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2006年10月16日 (月)

記憶を揺さぶる通り魔

記憶の片隅にこびりついて、離れない映像ってありませんか?
私には事あるごとに思い出す、悪夢のような場面があります。

現代劇。暗闇の中、穴を掘る藤田まこと。
掘り起こした穴の中から突然姿を現す、血まみれの原田芳雄。
原田のロートーンの声で「早よ持ってけ・・・」

この一連のシーンは、遠い記憶の彼方、どこかで間違いなく見ているのです。テレビで。ところがこの作品、頭から見ていない。つまり、途中から見たようなのです。
この恐ろしくも美しいシーンは長年私の中で謎の場面となり、事あるごとに記憶が疼くような、くすぐったいような居心地の悪さを感じていたのでした。

「作品名が分からない。」
これが、このシーン探索の最大のネックでした。
再放送でもされない限り、そして運よく私がその番組を見ない限り、再会は不可能。

でもこれが不思議なもので、なんとなく「カン」が働く作品ってあるんですよね。
偏った作品ながらも、ある程度邦画やドラマを観込んでいると、歴史や作風などから目星がついてくるようで。

この悪夢から解放されたのは、今年2月CSで放送された「穴の牙」(1979年フジテレビ 鈴木清順監督)を見た時でした。
この作品、当時フジテレビで放送されていた「日曜恐怖シリーズ」という一時間枠の怪奇オムニバスドラマで、鬼才鈴木清順がメガホンを取った数少ない単発テレビ作品。
本放送以来再放送にも恵まれず、ソフト化も一切されなかったいわば「幻の作品」だったのです。

今年、清順作品を集中的に放送したCSチャンネル「チャンネルNECO」の特別プログラムとして、本放送以来実に27年ぶりにブラウン管に再登場したのでした。

長年記憶の隅で疼くこのシーンを、何故「穴の牙」という作品の一場面と限定したのか。
正直、これは私にも分かりません。「カン」としか言いようが無い。めぐり合わせなどあまり信用していない私でしたが、このケースだけは確信めいたものがありました。

ネットで検索してみても、この作品に関して書かれた文章はごく僅かで、やはり今年2月のCSオンエアを初見された方々の感想がほとんど。私のように本放送以来ずっと「思い出せない」状態の方は居ませんでした。まあきっと、途中から見たのでちょっと心に引っかかっていただけ、などとたかをくくって、2月、再会を果たしたのです。
ところが。

この作品、ご覧になった方はお分かりでしょうが、「全篇見ると余計に悪夢」じゃないですか?私は2月に初めて全篇通して見たんですが、記憶の疼きは取れるどころか、ますます増しているのです。

その名前を聞くだけで個性溢れる作品が思い出される監督は何人も居ます。鈴木清順もその一人。その独特の美意識と、映像の文法を無視したような演出手法は最近ますます評価され、国内、海外問わず多くのファンを獲得しています。
しかしながら恥ずかしい事に、私は清順作品は「殺しの烙印」など数本を散見しただけで、作品論を語れる程咀嚼していません。「ネヴュラ」をご覧の方々の方がよほど詳しいはず。今まで見た数少ない清順作品のテイストを思い出しながら語ることしかできませんが。お許しを(笑)。

「穴の牙」は、推理作家土屋隆夫の小説を原作とした一種の犯罪スリラー。脚本は清順組の一人で、ルパン三世第一シリーズにも大きく貢献した大和屋竺。私は原作を読んでいないので勝手な想像ですが、このストーリー、かなり大和屋の脚色が入っているのでは。大和屋お得意の「繋がらないシーン繋ぎ」「思い切った感情操作の飛躍」がそこかしこに見られるからです。
で、これが微妙なテイストなんですが、音楽が。

