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2006年11月の記事

2006年11月29日 (水)

いいオモチャだ。クリスマスに売れ。

「ごめんなさい。キャンセルさせて下さい。」
いやー大失敗。最近のコンビニって、映画の前売券が文字のみの打ち出し式なんですねー。こんなに味気ないとは思わなかった。完全に世間ずれしてました。

前売券を打ち出してくれた店員さんに丁寧にお詫びして、目指すチケットを手に入れるため結局は劇場まで足を運ぶ事に。
やっとの思いで手に入れた前売券は、来月1日から公開の
「007 カジノロワイヤル」。


Photo_364  私にとって映画を劇場で観ることは一種の「大イベント」。劇場はちょっと時間が空いたからと寄る場所ではなく、こうして前売券を買い、チラシと前売り特典を見つめながら封切日を心待ちにする毎日こそ、貧乏な私に許された「心の宝くじ」だったりするのです。
(このところ外れっぱなしですが)


さて、1962年の「ドクター・ノオ」に始まり、今年で生誕44年、21作目を迎える007シリーズ。かつては私も、フジテレビ系番組「カルトQ」の007特集挑戦者募集に応募しようとしたほどの007オタクでした。今でも前作「ダイ・アナザー・デイ」まで、公開時は必ず劇場で鑑賞していたのです。
いにしえの昔には目新しかったスパイアクションの傑作も、近作はさすがに趣向をこらした他のアクションヒーローに押され、やや精彩を欠いていますね。甘すぎるマスクが女性ファンに好評のピアース・ブロスナンの、線の弱さが原因という噂もちらほら。
今回新たに登場する6代目ジェームズ・ボンド、ダニエル・クレイグの苦みばしったマスクと、シリーズの原点に戻った「007以前のボンド」という筋立てには、やや期待したいところもありますが。

Photo_365 かつて傍系作品として制作された同名エピソードとはまた全然違ったものになっていると思うので、隠れ007オタクの私としては、数年ぶりに楽しみな公開直前なのでした。
写真の旧「カジノ・ロワイヤル」(1967年アメリカ)も、それなりに面白い作品ではありましたが。
本流を見慣れている目にはちょっとしたカルチャー・ショックだったりして(笑)。

新作公開に合わせたのでしょうが、映画史に燦然と光り輝く旧作品のDVDも、新たな特典付きで単品発売されていますね。私は007のDVDはこれまで、「ネバーセイ・ネバーアゲイン」しか持って持っていなかったので(また石投げられるかな(泣)
この新発売は歓迎すべき事でして。

BOXでリリースされていた頃から欲しいとは思っていたのですが、なにしろセットは高い。とても手が出ない状態で。
今日、前売券を買ったついでに立ち寄ったDVDショップでも店頭に大きなコーナーが作られ、人目を引いていたのでした。
Photo_366 平日の昼間にもかかわらず、年季の入ったファンらしい白髪のおじさんが「ダイ・アナザー・デイ」のパッケージを食い入るように見つめる隣で、私の目を奪ったのはシリーズ第2作「ロシアより愛をこめて」(1963年 テレンス・ヤング監督)。
同輩の多くの洋画ファンと同じく、私もこの作品こそが007の最高傑作と信じて疑わない一人なのです。
ここで「007ファン」と言わないのには訳がありまして。

007ファンには独特の感覚があります。言わく「SFまがいの秘密兵器」「大仕掛けなアクション」「浮世離れした敵キャラクター」「サンダーバードもかくやの敵基地」などなど。こういう要素がなければ007じゃない、といった感覚。美術監督はケン・アダムじゃなきゃ、みたいな輩も。
(じゃーシド・ケインの立場は?)

Photo_367 ですから1964年、日本での初公開時「007危機一発」とタイトリングされたこの作品はアクション映画としては名作でも、007としては本流ではない、みたいな言われ方さえしてしまうのです。


でも私は、シリーズの方向性を決定づけた「ゴールドフィンガー」(1964年)「サンダーボール作戦」(1965年)よりも、アタッシュケース一つで敵と戦う「ロシア」のボンドに強く惹かれてしまうのでした。

とまあそんな訳で、レーザーディスクを持っていながらもつい「ロシア」に手が伸びてしまう私。
こんな風に、好きな作品をメディアが変わる度に買い揃えなければ気が済まない悲しい性こそまさに「血を吐きながら続けるマラソン」なんでしょうが(涙)。

帰宅後、いそいそとパッケージを開ける私は、今回のDVDならではの特典に心を躍らせていました。まずその前に「コネリー・ボンド」との出会いをお話する必要があるでしょう。
なにしろ私が「ロシア」に初めて触れたのは劇場ではなく、
1976年3月29日放送のTBS系映画番組「月曜ロードショー」だったのでした。

その前に劇場では「黄金銃を持つ男」(1974年 ガイ・ハミルトン監督)でボンド初体験をしていたのですが、なにしろそれは「ロジャー・ムーア」版で。
私の性格からして、そういう出会い方をすれば「ムーア・ボンド」が007の物差しになりそうなものなんですが、ブラウン管で出会ってしまった「ショーン・コネリー版ボンド」にはまさに「ワルサーPPKでハートを打ち抜かれたような」衝撃を味わったのでした。

「初めて見た作品がシリーズの物差しになる」事の例外を体験した、貴重な出来事だったのです。

「コネリー・ボンド」の魅力を挙げていけばきりがありません。当初「ジェームズ・ボンド」を生み出した小説家、イアン・フレミングはボンドのイメージを「俳優で言えばケイリー・グラント」などと考えていたようです。しかし映画化の際、実際に初代ボンドとして登場したコネリーは、ケイリー・グラントとは似ても似つかない「野性派俳優」。
なぜこういう経緯になったのかはちょっと分かりませんが、いずれにしてもフレミングの意図した「クールでスマートな情報部員」というイメージとは程遠く、第一作「ドクター・ノオ」も、当たるかどうかが大いに懸念されたものだったのです。
(「ドクター・ノオ」には面白い逸話がありまして。当初このタイトルを当時の翻訳家が直訳し、「医者はいらない」とタイトリングしたらしいのです。ボンドの超人的な活躍は医者いらず、という解釈だったんでしょうか(笑)

Photo_368 ところがこれが大当たり。原作小説とかけ離れたイメージのコネリーが、なぜこれほど大衆の心を掴んだのか。やっぱりそれは「コネリー本人の魅力」につきるでしょう。
「ちょっとテンションの高い役」が似合う俳優って居ますよね。日本で言えば三船敏郎や市川雷蔵のような。コネリーもそうした俳優の一人なのでは。いわゆる「ヒーロー顔」なんですよ。この人を見ていれば物語はきっと盛り上がる。そんなオーラを発しているんですね。
これはこういうヒーローストーリーには不可欠な要素で。

好みもあるのでいつもの私見と捉えていただければいいんですが、2代目ボンドのジョージ・レーゼンビー以下のボンド役者の中で、私がコネリー以外に認めるのは(予想通り?)「リビング・デイライツ」「消されたライセンス」のティモシー・ダルトンだけで。
もうピアース・ブロスナンの「コールデン・アイ」アバンタイトル時の「ガニ又走り」を見ただけで愕然となってしまいました。
ただのおじさんを見る為に劇場に来た訳じゃないのに・・・

正直な所007映画は、ボンド役を誰が演じてもストーリーの骨子は変わらない作りだけに、演じる俳優のキャラクターが浮き彫りになってしまうシリーズなのでしょうね。

Photo_369 そして!今日私が声を大にして言いたいのがこれ。「吹き替え」の魅力です。
オリジナル音声派の方には大変申し訳ありません。「月曜ロードショー」でコネリー・ボンド初体験をした私にとって、ボンドの声は若山弦蔵さん以外にはあり得ないのでした(笑)。
外人俳優と日本人声優の幸福なマッチングって、こういう事を言うんでしょうね。
ジャッキー・チェンと石丸博也とか、
ルイス・コリンズと若本規夫とか(笑)。

実際、あの低音の魅力は私を何年虜にし続けている事でしょう。「月曜ロードショー」での「ロシア」を「録音」(なにしろ当時、ビデオデッキは20万円以上しましたので、庶民にはとても手が出ず)して、セリフを覚えるまで聞いた日々。私の中では、コネリーと若山さんは一体化しているのです。
若山さんの吹き替えで、コネリーの魅力は倍増していると言ってもいいでしょう。
実際、コネリーの地声は特徴に欠けるそうですから。

この感覚を持っている方は多いようですね。後年、コネリーの声を他の俳優さんが演じたとき、違和感を感じた方も多いと聞きます。
もうあのロートーンは、男の色気爆発ですよ。
(ちょっとはしたなかったかな(汗)


で、特典のお話。今回発売されたDVDには、あろうことか若山弦蔵さんご本人の「新作吹き替え」が大きな特典となっているのでした。この特典に惹かれて買ったようなもので。
「やっぱりコネリーは若山さんでなきゃ」といきなり日本語音声を選択し、再生した途端、あの懐かしいコネリー・ボンドの名調子が。
いやーそれにしても、若山さん声が変わらない!
やっぱりコネリーはこの声しかありえない!
若山さん以外の声のキャストは当然ながら総入れ替えなので、特にダニエラ・ビアンキやロバート・ショーなどの声には違和感がありましたが、「若山コネリー」が聞ければ全てOKとなってしまうのでした。もうあっという間の116分で。


でも大したもので、昔聞いた「月曜ロードショー」バージョンのセリフ回しをほぼ覚えていたおかげで、今回の新録音で変更された吹き替え台本との違いがよく分かって面白かったです。時代の流れなんでしょうね。「月曜」バージョンの吹き替えの方が表現に情緒があったような気がします。今の吹き替え台本は表現が直接的なんですね。

地下から潜望鏡で、敵の様子を探るボンド達。そこへ敵スパイ、タニア(ダニエラ・ビアンキ)が現れます。ボンドは彼女の顔を知りません。潜望鏡の角度の都合でタニアの顔が見えない。興味深々のボンドのセリフです。
「この角度から見る限りではスタイルは抜群だな」
「うーん、眩しくて顔も拝めないや」
貴方なら、どちらのセリフがお好みですか?


そんな訳で、久々に「若山コネリー」を堪能した午後でした。
この吹き替え入りDVD、
テレビ世代のファンには売れるんじゃないでしょうか。
今日のタイトルの意味がお分かりの方、
ひょっとしてもうお持ちでは?(笑)

2006年11月28日 (火)

ネヴュラの誕生日

・・・それにしても遅いなー。
せっかくの誕生日なんだから、約束の時間ぐらい守って欲しいよね。


実は私、昨日の11月27日が誕生日だったんです。
奇しくもこの日はゴジラと並ぶ人気怪獣、ガメラの第一作「大怪獣ガメラ」の封切日。いわば私は昭和ガメラと同じ誕生日なのです。(年は違いますが)
私の怪獣好きは生まれた時から運命付けられていたようです。
そんな事、物心ついた頃は気にも留めていませんでしたが、最近になって何か因縁めいたものを感じるというのも、年をとった証拠でしょうか。

そんな同じ誕生日のよしみで、昭和ガメラとの記念日デートを企画した私。いつもはしないドレスアップなんぞして待ち合わせ場所に出かけたのですが・・・
きっと彼のことだから、また怪獣が現れないかパトロールでもしてるんじゃないの?少しくらい遅れたって許してあげなきゃね。

Photo_350 空はギャオス映えしそうな夕景ですねー。でも最近はガメラの説得で昔のギャオスもすっかりおとなしくなって、日本の守りについてるって噂で。
ほら来た。ギャオスの空中編隊飛行「デルタインパルス」のエキジビジョン。子供たちに大人気の演技ですねー。

あの一糸乱れぬフォーメーションと、地球・宇宙ギャオスのコンビネーションが絶妙で。あれ?でも今日は見慣れない一機が混じってるな。あの槍のような形・・・あ、禁止されてる超音波メスが!
Photo_351 あれは平成ギャオスじゃないの。またたく間に昭和ギャオスの群れを撃墜しちゃった。なんであんな所に平成ギャオスが。今だに「空の暴走族」とか言われてるんでしょ。

どうしよー。あんなのに狙われたら逃げられないよ。

その時、暮れかかった空を大きな七色の帯が横切りました。
不意に放たれたその虹を避け切れず、飛び込んだギャオスはあっと言う間に消滅しちゃいました。あの虹はまさか!
Photo_352 やはり思った通り。低い唸り声とともに現れた巨大な影は、冷凍怪獣バルゴン!ここ数日の寒さはコイツのせいだったのね。
ガメラはどーしたの?これじゃデートどころじゃないよ。早く逃げなきゃ。

バルゴンの吐く冷凍光線で、周り一面は氷のオブジェのよう。街路灯も全部消えちゃって街は真っ暗「目が見えへん!」。
それにしてもやっぱりバルゴンだねー。宝石店を襲ってるよ。隙を狙い、私は携帯でガメラに連絡を取ろうとしました。ところがそれが命取りになるとは。
Photo_353 私の携帯を狙う、闇に光るたくさんの目。それらは突然、餌に群がる虫のように私に襲い掛かってきました。「あーしまった。予想できたのに。」その群れはご存知、小型レギオン!
慌てて携帯を投げつけると、その群れは恐ろしい勢いで群がっていきました。

うっわー。電磁波が好物だって聞いてたけど本当だったのねー。ガメラに連絡取れなくなっちゃうよ。でも小型が居るって事は・・・
Photo_354 不安は的中。大きな揺れとともに地面を割って飛び出したのは、長い鼻ヅメを振り回す巨大レギオンともう一頭、「空飛ぶ包丁」大悪獣ギロン!

