軍の長女として生まれた「千代姫」にまつわるお話でした。

千代姫は寛永16年、徳川光友と婚姻しました。その際の婚礼調度は「初音の調度」と呼ばれ、現在は国宝となっています。当時の宮使いの職人による贅を尽くした高度な調度品の数々は美術品としても大変価値の高いものでした。
番組は現在、名古屋市の徳川美術館に所蔵されている「初音の調度」を紹介しながら、千代姫の生きた時代を紐解いていく歴史ドキュメンタリーの形式だったのです。
この番組、当初からご難続きでした。


撮影素材のビデオテープに走る奇妙なノイズ。テープ管理はADの仕事なので、この現象には肝を冷やしました。
撮影途中の交通事故。この番組取材の途中、取材先から車を出した途端、後続車との接触事故が起こりました。めったに起こらない事で、スタッフ間で「この番組は危ない」との噂が囁かれだしたのはこの頃からです。


不思議な出来事はさらに続きました。
編集室の突然のトラブル。今までトラブルなど起こったことの無い編集室が、不意に制御不能に陥ったのでした。ベテランの編集マンも首をかしげ、機材をすべてチェックしましたが原因は分かりません。とにかく始めなきゃ先に進めないと、だましだまし始めた編集途中でも突然、電源が全てストップするという怪現象に見舞われる始末でした。
こうなるとさすがに恐ろしい。その時、百戦錬磨の親分ディレクターが語った事は今でもよく覚えています。
「歴史物っていうのは時々こういう事が起こる。有名な人物の過去を掘り起こすのは覚悟が要るんだ。」

番組完成後、編集上がりの放送用テープにも怪現象は現れました。編集時に何度もチェックしたはずなのに、画面には妙な形のノイズが。その時はさすがに歴史を彩った人物の、今なお残る思念を感じずにはいられませんでした。

その経験から数年を経てディレクターとして一本立ちした私。
過去のそんな記憶も薄れていましたが、不意に訪れた奇妙な出来事は、私に「歴史取材の恐ろしさ」を思い出させてくれました。

今も語り継がれる歴史のロマン、関ヶ原の戦い。慶弔5年、現在の不和郡関ヶ原町で、徳川家康と石田光成が一戦を交えた、誰もがご存知の大合戦です。
以前、この関ヶ原の戦いを採り上げる番組を手掛けた事がありました。これはやや明るいノリの番組で、女性リポーターが関ヶ原を訪ね、甲冑を纏った家康役の役者さんに案内されて合戦ゆかりの地を回るという、よくあるパターンの番組。

この時、撮影は別に何事もなく進んでいました。お天気も快晴、スタッフ間で冗談も飛び交う順調なロケでした。
奇妙な出来事はロケ終了後に起こったのです。
ロケも全日程が終わり、プレビュールームで撮影素材のテープを点検していた私は、あるカットで目を止めました。
そのカットは、合戦場の家康陣営から北西に進んだ俗に言う「決戦場」と呼ばれる場所で撮影したもの。リポーターが「ここが関ヶ原の戦い最大の激戦地で・・・」なんて喋っているカットでした。決戦場をロングで捉え、片隅にリポーターを立たせた何の変哲もないカットです。ところが。


そのカットだけ、画面が真っ赤なのです。

ビデオや写真を撮られる方はご存知と思いますが、カメラというものは普通、撮影前に「ホワイトバランス」というものを調整しますよね。外光や撮影場所の色合いに合わせ、白を基調にカメラを適正感度に補正することです。
このカットは決戦場到着後、カメラマンがホワイトバランスを合わせてから数カット撮影した後に撮ったもの。オープンロケで場所は移動していないのでホワイトバランスは取り直していません。前後のカットは普通に撮れているのです。
そのカットだけ明らかに赤い。考えられない現象です。

普通の「ちょっと赤っぽいな」じゃないんですよ。レンズに赤のフィルターを被せたんじゃ、と思うほどに赤い。
慌てた私はカメラマンに報告したのですが、彼は言下に否定しました。「ありえない。」


カメラマンには撮影した映像に関する責任があります。撮影時には細心の注意を払っている筈。その彼も、プレビュールームでそのカットを見て驚きを隠せませんでした。
「あの場所では最初にホワイトを合わせてから一度も再調整していない。こんな、何カットも撮っている中でワンカットだけ色が変わるなんて説明かつかない。」


結局そのカットは使えず、番組上は編集でなんとかしましたが、この現象については今だに説明がつきません。カメラマンの彼が言うのだから間違いないでしょう。
そのカットを覆った「赤」という色が、合戦の凄まじさや亡くなった多くの兵達の思いを代弁しているような気がするのは私だけでしょうか。

「初音の調度」「関ヶ原の戦い」など、歴史に名を残す大きな出来事は、後世にも何らかの影響を与えるものなのでしょうか。「その場面を切り取る」という映像表現の現場ゆえに遭遇してしまうこんな出来事。カメラは「人間には見えない空気」まで映しこんでしまう力があるのかもしれませんね。
それ以来、歴史物の取材には気を付けるようにしています。
何の力もない私などには、先人達を偲び、思いを馳せる事ぐらいしか出来ませんが。


超能力や霊感などには全く縁の無い私。
今隣に霊が座っていてもまったく気づかないでしょうね。
でも私、心霊現象って「アリ」なんですよ。
霊の皆さんが周りに居るのも「アリ」。
彼らにも「ネヴュラ」の読者として、好き勝手言って欲しいですから(笑)。

2007年4月28日 (土)

ウルトラ風味

開けちゃいました。マニアにあるまじき行為でしょうが(笑)。
先日、ウルトラマンシリーズ誕生40周年[オブジェクツ・サブジェクツ]展会場で買ったお土産「銘菓瓦せんべい」。

Photo_740 パッケージで買っちゃいますよねーこれ。ズルイですよ。これだけかっこいいプロップ写真が全体にちりばめられていたら手を出しちゃいますよ。包装紙欲しさに。
商売上手だなー。マルヤスさんも。


これをお土産にもらったら狂喜乱舞しますよね。
中身にものすごく期待しちゃいません?


Photo_749 去年の夏にもお話しましたが、この瓦せんべいを作った(株)マルヤスの小泉さんは、「ウルトラマンティガ」の助監督をされていた方で、事情によりご実家に戻らなくてはならなくなった事情があったそうで。
そのご実家がおせんべいのお店だったという。

それが縁で今でもこうした円谷プロとのお付き合いが続いているんですね。
本当に人のつながりの不思議さを感じます。

ちなみに去年の夏の記事「ネヴュラのティータイム」
http://spectre-nebura.cocolog-nifty.com/cultnight/2006/08/post_2ad8.html

Photo_750 中身はこんな感じ。普通の瓦せんべいですが、表面に流星マークが焼きこまれているだけで特別なものに。お菓子なのにコレクターズアイテムという。
マニアの性で、こういうのって見た途端食べていいのかどうか迷っちゃうんですよ。
前述の「ネヴュラのティータイム」で紹介した「ウルトラQ瓦せんべい」だって結局口をつけられず早や7年。
こんなのって私だけでしょうか(笑)。


Photo_751 味は普通の瓦せんべいでした。当たり前ですが(笑)。
でも普段瓦せんべいなんて買わないですから、ちょっと新鮮だったりして。
ウチのキャンギャル二人にも紹介してもらいましょう。
ちょっとコワモテですが。

「お子様のおやつ、
お客様へのお茶受けにいかがですか?」

でも、イデ隊員のコーヒーだけはカンベンしてね(笑)。

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目からウロコの二人組

久しぶりに寄った「Hobby off」。
最近はネットショップばかりで、リアルのお店を覗く事も少なくなっちゃって。たまには行かないと、という訳で。

「トイザらス」もそうですが、この手のお店は客層が広いところが良いんですよね。
いわゆるマニアの方々以外にも、ファミリーやカップルなどいろんな人たちが来るのが楽しいところ。平日だったのでお客さんは少なかったのですが、それでも居ました。
オタクショップでは絶対見かけない二人組が。

初夏を思わせるキャミソールにチューリップミニといういでたち。
指先のネイルまでしっかりとコーディネートした20代前半の女性達です。ショルダーバッグには大きくエルメスのマークが。

この二人、どうやら知り合いの男の子へのプレゼントを探している様子。
ガンダムのプラモデルを興味なさそうに見る仕草はあきらかに「素人さん」(笑)。二人は私の横を通り抜けると、あるウィンドーの前で立ち止まりました。近くに居た私には彼女達の会話が筒抜け。
その時片方の彼女が言いました。


「このキュウリみたいのでいいんじゃない?」

「キュウリ?」セリフを聞いた私は思わずそのアイテムに釘付けとなりました。
二人が去った後私が駆け寄ったウィンドー。そこには。


Photo_736 これがあったのでした(爆笑)。



皆さんに説明すれば「バカにするな!」と怒られそうなこれ。
言わずと知れたスーパーマリオネーションの名作、「サンダーバード」の最高人気機種、2号です。


「目からウロコ!」その時私は、本気でそう思いました。
正確には、ウィンドーに飾ってあったのはコンテナを切り離し4本の足を立てた、レスキュー状態の全長30センチほどのリアルモデルでした。
それにしても、あの有名メカを「キュウリ」と言い放つセンス!
なんて素晴らしいセンスでしょう!


結局彼女達は他のウィンドーに飾ってあったリアルなオートバイのミニチュアモデルを買っていきました。
何も買わなかった私が店を出た後、かみ殺していた笑いを爆発させたのは言うまでもありません(笑)。

Photo_737 1966年の「サンダーバード」初放送以来、イマイ、バンダイ、アオシマと受け継がれた金型をはじめ、一体何体の「2号」が世の中に放たれた事でしょう。
1960年代、70年代に子供時代を過ごした方々にとって、この「2号」には特別な思いが満ち溢れているのではないでしょうか。

以前、番組で知り合ったイギリス人のタレントに、本国イギリスでのサンダーバードの評価について尋ねた事がありました。
彼はこう言ったものです。
「子供の頃よく見ていた。ただあの番組はイギリスで制作されたけどセリフは【アメリカ英語】が使われていて、子供ながらにちょっと違和感を感じた。だからイギリスでは日本ほどの人気はない。」
日本での高い人気をよそに、本国での扱いはそんなものかと思ったものでしたが、それでも「2号」に代表されるサンダーバードの思い出は少しも色あせないのでした。
それはともかく。

熱狂的なファンの皆さんには怒られるかもしれませんね。
ただ私は、そんな歴史を彩った名作メカを「キュウリ」と言い放った彼女達に、たまらない愛おしさを感じてしまったのでした。

だって「キュウリ」ですよ。「キュウリ」(笑)。
世の中の移り変わりを感じますね。確かにフォルムといい色合いといい、キュウリに見えなくはない。コンテナを切り離した状態なら「輪切り」でしょうか(笑)。
その言われぶりはジェリー・アンダーソン氏も想像できなかったのでは。


オタクを長くやっていると、そのジャンル内での情報認識が徹底しすぎる弊害があります。
随分昔、「TVチャンピオン・TVヒーロー王選手権」で優勝した特撮ライター、大石真司さんがこんな事を言っていました。

「鉛筆、消しゴムなど普通のものを認識するような感覚で、怪獣の名前を言える。」
あまりにもその世界に没入しすぎると、普通の人が「怪獣」としか認識できないものが、一体一体の固有名詞まで普通に記憶できると言うんですね。
これは私も同じなので納得できます。「キンゴジ」「バルガメ」なんて日常用語ですし。でもそれは、一般の人たちには分からない一種の「隠語」と捉えられるんですね。


「2号」の場合、サンダーバードを知る世代とそれ以外の世代に分かれるので、必ずしもマニア間の隠語とは言えないんですが、ある種「世代間の隠語」と捉える事も出来ます。
ブーム当時、私の周りでは「2号」と言えば「サンダーバード」を意味しました。ウルトラホークではなく。
それは決して悪い事とは思いません。むしろある種の共通認識として同世代、同じ趣味の人々を結ぶ連帯感にも通じるからです。

今日の出来事があった後、部屋に帰って持ち合わせのアイテムを見回しました。大したものもありませんが、それなりに好きなものを集めた部屋を見渡しながら、「キュウリ」に匹敵する超絶解釈が可能なものを探したんですね。

ところが、私の頭は彼女達を超える事はできませんでした(笑)。
やっぱり頭が固くなってますねー。確かに作品に惚れ、デザインに惚れて手に入れたアイテムばかりですから、最初から「そのもの」としか認識できない。発想が広がらないんですね。

そもそもの出発点が違うんでしょう。サンダーバードを知らない、ブームを経験していない彼女達にはあのメカニックに対しての知識や思い入れがない。だから「キュウリ」と発想できた訳ですね。決して彼女達には悪気はなかったと思います。
物を作る上で、こういうニュートラルな考え方は凄く重要なんですよね。


平成ガメラシリーズについて書かれたある評論にこんなものがありました。随分前に読んだので出典は失念しましたが、核心を突いたものだったのでよく覚えています。
「確かに完成度は高いが、なんとなく怪獣映画が好きな制作者が怪獣映画ファンの為に作ったもので、どこか制作者・ファンの間で【閉じた】作品の感覚がある。」

平成ガメラに心を奪われた私はまさにファンの側。一般客からはそう見えたのかもしれませんね。
「それのどこが悪いの?」と言うのは簡単ですが、「物作りに当たっての平衡感覚の難しさ」を再認識したのも事実です。

金子修介監督は、決してそういう発想で平成ガメラを作ったのではないと思いますが、作り手の思いというものはどうしても作品に出てしまうんですよね。怪獣映画というのはこうじゃないと、という固定観念がどこかにあったと。ただこれも両刃の剣で、「固定ターゲットだからより高次元でテーマが描ける」のも事実。
映画という商業作品として、その落とし所が難しい部分でもあります。


ただやはり作品作りにおいて、発想の自由度は広くありたいと思うわけです。
私も平成ガメラは大好きですし、あれを否定してしまったら「じゃー貴女にとって怪獣映画って何なの?」って事にもなりかねない。あれも一つの「正解」ですしね。


でも私は今日、2号をキュウリと言い放った彼女達のピュアな精神を大事にしたいと思ったのです。同じものでも見る角度によってまったく違う印象を持てる。
怪獣映画黎明期のクリエイター達だって、怪獣という前例のない分野をそんな風に切り開いていった筈じゃないかと。
先入観と固定観念の袋小路に入り、身動きが取れなくなった感がある現代の怪獣達からの、苦痛に満ちた叫び声が聞こえるのは私だけでしょうか。


Photo_739 ここ数ヶ月ほそぼそと考えている「G×G」のストーリーを、もう一度練り直そうと思っています。
やっぱり固定観念に捉われすぎていますねー。
「ガメラ」「ゴジラ」って所から考え直さないとダメかなー。
もともとメチャクチャなストーリーでしたが、さらに破天荒なものになりそうです。「キュウリ」の発想を取り入れた「G×G」。考えただけでもワクワクします。

最後に。
Photo_738 「Hobby off」を後にした私は、別のお店でこれを買い求めました。
これ、私が大好きな作品のキャラクターなんです。お分かりですよね。
正統派ファンからはやや引かれている作品。

この作品を「発想の飛躍」と見るか「冒涜」と見るか。
貴方はどちらですか?(笑)

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2007年4月25日 (水)

閉ざした部屋に雨が降る

・・・ちょっと飛ばしすぎました。
一昨日、昨日に渡るトークショーの記事。
あまりに強い思い入れが祟り、お話がだらだらと長くなりすぎましたね。
コメント数0という惨憺たる結果がその愚行を如実に表しています。
ちょっと反省しました。今日は思いっきり力を抜いて。
ただの日記です(笑)。

Photo_729 今日たまたま寄った近所のスーパーで、こんな物を手に入れました。
サントリーのペットボトル4本、BOSSバケツ付き。

こういうのに目がない私はすかさずゲット。
バケツは数色ありましたが、このイラストのイメージから黒をセレクト。
うーんカッコイイ。

Photo_730 で、今ちょっとハマっているのがこのCD。
実は昨日買ったものなんですが。
「アイソトニック・サウンド~レイン」
というタイトル。

いわゆるリラクゼーションCDですね。

「レイン」のタイトル通り、内容は色々な雨音に合わせてゆったりした音楽が奏でられるというもの。これ、意外とヒットでした。
私は結構雨音好きで、この時期の春雷やそぼ降る雨の調べなどに癒しを感じるタイプ。
夜、明かりを落とした部屋でこれを5.1サラウンド再生すると、CDそのものは音が分かれなくても、部屋のあちこちから聞こえる雨音がいい感じで私をリラックスさせてくれるのです。

Photo_731 このCDにはシリーズがあって、「空」「海」「森」など、疲れた体や頭をほぐしてくれるものがいろいろ。
とりあえずこれだけ買ってしまいました。


Photo_735 心地よい睡眠を求めて、この2枚。




Photo_733 一応女子としては、夏に備えてこんなのも。
「スーパー・ダイエット」の方は、なんとBGMに合わせてストレッチのナレーションが入るスーパーシュールな一枚でした(笑)。

他にも数枚買いましたが、出費はほんの僅か。
なにしろ一枚50円でしたから(爆笑)。

ついてですから、最近買ったCDもお見せしましょう。
Photo_734



やっぱりコレ(笑)。

2007年4月24日 (火)

