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2006年9月10日 (日)

アナログの底力

私、結構CM好きで。
見るのも作るのも。


15秒コマーシャルなんかのコンペなどがあると、俄然やる気が出るタイプなのです。元々今の仕事に就く前は広告代理店で働いていたので、コマーシャルとは古い付き合いなんですよ。
今の仕事に就いてからも、何本か制作の機会があり、それなりになんとかやってきました。ただ感触としては、テレビ業界と広告業界にはやはり違いがありますね。普段情報番組やバラエティーを作り慣れているスタッフには、15秒という短い時間で作り上げる世界の概念がなかなか理解してもらえなくて。

私が手がけたCMはローカルコマーシャルそのもので、全国展開したものなどゼロ(笑)。
その手の特番で採り上げられたらゲストのいい笑いものになりそうな代物ばっかりです。

それでも作り手としては自分の作品が可愛いもので。今でも制作当時の苦労が思い出せるものばかり。今日はそんなお話です。暇つぶしにでもお付き合い頂ければ。

一番印象に残っているのは、ある地方の温泉のコマーシャル。
その温泉の近くには地元の小さな資料館があって、その地でも有名な文化遺産が展示されていたのです。このコマーシャルにもコンペらしきものがあり、企画資料を求めて現地を訪れた私は、その資料館に目を付けました。
資料館には、現地に伝わる「空から羽衣で現れた天女」の伝説と共に、昔の作家が屏風に描いた天女の絵が展示されていました。私はこの絵をCMに使えないか、と思い立ったのです。

「この土地に伝わる天女が空から降り立って、温泉で体を癒す」なんてストーリーを、15秒で語ったら面白いんじゃないか、なんて。
案の定、地元の文化振興にも役立てば、という温泉側の強い後押しもあり、私の企画はめでたくコンペを通過、実現の運びとなったのでした。

さて、制作が決まったのはいいんですが、今度はその15秒をどう作るか。実際の技術レベルにまで落とし込んでの戦いがまた、大変。
実は私にとってこういうCM制作は、絵コンテから「作戦立案」までが一番楽しめる所なんです。
私の絵コンテではCMは、資料館の屏風から天女が抜け出る所からスタートします。
この「抜け出る」というのをどう表現するか。実際に屏風に手を加えることは一切できません。(文化財ですから(笑)。技術陣とも入念な打ち合わせを繰り返し、「天女だけの絵と、何も描かれていない屏風を撮影して、編集で合成する」という作戦を考えました。
続いて山間の景色の上から天女が舞い降りるカット。これも前述の「山と天女の合成」で解決。
そして月をバックに空に舞い上がる羽衣(天女が脱ぐイメージですね)、湯船に浸かる天女役の女性モデルと続き、最後は温泉施設の外観、という流れです。
(こうして書いてみるといかにもなローカルCMですねー。こんな物ですよ。私の発想なんて(笑)。

さて皆さん、この、私が説明したCMの流れの中で、一番難しいカットはどれだと思いますか?これは意外に思われるかもしれませんが、「月バックの羽衣」なんですよ。
このカットを作り上げるのには本当に苦労しました。
私が立てた作戦は、実際に羽衣に見立てた布を空に舞わせ、それを別に撮影した月のカットと合成する、というもの。CGなどは一切使わない「特撮」です。予算の関係も大きいですが、ここはどうしてもCGを使いたくなかった。CGによる布の表現は私の中ではまだ、完成されているとは思えなかったのです。

撮影当日、スタッフ二人に「投げ役」「受け役」を担当してもらい、モニター画面を食い入るように見つめる私の指示で、死闘は始まりました。
皆さんにもご想像頂けると思いますが、「羽衣」という着物は私達の世界に存在しません。
私が買い求めた布地も「羽衣ならこんな感じだろう」と想像した、半透明のシルクのような素材でした。当然、色は白。
「まあなんとかなるでしょう」と思って臨んだ本番だったんですが・・・これがまた、面白いぐらい「思った舞い方をしてくれない(号泣)」。
おそらく200回以上は撮影したと思います。わずか1秒のカットなのに。

投げてはNG。またNG。投げる高さやスピード、投げ手を交代してのチャレンジ。
考えてみれば、日常こんなふうに、「綺麗に舞うように布を投げる」なんてシチュエーションはないですからねー。「素振り」のしようもないというもの。
現場には淀んだ空気が漂い始めました。こういう時、スタッフの不満を一手に引き受けるのもディレクターの仕事。
「お前がOKを出さないから終われないんだ」「今のカットでもういいじゃん」的な目で私を見るスタッフ。年長の照明マンなんか「残業手当出るんだろうな」なんて本気とも冗談とも言えないセリフをのたまいます。
こういうのを「四面楚歌」って言うんですねー(笑)。

その時私は考えました。黒澤明や深作欣二、溝口健二など「リテイクの鬼」的な監督も、こういう周りの重圧に耐えて名作をものにしたんだろうなー、なんて。(そりゃ規模はまるで違いますからそのプレッシャーもこんな物ではないでしょうし、比べちゃいけないんですが)

「もう一回」「もう一回お願い」と頑張る私に呆れながらも、付き合ってくれるスタッフに感謝し始めた頃、「天女」はやっと舞い降りてくれたのでした。
会心の「舞い」。

「OK!」の掛け声に笑顔がこぼれるスタッフ達。
こういう時ですねー。私がこの仕事をやっていて良かったと思うのは。
確かにこの後、編集などやる事は山積みなんですが、とりあえずここまではうまく行ったと。そして、なんだかんだ言いながらも、この世界に居るスタッフは、心の底では作品作りが好きなんだな、なんて事も分かったりして。

CG嫌いな私はその後も、合成する「月」の撮影の為、満月の夜を指定して月のベストアングルを探し(意外にも会社のベランダがベストでしたが)1秒のカットの為実に30分近く月を撮影したのでした(雲がかかったりしてベストショットが狙いにくく、苦労しました)。
こんな苦労を経て作られたCM。えてして思い入れのみが先行するものですが、周りにもおおむね好評で、ほっと胸を撫で下ろしたのを憶えています。

重要だったのは、いまだに私が迷っているCGの導入です。
確かに今のCGの出来は凄いのですが、使い所を相当吟味しなければならないのです。言ってみれば「世界観の維持」ですよね。どんなに良く出来たCGも、そのワンカットのせいで作品全体の世界観が壊れてしまってはいけないと。だから私は、そのCMでのCGの使用を拒んだのです。
たぶん、羽衣のカットをCGで処理すれば、もっと華麗な画面が出来たかもしれません。しかし、その為にCM全体の世界観が変わってしまう。その事ははっきりと言えます。天女という神話の世界にCGはそぐわないという、私の古いこだわりかもしれませんが(笑)。

でも面白いものですよ。やはりどんな作品も「人」が関わる限り、そこにはデジタルでは出せない「アナログの力」が働く訳ですから。
今でも自信がありますが、あの「羽衣の舞い」は、「華麗ではないけど美しい」と思っています。
そのカットには温かい血が通った、「人間の美しさ」があると思いたいからです。

見た目の美しさについては何も言えませんが。もう私などが言えるわけが(泣)。
どーすんのよ。秋の新作コスメ、一つも買ってないじゃん・・・

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