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2007年3月 7日 (水)

それゆけ!我らのヒーロー『達』

皆さんのブログで何かと話題になっている「ウルトラマンメビウス」。土曜日の夕方という放送時間も手伝って、私も時々目にする事があります。
これ、正直言いますが、「テレビを点けたらやっていた」という感じで。「メビウス」ファンには大変申し訳なく思っております(笑)。ですから途中から見る事も多くて。

最近、また出てるんですね。「兄さん達」。
「メビウス」はウルトラ兄弟の設定を受け継ぐ「第二次ウルトラ」の世界観なので、兄弟が登場するのはまったく理にかなっているんですが、週代わりで一人ずつゲスト出演、各々に見せ場を作るというのは新しい試みですね。
兄弟を「顔見せ扱い」ではなくストーリーの主軸に据えるドラマ作りに、制作側の気概を感じる事もあります。


バリバリの第一次ウルトラファンである私は、1966年の「ウルトラQ」「ウルトラマン」をまともに見てしまった世代なので、「ウルトラ」と言えばこの二作品が物差しになってしまっています。
(「ウルトラセブン」は微妙に違う印象なので後々お話ししましょう。)
「Q」は一話完結のオムニバスなので基本設定は以降のシリーズとは異なりますよね。
ですからヒーローの出る「ウルトラ」というのは私の中では「ウルトラマン」がもう、強烈な刷り込みとなっているのです。

Photo_558 当時のスタッフも語っていますが、ウルトラマンって実にシンプルなお話ですよね。今更ストーリーを語っても仕方がないので割愛しますが、実はストーリーラインに於いてはそれ以前のヒーロードラマの方が複雑なんですね。同時期に始まった特撮テレビドラマ「マグマ大使」と比べても、「マグマ」の方がストーリーは入り組んでいる。
やっぱりああいうドラマは分かりやすい展開の方が良いんでしょうね。初代ウルトラマンなんて今でも子供が喜んで見ているようだし。

そんなシンプルな「ウルトラマン」のクライマックスはとりも直さずウルトラマン対怪獣の一幕ですが、あそこが何故盛り上がるかと考えると、まあ言ってみれば「待って待ってやっと登場するウルトラマン」という部分にあるような気がします。
「伝家の宝刀・スペシウム光線」にしたってとどめの一撃として使われる訳で、ウルトラマンの露出を極端に抑えたからこそあのラストの格闘が生きたんじゃないかと思うのです。

まあ「特撮は2分程度が予算の限界」という、現場の台所事情も大いに関与していたのですが。

後々「ウルトラマン」にしか無かった部分を考えてみると、前述の「ヒーローの露出が抑えられていた」という所じゃないかと思えて来るのです。
これは微妙な感覚なんですが、初代ウルトラマンって、ストーリー上で「ハヤタがウルトラマンとして物を考えるシーン」って極端に少ないですよね。
怪獣が出現し科学特捜隊が事件解決に当たっている間は、後のシリーズに登場する「この怪獣に勝つためにはどうすれば」的な、人間体主人公の心の声は皆無でしたもんね。
帰りマン以降と比べ「ウルトラマン」だけは、画面上だけではなくストーリー上もヒーロー性の露出が抑えられていたのです。ですからラストバトル、満を持して眩しい光を放つベーターカプセルに私達はヒーロー登場のカタルシスを感じられたのではと。


Photo_559 「ウルトラセブン」から、ウルトラヒーローの人間体は饒舌に「心の声」を発するようになりました。モロボシ・ダンや郷秀樹は毎回悩んでいましたよね。変身後の画面上の露出も増えましたが、(予算のせいでしょうか?)ヒーローの「心の声」が頻繁に聞かれるようになる程、番組中いつもヒーローが登場しているような印象を受けるようになりました。
ヒーローの擬人化は加速度的に増し、逆にカリスマ性は加速度的に失われていったと思います。ただこれは「帰りマン」以降、TBS側のプロデューサーを務めた橋本洋二氏の方針だけではないような気もするんですね。