桜井Pとの約束(発動篇)

「せっかくですから、皆さんご質問などあれば。」
水を打ったように静まり返るトークショー会場。
チャンスは逃がさない!私は反射的に手を上げていました。


【接触篇】をご覧頂いた皆さん、今回はその続きです。
ご覧になっていない方は、大変お手数ですが前回の記事からご覧下さい。

今月21日に行われた、「ウルトラマンシリーズ40周年[オブジェクツ・サブジェクツ]トークショー。桜井「由利ちゃん」浩子さんをナビゲーターに迎え、原口智生特技監督、照内潔カメラマンなどと盛り上がったトーク開始45分後。不意に「質問タイム」は訪れたのでした。

実は私、こんな機会に備えて質問をいくつか用意していたのです。
いずれも長年気になっていたウルトラ世界の疑問でした。
でも今日のメンバー、前回の記事より続くトークの流れからしてあまりにトンチンカンな質問もどうかと思って。
弱気な私をお許し下さい。質問は今回の写真集[OBJECTS]に関する事になってしまいました。
でも内容は以前の記事(4月19日)で心を打った事柄について。
決して手を抜いた訳でもなく(笑)。

「ウルトラも今年で「Q」から数えて41年。プロップもそれだけの歴史を経ている訳ですが、その経時変化によりプロップに刻み込まれた「味」のようなものは、今回の写真撮影で意識されたのでしょうか?」
これが私の質問でした。

Photo_720 Photo_721 「いや。まったく意識していません。」
すかさず答えたのはカメラマンの照内氏。

かぶせるように原口監督も「そこにあるものをプレーンに撮る。それが今回の「当初の」コンセプトだったんです。」とのお答えでした。
「ところがですね。」と原口氏。
実際撮った写真が一冊の本になった時、そこにはなにやらストーリーめいたものが感じられると言うのです。


それは撮影の途中、照内氏が撮る写真に原口氏が感じたエモーションに起因していたようです。さらにもう一つ要因が。
40年前のプロップなので骨組みが見えたり、表面がはがれたりしているのは当たり前で。それはそういうものとして撮る。それが方針だったんですが、実はそのアプローチには若干の心配もあったそうです。
「カサカサした写真集になってしまうのでは」というもので。

原口氏はその危惧を解消する為、一つの仕掛けを考えました。
レプリカプロップの撮影です。

今回の写真集、展示会の出品プロップには、コンディションの悪化や現物の廃棄により展示不可能の物もあったそうです。
そういうプロップはレプリカを作ることにより現物の雰囲気を味わってもらおうという意図があったとか。


Photo_722 「ジェットビートル」の50センチサイズプロップを、オリジナルの木型を使い精密に再現したレプリカがある事は、ファンの皆さんにはよく知られた事実です。
同じような経緯で科学特捜隊の超兵器「スパイダーショット」もレプリカが作られました。
これら、ディテールも良く表面処理も美しいレプリカをオリジナルプロップに加え、ある意味「スパイス」とした事が、写真集のストーリー性を際立たせた要因なのだそうです。


Photo_723 「これらレプリカはオリジナルの木型から作られたもの。他のレプリカとは違う由緒正しいプロップなんですよ。」と会場を沸かせた原口氏は、今度は少し真顔で「新しいものを入れていくのも大事」と結びました。
そういう仕掛けや照内氏の感性が、写真集にストーリー性を加えたと言うんですね。

私はここで、丁寧に答えてくれた原口氏にお礼を言いたかったんですが、話は思わぬ方向に展開してしまいました。原口氏の言葉を受けて桜井「フジ」浩子氏から当時のビートルについての証言が出たのです。それも私の目を見ながら(喜)。
「当時のビートルのプロップはもっと汚かったんですよ。私が見たビートルはあのレプリカみたいに綺麗じゃなくて。赤の部分はもっと朱色っぽくて、シルバーの部分もテカテカだったのをヤスリで削り落としたような感じでした。」
なんて貴重な証言!そんなお話初めて聞きました。それも関係者ご本人から。

桜井氏は続けます。
「当時のビートルはあんなに艶々で色っぽくはなかった。
原口さんなんか物凄くビートル好きでしたもんね。
女性とビートルとどっちが好きなの?」
フジ隊員の暴走に原口監督も「・・・ビートルです」と合わせるのが精一杯。
優しい人ですね(笑)。


お話はこんな感じで続いたのですが、私の質問からここまてで約15分。随分お話が広がっちゃったなーとちょっと罪悪感も。でもお話はまだまだ展開したのです。
「ジャミラプレート」にまつわる実相寺昭雄監督のエピソードです。

Photo_724 今回撮影の為、集められたプロップは門外不出のものがほとんど。
中には監督など、当時の関係者に渡ったプロップもあります。
ウルトラマン第23話「故郷は地球」で登場した悲劇の宇宙飛行士ジャミラ。彼の名が刻まれた「ジャミラ・プレート」は、このエピソードの監督、実相寺昭雄氏の元に渡っていました。

今回の写真集制作に当たり、プロデューサーである桜井氏は実相寺氏にプレートの貸し出しを求めたのですが、桜井氏曰く「へそ曲がりのオヤジ」の実相寺氏は無理な条件を要求。
その条件とは「撮影期間中、実相寺氏が横でずっと付いている事」。


「ありえない事ですよ。無理な事なのに要求してくる。」怒り半分、冗談半分の桜井氏の横で「いや、僕が頼んだら貸してくれましたよ」と原口監督が涼しい顔で話していました。
実相寺監督の性格、ジャミラへの思いがよく分かるエピソードですね(笑)。

質問コーナーも終わりトークショーもエンディング。
ここでまたしても原口監督から貴重な情報が。
Photo_725 「ネヴュラ」4月19日の記事で採り上げた「ラゴンヘッド」についてです。
このラゴンヘッド、私は今回の展示会で現物を初めて見ましたが、原口監督によるとどうやらこのプロップは「今回が最後の展示になるかもしれない」と言うのです。


ラゴンヘッドと言えば、今まで専門誌などで比較的露出の多かった物は故・高山良策氏が後年制作したレプリカでしたよね。今回展示のオリジナルはその存在さえ知られていなかったはずです。それもその筈。高山氏のご夫人、利子さんが工房外への持ち出しを禁じていたのです。
劣化もひどく、もう何年も形を保てないプロップですからお気持ちもよく分かります。

今回の展示に関しても利子夫人はかなりの難色を示したそうですが、写真集[OBJECTS]を見てなんとか展示を許可していただけたのでした。
[OBJECTS]は2004年の発売ですから、撮影から3年を経てまだこの写真集は関係者を感動させるお仕事だったんですね。


いやー本当に貴重なお話が聞けました。
今までのウルトラ関連のトークショーの中で最も充実した時間を過ごせた一時間あまりでしたねー。
ところがその後、さらに感動の時間が待っていたのです。

「サイン会を開催しますので、ご希望の方は並んで下さーい。」
いい年してサイン会に並ぶのも気恥ずかしかったんですが、やっぱり機会があれば並んじゃう私。実は当日、そんなチャンスを予想してバッグには「ペギラ」のソフビを忍ばせてあったんです。
でも残念ながらペギラちゃんの出番はありませんでした。
「なんて可愛い!」
私の目は、売店に並ぶその一頭に釘付け。

Photo_726 M1号製、100体会場限定の「蓄光ジャイアントナメゴン」ソフビ。
目まで入れて高さ33センチもあるんですよ。結構大きい。
でも何と言っても私を虜にしたのはその色でした。この蛍光グリーンがなんとも言えない可愛さを発していたのです。

「ペギちゃんごめんね。」とばかりにこのナメちゃんを抱え、レジへダッシュ。ご覧のとおり、ナメちゃんに直接サインしてもらったのでした(笑)。

「先ほどはいい質問をありがとうございました。」
桜井さんはここでもしっかり私の事を覚えていてくれました。
ナメちゃんを見るなり「うわーすごいですねー。この色。」なんて言いながらサインする桜井さんに私は声をかけました。

「私も映像関係の仕事をしているので、今日のお話は大変興味深かったです。」
その瞬間、桜井さんの目が変わりました。
「えっ?名古屋でですか?」「はい。そうです。」
「お名刺お持ちじゃありませんか?」


なんて急展開。桜井浩子さんと名刺交換のチャンスが。
ところがその日に限って持ち合わせがなく。
「ごめんなさい。今日は持ってないんです。」
「じゃあ展示会の会期中に、受付にでもお持ちいただけませんか?是非お願いします。」
「あー、はい。」


その時、私は思いました。
この人はもう、かつての「由利ちゃん」「フジ隊員」じゃない。
円谷プロを盛り立てようと奮戦し、全国各地につながりを持とうとするプロデューサーなんだなと。
「同じ土俵に立っている。」
不意に浮かんだのはそんな感慨でした。
と同時にもう一つの思いも。

目の前に居る女性は、あの「毎日新報」の由利ちゃんが成長した姿なんじゃないかと。
田島義文さん演じるデスクに怒られながらも頑張っていた由利ちゃん。
その彼女が一つの仕事を背負って立ち、気負っているような。
そんな不思議な感覚にも捉われてしまったのでした。


Photo_727 桜井さんのサインが入った怪獣がまた一体増えました。
でもその位置づけはまったく違います。
以前「バゴス」にもらったサインは「女優としての桜井浩子」
今回は「プロデューサー・桜井浩子」。
私などにもつながりを持とうとしてくれた「職業人」としての顔を持つ、一人のスタッフなのです。


「名刺を届ける」という、彼女との約束は果たします。
「由利ちゃん」でもなく「フジ隊員」でもない。
「円谷プロの桜井プロデューサー」との約束ですから。
それがたとえ桜井氏の社交辞令だったとしても(笑)。

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2007年4月23日 (月)

桜井Pとの約束(接触篇)

「・・・やっぱりエレベーターが良かった。」
性懲りもなくエスカレーターに揺られながら、私は苛立ちを覚えていました。

そんな情けない天然ぶりを反省しながらたどり着いたパルコ8階。
先日から「ネヴュラ」でしつこくお話している
「ウルトラマンシリーズ誕生40周年[オブジェクツ・サブジェクツ]会場です。
4月21日土曜日・午後2時。この展示会、そして写真集「OBJECTS Imagination of ULTRA」のプロデューサー、桜井浩子さんをナビゲーターとして開かれたトークショーに、私は満を持して参加したのでした。

桜井浩子さんと言えば、ウルトラファンにはもう説明する必要もない重要人物。「ウルトラQ」では勝気な新聞記者、江戸川由利子役で。また「ウルトラマン」では科学特捜隊の紅一点、フジアキコ役として有名な女優さん。元祖「ウルトラヒロイン」です。
彼女の役割はトークショーのナビゲーター。
他のゲストをリードしながらお話を転がしていく司会者のポジションです。ここ数年、ウルトラ世界に於ける彼女の位置づけは「出演者」から「スポークスマン」に変化しつつありましたからそれも納得できるところで。
ましてや今回の写真集、また展示会もご本人のプロデュースという事でしたから、その意気込みも大きいものがあったのでしょう。

ゲストとして招かれたのは「ウルトラマンメビウス」最終二話の特技監督として有名な原口智生氏・今回の写真集のフォトグラファー照内 潔氏。このメンバーにナビゲーター桜井氏を加え、トークショーはまず三名でスタートしました。

私、そもそもこの展示会はBPさんのブログで知ったものですから、トークショーの中身や目的などまるで見当が付かなかったんです。
せいぜい「ウルトラプロップの魅力」や「展示会開催の経緯」などが話題に上るかな、程度の認識だったんですね。
ところがトークショーが始まると、私のそんな認識は実はまったくビント外れだった事が分かりまして。
相変わらずおバカな私でした。

Photo_713 今回の展示会は、そもそも3年前に発売されたこの写真集から派生したものだったんですね。プロデューサー桜井氏の談によるとこの[OBJECTS]という写真集は、そもそも桜井氏と40年来の遊び仲間だったアートディレクター金原明彦氏が携われた、別の写真集に端を発していました。
ここで桜井氏の紹介で金原ディレクター登場、トークショーは4人で進められる事に。)
照内氏の写真・金原氏のデザインによって作られたその写真集はウルトラとはまったく無関係のものでしたが、桜井氏は女性の感性で「こういう、大人や女性が見ても面白いウルトラの写真集を作りたい」と思い立ったそうです。
そして「ウルトラを応援する子供達にも、本物を見せる事でどこか心に残る物を作りたい」という思いも手伝ったとの事。

4年前から円谷プロの制作部門に正式所属し(飯島敏宏監督にも勧められたそうですが)映像部門とは別の角度からウルトラ世界を広める役割を担った彼女にとっても、絶好のテーマだったのでしょうね。

そんな「おしゃれな写真集」を目指した彼女でしたが、とにかく照内氏、金原氏ともウルトラに関してはまったくの素人。
この現状を知った時、彼女はある人物に白羽の矢を立てました。それが三人目のゲスト、原口監督なのでした。

桜井氏からこのお話を振られた原口監督は「何で俺が」的な感触で、さほど乗り気ではなかったようです(笑)。しかしウルトラオタクを自認する原口氏。桜井氏に口説き落とされるまでもなく、ウルトラプロップを目の前にして次第にエンジンもかかっていったのでは。

[OBJECTS]というタイトルが示す通り、当初この写真集は「ウルトラQ・マンで使われたプロップを「無機質な物体」として捉え、非常にクールに演出するというコンセプトでした。
Photo_714 つまりウルトラマンマスクであれば「ウルトラマンという宇宙人の顔」という捉え方ではなく、「マスクというプロップ」という捉え方で挑んだ訳です。そこには非常にクールな、ある意味突き放した視点が存在します。
実際ご本人の絵コンテにもその視点は貫かれていました。

メンバーも揃い、桜井氏の指揮の下写真の撮影が始まりました。ここでは全てのクリエイターがお互いの癖を探りあいながら作品制作に挑みます。
ここで面白いお話がありました。

桜井氏は当初、原口監督と照内カメラマンのファーストコンタクトに気を使ったとの事。
片や「メビウス」の特技監督、片や「LEON」など第一線のファツション誌を手掛けるフォトグラファー。個性のぶつかり合いです。この交通整理もプロデューサーの重要なお仕事。
しかしその後の心配は杞憂に終わった、と桜井氏。

レイアウター金原氏を含め、挨拶から一時間もすると三人はまるで少年のように目を輝かせ、撮影に没頭していたとの事。
桜井氏はこう語りました。
「私もQ・マン当時、多くの才能あるスタッフとお仕事をして分かったんですが、才能あるクリエイターは【自分を主張しないで、相手の主張を取り込みながらうまく協調し、クリエイトしていく】までの時間が早いんです。」

ウルトラシリーズに貫かれるクリエイター達の才能は、傍観者であった桜井氏にはそんな風に映ったんでしょうね。
その後桜井氏は安心して「弁当買出しのおばさん」に徹したとの事ですが(笑)。

撮影が進む内に、原口監督は出来上がってくる写真がご自分の演出意図と若干ズレていくのを自覚したそうです。
「視点がクールではなくなっている。」

これはカメラマン照内氏の感性とのズレから発生するものでした。ところが原口氏は、そのズレをプラスに解釈し、実にスムーズにコンセプトの修正を行ったそうです。
「プロップをそのまま撮ったとしても、そこにはエモーショナルなものが生まれる。」

Photo_715 「ネヴュラ」読者の方々は過去の記事でご覧になったと思いますが、今回の展示会のチラシに採用された「見返りウルトラマン(原口監督談)」の写真は、実は原口監督の絵コンテには無かったのだそうです。これは完全に照内カメラマンのアドリブカット。
このビジュアルを見た時、原口監督は非常にエモーショナルなものを感じたとの事。

Photo_716 そのカットが写真集のある種の方向性を決めたようで、事実写真集のラストページにも掲載されています。
「エキサイティングな仕事というのは、自分が思ってもいない作品が出来た時なんです。」と語る原口氏。

プロップを無機質な物体として捉えるコンセプトが、エモーショナルな作品に刺激を受けて変わっていく瞬間。

これは私も日々のお仕事でよく味わいます。
過去にもお話しましたが、ロケで「こんなカットが欲しい」と指示し、スタッフによって切り取られたカットをモニター越しに見た時、それが自分の思い描いていたカットと大幅に違う事はよくあります。それは必ずしも想像以上で無い事もありますが、そんな中私の想像をはるかに超えた名カットが生まれる事も多いのです。

その時味わうエキサイティングな感触はまた格別で。
「いい仕事」とはそういう、予定調和じゃない部分に生まれるんですね。

Photo_717 Photo_718 桜井氏はじめ、出来上がった写真集に寄せるコメントはいずれも「ウルトラプロップへの新しい視点」についてでした。
例えば桜井氏が一番気に入っていたカット「ゼットン星人の円盤」については、「正直こんなにくたびれたプロップなのに、その一部を切り取った写真を見た時、まるで真珠の首飾りのように美しい。ウルトラのプロップはこんなに美しいデザインなんだ」と再認識したとか。

他にも面白い裏話が展開される事45分。
規模も全く違い、比べる事さえ恐れ多いですが、作り手のはしくれの私としてはこういう「物を創り上げていく過程」のお話が非常に興味深い。
それも大好きな桜井「由利ちゃん」浩子さんが自分の言葉で、ちゃんと内容を伴うトークを展開している事が大変嬉しかったのでした。


