ヤング・ソルジャーの仕事
それは5年前。ロケ中の出来事でした。
番組リポーターと私達スタッフが乗った、ロケ移動車の中。
リポーターの女性が突然言い出しました。
「私、大きな水槽を買ったんですよ。」「魚でも飼うの?」と私。
「いえ、ブラックライトとか仕込んで、クラゲを飼おうと思ってるんですけど、人気があってなかなか手に入らなくって。順番待ちなんです。」
当時、こんな風に部屋のインテリアとしてクラゲがブームになっていましたよね。
あの幻想的なムードが女性を中心にウケていたようで。
私は聞きました。「クラゲの名前は考えてるの?」
「いえ、まだ」と彼女。
「じゃあ、『ドゴラ』にしなよ。」
怪訝な顔で彼女は言いました。「ドゴラ?何ですそれ?」
「いいからいいから(笑)」。
「宇宙大怪獣ドゴラ」(1964年東宝 本多猪四郎監督)。
東宝初の「宇宙怪獣」映画です。
この年、東宝は4月に「モスラ対ゴジラ」、8月に「ドゴラ」、12月に「三大怪獣地球最大の決戦」を矢継ぎ早に公開しました。怪獣ブーム前夜。まさにこの時の活況があの「ガメラ」「ウルトラマン」に繋がっていった事は歴史が証明しています。
宇宙怪獣の決定版とも言えるキングギドラ登場に先駆けること4ヶ月。この「ドゴラ」は、怪獣出現の場を宇宙に求めた野心作でありながら、いま一つ話題に上らない「歴史に埋もれた」作品となった感がありますね。
別にへそまがりでもないんですが、私、この作品を、今でも時々見る事がありまして。
私ぐらいの年の怪獣映画ファンは、作品鑑賞で辿る道が大体決まっていまして(笑)、まず定番のゴジラ映画を押さえ、大映のガメラなど同じテイストの作品を追います。1980年代にソフト化された作品のリリース順も、大体このファン心理を反映した順番になっていました。展開が派手な「地球防衛軍」などの超科学戦争作品を経て、作品鑑賞を一巡したファンが次に狙ったジャンルが、「変身人間シリーズ」やこの「ドゴラ」のような、ちょっと変化球作品なのです。
考えてみるとこのファン心理、当然と言えば当然の流れ。これは、期せずして東宝特撮映画が辿った道をファンの方でも心理的に追体験しているような部分があって面白いですね。 未見の方の為にちょっとお話しておきましょう。この「ドゴラ」という怪獣は、ご覧のイラスト(小松崎茂画伯作!)の通り、従来のゴジラ型二足歩行怪獣とは異なる「宇宙クラゲ」型。
冒頭のお話はそこから来たものなんですよ。
ドゴラは地球にやってきた宇宙細胞の総称を指す物で、これ、作品に登場するのは一頭(って言うのかな)じゃないんですね。そういう部分でもこの作品がゴジラ映画からの脱却を目指していたのは間違いないと思うのですが。
東宝側でも「ゴジラ」で二足歩行、「アンギラス」で四足歩行、「ラドン」で飛行怪獣、「モスラ」で操演怪獣と、作品を追う毎に怪獣演出の可能性を追求していった結果が「ドゴラ」である事は、いろいろな文献にも載っている通り。
事実「モスラ対ゴジラ」に続いてこの作品が制作された訳ですから、東宝としてもかなりの自信作だった事は想像にかたくありません。
ところが、ゴジラによって築き上げられた和製怪獣のセオリーからあまりにも脱却しすぎた為、観客の方でついて行けなかったと。日本の怪獣映画が「ゴジラ」から始まっていなかったら、この作品の評価ももう少し違っていたかもしれません。
登場怪獣の大胆なイメージチェンジにより、作品のテイストも従来とはかなり違ったものになっています。
怪獣が出現すれば後は破壊と対決のみ、という従来のストーリー構造からの脱却です。
詳しくは書きませんが、この作品には「ドゴラが地球のある物質を狙う理由」「それに関わる人間側のドラマ」「そのドラマからヒントを得た人類側の反撃」が描かれているのです。
この作品についてよく言われる「怪獣映画とアクション映画の融合」「人間ドラマ部分の強化」などの批評は、私にも頷ける部分が多いですね。前述したどの部分が欠けても物語が成立しない。これは大きく評価したい事で。
そういう意味でこれは、文字通り「大人の怪獣映画」という事が言えましょう。
私など、怪獣映画に「災害スペクタクル」を求める者には、この作品はたまらない魅力を持ちます。この「ドゴラ」、宇宙空間から飛来して空中を漂いながら、地球上のある物質を吸い上げるのですが、この時の映像がまた、それまでの怪獣映画で見られなかった物で。
言ってみれば「ツイスター」のテイストかな。
ここでも円谷監督は新しい表現方法に果敢に挑戦しています。よく言われる「ドゴラの水中撮影」(実際作品をご覧下さい)も凄いですが、私はむしろ「吸い上げられる物質の表現」などに感激します。
ドゴラは宇宙細胞なので一体ではなく、地球各地に同時に被害を与えるという設定。これが『地球規模の災害』という視点の広がりを与えてくれるんですね。怪獣映画以上に「ディザスター・ムービー」のテイストがあるんですよ。
