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2007年3月 5日 (月)

あいさつは「出来ねえよ」

先日「ネヴュラ」で、「G×G」についてオリジナルストーリー発表の予告をしましたよね。こういう発表をしてしまうと、小心者の私なんぞはいつもその考えがちらついてしまい。
何をしていても「この知識はストーリーに使えるな」「このエピソードはちょっとアレンジすれば」なんて考えてしまって。
いやー実に楽しい数日を過ごしております。


やっぱり一つお題があると毎日に張りが出ますね。でもそんな中、職業病とも言える余計な心配も頭をかすめてしまいまして。
「こんな事やったら予算いくらかかるんだろう」
「これはスタジオの広さを考えないと」
「ロケだとすると候補地は」・・・なんて、架空のストーリーなのについこんな事ばかり考えてしまうのでした。これは実はストーリー制作には大きな障害となるんですよね。

まあこういう事も含めて楽しんでいるんですが(笑)。

映像業界で働く者にとって、作品の企画立案はすなわち予算の算定をも意味します。
例えば局から企画を依頼される場合、依頼の項目にはまず間違いなく「予算はこれだけで」という一文が付けられるのです。

ディレクターとして駆け出しの頃、上に企画を提出した時最初にプロデューサーから出る質問は「これ、幾らかかる?」というものでした。
ディレクターたる者、自分の番組の値段くらい自分で計算するのが当たり前なのです。

これがレギュラー番組のワンコーナー程度の物なら、プロデューサーサイドで許容されるロケ日数、使えるタレント、編集室の使用時間などが決められている為、かえって考えるのは楽なんですが、「自分のやりたい事」をハッタリと共に売り込むオリジナル企画はそうはいきません。「この企画買った!」と上に言わせる為には、それなりの理論武装も必要なら、かかる経費もクリアーにしておかなければいけないのです。

確かにこの企画プレゼンの行程は、温めていた自分の夢を具現化するステージとしてディレクター冥利に尽きるものがあります。それがコンペにでも出され、さらに現実化した時の嬉しさは、お仕事ながらどんな映画よりも感動すると言えましょう。
ところが世の中それほど甘くは無く。ほとんどのプレゼンは「本当の事」を書いてしまうと通らないのが実情で。
これはどんな業界にも当てはまりますよね。
どんな企画にも多少のファンタジーは必要である事を(笑)。

私が弟子についた、師匠のディレクターや同僚含め、この「企画採用」に関わるプレゼンの手腕は実にお見事。なにしろオリジナル企画なんて映画と同じで、まだ出来上がっていない物を売り込むわけですからそれこそどんな大きい事でも言える訳です。企画が通ればこっちのものですから。それ程ディレクターという者は自己主張が強い。
ただし、いざGOがかかったらお話は別ですが。

先ほどお話した「本当の事」と言うのは、実は予算の部分にも当てはまります。
実際にはもっとお金がかかるのに、企画を通したいばかりに安めに予算を計上してしまう訳ですね。

「ネヴュラ」読者には製造業等に従事されている方もいらっしゃるでしょうから、こんな事書くと「えーっ?いいのそんな事して。自分で自分の首を絞める事になるでしょ」などと思われるのでは?
ところが、ここには映像業界独自の事情があるのです。


皆さん、映像作品の予算ってどんな印象を持たれますか?
タレントのギャラ、美術や大道具、小道具代、スタッフの人件費、カメラや照明機材、スタジオなどの使用費、編集室のレンタル費などなど・・・。大まかにはそんな所です。
企画を通したい為に大風呂敷を広げ、「こんな凄い企画の割にこんなお値打ち価格で!」なんてジャパネットたかた並のセールストークで勝ち取った番組。本当は予算だってもっともっとかかるんです。さて、たとえハリボテでも企画書通りの体裁を保つ為にはどうするか・・・。
これも、ディレクターの手腕の一つなんですよね。


こういう場合、ディレクターがカメラマンなど技術スタッフと相談する時には、あるルーティンなやりとりがあります。
ディレクターが「予算はこれだけしかないけどこんな事できる?」とカメラマンやライトマンに話を振ると、必ず返ってくるセリフがあるのです。
「そんな事出来ねえよ。」
出来ない?なんで?


私も以前、この先輩ディレクターとスタッフとのやりとりを目の当たりにした時はかなり動揺しました。
後で先輩に聞いたものです。
「どーするんですか?カメラさんが出来ないって言ってましたよ。他の手を考えますか?」

しかしその時、先輩ディレクターは涼しい顔でつぶやきました。
「いーや。あれは「出来る」って顔だよ。」
顔?顔ってどういうことなの?