えーっ!レギオン対ギロン?巨大な刃物を振りかざす2体の動きはまさにチャンバラのそれです。

Photo_360 体に似合わぬ跳躍力でレギオンに飛びかかるギロンは頭部の包丁を鼻ヅメで振り払われ、私の目の前の車を真っ二つに。おー。半分になってもまだ走ってるよ。違う作品のような気もするけど。
そんな事言ってられないか。

でもやっぱり、血の気の多いギロンに比べ、冷静なレギオンの方が一枚上手だねー。
あっという間に触手攻撃で葬っちゃったよ。
もったいないなー。ギロンの手裏剣見てないのに。

Photo_356 所で小型レギオンは?ふと見ると、レギオンに襲い掛かるこれまた群獣が。人の身の丈程もあるネズミの大群じゃないですか!
あれがうわさの「大群獣ネズラ」だったのねー。

群れには群れという訳で。よく出来てるわー。

感心している私に冷たい目線が。巨大レギオンのマイクロ波弾が私にロックオンされちゃってるよ。黒コゲは時間の問題?なんてはかない人生・・・
レギオンの鼻ヅノで巨大化する光球。まさにその時!レギオンの体が見る見る透明に変わっていくじゃありませんか。苦痛に身をよじるレギオン。
あーこの攻撃覚えてる。皆さんも知ってますよね。


Photo_358 バッタリ倒れるレギオンの向こうに佇む巨大な姿、大魔獣ジャイガー!もう助からない。ジャイガーは反則ですよ。
コイツはガメラ史上最強の敵じゃないの。

でも、私コイツの弱点知ってるんだ。大阪万博の会場へ逃げ込めば、大人の事情で襲ってこれないという(笑)。
一人ほくそ笑む私。そこには隙があったのでしょう。ジャイガーの産卵針が私に狙いをつけています。針の鋭い切っ先が私を貫こうとしたまさにその瞬間!
巨大なプラズマ火球が一撃の下にジャイガーを吹き飛ばしたのでした・・・

あっけにとられる私。その直後、私の体はふわりと宙に。
「おー、これがスーパーキャッチ光線か!」


Photo_359 縞々の球体が5つ連なるバイラス星人の宇宙船。その中では、昭和ガメラの誕生日を祝うパーティーが開かれていました。
用意されたドレスに着替え、私も昭和ガメラの隣に。
ゲスト席には後輩の平成ガメラ、会場責任者のバイラスをはじめ、宇宙人仲間のジグラ星人、知性派のイリス、そして倒されたはずの怪獣たちがズラリと勢揃い。

今日のバトルロイヤルはすべて怪獣好きの私の為に、ガメラたちが演出してくれたパフォーマンスだったんですね。
なる程。昭和と平成の怪獣が交互に出てくるんで途中で感づいてはいたんですが(笑)。


「何でも欲しいものを考えてごらん。」ショーン・コネリーの声で言われ、うーんと頭をひねる私。テレパシー実現装置のハッチが開いて出てきたのは・・・
やっぱりサンドイッチとフルーツジュースじゃん!日本のジュースよりおいしいけど(笑)。


・・・いやいや。よくここまで怒らずにお付き合い下さいました。
実際、私の誕生日は昨日、11月27日。まさに「大怪獣ガメラ」の封切り日なのです。
誕生日にもしこんな物凄いサプライズが起ったら、それは一生心に残る事でしょうが、その真っ只中にも居たくない様な(笑)複雑な気分です。
実際には、昨日は雨の中、お仕事に追われる平凡な一日で。
誕生日らしい事などなんにもありゃしませんでしたが(泣)
でもこんな、ソノシートテイストのおバカを妄想する楽しみがありました。

考えてみれば、私はこの年になるまで、年中ガメラを始め、怪獣の皆さんにプレゼントを貰っているのかもしれませんね。
「おバカを夢見る心」なんて物を(笑)。

2006年11月25日 (土)

眠れる刺客

昨夜、同好の先輩と電話で盛り上がっちゃって。
どんなきっかけからでも怪獣に話を持って行ってしまう悪い癖は、もう直りません(笑)。
そんな中で、当たり前の事ながら今更ながら感心した話題が。

Photo_344 「ウルトラQ」は何故、怪獣に魅力があるのでしょうか。
こんなお話になった時、ふと考えました。

「ウルトラQの怪獣って、退治されないものが多いですよね。」

(何故敬語かと言うと、電話の相手は先輩だからです。男の人だし)

そうなんですよ。「ウルトラマン」以降のシリーズは、主役がウルトラマンというヒーローだからして、どんなに強い怪獣も最後はウルトラマンに倒される。(もちろん例外もありますが)それがストーリーの基本ラインですから崩しようがない訳です。
ところが「ウルトラQ」だけはヒーロー不在の世界なので、そうした「決定的な解決策」が存在しないんですよ。

「そういえば」と考えてみますと確かに、退治されないお話は多い。ストーリー上一応の解決をみたというだけで、怪獣や宇宙人が完全に退治された、という例はあまりないんですね。
Photo_345 例えば第3話「宇宙からの贈りもの」に登場した、火星怪獣ナメゴン。このお話は最後に一の谷博士が、その弱点である塩水を大量生産するよう指示するところで終わります。ところがナメゴンが退治される場面はドラマには描かれていない。
まあ確かに、そこを描かなくても物語は理解できるので、かえって無いほうが余韻があっていいくらいなんですが。

これは「ウルトラマン」で言えば、ハヤタ隊員がウルトラマンに変身したところでお話が終わるようなものですね。
実に斬新な幕切れと言えます。

第5話「ペギラが来た!」第14話「東京氷河期」のベギラも、最後は南極の苔から採れる「ペギミンH」の効果で「撃退」されます。しかし、この怪獣もとどめを刺されてはいないんですね。
一時的に逃げていっただけで、また来襲の危険が無いとは言い切れない。

この「いつ来るかわからない」感覚は、ウルトラQ特有の感覚ですよね。「ペギミンHがある限り」というのは希望的観測に過ぎなくて。
非常に危うい、常に文明社会が危険に晒されている空気が醸し出されています。

他にも、例えば「五郎とゴロー」のゴローはまだイーリアン島に居るし、「鳥を見た」のラルゲユウスは飛び去ったまま。
「バルンガ」や、「2020年の挑戦」の、視聴者に不安感を与えるラストシーンは、「侵略者が退治されたかどうか分からない」感覚が非常な魅力となっていました。「海底原人ラゴン」のラゴンも海底に帰っていっただけです。
「206便消滅す」のトドラも、東京上空の異次元空間に潜んでいるんですよ。


「変身」のモルフォ蝶が生息するあの樹海に紛れ込んだら、今でも貴方は身長40メートルの巨人にならないとは限りません。
夜、帰りの通勤電車を間違えた貴方は、友野健二が待つあの世界に行かない保証はないのです。

これらのエピソードは、「物語に一応の区切りがついた」というだけで、事件が根本的に解決されたかどうかは「?」。
まさに「ウルトラQ」なのです。

Photo_346 確かに「ウルトラQ」はヒーロー不在の世界ですから、こういう結末はしごく自然なんですが、後のウルトラシリーズが辿った軌跡を考えると、かえって新鮮に映ってしまって。
結局「Q」の怪獣には、「人間には倒す事ができない」「まだ生きている」という絶対的な存在感があるのでしょうね。それが他のシリーズにはない、たまらない魅力となっているのかもしれません。

さて、ここまでのお話に一つ、登場していない「名獣」が居る事は、賢明な「ネヴュラ」読者ならすでにお気づきでしょう。
そうです。「Q」を語るとき、外せない怪獣です。

Photo_347 チルソニア星人が地球侵略の為に送り込んだロボット怪獣「ガラモン」。「ガラダマ」と呼ばれる隕石に内蔵され、地球各地に射ち込まれて、電子頭脳「チルソナイト」によって操作される宇宙ロボットです。
独特の形、動きのインパクトは絶大で、今だにあの「最期」がトラウマになった方も多いとか。

あの「ガラモン」ですが、実はこの侵略譚、明確なエンドを迎えていません。
ご記憶の方も多いでしょうが、2作あるガラモンストーリーの後編「ガラモンの逆襲」のラストシーンは、こんな場面でした。
ガラモンを操作する電子頭脳を遠隔操作で操っていたセミ人間「チルソニア星人」は、万城目以下メンバーの活躍で追い詰められます。電子頭脳の指令で世界中の都市を破壊するガラモン。チルソニア星人から電子頭脳を取り戻した科学陣は、ガラモンに破壊指令を発信する電子頭脳を「電波遮蔽シート」で包み込み、破壊指令を遮断します。
ほどなく動きを止めるガラモン。地球侵略に失敗したチルソニアの工作員は、同胞の手によって抹殺されます。
「悪魔のような宇宙人」の最期。

Photo_348 ラスト、電波監視所主任、平田昭彦によって語られるセリフがあります。
「人類の科学が、このチルソナイトによる電子頭脳を破壊する事ができない限り、危険はまだ続いてるんだ。」

お分かりでしょうか。
ガラモンに破壊指令を下す電子頭脳は一時的に電波を遮断されただけで、実は破壊されていないのです。

人類の科学では、チルソナイトに傷一つ付けることができません。劇中にもその描写がありました。これは何を意味するのか。
そうです。電波遮蔽シートが取り除かれれば、ガラモンはまた活動を開始するということなのです。
これは大変な脅威ではないでしょうか。


実に魅力的な設定ですね。世界観がしっかりしているから物語に広がりがあります。この「いつも世界が脅威に晒されている」感こそ、「Q」の真骨頂なのです。
この世界観から発想を広げると、こんな続編もできそうです。

おそらくガラモンの体表は、電子頭脳チルソナイトと同じ組成、硬度ではないかと。という事は、人類にはあのガラモンを解体できない。研究、解析も不可能な巨大なブラックボックスという訳ですね。しかも電子頭脳はまだ生きている。
おそらくガラモンによる世界襲撃の後、人類はガラモンの輸送だけを行い、一箇所に集めて封印する事ぐらいしかできないと思います。電子頭脳も幾重にも電波が遮断され、厳重に保管されるでしょう。

しかし、人間の行いに「絶対」なんて事がある訳がなく・・・

Photo_349 第一級の軍事機密と化した電子頭脳を制する者は、世界の破壊者となる。
世界の転覆を狙う狂信的な存在が、今でも世界中に居るではありませんか。

電子頭脳の争奪、解放を巡るサスペンス、スペクタクル!

ついに電子頭脳を解放した瞬間に展開する、全世界の阿鼻叫喚の図。そして、それを宇宙の彼方から冷ややかに見つめる、複眼の生物達。
「40年前、我々は地球に種を蒔いた。我々が直接手を下さなくても、愚かな地球の生物は自滅の道を辿っているではないか。」
あの40年前の侵略劇が、ガラモンと電子頭脳を地球に送り込む為の、チルソニア星人の罠だったとしたら・・・

いやー実にシニカル。ハードなお話で。
ガラモンは、人類が自らの愚かさを試される「試金石」という訳で。こんなストーリーなら引き込まれてしまいそうなんだけどなー。
タイトルはやっぱり今日のサブタイ「眠れる刺客」にしたいなー。
どうでしょうか皆さん。


でも、これを作品化するにはかなりの演技派俳優が必要ですねー。
できる人いるのかな。
読者諸兄から「こんなスタッフ・キャストで見たい」なんてご意見を頂くのも楽しいですね。
最近「ネヴュラ」も、実力派のコメンテーターが増えている事ですし。おバカなストーリーもお話する甲斐があります。


こういう風に、続編を考えるだけの世界観の幅があるのが「ウルトラQ」の魅力ってもので。やっぱり名作はどこまでも楽しめるものですね。
私も一生に一度ぐらい、名作と呼ばれる作品を作ってみたいものですが。
こればっかりは才能なくて(超号泣)。

2006年11月23日 (木)

出口のない海

気持ちもやや落ち着いて、いつものペースをとり戻しつつあるこの数日。昔の事など思い出してしまう時もあって。
と言っても、別に暗くなるわけじゃないんですが。
火曜日にお話した「怪獣の存在感」について、いろいろ参考になるコメントを頂いたおかげで、怪獣という存在の多様性を考えてみると、これがまた楽しくて。そんな方向へ走る頭と昔の記憶が妙なところで結合されてしまいまして。

「ジョーズ」って怪獣映画だったよなー。なんて思っちゃって。

Photo_339 「ジョーズ」(1975年アメリカ スティーブン・スピルバーグ監督)。
この作品を知らない映画ファンは、ほぼ皆無と言ってもいいのでは?

若い映画ファンの方々も、「スピルバーグ若き頃の傑作」として、作品名はご存知と思います。
この「ジョーズ」、公開された1975年(「新幹線大爆破」公開と同年の「爆弾時代」(笑)に、私は前評判に興奮した友人達と連れ立って話題の源を見物に行ったのでした。
まさに映画鑑賞の王道、ロードショー公開に挑んだのです。


そう、あれはまさに「映画を鑑賞する」というよりも「映画公開というイベントを見物する」感覚で。当時「ジョーズ」の人気は物凄く、私の街の封切館では、2階の劇場からズラリとお客さんの列が続き、劇場に入る為だけに上映を2回分待たされたのでした。(約5時間!)
やっと入れた劇場も客席は一杯で立ち見を強いられる始末。でも私は嬉しかったですね。その混み具合が「イベント参加感」のテンションアップに繋がるんですよ。

そんな興奮状態で「体験した」ジョーズは、噂にたがわぬ超傑作で。この作品は当時のいたいけな私を「スピルバーグ教信者」にしてしまうのに充分な面白さを持っていました。
翌日から周りの友人に熱心な布教活動をした事は言うまでもありません(笑)。


そんな記憶を辿りながら、久しぶりに部屋で見た「ジョーズ」。(とても日本映画ランキング参加者とは思えない作品選びですね。
しかも今時(泣)
これね。記憶でかなり美化しているのかなと思って心の片目をつぶって見たんですけど、いやー引き込まれる。面白い。やっぱり怖い。エンディングを知っているのに怖い。
なんでこんなに面白いんでしょう。


ここで冒頭のセリフが登場します。
「ジョーズって怪獣映画。」


この作品について「怪獣映画」という評価を下す評論は、もう星の数ほどあります。
これはもう、誰が見たってそう思いますよね。

Photo_340 「ゴジラ」大好きなジージャンズ(映画秘宝的に言うなら)、スティーブン・スピルバーグ。
「ジョーズ」の前に「激突!」を撮り「大怪獣トレーラー」を発表した後も、近作「ジュラシック・パーク」で恐竜を怪獣に仕立てた「オタクリエイター」です。「宇宙戦争」のトライポッドを見て「メカ火星人だ!」と思ったのは私だけじゃないでしょう。

この人の血には「ゴジラ細胞」が息づいているのです。
でなきゃエメリッヒの「GODZILLA」制作にあれほど難色を示すわけが(笑)。

そんな彼が27歳で作った「ジョーズ」。そこにはまだ映画監督としては若く、技巧に走らない彼の、全ての引き出しを駆使した「むき出しのスピルバーグ」が表れているのです。

再見してみて思った事があります。
「ジョーズ」って、前半「ゴジラ」(1954年版)ですよね。

Photo_341 誰もいない、夜の海で起こる惨劇。原因の分からない犠牲者の様子。学者の登場。原因究明の為のリサーチ。
主役の巨大鮫「ブルース」が背びれだけ見せて全体を小出しにする演出も「ゴジラ」のそれ。
まあ、怪獣映画のオリジナルにしてスタンダードを作ったのは「ゴジラ」ですから、それをなぞれば自然と怪獣映画っぽくなる訳で。スピルバーグはあえて巨大鮫を海の脅威として描かず、「怪獣」として描いているのでは、と思っちゃいますね。
で、この鮫を退治する為に人間側の主役3人が海へ出るあたりから、様相は一変します。
ここからは東宝特撮映画が成しえなかった「人間と怪獣のガチンコバトル」が展開する訳です。