音楽担当は杉田一夫という方。不勉強でこの方は存じ上げないんですが、この「穴の牙」の音楽は、いい意味で普通すぎるんですよ。1970年代後期によくあった、ちょっと暗めのメロドラマ風BGMで。これが作品をえもいわれぬ雰囲気にしています。
普通、清順作品の音楽はこんなに「ベタ」ではありません。これはいい意味で杉田さんが清順作品のテイストを理解していなかったがゆえの結果なのか、それともテレビ作品の台所事情なのか、今となっては。でも私はこのミスマッチが、「穴の牙」を清順作品中独自の位置に置いているような気がして、非常に気に入っているのです(笑)。

さて演出ですが、これはもう清順テイスト爆発の「一大清順祭り」(爆笑)。
私は清順作品を見る度に思うんですけど、この人スタッフ、キャストに作品のイメージをどう説明してるんだろうと。というのは、私も作品を作る立場ですから分かるんですが、こんなイメージ、言葉じゃ説明できないんですよ。

映像には「文法」という物があります。例えばレストランで男女が食事をする場合、出演者は当然演技するわけですから、カメラを無視してお芝居しますね。当然二人は向かい合って座る。ここに会話が生まれ、ドラマが進んでいく訳ですが、「穴の牙」では二人はカメラに向かって並んで座るんですよ。
カウンターではなくテーブルで。カメラの手前には一輪挿しの花もあって。これは完全にリアルさを排除した表現としか思えない。こういう演出は全篇にあふれています。
緑を基調とした照明。
何も無い、象徴的な物だけが置かれた部屋。
お芝居の間には襖を開け閉めする「黒子」まで登場します。撮影現場でこんなテイストを説明してもスタッフは全く理解不能、気の短いカメラマンなら怒り出すのでは(笑)。
まあ、清順作品ではよく見られる実験的な手法ですが、これをテレビに持ち込むとは。


ヒッチコックと同じく、清順作品もスタッフ、キャストに謎を与えたまま進んでいったのかもという想像が頭をかすめるのです。
このあたり、「ネヴュラ」読者なら実相寺作品あたりを想像されるのでは?そう、ある意味近いテイストがあります。「穴の牙」は「舞台作品風」に仕上げられているのです。

そして「イマジナリー・ラインの無視」。カメラによって切り取られる映像は、ある程度人間の心理の動きに即した編集がなされています。一定の角度から人物を捉えたら、次のカットでは同じ角度のアップ、などの流れです。ところが「穴の牙」では、このセオリーを意識的に無視している。
同じシーンなのにカットが繋がっていないんですね。
それが作品に妙な緊張感を与えています。
しかしながら清順監督一流の編集によって、静かなシーンにまで映像的な躍動感が満ち満ちている。

この感覚は好みが分かれるでしょうが、私は好きですね。

心理描写の大胆さも大したものです。藤田まこと演じる主人公の刑事が、射殺した犯人、原田芳雄の幻影に怯えるシーン。今でもあんな表現にお目にかかったことはありません。また、物語に重要なかかわりを持つバーの女性、稲川順子の性格付けも、ストーリーが進めば進むほどわからなくなってくる。「あいまい」ではなく「深さ」があるんですよ。
それは稲川本人の演技に加え、おそらく作品のテイストを見通した清順監督の指導があったればこそでしょう。事実、藤田まことは当時盛況だった「必殺シリーズ」風演技を崩していません。その普通の演技との対比が、稲川の存在を際立たせているのでしょう。

この作品、考えてみるとテレビ作品としてはエキセントリックすぎるようで。
お話は難解じゃないんですが、表現があまりにも斬新な為、ある意味カルト作品と化しているようなのです。
「殺しの烙印」が日活に理解されなかったように、フジテレビにしてみればこの作品もかなりの「問題作」だったのでは。試写室での会話が想像できるようです。

冒頭でお話した「早よ持ってけ」のシーン。
完全に記憶のままでした。
何故このシーンだけが鮮烈に脳裏にこびりついていたのか。それは今でもわかりません。

「穴の牙」はストーリーの恐ろしさと斬新な演出が微妙なバランスを取っている。
この作品ををそんなふうに表現するのは簡単ですが、私にはむしろ「心の闇」に訴えかけてくるような「甘美な悪夢」に見えるのです。そう、美しいんですよ。この作品。
この作品、今月21日からシネマヴェーラ渋谷で開催される特集「鈴木清順48本勝負!」でも上映予定。16ミリながら健在の清順世界を堪能できます。