通常兵器によって一度は消滅したかに見えたドゴラが、細胞分裂を起こし数を増やしてしまう「手のほどこしようのなさ」もなかなか好きな展開で。
前半のドゴラ被害に加え、ある理由によるドゴラ結晶化の表現もお見事。空中を舞うドゴラが個体に変化し、巨大な岩となって街に降り注ぐ映像は、今だにこの作品だけでしか見られない「衝撃映像」です。
こういうのを「センス・オブ・ワンター」(古い表現ですが)って言うんでしょうねー。
こんな斬新な作品が、なぜそれ程話題に上らなかったのか。
脚本はゴジラ映画のベテラン関沢新一。「キングコング対ゴジラ」などで見せた軽妙洒脱なドラマ展開はこの作品でも健在です。本多・円谷に加え音楽の伊福部昭も、新登場の宇宙怪獣に刺激されたナンバーで作品に彩りを添えています。
ここまでの布陣なら、怪獣の斬新さに観客が拒否反応を示したとしても、ドラマの面白さでグイグイ引っ張っていける筈。でも。
いつもの私見ですが、「怪獣の被害」「人間側のストーリー」「人類の対策」という各々の要素がちょっと消化不良だったのかもしれません。今、作品を見ながら記事を書いているんですが、一つ一つの場面はアイデアに満ち、テンポ良く進んで飽きさせない。なのに全体を見ると、う~ん・・・となってしまうのです。
ドラマ部分の難をフォローすべき怪獣のキャラクターも、ゴジラ程「立った」魅力を持たず、(私にはその、人知を超えたコミュニケーション不能の個性が好きでもありますが)
「とっつきどころを見つけづらい」作品となってしまったきらいはありますね。
そんな中魅力爆発なのが、人類側の主人公(と信じますが)を演じた、中村伸郎さん。
1908年生まれのこの名優は、「世界大戦争」(1961年)「フランケンシュタイン対地底怪獣」(1965年)「サンダ対ガイラ」(1966年)など東宝作品は言うに及ばず、「東京物語」(1953年)「秋日和」(1960年)などの小津安二郎作品にも数多く出演、独自の個性をアピールしていました。
「ドゴラ」でも、その習性と対策を研究し、人類を勝利に導く科学者をユーモアたっぷりに演じています。中村さんの好演なくしては「ドゴラ」は語れないといっていいでしょう。
夏木陽介、ダン・ユマ、田崎潤など濃いメンバーの中で一際輝く個性。ある意味ドゴラを食ってしまうこの存在感も、この作品の見所ですね。
「ドゴラ」制作当時56歳の中村さんですが、画面ではもっとお歳に見えます。構えて老け役に挑戦されたのでしょう。
中村さん演じる宗方博士が、お歳による無茶をたしなめられた時に言い返す言葉があります。
「わしはヤング・ソルジャーじゃ。」
ヤング・ソルジャー。老いてなお若き兵士。博士の快達ぶりを一言で表現した名ゼリフです。「ドゴラ」と聞くとこの言葉を思い出すほど、私はこのフレーズが好きで。
考えてみればこの作品制作当時、円谷監督63歳、本多監督53歳。このお歳で、なお特撮映画の新しい可能性に挑戦していた訳ですね。この若さとあくなき挑戦が、次回作でキングギドラという稀代の名獣を生み出す事を考えると、私などはまだまだヒヨッ子だなーなんて思わざるをえません。
まさにお二人はヤング・ソルジャー。やはり歴史に名を残す人たちは、お歳を召しても若き感性と情熱を失わないんですねー。
いやー怪獣映画を見てこんな深読みをするようになるとは。何なんでしょうか。そんな視点でこの「宇宙大怪獣ドゴラ」を見ると、またいっそうの感慨が。
この映画、若林映子さんも出てるんですが、彼女がまた魅力的で。彼女みたいに、黒いワンピース着て見ちゃおうかな(笑)。
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こんにちは!echo&コメ、ありがとうございました!
大人になってから見て、初めてわかるいろいろなこと、
しかし当時は、子供向けだったんですよね?
てかこれは、、、、かなり大人を意識した作品でしょうか?
あたしも怪獣映画、てか特撮モノ大好きなんで、、、
またゆっくり寄せて頂きますね!
投稿: 猫姫少佐現品限り | 2007年2月13日 (火) 17時07分
猫姫様 ようこそいらっしゃいました。
「ドゴラ」は鑑賞する年齢で感じ方も変わりますよね。
怪獣映画としての側面、アクション映画としての側面などを持つ為、鑑賞時に興味を持つジャンルによって作品のテイストも変わる、ちょっと不思議な映画です。ただそれぞれの側面はちょっと消化不良の感が否めませんね。残念な作品ではありますが、それでもこういうジャンルに挑戦したスタッフの心意気はさすがと思います。
私も猫姫様同様、特撮映画に心酔する一人。
こんなあばら家のようなブログですが、よろしければまた覗いてやって下さいませ。
投稿: オタクイーン | 2007年2月13日 (火) 20時10分