後半、「オルカ号」で鮫の待つ海域に進む一行ですが、わりとのんびりしていますよね。
というのは、彼らにとってどんなに強敵でも、それは「鮫一匹」という認識があるからなんですよ。私達観客もそう思っている。
そりゃそうですよね。ゴジラだってギドラだって、怖いのはその怪獣だけなんですから。
ところがですね。この「ジョーズ」は、怪獣は鮫だけじゃないんですね。オルカ号に乗った3人は、とんでもない怪獣を相手にしてしまったんです。
それは「海」。

ここに、スピルバーグの見事な視点があります。
「ジョーズ」を見た当時、「この映画を見るとお風呂でさえ怖い。鮫が口を開けて待っていそうだから」という感想が多かった事を記憶されている方も多いでしょう。
「鮫がいつ出てくるか分からない水面が怖い」んですよ。この「ジョーズ」では、そんな鮫が潜む「海」が怪獣なんです。

Photo_342 主役3人が乗った「オルカ号」は、怪獣の中に身を投じてしまった形になるんですね。
船以外全部が「怪獣」。どこからあの「巨大鮫」が飛び出してくるか分からない。かつて、これ程スケールの大きい怪獣映画があったでしょうか。
どこまで行っても「怪獣の上」という恐怖。

Photo_343 これは実に巧みな発想ですね。実際、鮫自体はそれ程怖くない。どんなに強くても鮫は鮫ですから、相手が確認できれば打つ手はあるんです。
スピルバーグは観客の注意をそこへ持っていかない為に、鮫と海を一体化させているんですね。

「海が牙をむいて襲ってくる」という類の無い怖さを、皆さん感じませんでしたか?
その後星の数ほど作られた「動物襲撃パニック映画」と「ジョーズ」には、ここに明確な違いがあるのです。


考えてみてください。例えば「空の大怪獣ラドン」。ラドンの影響で全ての航空機・戦闘機が飛び立てないという描写がもしあったら。どこにラドンが潜んでいるか分からないという描写があったら。あの映画のテイストには合わないかもしれませんが、「空が怪獣」という新しい感覚が生まれるような気もするのです。

この作品の4年後に公開された「エイリアン」(リドリー・スコット監督)も、「ジョーズ」と同じようなテイストを持っていましたね。
外部から遮断され、逃げ道のない宇宙船ノストロモの中、どこから襲ってくるか分からない「究極の生命体」エイリアンの恐怖は、まさに「ジョーズ」の後継者と言っていいでしょう。

「エイリアン」では、「怪物は宇宙船そのもの」なのです。

こういうテイストの作品は日本より海外が多く、やはり手馴れていますね。これはやはり、「キャラクター」としての怪獣を生み出せない、海外クリエイターの発想が成せる技でしょう。どんなに怖く異形の存在もそれは「種」であり、感情移入できる「キャラクター」足りえないという厳然たる一線が、海外クリエイターにはあるのです。(「ゴルゴ」のような例外があるのも、また楽しいところで)
そういうキャラクターとしての弱さをプロットでフォローしているんでしょうね。

ちょっと脱線しました(笑)。「出口のない海」という怪獣に追い詰められる人間。追う立場から追われる立場になった彼らはまさにガチンコ、考えうるあらゆる手段を講じます。この「なりふり構わず感」がいいんですよね。日本の怪獣映画でもあそこまで追い詰められる描写はありません。
日本製はどこかで怪獣側に感情移入させられるように作られているので、そこまで非情にはなりきれないのでしょう。

でも、あそこまで追い詰められ、犠牲者まで出るハードな展開だからこそ、あのラストシーンが活きて来ると思うんですよ。ユルいストーリーにはユルいラストしか訪れません。ここはスピルバーグ、見事にアメリカ映画してますよね。やっぱり日本の怪獣映画のラストには不満だったのでしょうか(笑)。
とにもかくにも「ジョーズ」のドキドキ感は、公開後31年を経た今も少しも色褪せていませんでした。

日本でもああいう怪獣映画って出来ないものでしょうか。
「閉鎖空間での怪獣との攻防」って、うまく状況を作ればさほど多額の予算をかけなくても出来そうな気もするんですが・・・

日本が作ると「ネズラ」(2003年)になっちゃうんですよねー。
やっぱりあの手の作品は、海外にお任せしましょうか(号泣)。

2006年11月21日 (火)

怪獣とは「怪しい獣」

11月も下旬。2年程前までは、毎年この時期になると決まってある事が脳裏をかすめていました。
「今年のゴジラは、旧作にどれくらい迫っているんだろう?」

1984年に復活したゴジラ映画は、途中何度かの中断をしながらも2004年12月公開の「ゴジラ ファイナルウォーズ」を最後に一端終了を迎えました。
私にとっては、その内何作品かを除いてがっかりするようなものばかりでしたが、それでも毎年前売り券を買い、ほぼ全作品を公開初日に劇場で鑑賞していたのです。
ゴジラ好きの性とでも言いましょうか(笑)。

Photo_335 年をとったせいもあるでしょうが、この84ゴジラからの復活ゴジラシリーズで、昭和のゴジラ作品に匹敵する、もしくはそれを凌駕する感動を覚えたのは2001年公開の「ゴジラ モスラ キングギドラ大怪獣総攻撃」のみで。
その他の作品はもう、公開時期が冬という事もあって鑑賞直後は心が寒い、または仲間と盛大にグチを言い合いたい欲求に満ちて家路を急いでいた事を思い出します。
「なぜこんなに割り切れない気持ちになるのか。最近の作品のどこに問題があるのか。」
クリスマス、お正月を前に、毎年こんな気持ちで過ごす日々は、「これも怪獣ファンの因果かなー」なんて思いに満ちていましたが。

ゴジラ作品が制作されなくなって2年目。前述の記憶も懐かしい今日この頃。
考えてみますと、その頃頭にあった「問題点」の糸口がなんとなく見つかったような気がしまして。
この数日ずっと頭にあった事なんですが。
例によって今日もコテコテの私見です。「またバカ言って」なんて笑ってお聞き下さい。

確かにファンによる、84ゴジラからを「復活ゴジラ」としたくくりは正しいでしょう。そこから1995年公開の「ゴジラVSデストロイア」までが一連のシリーズとなっている事、1999年公開の「ゴジラ2000ミレニアム」から前述の「ファイナルウォーズ」までは、ほぼ一作毎に異なった世界観の作品となった事も、シリーズの試行錯誤を思わせて興味深い所です。
特撮技術も発達しゴジラ自身もパワーアップ、対する人類側の兵器の発達も手伝って戦闘シーンの迫力は類を見ないほどになりました。ところが少なくとも、観客である私には何かが欠けて見えてしまう。

この「何か」というのは、おそらく100人居れば100通りの意見があるでしょう。ですから一つにはまとまりません。
そんな中私が一つ挙げるとすれば、それは「怪獣存在の説得力」でしょう。
この一点が欠けているために、お話全てが嘘っぽく見えてしまうのでした。

「怪獣」という字はそのまま「怪しい獣」という意味ですよね。ところが復活ゴジラシリーズでは、1989年の「ゴジラVSビオランテ」、1995年公開の「ゴジラVSデストロイア」、2000年公開の「ゴジラ×メガギラス G消滅作戦」を除いて、心情的に「怪しい獣」と呼べる怪獣は出現していないんです。
この「怪しい」というのは、「作品中で存在に一応の説得力がある」という意味で、こんな怪しい獣が誕生する為の理由が描かれている所が、作品に感情移入できる重要な点なんですね。

このシリーズ中、前述の作品以外で出演する「怪獣」と呼ばれる存在は、もう「怪しくない」と思いませんか。キングギドラ、モスラ、バトラ、ラドン、ベビーゴジラからゴジラジュニア、メカゴジラ、スペースゴジラ、オルガ、機龍・・・
ゴジラを始め、これらは「怪しい獣」というよりは「レギュラーメンバー」あるいは「敵キャラクター」とでも呼べる存在じゃないですか?
なんかもう「こういう理由でこの怪獣が生まれた」じゃなくて、「最初にこのキャラクターがあって、そこに着地したいから後付で設定を作った」というのが見え見えなんですよ。

Photo_336 この写真の怪獣はゴジラ映画によく出演する「常連」の方々ですが、私などから見ると「毎度このメンバーが出るなら、ストーリーが大体読めちゃう」と思っちゃう訳です。
案の定「こんなシーンを何回見せられたか」「他に手は無いの?」と思うような作品のオンパレードで。

「ネヴュラ」をご覧の方々にちょっとお聞きしたいんですが、毎年新作が作られていた当時のゴジラ映画に、皆さんは何を期待されていましたか?
私は「斬新なストーリー」「魅力的な新怪獣」「ゴジラの新たな魅力」あたりを期待して劇場に向かったクチです。正直、ほぼ毎年「連敗」(号泣)。
作り手である東宝と、受け手である私の間にはどうしても埋められない溝があったのでした。

まあ考えてみれば、この頃のゴジラ映画は明確な「子供番組」。そういう理詰めを期待する私が間違っていたのかもしれませんね。事実、「VS」の名が冠された90年代あたりのゴジラは、児童誌などでは「戦士」なんて呼ばれていましたから。もともと「恐怖の怪獣」として作られていない作品に求めてはいけない物を求めていたのでしょう。

しかしながら、当時の東宝が採ったその方法論は、本当に正しかったのでしょうか?

「三大怪獣地球最大の決戦」(1964年 本多猪四郎監督)と、「ゴジラVSキングギドラ」(1991年 大森一樹監督)を思い出してみますと、時の重みに耐えるのは「三大怪獣」と思っちゃうんですよね。
どんなに怪獣対決シーンに迫力があっても、ストーリーの基盤となる設定がおかしいと、そこが気になって前に進めない。因果な性格で(笑)。

タイムマシンで過去に戻り、ゴジラを誕生させる要因を取り除いた主人公達。しかしある理由でキングギドラが誕生する現代。
現代に戻った主人公に「確かにゴジラは消えた。だが代わりに、キングギドラが現れた。」と語る関係者のセリフ。ゴジラが誕生しなければ歴史は変わり、「ゴジラ」などという言葉さえ現代には存在しないはずなのに。おまけに、代わりに現れた怪獣が「キングギドラ」と命名された理由も語られずじまい。もーついていけない。

こういう放りっ放しのストーリーから垣間見える「ゴジラ映画なんだからここまで説明すれば過去の作品から推し量って分かってよ」的な制作者の甘えは、私にとっては「なんで私があなたの尻拭いをしなければいけないの?」としか受け取れないのでした。

Photo_337 この時代のゴジラ作品に対し、必ず対比の意味で登場する「平成ガメラ」シリーズは、こういった「怪獣存在の説得力」に細心の注意が払われた事でも、私達ファンの溜飲を下げさせた作品群でした。
「ガメラ 大怪獣空中決戦」(1995年)のギャオス、「ガメラ2 レギオン襲来」(1996年)のレギオンなど、現代科学が広げる想像の翼ギリギリのところで納得させる見事な設定に唸らされたものです。

(「ガメラ3 邪神覚醒」(1999年)のイリスはギャオスの変異体なので、ちょっと異質ですが)頭の固くなった怪獣マニアには、「ゴジラに挑戦するために宇宙から来た怪獣」や「ゴジラのフォルムが最も戦闘に適した形だからゴジラ型に作ったロボット」という理屈では納得できないんですよ。
「ゴジラ ファイナルウォーズ」に至ってはもう、「居るから居るんだ!」的な力技で。「超豪華版ウルトラファイト」と言われても仕方がないんじゃないかと。
「いいじゃんそれで」と考えられる方が羨ましい。初作の「ゴジラ」を引きずっている身としては、同じシリーズとは思えなくて。

さて、ここまで読まれて、一つの作品が語られていない点をお気づきでしょう。
そうです。再三「ネヴュラ」でお話している「ゴジラ モスラ キングギドラ大怪獣総攻撃」(2001年)の事です。

平成ガメラシリーズでその名を轟かせた金子修介監督が手掛けた唯一無二の作品である、通称「GMK」と呼ばれるこの作品も、怪獣存在の実に周到な説得力がありました。

この作品に登場する怪獣、ゴジラ、バラゴン、モスラ、ギドラは、他のゴジラシリーズに登場した「常連さん」ではありません。まったく新たな設定を持った「新怪獣」であり、文字通り「怪しい獣」だったと思います。第一ゴジラ以外の三怪獣、本来は漢字表記なんです。
第二次大戦で散った戦争被害者の残留思念が集まった「亡霊」のような存在、ゴジラから、大和言葉の「くに」を守る為に立ち上がる「護国怪獣」バラゴン、モスラ、ギドラ。
「日本には古来、バラゴン、モスラ、ギドラなどの怪獣が居て、狛犬や八又のおろちなどの伝説の元となった」という劇中のセリフには、目からウロコが落ちました。


そして漢字表記で「魏怒羅」と書かれるギドラに、何故英語の「キング」がついて「キングギドラ」と呼ばれるようになるのか。以前にも「ネヴュラ」で問いかけをしましたが、これは前述の「VSキングギドラ」など及びも付かない、技あり一本と呼びたいウルトラC(古いですね)が炸裂します。
こういうのを待ってたんですよ。今回もネタバレはしませんが(笑)。

確かに「GMK」に登場する怪獣たちも、今までのゴジラ映画の常連さんかも知れませんが、この作品に関しては、怪獣を「怪しい獣」として扱おうという制作者のこだわりを強く感じるのです。

これらの、怪獣を「怪しい獣」たらしめる設定がなければ、劇中登場するキャラクターはただの「対戦相手」。毎度同じ対戦は魅力が全く感じられません。この新味の無さがゴジラ作品の行き詰まりを招き、ひいては今の休止期間に至っているのではと思います。
もはや、ゴジラ自体の存在も「怪しさ」「怖さ」を失った現在。
かの怪獣王も歴史に埋もれてしまうのでしょうか。


ゴジラ誕生後まだ52年。
「名誉職」には早いと思うんですが・・・


Photo_338 「ゴジラはミッキーマウスみたいな、愛される存在」という言葉があります。
でも私はゴジラは永遠に「怪しい獣」であって欲しいと願います。
ミッキーマウスは街を襲いませんから(笑)。

2006年11月19日 (日)

