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ネヴュラ・プライベートライン

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2007年2月25日 (日)

情熱の形

「いやーここまで来たかー。デッキ上の編集クオリティーって。」
出来上がったDVDを見ながら、一人悦に入る私。

今、お仕事を頂いている会社から、「新しい仕事を紹介できるかもしれないから、あなたの過去の作品を見せてもらえない?」と言われ、昔のVTRをひっくり返して作品集を作っていたのでした。

今回分かったんですが、私はどうも「きれいにまとめたい」という欲求が強いようで、いわゆるCMやイメージショットをつなぎ合わせたプロモビデオ的なものを多く手掛ける傾向があるようです。ですから「絵の美しさ」にこだわる。
私が必殺シリーズなど、映像美に定評のある作品に惹かれるのは、そんな嗜好を反映しているのかもしれません。

そんな「キレイキレイ」な作品をまとめた所で、私はちょっと物足りなさを感じました。
「これ、確かに作品集としては成立しているんだけど、ちょっとキレイにまとめすぎかな?」なんて思いが頭をもたげてきたのです。自分が好きな作品って、本当にこんなものばかりなんだろうか、なんて。

能の無い私も年だけは取っているので、それなりに作品はいろいろ経験してきました。作品それぞれに思い入れもあり、それを作った当時の状況や背景なども懐かしく思い出されたのですが、でも・・・

作品集にまとめたものは確かに評価の高かったものや、いわゆる「うまく行った作品」で、それなりに口当たりのいいものばかりなんですが、なにか「カッコつけてない?」と自問自答してしまったんですよね。

CMやイメージビデオという物は、企画段階から完璧な準備の下に組み立てていくもの。番組などに比べてかかる予算もケタ違いに高いので、何が起きても大丈夫なよう万全の体制で制作に臨みます。
言ってみれば「失敗できない」作品なんですよね。
その為、思い出すのはむしろ「企画段階でのアイデア捻出」や「プレゼンでのやりとり」と言った、作品制作の前段階での苦労が多いのです。作り始めたら後の苦労はさほどでもないと。(ご同業の方々、異論もおありでしょうが私はそう感じていまして。お許しを。)
出来上がりに関してさほど思い入れが湧かないのはそんなところに理由があるのかもしれません。
「カッコつけてる」と感じてしまうのもそのあたりが原因なんでしょう。
嫉妬するほど美しいモデルを使い、凝りに凝った照明とカメラワークでまとめた作品が本来の自分を表しているかと言えば、やはり?マークが付いてしまうのです。

「ネヴュラ」をいつも覗いて下さる方々には、毎回の記事を通じて私の人物像を少なからず感じて下さっているのではと思います。映像作品やオタクっぽい内容を主としながらも、データベース的な構成を採っていない「ネヴュラ」は、毎回のサブタイトルも採り上げる映像作品のタイトルにはしていないし、(検索いただくには大変ご不便をおかけしていますが)今日のようにとりとめもないお話もありますし。時には生活の中で感じた怒りをぶつける事もあります。
「ネヴュラ」にはそんな、不器用であちこちぶつかってばかりいる私の姿が浮き彫りになっている訳です。
でも、こういうむき出しの自分を日々綴って行くのもいいかな、なんて。

人間ある程度年をとって来ると、ポーズをとる事に疲れを感じてくるんですね。同時に「綺麗な事」に関して嘘臭さを感じるようになってくる。飾り立てた言葉や行動は人間の本質を表していないような気がするんです。
私が作品集に感じてしまったのはそんな「嘘臭さ」なのかもしれません。


今巷に流れている、美しいCMやイメージビデオを否定している訳ではないんです。それは受け手側から見れば凄く魅力的に映るし、実際完成度も高いものだと思いますしね。
でもそれを作り出す側から見ると、正直空しさを感じてしまうのも事実なのです。
かつて名番組や名CMを作り出したクリエイターが、その晩年田舎へ篭り、マスコミのしがらみに縛られずきままな暮らしを楽しみながら自分を見つめ直す、といった例は、私の身近にも多くあります。
「人間はいずれ、土に還る」なんて枯れた思いに囚われている訳でもないんですが、どうやら美しいものを作る人たちほど、実は人間の本質を見極めたい思いが強いようですね。まあ私は名作を連発している訳でもないので、そんなビッグネームと比べる事などできないんですが(笑)。

私のようなフリーのディレクターはいわゆる「何でも屋」なので、お仕事の選り好みなんて出来ません。確かに前述のCMやプロモなどの頻度は高いですが、他にも色んなジャンルのお仕事を手掛けてきました。まーそれこそ結構色々なジャンルをあれこれ(笑)。
実は今回、「作品集」と言われて真っ先に浮かんだのは、それらの「不完全な」作品群だったのです。