要は、初代ウルトラマン全39話程度の期間ぐらいが「ヒーローのカリスマ性」を保てる限界だったような気がするんですよ。
あれ以上話数を重ねたらおそらく路線変更せざるを得ない状況に迫られていたような気も。
そういう意味でも「ウルトラマン」の39話という話数は、ウルトラマンがウルトラマン足りえた微妙なリミットだったように思うのです。


Photo_561 「帰りマン」中期に萌芽が見られ、「A」あたりで確立した「ウルトラ兄弟」という設定は、第一次ブームが物差しとなっていた私には「ウルトラ世界の大転換」に映りました。
まあこれは同年代の多くのファンも同じ思いをした事なので今更言うまでもありませんが。
イベント篇とはいえ、ドラマの端々に登場する「客演」としてのウルトラ戦士達(この表現も違和感ありますが)は、あの「物言わぬ孤高の超人」とは他人に見えてしまって。黒部進さんがどんなに「兄さん」呼ばわりされてもとても「あのウルトラマン」と同一人物とは思えず。
例えて言うなら「ウルトラマン」と「ウルトラファイト」の世界観の違いのような居心地の悪さを感じてしまうのです。
「束になって戦う」というあの「まとめ売り感」も強烈な違和感で。
ヒーローは一人で戦うから強さが引き立つ、とかそういう事ではなく。

あまたあるシリーズヒーローにとって、その発端となる「初代」という存在はもともとミステリアスなものなのです。シリーズが進むにつれてその謎が次々と明らかにされてゆく。きっとその「謎解き」をうまく描けるかどうかでシリーズの成否が決まるんでしょうね。
ウルトラシリーズの場合で言えば、やはり初代と帰りマン以降の世界観の違いはいかんともしがたいと思います。

Photo_560 このお話になったので「セブン」についてちょっと補足しますが、「帰りマン」って「ウルトラマン」に直結して作られてますよね。「ウルトラセブン」って無かった事になっていません?
ベムスター戦で登場したとかそういう後付の設定の混ぜっ返しじゃなく、「セブン」は孤高のシリーズなんですよ。やはり初代マンからの脱却を図ろうとする、当時の円谷プロの上昇志向が表れたシリーズと思います。
識者の方々の「セブンは「ウルトラマンティガ」に近い」という指摘は、そういう制作姿勢にも頷けるところがあるのですが。


さて。良くも悪くも導入された「ウルトラ兄弟」の設定は図らずも「兄弟前」「兄弟後」という世界観の違いを生み出してしまった訳ですが、この背景に厳然として「テコ入れ」という現場事情が存在している事は、ファンの皆さんもご存知ですよね。
「帰りマン」でのセブンの客演には夏季の視聴率低下によるテコ入れ事情があったようですし、その後のシリーズでも「怪獣・視聴率ザウルス」に対して果敢に挑む兄弟たちがいました。後のシリーズ研究により、「兄弟登場の時期は人気が低迷している」などと先読みされてしまうほどで(笑)。
まあどんな番組にもテコ入れはあるものなのでこれは企業努力として実に正しい有り様なんですね。それが視聴率上昇の起爆剤になれば「番組は成功」な訳ですし。

実は「メビウス」の2作前、「ウルトラマンネクサス」開始直前に、私の元へ一本の電話がありました。「ネクサス」のキー局、CBCテレビの関係者からで、「今度ウルトラマンの新作が制作されるが、予算がまったく無いので特番を作る事など不可能。企画を練っても実現できないからゴメンネ」という「泣き」の電話でした。
「そんなに予算無いの?」と尋ねた私に相手は言いました。
「『ネクサス』は、円谷プロが潰れそうなのでCBCが仕方なく受けた企画なんだ。」

私、その言葉に結構ショックを受けまして。
「円谷プロが潰れる?」

いかにウルトラ関連のグッズが一定の売り上げを上げても、おそらくグループ分けした系列会社の利益に過ぎないでしょう。
番組制作部門となる円谷プロ自体が昔ながらの制作体制である事は想像にかたくないのです。

「ネクサス」はその後の評価の通り、設定を一新した野心作であったものの視聴率低迷による打ち切りのそしりは免れず、その反省を含め制作された続篇「ウルトラマンマックス」は正統的なウルトラシリーズとして固定層の人気を得たのではと思います。
これを「守り」と見るかどうかは人それぞれですが、今放送中の「メビウス」に繋げた功績は大きいのではないかと。(これは作品の評価とは別ですよ。職業柄プロデュースサイドの目で見てしまうもので)