観客という名監督

ここ数日、私の人生に確実に影響する出来事が続きました。
皆さんから頂いた温かい励ましのコメントも、深く心に染み入るものでした。
本当にありがとうございました。

こんな時はまた、静かな作品などを見たくなってしまうもので。
久しぶりに「東京物語」(1953年松竹 小津安二郎監督)を借りてきたりして。

この作品については今更説明するまでもありませんね。日本映画の歴史の中で、その完成度において常にトップを争う、小津芸術の最高峰と言われています。

小津作品については「ネヴュラ」でも色々とお話しています。その極めて特殊な演出技術の秘密については、つたない私の知識では及ぶべきもありませんが、おバカなりに考えを綴ってきたつもりでした。
この「東京物語」も、以前から何度か鑑賞し、それなりに解析をしていたつもりだったのです。ところが。

今の私の心境も大きく影響しているのでしょうが、母の不幸を機に久しぶりに見た「東京物語」は、「今まで私は何を見ていたの?」と思わせる程、まったく違う作品に映ったのでした。
「またそんな時期に。わざわざ『東京物語』なんて。自分から泣きに行ってるんじゃないの?おばさんだねー」なんて笑わないで下さいね。そこまで暗くないですから(笑)。

黒澤が「七人の侍」を撮り、溝口が「雨月物語」を撮っていたこの時代。小津は小市民の何気ない日常を通して悲痛なまでの人間ドラマを描きました。
日本の美しさが残る町、尾道に住む老夫婦、周吉(笠智衆)ととみ(東山千栄子)は、東京へ移り住んだ子供たちを訪ねます。開業医を営む長男幸一(山村聰)、美容院を切り盛りする長女志げ(杉村春子)。次男の昌二は戦死し、未亡人となった妻、紀子(原節子)が一人で暮らしています。それぞれの家を回りながら、周吉ととみは、成長してそれぞれの人生を歩む子供達の姿を見ていきます。

昔、私がこの作品に初めて触れたとき、小津作品に流れる不思議な空気、その端正な筆致に驚いたものでした。よく言われる「ローアングル」「人物配置のデザイン性」「不自然な目線」などです。人物の自然な動きやセリフをあえて廃し、ある意味ストーリーさえオブジェ化したその作劇、演出術は、私にはとても新鮮に映りました。当時の私はその姿勢に「技巧を極めつくした天才が到達する、シンプル・オズ・ベスト」なんて浅い解釈しかできなかったのです。お笑い下さい。

東京に暮らす子供達は、周吉ととみの来訪を歓迎しますが、それぞれの日々の生活リズムが家族のふれあいに微妙なすれ違いをもたらします。
急な往診で東京案内を断念する幸一。忙しさにかまけて二人をじゃけんにする志げ。
そんな中、他人である紀子だけが二人を手厚く出迎えます。
田舎に暮らす親と、都会で暮らす子供達の生活観のずれ。それを子供の成長と見るか、親離れと見るか。周吉ととみは心の内を実に淡々と語ります。自分達をうとましく思う子供の自立を嬉しく思うような会話もあり・・・

こういう、どこの家にもある世代間の考えの差、それを繰り返しながら流れる時を、小津は優しい眼差しで捉えています。しかしながら、小津作品に流れる実に秀逸な視点は、この「眼差し」だけではないのでした。

今回、特に強く感じたのですが(遅いですが)、小津作品は各々のショットは非常にオブジェ的な人工性を見せているものの、日常の立ち振る舞いにはそれこそしつこいくらいのリアリズムがあるのです。
ムダとも思えるセリフの重複、一つ一つの動きを省略しない臨場感。このリアリズムが前述のオブジェ的なアングル、セリフ回しと一体になった時、どういう効果を生むのか。

それは見るものに、「自分の家庭」を二重写しにさせる効果があるのです。

セリフをオブジェ化することで、出演者への感情移入を一定部分で拒絶するような感覚は、演じる俳優への思い入れを微妙に回避し、そのまま「ああ家でもこんな会話した事あるなー」「そうそうこんな事ってあるよね」という自己の記憶の方向へ、観客をいざなう効果があるような気がするのでした。
「俳優が自己主張しない」小津作品のキャラクターに淡白な味わいがあるのは、その効果が大きいからでしょう。
観客はスクリーンで虚勢されたセリフを放つキャラクターに自分を重ね合わせる事ができるのです。

そしてさらに、「淡白な描写に潜む深み」も感じました。

作品中盤から、ストーリーには暗雲が垂れ込めます。幸一と志ののはからいにより周吉ととみは熱海に招待されます。朝、旅館近くの防波堤で語り合った二人でしたが、不意にとみは足元をふらつかせます。これが後の伏線となっているのですが、この描写があまりに淡白な為、観客はこれが重大な事態になる事がわからないのです。
この伏線がストーリーに影響を与えるのはずっと後になってから。子供達に別れを告げ、尾道に帰る車中で気分を悪くしたとみは、大阪に住む三男の敬三(大坂志郎)の元へ。ここの描写もとりたててドラマチックではありませんが、この後何の予告もなく、東京の子供達の所へ「ハハキトク」の電報が届くのです。


この「描写の淡白さ」はどういう事なのでしょうか。
盛り上げようと思えばいくらでも盛り上げられるのに、それを意識的に行わない。


この後、尾道へ駆けつける子供達の前で、とみは一晩の間に実にあっけない最期を迎えます。
医者である幸一によって望みが無いことを告げられた周吉がポツリとつぶやく「そうか。おしまいかのう」というセリフも、拍子抜けするほど淡々としていました。

そして、とみの最期の晩を描写する尾道の静かな風景。
波止場や灯篭、船、路地裏、線路越しの家並みと続く、「空ショット」と呼ばれる風景カットの積み重ねは、病床を見舞う家族の描写以上に私に悲痛さを訴えます。何故か?
映画のストーリーを離れ、自分の記憶を手繰る隙間を観客に与えるからです。

どんなにとみの最期を盛り上げても、それは役者が演じる「お芝居」でしかありません。小津はそれよりも、この空ショットを通じて観客一人一人のリアルな記憶に感動を委ねたのではないでしょうか。誰もが経験するであろう「肉親との辛い別れ」を、小津はドラマではなく、観客の記憶に求めたのです。
この空ショット5カットで、不覚にも私は涙がこぼれそうになりました。
何もない風景だけのカットに涙腺をしてやられるとは。
以前「彼岸花」の記事でも書きましたが、ここでも小津の「あえて描かず、観客に委ねる」演出が効果を上げているのです。

(こんな風に書くと冷静すぎますが、実際はウルウルで。やっぱりだめですね。悪い時期に見ちゃいました(笑)。

とみの葬儀後、家族で交わされる会話も、笑顔が混じった実に明るいもの。志のに至っては形見の品定めまで始めます。それを淡々と見守る周吉。
先日、そっくりな風景をリアルに体験した私は、この場面に痛いほどのリアリズムを感じました。
こういう時、人は、近しい人が帰らぬ存在となった事実を実感できないのです。
心は悲しみに満ちていても、あえて明るく振舞ったりしてしまう。そうしないと自分を支えきれないんですね。
人間、いつも思った事をストレートに表現しているわけではない。口にした言葉の真の意味を観客に考えさせているんですね。こう考えると、小津の演出は一見、淡々としていて実は驚くほどの深みに達しているといっていいでしょう。

そして親の最期を看取っても、実際、生活は続いていくのです。ずっと悲しんでばかりはいられない。
志のを演じた杉村春子の絶妙の演技(周到にリアルさは抑えられていますが、嫌味にならない程度のコメディエンヌぶりが気持ちよく)も効果を上げていますが、人の死であってもそれは日常の一場面にしか過ぎない、そのリアリズムをも感銘を与えるのです。


その後尾道で交わされる、紀子と周吉の次女、京子(香川京子)の会話こそ、この作品のテーマでしょう。
葬儀後、形見の品定めを始める志のの態度を「親子ってそんなものじゃないと思う」と語る京子。
「子供って大きくなると、だんだんと親から離れていくものじゃないかしら。」
「誰だってみんな、自分の生活が大事になってくるのよ。」とやさしく話す紀子。
そんな風に京子を諭す紀子も、次の場面では涙を流します。


周吉は、いつまでも戦死した昌二の事を思っている紀子を気の毒に思い、再婚を勧めます。
そこで紀子は、「いつも昌二さんの事ばかり考えている訳じゃないんです。」と胸の内を語るのです。
人間、聖人のように一生を死者に殉じる事などできない。やはり思いは移り変わっていく。そんな自分を「ずるい」と語る紀子を「正直なええ人」とたたえる周吉は、とみの形見の時計を紀子に渡すのです。紀子の瞳に溢れる涙。
しかしここでも、原節子は両手で顔を覆い、実際には涙は見えません。
でも観客は、そこに大粒の涙を流す紀子の姿を見るのです。

人の死さえ日常として過ぎ去っていく。残された人は生きるため、その事だけに構っているわけにはいかない。
紀子の涙は、人間の無常に対する悲しみの涙だったのでしょうか。

今回、「東京物語」を再見してみて、小津作品の奥深さを再確認しました。
一言では言い表せませんが、「語らずして語る」名匠の見事な話術を見たような気がします。
「セリフの行間」「現れなかった場面」を、観客一人一人の記憶が補填していく事によって初めて完成する作品なんですね。
小津作品を「名作」たらしめる監督は、作品を鑑賞する我々観客なのです。

小津作品は、人生の年輪を重ねるほどさらに味わいを増す作品なのでしょう。珠玉のような作品群を「名作だ」と言える、いい年の重ね方をしたいものです。
そういう意味で私はまだまだヒヨッ子。頑張らなきゃ。

2006年11月15日 (水)

鏡の中の形見

今日の記事は、書くことを随分悩みました。
いつも楽しい記事をアップする事を心がける「ネヴュラ」にふさわしい内容ではないと思ったからです。
でも、ブログというものは、日々の思いを綴っていかなければ意味がないのも事実なので、あえてアップさせていただきます。

11月11日土曜日、母が他界しました。70歳でした。

以前より糖尿病を患っていた母は、追ってパーキンソン病なども併発、4年前に父親を亡くしてからは実家に一人暮らしをしていましたが、各々の病気の悪化により入退院を繰り返していました。去年3月、部屋で転倒した母は腰の骨を折り、その後はさらに病状も悪化。5月からは私の判断で老人保健施設に入所し、厚い介護体制の下、生活をはじめました。
同じような境遇のお仲間も出来、それなりに母も施設生活を楽しんでいたようでした。
しかしそれも長続きはしませんでした。今年の夏あたりから再び血糖値が安定しない症状が続き、施設の介護体制では治療は不可能という判断で、施設系列の病院へ入院したのです。

秋口。突然の脳内出血により体中に後遺症が残る事態に。医師のお話では大した事はないという事でしたが、結果的に呼吸器感染の合併症を誘発してしまいました。
肺に雑菌が入り、その高熱の為こん睡状態が続いた末の死去でした。
「この高熱が収まれば、あるいは施設へ戻れるかも」などと聞いていた為に、この突然の他界は少なからずショックで、告別式数日後もまだ実感が湧きません。

父も、ガンによりこん睡状態が続いた末の他界だったため、今回の母の最期を看取った時には、不謹慎なお話ですが不思議な既視感を憶えてしまいました。

母のなきがらをゆっくり見るまもなく、通夜、葬儀とあわただしく進む流れ。喪主である私はその忙しさにかまけて、母の思い出と遊ぶ時間さえ持てませんでした。次々とやってくる決定事項、連絡事項に我を忘れ、悲しみに浸る間もなく過ぎる時間。
告別式も終わり、放心状態となった昨日、今日。何をする気力もなく押し寄せる虚脱感の中で、今この記事を綴っています。

この年で父母二人とも亡くすというのも、私にとっては意外な事でした。
父を亡くして以来、母は一人で部屋にこもりがちであまり外出はしませんでした。体の不自由もありますが、それ以上に連れ合いを亡くした落胆が母をそうさせていたのでしょう。私も仕事を持つ身なので、いつも母に付き添う訳にはいきませんでした。
定時を持たず、日曜祭日も関係なく仕事に駆り出される私は、母からよく「あんたは何故日曜が休みじゃないの」となじられたものです。
今考えれば、もう少し一緒に居る時間を持ってあげれば良かったなと思います。
今となっては叶いませんが。

幼い頃から私が育った実家は団地で、母も施設入所まではその実家に住んでいました。
部屋は団地の一階でしたが、部屋にたどり着くには、三段だけ階段を上がる必要がありました。施設に入所した時、「いつかまた部屋に帰る事ができる」と希望を持っていた母も、パーキンソン病の進行により立っていることさえ困難になるにつれ、その「たった三段」の階段が、部屋までの道のりを遠くしている事を感じていたようでした。
私も、周りの部屋の方々も「がんばれ」「もう少し歩くだけ」なんて励ましてはいましたが、心のどこかに、主を無くしつつある部屋への思いを感じずにはいられませんでした。

その末期、病床で言葉少なくなっていく母を見舞うのが辛くなる日が続きました。「ネヴュラ」の更新が不規則になったのは、仕事の環境が変わった理由だけではなかったのです。
穏やかながら朗らかで、いつも周囲に柔らかな空気を放っていた母。脳内出血の後遺症でろれつが回らない口を少し動かしながら小声で話す事もやがてなくなり、私の姿を認めるとかすかに笑うのが精一杯となりました。
その微笑の中に、語りたかった全ての思いが託されていたのでしょう。その心中を察すると言葉に変えがたい思いが巡ります。
こんな時私は本当に弱いです。ただの弱い子供です。

最期の顔は本当に穏やかでした。眠るように逝ったようです。それだけがせめてもの救いでした。父が亡くなった時も、その最期は穏やかな顔でした。
向こうでは二人できっと仲良くやっていることでしょう。

告別式。焼香も終わり、喪主挨拶の時を迎えました。参列された近所の方々は、幼い頃から私がよく知る方々ばかり。私の一家を懇意にして下さった皆さんでした。父に続き母をも見送る場面を迎えたその時の私は、なぜか大変心が穏やかになっていました。
周りは知っている方々ばかりだったせいでしょう。通り一遍の挨拶では心が通じないと思ったのです。

これからお話する事は、その喪主挨拶でも少しお話した事です。
その時の、そして今でも私の中で大部分を占めている、母への思いです。

「男の子は女親に顔が似る」と言います。女性として生活していながら生物学上は男性の私も、その例に漏れず母親の面影を残しています。
老人保健施設で車椅子に座る母と押す私は、スタッフから「一目で親子と分かるね」「似てるというよりそっくりだね」などとよく言われました。
実際私も、朝メイクを終え髪を整え、ふと見る鏡に母の面影を見ます。男でありながら母の顔を持つというのは、母の生前にはちょっと複雑な気分でした。