「由利ちゃん」からわずか1メートルの至近距離でトークを楽しんでいた私は、この時間までにもかなり「由利ちゃん目線」を意識していました。私も制作者としてこの手のトークショーで「喋る側」のスタッフをよく経験しましたが、こういう時、しゃべる側と言うのは「目を合わせる人」に対して積極的になるんですよ。
いくら業界人とはいえ、大勢の人々の前で喋る時はそれなりに「指針となる人」を見つけるものです。自分のトークがどう受け取られているのか。「喋る自分と目を合わせる客」をある程度意識せざるを得ない。「自分の味方を増やそうとする」と言うか。
今回、私はその役に徹しました。ご本人にとっては迷惑だったでしょうが(笑)。
会場内を一周した彼女の視線は、必ず私に戻ってくるように心がけたのです。おかげでトークショー後半、彼女のトークの緩急が手に取るように分かりました。
聡明な方ですね。ゲストのトークをうまく引き出し、また脱線した時はうまく軌道修正する。
この手腕はおそらく、長年のウルトラ関係のイベントで培われたものでしょう。

Photo_719 さて、ここで案内スタッフから、待ちに待った一言が出ました。
「質問コーナーとしましょうか。」

・・・・続く(笑)。

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2007年4月21日 (土)

ジェットビートルは色っぽい

Photo_712 さっき帰宅しました。
予告していた[オブジェクツ・サブジェクツ]
トークショー。
ウルトラ世界の追体験として久しぶりに充実した一時間でした。
数年ぶりに「由利ちゃん」にご挨拶もできたし。

今、現場であったやりとりなどを自分の中で整理中。
いろんな事があったので、おバカな私にはすぐに文章化できないのです。
もう少しお時間を下さい。

ちなみに今日のプログタイトルはトークショー現場である人物が放った言葉。
少なからず私も関係しています。
その言葉の謎も次回更新にて公開しましょう。

あの人との最後のやりとりも、感動したなー。

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2007年4月20日 (金)

予習完璧

Photo_711 明日の「ウルトラマンシリーズ誕生40周年[オブジェクツ・サブジェクツ]トークショーに備えて、昨日手に入れた資料をチェック。
ネタはかなり古いですが。

昨年7月11日から9月24日まで川崎市岡本太郎美術館で行われた
「ウルトラマン誕生40年の軌跡 ウルトラマン伝説展」の図録。
伝説展に寄せてウルトラシリーズに関係した方々の証言を集めたDVD。

この「伝説展」、私は行けなかったのですごく悔しい思いをしていたのですが、この図録とDVDでかなり展示の内容も分かりました。
特にDVDは思った以上の収穫で。
これまであまり語られなかった裏話が関係者自身の口から出るのは大変興味深く、良質の特番を見た時のような感銘を受けました。

これで明日のトークショーへの予習もバッチリ。
原口智生氏を迎えた明日のトークショーは、おそらくウルトラシリーズのプロップ造型に関するテーマで展開されるでしょうから楽しみです。
質問コーナーなんかあるといいですが。
私、一つだけ質問したい事があるんですよ。

トークショー前日でこれ以上お話を引っ張る事もできませんね。
後は本番終了後にお話します。
ごめんなさい。今日はこんなところで。

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2007年4月19日 (木)

総天然色ウルトラQ

「エレベーターに乗れば良かったかな。」
狭いエスカレーターで会場へ向かう私の心は、少しそんな苛立ちに包まれていました。

その思いには二つの理由が。一つは移動時間の短縮。
もう一つは「友野健二の気分を味わう為。」


先日、よく拝見させていただくブログ「★究極映像研究所★」さんの記事でウルトラQ・マン撮影プロップの展示会が開催されている事を知った私。
地元で、しかも毎週のように通っている職場の近くでこんな面白い展示公開が行われているとはと、今日お仕事が終わった後早速覗いてみたのでした。

Photo_700 ウルトラマンシリーズ誕生40周年[オブジェクツ・サブジェクツ]とタイトルされたこの展示会は、従来の「ウルトラマンフェスティバル」的なイベントとは若干趣が異なるもので、作品を「Q」「マン」のみに絞り込み、撮影プロップの実物を「アート」として捉え展示するというものでした。

詳細はこちら「パルコギャラリー」まで

http://www.parco-nagoya.com/web/gallery/07ultraman/


会場となるパルコ8階のギャラリーにたどり着いた私は、その受付の簡素な雰囲気にちょっと違和感を覚えてしまいました。
「これがウルトラ関連のイベント?まるで美術館の特別展のノリじゃん。」

実際、子供連れのお母さんを拒否するようなその雰囲気。
Photo_701 今回のイベントの趣旨をよく表していました。
確かに「黒バックにバックショットのウルトラマン」という、子供向きではありえないチラシのデザイン一つを見ても、「大人のウルトラ」を演出するプロデュースサイドの意気込みがにじみ出ていて。
身構えながら足を踏み入れた会場はやはり子供が駆け回れるノリではありませんでした。
照明を落とした会場。もはや伝説化したウルトラシリーズの始祖、「Q」「マン」の実物プロップが整然と並ぶガラスケース。

今日は平日。午後2時を少し回った頃です。会場の周りを取り囲むテナントは最新流行のウェアが並ぶブティックがほとんど。そんな中、白昼にポッカリと口を開けたこの40年前の空間は、陳腐な表現ながらまさに「アンバランス・ゾーン」に迷い込んだような不思議な感覚を私に抱かせるのでした。

過去にも何度か美術館の取材を経験した事があります。
学芸員の方にお聞きした事ですが、展示会の趣旨、主催者側の主張は美術品の展示の仕方、他の展示品との位置関係や順番などに表れるそうです。

同じ傾向の作品が並べば二作品を繋ぐ接続詞は「そして」。
あえて違う傾向の作品を並べれば接続詞は「しかし」となる。
美術と言うのはそう見るものだ、とお聞きしました。


今回の[オブジェクツ・サブジェクツ]の展示コンセプトも、さすがに大人の観客を相手にしただけあってそれなりのストーリーが感じられて非常に興味深いものがありました。
ただそれは実際に会場を訪れた方だけが感じられるものかもしれません。私が捉われた思いもここではお話しない事にしましょう。
おそらく訪れた人の数だけ感じ方も違う筈。
今回はただの「プロップ展示」とは違う意味合いを持つのです。

「アート。」それはまさにアートなのでした。主催者側の意図もそこにあったのかも知れませんが、製作後40年を経たウルトラのプロップたちは既に撮影に使われたものというだけでなく、時の重みが染み付いた不思議な魅力を訴えかけてくるのでした。
今回、展示内容は「Q」「マン」という分け方を採っていません。プロップのサイズが占める空間、プロップ一つ一つが放つ空気を重要視している為、作品毎に固めていないのです。
回廊を巡るのも非常に楽しい。
映像作品を通じて穴の空くほど見た小道具の数々が実に新鮮な驚きを持って目の前に現れます。この驚きと感動は、私の稚拙な文章ではとても伝えられません。


とはいうものの、これで終わっちゃうと「ネヴュラ」じゃなくなっちゃいますし(笑)、やはりそれなりの意見も言いたいお年頃なので(何を言ってるのか分からなくなってきましたが)今回は舌足らずながら、数々のプロップの内「ウルトラQ」関連のいくつかに絞ってお話を進めていくことにしましょう。

Photo_702 一つお断りを。今回の展示会、会場内は撮影禁止でした。プロップに触れるのも厳禁。
ですからこの後アップされている写真はすべてこの展示作品写真集「OBJECTS Imagination of ULTRA」からの複写です。
印刷物をそのまま撮影していますから網点が目立ちますが、現物に極めて近い状態のものですので、
これらをご覧頂ながらしばし観覧気分をお楽しみ下さい。

Photo_703 会場に入った最初の空間。私の正面には第19話「2020年の挑戦」のクライマックスシーン、ケムール人掃討の舞台となった遊園地の「コーヒーカップ」が置かれていました。
直径122cmとかなり大きいものです。この置き方がちょっと面白くて。ガラスケースの中、斜めに立てかけてあったんです。

「Q」はモノクロ作品ですから当然カラーで見るのはこれが初めてなんですが、思った以上にカラフルですよね。しかしながらこの色合い、どこかで見たような・・・
「廃墟」じゃないかと。

かつて客の入りもよく盛況を誇った遊園地や、ちょっと郊外にあるドライブインなどが寂れて営業停止になり、荒れ放題になったあの雰囲気。風雪に晒されて作られた一種独特の雰囲気を感じたんですよ。
あの、時に見捨てられた廃墟に感じる不思議な魅力が、このコーヒーカップには溢れていたのです。


考えてみればこのプロップだって40年の歳月を乗り越えてきている訳で。そういう空気を醸し出しても不思議じゃない。
今回の展示会はただ当時を偲ぶというファンの思いとは別の部分、プロップの経時変化が醸し出す「アートとしての魅力」が全面に押し出されているのです。


Photo_704 「コーヒーカップ」の右側、ちょうど角地になったところに展示されていたのが第17話「1/8計画」で使われた「由利ちゃんのカメラ」。由利子がこのカメラを見て不思議がった後、人間縮小機で1/8サイズにされた事を知るショッキングなシーンは「Q]屈指の名場面でした。
このカメラは幅86cmあります。やはりかなりの大きさですね。材料がトタンと木材であった事は後にカタログで知ったのですが、始めて見た時は金属の削り出しかと思いました。
「触っちゃいけない」と思いながらどうしても材料が知りたくて、軽く触れてしまったのもご愛嬌(笑)。

でも見た感じ、とても木には思えませんでした。おそらくこれ、製作された当時もそれなりに精巧な出来栄えだったのでしょうが、これが40年を越えてまたいい具合に「年季を経た感じ」なっているんですよ。先ほどのコーヒーカップとはまた別の意味で「オブジェ化」していると言うか。
これも主催者側が意図した部分だったのでしょうか。この大きさのカメラがいきなり角地に置いてある。この感覚がとても「アート」な雰囲気でした。


Photo_705 メインルーム。その中央に恐竜の実物大化石のように立っていたのが、第12話「鳥を見た」に登場する古代怪鳥「ラルゲユウス」の足。ドラマ後半、文鳥サイズから見る見る40メートルにまで巨大化し、街並みを吹き飛ばしながら過去へと帰ってゆくラルゲユウスの一種幽玄なイメージは、その後の幾多の「怪鳥エピソード」と一線を画すものでした。
この足は東宝特殊美術課の作だそうです。写真は元が小さい図版を足先だけトリミングしたのでちょっと荒いですが、実物はかなり精巧にできています。長さ67cm、高さ110cm。

しかしながらこの足、40年の時を経たとは思えない程状態がいいんですよ。今にも動き出しそうな感じで。これはどういう事なんでしょうか。
前述のコーヒーカップやカメラと違い、「生き物」というのは経時変化により生物感が増すのかもしれません。素材の劣化や汚れがリアル感を増すと言うか。

確かに怪獣のガレージキットなどは生物感を演出する為に意図的に汚しをかけますよね。こういうプロップの場合、経時変化がそのままいい汚しになっている訳です。
その効果は、これからご覧頂く「名獣」のパーツをご覧いただければお分かりと思います。


Photo_706 第一話「ゴメスを倒せ!」に登場する古代怪獣「ゴメス」の角。幅32cm、高さ16cm。
これなど「先日発掘された恐竜の骨格標本」と言われても納得してしまいそうなクオリティーを誇っています。東宝特殊美術課の作なのでその出来は折り紙付き。素材はポリエステル樹脂だそうですから型を作って流し込んだのでしょう。ラルゲユウスの足、ゴメスの角などを眺めていると、今度は歴史博物館の一角にでも佇んでいるような錯覚さえ覚えます。
照明効果も効いているのでそんな風に感じてしまうんですよ。


Photo_707 今回、「Q」関係で私が最も驚きを感じたのがこれ。第20話「海底原人ラゴン」に登場した「ラゴン」の頭部マスクです。以前にも何度かウルトラ関係のプロップ展示会は足を運びましたがこのラゴンは今回初対面で。
第一次ウルトラ作品の怪獣に共通して言える事に「目」と「皺」の表現があります。
骨格から逆算される皺、生物感と「眼差し」を意識した目の表現。高山良策が生み出す怪獣の魅力はそんな「生命を感じる造型」にあるような気がするのです。今回この「ラゴン」を目の当たりにして改めて思いを強くしました。

というのは今日、私は展示室でガラスケースの奥から「目線」を感じたのです。
深度5000メートルの海の底から、地上をじっと見据える眼差し。40年の時を越え、今なお人類を射抜く強い視線。

歩み寄った私は、改めてその造型技術の高さに戦慄しました。感動ではなく「戦慄」。
ガラスケースの中で、ラゴンはまだ生きていたのでした。

私の文章力でこれ以上の表現は出来ません。後は写真をご覧頂下さい。
「オブジェ」「標本」[視線」。芸術作品が本来持つ「刺激」の数々が、この展示会にも溢れていたのでした。


Photo_708 随分前にもお話しましたが、やはり生物感の決め手は「目」ですね。目と言えば、今回目だけの展示だったのがこの「ナメゴン」。
第三話「宇宙からの贈りもの」に登場した火星怪獣でした。

この目、以前「ウルトラQ」のDVDBOXにショップ特典としてレプリカが添付されていましたが、オリジナルを見るのは今回が初めてでした。
レプリカはオリジナルに近い色を再現したとありましたが、なるほどその通り。家で見直してみようと企んだのもつかの間、意外な展開がありました。

2_15 今日、写真集の購入特典として同じレプリカが付いてきたのです。家へ帰って二つ並べると、あらーそれぞれ色が違う。左がDVD特典、右が写真集の特典です。まーそれはそれで。いい記念になります。
これで実物大のレプリカナメゴン再現も夢ではないと(爆笑)。


実は「Q」関係には他にもプロップが沢山あったのですが、今回はこれくらいにしておきましょう。実は私、もう一度この展示会を訪れる予定があるのです。
Photo_709 あさって土曜日お昼2時。桜井「由利ちゃん」浩子さんをナビゲーターに、展示会のディレクター原口智生氏、フォトグラファー照内潔氏のトークショーが開かれます。
ちょっと面白いお話が聞けそうで。行ってみようと思い立ちました。

Photo_710 地方に住む私。こんな機会も少ないですし、ここ数日はウルトラ世界にドップリ浸かるのも悪くないかと。至福の時を楽しむ私をお許し下さい。
トークショー後、今日割愛した「ウルトラマン」プロップ篇も合わせてアップする予定です。
またいつものおバカなお話。
例によって期待しないでお待ち下さいね。

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2007年4月17日 (火)

灼熱のイメージ・リーダー

「ガンダムって、カッコ悪いよね。」
三日近くの沈黙後、いきなりの問題発言でごめんなさい。
これで何人の読者を敵に回した事でしょう(汗)。

ただこの過激なセリフは私のものではありません。
実に数十年前、懇意にしている模型好きの先輩の口から出た言葉でした。

「機動戦士ガンダム」。「ネヴュラ」読者ならずとも今更説明する必要の無い大ヒットタイトルですね。
1979年の初作から現在まで新作が連綿と作り続けられるアニメシリーズの金字塔です。20世紀の子供文化を語るとき、ウルトラマン、仮面ライダーと並び時代を超えて愛され、今もその人気は留まる所を知りません。

この「機動戦士ガンダム」については、実は私はあまり語る術を持ちません。
言えるのはせいぜい初作のオンエアを全話リアルタイムで見た事ぐらいでしょうか。

この作品が放送された当時、私はご他聞に漏れず「宇宙戦艦ヤマト」あたりから盛り上がった70年代SFブームの波にもろに飲み込まれ、「ウルトラマン」の再編集劇場版や「スター・ウォーズ」などをむさぼるように追いかけていました。

購読していた雑誌「アニメージュ」の新作ニュースでこの作品の放送開始を知った時もその扱いは非常に小さいもので。同時期に放送を開始した東映作品「未来ロボダルタニアス」の派手なビジュアルの影で、ページの隅に小さく掲載された安彦義和画のアムロ・レイを見た時は「これが果たして「無敵鋼人ダイターン3」の後番組として成立するの?」なんて不安を掻き立てられたものです。

あれからもう28年。「ガンダム」がこれ程の人気を獲得し、ロボットアニメの一つのジャンルを形成するまでに成長するなどとは、当時誰も想像できなかったのではと思います。
実際、あの作品は数々のエポックにあふれていました。
私などがここでお話しても中途半端な知識と思い入れに過ぎませんし、なによりもっと深く研究されている方々に失礼ですから、作品の先進性や魅力については岡田斗司夫さんにお任せするとしましょう(笑)。
今日のお話を始める上では、まず「ガンダム」本放送当時私が感じた「世界観のシンボル」についてお聞きいただかなければならないと思いまして。

実は冒頭のセリフは、件の先輩だけのものではありません。
「ガンダムはカッコ悪い」。毎週土曜日午後5時30分、ブラウン管の前に座り初作「ガンダム」を身じろぎもせず見ていた私達仲間の間には、漠然ながらもそんな思いが広がっていました。

