最大のライバル
いい年して、今日は随分青臭い思いをお話しします。
呆れないで下さいね。
「わかりました。すぐ確認します。」
彼女はそうつぶやくと、手元の電話のキーを手早く押しました。
お仕事の打ち合わせ場所。打ち合わせ先の会社で作っているDVDの映像を番組で使えるか、というお話になりまして。担当者の彼女、Mさんは懸案事項を後日に持ち越さず、その場で即解決するタイプ。Mさんのおかげで実に仕事が早く進みます。
実は彼女とは数年前に何度か一緒にお仕事をした仲で。
彼女の配置転換で一時疎遠になっていたのですが、ふただびの配置換えで再度お仕事をする事になったのです。
ちょっと言いにくい事ですが、先日まで彼女のポストについていた前任者は非常に対応が遅く、同じ打ち合わせをしてもおそらく結果まで一週間はかかったと思います。
番組作りというのはこういう細かい事柄の積み重ねなので、一つの確認が遅いといつまでたっても進まない。冒頭のMさんのように、出来る事はすく行うという確固たるスタイルを目にすると、自分も襟を正される思いになるのでした。
考えてみれば、Mさんとは以前お仕事をした頃から随分の年月が流れています。数年を経て私の前に姿を現した彼女は、以前にも増して存在感にあふれていました。その存在感はどこから来るのか。
「さすが、相変わらずお仕事早いですねー。」正直に感想を漏らす私に「こういうのはすぐわかった方がお互いいいですもんね」と笑いかけるMさんの表情に、私はキャリアがもたらす余裕を見ました。
打ち合わせも終わり、予約していた美容院へ向かった私。
女たるもの一応は身だしなみに気を使わないと、という訳で髪の色をちょっと明るくしてもらいました。
ここでいつも私を担当してくれるのが女性スタッフのOちゃん。彼女とも随分長いお付き合いです。
なにしろ3年以上前、私が今より10キロ以上太っていた頃を知っている、記憶を消去したいような仲で(笑)。
Oちゃんの対応は実に癒し系で。お仕事で疲れた私を思いやってくれ、むやみに話しかけてきません。美容院にありがちなコミュニケーション過多の姿勢がないのです。
この放ったらかしの時間が私には実に心地よくて。私、美容院では雑誌などもまったく読まないんです。ファッション誌をパラパラめくっていた時期もあったんですが、なんとなく落ち着かなくてダメなんですよね。以来ひたすら寝ている事にしていまして。
でもOちゃんの気使いは並じゃない。私に合わせてくれているんでしょう。実にいいタイミングで当たり障りの無い事を聞いてくれる。心地いい世間話の時間。
この癒しあればこそ、日頃の体当たりロケ(笑)にも耐えられるというもので(爆笑)。
「私、パソコンなんか全然わかんないんですよ。あんなに小さいのに高いし。何が入ってるんですか?」笑いながら、半ば本気で時代錯誤なセリフをのたまうキュートさはOちゃんならではの魅力でしょう。確かに天然っぽい可愛さは否定できませんね。彼女本人は意識していない事なのかもしれません。
私は今日この二人の女性との関わりを通じて、ちょっと思う所がありました。
おそらく彼女達は、自分を好きになる為に努力してるんだろうなーと。
この思いを説明する為には、お話を数日前に戻さなければなりません。
先日、頼んであったある海外テレビドラマのサントラCDが届いた日の事です。その夜私は、このドラマについて詳しい昔の友人に電話をかけました。
彼はこのCDについて、以前発売されていたLPレコードからのCD化で、きっとこの曲だけが版権元から許可されたので発売したのだろう、という見解を話してくれました。
しかしながら私の印象に残ったのは、電話中そこかしこに見え隠れする彼の思いでした。
「やっぱり自分の持っている音源と同じ」「なんであの曲がないのか」「最後の曲なんてテレビ録りのまんま」等々・・・
まあ、言わんとする事はお分かりでしょう。
私はこういう言い回しはあまり好きではありません。「じゃあ今の時代、ほとんど世に知られていない番組のCD化に踏み切ったこのメーカーの心意気はなんとも感じないの?」と反論したい衝動を抑えきれないのです。
このCDを発売したのは通販専門の個人商店のような所。この番組の良さをなんとか世間に知らしめたくて、傑作選DVDも2セット発売しています。あくまでファン活動が元になり、DVD発売までこぎつけた高い志のメーカーと思います。
別にその肩を持つつもりはないんです。でもこのメーカーのスタッフやCD、DVDを買った友人、私などは「ファン」という立場で同列のはず。私などはその情熱の末にDVD、CDを出せたメーカーに拍手を送りたいくらいなのです。同じ立場でここまでやったか。あなた方は偉いと。「作った」という事実だけで、作り手の方が受け手より遥かに立派なんですよ。
それなのに友人は、そういう事情をまるで解せずただ文句をいうばかり。
「じゃーあんたはここまで出せるの?その、自分の手持ちの「レア音源」を超えるような音源を捜して来れるの?それを版権元と交渉してCD化できる情熱を持っているの?」と聞きたくなってしまう。
ここまで直接的ではなくとも、何度かこの友人とはこういうニュアンスの話をしました。しかしその度に彼はこう言うばかり。
「自分はそこまで積極的じゃないから」
「君は作り手側に立ちすぎている」
皆さん、どう思いますか?