殺人や怨念など、暗いテーマを描いているのに美しい。
「魔力を持った作品」とは、こういうのを指すんですね。

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コメント

僕は6歳の頃にこの作品を観ました。

完全なトラウマになっています(笑
タイトルの「穴の牙」は大人になってからも記憶の片隅にありました。
コワすぎて。
穴を掘る男、現れる亡霊。
カウンターに座る男。となりに女。紅い印象。

子供心に「見てはいけないものを見た」気がしました。

不思議なのは大人になってから「陽炎座」を観、清順作品に惹かれ、さらには偶然そのプロデューサーと知り合い、「穴の牙」と再会したことです。
敢えて観ませんでした(笑

「穴の牙」こそは僕の永遠の悪夢。
謎めいて、エロティックな、怖ろしい悪夢です。

投稿: エイジ | 2006年10月27日 (金) 14時53分

エイジ様 はじめまして。コメントありがとうございました。
「穴の牙」は、見た人にしか分からない独特の魔力がありますよね。「憑く作品」と言うか。
「陽炎座」の習作という解析が多い「穴の牙」ですが、私にはこの作品だけが持つ、なんとも言えない存在感に惹かれます。

個人的にヒッチコック作品が大好きなので、どうしても共通点を探してしまうんですが、やはりエイジ様がおっしゃる通り「悪夢の作品」というくくりが一番しっくり来るようです。
「この世で起こっている事ではない」感がありますね。

さほど予算もかかっていそうにないのに、視聴者にこれだけのトラウマを残す作品が今、あまりに少ないような気がします。
おすすめの作品などあれば、おバカな私に教えて下さいね。

こんなブログですが、また気軽にお越し下さい。

投稿: オタクイーン | 2006年10月27日 (金) 17時49分

昨10.16の幻の鈴木清順作品と杉田一夫音楽、たまたま拝読。
杉田は荒戸源次郎の天象儀館や大和屋と縁がふかい音楽家で、日活や東映教育映画部作品をやってきた人です。
小生30年以上の付き合いですが、本作は初めてしりました。
本人に送ったところ以下の返信あり。

面白い資料有り難うございました。
30年程前の記憶が断片的ながらも蘇ってきて
懐かしいです。
清順さんと二人で大映京都までダヴィングに行った
事、車中で映画とテレビ映像の違いについて話し
た事、教育映画をやってみる気はどうですか と
聞いたら<まーね>とはぐらかされた事
清順映像に杉田メロ、吉と出るか凶と出るか?
とにかく自分流をぶつけてみようと決めて書いた
もので、この評者はよく観ていると思いました。

投稿: 布村 建 | 2007年5月29日 (火) 13時32分

布村 建様 はじめまして。ようこそいらっしゃぃました。
「穴の牙」は今でも時々夢に出るほど恐しくも美しい作品です。
杉田一夫氏の音楽も清順作品に独特の彩りを与え、絶妙な効果を上げていたと思います。
業界の末席を汚す身ながら勝手気ままな感想など書き散らかしお恥ずかしい限りです。ただあの幻の作品は意外にもトラウマと化している方々が多いようで、検索から拙記事にご訪問される方もいらっしゃいます。
そういう意味では今だ魔力衰えず、と言ったところでしょうか(笑)。

杉田様とはお知り合いとの事。こんな駄文をご紹介頂いて光栄の至りです。無作法ゆえの失礼とお許し下さい。
制作当時のエピソード、とても興味深く拝読致しました。
杉田様にもよろしくお伝え頂ければ幸いです。
拙ブログは毎度駄文のお気楽日記です。またお暇な時、いつでもご訪問下さい。
どうもありがとうございました。

投稿: オタクイーン | 2007年5月29日 (火) 19時33分

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