でもこのセリフだけ言ってしまうと、言葉ばかりが先に立ってしまってよくありませんね。こう続けると分かりやすいと思います。
「ザクの方がカッコいいじゃん。」

なにしろ本放送です。ストーリーは制作側以外に誰も知らない訳です。視聴者にとってドラマの先進性や設定のハードさは毎週見ていく内に判明していくもの。その素晴らしさを理解できるのは全話が終わった後なのです。
第一話を見た私達は、まず目に飛び込んでくる「ガンダム」「ザク」といったモビルスーツたちのデザインに反応してしまったのでした。
これは自然な成り行きですよね。ですからこの「ガンダムはカッコ悪い」という思いはまさに直感。仲間のほとんどがそう思っていたと知った時、やはり思いは間違ってなかったと胸を撫で下ろした記憶も(笑)。


アニメーションに限らず、テレビシリーズのような長期間の作品には、「作品の世界観を代表するイメージ・リーダー」的な意匠が必要不可欠です。
「他の作品と決定的に違う事」が作品の大きな魅力となり、人気獲得の牽引的役割を担うからです。

「ウルトラマン」であれば、それまでになかった巨大宇宙人ヒーローという主人公、科学特捜隊という組織などが他のヒーロー番組と一線を画す「イメージ・リーダー」と言えるでしょう。かつてのヒーローに見られなかったウルトラマン自体のデザインも大きく影響していると思います。

「ガンダム」はどうでしょうか?
「鉄人28号」の昔から始まる巨大ロボットは、過去の作品に於ける「遠隔操縦」から「マジンガーZ」あたりからの「搭乗式操縦」に代わるも、その武器や戦い方などは大きく見てさほど変わっていません。
これは異論もおありでしょうが。
元来巨大ロボットという存在はあまりバリエーションを持たないものなんじゃないか、というのが私の考えです。「ガンダム」もその流れの一バリエーションと思います。
やっぱり「鉄人」「マジンガー」の子供ですよね。
ですから制作側としては「バリエーションを持たないロボットというアイテムで、他作品とどう差別化を図るか」というのが大命題になってくる訳ですね。


確かに多くの評論で語られているように「ガンダム」はそこの所がエポックだったのは間違いなく、ロボットを「兵器」として捉えただけでこうもストーリーが膨らむものかと思いました。
ただ、主人公が乗り込む「ガンダム」というモビルスーツの設定。これは従来どおりじゃないかと。
アムロ・レイが操縦する「RX-78-2ガンダム」は地球連邦軍の新型モビルスーツ。ワンオフの試作機でした。

「主人公側のメカは一機のみ。」
ご存知の通り、これはロボットものの定石です。ロボットドラマがヒーロー番組の一バリエーションとして「主人公をパワーアップさせるためのアイテム」として生まれたものでしょうからそれも当然。人間である主人公はロボットに乗る事で一種の『変身』をとげ、超人化する訳ですよね。
ですから主人公は目立たなければならない。他のロボットより強くなければならない。「ガンダム」も当初、新型という事でジオン公国軍の「MS-06ザクⅡ」より高性能という設定が与えられていました。

(これは番組後半大きな変化を見せますが、このあたりもガンダムの先進性ゆえでしょう。)

Photo_691 こう考えてみると、ガンダムという主人公メカはそれまでの作品とさほど大きな違いはないと思います。あの派手なカラーリングからしてとても「兵器」には見えない。
「ヒーローカラー」ですもんね。
ガンダムが他の作品と違うのは「ザク」の方なのです。

「量産型」「モノアイ」「ミリタリー・テイスト」「地域戦独自のマイナー・チェンジ・・・」
その設定、運用の迫真性、それらリアルな設定から逆算されたあの無骨なデザイン。

この「ザク」というモビルスーツに込められた制作陣の思い入れには頭が下がります。
「ガンダム」を初作から見ていた方ならなんとなくお分かりではないでしょうか。第一話冒頭、サイド7に潜入したザクのモノアイの発光を見た時の感動を。
「これは今までと違う!」この瞬間、私の中であまたあるロボットのデザインはすべて過去のものとなったのでした。


Photo_692 「ガンダム」の世界観を形作る大きな意匠、言わば「イメージ・リーダー」は「ザク」ではないでしょうか。「ガンダム」のデザインは多少変わってもまだ許容範囲ですが、「ザク」のデザインが違うガンダム世界は考えられない。それほどこの作品の世界観は「ザク」によって支えられていると思うのです。
初作から28年後の今は「ガンダム」のデザインも基本ラインが定着し、変えようがなくなっていますね。今、ガンダムに熱中する方々にはちょっと理解できないかもしれませんが、私達初作ファンにとってガンダムの世界観を代表するイメージ・リーダーが「ザク」である事はまぎれもない事実なのです。

「ガンダム」に限らず、この「イメージ・リーダー」という作品独自の意匠は、その多くが主人公側とは別の部分に現れることが多いと思います。
というのはこれまでのお話どおり「主人公側のデザインは意外とバリエーションが少ない」と思われるからです。ヒーローには番組のテーマを背負わせているだけに、ある意味「遊び」が限られている。敵役の方がデザインの自由度が高いんですね。
大河原邦男氏をはじめ、多くのメカデザイナーが「デザインは敵側の方が楽しい」と語る理由は、「発想の幅の広さ」や「遊び心」が発揮できるフィールドゆえかもしれません。


1980年代に花開いたサンライズ系の代表的ロボットアニメ作品を大まかに思い出してみると、各々の作品の印象を強く残すのは敵側のデザインである事が多い事に気づきます。
Photo_693 「伝説巨神イデオン」(1980年)では、主人公側のロボット(遺跡という設定はともかく)「イデオン」は私達の間では「赤いガンダム」的な印象を残すほど従来のイメージを脱しておらず、敵異星人バックフラン側の重機動メカの方が独自の意匠を持っていました。
ただこれは作品の高い完成度とは全く別のお話。むしろ制作側の意識はそのデザインよりもストーリーのSF性に向いていたのではと思います。


Photo_694 1981年。「太陽の牙ダグラム」のロボット「コンバットアーマー」は人間の顔に当たる部分がコクピットになり、新しいイメージを打ち出しましたが、そのデザインラインは「ガンダム」の「ザク」を抜けきっていないような印象を受けました
「H8ソルティック」などの頭部に配された口の部分、動力パイプなどにも「ザク」の呪縛が大きく表れています。
Photo_695 「ダグラム」ではむしろ、「クラブガンナー」など、現用兵器に近いデザインが大きく印象に残りました。「戦車に足」という発想が、当時大変斬新に見えたものです。

11 1982年。「戦闘メカ ザブングル」に登場する「ウォーカーマシン」などはガンダム型の発想が最も現れた例でしょう。ヒーロー然としたデザインの「ザブングル」「ウォーカーギャリア」などに対し、本来土木作業用の重機であるウォーカーマシンのデザインは実に無骨。
「トラッド11」「クラブタイプ」などが作品世界を表現していたと思うのは私だけでしょうか。
「パターン破り」が謳い文句のザブングルでしたが、その謳い文句はむしろ「主人公メカが2体存在する」事や、「番組途中での主人公メカ交代」に表れていたと思います。

さて、ここで本来は「聖戦士ダンバイン」「銀河漂流バイファム」(1983年)にお話を持って行きたいところですが・・・
時は私、この二作品だけはどうしても苦手なんですよ(笑)。「ロボットアニメとファンタジー世界の融合」や「少年達の夢と希望の宇宙旅行」というのがどうしてもダメで。当時二話ぐらいでギブアップしてしまいまして。
ごめんなさい。この作品だけは語ることが出来ません。放送後いくらデザイン画だけ見ても、番組内での雰囲気を感じ取れなければ語る資格が無いですもんね。
「オーラバトラー」「ラウンドバーニアン」共々、独特の魅力がある事もよく分かるのですが。

気を取り直して1984年。「重戦機エルガイム」に登場した「ヘビーメタル」は、従来のロボットという概念を完全に廃したハイブリットな存在でしたね。
先の大戦でオリジナルが失われ今残っているのはコピーのみ。製造方法が失われているロボットという設定が斬新でした。
ただこの「ヘビーメタル」はある種、登場キャラクターの肉体の延長的なところがある為に、一機一機が全て違うデザイン。
一見、統一された意匠など無いように思えます。

ところが思い出してみると、私などは記憶の隅に一機のヘビーメタルが浮かぶのです。
Photo_696 A級ヘビーメタル「オージェ」。デザイナー・永野護が「女性の服をイメージした」と語るその優美なデザインは、ヘビーメタルの「戦う美術品」という位置づけを真正面から表現していて見事です。この「オージェ」のフィギュアはポーズによってロボットと言うより一個のオブジェにも感じてしまうほどで。これが作品世界と見事にシンクロしていたのです。
こういうのをイメージ・リーダーというんでしょうね。作り手側の意識外で作品を代表してしまうデザインという意味で。

Photo_697 番組後半、主人公メカの交代劇で颯爽と登場した「エルガイムMK-Ⅱ」の凶悪さあふれるデザインも捨てがたいですが。このいでたちもある種の優美さを感じさせますね。
でもやっぱりエルガイムと言えば「オージェ」。
MK-Ⅱはデザイン変更が許されますが、オージェの居ないペンタゴナ・ワールドは考えられないと思ったりして。

Photo_698 「エルガイム」後、ロボットのデザインラインは若干行き詰まりの様相を呈します。
「丸いコンバット・アーマー」とでも呼べる「SPT」(1985年「蒼き流星SPTレイズナー」)、「ガンダムの亜流」と呼べそうな「メタルアーマー」(1987年「機甲戦記ドラグナー」)などですね。
この後、イメージリーダー的なロボットの登場はかの「新世紀エヴァンゲリオン」(1995年)まで待たねばなりません。「エヴァ」は主人公側が敵役的、という実に画期的なドラマ構造を持つのですが、これはまた別のお話で。ガイナックスですし(笑)。

「ガンダム」総監督、富野由悠季氏がかつて新作発表時、語った言葉があります。
「またロボットドラマか、と思われる方も多いでしょう。しかし恋愛ドラマだって無限のバリエーションがあるのです。ロボットドラマだっていろいろなストーリーが作れる。」

作品の世界観を体現するロボット達には、制作者たちのそんな思いが溢れているのです。
その思いが敵側に表れるというのも面白い所ですが。


さて。賢明な「ネヴュラ」読者の方々は、今日のお話にはまだ登場していない作品がある事をお気づきでしょう。その作品こそ、全アニメーション作品の中で私が最も愛する一本であり、今日のお話中唯一の例外作品でもあります。
Photo_699 語れと言われれば何日でも語れてしまう名作。これはまた別の機会にお話しましょう。
「主人公がザクに乗っているようなもの」と言えば、もうお分かりですね。

「遺伝確率250億分の一」のアニメでもありますが(笑)。

2007年4月14日 (土)

鋼の肌に癒されて

・・・グッタリ。
今のお仕事は、作業が毎週木曜、金曜に集中する事が多いのです。
この二日間はフルパワー状態。場合によっては睡眠もままならないので「ネヴュラ」も更新できなくて。ごめんなさい。

一昨日・昨日ともそんな具合で。まあなんとか山も越え、昨夜はぐっすり眠れました。
ハードなお仕事は緊張感も高まりますよね。そんなピリピリした時間から解放されると、最近の私はちょっとした癒しグッズで心をほぐす事が多くて。

ここしばらく、私がヤフオクにはまっている事はご存知の方もいらっしゃると思います。決して高い買い物はできませんが、それでもお目当ての一品を落札し、品物が届いた時の喜びはまたひとしおで。ついコレクションにも力が入ってしまいます。
それと同時に、先日組み立てたスペクトルマン怪獣「ガレロン」のゼンマイ歩行ぶりがすっかり気に入ってしまった私は今、「チープ感漂う可動おもちゃ」がマイブームなのです。
そんなおもちゃを求めヤフオクの出品ジャンルをうろうろしていた私は、あるジャンルに目が止まりました。もうおわかりと思いますが。

「ブリキ」。
1960年代に多感な子供時代を過ごされた方々は、多分この単語に非常な懐かしさを憶えるのではないでしょうか。
私も幼少の頃はブリキのおもちゃでよく遊びました。
ブリキの自動車、飛行機、電車など。どこの家の子供もお気に入りのブリキおもちゃを持っていましたよね。

ただこの60年代は少し微妙な時代でした。第一次怪獣ブームのあおりを受け、新しい商材「ソフトビニール」そして「怪獣プラモデル」が爆発的な人気を博した時期だったのです。
その為、それまでおもちゃの世界で人気を独占していたブリキは若干ソフビとプラモデルに押され、シェア的には主役の座を奪われた感があったのでは。

ただ当時の私達は素材の違いなどまったくおかまいなし。主役はソフビ・プラモだったものの、ブリキおもちゃが持つ一種独特の魅力にも充分心を奪われていたのでした。

ヤフオクの「ブリキ」ジャンルは、私のそんな記憶を蘇えらせてくれました。出品されている自動車、飛行機などに目尻も緩みっぱなし。そんな中とりわけ私の目を引いたのは「オリジナルロボット」でした。

実は私は、子供の頃ブリキのロボットで遊んだ記憶がありません。子供の頃はどちらかと言えば生活の中心が「怪獣」だったので(笑)、きっと無意識に怪獣はソフビやプラモ、ブリキは破壊される自動車や飛行機、というジャンル分け(笑)をしていたのでしょう。
その後訪れた「超合金ブーム」にも熱狂しましたが、あれはロボットであってもテレビキャラクターでブリキのオリジナルロボットではなかったですから。別物でしたよね。
ですからブリキのオリジナルロボットへの感覚は「子供の頃に遊んだブリキの素材感」と「レトロ感あふれるロボットのフォルム」の二つ。この年になって初めて味わう「酔狂」の産物なのかもしれません。


さて。出品されているロボットを見ていて気がついた事が一つ。
ブリキのおもちゃにも「復刻版」があるんですね。

北原照久さんのコレクションなどをミニチュア化した食玩や、数年前に米沢玩具が発売していたプラスチック製の復刻ロボットは知っていたんですが、昔発売していたロボットを原寸大で、しかも手の込んだブリキ製品として復刻する動きがあったとは思いませんでした。
いやーこのジャンルも本当に奥が深くて。
すっかり勉強不足でしたねー。

しかしながらそれらロボットで遊んだ経験が無い私。子供の頃の思い入れなど無いだけに純粋にデザインのレトロ感や可愛さで選べてしまいます。

詳細を追ううちに復刻ブリキはそのほとんどが中国製で、価格も大変手ごろと言う事が分かりました。
もちろん当時のオリジナルも出品されていましたがビックリする価格で買えやしない(涙)。
まー電動歩行だったオリジナルをゼンマイ歩行で復刻した程度の差なら私にとっては許容範囲。
ピカピカの新品が手に入れられるなら問題ないと。

(オリジナルに思い入れの強い方にはお詫びします。それはそれで大事な思いですよね。)
そんな訳で、少ない予算から細々と集めたブリキロボット。まだ始めて日も浅いのでほんの数体しかありませんが、この子たちがまた可愛い。私の部屋の「新入生」です。
ちょっとご紹介しましょう。

2s これがまず最初に来てもらった「メカニカル プラネットロボット」。
大きさは22センチほどです。「ロ○ー」と呼ぶのは「禁断」ですが(笑)。オリジナルは電動とゼンマイの2種類があったようですね。
オリジナルに近い?黒と、ちょっと朱色気味の赤を揃えてみました。この二色、当時の小学生のランドセルの色みたいで気に入っています。

形もそれなりにカッコいいでしょ?しかもブリキの質感がなんとも。
今時、頭からつま先までブリキ製なのが本当に新鮮です。

Photo_682 ゼンマイ歩行がまた可愛い。やっぱりブリキは動いてこそ華ですねー。足の裏の車輪が空回りしちゃってほとんど前進しないのもご愛嬌というもので(笑)。
そしてこのロボット、最大の特徴はこの口元にあります。
ご覧の通り、ゼンマイに連動して口元に火花が。

いやーいいですねー。こういうのがブリキの楽しさ。テレビゲームで迫力ある映像を楽しむ子供達には物足りないでしょうが。私はこういうのが良いんですよ(笑)。


Photo_690 これはどうですか?「ムーン エクスプローラー」という名前なんですが、どう見ても前述の二台の兄弟にしか(笑)。顔が人間だからきっと宇宙服という設定なんでしょうね。
動きにくそう(笑)。
約18センチとちょっと小さめですが、これ、横腹の巻き軸を回すと走るんですよ(笑)。
それも頭のアンテナを回しながら。
「走る」というのは珍しくないですか?

