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2006年8月28日 (月)

セピアに煙る魔都

・・・降り出しちゃった。
せっかくのお休み、張り切って出かけようとしたウォーキングの出鼻を挫かれて、私はちょっとテンション下がり気味。
それでも傘を取りに戻って、いつもの公園へ。

今日は最高気温27.9度。久々に真夏日の暑さも無く、非常用のアクティブ・ダイエットも出番はありません。そぼ降る雨は、いつもすれ違う散歩の人々の足を鈍らせ、公園の中は私一人。
いつも休憩するベンチに腰を下ろすと、毎日が暑さとの戦いだったウォーキングルートにも、秋の気配が漂い始めた事に気がつきました。

こんな涼しい雨の日に、ベンチで木の葉を流れる雨粒を見ていると、私の中にはある記憶が蘇ります。

今まで数える程しか行っていない海外の中でも、ひときわ心に影を残す、雨の香港。

お恥ずかしい話、いい年をして私は、ほとんど渡航経験がありません。行った所もほとんどがアジアばかり。アメリカやヨーロッパなどには足を向ける機会などありませんでしたが、私には中国・香港・シンガポールなどの雑多でエネルギッシュな雰囲気が肌に合うようです。特に旅行、仕事を問わず向かった香港には特別な思いがあります。

なぜ、私の中で香港には雨のイメージが付きまとうのか。
その答えは大好きな映画「ブレードランナー」(1982-1991年アメリカ)にあります。
「ネヴュラ」でも何度かお話しましたよね。

Photo_146  未来のロサンゼルスを舞台に繰り広げられる、人工生命体レプリカントと、それを識別し抹殺する「ブレードランナー」の戦いを描いたこの作品。 「エイリアン」のリドリー・スコット監督が手がけた名作SF映画として、現在もいろいろな映画に影響を与えるカルト・ムービーです。皆さんももうご存知ですよね。
この映画、1982年の初公開時には不評だったそうです。その後じわじわと人気が高まり、1991年にはリドリー・スコットの意に即した形に再編集されて、「最終版」として再公開された事も有名なお話。初公開版に比べ、主演ハリソン・フォードのナレーション削除、本篇中のシーンの追加、エンディングの変更などの手が加えられました。

私はこの改訂された「最終版」が大好きであるばかりか、これがリドリー・スコットの最高傑作と思っています。ナレーションの削除により登場人物の表情に意識が集中でき、ペシミスティックなエンディングは物語の余韻を楽しむ愉悦を与えてくれます。

いずれのバージョンもある種の魔力に満ちた「ブレードランナー」。この作品で大きく心に残るのが、2019年のロサンゼルスに降りしきる「酸の雨」でした。

映画のオープニングからラストまで、ロサンゼルスを重く、暗く閉ざす「酸の雨」。アジア趣味が横溢し、街中に日本語が溢れる未来のロサンゼルスは、「静かに滅びゆく世界」の象徴として、私の中に強い影を落としたのでした。

1989年、私は生まれて初めて、香港の地を踏みました。
エネルギッシュな中に退廃の香りが色濃く流れるこの街は、私の訪問を雨で迎えてくれました。
決して強い雨ではありませんでしたが、そぼ降る雨にセピアに煙る街は私に「ブレードランナー」の世界を思い起こさせてくれました。
勢いに溢れながらも、どこか物悲しい街。中国への返還を数年後に控え、街は文字通り混沌とした空気に包まれていたのでした。

やがて雨も止み、街に繰り出した私達でしたが、そこでも私の心には「ブレードランナー」の空気が宿っていました。
非合法に円を高レートで香港ドルに換金する、闇組織ばかりが入ったビル。換金後、どこかへ連れて行かれるのではないかと生きた心地がしませんでした。
知らない間にカッターナイフで切り裂かれたビニールバッグ。
ガイドさんに「ここは駆け抜けないと家から手が出て引きずり込まれる」と言われ、全速力で走った「バード・ストリート」。
街角の露店に並ぶ、ミラーボールが付いたラジカセ。
異様な匂いを放つ「むささびの開き」の串刺しなど、この危なさはもはや完全に2019年のロサンゼルス。
道路に広く張り出した看板に切り取られ、空はほとんど見えません。わずかに雨上がりの淀んだ雲が流れるだけ。

Photo_145 このオープンセットのような街に佇んで、私は幸福でした。
どこか懐かしい、しかし自分の過去とは微妙に違う「デジャブー」を楽しんでいたのかもしれません。

頭の中に流れるのはもちろん映画を彩ったヴァンゲリスのナンバー。

なぜ私達は、「ブレードランナー」の世界観に、これ程惹かれるのでしょうか。
かつては「魔都」と言われた香港を感じながら、私はその時思いました。
「きっと人は、発達しすぎたテクノロジーに疲れているんだろうなあ」なんて。

こんな「懐かしい未来」の中で滅んで行きたい。人は無意識に、そう望んでいるのかもしれません。

Photo_147 きっと当時でもクラシックであっただろう、物悲しい胡弓の調べが流れる街中を歩きながら、この街のどこかに居るかもしれない、ショーン・ヤング扮する「レイチェル」の影を追い求める私がいました。
主人公ハリソン・フォード扮する「デッカード」が心を寄せる女性、レイチェル。彼女のような儚い生き方にも、なぜか惹かれてしまう私(笑)。

奇しくもこの香港旅行は1989年1月7日を跨いでいました。そうです。昭和天皇崩御の日です。私は昭和を香港で終えたのです。
「懐かしい未来」で昭和を終えた私。それ以来私の中には、ブレードランナーの記憶と共に、雨の香港が永遠に住み着いたのでした。

・・・さて、雨も止んだようです。公園を出て家路をたどる私の前に、開いた傘が置いてありました。傘の向こうには動物の気配。誰かが野良猫に餌をやっているのでした。
猫の前にはなぜか缶詰が二つ。私もなにかあげようかと思ったんですが、やめました。

猫が「二つで充分ですよ」と言ったような気がしたからです(笑)。

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コメント

100本目が「ブレードランナー」とは、オタクイーン様らしい。
そうですね。私も、あの映画は、「ゴジラ」に匹敵するくらい、わがDNAに影響を与えました。くどくど長々書くと、またご迷惑をおかけしそうなので、ひとつだけ・・・あの、鳩です。いまだ持って、見るたびに、鳩が、せつなく見えたり、祝福に見えたりして、自分はなんと映像の発するシグナルやメッセージに鈍感で音痴なんだろうと、劣等感にうちひしがれます。(汗)

hiyoko様 コメントありがとうございました。
そうですか。あの「鳩」。私もルトガー・ハウアーの存在感とともに心に強く残っています。

おっしゃる通り、あの鳩は生きる喜び、自由、未来、そしてレプリカントの悲しさなど、いろいろな物を象徴していますよね。

リドリー・スコットの演出意図は明確だったんですが、スクリーンに描き出された映像からどうメッセージを受け取るかは観客の自由。「鈍感」なんてご謙遜を。私もhiyoko様から物の見方について教えられることは多いですよ。感謝しています。

これからも想像の翼を広げて、感性豊かに作品を鑑賞したいものですね(笑)。

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