自分は絶対安全圏内に居て、与えられるのを待っているばかり。与えられたものに文句を言うだけ。百歩譲って、お金を出して買っている上での文句は仕方ないとしても、「じゃあ次は自分が!」とは決して言えない。
彼はそんな自分を好きになれるのでしょうか?
確かに作品に対する意見は人それぞれでしょう。それはあった方がいい。
でもファンの熱気が実現したこういう例の場合、与える側の事情ももうちょっと考える必要があるのでは?
実はこういう考えは、今私が居るテレビ業界に入ってなおさら感じた事です。皆さんテレビ番組を作っている人間は、特別な生い立ちでコネがあって特殊な才能を持っている集団、なんて思っていませんか?賢明な「ネヴュラ」読者の皆さんはよもやそんな事を思われていないでしょう。私の毎日をご覧になっていればなおさら(笑)。
つまりこういう事です。「特撮怪獣番組を作っている人々だって、私達と同じ普通の人間」なんですよね。別に腕が3本あるわけでも、一日が48時間与えられているわけでもないと。
ああいう、私達を驚愕させるような映像は、すべて彼らの「努力の賜物」なんですよ。
ですから私はどんな作品であれ、自分が目にする作品についてはまず敬意を払う姿勢で居ます。
その友人を始め、一部の人々はこう思っているのでは。
「彼ら番組を作る人たちは特別な人間だ。」
「彼らは自分とは違う人種の人間だ。」
まったくそんな事はない。私はこの業界に入ってよくわかりました。
その気になれば企画が通る可能性だってある。特撮業界に一石を投じるチャンスだって無い訳ではない。番組ジャンルは違えど、自分の望む番組を制作できた同僚達の努力を、目の前でいくつも見ていますから。
怖いのは、それは夢物語と「自分で自分に線を引いてしまう事」なんではないかと。
「自分で自分に線を引いてしまう。」誰しもある事です。これは人それぞれ、いろんな事情がありますよね。お家特有の事情、家族を含めた守るべき人の存在、経済的な事情、その他もろもろ。だから全ての人におすすめする訳ではありません。でも、そういう事情がない幸福な人が線を引いてしまう理由、それは「自分に負けているだけ」じゃないかと。
自分を縛り付けているもの、それは「殻を破れない自分という最大のライバル」では。
友人の彼にしてみれば「このドラマは好きだけど、文句しか言えない自分は嫌い」なんじゃないかと思うんですよ。
冒頭のMさん、Oちゃんにしたって、自分というライバルと常に戦い続けているはずなんです。自分が自分を好きになる為に。的確な応対、人を癒せる笑顔。それは「自分というライバルと戦って得た、好きな自分」だと感じるのです。
偉そうな事をばかり言って、お前はどうなんだというご意見もごもっとも。
私だって友人の彼と同じ、自分に線を引く事の多いダメな存在です。結果だって出せていない。毎日が挫折と敗北感の連続で。自分を嫌いになる事も多いです。
だから余計感じるのです。
皆さんの大好きな映画やテレビ、いや世の中の全ては、「自分という最大のライバル」に打ち勝とうとする人々の努力の賜物という事を忘れたくないと思うんですよ。
件のドラマCD発売だって、結構なリスクを背負ってまで実現に踏み切ったメーカー担当者の心意気の賜物ですから。担当者はこう思ったのでは?「この番組を好きな自分を否定したくない」と。
これはどんな業界にだって当てはまりますよね。読者の皆さんも思い当たる節がおありでは?
だから私は皆さんと一緒に頑張りたいです。
「その線を越えないと好きな自分に出会えない」と願って。
年端もいかない若輩のような理屈を振り回してしまい、申し訳ありません。でも幾つになってもこの思いだけは忘れたくありません。
きっと年を重ねれば重ねるほど、「自分を超えようとすること」は難しく、その努力は無様に見えるでしょう。
でもそれもいいかなって。
「開きなおり」が似合う年なのかもしれません(笑)。
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