Photo_684 この子の名前は「スーパーロボット」。断じてあの「○人」ではありません(笑)。
大きさ約22センチ。色使いとデザインがいかにも中国四千年の歴史を感じさせてGOODです(笑)。
上半身のボリュームに比べ下半身が貧弱に見えますがそんな心配もなんのその。ゼンマイを巻くと元気に腕を振って歩きます。
不敵な笑みを浮かべる口元と額のマークがちょっと悪くて素敵。

Photo_685 背中の飛行用ロケット?には大きく「X-25」とありますから、これはひょっとすると「鉄○28号」に先駆ける事三体。幻のプロトタイプ唯一の3D化では(爆笑)。
あの名作研究の新たな鉱脈現る!
そんな訳もないですが(笑)。


Photo_686 これもおもしろい。その名も「スペース ステーション」。高さ約13センチ。写真の通り宇宙に浮かぶステーションをイメージしたおもちゃですね。
ステーションの前にはロボット風の監視員(?)が浮かんでいます。ゼンマイを巻くとステーションの回転に連動して監視員が上下にスイングするという、楽しさ一杯の動きを実現しているんですよ。
彼はこう言っているんでしょうか。「キエテ・コシ・キレキレテ」。

Photo_687 今日ご紹介した子の中で私の一番のお気に入りがこれ。「スペース マン」という名を持つ彼です。大きさ約22センチ。
いいでしょーこれ。私の頭の中にある「ブリキのロボット」のイメージはまさにこれなんですよ。丸いアンテナ。四角い頭・胴体、。角ばった足。グレーのボディーには未来の機械(笑)。それと対照的なリベットも施されています(描いてあるんですが)。
いやーレトロ。やっぱりロボットはこうでなくちゃ(古すぎますかね?)

Photo_688 これ、動きも凄いんですよ。ゼンマイ歩行に合わせ頭のアンテナが回転、平べったい腕を振るという素晴らしい仕掛けがあるんです。
これで目でも光ったら気を失いそうに可愛いんですが、「そこまではカンベンしてよ」と笑った目が訴えているようで、思わず許してしまいます。


Photo_689 これらのおもちゃのほとんどはオリジナルが1950年代の物だそうです。箱もレトロな雰囲気が出ていますよね。箱だけ見ていても楽しくなります。家では箱もディスプレイしているんですよ。こういう事をやってるからますますおもちゃ屋さんテイストまっしぐらに(笑)。
オリジナルはとんでもない価格で取引されていますが、考えてみればこれらも復刻とはいえ同じ形、しかも動力つきですからおもちゃとしては成立していますよね。
せっかく動くんですからこういうのは大事に飾っておかず、ゼンマイをどんどん巻いて運動させてあげるのが一番じゃないかと。


Gs_2 元気に動くこの子たちを見ていると本当に心が和みます。「ジージー」というゼンマイ音もいい感じ。ますますハマっちゃいそうで怖いですが。
さて。夜が明けてしまいました。私もこの子たちに負けないようにウォーキングをがんばらないと(笑)。

2007年4月11日 (水)

桜舞う公園

『芝公園に落とす!』
このセリフをスローガンに今年も始めました。ウォーキング。

暖冬とはいえやはり冬は動きもおっくうになり、すっかり体中にお肉がついてしまった私。
四月の声を聞くと共に「さすがにやらないとまずいなー」なんて思っていたのです。
でもなかなかはずみがつかなくて。ここ数日悶々としていたのですが、お天気もよく気温も20度を越えた昨日、ようやく決心がつきました。

毎年ウォーキングは5月ぐらいから始めていたのですが、なぜか今年は昨日から。それだけ贅肉の付き具合も半端じゃなかったという事ですね(笑)。
でも初日からあまり意気込んでも良くないと。まずは体を慣らすことを目的に、昨日は軽くお散歩気分で出かけました。
それでもいつも通り、Tシャツ3枚にトレーニングウェア、さらにサウナスーツという完全装備だったのですが。

実は私、ウォーキングコースの公園には初夏から秋にかけてしか行きません。
ですからこの桜の時期、公園のどの位置にどれくらいの桜が植えてあるかなんて事はまったく知らなかったんです。

「ひょっとして一本も植えてないんじゃ」という不安に捉われもしましたが百聞は一見にしかず。あればラッキー、お花見ウォーキングとなるかなー程度の期待で。

410 410_1 「いやーこんなにあるとは。」
公園にたどり着いてビックリ。写真は昨日の様子ですが、いきなり入り口からソメイヨシノが歓迎してくれまして。
青空によく映える満開の木々がとても綺麗

私のマンション付近にはあまり大きな桜がありません。ちょっと寂しい思いもしていたのですがこんなに近くに桜の名所があったとは。
いやー気がつかなかった。やっぱり日本人は桜ですねー。

410_2 公園入り口から続く上り坂に沿っても大きな桜が植わっています。
丁度散り際なのか、まさに今が今年最後の桜の見頃。平日の午前中に散歩しながら桜を愛でるなんてまさに極上の贅沢ですね。

410_3 上り坂を過ぎると、今度は左手に池を望む散策道が開けます。
ここでも満開の桜が迎えてくれました。

「おはようございます。」すれ違う人たちとも自然と挨拶が交わされたりして。
「あー、そうだったなー。」考えてみれば、毎年ウォーキングの時期にはこんな挨拶が自然と交わされていました。なぜかこういう時、人は連帯意識を持つみたいですね。たまたますれ違った初対面の人同士でも挨拶が交わされる。不思議なものです。

でも昨日声をかけられて私はちょっと反省しました。
元来小心者の私は、こういう時自分から挨拶する事がものすごく苦手なのです。
で、ウォーキングで声をかけられる度に「今度は自分から挨拶しよう」と固く心に誓うのですが・・・

その日の終わりごろは結構テンションも上がり、気軽に挨拶できるようになるんですが、昨日半年ぶりに歩いてみて全然進歩していないことが分かりました。
相変わらず声が出ない。ダメですねー(涙)。

昨日は3人の方々に挨拶されたのですがいずれも返事をするだけでした。こういうのは慣れもあるんでしょうが、「照れ」や「驕り」はやっぱり人をダメにしますね。
体と共に心にも贅肉が付いてしまったようです。
頑張らないと(笑)。

410_4 池に沿った道を脇へ入り林道を進むと大きな広場へ出ます。
この広場は地域の子供会なども利用できる多目的なスペースで、時々運動会などに出くわす事もできる楽しい場所です。
この広場も桜が満開でした。

410_5 平日の午前中は人影もまばら。こんな美しい風景が貸切状態とはなんてラッキーなんでしょうか。でも本当は、こんな桜並木の中を素敵な人と二人で歩けたらもっとラッキーですが。
今の所私などに付き合って下さる奇特な方はいらっしゃいません。顔を拭った掌に付いたしずくは汗だけでは無い事をお察し下さい(笑)。
410_6 410up 青空バックの桜はどう撮っても絵になります。こんな時、皆さんの頭にはどんBGMが流れますか?
私の頭には山下達郎「MORNING GLORY」が鳴り響いていました。

さて、昨日に引き続いて今日も出撃。今日はお仕事の都合で午後2時からのウォーキンクになりましたが、それでもモチベーションを保っていられたのは今日も続くポカポカ陽気と、昨日見た桜の美しさゆえかもしれません。
昨日に比べ、今日は若干風が強かったですね。
この風で桜も散っちゃうかなーなんて寂しさもちょっとありました。

411 それにしてもこの公園は本当に地元の人たちに大人気で。昨日と今日、午前と午後の差でこんなに風景が変わるものかと。
まー親子連れが多い多い。お弁当を広げて食事を楽しむファミリー、ベンチで二人だけの時間を楽しむカップル、一輪車で走り回る子供達。

私のようにウォーキングやジョギングを楽しむ人も居れば、もはや定番、犬の散歩に余念が無いセレブ風マダムも大挙出動、ドラマのモブシーン並みの光景が展開していたのでした。
ここでちょっと驚いた出来事が。モデル風のスレンダーなプロポーションをスプリングコートで包み、優雅に犬を散歩させていた女性とすれ違った時の事です。
犬が「ブヒッ」と鳴いたのです。

「ブヒッ?」
思わず私はすれ違った足を二歩戻しました。
もうお分かりでしょう。彼女の足元で歩いていたのは、白黒ブチの子豚ちゃんだったのでした。
しかも犬用のおしゃれな服をお召しになって(笑)。

返す返すも後悔しています。「写真撮らせてもらえば良かった!文章だけじゃ信用してもらえないよー!」
今でも悔やんでいます。でも事実なんですよー(涙)。
飼い主の女性が美しかっただけに、このペアはまた凄くおしゃれに見えるんですよねー。
「ひょっとしてドッキリカメラ系?」思わず周りをキョロキョロする私。これは職業病ですね(笑)。

4112 今やどこで子供を遊ばせても治安が守れない時代。親の目の届くところで子供が思いっきり走り回れる場所は、こういう公園しかないのかもしれませんね。つくづく「子供だけで街を走り回れた」私達の幼少時代を思い出します。でも満面の笑みをたたえて元気に遊ぶ子供を見ていると、子供の本質は変わっていないなーとちょっと安心したりして。
膝の一つぐらいすりむいて、元気な大人になって欲しいものです。

411_1 帰り道。不意に吹いた強い風に、ひらひらと舞う桜が見えました。あわてて撮ったので分かりにくいですが。こんな風に季節は移り変わっていくんですね。
私は一年の内で、この春から夏の季節が一番好きです。木々も色づき、空気や風の匂い、街の音までもが賑やかな季節に向けて高揚していくからでしょう。
今年のダイエット計画「脂肪遊戯」も本番となりそうです。
目標はエビちゃん体型。
意志の弱い私。こうやって書いておかないと挫折が目に見えてますから(笑)。

2007年4月10日 (火)

今夜はマイクを離さない!

「いやーやっぱりお花見の季節だなー。」
テレビ東京系特番「真剣!カラオケバトル」を見ていて思いました。

桜の便りと共にここ数日、テレビでも「春の曲」やら「カラオケ」がらみの歌番組が目白押しですねー。出会いや別れのこの季節。またお花見の後ほろ酔い気分でカラオケボックスなんて事もあったりして、なにかと歌う機会の多いこの時期。
そんなタイミングに合わせた番組が多いのも無理はありません。

一時期に比べ歌番組の数は若干増加傾向にあるものの、最近の番組は「懐かし系」が多い為、以前のようにライブで最新ヒットが聞かれる機会が少ないですね。
プロモビデオ全盛の今では、下手に歌い手のライブを聞かせるより完成度の高いプロモを流すほうが得策なのかもしれませんが。
(制作側も編集が楽だし(笑)。

実際、今日の番組でも古の歌手の出演部分が売りで、懐かしさを感じる以上にこの頃の歌手がメディアに登場する事の困難さ、また局側にとっても露出させることの困難さが窺えてしまってちょっと可愛そうな気もしてしまったのですが。まあそれは別のお話で。

ともあれ、特番とはいえこれだけ歌番組が続くと私の心も高揚してくるもので。
今日は下手ながら歌好きの私が口ずさむお気に入りナンバーのお話です。
と言っても音は出ませんが(笑)。


以前にも何回か「ネヴュラ」でお話している通り、私は自己満足ながらある程度女性っぽい声が出せます。その為今のお仕事も成立している部分がありますが、この声でカラオケを歌うとそれなりにオリジナルに近い雰囲気を出せる曲が(ほんの何曲か)ある事がわかりました。
ここ数年はすっかりご無沙汰となってしまいましたが、本来歌好きの私は以前、毎週のように飲み屋さんに出かけ、周りの迷惑を省みず歌いまくっていた時期があったのです。


これは「自分の高音がどの程度のポテンシャルを持つのか」を実験していたような所がありまして。当然の事ながらレパートリーは全て女性ボーカル曲。「絶対にボイスチェンジャーを使わない」というルールを自分に課し(何やってるんでしょうか)キーもオリジナルのまま歌う事を条件に頑張っていました。
私もご他聞に漏れず、女性曲を歌う時は曲の主人公になり切るタイプで(おバカですねー)選曲も「いかにもOLさんが歌いそうな定番曲」ばかり。
当時の私の「持ち歌」は、
今井美樹『PRIDE』、中島美嘉『接吻』、竹内まりや『駅』『カムフラージュ』『天使のため息』、福耳『星のかけらを探しに行こうagain』などなど。ベタベタですね(笑)。

私はこのあたりの曲が比較的キーが合うようで、他のお客さんからも「違和感が無い」と嬉しい評価を頂け、有頂天になっていた事もあります。お世辞でも嬉しいもので。
これらの曲は歌いやすさ以上に曲そのものが大好きで、特に『接吻』なんかは中島バージョンもいいですが、オリジナル・ラブのオリジナルバージョンなんかを耳元で男性に歌われたらもうメロメロになってしまいそうです(恥)。

調子に乗った私はこの歌を引っさげ、私の正体を知らない普通の男性とカラオケボックスで2時間歌った事があります。
さすがに地声が出そうになりましたがなんとかバレず、切り抜けた時の達成感は私をさらに調子に乗せてしまったのでした(笑)。


私が「ボーイッシュバー」に勤めていた事は以前お話しましたね。その時もこの歌好きは私を助ける「芸」となってくれました。
『GOLDFINGER99』を歌うボーイッシュの彼に続いて私が『真夏の夜の夢』でお店を盛り上げる、なんて。
光景が浮かんできそうでしょ(笑)。

そういうお店にいらっしゃるお客さんは中年男性が多く、そのリクエストも比較的往年の名曲がほとんど。その手のお店の定番パターン、男性客とのデュエットも私にとってはお手の物で。
お世辞にも上手な歌ではありませんでしたが女性パートのキーだけは出せるので、お客さんには女性と歌っているような気分を味わっていただけたようです。
でも考えてみれば私が女性そのものの歌を歌っても面白みは無いんでしょうが(笑)。

そんな中、ソロで比較的お客さんのウケが良く、リクエストも多かったのがこの2曲。
中島みゆき『地上の星』『ヘッドライト テールライト』。言わずと知れたNHK「プロジェクトX」のテーマ曲ですね。
当時「サラリーマンの応援歌」と言われたこの両曲も私の得意曲した。

特に思い入れの深いのは『ヘッドライト テールライト』で。
3番の歌詞がたまらないんですよ。
「♪行く先を照らすのは まだ咲かぬ見果てぬ夢。
はるか後ろを照らすのはあどけない夢。
ヘッドライト テールライト 旅はまだ終わらない。」
子供の頃の夢が今の自分を形作っているというメッセージがもう、私の人生のテーマそのもので。
あまりの思い入れに、この3番を歌う時いつも涙声になってしまうのが玉にキズなんですが(汗)。


まーそんな事を語りつつもやはり私は「おバカなオタク」。
普通の人があまり歌わないマニアックな曲も大好きで。
まず女性ボーカルの曲としてはこのあたりがレパートリーでしょうか。


・山根麻衣『THE REAL FOLK BLUES』
  (TVアニメ「COWBOY BEBOP」ED曲)
・前野曜子『蘇える金狼のテーマ』
  (角川映画「蘇える金狼」ED曲)
・小坂由美子『REASON』
  (TVアニメ「宇宙の騎士テッカマンブレード」OP曲)
・松本梨香『Alive A Life』
  (TVドラマ「仮面ライダー龍騎」OP曲)
・YU-
KI『NEXT LEVEL』
  (TVドラマ「仮面ライダーカブト」OP曲)
お分かりになる曲も、そうでない曲もおありでは(笑)。


すべてオリジナルキーですが、最初の2曲は比較的キーが低いので楽に歌えます。
残りの3曲はやっぱりキビしい部分がありますね。この手の曲はアップテンポの上サビが恐ろしくハイテンポなのでよほど歌いこまないと追いつけない。まあ毎日CDを聞きながら鼻歌交じりに口ずさんでいればなんとなくカンどころは分かりますが。

この他に私が外せないのがご存知「必殺シリーズ」の主題歌で。これ、以外にカラオケにはないんですよねー。
最近はあまり行っていないので分かりませんが、以前は西崎みどり『旅愁』(暗闇仕留人)、山下雄三『荒野の果てに』(必殺仕掛人)ぐらいしかなかったんですよ。
『旅愁』はレパートリーの一曲ですが、私としてはもっと歌いたい曲が沢山あります。

・三井由美子『やがて愛の日が』(必殺仕置人)
・葵三音子『哀愁』(必殺仕置屋稼業)
・西崎みどり『さざなみ』(必殺仕業人)
・川田ともこ『あかね雲』(新必殺仕置人)
これらの曲はキーも合わせやすく、部屋ではよく歌ってるんですがカラオケには入っていなくて。非常に残念です。

そしてっ!これらの曲以上に歌いたい必殺ナンバーは
小沢深雪『夜空の慕情』『さすらいの唄』(必殺必中仕事屋稼業)ですねー。
この2曲はスリリングなドラマの場面を想起させる効果もさることながら楽曲の完成度が特筆もので。
特に『夜空の慕情』はイントロを聞くだけで目が三角に(笑)。
名曲と思います。


必殺ナンバーのお話ついでに。
私がひそかに必殺テイストを感じる曲があるんですが。
大橋純子『サファリ・ナイト』。この曲も私のカラオケレパートリーなんですが、この曲、「殺しのテーマ」にピッタリと思ったりして。私がオリジナルの必殺ストーリーを妄想する時、殺しの場面には必ずこの曲がかかっています。いい曲と思うんですよ。

この曲に限らず『たそがれマイ・ラブ』『シルエット・ロマンス』など、大橋純子の曲には私の必殺アンテナに触れる名曲が多くあります。(これもよく歌いますが)本人の確かな歌唱力、曲世界の深さも手伝って、「私がプロデューサーなら主題歌をお願いしたい」歌手の筆頭ですね。
もちろんそんなチャンスも権限もありませんが(涙)。


ここまでは私の「女声」を使ったレパートリーでしたが、当然の事ながら私は生物学上男性。地声は男性のそれです。確かに普通の男性に比べキーは高いですが、それでもカラオケでは男性ボーカルの曲を歌う事もあります。
よほど仲のいい仲間にしか聞かせませんが(笑)。

