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2006年12月11日 (月)

三丁目の007

ここ数日、「ALWAYS 三丁目の夕日」を見ることが多くて。
この映画、私にとっては「見るタイムマシン」の機能を持っているようで。

私の子供時代はさすがに昭和30年代まで遡るわけではないんですが、作品内に流れる空気はまさにあの通り。当時、高度成長期のあおりを受けた景気の良さも手伝って、毎日が実にエネルギッシュだったのでした。

Photo_390 私の子供時代を彩ったのが「怪獣」と「スパイ」。第一次怪獣ブームのメインターゲットだった私達子供は、まさに毎日が怪獣漬けで。それに加え、映画「007シリーズ」のヒットを受けて巻き起こったスパイブームは、子供たちにとってまことにおいしい遊びネタだったのでした。
このところ「三丁目の夕日」と「カジノ・ロワイヤル」という「二大レトロアイテム」を立て続けに体験してしまった私。懐かしい子供時代の思い出に浸る材料は既に揃っていたのです。年末の忙しい時期ですが、今日はちょっと、そんな思い出にお付き合い下さい。

私は子供時代、団地に住んでいた為、まわりに同級生の友達も数多くいました。毎日朝から晩まで一緒に遊びまわっていたものです。
その頃の思い出は「ネヴュラ」でも色々お話していますが、今思い出すと恥ずかしいことばかりで。
なにしろ子供の創造力は果てしなく、何でも遊びに取り込んでしまう為、その毎日は濃くて濃くて(笑)。一日が何時間あっても足りませんでした。

1960年代から70年代にかけ、全国各地には「空き地」や「工事現場」、「造成地」など、子供が遊び場として使える場所がまだ数多く残っていました。ウルトラQ「カネゴンの繭」や仮面ライダーの決戦場所として頻繁に使われたロケーションが、いつも目の前にあったのです。子供たちがそれらの場所を色々な目的で使ったのは言うまでもありません。
中でも私達をしばらくの間虜にした遊びが「秘密基地」(笑)。

ウルトラシリーズやマイティジャックなど、特撮番組に登場した「秘密基地」は数知れず。私達も子供同士で結託し、日夜「秘密組織」を作って、「町内レベルの地球防衛」にいそしんでいたものです(笑)。ところが、別に町に怪獣が現れるわけでもなく(造成地に現れるブルドーザーは怪獣っぽかったですが)自然と基地の目的は「スパイ活動」に傾いていったと言う流れがありました。
なにしろ「基地」と「スパイ」の相性は抜群で、基地入室の合言葉に始まり、スパイ団のネーミングからメンバーの命名、団員独自の暗号などワクワクする要素はてんこ盛りで。
それらを話し合いで決めていく過程も、なにか秘密めいた楽しさに溢れていました。


ウルトラQなどに見られる「ギャング」や「国際スパイ」の黒ずくめのファッション、テレビで流れる「スパイ大作戦」の作戦行動、そして江戸川乱歩の「少年探偵団」あたりの雰囲気が、当時の私達の参考書、と言ったところでしょうか。
何故か007そのものの影響は受けていないんです。
私が007を劇場で見たのはこの頃よりずっと後ですから、007がブームを作った頃の余波をブラウン管から受け取った、と言うのが本当のところだったのでしょう。

「秘密基地」という言葉の響きには、皆さんにもきっと甘酸っぱい思い出があるのではないでしょうか。
私達も実に沢山の秘密基地を作りました。ざっと思い出しただけでも4基地。

(いい年してなにを真剣に数えてるんだか(涙)

近所のたばこ屋さんと隣にあった工場の「隙間」に作った
「レンゲ基地」。

二つの建物の間には人一人が入れるだけの隙間がありました。ある日いたずらでこの隙間を進んでいくと、丁度子供が二人入れるだけのスペースがぽっかり姿を現していたのです。なんと天井、床までありました。
きっと物入れか何かだったのでしょう。

一緒に遊んでいた友達と小躍りした私。その瞬間からそのスペースは私達の基地へ。
近所の花畑に咲いていたレンゲを大量に運び込み、床に敷き詰めればそこはもう「レンゲ基地」。むせかえるようなレンゲの香りに包まれて、至福の「スパイ活動」を楽しみました。