皆さん実感できないと思いますが、同じ映像作品でも「映画」と「テレビ番組」では、制作環境が天と地ほど違います。
誤解を恐れずに言えば、万全の体制の下満を持して制作に入る映画は、作品のテーマ、映像の美しさやコントロールについて、CM並みの労力を投入しているのです。映画はテレビと違い「興行」なので失敗できないという事情があるからです。

それに対してテレビ番組は、定められたオンエア期日に穴を空けるわけにはいかない。どんなにつまらない内容でも「とりあえずは放送しないといけない」訳です。ですから毎回の放送に完璧が望めない、という事情があります。(もちろん作り手は精一杯の努力をしていますが、結果として、ですね。)
ですから当たりはずれも大きいですが、当たると凄い名作が生まれる場合がある。
実は、そんな過酷な状況の中に、作り手側の顔が覗くのです。

一分一秒を争うテレビ番組の世界では、自分を偽っている余裕など無いんです。
ドラマなどにもその片鱗は現れていますが、そうした作り手側の素顔が最も現れるのは、いわゆる「取材番組」。同業の私から見ても「凄い事やってるなー」と思う番組にぶつかる事も多くあります。
別に体当たり取材を奨励する訳ではないんですが、正直予断を許さない現場を経験した身には、そういう番組の方が後々の思い入れは強くなるものなんです。


私も以前から、色々な現場を経験しました。
暴走族の取材で、テレビカメラを構えた取材車を発見されて周りを取り囲まれたり。
後で警察の人に聞いたお話では、その族のリーダーは頭突きの技を持ち、度重なる頭突きで頭が割れて、頭蓋骨にセラミックを入れているという凄い事実もあり(笑)。
外国人による覚せい剤密売の客引き現場に、私が客の囮として潜入したり。
(カメラが付いて来るとバレバレなんで、ワイヤレスマイクだけ着けた私が一人で売り手に近づくんですよ!)
海外取材で、船で現地に着いた途端に警官に自動小銃を突きつけられたりした事も。
マスコミって、海外では何かと取材規制が厳しいんですね。


他にも危ない目に多く遭いましたが、実はこういう経験をして作り上げた番組の方が思い入れも強くなる事は、皆さんにもなんとなくお分かりいただけると思います。
言ってみれば取材する側とされる側の戦いでもある訳で。
むき出しの人間性が垣間見える瞬間に生きがいを感じてしまうのかもしれません。

そして、こういう番組には得てして「番組上の結論が出ない」事が多いのです。
現実の世界は、たかが一定期間の取材で明確に結論など出せないからです。
問題提起に終わる事がほとんどで。
こういう番組の場合、作り手側にも「この番組がどういう展開となるのか」なんて見えていないわけですね。出来上がって初めて分かると。
準備態勢など殆ど出来ず、作り手側も必死になってテーマに取り組む。これが面白いんですよ。「先が見えない」という部分が。

出来上がって初めて作品の全貌が分かるという所が、前述の「当たりはずれの大きさ」に繋がると思います。てもこちらの方が自由度が大きい。
そのテーマに情熱を傾けただけ、いい物ができるような気もします。

これは実は、取材番組のみならず、テレビ番組全てに言える事なのかもしれません。
話数を重ね、テーマを追求する連続テレビドラマにしたって、第一話の段階で最終回のストーリーが決まっている事は稀なのです。「ウルトラマンティガ」や、「新世紀エヴァンゲリオン」などを思い出していただければ、言わんとする事はなんとなくお分かり頂けると思います。

映画と違い、作り手側にも先が見えない。そのライブ感と共に「作り手側の情熱」を感じやすいのかもしれません。テレビというメディアである以上、本質的な部分は同じなんでしょうね。
私がテレビ屋稼業に身を投じた理由はそんな所にもあるのですが(笑)。

不完全ながら作り手側の顔が覗く作品。これらはCMやプロモなどと比べ、ある意味みっともない作品かもしれません。
でも作り手側の思いは必ず受け手側に伝わると思います。
そう考えないととてもやってられませんから。こんな過酷なお仕事(笑)。


今日もとりとめのないお話になってしまいましたね。毎度の事ながらごめんなさい。
まあ「ネヴュラ」も毎回オープニングからエンディングまで、書いてる私にも「先が読めない」ですから。
ただ、一つ大きな違いは・・・
「ネヴュラ」の場合、毎回駄作ばっかりという事で(号泣)。

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