しかし、母の最期を迎えた今、私には一生離れない「母の形見」が息づいている事を知りました。実家に残る、母の家財道具のどれよりも、誰よりも誇れる「形見」。
鏡を見ればいつでも母に会える。そんな気さえしているのです。

不思議なもので、母と比べられ、「そっくり」と言われると違う部分を探したくなるこの顔も、こんな機会を迎えるといとおしくなるものなんですね。これだけはどんな品物にも勝る、最高の形見なのです。この顔で生きていく限り、私の中には母が息づいている。
今の寂しい気持ちを紛らわす、儚い抵抗なのかもしれませんが。

父が眠る晩秋の墓地には、秋桜が一面に咲き乱れていました。花が好きだった母も喜んだ事でしょう。納骨を済ませ、母を父と会わせたその日の夕暮れは、親戚一堂の気持ちを表すかのように穏やかな空気に包まれていました。

今日はこんな、極めて私的なお話でごめんなさい。お仕事やプライベートの転機が次々と訪れ、ちょっと弱気になっているのかもしれません。いつも「ネヴュラ」を覗いて下さる皆さんにすがりたくなる気持ちもお察し下さい。
いずれ、いつものおバカな私に戻るまで、もう少し時間を下さいね。

2006年11月11日 (土)

東宝謹製ID4

ここ数日、お仕事の環境が変わった為、その進行も違うペースになっちゃって。
でも撮影や編集の機材、スタッフが変わっただけで、番組ってこんなにやり易くなるものかと驚いてもいます。
いやーテクノロジーの進歩は本当に日進月歩ですねー。

お仕事そのものは凄く楽に進んだのですが、ペースの関係でちょっと更新ができませんでした。ごめんなさい。
でも、こうしてお仕事が一段落すると、「ネヴュラ」の事が気になっちゃうあたり、私もつくづくおバカだなーと思ったりして(笑)。

さて、こんな風にお仕事が一つ片付くと、ちょっとストレスから解放されたくて見てしまう映画ってありませんか?
これまでも記事でいろいろ書いている通り、私はシチュエーション毎に同じ映画を繰り返し見る癖があります。「食事時は電送人間」とか(笑)。
考えてみると、こういう、お仕事が気持ちよく終わったときに見る映画も大体決まっていまして、私の場合それは「スカッとする映画」なんですね。それも壮絶な宇宙戦争物とか。
それも、変な理屈を振り回さない「ガチンコ勝負物」が精神衛生上良い様で。

要は「頭を使わない作品」を求めているんですよ。もともとおバカなので考えなくていい映画を脳が欲しているんでしょうね。

以前もこんなシチュエーションで「インデペンデンス・デイ」(1996年アメリカ ローランド・エメリッヒ監督。いわゆる「ID4」ですね。)なんかをよく見ました。
あれ、本当に頭を使いませんよね。もう「円盤が来た!」「武器が通じない!」「地球壊滅!」「反撃!」「勝利!」ってだけの映画で。いやー気持ちいい気持ちいい。
この作品についてはいろいろ言われていますが、頭の悪い私にとっては実にスカッとする映画なんです。スピルバーグの「宇宙戦争」より見やすい。

で、この「ID4」を見る度に思う事があります。作品内に流れる「イケイケ」の空気。潔ささえ感じる娯楽作への愛って言うんでしょうか。まったく同じ空気を感じる邦画を思い出すのです。
「これって、『宇宙大戦争』じゃん!」

Photo_332 「宇宙大戦争」(1959年東宝 本多猪四郎監督)。「ネヴュラ」でも何度かお話している、東宝特撮映画の名作です。(これは言い切ってしまいますよ。オタクイーンの太鼓判です。何の権威もありませんが(笑)。
実は昨夜も、この作品に手が伸びました。

この作品、東宝が円谷英二特技監督という逸材を擁し、特撮映画の可能性を模索していた1950年代に作られた超大作で、この2年前に公開された「地球防衛軍」の姉妹編とも言うべき位置づけとされていますね。

「超科学戦争物」とでも言うべきこの2本の作品は、当時の少年雑誌の口絵から抜け出してきたような空想兵器が画面狭しと乱舞する、夢と爽快さに溢れた作品でした。特に「地球防衛軍」は、登場する兵器のデザインを有名なSF画家、小松崎茂先生が手掛けていた事もあって、そのまま「動く口絵」的な魅力に溢れた作品。
バトルにつぐバトルという展開も飽きさせないものでしたね。

で、「宇宙大戦争」なんですが、これは「地球防衛軍」に比べると、SF作品としてはちょっと空想力が弱い作品なんです。二作品のテイストの差はそのタイトルが実に端的に表しています。

「地球防衛軍」は、突然地球に来襲した「怪遊星人」ミステリアンを「迎え撃つ」地球防衛軍の戦いを描いた作品。要は戦闘の舞台は地球上なんですよ。
侵略者ミステリアンの性格も描かれ、「知的生物同士の戦闘」という図式がはっきりしていました。
ミステリアンが操る地中掘削ロボット「モゲラ」や、地球側の兵器「マーカライト・ファープ」など、空想科学兵器も大活躍しましたよね。私も大好きな作品です。
でも、私の好みから言うと「地球防衛軍」は「宇宙大戦争」に一歩譲る感があります。

Photo_333 「宇宙大戦争」は、そのタイトルの通り、戦いは地球だけでなく宇宙空間にまでその舞台を広げます。月の裏側に前線基地を設け、地球を植民地化するべく攻撃を開始する遊星人ナタール。地球の科学力を凌駕する彼らの力は既に作品オープニングで明らかになります。僅か数機の円盤の攻撃で、地球上空の宇宙ステーションは宇宙の塵と化すのです!
さらに特殊兵器「冷却線」で地球に大きな被害を与えるナタール。さらには地球人を洗脳し、侵略の尖兵として操るのです。
ここで怖いのは、ナタールが作品後半までまったく姿を現さない事。

「地球防衛軍」では、怪遊星人(この言葉が大好きで)ミステリアンは、地球人と明確に意思の疎通ができました。しかし「宇宙大戦争」のナタールは、地球人の意思などまったく関係なく、ただ侵略するだけの目的でやってくるのです。
前線基地が「月」という事、敵の目的が「ノーピース・ダーイ」である事など、このあたり実に「ID4」に通じる部分がありますよねー。
どうも私は、「侵略宇宙人は地球人と意志の疎通をしない」という部分が好きなようなんです。
「そもそも次元が違うでしょう」という感覚なんですよね。

月の裏側にナタールの前線基地があるらしい事を掴んだ地球側は国際会議を開き、宇宙船スピップ号で月への強行着陸を決定します。
こういう「人類一丸」的な描写は、映画全盛期の作品ならではのスケール感ですねー。会議場に並ぶ各国代表の人数も尋常ではありません。こういう「画面の贅沢感」が作品の厚みを生み出しているんでしょうね。
さて、この作品が制作された1959年は、当然の事ながらアポロ11号の月着陸よりも前。月面の表面の様子はまったく分かっていなかったんですが、円谷英二以下特撮スタッフは宇宙船着陸の様子から月の表面の様子などを実にリアルに描写しています。後に円谷氏が実際の月からの映像を見た時に「やった事は間違ってなかった」と語ったことは有名なお話です。
この着陸シーンは私も感動しましたね。あれがアポロ前とは思えません。流線型のロケットが反転しながらゆっくりと月に吸い込まれていく様子は「これこそ円谷マジック」と思わせるものがありました。

ナタールの「冷却線」に対抗して開発された「熱戦砲」を携え、月面探検車でナタール基地に挑む地球軍。わずか2台、「アルマゲドン」的な強行作戦です。この探検車のデザインや光沢感が、1960年代に子供時代を過ごした私にはたまらないんですよ(笑)。
ああいうのを「いつか見た未来」的な感覚と言うんでしょうね。私の子供時代にはああいうデザインのプラモデルが山のように売っていました。子供時代の、未来への憧れを凝縮したようなこの探検車を見るだけでも、この作品の価値は充分にあると(笑)。

ちょっと脱線しましたね(汗)。月面基地でナタール基地を攻撃した地球軍は初めてナタール人と遭遇します。その姿は・・・未見の方の為に伏せておきましょうか。ここも「ID4」的にミステリアスな展開で。いいんですよこの「人間とは異質」な感覚が。

さあ、蜂の巣をつついた格好の地球軍は、いよいよナタールとの全面戦争に突入します。
「ネヴュラ」でも何度か紹介していますが、実は私はこの宇宙戦闘シーン、かなりのお気に入りなんですよ。「宇宙大戦争」にあの戦闘シーンが無かったら、私はおそらく「地球防衛軍」に軍配を上げていたでしょう。

月面基地を叩いたおかげで、ナタールの地球襲撃までには若干のタイムラグが生じました。その時間を使い、地球軍は「試作中の小型宇宙偵察ロケット」を急遽戦闘ロケットに改造、大気圏外でナタールを迎撃する作戦に出ます。
凄いですよね。ナタールの基地建て直しと地球軍の戦闘ロケット建造の競争という。
このロケットに人類の未来がかかっているわけです。

いよいよXデー。ナタールの襲来です。「あのロケットに人間を乗せることになるとは思いませんでした。」「人類の平和の為にはこれもやむを得ないでしょう。」科学陣によって交わされるこうした会話、戦闘ロケットパイロットの男性に向ける、恋人らしき女性オペレーターの悲しげな目が、命を賭けた戦いである事を物語ります。
偵察部隊の報告を受け、満を持して防衛司令官が放つ「第二次戦闘集団、直ちに発進!」の声を皮切りに始まる、ナタールの円盤と地球軍戦闘ロケット隊の宇宙戦!
これを見ずに「スター・ウォーズは凄い」とか「ID4のドッグファイトこそベスト」と言われる方、一度ご覧になって下さい。
未見の方はおそらく「このシーン、スター・ウォーズともID4とも違う」という印象を持たれると思うからです。
でも「違うけど凄い」と思う筈。

私もあんな戦闘シーン、他の映画で見た事ありません。これ、本当なんですよ。
まさに「動くSFイラスト」の世界です。まさにこの時代でしか成しえなかったセンスと、円谷英二特技監督の卓越した技術が結実したシーンでしょう。

私の中の東宝特撮ベストシーンに、永久にランクインする名場面です。伊福部昭の戦闘マーチがこれ程画面にあった例も珍しい。「宇宙空間にマーチが流れているような感覚」さえ与えられます。このシーンを見るだけでも、「宇宙大戦争」を鑑賞する価値は充分にあると思いますよ。
ちょっと褒めすぎでしょうか。でもこのシーンも「未見の方は幸せ」と言いたいですね。
この後、まだまだ見せ場は続くんですが、これは言わないでおきましょう。エンディングも本多監督らしい、すばらしいものです。

Photo_334 いつも思うんですよ。「宇宙大戦争」を見てから「ID4」を見ると、「エメリッヒ、『ゴジラ』をリメイクする前に宇宙大戦争をリメイクしてるじゃん」なんて。
でも地球軍の戦闘機は日本の勝ちですね。「ID4」のF-18は宇宙を飛べませんから。
(子供のケンカかって(爆笑)

2006年11月 8日 (水)

交響曲第獣番「咆哮」

ちょっとビックリ。
局での打ち合わせの為にミニバイクを停めた、都心の街角。

「ドーン」という音に伏せていた顔を上げると、目の前には大きく凹んだ車が。
走る車に後続の車が追突したのでした。

幸い、どちらの車のドライバーも怪我はなかったようでまあ一安心。私も気をつけないと。なんて思いましたが。

でもああいう事故って、伏せていた顔を上げるきっかけは「音」なんですね。大きな音。
打ち合わせも終わりそんな事を考えていると、今度は信号の所でヘリコプターのローター風の音が。振り返ればそこには、強い風に震える道路標識が。
「風が強いと標識もこんな音で震えるんだねー。うー寒い。」

街中で大きな音や変わった音がするとハッとしませんか?
小心者の私などは、そんな音に対して怪獣や超常現象への想像を逞しくするんですが。


古今、日本で作られた怪獣は、そのオリジナリティーあふれるデザインに加え、それぞれ独特の「咆哮音」を持っています。
いわゆる「鳴き声」という物ですね。

鳴き声を聞くだけで怪獣の名前が分かってしまう。かつて、大怪獣の咆哮にはそれだけの大きな個性がありました。ちょっと考えただけでも思い出される怪獣、宇宙人の鳴き声は数知れず。マネをした方も多いんじゃないですか?