草むらに作った「ドクロ基地」。
当時どこにでもあった草むらに分け入り、大量に生えた雑草を積み上げてその中を基地にするという無謀な(笑)遊び。友達と二人で、お茶とお弁当持参で臨んだ「作戦」でしたから、出来上がったときの喜びはそりゃー大きくて。
ところがその基地、当然の事ながら天井がない。要は草を壁にした砦のようなもので。ちょっと風が吹くと壊滅の憂えき目にあってしまったという(爆笑)。


学んだ私達が次に臨んだのが「夏はいいのう基地」。
これは本格的な基地で、そこらに落ちていたベニヤ板(家の近所には木材加工工場などもあって、道端にはそれらの切れ端がよく捨ててあったのです)を大量に持ち寄って組み上げた見事な「建築物」。なにしろ子供三人が中に入れて、しかもドア付き、さらに基地の上に上れましたからこれは凄い。
合言葉「夏はいいのう」(どういう意味なんだか)を交わして中に入れば、秘密のスパイ団は行動開始。といっても特に何をする訳でもなく(笑)。

ところがこの基地、建設場所が悪かった。
何もない空き地の真ん中に建てちゃったものだから目立つ目立つ(爆笑)。子供ってどうしてああおバカなんでしょうか。他の子供達の遊びの邪魔になっちゃって。
そりゃそうですよね。野球をしようにもピッチャーマウンドの位置に基地があっては(笑)。


流浪のスパイ団、私達が最後にたどりついたのが、当時よくあった「土管基地」。
「ドラえもん」に出てくる、あの空き地にある土管です。前述の「カネゴンの繭」のイメージがまさにピッタリでしょうか。
ここは良かったですね。なにしろ最初から出来ているわけですから。雨露をしのげる点でも群を抜いた快適さでした。
「雨の日でも集まれる。」これは強い!

しかし好事魔多し!この基地には致命的な欠陥が。こんな快適な場所に目に付ける子供が私達だけの訳がなく、曜日や時間帯を分けて複数の「スパイ団」が共同で使う「レンタル基地」と化していたのでした(号泣)。
でもまあ、ケンカもなく仲良くやっていたわけですから、それなりに秩序は守られていたんでしょう。
「スパイの掟は絶対」ですから(笑)。


Photo_391 さて基地が決まって、いよいよ諜報活動を開始した私達ですが、子供の頃の諜報活動なんてもう、ご近所レベルの大事件しかありません。
そんな中で私達の心を最も虜にした「秘密情報」と言うのが「駄菓子屋さんのくじの当たり状況」。(あーだんだん書いてて情けなくなってきました。でも憶えてるからしょうがない)

Photo_392 近所の駄菓子屋さんで引く当たりくじの一等賞って、子供にとって「夢の一品」じゃなかったですか?毎日10円のお小遣いしかもらえなかった私にとって、この「一等賞」を手にする事は、年末ジャンボに当たるより凄い快挙なのでした。(当たる確立もそれくらい低いという事で。)
生活レベルもドングリの背比べだった仲間内では、「あのお店のくじPhoto_393 の状況を偵察せよ」という指令が暗黙の指令と化していたのです。
毎日のようにお店を覗く私達。お店のおばさんの「買わないのなら帰って」攻撃にもめげず、「スパイ活動」は続いていました。というのは、このお店のその当たりくじの一等賞は今でも本当にマニア垂涎の品だったからなのです。
それは「ウルトラマン」の8ミリフィルム。
今で言う「本篇焼きぬき名場面」でした。後の文献で、第13話「オイルSOS」の焼きぬきと分かりましたが。


ビデオなど一般家庭に影も形も無かった当時、怪獣やヒーローを家庭で楽しむ手段はテレビか、お金持ちの家しか持って持っていなかった「8ミリ」しかありませんでした。友達に一人だけ、この「8ミリ映写機」を持っていた家があり、「このフィルムを手に入れれば、毎日家でウルトラマンが見られる」という夢が叶うのでした。
これが子供たちにとって魅力的でないわけがありません。

この「一等賞」の争奪戦が、当時近所の子供の間でもっとも熱かった「スパイ戦」。
友達の誰かが手に入れれば、その夢が叶うのです。
いいですねー。「重要情報を映した8ミリフィルムを手に入れよ」なんて。スパイの任務にピッタリじゃないですか。大平透の声が聞こえてきそうです。