後で知った事なのですが、この「出来ねえよ」というのは、技術スタッフにとって挨拶代わりのセリフだったのです。何故こんな符丁が受け継がれているのでしょうか?
ここが映像業界の七不思議の一つで(笑)。

この謎は撮影現場で判明しました。
例えばカメラの特殊レンズ(魚眼レンズなど、特殊な効果を狙いたい時に使うレンズ)やピンスポットライトなどの特殊照明機材などは、厳密に言えばレンタル費用が発生するものなのです。
ところがこちら、制作サイドは予算が無い。

打ち合わせでは「予算が無いならそんな絵を撮れない」と言っていたスタッフでしたが、いざ現場に入ると・・・
そこにはちゃんとその機材が準備されているのでした。
顔をほころばせカメラマンの肩をポンと叩くディレクター。
「まったく。お前にはかなわねーよ。」と半笑いでうそぶくカメラマン。
「その代わり、昼飯は沢山食わせて貰うぜ。」
これが予算の無いディレクターの手腕。
お分かりですよね。このカラクリ。


要は「お互い映像屋」という事なんですよ。なんだかんだ言ってもお互い「いい作品」を作りたい訳です。ディレクターとの打ち合わせの時、本当ならそんな高額な機材は貸し出せないはずのカメラマンであっても、やっぱりいい絵は撮りたい。
「企画に乗った」と思えば、口では「出来ない」と言っていても何とかしてくれるんですよね。
ただ「出来る」と言ってしまうと前例が出来、その後も低い予算を飲まなければならない。だから「出来ないとは言ったけど俺の裁量でサービスしてやったぜ」という形を取る訳ですね。

この「相手を乗せるようないい企画を立てる」というのが、ディレクターの手腕なのです。

趣味に走った企画など、局から出る予算は知れています。皆さんが知ったらビックリするような低予算なのです。でもなんとか、最低限でも番組としての体裁を保っていられるのは、こういう技術スタッフなどの協力に追うところが大きいんですね。そんなうれしい協力でこれまでどれほど助けられて来た事か。
その代わり、そのスタッフの期待に応えられる番組を創り上げる義務はあります。
楽しいものですよ。後で他のディレクターに「あの絵凄く凝ってたけど、あの予算でよくやったねー」なんて言われるのは無上の喜びです。

これは映画の世界などでも顕著ですよね。「黄線地帯」(1960年新東宝 石井輝男監督)の後半の舞台として圧倒的な作りこみを見せた「カスバ」のセットなども、当時斜陽に差し掛かっていた新東宝の美術スタッフが持てるノウハウの全てをつぎ込んだものです。
後年石井監督も「美術は予算の伏魔殿なんて言われて」と語っているようで。この場合も「映像屋魂」を見せたスタッフの仕事ぶりを語る上で絶好の例ですね。
いやー今も昔も低予算はノウハウを生むという(笑)。


映像とは「空気に絵を描く」ような物なので、カメラが回る一瞬だけ望む状態であればいい。後はどんなにひどくてもという特殊な事情があります。ある意味儚いお仕事でもありますが、その分夢もありますね。やっていてそう思います。
「出来ねえよ」と言っていたカメラマンやライトマンの方が、意外に絵作りにのめりこんでいるものなんですよ(笑)。
スタッフのそんな入れ込みぶりって、やっぱり画面に出ますよね。


皆さんも映画やテレビなどご覧になって息を呑むような名カットに出会った時は、ちょっとそんな事を思い出して下さい。
「名カットの裏に『出来ねえよ』あり」ってところでしょうか(笑)。

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コメント

オタクイーンさん、こんばんは。
やはり、何でも職業となるとたいへんなものですね。
多くの制約の中での企画、映像制作というクリエイティブなお仕事ですら、ビジネスを避けては通れない。
でも、今回の記事を読ませていただいて思うことは、多くの制約の中で何を成すのか?もしくは成せるのかを考えることこそ「良質のお仕事の結果」を生み出す原動力になるんだと言うことですよね。
このことは、わたしのブロ友のオカピーさんも日活ロマンポルノを例に取り上げて言っていた記憶があります。
では、また。

トム様 コメントありがとうございました。
おっしゃる通り、映像制作と言えどアマチュアでない限り、必ず商業原理は存在します。
映画の世界よりも緩いであろう放送業界も例外ではなく、バブル崩壊後下がりきった予算は、やや持ち返した景気とは必ずしも比例しません。どんな業界も同じでしょうが(笑)。

上から「この予算でやってよ」とゴリ押しされ、またそんな現状を見越して提出する低予算で現場を切り盛りするのは本当に辛いですが、そこにえもいわれぬやり甲斐を感じるのも事実で。
映画業界は窺い知れませんが、ことテレビに於いてはディレクター以下全てのスタッフは「職人」であると考えます。
職人である以上自分のレベルを保つ為、「ゆずれない一線」というものが厳然と存在します。
「自分が関わる以上、半端な物は作れない」という意識が強く働くんですね。「プロ意識」とはそんな部分を指すのかもしれません。

偉そうな事を申しました。お許し下さい。
こんな大口を叩きながらも編集室ではのたうち回る私。
「あーあの絵撮っとけば良かった!」
毎日が失敗の連続です(涙)。

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