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2006年8月15日 (火)

風雲プラモ作り

お盆休みで、気分も子供に戻る夏の一日。
押入れの片隅から懐かしい物が出てきました。

昔作ったプラモデルの「設計図」です。

子供の頃、私にとって週一、月一のイベントであった「プラモデル作り」。
大はモーターライズの可動キットから、小はディスプレイの小物キットまで、当時のおもちゃ屋さんに並ぶキャラクターキットをかたっぱしから制覇していったものでした。
中でも私達仲間が熱中したのは「可動キット」でした。
以前記事でも書きましたが、とにかくプラモデルは「可動」が命。ディスプレイモデル全盛の今と違い、販売されていたキットも子供向けのものは「可動」に重点を置いたものばかりだったのです。

Photo_126 今日ごらんいただく物は当時、私が実際に作ったプラモデルの設計図ばかり。正確には「組立図」と呼ばれるものですが、やはり私達は「設計図」と呼んでしまいますね(笑)。
お金がないのでいつもは復刻版しかお見せできませんが、今日ばかりはオリジナルです。
なんでこんなものだけ残してあるんでしょうかねー。

Photo_127 私達の時代、電動ゴジラと言ったらマルサンではなく、何と言ってもこのブルマァク。
これ、なかなか出来が良かったんですよ。大きかったし。モーターのウォームギヤーが足りなくて、お店のおじさんに相談したら、手持ちのパーツを探してくれてタダでくれたのがうれしかったな。

Photo_128 このゼンマイガメラはきっと読者の皆さんも作られたのでは?私も3個以上は作りましたね。
このキット、初版は200円。子供にはお小使いを貯めてギリギリ手が届く価格でしたからねー。この他、ギャオスなどいろんな種類があるんですが、私には「ギャオス」に深い思い入れがありました。
この設計図でもありますが、尻尾のパーツにおもりを入れますよね。「ギャオス」の場合、おもりを入れたパーツを接着すると、おもりの重さで尻尾がよくとれたんですよ。
父親に泣きついて、尻尾はハンダゴテで胴体と「溶接」してもらいました。後日友人の家へ行った所、友人も同じギャオスを持っていて、尻尾がまったく同じ「溶接」。これには笑いましたね。

Photo_129 ブルマァクの「ゴモラ」も当時としてはよく出来たキットでした。
箱絵は後々文献で「一期」から「三期」まであったようですが、私が入手したのは「一期」。原型が木型だった云々など、設計側の事情は当時の私には分からなかったので、オレンジ色の成型色もまぶしいこのキットを手にした私は大喜び。一人で「怪獣殿下」していたわけですね。

Photo_130 第二次怪獣ブーム、アオシマが発売していた主役キャラクターのゼンマイ歩行キットも作り倒しました。
ただこのアオシマ製歩行キット、人間型主役キャラのプロポーションとポージングには独特のセンスがあって、両手を挙げて歩く、というひどく無防備なフォルムだったんですね。そのわりに、「ミニモデル」と呼ばれていたディスプレイの小さいキットの方がプロポーションが良かったような。それにここにはありませんが、「スペクトルマン」のゼンマイ可動怪獣なんかはすごくプロポーションがいいんですよ。(これは「現物」を持っています。別の機会にお見せしますね。)
アオシマはヒーローより、怪獣の造形センスが良かったようですね。

Photo_131 「可動」にこだわっていた私は、これらのメーカーオリジナルロボットにも手を出しました。
今考えると、当時の私はテレビキャラクター、メーカーオリジナルの区別なく、とにかく「動く物」に執着があったようですね。
ところが!この「メーカーオリジナル」のキットは、設計側のメーカーと購入側の子供達の間で日夜、火花散る「読み合い」が繰り広げられていたのです。

このバンダイの「アタックボーイ」。メーカーオリジナルの世界でかなりメジャーな部類のこのキットも、実は私、完成できなかったんです。
実際に作られた方はお分かりではないでしょうか。なんとこのキット、ボディーパーツの背面が天地で1ミリほどずれていて、接着すると「合わない」のです。気が遠くなるほどすり合わせを繰り返しても、当時の私の技術では無理でした。
サイズ、プロポーション、ギミックともすごく気に入っていたキットだったので、今でも手に入ればリペンジしたいですねー。(大きさ違いで何種類か発売されていたようですね。後年イマイから復刻された「ベビーサンダー」はもちろんゲット)

同時に映っているマルイの「スーパーロボ」は比較的簡単なキットでした。
ただ子供の頃って、作ったらすぐ遊びたいじゃないですか。接着剤が乾くまで待ちきれないんですよね(笑)。

こういう可動キットにとって、接着しきれていない可動部分に負担がかかる事ほど大きいダメージはない訳で(爆笑)もうおわかりですよね。ゼンマイボックスは外れるわ、背中のミサイルは割れちゃうわで、試運転前に大破、という悲惨な目に何度会った事か。指先と接着面をガビガビにしながら、泣く泣く補修したものでした。
おかげでオーナーの証、「指紋」はしっかりキットに刻まれましたが。

こうして昔のキットの設計図を見るのも楽しいものですね。
最近のディスプレイキットとはまた違う、設計者の熱い思いを感じます。
以前私の友人が、ノスタルジックヒーローズから復刻されたマルサン製ウルトラマンの電動キットを組み立てたんですが、その時の感想を思い出しました。

「この頃のプラモデルは、コストバランスをギリギリまで考えながら子供たちに精一杯楽しんでもらおうとする、メーカー側の愛情を感じるよ」

なるほど。設計図にあるギミックの数だけ、メーカーの愛が詰まっていたんですね。
いや、それにしてもそのキミックに泣かされた記憶も数知れず。それもまた楽しい思い出です。こういう「キットの泣き所」って、大体どなたにお聞きしても同じなのがいいですよね。そのキットの経験者同士しか分からない楽しみというか。

Photo_132 今日もいつも通りの、とりとめのないおバカなお話になってしまいました。ごめんなさい。
せめてこんな暑い日は、この設計図でも見て涼んでいただければと。
ダメ?昭和のオチ?寒い?(泣)

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