そんなある日、お店を「監視」した私は、驚愕の事実を目にしました。
(ご想像通りですが)くじの一等賞のスペースから、きれいに「秘密フィルム」がなくなっていたのです。
「あー情報は敵スパイに奪取された!」この時の落胆ぶり。
私の目が電飾だったら、もう間違いなく白目の輝きは消えていたでしょう(笑)。


すっかり肩を落として翌日学校へ行った私。そこへさらなる驚愕の事実が。
なんと私の友達の一人が、件の8ミリフィルムをついに手に入れた、と自慢しているのです。

「なんという偶然!」(これはいつもの妄想でも、記憶を捻じ曲げているわけでもありませんよ。)
私はほっと胸を撫で下ろしました。「これで情報は敵に渡らずに済んだ。」


でも皆さん、ここからのお話も事実なんですが、私、この8ミリフィルムの上映会に行った記憶が無いんですよ。ここまで憶えていた事件ですから、エンディングを記憶していない訳がないはずなんです。ところが憶えていない。
上映会当日、風邪か何かで行けなかったか、映写機の調子が悪くて上映会が開けなかったか、そんな顛末だったような気がします。子供時代のエピソードなんて、必ずしもハッピーエンドにはならないんですよね。
これは今も同じですが(笑)。


Photo_394 また大平透の声が聞こえてきました。
「このテープは自動的に消滅する。」
私の場合、記憶が消滅してしまったのでしょうか。
うーん、スパイの世界は非情ですねー(笑)。

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コメント

「クレヨンしんちゃんモーレツ大人帝国の逆襲」もご覧になっていただきたい。

mana様 はじめまして。ようこそいらっしゃいました。
劇場版「しんちゃん」は今日の記事に通じる、昭和テイスト一杯のエピソードも多いですよね。
「大人帝国」は未見なので、一度見てみたいと思います。
情報ありがとうございました。こんなブログですが、どうぞまた覗いてやって下さい。

短く簡潔なコメントを心掛けたい鉛王(この名前も、初めてコメント書かせていただく際にとっさに付けたネームだったので、すぐに後悔。なんかエラそで高圧的でイヤなので、鉛玉に改名…しようかと思いましたが、また別の方向でアブナくなってしまいそうな気もするし、やっぱりこのまま行かせて下さい)  先日は失礼しました。

manaさんが先にコメントして下さったおかげで告白し易くなりました。
私、「三丁目の夕日」と「クレヨンしんちゃん/オトナ帝国の逆襲」、
なぜか頭の中でセットになってしまっています。
あと、劇中ちょろっと、オタクイーンさんもまず間違いなく知っている‥‥‥が。 ほんの数秒のサプライズ。 (ネタバレせぬ様にこれ以上は‥)
一定の年齢層の人たちは、みんなそこで倒れたのではないでしょうか。 勿論 うれしくて。

鉛王様 コメントありがとうございました。
いやー「鉛王」というお名前、全然素敵じゃないですか。強そうだし。どうぞそのままでいて下さい。長文も大歓迎ですし。
みなさん「しんちゃん」にかなりお詳しいご様子で。私はあの方面にはまったく明るくない、極めて偏った性癖なので、ご意見がとても参考になります。
「一定の年齢層が倒れるサプライズ」とは?
いつも驚愕のマニアックさが炸裂する「しんちゃん」の事ですから期待していいですよね。見るのが楽しみになってきました。
雨も止んだし、レンタル店が私を呼んでいる(笑)。

前回のコメントに訂正。
一定の年齢層の人たち…だけではなく、その中でも特定のジャンルにハマッた人たち。

でも、一番肝心なのは、manaさんの短いコメントの中に多分込められた想い、「懐かしむだけに止まらないで…。」 … ってことなんだろなって思います。

鉛王様 コメントありがとうございました。
「しんちゃん」はまだ未見ですが、頂いたコメントに込められた意味はなんとなく理解できます。
母の他界から一ヶ月。きっとここ数日の、環境や心理状態の変化で、ちょっと寂しくなっているのかもしれませんね。
昔を思い出してしまうのも、きっとその為なのでしょう。
「しんちゃん」鑑賞後、もう一度このコメントを読み直してみたいと思います。
文面に込められた意味を再確認する為に。