Photo_326 ゴジラの咆哮音が、作曲家伊福部昭の手によるものという事はよく知られています。
初作「ゴジラ」が制作された1954年当時。「怪獣」という概念を作り出すことに全てが手探り状態の中では、ゴジラのデザインに加え、その咆哮音も、誰にも聞いた事が無いものでした。「身長50メートルの、突然変異した恐竜の鳴き声」をどう表現するのか。円谷英二特技監督以下スタッフも大いに悩んだ事でしょう。
どういう経緯で伊福部氏に咆哮音の依頼がなされたのかは今では知る由もありませんが、あの独特の咆哮音が日本有数の作曲家によって作られたというのは非常に面白いですよね。

後年放送された特集番組などで語られた「ゴジラの鳴き声」作曲のヒントは、どうやら偶然の産物だったようですね。
当時怪獣の鳴き声など初めての依頼だったであろう伊福部氏は、いろいろな楽器を駆使してあの体躯から放たれる音を表現しようと苦心されたそうですが、たまたま楽器のコントラバスの弦がこすれる音を聞きつけ、そこにゴジラの鳴き声のヒントを見つけた、というお話。
怪獣の鳴き声を作曲家に発注するスタッフもスタッフですが、その依頼にあれだけの創造力で応えた伊福部氏も見事です。

結局ゴジラの鳴き声はコントラバスの音を処理して作られたわけですが、今ゴジラの鳴き声と言えばあの声しか想像できないですもんね。例のテーマ曲とともに、ゴジラの鳴き声も現代まで伝えられる「名曲」と言えましょう。
その鳴き声は作品毎に若干のマイナーチェンジがされているようですが、一度聞いたら忘れられないあの咆哮はどのゴジラも同じ。「この作品のゴジラは声が全然違うねー」なんて事はありませんよね。基本は常に守られている訳です。

和製怪獣のオリジナリティー、バラエティーの豊富さは世界でも類を見ないものですが、鳴き声に於いてもその個性は際立っています。
Photo_327 ゴジラを別格として私が大好きな「美声」と言えば、なんといっても「フランケンシュタイン対地底怪獣」(1965年東宝 本多猪四郎監督)に登場したバラゴンですねー。
あの「これはどの動物とも違う、怪獣以外には考えられない鳴き声だっ!」と思わせる、大迫力の独特の重低音。鳴き始めの唸るような音と、最後のちょっとした余韻がいいんですよ。「渋い声」って言うんでしょうか。
やっぱり女は渋さに弱い(笑)。

この声は後に、私の最もお気に入りの怪獣、「ウルトラマン」のネロンガにも流用されていますね。バラゴンの着ぐるみは「ウルトラQ」のパゴスを経てネロンガに流用されていますから、やはりあの体躯を持つ怪獣にはあの声が合うんでしょうね。

Photo_328 で、これは意見も分かれる所ですが、「宇宙怪獣」という肩書きをデザインとともに声で表現したキングギドラも、独特の咆哮(って言うんでしょうか)を持っていましたね。
「三大怪獣地球最大の決戦」(1964年東宝 本多猪四郎監督)で鮮烈なデビューを飾ったキングギドラは、電子音を基にした鳴き声でゴジラとの差別化を計っていました。ギドラって、空を飛ぶときにもちょっと変わった音を放っていましたね。
恐竜と言うモチーフを全く持たないギドラは、それこそクリエイターのイマジネーションの結晶と言えるでしょう。

空中からあの飛行音が聞こえたら、もう恐怖の半重力光線を覚悟しなけりゃいけない訳です。もう助からない(笑)。

Photo_329 東宝怪獣と言えば次は当然、大映怪獣。ゴジラと並ぶ和製怪獣の代表、ガメラも、甲高い独特の咆哮音で私を強く魅了しました。
ガメラシリーズを担当した湯浅憲明監督は、ガメラ映画に関する特番でガメラの鳴き声についてこんな趣旨のお話をしています。
「ガメラの声は、撮影、編集された映像をスクリーンに映しながら、口の動きや場面のイメージに合わせて、鉄板をガリガリ引っかいて作っていた。ガメラの声が場面毎に若干の表情があるのはその為。」
なるほど。ガメラの声は「演奏」されていたんですね。


人知を超えた存在感を与えるゴジラに対し、ガメラには内に流れる感情を感じます。その秘密は「鳴き声」にもあった訳です。敵怪獣に初戦で敗北する事の多かったガメラですが、その時の辛そうな声、逆転勝利の雄叫びには、確かに明確な意思が感じられました。
ガメラ頑張れ!と応援したくなるのは、その声に感情移入できるせいなのかもしれません。

Photo_330 ガメラに対し、これも独特の鳴き声で名勝負を演じたのが、「大怪獣空中戦ガメラ対ギャオス」(1967年 湯浅憲明監督)に登場したご存知、ギャオス。
大映怪獣は、東宝怪獣とはあきらかに違う脈流を持った存在感が魅力ですが、ギャオスも本当に「あの怪獣だけ」といった鳴き声を持っていましたね。ギャオスの場合、首の音叉状の骨を震わせて放つ「超音波メス」という武器があるだけに、その鳴き声も特別な意味を持っているような気がします。
「声がそのまま武器になる」的な。


それにしてもあの声、どう表現すればいいんでしょうね(笑)。あのシャープなデザインと絶妙のマッチングを見せているようで、微妙な違和感も魅力的であり・・・
不思議な鳴き声です。まあそれにしたって、「怪獣の鳴き声といえば『ギャオー』という共通認識を植えつけた功績は大きい。
英一少年の功績も大きいですが(笑)。

やっぱり鳴き声、咆哮音は、怪獣にとって大きな個性ですね。でも考えてみれば、もともと怪獣の鳴き声のルーツを辿ればそれは1954年のゴジラに於ける「映画音楽的発想」なんですよ。日本の怪獣の鳴き声は「曲」なんです。
デザインの独自性もありますが、こんな所も海外の怪獣にない部分として惹かれますねー。

たまに考えるんですが、もし本当に怪獣が存在したなら、その鳴き声って映画館で聞くぐらい大きい音量ですよね。自宅のテレビで聞くから普通に聞こえるだけで、映画館であの鳴き声を聞けばやっぱりその迫力は相当のもの。
例えば怪獣の咆哮音だけのコンサート、なんて妄想しちゃったりして。
最高の音響空間で開催される、「交響曲第獣番『咆哮』。ゴジラの鳴き声に始まって、和製怪獣の有名どころを一気に。指揮者はもちろん、故・伊福部昭先生で。
やっぱり怪獣の声は大音響で聞かなきゃ。

Photo_331 曲のエンド。ウルトラマンの「シュワッキ」の後の飛行音が流れた後で拍手する観客席の私の周りには、佐原健二さん、桜井浩子さんをはじめとする怪獣映画の常連キャストが。

もう、あまりの感動に「泣き」が入りそう(笑)。

2006年11月 6日 (月)

「好きなんや」と「好きやねや」

先日、友人の劇団が公演を行った事は「ネヴュラ」でもお話しました。
私がおバカなオタク気質である事は皆さんもご存知の通り。
先日の舞台が心に残っていた私は、演目だった「時の物置」の台本(演劇の場合は「戯曲」ですね)を読んでみようと思い立ったのでした。
こういう姑息なアプローチは昔から変わらないですねー(笑)。

出来上がった作品、今回の場合は上演された舞台ですが、それを鑑賞した後で設計図となる台本を読んでみる、という事はよく行います。
映像作品であれは、撮影現場で変更になったセリフや編集でカットされたシーンなどがうかがえて、作品の原型を想像できる楽しさがあるのです。
舞台作品であっても、ト書きの表現やセリフの意味を演出家、出演者がどう解釈したかなど、作品世界をより深く知る手がかりとなるようで。

まあおバカな私には、舞台の進行を思い出す「脳内ビデオ」としても大いに機能している訳ですが(笑)。

「時の物置」は永井愛さんという方の作品。無知な私はあまり存じ上げないのですが、演劇界では有名な戯曲作家さんだそうで。こんな事も知らずに読もうっていうんだから失礼極まりないですよね。
ごめんなさい(汗)。
これは今回の作品の場合、実に面白い体験となりました。というのはこの戯曲、セリフもト書きも非常に簡潔に表現されているので、演出、役者の裁量がかなり発揮されるものなのです。
制作陣によってその出来上がりがまったく変わってしまう。

これは、既存の戯曲を使用する舞台作品特有の事ですよね。映像作品の場合、同じ作品をリメイクしても脚本はその都度オリジナルになる事がほとんどなので、セリフの一言一句までまったく同じ作品と言うのは数少ない例外を除いてありません。
舞台の場合にはそれがありうる訳です。

「ネヴュラ」風に言えば、『七人の侍』をあの台本のまま、ジョージ・ルーカスが作り直すようなものですよね。(うーん観たい)
しかも舞台作品の場合には、その上演日程が別の場所、別の劇団によって同時多発的に重なる場合がある。
これも映像作品ではありえない事です。

考えてみれば、そういう舞台作品ならではの特徴が、個々の劇団の個性をより際立たせていると言えますね。
「時の物置」で言えば、先日の舞台が作品に触れた初めての機会でした。
ですからその演出、出演者の演技が「物差し」になっている訳で、そんな物差しを持って戯曲を読むと、その筆致から受けるイメージが、かなり完成作品と違う事に気づかされるのです。

これは劇団の個性にもよる事なのでまったく完成作品の出来とは関係ないのですが、「この戯曲のイメージだとあの役の雰囲気はこう、あそこのリズムはこう」なんて遊びができちゃう訳です。私の中で「もう一つの『時の物置』が上演されちゃうんですね。これはここしばらくこんな夢想をしていなかった私にはすごく面白かった。
おバカな遊びですが。

舞台は総合芸術ですから、演出、出演者から舞台装置、大道具小道具、スタッフの一人に至るまで全ての要素が一体となって作り出されるものです。
例えば出演者の演技が絶品であっても、ロビーで接客するスタッフの態度ひとつで観客のイメージが変わってしまう。
ライブですから当日の出演者の体調、精神状態まで出来に関係してくる訳です。

そんな条件下で創造される「演劇」という作品は、いろいろな要素が複雑に絡み合って出来上がるものなのでしょうね。
だから同じ戯曲を設計図にしても、劇団や演出家、出演者によってテイストが変わるのは当たり前。そこが舞台鑑賞の面白い所で。それはやはり元となる戯曲の「読み取り方」によるものだと思う訳です。

番組制作の折に台本の真似事などを書いている私にとっては、この「戯曲の読み取り方」が非常に興味の湧く所。私が演出家や出演者にその辺を聞いてみたくなるのは、そんな欲求によるものなのかもしれません。「なるほどねー」と感心したいんでしょうね。
昔、山崎努さんからの手紙に「念仏の鉄」の役作りについて書いてあった時なんかは・・・(以下自粛)。

さて(笑)。舞台と違い、映像作品では映画やドラマなどでも、撮影現場で台本が変わる事が数多くあります。
脚本家はそのドラマの状況をある程度想定して書きますが、どうにもならない現場の状況や、出演者が醸し出す「空気」などにより、より作品を充実させる為に「改訂」していく訳です。

これは脚本家と演出家との相性が関係してくるのではないでしょうか。よく演出家が「こんなホンじゃ撮る気にならない」なんて脚本家とケンカした、なんてエピソードがありますよね。黒澤明と橋本忍のような「真剣勝負」的な関係がそうです。実はこんな関係の方がいい作品が生まれやすいような気がします。
ギリギリのせめぎ合いの中で、お互いの気心を知る事ができるからです。

例えば台本に「雲ひとつない青空」とあったとします。でも撮影当日は曇り。スケジュールはこれ以上押せない。タレントも後が詰まっている。こんな時演出家はどうするか。
ここで先ほどの「脚本の読み取り」が出てくる訳ですね。
この脚本では、「青空」は作品のテーマと関係してくるか。脚本家はどれ程の思い入れで「青空」を設定しているのか。今後のストーリーにこの「青空」は関係してくるのか・・・
演出家の頭の中ではこういう考えが目まぐるしく動いている。いつまでもスタッフ・キャストを待たせられない。ここで脚本家とのコミュニケーションが図れていれば、「青空」に込められた真意が読み取れる訳です。

以前「男女7人夏物語」の脚本を読んだ事がありました。
TBS系で放送され、大ヒットした恋愛テレビドラマです。鎌田敏夫の脚本に素晴らしさを感じた私は、当時立風書房から刊行されていたシナリオ集を買い求めたのです。
これを読み終えた時にも、非常に面白い感覚にとらわれました。
今日「時の物置」の戯曲を読んだ時と同じような感覚だったのです。
実は「男女7人夏物語」の脚本は実にあっさりした語り口なんですよ。あの狂おしい程のドラマのうねりは、この台本からは読み取れない。これはいったいどういう事なのでしょうか。

テレビドラマの脚本は基本的に表に出るものではありません。ある種「番組の制作工程の一部」となるそれは、あくまでスタッフ間の共通認識の下で動くものなのです。
ですから小説のように、一般の人がその脚本に込められた真意を理解するのは本来難しい事なのです。ここでは脚本家と演出家は互角の関係。
脚本を書くのもプロなら読み取るのもプロなんですよね。
「完成した作品を撮る」ではなく「一緒に作っていく」と言うか。

おそらくこのドラマを演出したディレクター、生野慈朗・清弘誠のお二人は、鎌田氏とのコミュニケーションを充分にとった上で撮影に入ったのでしょう。いくつか散見される脚本と完成作品との差異が、それを物語っています。

セリフの「てにおは」から舞台設定など大きな所まで、結構自由に変更できるのが映像作品ですが(それが仇になる事もありますが)重要なセリフなどは変えないのが普通。
そんな中で私がちょっと驚いたのは、第7話「嵐の夜」のクライマックスシーン。明石家さんま演じる主人公・良介が、相手の桃子役・大竹しのぶに嵐の中、初めて自分の思いを打ち明ける重要なシーンです。

完成作品ではあそこの良介のセリフは、
「俺は、お前が好きやねや!」なんですが、
脚本では「俺は、お前が好きなんや!」になっているんですね。


「好きなんや」と「好きやねや」。

私はこの二つのセリフに、微妙な感情の違いを感じました。
あの夏の嵐に晒されて、感情を爆発させる良介のセリフとしては「好きやねや」の方が強さを感じる。心の叫びっぽい荒削りな思いを受けるんですね。「好きなんや」も良いんですが「やねや」の部分が「なんや」に勝っているような気がします。

これはおそらく、撮影現場で演出家が即興で決めた事でしょう。さんまの助言もあったのかもしれません。
たとえ大作家・鎌田敏夫が書いた脚本でも、こんな風に撮影現場でどんどん変わる事があるんですね。

舞台と映像。二つのジャンルの特性や原作者・演出家の関係によって、戯曲、脚本の置かれる位置も違うんでしょうね。
「戯曲」という変更ゼロの原作から行間を深く読み取って、独自の世界を築く舞台作品。
(既存の戯曲ではなく、オリジナルで臨む場合もありますから一概には言えませんが)
「脚本」という変更可能な原作を自由に改訂し、作品を結実させる映像作品。
どちらにも独自の魅力があります。いやーまだまだ勉強。


でも、どちらにも言える事ですが、あっさりした戯曲や脚本ほど書くのに実力が必要なんですよね。
私なんか、カット割りまで想定して書くから細かくなりすぎちゃって・・・
不安になるんですよ書いておかないと。
もー本当に俗人で(笑)。

2006年11月 5日 (日)

「必殺」の二文字が持つ意味

「まず予習だよね。」
昨夜9時から放送された「土曜プレミアム・仕掛人藤枝梅安」。
必殺好きな私。昨日はそんな気合で、昼間から「闇の狩人」(1979年俳優座=松竹 五社英雄監督)、「必殺仕掛人」第一話「仕掛けて仕損じなし」(1972年9月2日放送 深作欣二監督)なんかを見ちゃったりして。マニアのいやらしさが出ちゃってお恥ずかしい限りです。「準備万端・お手並み拝見」的な。まあ児戯にも等しいお遊びなのでご勘弁を(笑)。

さて、そんな気合で見た最新作、梅安は、やはりビデオ映像ならではの質感と、主演の岸谷五朗が醸し出す独特の世界観が新鮮で、2時間という長尺を飽きさせないものでした。

ご存知の通り、「仕掛人・藤枝梅安」は、1972年から放送が開始された「必殺シリーズ」の第一弾にして唯一の原作物。その設定やテイストにかなりの違いがあるものの、「お金を受け取り人を殺める」者達の生き様を描いたドラマの原点と言えるお話です。
主人公、藤枝梅安は、江戸品川台町で鍼治療を営む医者。しかし夜のとばりが降りると江戸の闇を駆け抜け、世の為にならない悪人を始末する「仕掛人」となります。
時代劇作家、池波正太郎が作り出したこの魅力的な人物は、その後形を変えながら闇に生きる数々の仕事師たちのモデルとなったのは言うまでもないでしょう。