これはもうオタク全開で。普通の曲なんかありゃしません。
・FLOW『DAYS』
  (TVアニメ「交響詩篇エウレカセブン」1stOP曲)
・JAM PROJECT『FIRE WARS』
  (OVA「マジンカイザー」OP曲)
・AIR MAIL『メロスのように-LONELY WAY-』
  (TVアニメ「蒼き流星SPTレイズナー」OP曲)
・TETSU『炎のさだめ』
  (TVアニメ「装甲騎兵ボトムズ」OP曲)
・影山ヒロノブ『戦うために生まれた戦士』
  (ビデオ「ウルトラマンVS仮面ライダー」ED曲)
・爆風スランプ『神話』
  (大映映画「ガメラ 大怪獣空中決戦」ED曲
とまあ・・・


こうやって挙げていくとまるっきりオタクですねー。この辺を歌う時には私は完全に女を捨ててます(笑)。歌っていて力が湧いてきたり、爽快感があるものが好きみたいですね。
(「炎のさだめ」は・・・。まあ例外はあるもので)

でも私の「カラオケ男性ボーカルベスト1」はこれなんです。
V6『TAKE ME HIGHER』
(ドラマ「ウルトラマンティガ」OP曲)

これは本当に名曲と思います。私の中ではベスト、ウルトラソングですねー。
メロディー、歌詞、アレンジのどれをとっても私の好みにピッタリで。今でもお仕事で辛い時など、朝の景気づけに聴く事が多いです。
例の「間奏部分」(お好きな方はお分かりでしょう)、私は第50話、レナの「今、後ろ見えない・・・」じゃなくて、第28話のダイゴのセリフ「何故戦う?何の為に?ティガー!」を叫ぶんですよ(笑)。


またつらつらとつまらないお話を。
いつもながらまとまりがなくて。
カラオケは自分の歌の好みが出ますよね。それが自分の声で歌えるのは無上の喜びですが、たとえ聞くだけでも楽しいものです。

今日のBGMは加藤ミリア『EYES ON YOU』。
最近一番のお気に入りです。
ヒットチャートは少し落ちてきましたが好きなものは仕方がない。今、この曲を歌えるように猛練習中です。
でもキーが高い(笑)。

2007年4月 7日 (土)

土曜日の恋人

Photo_664 ここに一枚の案内リーフがあります。
1971年、子供だった私の元に送られてきた一通の茶封筒。
そこに入っていた、夢の案内書。


今日は土曜日ですね。土曜日ってなんとなく浮き浮きしませんか?
昔なら学校はお昼まで。今でも会社勤めをされている方には土日がお休みの方もいらっしゃるでしょう。フリーの私は土日などありませんがそれでもなんとなく気分が高揚してしまいます。
とりわけ今日などはお花見日和。残念ながら私の住む地方は今夜雨に祟られましたが、それでも土曜日には日曜を控えた浮き浮き感があふれているのです。

子供時代の私は、土曜日は日曜前という以外にも大きなお楽しみがありました。
「ネヴュラ」読者の方々ならよくご存知と思います。
1971年、私の土曜日はこの番組を中心に回っていたのです。

言わずと知れた特撮怪獣番組「宇宙猿人ゴリ」。
この番組への思い入れは以前お話した事がありますよね。

「虹色の希望」
http://spectre-nebura.cocolog-nifty.com/cultnight/2007/02/post_28e9.html

毎週土曜日夜7時。子供の頃の私はテレビにかじりついてこの番組を見ていました。
ある時は自宅で。またある時は母親の入院する病院の待合室で。
照明を落とした暗い待合室の中、一人怪獣と戦うスペクトルマンの勇姿は、幼い私に勇気と希望を与えてくれました。

1971年から始まる第二次怪獣ブームはこの「宇宙猿人ゴリ」が火付け役という事は、後年の分析により識者の方々が語られている通りですが、私にとってそれらの分析よりも、この番組の持つ意味はとてつもなく大きい物なのです。

当時、私の周りでもこの番組の人気はすざまじく、番組途中で開催された「怪獣デザイン募集」イベントの折も仲間たちの話題は沸騰、ついには「あの怪獣は自分のデザインだ」などとうそぶく友人まで現れる始末。(第23話、24話に登場した「バロンザウルス」)
この爆弾発言は周りの誰も信じませんでしたが、第二次怪獣ブーム前夜の熱気を伝えるエピソードとして今も心に残っています。
(この友人の一件、事実だったかもしれませんね。今となっては確認手段もありませんが。)

そんな熱気の中、私達は「怪獣」という単語に実に敏感な毎日を過ごしていました。ですから当時、定期購読していた雑誌「冒険王」の一ページに「怪獣友の会」の文字を見つけた時の興奮はもう筆舌に尽くしがたいものがあったのでした(笑)。

「怪獣友の会」。これは当時、「ゴリ」制作会社のピープロ事業部が企画した怪獣ファンクラブで、怪獣ファンの子供達と積極的な交流を図ることを目的としたもの。
「ウルトラマン」をはじめとする第一次怪獣ブームに於いても見られなかった(と推察する)このような活動は第二次ブームで盛況を極め、その頂点があの「少年仮面ライダー隊」である事は皆さんご存知の通りです。


「本物の怪獣が目の前で見られる!」地方に住む私達の興奮は最高潮。
目を皿のようにしてその案内ページを友人たちと熟読、「とにかく案内を取り寄せてみよう」という事になったのでした。

冒頭の案内書はほどなくして私の元に届いたもの。もちろん当時のものです。後年発売されたスペクトルマンDVDにもこればっかりは添付されていなかったはず。
これとDVD特典、怪獣友の会会報「怪獣」創刊号が揃って、初めてコレクションはコンプリートされると(笑)勝手に信じています。

Photo_665 この案内を手にした私達はもうパニック状態。「入会金500円だって!」
「撮影見学ができるんだって!」
「怪獣のアイディアも出せるよ!」
ブラウン管でしか会えなかった怪獣に、スペクトルマンに会える!そう考えただけで高熱にうなされんばかりの感動に打ち震えた事を憶えています。

しばしそんな至福の時を過ごした私達でしたが、一人の友人の言葉にふと我に帰った私。
「スペクトルマンって、東京で撮影してるんだよね?」


東京。当時、地方で生活していた小学生たちにとって、東京という場所はM78星雲以上に遠い都なのでした(笑)。
知り合いさえ居ないそんな場所に子供達だけで行けるわけがない。

「怪獣見たい。」私達は各自、親に伺いを立てました。
ほどなく一人の友人の親御さんがピープロに電話。撮影見学の詳細を確認したのでした。祈るような思いで親御さんの反応を窺った私達でしたが、この計画の無謀さが露呈したのは火を見るより明らかだったのです。
「子供達だけで東京へ行くのは無理。」
この一言で私達の「怪獣友の会入会作戦」は、哀れ水泡と化したのでした(笑)。

Photo_666 今考えてみれば、別に撮影見学は必須条件じゃないんですから会員登録だけしておいても良かったと思うんですが、当時の親の考えは「子供を守りたい一心」だったのかもしれませんね。
確かに私の母親は入院していたし。東京と地方の精神的距離も今よりずっと離れていた時代でしたから。

Photo_667 あれからもう36年。
この「怪獣友の会」については今だに懐かしい思い出となっています。
でも不思議ですね。こんな土曜日に、近年発売された「スペクトルマン」DVD特典、友の会会報「怪獣」創刊号をパラパラと捲っていると、私が叶わなかった「怪獣友の会」の活動の様子がなんとなく分かり、まるで自分が会員であったかのような気分になります。
おバカで子供な私ならではの体験ですね(笑)。


Photo_668 Photo_677 後年の文献により、友の会の活動は「スペクトルマン」から後番組「快傑ライオン丸」を経て、「鉄人タイガーセブン」の頃解散したとありますが、この「怪獣」という会報を見る限り、友の会の活動は一時的にせよかなり活発であったことが窺えます。
Photo_679 会報の中身は結構マニアックで、子供が最も興味を持つ怪獣イラストも満載。「ゴリ」にはNGとなった怪獣も結構あったのですが、このページにはそれらの怪獣も紹介されていた為、当時の子供達は「これはいつ出たんだろう?」と首をひねった事でしょう。
先日私が組み立てたNG怪獣「ガレロン」もしっかり紹介されていますね(笑)。

スペクトルマン怪獣は、ウルトラ怪獣とはまったく別の魅力を持った愛すべき子達なんですが、その造型担当がウルトラ怪獣と同じ高山良策さんという事は一部のマニア以外あまり知られていません。

Photo_681 会報には高山さんの怪獣工房「アトリエ・メイ」の取材記事が掲載され、怪獣作りの裏話なども楽しく書かれています。
写真はギラギンド(第21・22話)の造型途中でしょうか。非常にインパクトの強いフォルムが印象的なスペクトルマン怪獣ですが、それでもある種の節度を持っているのはやはり高山さんの造型センスによるものだったのでしょうね。

なーんて事、この記事を読んでも当時の子供達は考えもしなかったでしょうが(笑)。

Photo_672 これ!私が最も憧れた「撮影現場見学」の記事です。この写真にはスペクトルマンと一緒に古代怪獣マグラーが映っている(直立不動が可愛い!)事から、おそらく第25・26話撮影時のものでしょう。
あのマグラーに触れたの?と言う事はひょっとしてタッグマッチを組んだサタンキングも居たの!なんてクラクラする妄想も。

(きっとこのくだり、誰も付いて来てないんだろーなー。このマイナー加減がウルトラ怪獣との決定的な違いですねー(涙)。

Photo_673 見学・撮影会に続いては夢の「怪獣子供会議-怪獣テレビ映画はこれでよいのか-」というハードな討論記事が。
「世界ではじめての!」とありますからその意義も大変深いもので(笑)。8月4日、京王百貨店八階で開催と記録も立派なものです。
これに出席できなかった恨みが、今「ネヴュラ」の怪獣関連記事で爆発しているのかも(笑)。

夏休み真っ盛り、怪獣好きの子供達から飛び出した意見は実に興味深いもので。
Photo_675 ここで既にアオシマ・スペクトルマン怪獣プラモについての質問が出ていたのです。
「どうして足と足の間に棒がついているのですか?」
答えるはなんと、当のアオシマ文化教材担当、青島一郎氏。
「ころばないため。補強のためにつけてあります。」
怪獣のプラモデルはどうして小さいものばかりなの?という質問には、
「僕達(子供達)のおこずかいで買えるような値段につくってあるのです」と。

当時一個350円の怪獣キットは、今や数千円で取引される高額商品となってしまいましたが(笑)。

Photo_674 ともあれこの「怪獣」という会報は、「ゴリ」当時の空気を検証する上でまたとない資料である以上に、私の「スペクトルマン」への愛を再確認する、夢のアイテムでもあるのです。

後年ピープロ社長・うしおそうじさんへのインタビュー本で、スペクトルマンに関して氏が語った回顧証言に「スペクトルマンは『サスプロ』だから」というものがありました。
サスプロとは局と番組制作プロダクションの直接契約の事。
番組は通常、広告代理店を通じで番組枠とスポンサーを確保の上、制作に入ります。この流れを飛び越えて制作ゴーをとりつけたうしお氏のバイタリティーは今のテレビマンからは考えられないもの。
この「怪獣友の会」も、怪獣番組に大きな愛と情熱を傾けたうしお氏による大きな「子供へのプレゼント」だったんでしょうね。


Photo_676 漫画家でありながら情熱あふれるプロデューサーであったうしお氏には、技術者出身であった円谷英二とはまた別の怪獣への愛情表現があふれていたのです。
「宇宙猿人ゴリ」はその愛情の結晶。
テレビ怪獣が一番元気だった時代、そんな番組をリアルタイムで見られた事を私は幸せに思います。


私が土曜日にワクワク感を覚えるのは、「ゴリ」にあふれるそんな情熱の記憶からなのかもしれませんね。
忘れられない「土曜日の恋人」ってところでしょうか。
山下達郎の歌が聞こえてきそうですが(笑)。

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2007年4月 6日 (金)

酔狂はトップギア

・・・浪費癖が止まりません。
昨日、ちょっと覗いた「ザらス」。
また買ってしまいました。


Photo_657 だってずるいんだもん。このアオシマ「サンダーバードミニ秘密基地」。
クリアランスセールで定価3,999円が○○%OFF(ちょっと信じられない価格)だったんです。

「ザらス」のシールが貼ってあり、定価の価格設定も通常商品と違うところからザらスオリジナル商品と推測した私。(識者の方、教えて下さい。)貴重な品がこの価格ならと思わず残っていた二つをゲットしてしまいました。
あーこれにバンダイR3「ニューレイズナー」を加えたら、今日のご飯はもう無いなー。

ともあれ、こんなグッズに囲まれているだけでおなか一杯の私。
オタクグッズだけはいくら買っても後悔しないから不思議です。おバカですねー(笑)。

先日作った「ガレロン」を同じく模型好きの先輩宅へ持って行きました。
ジージーと元気に歩くガレロンに「おー、これがアオシマ歩きか」と喜んでいた先輩は、「これもしばらく動かしてないなー」とマルサンの復刻版・電動ウルトラマンを持ち出す始末。
さらにイマイ復刻版・電動V-3号、ミドリ復刻版・ゼンマイギララを並べるに至って、テーブルの上はプラモ黄金期の可動キット揃い踏みとなってしまったのでした(笑)。


「しまったー。これで以前作った日東・電動ガッパがあったら各社可動キットの動きの違いが一目で分かるのに」なんて贅沢な感想を漏らしてしまうのも、酔狂ギアがトップに入った可動オタクの楽しみなんでしょうね。
このあたりのくだり、分かる人にしか分かりませんよね。つくづく最近の「ネヴュラ」はマニアック度が増すばかりで。
大変ご迷惑をおかけしています(笑)。

この先輩の部屋は私のオタク部屋と同じく、所狭しとプラモデルが並ぶおもちゃ屋テイスト。キットが積み上げられた棚を見るだけで「作ろ・やめた音頭」が簡単に踊れてしまいます。
「今度はこれを」「いや、こっちにしようかな」「うーん、これは一個しかないし」
この踊りは先輩と私にとって今や毎晩のエクササイズ。
踊る姿も実に堂に入ったもので。


「でもこれだけキットがあると、何かテーマがないと製作に踏み切れないよね。」
「そーなんですよねー。今となっては可動キットそのものが貴重だし。お店に並んでるキャラキットってガンプラしかないでしょ。ガンブラって出来のいい完成品がいくらでも売られてるから気後れしちゃって。作らなくてもいいじゃん、なんて思っちゃうんですよ。」
そうでした。ガンプラに関しては以前、先輩が言い放った名言があったのです。
それは先輩がマスターグレードのザクを作っていた時でした。
「最近のガンプラって出来はいいけど作ってる感じがしないなー。」私は尋ねました。「えー?だって今、作ってるんでしょ?」
先輩は答えました。「作ってるんじゃなくて『作らされてる』感じがするんだ。」


『作らされてる』。この感覚は、初体験のプラモがガンプラだった方々にはお分かりにならない感覚なのかもしれません。
私もマスターグレードはいくつか持っていますが、あの手の物は出来が良すぎて手の出しようがないんですね。

「誰が組み立てても一定レベルの完成度が保証される」というのは非常にありがたいんですが、そうなると「キットと自分のせめぎ合い」みたいなものがなくなっちゃって。
昔のキットはもっと出来が悪く、先日のガレロンのように接着線を消す事だけでもかなりの手間を要す分、作っていて愛着が湧くんですよ。
久しぶりに『作っている』感覚を思い出した経験でした。


ガンプラの開発スタッフの努力には本当に頭が下がります。出来も申し分ないですし。
でも時代遅れの私などは先輩の言葉が実によく分かる。私もマスターグレードには「作らされてる」感が否めませんね。
まー、プラモデルという名称が同じなだけで「別物」と考えたほうがいいと思いました。これも新旧キットのどちらが良いという訳じゃなく、「住み分け」なんでしょうね。
たまには「作らされてる」のも良いですしね。

さて。先輩とのプラモ四方山話は続きます。
「例えば、このキットを改造してこんな仕上げにするのはどう?」なんて話題になりました。
「ゴジラの可動キットをブリキ風の塗りにしちゃうってのはどうかな?」


2_13 現在私は、ゴジラの可動キットはマルサンの電動歩行、ブルマァクのゼンマイ歩行の二つを持っています。それぞれ昔発売されたキットの復刻版で、かつての可動を再現したすぐれものです。

Photo_658 これらはまともに組んでもそれなりに味わい深いキットなのですが、そこはそれへそ曲がりな私達。ごらんのような「プリキのおもちゃ」風塗装を企んだと。
でもこの二つのキット、表面のディテールがなかなか曲者で。
2_14 マルサンのものは筋状の、ブルマァクのものは粒状のディテールがある為に、ブリキのおもちゃの「ツルッ」とした表面処理には程遠いのです。
「これ、どうやってやろう?」「やっぱりディテールを全部削り落としですかね?」
「いや、マルサンのなんかは全身パテ埋めじゃない?削ったら穴が空いちゃいそうだし。」
「なるほどねー。削ってツルツルにするだけでも相当時間かかりそうですねー。」