私の言葉が足りないばかりに、オタクイーンさんの心を傷つけてしまい、申し訳ありませんでした。

私がmanaさんのコメントから 勝手に 受け取ったメッセージは、違う意味のものでした。
manaさんにもお詫びしなければなりません。

私が子供の頃、時々テレビで見るアニメや特撮番組、あるいは映画館の怪獣映画は、大人達からの、素晴らしいプレゼントでした。
それを観ながら、未来のことも、いろいろ空想したものでした。
けど、子供心にも、21世紀が科学万能の時代になるとか、そこまでのことは思いませんでした。
例えばTVアニメの「鉄腕アトム」見ながら、21世紀になったらすぐに、車が空を飛ぶようになっている…とはさすがに思っていませんでした。 それなりに現実的に見ていました。
ただ、精神的なものも含めて、今よりもっといい世界になっているのだろう、と、漠然と思っていました。
でも、実際に21世紀に入って見ると、これは、そこらじゅうのメディアで語られていることなので、細かく書くことは控えさせていただきますが、(物質的にも精神的にも)あまりにもショボイものでした。
でも、そう言ってる自分自身もそのショボイ社会の一員です。
現実を嘆くばかりでなく、自分に出来る事はちゃんとやろうと思います。  ただ、その時に、ひとりよがりの正義に走ることのないように、まず、いろいろな人と話しよう。他人の意見をよく聞こう、と思います。
この春に生れて初めてパソコン買って、なかなか慣れなくて、そこいらじゅうでけっつまずきながらも、なんとか操作出来る様になりました。
インターネットでは、いろんな方達がいろんな意見を言っていて、本当に感心させられるばかりでした。
こうして、オタクイーンさんのブログにも、出会うことが出来ました。

私も、アニメや「しんちゃん」には、それまであまり関心がありませんでした。 ただ、なんとなくタイトルが気になって、レンタル店で「オトナ帝国~」借りて観て、大笑いしながらも、考えさせられました。途中、思いもかけず、大泣きもしてしまいました。
はじめの方のカザマ君の台詞、「懐かしいって、そんなにいいものなのかなー…。」にはちょっと苦笑い。
「オトナ帝国~」が劇場公開された2001年は、オトナ向けオモチャの世界では、すでにレトロ・ブーム真っ盛りでした。
私も、ついトイザらスに行くと、必ず立ち寄ってしまう「あの一角」は、もう大賑わいになっていました。
その2年後くらいにビデオで観た「オトナ帝国~」は、21世紀に対して、投げやりな気持ちにしかなれない、その反動で後ろばかり振り返っていた私に、ちょっと小気味良いカウンター・パンチをくらわせてくれました。

manaさんの短いコメントは、また私に、その時のことを思い出させてくれました。
そんな想いを書いたつもりだったのですが、本当にすみませんでした。  
配慮の足りないコメント、申し訳ありませんでした。

それと、(すでにお分りのことと思いますが)非常に片寄った、想い込みの激しい私。 勝手な解釈をしてしまい、manaさん、すみませんでした。

鉛王様 心のこもったコメント、ありがとうございました。
その心の内を過不足なく語っていただける事に、深く感謝いたします。私の方こそお許し下さい。勘違いしたのも悪いですし。
もし鉛王さんが動揺されたのであれば、こちらの方もお詫びしたい気持ちです。

ブログというのは「日記」という側面も持ち合わせています。
その為、その日の気分が内容や文面に表れてしまうのは仕方がない事で。この日はちょっと、昔を懐かしみたい気分だったんですね。
ですからこんな、おバカな内容になってしまったという(笑)。
ただ、私も毎日秘密基地の事ばっかり考えている訳でもなく(笑)
ちょっとした息抜きのつもりもあったんです。
それが、昔を振り返っていると思われればその通りなんですが、自分の気持ちが出てしまうブログって、そういう所も面白いんじゃないかと思いまして。
後で読み返して「あーこの日はこんな事考えてたんだ」「この日は気弱になってるなー」なんて、大げさながらも「自分の轍」を確認できたりするんですよ。
まあある意味、ネットで自分の内面を晒している訳です。