やはり原作物という事で、時代劇の一キャラクターに名を連ねる仕掛人梅安。これまで番組化される毎に、色々な俳優が梅安を演じてきました。ファンとしてはこの魅力的なキャラクターを今回どんな俳優が演じるのか、という部分に最も興味が湧くもので。加えて梅安を取り巻く人物達が醸し出す雰囲気にも注意が注がれるのです。

今回の作品では、梅安役の岸谷五朗を始め、仲間の仕掛人・彦次郎役に小日向文世、小杉十五郎役に原田龍二。元締め役・音羽屋半右衛門役に藤田まこと。
この布陣は私の目には、大変手堅くまとまったものと見えました。奇をてらわない直球勝負ですね。

元来「仕掛人」という作品は主人公達の人間模様が物語の面白さに繋がっているので、演者にはかなりの演技力が求められるものなのです。ある意味「引き出しの数を試される物語」と言ってもいいでしょう。

人間臭さ爆発の、個性溢れるキャラクターが織り成すドラマのうねりの中で主役を張る岸谷梅安は、実に今回の番組のテイストを象徴していたと思います。
ドラマの空気も原作の雰囲気を生かした、しっとりとしたものでした。こういう空気を再現することはおそらく企画の段階で決められた事なのでしょう。エピソードの中身に関しては原作のいくつかが組み合わされたようですが、完成作品には池波世界が見事に再現されていたのではないでしょうか。

この「仕掛人」、原作に触れる機会も数回ありました。講談社文庫で発売された小説はもとより、池波氏の対談なども楽しませてもらったクチです。特に対談は、仕掛人が生きた時代の背景を実に趣深く感じることができました。
こんな風に時代小説に触れる機会など、オタクの私には珍しい事で(笑)。

やはりこれは、72年の「必殺」仕掛人の影響というものでしょう。今では考えられないことですが、1980年代の「仕事人」ブームの頃まで、世に出た必殺シリーズ関連の文献、研究書のたぐいなどは皆無に等しいものだったのです。必殺シリーズに心酔するマニアはそれこそ藁をもつかむ思いで池波作品に飛びついたものでした。原作の持つ、芳醇な作品世界に触れられたのもそんな経緯があったからこそ。

で、その時私は、多くのマニアが感じたものと同じ感触を原作に持ちました。
「テレビの梅安と違うじゃん!」
朝日放送版「必殺仕掛人」は、この原作とはまったく違うテイスト、内容なのです。
キャラクターだけ借りた「別物」と言ってもいいでしょう。
いや、キャラクターの性格付けさえ違う。


昨日放送された作品が原作に極めて近いテイストを持つものだっただけに、その直前「必殺」仕掛人を「予習」してしまった私は、十数年前感じたあの違和感を思い出したのでした。
主人公梅安は両方とも同じ鍼医者、殺しの手口も同じ、周りのキャラクターもほぼ同じ布陣。(これは異論もおありでしょうが。「必殺」版は原作「殺しの掟」とのキャラクターコラボが行われているので。まあ、人物の位置関係がほぼ同じと解釈していただければ)

もっと大きく言ってしまうと、どうやらこれは原作を映像化した全ての梅安と、必殺版の梅安の違いのようなのです。

昨日の「仕掛人藤枝梅安」に登場する主人公、「岸谷梅安」には、医者ならではの風格、分別が表現されていました。
「仕掛ける」という、人を殺める行為の受け取り方も常人に近かったような気がするのです。

仕掛けを行った日は家に帰りたくないとか、惚れた女と床を共にしたくないとか。血の香りを嗅いだ人間の弱さと言うかやるせなさが感じられるんですね。こういう部分は原作のエッセンスを実に忠実に抽出していると思います。
「悪人とはいえ、見も知らぬ人物を手にかける」という罪の重さも感じている。

人間ならではの矛盾も感じています。梅安は貧しい患者からは治療費を受け取りませんが、「その分仕掛けで稼いでいる」と静かに語ります。
元締め・音羽屋は「悪人を始末したお金で人助け」などと持ち上げますが、梅安はそんな事を感じてはいません。
人を助ける手で人を殺める。そんな自分の矛盾を百も承知でいながらこの世界から抜けられない。
そんな人間の心の葛藤が表現されているんですよ。

これは原作を映像化するという制作側の体制からくるものなので、その目論見は成功したと言っていいと思います。

そんな人間味溢れる原作版「岸谷梅安」に比べ、「必殺仕掛人」で緒方拳が演じた梅安はまったく違うキャラクターでした。
当時の緒方の年齢が原作の設定より若かった事もあるでしょうが、とにかくエネルギッシュ。
「悪い奴は殺っちまえばいいんだ」と言わんばかりの迫力で、アクションにつぐアクションを展開します。
一話完結ながら長期間のシリーズを引っ張っていくための措置だったのでしょう。
前述の治療とお金を巡るセリフにも、「緒方梅安」ならではの理屈が感じられる部分があります。
第一話「仕掛けて仕損じなし」で語られたセリフです。
「仕掛人稼業で稼ぐから、こうやって凝った身なりして何不自由なくうまい物も食えるんだ。だから銭金に構わず貧乏人の病を治す気にもなるんだ。」
微妙な違いですがお分かりでしょうか。「原作版」岸谷梅安と違い、「必殺版」緒方梅安は、お金が入らなければ自分が悪人側に回る事もいとわないような危なさがあるのです。

言ってみれば「無頼性」があるんですね。「危険な男」という側面が感じられます。
この原作からのキャラクター変更は緒方拳自身が行った事だそうで。後年緒方はあるインタビューで梅安の役作りについてこんな趣旨の事を語っています。
「人を治した手で人を殺す。そんな矛盾も人の心の一つよ。そんな風に考えて演じました。」
緒方梅安は悩んでいないのです。ふっきれている。
「悩む梅安」も魅力がありますが、私はこの「正毒併せ持つ男」に、さらなる深みを感じるんですね。

ひょっとして緒方梅安は、ある部分で仕掛けの仕事に中毒的な快感を感じているのかもしれませんね。劇中ではそれほど明らかにされていませんでしたが、梅安が見た世界はおそらく「人間が見てはいけない世界」。お金で人を殺める人物が徐々に倫理を蝕まれ、やがて到達してしまう恐ろしい境地なのかもしれません。

緒方梅安だけが持つ「必殺」の二文字は、原作版の梅安がその入り口で躊躇していた修羅の道を象徴していたのではないでしょうか。
後期の必殺シリーズはヒーロー性を全面に出した痛快時代劇と化していましたが、第一作「必殺仕掛人」を始めとする初期必殺には、こういった「悪を承知した男」の崩壊劇的な要素が随所に感じられたのです。


的となる相手を「必ず殺す」事を課せられた仕事師たちは、眼前で事切れる悪人に自分の末路を見ていたのでは。
「必殺」の二文字は自分にも向けられていたと。
「いずれ私も地獄道。」職業として仕掛人を選んだ原作版に比べ、必殺版は「どんなに気取っていても同じ穴のムジナ」的な無頼感がたまらない魅力を持つのです。


ただ、これは好みの分かれる所。
私はやはり、緒方梅安の信奉者です。
女って、危険な香りを持つ男に魅力を感じるものなので(艶)。

2006年11月 3日 (金)

眼前の「45年前」

会場受付で忙しそうに働く彼は、私の姿を認めると軽く微笑んでくれました。
昨日、今日の二日間は、幼馴染の彼が所属する劇団の公演日。以前にも「ネヴュラ」でお話した社会人劇団の皆さんが、稽古の成果を発表する日です。

私も以前、この劇団とかかわりがあった事はお話しました。今また公演に顔を出すのも思えば不思議な縁ですね。
体の故障が心配された幼馴染の彼の元気な姿を見られただけでも、私にとっては嬉しかったのですが、その故障が原因で今回舞台に立てない彼の心中を察すると、喜んでばかりもいられません。挨拶もそこそこに客席に入り、最前列に陣取った私。

今回の演目は「時の物置」。昭和36年の東京を舞台に、ある一家で起こる悲喜劇を描いた作品です。
内容は笑いあり涙あり歌あり踊りありガチョーンあり(笑)。肩に力を入れずに見られるものでした。事実、上演時間は中休憩を入れて約2時間50分という長尺なんですが、時間を感じさせない心地よいストーリーはキャスト・スタッフの努力の賜物と言えましょう。

昭和36年が舞台の作品と言うと、観る方は先に「時代背景や風俗を予習しておかないと」なんて身構えてしまいがちですが、この作品に漂う空気は、そこまで当時の空気をバーチャルに感じさせません。
舞台と言う事情もあるでしょうが、セットの家具、調度品などが控えめに時代を主張する程度で、展開するお話はさほど現代と違和感の無いものでした。おそらく演出側でそのさじ加減は調整されたものと感じます。

テレビや電気洗濯機、電気掃除機などが家庭に普及し始めた時代を背景としている為か、そうした電化製品がらみのエピソードは散見されますが、それらの現物が舞台上にほとんど登場しない(色々事情もあったのでしょうが)のも、それ自体が主役ではない事を思わせました。(集めた大道具、小道具の充実度は抜群でした。ただ演出上の効果として)

そんな中で唯一感じるのは、主人公宅の三世代4人に加え、謎の下宿人や親戚筋、隣近所のおなじみさんが入れ替わり立ち代り出入りする賑やかな環境が映し出す「昭和」への憧憬。
これは舞台ではさほど違和感なく観られますが、現代の家庭環境ではありえない事ですね。向こう三軒の主婦仲間が自由に家に出入り出来るというのは。昭和の人間である私には、こういう場面には不思議な懐かしさを憶えます。

そんな一家に起きる様々な事件も、特に人の運命に関わる程の一大事はありません。劇中に勃発する自殺騒ぎの一幕も、「若気の至り」程度の軽いもので。安心して観られるのはそういう部分なのかもしれませんね。
で、ここからが今回思った事なんですが、こういうストーリー展開を持つ舞台の場合、演出側、出演者側の双方には「キメの細かい感情の表現」が要求されると思うんですね。
特にトリッキーな演出やエキセントリックなキャラクターが存在しない世界観では、出演者の眉の動き、セリフの語尾の震え、指先の操り方にまで観客の注意が注がれる訳です。
そんな中、今回の演出、出演陣は、この戯曲の要求にかなり答えたと思うのです。

実は私は、数回観たこの劇団の公演の中で、今回が一番楽しめました。
丁寧で素直な演出、安定した演技、物語のリズムまでもが非常に心地よく訴えかけてきたのです。

観終わった時思った事があります。
「ひょっとしてこういうストーリーが、この劇団のカラーを一番引き立てるのでは。」
(関係者の方、おバカな私の感想なのであまり気にしないで下さいね)

映画においても、映画会社や脚本家、監督や俳優などそれぞれが独自のカラー「個性」を持っています。彼らのカラーと関わる作品が見事に合った時、その作品が世間の共感を得、名作と呼ばれることは「ネヴュラ」読者ならとっくにご存知ですよね。
今回の舞台はまさにそれ。全てのパートがほぼ完璧に機能し、総合的に非常に観易い作品として結実したのではないでしょうか。

ストーリー上でも何箇所か、落胆すれすれで回避した所がありました。「手書き小説の送り先間違い」などその典型的な例。
主人公の一人、私小説の同人誌を主催する教師は、自分の作品を有名出版社に送り、作品を認めてもらおうとします。同時に自分が交際していた女性が書いた作品を返す為、本人宛てに郵送しようとする訳です。そのことづけを受けたのが、お手伝いと化した下宿人の女性。そこでお約束の「取り違え」が起こります。
もうあのことづけの場面でオチが読めてしまっているのですが、予想通りの結果をもう一ひねりして、彼女が「字が読めない理由」に落とし込む辺りはさすが。キャストもあの教師、あの下宿人でなけれはあれだけの効果は生まれなかったと思うのです。
(すみません。今回は関係者しかわからないお話ですね。そんな場面があったんです。)

こういう小技の連続が、この作品を「ちょっと人に話したい作品」にしているのではないでしょうか。つくづくベストワークってあるものなんだなーと思います。
ただ惜しむらくは2つ。これは好みと、私だけの事情が関係してくる事なので全然作品の出来とは関係ないのですが。

一つは幼馴染の彼が舞台に立つ場面が観られなかった事。彼の当初の役どころは知っていたので、他の役者さんが彼の役を引き継ぎ、演じた事がどうしても頭から離れず。
代役さんの演技と二重写しで、彼の演技を想像する時もありました。
これはその代役さんに失礼ですね。でもその方も見事に役を自分のものにしていて、これが幼馴染の演技だったら、という事を忘れさせてくれる程でした。
考えて見れはその役に関する限り、私は2倍楽しめたとも言えますが。


今一つはエンディングの曲。あれ、確か「東京ラブストーリー」のBGMですよね。あの曲に特別な思い入れがある私は、あそこまで舞台の世界に浸れていながら一気に現実に引き戻されてしまったのでした。
イメージがあまりに定着した曲を使う時は配慮が必要では、なんて思ったりして。私だけですよねきっと(笑)。

ともあれ、前作に比べ非常にストレスなく観られた今回の舞台は、私にとって久しぶりに演劇の面白さと、「劇団のカラー」について再認識させてもらえる機会となりました。
なんか、この内容で3回公演は惜しいような気もしますね。

エンドを迎え、ロビーで幼馴染と談笑した後、帰路につこうとした私は、今回の演出を担当した劇団の世話人代表者から声をかけられました。昔から私を知る方です。
「一度、戯曲を書いてみませんか?」
まったく予期しなかった言葉に思わず「また、なんでですか?」なんて失礼な答えをしてしまった私。
オリジナルの戯曲というのは今、なかなか書き手が居なくて困っているそうです。
私が「ネヴュラ」をはじめ、酔狂で駄文を綴る事をどこかでお知りになったのでしょう。
ご挨拶程度のお話でした。
すごく嬉しかった。私のような者にも偏見を持たず、お声をかけて下さった事が。
ドラマの脚本などの真似事程度しか経験の無い私ですが、一度戯曲も勉強してみようかな、なんて思わせる舞台でしたよ。今回は。

ただ、「サザエさん」と同じで、大事件の起こらない日常を描いて飽きさせないというのは、ストーリーテリングに於いて最も難しい。これは勉強が必要です。
きっと私が書くと、舞台のキャパをはるかに超えたストーリーになってしまうようで。
そこをどう舞台向けにするか。
魅力的な課題でもありますが(笑)。