Photo_562 ただ「メビウス」に導入された昔ながらの「兄弟」という設定が、もし例の「テコ入れ」の総決算だったらと考えると、作品うんぬんより円谷プロ本体の行く末を心配してしまうのです。
まあ「兄弟」の設定は第二次ウルトラの骨子のようなものですからそんなおいしい「財産」を使わない手も無いですし。

兄弟の描き方も今までに無いほど丁寧にされているようですから、行き当たりばったりのテコ入れとは性格を異にするものと信じたいですが。ただ「メビウス」が放送開始時、全国ネットされていなかったという悲しい現実は、今だに一途の不安を私に抱かせるのでした。
(別に私が心配しても意味は無いんですが)

おそらく第二次・第三次ウルトラの総決算となる「メビウス」終了時こそ、ウルトラの真の評価、新たな姿勢、そして円谷プロの行く末が問われる事となるのでしょう。
「ネヴュラ」をご覧の皆さん、夢を壊すようで申し訳ありませんが、大人気と言われるウルトラシリーズにもこんなに大変な事情があるんですよ。


私はもう「物差し的」に「メビウス」を毎週応援する情熱はありませんが、第二次ブーム以降が物差しになっている方々は、「メビウス」の行く末をしっかり見守って欲しいのです。
ギリギリの予算、まさに背水の陣で作品に挑んでいる現場スタッフの為にも。

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コメント

こんばんは~仕事の合間に書き込みしています。
ウルトラマンメビウス、感じることは大体同じような感じですね~自分だけでなくて、ほっとしました(笑)
メビウス終了後に注目したいと思います。
今回の記事は自分にとってとてもタイムリーでした~
なんせ先週ウルトラマンDVDボックス(中古)を購入しまして毎日2~3話みている最中なんです。
セブンも昨年購入して観賞したのですが、なんというか初代は雰囲気から違いますね~
おっしゃるとおりカリスマ性というか得体の知れない宇宙人な捕らえ方をしているように思いますね。
主人公はウルトラマンではなく、あくまで化特隊と周りの人たちですし・・・もともと帰ってきたウルトラマンがリアルタイムで見たということもあり好きなんですが、今ではAタイプの虜です。。。
こうなるとメビウスには戻れませんね~(笑)
自分もソフビ収集、その他でヤフオクはかなり利用します。かなりの取引をしてますが、ラッキーにも詐欺にあった事はありません。
胡散臭い出品には入札しませんし。。。。ヤフオクは相場も大体わかりますし、なにより重宝してるのは、こんなネットでまたまた見かけた商品などで検索すると、ほとんどがヒットする事なんです。
いつごろ発売されたのかも分かる事が多いですし・・・・ますますオタク家が進んでしまいますね!!

大和少年様 コメントありがとうございました。
お仕事中、気をかけて頂いて申し訳ありません(笑)。

「ウルトラマンメビウス」がウルトラ兄弟世界の総決算を目指している事はよく分かります。(もう痛い程。)でもああいう展開になると、最終回の作り方が難しくなってきますねー。どう考えても結末は一つ。
ファンの期待をいい意味で裏切るには相当の技が必要と思います。
素直に着地すればしたでブーイングもあるだろうし。
本当にファンの心は秋空の如しで(笑)。

おっしゃる通り、初代マンの「異星人感」はその後のシリーズには無いものでしたね。あの存在が「ウルトラマン」と思ってしまうと、後から出てくるメンバーがキツくて(涙)。
でも「帰りマン」がリアルタイムだった大和少年さんはいかがですか?第二次ウルトラファンから見た初代マンの感想など、DVDご鑑賞後またお聞きしたいものです。

ヤフオクはうまく利用すればかなりプレイバリューの高いツールだと思います。ソフビも集めたいのですがなにしろ高くて(笑)。
本当に貧乏なんですよ私。雀の涙のような予算から細々と買い続けるアイテムは本当にお宝です。
いつか、大和少年さんのコレクションも拝見したいですね。
きっと私の比じゃないんじゃないかと(涎)。

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