私はブログをそういう風に使っています。冷静に映画を解説する映画データベースではなく、弱くておバカな一人の人間の毎日を綴っているわけですね。だから「失敗作」や「出来の悪い回」も当然あります。きっとそんな時はご覧になる方も「オタクイーン、追い詰められてるな」「今日は筆が乗ってるな。良い事でもあったのかな」なんて、きっと思いを感じてらっしゃるんじゃないかと。
決して後ろを振り返ってばかりいる訳でもないんです。
(スカートの後ろの丈は気にしますが)
ですから、出来の悪い回や偏りすぎている回は、どうぞ笑ってお許し下さいね。(毎回だって?そりゃそうなんですが(涙)

鉛王さんと同じく、私もブログを始めたのは今年の春。それまではパソコン操作もままならず、あっちこっちで失敗の連続でした。
鉛王さんよりも、私の方が覚えが悪かったかもしれません。
お互いたくさん傷を作りながらやっていきましょうよ(笑)。
ご自分のコメントを訂正しようとなさる勇気に感服いたします。
立派ですよ。鉛王さんは。
これに懲りず、これからもよろしくお願いいたします。

manaさんも、もしこれを読まれていたらお詫びいたします。
でも、人の絆ってこういう事で作られていくんですよね。きっと。

いえいえ、お詫びいただくようなことはないですよ。
懐かしむことは悪いことではないですし、それで癒されて明日を前向きに生きていけたらいいなと思います。

こんにちは、オタクイーンさん。
子供の頃のお話、楽しく読ませていただきました。私も昔を思い出しました。
おっしゃるように 当時は、空き地や工事現場、造成地など ほんとに遊び場所に事欠きませんでしたね。
“缶蹴り”のような遊びには、ある程度の広さと、障害物は欠かせませんしね!
そういう意味では工事現場や神社なんか、最高でいたね(笑)。
私も毎日のように遅くまで、缶蹴りや、ふろしき、野球などで遊んだ物です。
(“ふろしき”とは、二組に分かれて、各の隊員(笑)を捕まえて捕虜にしていく遊び、もちろん解放する手もあります。ちょうど缶蹴りを二組で行うような感じかな!)
ただ、残念ながら「基地ごっこ」をして遊んだ記憶がありません。「スパイごっこ」もどきは良くやりましたが・・・(笑)。
テレビゲームやスポーツ、塾など、最近の子供を見ていると、つくづくあの頃が 子供達にとって いい時代だったな~と思います。

mana様 コメントありがとうございました。
こうした、皆さんからのコメントに込められたメッセージが、私の活力です。
おっしゃる通り、過去に逃げ込みすぎるのもいけませんが、適度な癒しは明日へのモチベーションアップに繋がると信じる一人です。
今回の一件は、いつもながら勘違いしやすい私のミスが引き起こした事、反省しています。
これに懲りずまたお越し下さいね。

ポン太様 コメントありがとうございました。
こういう話題は、みなさんの子供時代のお話が聞けて本当に楽しいです。
同じ遊びでも、地方によって呼び方が違ったり、微妙にルールが違ったり。私の地方では「ふろしき」という遊びはありませんでしたが、似た感じのものはあったと思います。
コメントにあった「ポン太さんルール」も面白そうですね(笑)。

コメントを拝見していて思い出しました。子供時代って、男の子は「足の速い子」に人気が出るんですね。どんな遊びでもヒーローでしたもんね。私は、と言うと・・・
それはご想像通りです。まあ鬼ごっこでも、自分が鬼である事を隠して相手に近づく「知能犯」ではありましたが(笑)。

「最近の子」という言葉を聞くと、やはり背中を丸めてテレビゲームに熱中する姿が頭に浮かんでしまいまして。
それが良いのかどうかはともかく、少なくともポン太さんや私の子供時代には、どんなCGも叶わないリアルな「体感ゲーム」を経験できたんだな、なんて感慨もひとしお。おいしい空気もたくさん吸えた、ある意味贅沢な時代だったんですね(笑)。

こんにちは。
大道芸観覧レポートという写真ブログをつくっています。
8ミリ映写機の昔の広告もとりあげています。
よかったら、寄ってみてください。
http://blogs.yahoo.co.jp/kemukemu23611

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