2006年11月 2日 (木)

鶴岡七郎の誤算

先日の「ネヴュラ」で、「スパイ大作戦」についてつたないお話をお聞きいただきました。
その時、「邦画には「スパイ大作戦」クラスのドミノ倒し作品が思い浮かばなくて」なんて書いちゃって。

思い出しました。ものすごく重要な作品を。
なんでこれが浮かばなかったんだろ。私、最大の不覚です。

Photo_325 「白昼の死角」(1979年東映 村川透監督)。推理作家・高木彬光原作のこの作品こそ、まさに「スパイ大作戦」の遺伝子を受け継ぐ、手に汗握る犯罪サスペンスなのでした。


昭和24年。第二次大戦後の混乱期に乗じて、金融業界を舞台に大胆不敵な犯行を働く男、鶴岡七郎。彼の、人生を賭けた犯罪記録の全てをドラマチックに描いた「ピカレスク・ロマン」。その手口は精緻を極め、手練、村川透のテンポ良い演出も手伝って、見るものを経済界の暗黒世界に引きずり込みます。


ストーリーの開幕前には、次のような前段があります。
東大卒と言う天才的な頭脳を使い、学生の身ながら独自の理論を展開する男、隅田光一。彼の元に集まった3人の同期生は、貸し金融業「太陽クラブ」を発足します。戦後の復興をバネにのし上がろうとする4人でしたが、詐欺すれすれの経営が祟り、4人は窮地に追い込まれます。この時、その頭の切れに反してあまりにも心がもろかった隅田は、一人事務所に火を放ち自殺。
「白昼の死角」は、この隅田の自殺シーンから幕を開けるのです。

隅田の同期生にして「太陽クラブ」のナンバー2、鶴岡七郎がこのドラマの主人公です。
彼は隅田並みの頭の切れに加え、「ナタ」のような度胸の据わった男。経済業界のからくりを熟知し、その間隙を縫って犯罪を遂行する事に生きがいを求めるのです。

「法は正義ではない。法は力である。
私はその事を証明してみせる。」


小さな金融会社を隠れ蓑に、次々と機知に富んだ犯罪計画を実行に移す鶴岡。その多くは「手形のパクリ」と呼ばれる、経済界で最も恐れられる、企業信用失墜の糸口を導く手口です。
おおまかな説明はこうです。企業が一時的に資金を調達する必要に追い込まれた時、信用の置ける金融機関に「手形」と呼ばれる約束書類を持ち込み、資金を借り入れる場合があります。これは「手形を割る」と呼ばれています。しかしその手形は「有効期限」、つまり金融機関に対しての借入金の支払い期日が書き込まれているため、その期日までに返済を済ませ、手形を取り戻さなければ「不渡り」となり銀行取引は停止。企業の信用はなくなってしまう、というおそろしい事に。
(おバカな私の説明ですのでちょっと違うかもしれません。大体はこんな所ですよね。)

つまり、悪意を持った人間がなんらかの方法で企業に介入し、資金を融通すると持ちかけて巧妙な手段で『手形をパクった』場合、企業としては期日までに何としてもパクられた手形を買い戻さなければならないのです。
さらに法律は、途中で詐欺にあった手形が善意の第三者の手に渡ってしまった場合でも、手形の振り出し企業は支払いの業務から解放されないという規定を設けています。

つまりこういう事です。主犯は共犯を使って巧妙な方法で『手形をパクる』。そして善意の第三者を装い、その手形を持って振り出し企業の前に現れる。
「手形が何故か私の所に回ってきまして」などと言いながら。
企業は目の前の男が主犯だと確信していても指一本触れる事が出来ず、「彼の好意に感謝」しなければならないと。

鶴岡の計画はまさにこの一点に抜群の冴えを見せます。常人には思いもつかないような奇想天外な犯罪計画。この、水も漏らさぬ計画のテイスト、緊張感がきわめて「スパイ大作戦」に近いのです。
一部の隙もない、一分一秒の行動が精密機械のように進む緊張感。どのドミノが止まっても作戦が崩壊する精緻な計画。それはまさに芸術の域に達していると言ってもいいのでは。

おまけに「スパイ大作戦」と違い、「白昼の死角」で描かれるのは正真正銘の「犯罪」。身を切るような背徳の香りもが味わえるのです。

やや複雑なのでお話はできませんが、「白昼の死角」で描かれる「パクリ」犯罪の手口はたとえ見た目にはバカバカしくても、当時の法律の盲点を見事に突いた鮮やかなもの。
前述の手口を含め「大会社の看板」「企業側の貸付担当者の性格」「日本人の外国人コンプレックス」などを見事に利用した作戦が展開されます。そこには冷ややかに人間を見つめる、鶴岡の悪魔的な視点が生かされているのです。
人間を「ゲームの駒」としか見ない、その冷酷な眼差し。
捜査を続ける刑事も、「主犯が分かっているのに手が出せない」という歯がゆい状況に置かれます。

「俺の犯罪は博打じゃなく投機と同じで、厳密な調査と周到な準備を重ねた上で実行する。だから100%成功するんだ。」

絶対の完全犯罪を確信した、彼の恐ろしいまでの自信。事実彼はその天才的な手腕で多額の現金を手にします。
この辺りまでは「スパイ大作戦」並みの爽快感に満ち満ちているのですが、やはりこの作品は「ビカレスク・ロマン」。ストーリーはやがて、別の様相を呈し始めてきます。

「スパイ大作戦」が描かなかった、人生の崩壊の様子が展開するのです。
「ドミノが別の方向に倒れ始めた」と言ってもいいでしょう。

鶴岡が共犯として使った、東大時代の同期達。かつて「太陽クラブ」で苦楽を共にした男達は犯行後、身を隠さざるを得なくなります。当局の捜査の手が伸びれば鶴岡が危険になるのは必至。長きに渡る隠匿生活に耐えられなくなった者たちは・・・
また、鶴岡の妻、愛人の女性達も・・・
因果応報。フィクションとはいえ、こうしためぐり合わせはありうるかも、と思わせるだけの圧倒的な展開は、見るものに「人を不幸にした者が受ける報い」の恐ろしさを訴えます。

「お前は死神みたいな男だな。」
取調室で刑事になじられる天才犯罪者。
「私は神も悪魔も信じない方なんでね。」
こうこなくっちゃ!

こういうハードな展開、私は好きですね。こうした展開って日本人ならではの感性がもたらすものでしょうか。「必殺シリーズ」の最終回にも似た、組織崩壊の哀れさ、悲しさにある種のロマンを感じてしまう私などは、あの展開がなかったら「白昼の死角」があそこまでのレベルに達したかどうか、ちょっと疑問なのです。
(犯罪計画実行中の鶴岡の輝きも捨て難い所が、また矛盾しているんですが)

制作・角川春樹ゆえのパプリシティー戦略ゆえに、一連の角川映画と同列に語られやすいこの作品ですが、そのテーマの奥深さには頭一つ越えた所があると思います。

彼の「誤算」はどこにあったのでしょうか。
他人との関係に「支配」と「従属」以外を求めなかった所なのかもしれません。
人の五手も十手も先が見えてしまう、天才ゆえの悲劇でしょうか。
そのラスト。異論もおありでしょうが、私はあの幕切れに映画でしか描けない見事なカタルシスを感じました。

色々な所でも書かれていますが、「白昼の死角」をご覧になった方、最近話題になったある経済事件を思い出しませんか?
私はすぐピンと来ました。「鶴岡って・・・ホ○エモンじゃん!」
彼の成功も、多くの人々の犠牲の上に成り立っていたのかもしれません。
「法は力」。彼が言いそうな言葉ですね。
この作品の主題歌タイトルは「欲望の街」。
彼らが狙った「白昼の死角」は、今もその口を空けています。

いやーでも、私はおバカで良かった。
そんな法の盲点、思いもつかないですから。
思い出しました。手形ならぬ「足型」で、怪獣を言い当てる特技は身につきましたが(笑)。

2006年11月 1日 (水)

オレンジ色のワイン

「座りましょうか。」
私から誘った、夕暮れの公園。

女の方から言うセリフじゃないんだけど。
まーったくこの人、積極性がなくて(笑)。

隣に腰を下ろしたのは、以前「ネヴュラ」でもお話した元お医者さん。
昨日もたまたまバッタリあって、「天気もいいし」という事で、近くの公園まで散歩に出たのでした。
私の住む街の中心には数年前、商業施設に公園などを加えた複合施設が出来ました。
夕方4時。そこかしこに広がる円形のベンチには、退屈そうな外人さんや学校帰りの女子高生達が暮れ行く日差しを惜しんでいるようです。

「こんな所って、普段足を止めてくつろぐことなんか無いですよね。」
「そうだよねー。俺も初めてだよ。こんな所でベンチに座るのなんて。」
元お医者さんの彼は、有名な大学病院で何十年も勤めた上定年を迎え、今は悠々自適の生活を楽しむ70歳。この夏体調を崩したものの、短い入院で事なきを得、今は毎日をのんびりと過ごしているそうです。

「こんな所があったんだねえ。一人じゃ足を止めないもんなあ。まして座るなんて。」
彼はこの年まで、女性とデートした事がなかったそうです。(まあウソでもそうしておきましょう(笑)。だから「ベンチで二人で座る」なんて、自分とは縁のない事だとも。
「なんで?奥さんも息子さんもいらっしゃるのに。」
「だってカミさんはこんな、洒落た所は好きじゃないからな」
「そこを貴方が連れて来るんじゃないですか。
女を知らないんだから。」

前にもお話しましたが、彼の奥さんは彼とは幼馴染のような間柄だったそうで、結婚も周りのお膳立てで進んだようなものだったとの事。時代がそうさせたのでしょうか。当時は結婚なんてそんなものだと、彼もその流れに疑いを持たなかったんだそうです。
当時医療の世界に情熱を燃やしていた彼。
結婚も人生の通過点程度にしか思わず、ただひたすら己の目指す道を突き進んだと語ります。
毎日が命のやりとりの、集中治療室の執刀外科。日々を自宅と病院の往復に費やし、知る世界と言えばオペ室のみ。
「若い頃もっと遊んでいれば、多少の息抜きもできたんだけどなー。」
「病院ではなにか、息抜きはできなかったんですか?」
「接待なんかで夜の店に行く事はあっても、女性との接し方なんて分からないから隅でビクビクしてたよ。」

そんな彼だから、奥さんともスマートなお付き合いができなかったと。
「新婚旅行も行きたくて言った訳じゃないからな。「行くもんだ」と思って行っただけだったから。俺もカミさんも。」
畑仕事が大好きな働き者の奥さんは旅行などにはまったく興味を持たない人で、結婚して40年以上になる今も、二人で旅行した事など無いそうです。
「俺は養子だしな。半ば結婚はなりゆきでもあったわけだ」
「またそんな事言って。だめですよそんな風に思っちゃ。」

日が翳ってきました。昼間は暖かかった街にも、黄昏時の冷たい空気が流れこんできます。
他愛の無い会話を交わしながら泳がす視線の先に、一人の女性の姿が。
ベンチに一人腰掛ける彼女。20代前半でしょうか。後ろから知り合いらしき作業服姿の男性が近づいてきました。頬を緩ませる彼女。恋人なんでしょうね。
彼は嬉しそうに彼女の隣で作業服を脱ぐと、彼女に飲み物を渡しました。
そうか。もう5時を回ったんですね。会社帰りの人々がアフターファイブを楽しむ時間。

「だから俺はこれまで、まともにデートなんてものをした事がない。青春も病院ですり減らしただけで、今考えるとなんてつまらない人生だったのかと思うよ。」
「でも今こんな風に毎日を送れるのも、病院時代に培った経験と蓄えのおかげじゃないですか?」
「そうでもなくてなー。医者になる為に、家には何千万円という大金を払わせた。その事が自分には大きな負い目となっていまだに消えない。」
「それは、先生の何十年と言うキャリアで充分恩返しができたんじゃ?」
「人間、そんなに簡単なものでもないよ。」

夕暮れのせいか、彼の笑顔はちょっと寂しそうに見えます。真面目な人なんですね。
でもたとえ謙遜でも、人生の大半を肯定して見られないのはちょっと悲しいかな。
私は今の人生に満足しているんでしょうか。こんなお気楽な毎日を送っていても、そりゃ悩みや迷いはあるもので。まあ適当に紛らわしたりもしますが(笑)。

「だから君みたいな人を見てると、羨ましくてなー。」
「何?口説いてくれてるの?」
「ははは。そんな度胸はないよ。こうして女性と二人でベンチに座っている自分がちょっと信じられなくてな。一気に青春を取り戻したような気になっただけだ。」
「こんな変なので悪いけどね」
「こっちもカッコいい男じゃなくて申し訳ないけどな」

ベンチの傍らのオブジェからは、音楽とも虫の声ともつかない微妙な調べが流れてきます。都会の中心の公園には、こういう人工的な癒し効果がよく合いますね。
ベンチの向こうにしつらえられた床の照明パネルが、まるで光の絨毯のよう。
普段、毎日のように通っている街の真ん中にも、夜はこんな顔がある事を初めて知りました。

「ここは、デートコースとしてはすごくいい場所じゃないですか?私知らなかった」
「俺もだよ。第一こんなところに何時間も居る事がないもん。おじいさんのひなたぼっこにこんな洒落た所は似合わないしな。」
「またまたー。貴方いつも言ってるじゃないですかー。『俺は気持ちはいつも40代』って。
貴方がそう思わないと『じゃー私は貴方の、20代の娘』ってお返しができないじゃない。」
「そうか。じゃ腕でも組んで帰ろうか」
「そうですね。お父さん。」

この人とは不思議な関係です。たまたま知り合ったおじさんなんですが。お互いをごまかさずに世間話を交わす間柄ですね。「お茶のみ友達」みたいなものですか(笑)。
秋の夕暮れは、なんとなくこんなシチュエーションが似合います。人が心を開くのにはお酒よりも夕日が効果的なのかもしれません。きっと太陽に別れを告げる寂しさが、人恋しさに繋がるんでしょうね。
久しぶりに楽しい夕方を過ごしました。ここ数日の、ちょっと生き急いでいるかな、なんて気持ちも洗われたみたいです。

綺麗な夕日はオレンジ色のワイン。
心が乾かないうちに飲んでおいてよかった。

Sany0004_1 写真ですか?これ、その時悪戯で撮ったもので。
日が落ちちゃう直前だったんですよ。
「オレンジ色じゃないじゃん」って?
だって、感動しているときに冷静にシャッターなんて押せます?
まあ、間が悪いのはいつもの癖で(笑)。

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