「じゃーこれは?ウェーブの「レッド・ミラージュ」対「バッシュ・ザ・ブラックナイト」の対決ジオラマなんて。」
Photo_659 これは大作。今なお根強い人気を持つ永野護のコミック「ファイブスターストーリーズ」の主役級モーターヘッド2体。これはかつてウェーブというガレージキットメーカーからプラキットとして発売されましたが、なにしろ通常のプラモデルに比べディテールが異常に細かい。モーターヘッドの詳細な設定も手伝って、「これは無理」と諦めていたのです。
「でもいいじゃん。設定なんか無視してやっちゃえば。縛られると結局出来ないし。」
最近はそんな気分です。この物語の大河ドラマ的ストーリーから考えて、例えばこの2体で「椿三十郎」的な立ち回りをジオラマ化したら凄いでしょうねー、なんて妄想したりして。
L・ミラージュの剣がバッシュの胸を切り裂く!バッシュの胸元から噴出すのは鮮血に見立てた動力オイル、なんてどうですか?オイルは透明レジンが何かで表現して。(まともに作ったら一年以上かかりそうですが)


「こんなのどう?」と先輩が取り出したのは「装甲騎兵ボトムズ」の1/24スコープドッグ・ダウンフォーム。
かつての名キット、タカラ1/24スコープドッグに新造パーツを追加したスペシャルキットです。
「これをバトリング・スペシャルに改造中でね。」

要するにカスタマイズですね。「ボトムズ」をご存知の方はよくお分かりでしょうが、この物語に登場するロボット「AT」は身長4メートル程度の小さいサイズで、町工場などで簡単にカスタマイズできちゃう代物なんです。人が乗り込み操縦するAT同士は「バトリング」という賭け試合が行われます。出場するATは一種の「選手」なんですね。
ですから選手各々の好みでカスタマイズされたATが多数存在する訳です。

Photo_660 先輩も独自の設定を持った「バトリング用AT」を作っていましたが、まー大変。1/24は細かいところまで作りこみが必要なのでものすごく手間がかかるんです。
「あー私には無理。私はこの1/35で充分。これだってできるかどうかわかんないのに。」

個人的には右側のスコープドッグよりも、左側の「ダイビングビートル」の方がデザイン的にはお気に入りなんですが。
可愛いでしょ。なんとなく。


こんな会話で夜も更けていったわけです。おバカでしょー(笑)。でも部屋に帰って考えてみると、ウチのキットでもそれなりに楽しめそうなものはありますね。
Photo_661 例えばこのイマイ「鉄人28号」。
マルサンゴジラに先駆け、日本発のキャラクターキットとして発売されたこの鉄人ですが、今の目で見ると原作、アニメとは全く別物のプロポーションですから(実写版をモデル化したそうですが)こういうのこそブリキ塗りが似合いそうじゃないですか?
Photo_662 いやそれならこっち、「ビッグX」に登場した「V-3号」なんかもうまるっきりブリキ調のフォルムだから、こっちにしようかな?
先輩はリアルに塗ってたから。


ほとんど徹夜。まるで郡上踊りのように「作ろ・やめた音頭」は夜を徹して行われるのでした。
ここ数日、本当に私の酔狂はトップギア状態で。
こういう風に組み立て前のキットを眺めながら仕上げに思いを馳せられるのも、オタクの私に与えられたささやかな楽しみなんですよ。
まー罪の無い遊びだからいいか。お仕事に影響しない程度に楽しみましょう。


最後にこんなのはどうですか?ちょっと考えてるんですが。
Photo_663 ファンに惜しまれつつ2002年に廃業したイマイが最後に放った可動キット「ジェットモグラ」の色替えバージョン。オリジナルの黄色を大きくイメージチェンジさせちゃうという。
着手できるかどうかはともかく、コンセプトは決まっています。
その色は・・・

隣の怪獣が知っています(笑)。

2007年4月 4日 (水)

羨望と共感

何気なく見ていた、お昼の「笑っていいとも!」。
4月になって新コーナーも増えましたね。にも関わらず、メンバーの自己主張とタモリの見事な采配が番組レベルを一定に保っている姿は毎度の事ながら感銘を受けます。
今日の新コーナーは過去の特定年代に活躍した歌手が四人候補に上がり、その中でスタジオに現れる歌手を当てるというものでした。ご覧になった方も多いでしょうね。

今日の年代は1971年。つのだひろ、森田健作、錦野旦など同時代を彩った歌手を押しのけ、実際にスタジオに現れたゲストは尾崎紀世彦。代表曲「また逢う日まで」を熱唱する姿は貫禄ものでしたが、私はそれよりも回答者であるいいともメンバーのリアクションに思うところがありました。

懐かしく、また大御所である歌手の名前が出るたび、メンバーからは「おーすごい」「あの人が」などの声が上がりました。これはテレビ的な演出なのでもっともな事なのですが、ちょっと気になったのは「聴きたい」「生で聴いたこと無い」などのリアクションで。
これも前述の「テレビ的演出」なので別に問題は無いんですが、私は気になりました。

「タレントの一般人化もバランスが難しいなー」という事でした。

これは「いいとも」だけに限った事ではないので、別に今さら言う事でもないのです。
でも私が最近の地上波をほとんど見ないのは、どうやらこういう部分にも要因があるような気がして。

「バラエティー番組」という呼び名が広く使われる最近のスタジオトーク番組は、この手の「タレントの一般人化」が特に顕著な感じがするのです。これは制作者側、出演者側のみならず、テレビを取り巻く環境そのものに大きな原因があると思います。
作っている本人が言うのだから間違いありません(笑)。


ご存知とは思いますが、これらバラエティー番組に於けるスタジオトークには大きな意味での台本が存在します。
これは「構成台本」と呼ばれるもので、例えばあるお題に対して数人のスタジオメンバーがトークを展開するような内容の場合、スタッフは事前に出演者側にお題を知らせ、トークの内容を考えさせておくのです。

収録前の打ち合わせではそれぞれのスタジオメンバーから集めたトーク内容のつけ合わせが行われます。
そこで出た内容によりトークの順番、リアクションの内容、次のトークへの転がし方などを再度構成し、各々の出演者が理解したうえで本番に臨む訳です。
つまり「トーク番組と言えど台本は存在する」のです。


番組によって台本の存在しない番組もありますが、それは司会者のタレント(さんま、紳助クラスでしょうか)が台本なしでも番組を転がせる実力派である場合に限られます。
そんな例外を除き、台本が無ければ番組の勢いも出ず、また進行も止まってしまうものなのです。皆さんお勤めの会社に於ける、会議上での進行役の重要性をお考え下さい。

ところがそんな風に台本の存在するトーク番組であっても、台本はドラマのように一言一句まで書き込まれている訳ではありません。そこがタレントの腕の見せ所。
「番組の流れからは逸脱しないように。でも自分の存在感をアピールし、次の仕事に繋げる」ことが、タレントに与えられた大命題であるゆえ、彼らは台本に書かれたトークを膨らます事に努力します。

以前知り合いのディレクターが「いいとも」のキャスト・スタッフ会議に出席した折、その場でタモリがこんな発言をしたそうです。
「台本があるから膨らませられる。台本より面白くするのが我々の仕事で、台本と違うトークが展開する場合、それはタレントの努力によるもの」
「その場でもしタレントがなにも閃かなかったら、台本通りのトークに戻ればいいんだから」。
台本の重要性は、現場のタレントが最も認識しているのです。


さて、この手のトーク番組はもとより、最近のタレント出演番組はほぼ全てタレントのフリートークに頼っています。クイズ番組にしてからが、クイズに正解する事よりも「クイズ問題でいかにボケられるか」「どこまでトークを膨らませられるか」に演出の重点が置かれているのです。実はこの現状にはいろいろな事情もあるのですが(番組予算が無いゆえタレントの拘束時間を短くせざるをえず、突っ込んだ打ち合わせが出来ないetc・・・)実際の所、演出側にしても「大まかな流れは台本で把握、そこ以外はフリートークで腕を見せてね」的なアプローチをせざるを得ない状況があるのです。

さて、そうなった時タレント側はどうするか。何しろ与えられた材料は簡単な構成台本とトークのテイストが予想される共演者程度。この状況下でアドリブせざるを得ないとすれば・・・
結局タレントの「地」が出てしまうんですよ。
タレントと言えど現場を離れれば普通の生活が待っています。
一般人的な発言が出てしまうのも致し方ない事なのです。

冒頭の「いいとも」に於ける「生で聴いた事ない」発言などはその最たるものだと思います。

バラエティー番組の質がこういった「タレントの本音トーク体質」に変わってからかなりの年数が経過しましたね。どんな番組を見ても出演タレントは「私生活」「現場の裏話」「他のタレントの暴露話」。往年のベテランタレントも「かつての映画、番組の裏話」的なトークばかりで。私などは、お笑い芸人を交えながらそういうトークを面白おかしく展開する番組が痛々しく見えてしまう有様で。

そんな番組の企画自体に対して思います。
名画の現場話はドキュメントとして真面目に作って欲しい。タレントの私見や芸能界の裏話など楽屋でやって欲しいと思っちゃうんですね。
過激な言い方ですが、そんなお茶の出がらしみたいなトークで電波を占有して欲しくないと。
タレントだって企画がそうなんだからそんなトークしか出来ませんしね。


きっと私の頭が固くなりすぎているのでしょう。
でもこれはどうしようもなく。
これはもう数年前から痛切に感じていることですが、「テレビ番組」という単語は同じでも、私が作りたい、見たい内容と、今の視聴者が望む内容はもはやまったく違うものなんですよ(笑)。

私が心奪われた番組は、例えばバラエティーであれば「巨泉・前武のゲバゲバ90分」(1969年日本テレビ)や、「シャボン玉ホリデー」(1967年日本テレビ)。舞台収録なら「てなもんや三度笠」(1962年朝日放送)などなど。これらはタレントのアドリブなどをまったく許さず、一秒の何十分の一という笑いのタイミングを追及した珠玉のシリーズでした。
ただ、これらの番組が今、制作不可能な理由もはっきりしています。
三番組とも、制作の準備期間が半端じゃないのです。


三木鶏郎、萩本欽一をはじめ、総勢42人の構成作家が生み出すコントを取捨選択、そのせめぎ合いが露となった「ゲバゲバ90分」。
ミュージカルシーンなど凝った場面は、本番収録の二日前から出演者全員でリハーサルを繰り返した「シャボン玉」。
関西の代表的構成作家・香川登志緒に加え、関西芸人全員から鬼と恐れられたディレクター・澤田隆治の才能が結実した「てなもんや」。
テレビ黎明期のバラエティーは、これ程までに精緻な準備を行っていたのです。


バラエティー、ドラマを問わず、今これ程までに番組作りに手間をかけるのは不可能でしょう。前述の「番組予算の低下によるタレント拘束時間の短縮」も大きな理由ですが、なにより当時を知る人が現場から去ってしまった事が大きいですね。
今のバラエティー番組は、そんな往年の遺産を活かす機会もないまま、依然として「スタジオのアドリブトーク」に明け暮れている訳ですが、これは今現場で一生懸命番組作りに奔走するスタッフ・キャストの責任だけではないとも思います。


スタッフ・キャストは、視聴者のニーズを映す鏡でもあるからです。今の視聴者は、バラエティーにそこまでのクオリティーを求めていないですよね。

一日のお仕事に疲れて帰宅し、条件反射的に点けたテレビで繰り広げられるトークは、会社の休み時間に仕事仲間と喋った罪のないお話の延長線上であればいい。
今の多くの視聴者にはそちらの方が身近なのかしれません。

「すごい発想をする人だ」という、タレントや芸人・作家に対する「羨望」はもはやなく、「共感」に重点が置かれているのでしょう。「あー自分と同じ、もしくはちょっと気の効いた事が言える人なんだ」的な解釈。
ギャグの質やタイミングを精緻に解析するのは私など一部の変わり者だけなのかも(笑)。

でも敵もさる者(笑)。現場の感触で言えばタレント側・特に芸人さんはニーズに合わせて策を練っています。
お話が相反するようですが、「本音のネタトーク」も、現場ではアリなんです。
芸人が共演者からツッこまれて見せる狼狽の表情に騙される人も居ないでしょうが、ああいうリアクション芸は「芸」と「本音」のバランス配分が実に難しい。
「一般人ぽく、しかもちょっと浮世離れしている感覚」の再現ですね。

「共感させる芸」とでも言うのでしょうか。
スケールは小さいですが。

でも一つだけ。ギャグで拍手を取るのだけはなじめませんね。
ギャグって笑いを取るもので、共感されるものじゃないでしょうと。

一般視聴者が共感し、笑いを呼ぶ本音風のトーク。
でもそれが本音に聞こえれば聞こえるほど、私には研ぎ澄まされた「芸」に見えます。

でもタレントごとにその芸の優劣はあるもので・・・。
冒頭の「聴きたい」発言などは生放送ゆえの本音でしょう。
思わず一般人化しちゃったのねと。

でも「この人、本音だな」と分かっちゃった時ちょっと安心するのは、夢を売る芸能界の裏を知る私の、ちょっとした癒しなのかもしれません(笑)。

2007年4月 3日 (火)

消えゆく学校

「まさか、こんなことが!」
目をつぶっていてもたどり着けるほどに通いなれた、見慣れた場所。でも目の前にあるたたずまいは、私の記憶からかけはなれたものでした・・・


また大仰な滑り出しで(笑)。でも寂しいのは事実なので。
ここ数日昔のプラモブログと化した「ネヴュラ」。昨日のお話を読まれた方は、数年ぶりに私が手掛けたスペクトルマン怪獣「ガレロン」のお粗末な製作ふりをご覧いただけたと思います。
まーあらためて完成品を見る度に、ブログにアップした恥知らずぶりに赤面してしまいますが(汗)。

それにしても、子供の頃は毎日のようにいそしんでいたプラモ作り(やっぱりこの呼び名がしっくりきますね)も、数年のブランクを経るといろいろ不都合が出てくるものですね。
感力、持久力の衰えからどうでもいいこだわりの弊害まで挙げていけばきりがありませんが、中でも今回特に感じた事は「プラモを取り巻く環境の変化」でした。
読者諸兄の中にはモデラーの方もいらっしゃるでしょうから「何を今更」と思われるかもしれませんが、プラモ製作に関してまるで浦島太郎(花子かな?)状態だった私にとって、この変化は実に興味深い事だったのです。


食材であるキットを目の前にして、数年ぶりに製作に臨むことを決めたとき、まず一番に考えたのは「この食材を生かす調理法」でした。
素材の味を最大限に引き出す為にはいろいろな調味料や道具が必要なのです。
まあ道具などは昔のものがあるからなんとかなるんですが、問題は「調味料」。
そう、色です。


「あーやっぱりねー。」
Photo_651 数年ぶりにプラカラーの瓶を開け、嘆く私。
そりゃそうですよね。本来、プラカラーだって定期的に点検してあげないとシンナーが抜けちゃって固まってしまいます。おまけに瓶のへりで色を拭いていたぞんざいぶりが祟って、蓋が閉まったまま開かなくなっちゃったものも。
「もーいーや。きっと中身も固まっちゃったねー、これは。」なんて負け惜しみを残し、必要な色をピックアップしてかつてのように補充に走ったんです。「いつもの模型屋さん」に。
冒頭のセリフはその時のもの。

お分かりでしょう。お店がなくなっていたのでした。

ここ数年、町を走るたびに「行きつけのお店」がどんどん無くなっていく事に寂しさを覚えていた私でしたが、プラモに関してしばらく離れていただけにちょっとショックでした。
アイテムそのものよりもそれに出会ったときの記憶を重視する私。その無くなったお店は「困った時の一軒」として大変重宝していたのです。
数年前にアメリカ「オーロラ社」のキットを復刻したポーラライツ社の怪獣キットに出会ったのもそのお店でした。決して商売は派手ではないけれど、話題のキットを堅実にラインナップするその経営姿勢に惹かれていたのです。

その日、私は数色のアクリルカラーに加えキットの墨流し用にエナメルカラーのシンナーを求めていたのですが、このお店が無くなっていた事でちょっと途方に暮れてしまいまして。
頭のカーナビを起動して「ここから一番近い模型店」を探す訳ですが、これがまた大変で。「あのお店はもう無いし、あそこも潰れちゃったしなー」みたいな感覚なんですよね。
「あのお店は残ってるとは思うけど、エナメルカラーって置いてたっけ?」なんて不安まであったりして(笑)。
Photo_652 頭をひねって思い出した結果ようやく一軒のお店を思い出した私。二十年以上前、「重戦機エルガイム」のヘビーメタル「ヌーベルディザード」(バンダイ1/144)の作例を持ち込んだ記憶があります。
十数年ぶりに覗いたそのお店。ショーウィンドーには私の作例がまだあったりして(笑)。あー恥ずかしい。
ほどなくエナメルシンナーは入手でき、一安心の午後でした。

まあその後、製作は順調に進み、先日の発表に至った訳です。

それにしても、ここ最近の模型屋さんの衰退は今までにないものがありますね。
皆さんもご記憶がおありでしょうが、子供の頃って自分の町のおもちゃ屋さんや模型屋さんの位置、アイテムの傾向、割引率、在庫の状況などをすべて把握していませんでしたか?
「ブルマァクのゼンマイゴモラはあのお店にまだ一つ残ってたけど、あそこは定価だから今のお小遣いじゃ買えないや」なんて解析を毎日行っていたのでは?(笑)。
ですからこの年になってもその記憶は残っていて、頭の地図には瞬時に各お店の位置が点滅するようになっているのです。
でもここ数年、点滅ポイントは分かっても赤ランプが消えたままの事が特に顕著で。これも時代の流れなんでしょうね。


Photo_653 私が子供だった昭和40年代、プラモデルはおもちゃの世界で新しい商材として脚光を浴びていた花形アイテム(古い表現ですが)。折からの怪獣ブームも手伝い、ソフトビニール怪獣と共に爆発的な人気を誇ったものでした。
マルサン怪獣に代表された当時のキットも時代に合わせて様変わりし、イマイのサンダーバード、タミヤのAFV、そして現在まで連綿と続くバンダイのガンダムなど、それぞれの時代を彩った名キット達が子供達に作る喜びを提供してきたのです。

しかしながらここ数年、プラモデルが子供の遊びからマニアの趣味に変化した事を痛切に感じます。
盛況を誇り、子供の憧れを一身に集めた模型店が次々と店をたたみ、おもちゃ屋さんの店先からもプラモデルのコーナーはほぼ姿を消しつつあるようです。
岡田斗司夫さんの「かつてのプラモデルは絶滅した」という言葉を肌で感じる今日この頃。

まあよく言われているように、これは子供の興味がテレビゲームに移っていった事が大きいでしょうね。今やプラモデルを作らない子供は居てもゲームをやった事の無い子供は居ませんから。
私の甥っ子からしてそうです。小学6年生までプラモデルを触ったことが無いなんて、昔は考えられなかったですもんね(笑)。

でもそれは子供達に責任があるわけじゃありません。ゲームのやりすぎで目や姿勢が悪くなるのも、いわゆる「ゲーム脳」になるのも、それはシステム・ソフトを開発した大人に責任があると思うのです。
ゲーム時間を管理する親にも重責はありますよね。
ましてやプラモデルに手を出さない事などを誰が責められましょう。
これだって昔は「塗料のシンナーが有害」なんて散々やり玉に挙げられたりしましたし。一緒ですよね。

Photo_654 子供時代にプラモに親しみ大きくなった私のようなオタクの皆さん。でもこんな人々が全てプラモ趣味に走る訳でもありませんよね。
これも時代の流れ。ここ数年驚異の進化を見せるフィギュアブーム・食玩ブームの影響は見逃せません。
シンナーとパテ屑にまみれて何日間も苦労するより遥かに簡単に高クオリティーの立体物が手に入ってしまう事実は、大人さえプラモの世界から遠ざけてしまう魅力を放っています。
実際私もそうですし。(先日入手したタカラ1/18スコープドッグのクオリティーにはビックリしました!)


こういう時代、キット、色、工具にお金をかけ(実際ばかにならない額ですしね)、貴重な時間を費やして完成を目指すプラモデルという遊びは、もはや船旅にも似た贅沢な趣味になってしまったのかもしれませんね。私のガレロン製作もクイーンエリザベス号並みの豪華な道楽という訳で(あ、その振り上げたこぶしは下げて下さい(笑)。

今残っている模型屋さんも大きく二極化されましたね。
これも肌で感じることですが、最近の大きな模型店チェーンって私にとってはちょっと敷居が高かったりするんですよ。
お店の中が明るすぎると言うか清潔すぎると言うか。
私が所属していた「昔のプラモ部(笑)」のイメージはあんな風じゃなかった。今でもその面影を残すお店はありますよね。
なぜか決まって店先は暗く、商品棚に積み上げられた膨大な数のプラモデルは学校帰りの子供に毎日蓋を開けられ一度として整然とはならず(笑)。

店員さんだって今のショップのようにバイトのお兄さん、お姉さんじゃなくて「この道で食ってるんだ!」という迫力を漲らせたまさに「経営者」でしたし。この「経営者」のキャラクターがお店の印象を大きく左右していましたよね。
お店のガラス棚に飾られる作品も、すべてご本人の力作で。


「君ぐらいの年なら、これくらいのものが作れると思うよ」と、キットをひとつひとつ大事に勧めてくれたお店のおじさん。おじさんの「本当にプラモデルが好きなんだ」という気持ちは子供にも伝わってくるんですよ。
店先で箱を開け「この部分は組むのが難しいから出来なかったら持ってきな。」なんてアドバイスもしてくれたり。

でも子供の気持ちって複雑ですよね。そういうやさしい言葉をかけられてしまうと、かえって「一人で完成させなきゃ」なんて変に気負っちゃったりして。
で、結局失敗しちゃうのが可愛いんですが(笑)。
後日お店で、「こないだのやつ出来た?」なんて声をかけてくれたおじさんに「まだ」なんてウソついちゃったりして。

おじさんは分かっているんですよ。「失敗したな」なんて。でもニコニコ笑っている。かつての自分の子供時代を振り返っていたのかもしれません。
手先が不器用だった子供時代の私は、こんな風におじさんとの不思議な距離感を楽しんでいたような気がします。
これが「昔の模型屋」なんですよ。


Photo_655 昔がすべて良かったとは言いません。昔に比べプラモデルの精度は段違いに上がっていますし売られている専用工具もバリエーション豊か。(電動ハブラシみたいなペーパーがけ機まであるんですね(笑)。
こういう工具を駆使すれば見事な仕上げができるでしょう。
でも昔の模型屋さんにはそういう部分を補って余りある「教え」めいたものがありました。それは「店主による模型作りの指南」などの意味ではなく、「出来なくてもいいじゃん」的な温かい教えだったのかもしれません。
「とにかく君は頑張ったんだよね」という。


「結果ではなく努力する過程を評価する」という姿勢があったのかもしれませんね。
完成品と違い、プラモデルには失敗のリスクが常に付きまといます。リセットが効かない分ゲームよりシビアな遊びなんですよ。そこにはゲームでは得られない何かがあるような気がします。まぎれもなく昔の模型屋さんは、語らずしてそういう部分を教えてくれた「学校」だったのです。

時代遅れのオタクの大甘な戯言ですが(笑)。

2_12 そういうお店がどんどん無くなっていく事に寂しさを覚えるのは私だけでしょうか。
私が自分の部屋をおもちゃ屋風にしたがるのは、そんな寂しさ故なのかもしれませんね。
ウチのおもちゃは売り物ではありませんが(笑)。

2007年4月 2日 (月)

【G×G】

最初にお詫びしておきます。
ごめんなさい。タイトルの【G】はあのGではありません。
紛らわしいですが、今日はこのタイトルをどうしても使いたかったもので(笑)。


ここ数日格闘していたプラモデル「ガレロン」。
なんと昨日の夕方、完成しちゃいまして。
予想外の早さにちょっと拍子抜けしてしまいました。


Photo_639 これがその全身写真です。
まー3年のブランクという事をまずご了解の上ご覧下さい。「なんだコレ?」「こんなもんの為に4日間も使ったのか?」などのご感想もごもっとも。私は本当に手が遅く、普通の人の3倍の時間がかかってしまうのです。
ですから完成の喜びもひとしおで。

でも本当はもうちょっと手こずりたかったんですけど。
「手間がかかる子ほど可愛い」ですから。

Photo_640 今回の制作、塗装のコンセプトは「レトロプラモを楽しむ」でした。
前回のお話で悩みの種だった接着線の成形は、いつもよりちょっと控えめにして接着線を残しました。あまりガチガチに成形してしまうと、せっかくのレトロな味わいが消えてしまうと思ったからです。
(技術不足だろうって?ホントはそのとおりです(涙)

Photo_642 全体の塗装については、本当はレトロ技法「ドライブラシ」で全身をくまなく攻めたかったんですが、昨日のお話どおりエッジが立たないキットってあるもので。結局あの技法もキットによって向き不向きがあるんですよね。
何を今さらって感じですが。
という訳で大活躍したのが今回初導入のエアブラシ。
これは素晴らしい効果を生みました。もともとデザインの専門学校に通っていた私は、学生時代にこのエアブラシを作品制作に使ってはいたのですが、ことキット塗装についてはバリバリのドライブラシ派だったので実際にキットに対して吹いたのは今回が初めてだったのです。


Photo_641 何しろエアブラシに関してもブランクが長い私、最初は要領を得ませんでしたがコツを掴むと面白くなっちゃって。
ちょっと使いすぎたきらいはありますが(笑)。

吹きまくった色もご覧のとおりカラフルな雰囲気で。これ、色を塗りながら決めていきました。最初は箱絵を参考に、結構渋めの色合いを予定していたんです。でも考えてみればこういう可動キットはもともとプロポーションもそれなりだし、どんなにリアルに塗ってもガレージキット並みの完成度は望めない。それならいっそのことオモチャ風に塗っちゃおっと。となったのでした。

でもいわゆる「ソフビ塗り」にはしたくなかったんです。これはあくまでも「プラモデル」。マルサンの怪獣だってソフビとプラモデルではフォルムも違いますもんね。だからそれなりの塗りにしたい。「ソフビ以上ガレージキット以下」の塗りが求められると(笑)。で、私がたどり着いたのかこのカラーリング。
通称「ゆる塗り」です(爆笑)。下手ですねー。


Photo_643 バックショットで目立つこの背びれや爪、牙などはフラットアルミそのまま。この処理には二つの意味があります。一つは「ゆる塗り」ゆえのおもちゃ感の再現。そしてもうひとつの理由は、このガレロンの武器にありました。

この怪獣は「宇宙猿人ゴリ」初期のNG怪獣である事から、番組が持っていた「公害」というテーマを色濃く反映しています。
ガレロンはなんと「水銀球」を吐くのです。

水銀のイメージから連想される「人工的な銀」をどこかに入れたかったんですね。
キットの箱絵ではガレロンの背びれは銀ではありません。この「銀背びれ」は私のオリジナルです。この人工的な色合いがなんとなく「水銀」なイメージにピッタリと思うんですが。

こういうおバカな思いつきがそのまま反映できちゃうからプラモデルは面白いですね。「プラモデルは作っている時が一番楽しい」というのは言いえて妙の真理かも。

さあ、そんな訳で完成した36年前のキット。ゼンマイも調子よくジージー歩きます。「あーこれがアオシマ歩きなのね」なんて、旧友との再会に喜んでいるおバカな私。至福の4日間でした。で、実はこれが「一頭目のG」。
一頭目という事は、当然二頭目が居るわけで。


Photo_646 3月28日のお話で、「まずは改修」とばかりに接写した写真を載せました。皆さん、この怪獣キットの正体を見破れましたでしょうか?
実はこれが「二頭目のG」だったんです。


古今東西、なぜか怪獣のネーミングは「G」で始まるものが多い。
ですから「G×G」と言ってもそれこそカードは無数にある訳です。
今回、たまたま「ガレロン」を作ったので、ついでに昔製作したキットもご紹介しようかと。
となると手持ちであるのはこの「G」かなー、なんて。
腕もセンスも無い私は、このキット制作にもかなり手こずりました。

Photo_644 「大巨獣ガッパ」(1967年日活 野口晴康監督)。イギリス映画「怪獣ゴルゴ」をオリジナルとする日活唯一の怪獣映画です。
以前お仕事で女優の山本陽子さんにお会いした時、喉元まで出かかった「ガッパ、見ました」というセリフを飲み込んだ思い出も(笑)。異色作として語られる名作ですが、作品研究はまた別の機会に譲るとしましょう。
このキットは「大巨獣ガッパ」に登場する親ガッパの内、雄のガッパをモデル化した電動歩行のリモコンキット。
メーカーは日東、初版は1967年に発売されました。製作したのは1983年の再版ですが、このキットは初版とほぼ同じギミックを持ち、さらに小松崎茂先生のボックスアートも手伝って非常に人気の高い一品なのでした。


オリジナルをお持ちの方はお分かりと思いますが、私はこのキットを少々ディテールアップしています。
全身の体表をハンダゴテで改修し、エポパテで手足の先を制作、羽根の裏側を追加工作するなど・・・
Photo_645 両目の発光ギミックはオリジナル通りですが迫力を増す為にムギ球を着色。
眼球部分を新たに制作し、「おー光った」なんて遊んでました。
足の改修後久々に動かしてみましたが、まだまだその歩きは健在で。両目の輝きもご覧の通り。
「さすがの日東さんも、これほどチューンされたガッパは持っちゃいないでしょう」(byグレゴルー・ガロッシュ)。


Photo_648 これでお分かりですね。G×Gの意味。
「ガッパ対ガレロン」という(笑)。
この二頭の戦いは予想できませんねー。
ガッパの青い怪光線対ガレロンの水銀球?
そもそもこんな世界観が成り立つんでしょうか?
掟破りも程々にして欲しいと。私が勝手にやってるんですが。


怪獣側がこれだけ意表をついたカードなら人類側も黙っちゃいません。私が過去に製作した防衛兵器から、とっておきの一台を出撃させなければ!

Photo_647 怪獣退治の切り札はいつも「パラボラレーザー」と決まっています。
この「連結戦車クローラー」こそ二大怪獣掃討の最後の希望なのです。
驚異の登坂能力であらゆる荒地を走破可能。前面にしつらえられた小型メーサーパラボラと二基のミサイルが二大怪獣の行く手を阻みます・・・


Photo_649 なーんて。この「連結戦車」は「サンダーバード」のキット化で有名な今井科学から1968年に発売されました。
これもボックスは小松崎画ですね。
私は1980年頃の再版、2000年頃の再再版を入手、内一台を作りました。これも古いキットなので成形だけでも大変で(涙)。腕の無い私はここまでにするのに実に二週間を費やしたのでした。

でもさすがに今井のキット。これは実にスムーズかつ力強い動きをします。私はこのフォルム・実力とも大変お気に入りで、この完成品以外に未組み立てのキットを8個持ちながら、今だにオタクショップでキットを見かけると手が出てしまいます(笑)。

Photo_650 いやー「ガレロン」の完成から芋づる式に(笑)、こんな昔のキットレビューみたいになってしまってごめんなさい。今時「ガレロン」を組み立て、苦労話を語る酔狂は私ぐらいのもんでしょう(笑)。
でもこんな風に昔のキットに囲まれていると、本当に心が和みます。結局、今のキットに無い「温かみ」を求めているのかもしれませんね。

部品の合いは悪く、スムーズな動きも保証されない昔のキット。
腕は無いし手も遅い私ですが、また時間あるときにこんな「やんちゃキット」に触れてみたいと思います。
最新キットを作るよりスリリングですよ。これは。


さて、今日のお話を聞かれてもし不安になっている方がいらっしゃったらごめんなさい。
以前からお話している私の「G×G」オリジナルストーリーは、今日のお話とは全然別物です。現在まだまだ考案中。
期待しないでお待ち下さいね(笑)。

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2007年4月 1日 (日)

化石の四肢

・・・春雷の響く夜。
さっきまでず~っと「ガレロン」にお付き合い。
楽しいデートでした。

もうクタクタで。いつものような「語りこみ」などできません。
進行状況だけ記録しておきます。
こんな日もあるんですよ。お許し下さい。

Photo_633 これは昨日、土曜日の朝8時の状況です。
胴体のパテ打ち、成形に加え、手足の下地塗装が終わっています。
ここまで来るのにも一苦労で。

Photo_634 と言うのも、前回お話した通りこの胴体の「合い」が異常に悪い。
昔のキットはこんなのが多かったので特に驚きもしなかったんですが、いざ成形となるともう泣きたくなる凄まじさで。

Photo_635 先回お見せした背びれの部分。パテと削り込みでここまでなんとかしました。
工程そのものはものすごく単純なんですが、なにしろ尻尾が反り返っているのでペーパーが入らない。もう削りにくくて。
割り箸にペーパーを巻きつけるなんて久しぶりにやりました。
でも結局段差を完全に無くす事は不可能で。
まーいーか。(妥協とあきらめ)

Photo_636 Photo_637 今回最大の難関だったのがこの手足です。「ガレロン」は化石怪獣という設定で、箱絵を見る限り手足は化石のディテールを残しています。このディテールを生かすカラーリングがまた難しくて。
リアルなガレージキットならドライブラシでエッジが立ちいい感じになるんですが、これは36年前に設計されたゼンマイ歩行のプラキット。ご覧のとおりツルツルでエッジなんかありません。午前中シャワーを浴びている時もその悩みは頭から離れず。
結局「ガレキ塗り」を試そうと、一度ドライブラシ試してはみたのですが・・・
結果はお察しの通り。みごとな惨敗でした。
「やっぱりねー。」作戦変更。

Photo_638 で、再度チャレンジした結果。先ほどまでの作業の結果です。
手足は超兵器「エアブラシ」で塗りなおし。
フラットブラックの下地に薄いグレーとダークイエローを吹き、仕上げにエナメルを少し流してあります。
爪が黒いのは下地色が出ているため。これもいずれ彩色予定です。

こんな事やってるから時間取っちゃうんですね。まあ3年以上のブランクですからしょうがない。このペースじゃ日曜日の完成は不可能ですが、ここまで来てやめちゃうのももったいないし。もうちょっとあがいてみようと思います。
いつも以上に面白みの無いお話でごめんなさい。
まだ作業を続けたいのですがマンションの高層階に住む私。夜中のコンプレッサー音は周りに迷惑なので今日はこれくらいにします。
おやすみなさい。(ボディカラーの夢見そう)

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